さわらぬ神に祟りなし(3)

結婚を機に、バリ活女子部だった人が未活・非活に転じるというのはわりとよくある
パターンのようです。私もしかり。

白蓮の同期で本部長を務め、折伏成果もあるバリ活の子がいましたが、結婚と同時に
遠く離れたご主人の郷里へ移り住み、以来非活になっていました(ご主人は未入会)。
彼女は結婚が早く(20代半ばでした)私が30代で部長をしていた当時、新年ごん行会で
ばったり再会。 彼女は実家帰省ついでに家族と参加したようです。
久しぶり!と私が駆け寄ると、苦笑いで「会いたくなかった」と彼女からいわれてビックリ。
聞けば、いま全然活動してないから(活動家の昔の仲間に)合わせる顔が無いんだー、と。
そんなの気にしなくていいのにー!と言いましたが、内心「どうして?信じられない」と
思っていました。
彼女が非活に転じた直接の理由はわかりませんが、実家のある地域を遠く離れるというのは
組織と距離をおくひとつのポイントになると思います。
私の知っている元女子部員を見渡して、現在も婦人部でバリ活と言う人の大半が実家地域と
それほど離れていない場所に住んでいます。圏は違っても県は同じ、くらいの距離感。
学会2,3世にとっての実家の親とは、折伏(信心)の親でもあります。
いわば親が信心における監督官なので、なかなか未活に転じる事はできないと思います。
また、本人が若干組織や池田老人に不信感を抱こうとも、実家がすぐ近くにあることで親に愚痴を
こぼしたり・相談をすると「自分自身の信心が歪んでるからそうなるんだ」と直に注意されて
しまう。
一番の信心理解者からそう言われてしまったら「自分が弛んでいるだけなのか」と反省し、
覚醒の契機を失うのです。
私のいた地域では「結婚しても地元に住んで婦人部になり、地元組織に恩返しすべき」と
女子部に対して県婦人部長が指導していました。
また、男子部についても地元を離れるな、という指導がかなり徹底されているようです。
これもいま思えばなのですが「衆人環視手法」です。
単純に創価という組織が=地域社会になってしまうんですね。
創価の組織を抜けた後も、ご近所づきあいというものが残ってしまう。
普通に暮らす中で、会合に出なくとも道や商店でばったり顔を合わせる機会は絶対にある。
これは怖い事です。脱会したくても地域社会からはみ出すのが恐怖で出来ない、という事に
繋がります。
ローンを組んで家を購入していたら、簡単に転居なんて事も出来ないし。
プラス、親元に近いという事は親との衝突も避けられません。 
創価脳の親は創価内の世間体を気にするところがあります。我が子が退転したなどと、地域学会員に
ぜったい噂されたくないと考えます。
こうして、地元地域をでないことが親という監督官+ご近所の創価学会員という多重の「衆人環視」に
繋がり覚醒の機会を奪うのです。 
だから滅多なことでは覚醒しませんし、疑問や不満はあるにせよ「まわりの目もあるし・・」と
仮面活動家を続けてゆくことにもなります。
自分が覚醒してみて、客観的に見ることができるようになったから上記が解ったわけですが
本当に学会組織って、逃げられないようによくできてるわ~と、感心します。 
けして誉められたもんじゃないですけどね。

私が覚醒できた下地には、確実に「地元組織+実家からの遠隔」がありました。
もし、主人の転勤がなければ、私はおそらく実家からそう遠くない場所に住んだと思います。
婦人部の活動をやったかどうかは疑問ですが(私は師弟観がないので、婦人部の池田老人賛美活動に
いずれアレルギーを起こしたと思います・・)それでも確実に、脱会まで考えるような覚醒はせず
未活でのらくら、新聞購読、財務、選挙だけやってお茶を濁してたんじゃないかと。
それと、活動家の親子関係(親子ともども活動家の場合)を見ていると共依存のところが殆どです。
とにかく繋がりが密接で、連絡もまめにとりあうし、旦那の実家より自分の実家(男子部の場合は逆)
という状態。
そんな親子関係にあれば、創価に対して疑問を抱く隙なんてほぼほぼ無いと思います。
私は結婚前、自分はマザコンだと思っていました。なので、結婚で実家から遠く離れるだなんて
ありえないと考えていたのです。 だのに、転勤のある主人と結婚したのだから、人生なんて
わからないものです。
実家を離れる事に不安はありましたが、不思議と新婚当時、寂しさやもろもろから実家に「帰りたい」と
実行に移したことは一度もなかったのです。
これはよくもわるくも、父のお陰。 父存命中は、アンチ創価な父に会う事に対し気が重かった。
母には会いたいけど、父と顔を合わせるのがちょっと・・という思いが、実家に簡単に帰ろうと
しない一種抑止力になっていました。
結果、それでよかったのだと思います。ひんぱんに実家に帰ったり、母と密に連絡をとりあうような
状況があれば、私の覚醒は遅れたと思うからです。

創価の彼女と結婚を考えている方(彼でもいいですが)にお勧めしたいのは、とにかく実家から
遠く離れた場所で新生活をスタートさせることです。
日本全国どこにでも学会員はいますので、組織の人間から逃れることは不可能ですが、親という
「監督官」から逃れる・これだけでも随分と2、3世にとっては違うはずです。

私は結婚後、暫く家の片付けや諸々あって専業主婦でした。
1ヶ月ほどで家の中も整い、暇になったとき「学会活動がしたい」と思っていました。
だけどまだ統鑑がまわっておらず、地域の学会員は家に来ませんでした。
結婚前までの私は女子部活動家で、趣味と言えば買い物と食べ歩きと旅行の「消費行動」だけでした。
何かを作るとか・スポーツという趣味は無く、家でするといえばインターネットくらい。
ゲームはしないし(興味がありません)読書好きですが日常的なので、趣味というものでもなく。
週末は主人と新しい街を探検して楽しんでいましたが、友人もおらず、平日一人でうろうろするほどの
行動力もなくて、本当に時間を持てあましていました。
女子部時代が忙しすぎて、急に時間をたっぷり与えられてもどう使ったらいいか解らなかったというか。
当時の私は、スケジュール帳が予定でびっしり書き込まれている状態に喜びを感じるタイプでした。
そんな人間が突然暇になったら、気分も滅入ります。
このまま一生、洗濯掃除をし主人の夕飯を用意して帰りを待つ生活なのか?と暗い気持になったりも
しました。 
私が家庭的なタイプでは無かったためです。 (それは母の影響が大だと思います・・)
主人が「働いてみれば?」と言ってくれた事は、本当に救いでした。
結果的にこれで創価の婦人部でいう「ワーク」になれた上、職場で同世代の転勤族の妻である同僚
(今も友人です)を得た事で、私の新生活は活気のあるものになりました。
ただ、すぐにその生活を「楽しい」と思えたわけでもなかったのです。
本当にこれでいいんだろうか?という気持ちがあって「これが本当に自分の望んだ生活なのか?」
と常に自問していました。
それは理想の家庭像やライフスタイルを私がもっていなかったことに起因します。
実家は円満ではなかったので。また、母は生活全般におけるセンスも皆無で、父の方がまだ
長けていた気がします。
一番のお手本となるべきはずの実家が、そのような状態だったので、いつもどうしていいかわからず
(主人に話した事はなかったものの)こんな生活でいいのだろうか?と困惑していました。
主人の実家が、わりときっちりしているので比べられたらどうしようという気持ちもあったと思います。
そこを解決してくれたのが、職場の友人だったのです。
彼女は仕事の傍ら、お料理や家事もとても頑張っていて、いつもおしゃれなお弁当を持って職場に
きていました。旦那さんのお弁当の残りを詰めただけというけど、旦那さんはどれほど幸せだろうかと
感心したものです。
そんなときに、私が「今の生活に大きな不満があるわけじゃないけど、満足でもない。どうしていいか
よくわからない」と彼女に話した時、自分の育った家庭がしょっぱかった・・とこぼしてしまいました。
すると彼女が「決まった理想のかたちが無いって事は、自分の好きなようにできるってことだから、
他人(の家庭生活)を見ていいなと思う事をどんどん取り入れてみたら?私もそうしてるよ」と
アドバイスしてくれたのです。
目からウロコでした。 そっか、真似すればいいのか!と。
ファッションや髪形を真似る・参考にするという事は独身時代常でしたが
「ライフスタイルを真似る・参考にする」これは、創価脳で活動家の場合には、ほぼ気がつかない事なのです。
そのくらい、日常生活が学会活動に毒されているといっても過言ではありません。
間髪いれず婦人部の活動に参加していたら「これが自分の望んだ生活なのか?」こんな疑問も
でてこなかったと思います。
会合に行くことが日課となり「家事はその合間に(実家の母がしていたように)ちゃっちゃとすませるもの」
程度で終わったでしょう。
職場の彼女をお手本に、家事や道具に拘り始めると、暮らしがどんどん楽しくなっていきました。
私にとっては、今まで経験したことのない種類の面白さでした。
そして主人が全くその事に異を唱えず、自由にやらせてくれたのも良かったと思います。
家の中の事にとどまらず、職場の友人と海外旅行にも行かせてもらえたし、習い事を始めるにしても
なんでも寛容に「いいよ、してみれば」と受け止めてくれました。
ここでもし主人が「仕事なんて行かなくていい」と専業主婦になることを私に求めたり、
あれもだめ・これもだめと、縛り付けるような事があったり、買い物に苦言を呈されたり、
夫婦仲が悪くケンカ続きだとか、経済苦などの解りやすい生活上の諸問題があれば
私は辛くなって「宿命転換しよう!」と、婦人部の活動にのめり込んだかもしれません。
そういったこともなく、平平凡凡でも静かで落ち着いた暮らしが長く続いた事が、覚醒へと繋がりました。
主人は見知らぬ土地に来て孤独な私に、心身の負担をかけまいとしてくれたのだと察します。
また、仕事をやめて子育ての生活に入ってからも、基本私の好きなようにさせてくれています。
義両親のサポートも、以前の記事に書いたとおり行きとどいており
(たまに「そこまでしてくれなくても」と思わなくもないですがw)有り難いことだと感謝しています。

そして、信心や創価について、一切主人から質問・おたずねがなかったことも良かったと思います。
たとえば活動に行ってるのか?とか、最近先生は元気か?生きてるのか?とか、
そう言った事をこれまで、まーったく聞かれた事がなかったです。
私も主人にそのような話を積極的にしなかったし、こちらの婦人部が好きになれない・・という事も
未だに話していません。 
聞いて面白い話でもないだろうから、する必要ないという判断で。
最近主人に「どうしてなにも創価に関する事を聞いて来なかったのか?」と質問したところ
「別に。興味無いから」となんともシンプルな回答でビックリしましたw

これはあくまでも私の性格上の問題ですが、私は過干渉を嫌います。
主人もそのことはよくわかっていて、だから様々な事にいちいち意見をつけるような事もせず
私の興味が創価から別のことに向かっていくさまを、近く遠く見守ってくれていたのだと思います。

創価の信仰を持つ人との結婚を考える方に、相手の性格・性質をよく見極めてください。
マインドコントロールされているとはいえ、性格・性質は人それぞれです。
働きものなのかそうでないのか・さびしがり屋かそうでもないのか・アウトドア派かインドア派か。
いろいろあると思います。
相手の性質や好みを見極めたうえで、相手が「この生活が楽しい」と思えるように、導いてあげて欲しい。
「バリ活」とはひとつのライフスタイルで、これを崩すという事はバリ活にとっての死活問題です。
なんせ「幸福の直道」「師弟の道」だと思い込まされているので、楽しかろうが楽しくなかろうが
学会活動が生活の目的となっている面が大きいのです。
けど、世の中にはそんなことよりもっと有意義で楽しい事がある、それを時間をかけてゆっくりと
安心感の中で解らせてあげることが一番だと私は思うのです。

「安心感」これも重要です。
創価の活動に必死になっている・活動はそれほどでなくとも、信仰心が厚い人というのは、実は
不安でたまらないのです。
不安からくる焦燥感にかられているから、学会活動に走り続けるしかない。
私もそのような面が実際にありましたし、
「辞めたら不幸になる(と思いこんでる)から今更辞められない」って声を実際に現役活動家から
聞いたこともあります。
一番身近となる配偶者が「大丈夫だよ」と、言葉ではなく環境と態度で伝え続けて行く。
何も、肩に力を入れることはないのです。
ただ常に、「創価が無くてもあなたは愛される、あなたは大丈夫」という事を無言で伝えて行くことだと
私は思うのです。 言葉に出すのも、もちろんありです。
ただ、バリバリ創価脳の人にそんな言葉をいうと警戒心をもたれるから、無言で伝えて行くことの方が
いいんじゃないかと思う次第です。
「創価が無くても」というのは、ネガティブに受け取られてしまいますからねw
でも、覚醒がとけたときにこの「創価が無くても愛される・大丈夫」ということが、どれほど覚醒者の
救いとなるか。 それは計り知れないものがあります。
私の場合は、義母さんの言葉が刺さりました(前回書きました)。それが直接の覚醒に繋がったわけじゃ
なかったけれども、今になって「創価無しの私でも受け止めてくれた」と感謝に堪えません。
その言葉に涙がこぼれるほどの感激と喜びをおぼえたときこそ、本当の覚醒の時なのだと思います。

一般的にマインドコントロールを解くために、
「隔離」と「規則正しい生活」と「自分で考え(させ)る」
この3つの方法が使われていると、覚醒後にネットで見て知りました。
私の場合、知らずのうちにこの3つを結婚後の新生活で実践していたのだと気が付きました。
信心の監督官である母親や・活動家の友人たちと遠隔され、OLと主婦という2足のわらじで
規則正しい生活となり(その後、出産を経て子育て生活へ)、外部との人付き合いのウエートが
高まる中で、創価の組織から離れ・創価であることを隠した状態での人付き合いをしていく。
活動家時代を振り返れば、外部との付き合いには常に「折伏・仏法対話」が念頭にありました。
どこかで隙を見て仏法対話にもちこまねばと、思ってる時点で、自分の頭で考えた人付き合いには
なっていなかったと思います。
そういった下心をとっぱらった外部との人付き合いというものは、本当に考えないと出来ないことでした。
創価臭が出ないようにしゃべろうとするのも、ひとつの訓練だったのです、私にとっては。
だんだんそれが普通になっていくので「自分の頭で考える」事が出来るようになっていったと
思います。
そしてこちらで、創価を抜きにした一般社会人としての密な人間関係を構築できたのも
良かったと思っています。結局、創価を抜け出せない原因のひとつは、人間関係でもあると思うから。
創価の人間関係なんて実際は希薄なんですが、殆ど毎週のように顔をあわせていると、密になったように
錯覚してしまいます。「創価家族」という言葉もあるように、なんとなく深い人間関係みたいに
思いこんでしまうのです。
しかし、それは創価を離れた時に薄っぺらな関係だったと解るのです。
こちらがそんな気なくても、創価のなかの人間は退転者を蔑む。そして急激によそよそしくなります。
そんな人間関係、こっちから願い下げ。そう思えるだけの外部との人間関係を作り上げることも
大事かもしれません。

また、私が「これが自分の望んだ生活なのか?」という疑問を抱いたのも、自分の頭で考え始めた
第一歩だったと言えると思います。
それまで実家に居て、母という監督官のもと学会活動をすることが「当然」だった。それは自分の頭で
考えてやっていたことだと、当時は思いこんでいたけど実は違いました。
親からの「活動しないと足元をすくわれる」という刷り込みにより、「やらなきゃ」と行動に繋がって
いたのです。

覚醒までの期間が長期戦か短期戦かは、人それぞれ。わかりません。
私で8年かかりました。
そして主人に脱会意志を伝えた時、主人は何と答えたか 「ふーん」 それだけです。
一切、まったく態度を変えないのです。これまた私にとっては大きな安堵材料でしたし、感謝しても
しきれないほどです。
義両親にはまだ脱会するとはつたえてませんが、一切の活動をやめた事は今年の夏に話しました。
義両親は少し驚いていたものの「へぇ、そうなの」程度でした。
ごく普通なのです。騒ぎ立てたりしません。質問攻めにもあいませんでした。
けど私にはこの静かな対応がとてもありがたいです。

さわらぬ神に祟りなしとは、決して無関心をきめこむという意味ではありません。
「創価」にさわらないようにして、マインドコントロールに罹っているその人自身をみつめてあげて下さい。
その人自身を愛し、見守って、受け止めて上げて下さい。
創価はオールスルーでかまわないのです。
創価の枠なんてとっぱらった彼女や彼を、見染めることができた・好きになった外部の方になら、
きっと出来ることだと思います。

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さわらぬ神に祟りなし(2)

前回「入会してくれなきゃ結婚しない」という横暴な創価脳との結婚は諦めた方が身のため、と
書いた事に対し「それは言いすぎではないか」と非公開コメントを頂戴しました。
根拠なく書いた訳じゃなく、身近な創価脳の女子部に上記理由で(自らの意志で)破談にした人が
数人おります。
彼女らは振り幅がなく、四角四面で融通がきかないのです。それは信心だけではなく、日常生活に
おいてもそんな傾向が見受けられます。
だから縁を逃してしまった(現在進行形)と私は見ています。
こと恋愛関係において、外部の相手に信心や入会を迫る創価脳の基本は「傲慢」です。
本人は「慈悲の行動」と思っていますが、実際傲慢以外の何ものでもありません。
これは私の経験上から言えることです。

結婚を引き換えに入会を迫る様な人は、入会したら次は「活動して欲しい」と要求します。
ごん行や唱題は勿論の事、会合参加や聖教新聞を読む事、その他もろもろ。要求は際限ないでしょう。
”信仰に生きることこそ我が喜び”なので。
配偶者にもそれを望んでいるからこそ「入会してくれなきゃ結婚しない」という言葉が出るのです。
また、活動を強要しない場合は「亭主元気で留守がいい」を地でやられると思います。
昼夜活動にかけずりまわる専業主婦の創価脳妻。
家事がおろそかでも・生活を切り詰め創価に財務や多部数新聞購読etcで主人の稼ぎを貢いで
しまっても・黙っていてくれるなら主人は未活でも一向に構わないという人も多くいます。
これは学園卒の女子部から聞いた話ですが、学園生向けの池田老人の結婚指導に
「結婚相手を選ぶ条件の第一は経済力」という言葉があるんだそうです。
人柄よりも性格よりも「経済力」w わかりやすいです。 
婦人部は何が何でも専業で組織に尽くし、高収入な主人の稼ぎはソックリ創価に貢ぐべしって
感じでしょうか。
私の親戚がこの「亭主元気で留守がいい」を地で行く元女子部でしたが、御主人の浮気が原因で
離婚しました。
身内は総攻撃とばかり御主人(かたちだけの入会でした)を批判しており、その件を聞いた
当時の私は創価脳だったので
「幸せになるために信心(学会活動)してるのに、どうしてそうなるのかなー?」と
不思議でなりませんでしたが、覚醒した今は「さもありなん」と御主人の気持ちを察します。

そういえばこんなことも。
女子部時代の友人で、外部の彼を折伏しようと頑張っていた子がおり、時折悩みの相談に
のっていました。
彼女は「どうして私の大好きな物(創価や信心や池田老人)を彼がわかってくれないのか?
彼に先生や学会を好きになってもらえないから悲しい」と涙ながらに言うのです。
私は、この考えに全く賛同できませんでした。
”音楽の趣味や食べ物ならまだしも、宗教は違うだろ”と内心突っ込んでいました。
いくら相手の事が好きでも、絶対に受け入れられない事もあるはず。それは宗教に限らず。
人それぞれ好き嫌いや違いがあって当然だし、そんな部分も互いに認識しつつ、和を保って行く。
それが「人付き合い」というものだと現在の私は思います。
自分の好きな物を、相手にも同じように好きになって欲しい。これも傲慢じゃないかと思います。
ちなみに件の彼女は彼を折伏しきれずに別れ、のちに男子部と結婚しました。
内部同志だと利害が一致するので、楽なのだと思います。
二人は現在もバリ活夫妻として上手くいっています。

話を私の未覚醒期間のことに戻します。

結婚後、初の年越し~お正月は主人の実家で過ごしました。
紅白歌合戦を見終えると、義父さんがいそいそ支度を始め「行ってくる」と家族に声をかけました。
義母さんは「いってらっしゃい」と見送り、当時未婚だった主人のきょうだいが「自分も行くから
待って」と上着を取りに行き、義父さんと出て行きました。
私が「え?」という顔をしていると義母さんが「おとうさんは毎年この時間にOO様(神社)へ行くの」と。
深夜に1か所目・元旦の昼に2か所目・3が日のうちに少し離れた3か所目の神社と3度初詣をするのです。
私は「すごいですね」と言うだけでした。
自分も一緒に行きます!とは絶対に言えませんでしたし、行く気も無かったです。 
翌日(元旦)の午後に、既婚の義きょうだいが義実家にやってきました。手には破魔矢が。
義きょうだい夫妻は必ず、氏神様への初詣を済ませてから義実家に挨拶に来る事が解りました。
のちに未婚のきょうだいも結婚し家庭をもちましたが、やはり必ず初詣を済ませてから義実家へ来ます。
主人だけが、私の手前それをせずに義実家へ上がるという風で、そんなことが8年間続いていました。
また、私は義実家の仏壇には便宜上、手を合わせていましたが(御先祖様への挨拶として)、
神棚に拝礼をしたことは一回もなかったのです(拝礼方法も知りませんでした)。
主人のきょうだいの配偶者は、どちらにも必ず手を合わせます。
私だけがしていませんでした。が、昨年のお正月までそのことをなんとも思っていませんでした。
理由は「義両親に私の信仰(創価であること)を認めてもらっているから」。
大きな顔してればいいって、思っていました。
義両親も内心どう考えていたのかは全く不明ですが、そんな私に対して、本当に一回も・なにも
言いませんでした。
通常、嫁入りしたのなら嫁ぎ先の仏壇、神棚にごあいさつくらいはして当然です。
かたちだけでもやっておけばよかったのに、私は頑なに神棚を拒んでいたわけです。
理由は勿論、創価で神道は「外道」とされているからです。
昨年覚醒し、義両親に対して申し訳なかったと思ったのと・我が子にきちんと一般人としての作法を
知っておいてほしいと強く思い、私から義両親に「(初詣)一緒に連れてってください」と
今年のお正月にお願いしました。
一度も行った事が無いので、恥ずかしながらお作法(拝礼方法)も知りません。教えてくださいと。
義両親はたいそう驚いてましたが、元旦の朝一で氏神様に連れて行ってくれました。
丁寧に作法も教えてくれ、私は40年以上も創価の非常識+母の教えに縛られて、一般常識としての
神社参詣ができなかったことを恥じる思いでした。
母親が非常識であることほど、子供にとっての不幸は無いと思います。
母親の非常識や無知のせいで、子供が一般世間・社会に出た時に恥をかくことがあるからです。
(もっとも私は、覚醒するまで創価の常識を押し通す事を「恥」とも思わない厚顔ぶりでしたが・・)
覚醒して本当に良かったとこの時、思いました。

そして初詣後、義両親は私に「どういう風のふきまわし?」的な事は一切質問してきませんでした。
「皆でお参りが出来てよかった、いい一年になるね」と言っただけです。
結婚して8年間、一度も初詣に行こうとしなかった私です。急に連れて行って下さいだなんて、
怪しいと思われて当然だと思うのですが、本当になーんにも聞かれませんでした。
(主人には年末に脱会意志を伝えてありましたが、義両親にはまだ何も話していませんでした)

話が前後しますが、覚醒の伏線となった義母さんとのやりとりがあります。
4年前、父の葬儀のあと、2週間ほど子供(長子)を義実家に預かってもらっていました。
自宅に帰る事になり、子供を迎えに行ったさい義母さんが昼食を作って待っていてくれたので
ごちそうになり色々と話をしました。
葬儀できょうだいや父方のおばと喧嘩になったことは黙っていたのですが、義母さんから
「お兄さん(私の兄)、すぐ帰っていかれたのね。お仕事が忙しいの?」と尋ねられ
心の弱っていた私は思わず、実は葬儀方式でもめたんですよ・・と話してしまいました。
義母さんは「そうだったの?」と驚いていましたが、私の愚痴めいた話をえんえん聞いてくれました。
そのとき私が、兄嫁の悪口を言ったのです。
兄があんな風に、実家の母に対して冷酷になったのは嫁さんのせいだと。
これは母のウケウリだったのですが(私は兄嫁さんと、殆どしゃべった事ありません)悪く言いました。
そのとき義母さんは「お互いに誤解があるんじゃないのかしら」と、冷静に感想を述べ。
私は、兄嫁を恨んでいる。兄をあんな風にしてしまったのは兄嫁だから一生許せないとも言いました。
義母さんは静かに聞きながら
「そこまで(悪く)思う必要はない。血の繋がったきょうだいとはいえ家族を持った瞬間に他人になる。
 それはお互いさまなんだから、お兄さんにとってはお嫁さんが一番大事な人になったのよ。
 みんな同じなんじゃない?そうやって家族になっていくんでしょう」と諭しました。
私は内心”そんなもんじゃない!兄嫁が最初(婚約当時)に創価を拒絶したから、兄はそれに同調せざるを
得ないんだ”と反論していましたが、勿論義母さんにそんな事はひとことも言いません。
「そういうものなんですかねー?」と答えました。
その後、子供を長期間預かってもらえて本当に助かった、私の母も義実家には足を向けて寝られないと
感謝しています、ありがとうございましたと御礼を伝えました。
義母さんは「そんなの全然きにしないで、当然のことをしたまでよ」と言いました。
その後も私は、「こんなに良くしていただいて、母も私も恐縮している」と重ねて感謝の気持ちを
伝え(たつもりでい)ました。
すると、義母さんの表情が変わり、ちょっと怒った風に
「なにを恐縮する必要があるの?こちらは当たり前のことをしただけなのよ。
 あなたがうちの家族だから(実家のケアのため孫を預かるのは)当然じゃないの。
 それに、家族というだけじゃない。祥蘭ちゃんだから、こっちもやってあげたいって思うのよ。
 他の子にだったら、ここまでしないわよ」と、涙ぐんでいました。
私はこのとき、ハンマーで頭を叩かれるような衝撃を受けました。
義両親がどれほど、息子の嫁になった私という人間を「個」として見つめ・認め・尊重してくれて
きたのか初めてわかったような気がしたのです。
そして反面、自分の義家族への思いや対応に「血」が通っていなかった事をまざまざと解らされたような
気持でした。
この時はわからなかったけれど、今となってはこのときの衝撃の理由がハッキリわかります。
創価脳だった私は、創価の仲間以外の人間を軽んじて生きてきたのです。
創価の仲間である身内に対してはシンパシーを感じ、大事に思っていた。
この当時、私は未活動ではありましたが創価のマインドコントロール下にあり、深い部分で敵か味方かを
信仰によってわけていたのです。
実家の母はその意味において、最大の味方。 夫は次に味方。
それ以外の外部の人達は「敵では無いけど味方でも無い」という捉え方だったのです。
そんな大勢の外部の皆さんに対しては、私はただイイ子にみられたいだけで、相応の振る舞いを
していた。
「血」が通っていないというのは、振る舞いの部分で。 血を「心」と言い換えてもいいかもしれません。
相手を軽んじているだけに、自分も相手から軽んじられているだろう・・との深層心理。

「信仰のない私は愛されない」という意識も強くあったと思います。
大きくは実家の母に対してですが、私の核となる部分に常に御本尊様や信仰があっただけに、
まるでそれを付加価値のように思っていた。
自分というものがあるようで、無かった。名ばかりの信仰というものに本当の自分が覆い隠されていた。
夫に「かたちだけでいいから」と入会を迫った事も、ここに本当の因がある気がします。
私という人間を好きだというのなら、信仰もひっくるめて認めて欲しい。
その「認める」が、言葉だけでは信用できなくて、入会というかたちで主人の気持ちを見たいと
思った。 
当時はそんなところまで考えなかったけれど(外部を折伏して結婚することで組織に対する面子を
保ちたかっただけでしたが)、覚醒した今は、そんな風に自己分析します。
当時、結婚はすでに決定しており(両家顔合わせ・結納も済み、式の1か月前でした)
主人が入会に対し折れないことだって十分予測ができました。
にもかかわらずダメ押しのように入会を迫ったのは、絶対断られないと言う自信もあったのではないか?
と思うのです。
そのような心境面を一切覚えてないんですが、それ(入会を迫る)で破談になってもいいと
思っていなかった事は確かです。
また、入会したとしても、主人に壮年部で活動して欲しいとの思いも一切なかった。
入会は迫ったけど、その後の信心をごり押しするつもりは無かったのです。
学会2,3世であっても全くやろうと思わない人間だっているのに(兄や姉のことですが)
ましてや、無理くり入会させられた人が学会活動なんて出来るわけないことは重々承知でした。

自分というものを考えたり周囲に接する時、必ず創価というフィルターを通したものになる。
出方は人それぞれでしょうが、これはマインドコントロール下にある多くの方の特徴とも
いえるのではないでしょうか。
ダイレクトに「自分」というものを出せないのです。創価あっての自分なのです。
創価囚われの身とでもいうか、創価があるから自分の存在がある、無意識のうちにそのような
基盤が出来あがっていたのだと思います。

そこへ義母さんがガツンと「心」をぶつけてきてくれた事で、私は驚いたのです。
普段なら信仰というシールドで自分をガードし適当に対処してきたところ、そのときだけは
ガードができなかった。 信仰というシールドを突き抜けて「わたし」に直に響いてきた
義母さんの心からの言葉でした。

これが直接覚醒へ繋がったわけではありませんでしたが、このやりとりを境に
「信心がなくても、創価の信仰が無くても、真に素晴らしい人がいる」ことをハッキリと認識し、
それについて深く考えるようになりました。
この出来事以前は、そういった信仰無くして素晴らしい人のことは「声聞・縁覚・菩薩に生命が
近い人なんだなぁ」という認識。
すばらしいけど、信心してないから仏界には行けまいと「見下して」いたんです、無意識に。
だけど、そういうものではないと思い始めました。
普段むちゃくちゃなのにお題目を上げた時だけ仏界トリップできるなんて自慢出来た物では無い。
たとえ仏界にいけなくても(あくまでも創価の教義上の話です)、普段から高い精神性をもっている
人の方が、いくらか素晴らしいじゃないかと考えるようになったのです。

そして実家の母と、義母さんを比べるようになりました。
信心していても、子供は離れて行く一方。信心の有無で子(やその家族)への対応を変えるうちの母。
信心してなくても、子供はいつもお母さんが大好き・実家大好きと自然と集まり、誰もが頼りにしており、
子供の配偶者をも我が子のように慈しむ義母さん。
この差っていったい、なんなのだろう?

私も2児の母だけれど、どっちの母になりたいか・理想かといえば、信心や御本尊様がなくても
素敵で素晴らしい義母さんみたいになりたい・・そう考えるようになりました。

(3)に続きます。
Category: 覚醒の伏線

さわらぬ神に祟りなし(1)

いつも拙ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
また数多くのコメントありがとうございます。

貴重な体験談、ご意見、感想を読ませていただき、ブログをたちあげて良かったと思います。
私の初期衝動「仏罰や罰論を恐れている人達に、大丈夫だよと伝えたい」
たった一人でも、私と同じ怖れを持った人の気持ちを楽にできるならと、書き始めました。
そう思ったきっかけは、なんといっても自分が驚くほど仏罰にがんじがらめに縛られていたからです。
創価や池田老人に対するマイナスが感情・矛盾する教義をブログに綴ろうとした時の
尋常でない指の震えと、手の先に血の気が通わず冷たくなって、頭のなかが真っ白になるあの感覚は、
これまで40年以上生きて来て、初めての経験でした。
頭では「私は覚醒した!もう絶対、社会悪の創価学会などと関わらない!」
などと息巻いていたにも関わらずです。
心と体がバラバラというか、相反する状況に在ったと言う事は、深層心理の呪縛・恐怖感が
ダイレクトに身体に出たという事だったと自分なりに理解しています。

バリ活であればあるほど、自己否定は辛いことだと解ります。
しかも、そのこと(学会活動と呼ばれるすべての行動)を「極善」だと思い込んで(思い込まされて)
やっている。
会員の間で創価は”世界一の極善団体”ということになっています。
二世、三世ともなれば生まれた時から親にそう言い聞かされて育つため、親に従順な人ならば
まず疑う事はありません。
一般外部の方々からは、信じられないかもしれませんが現実なのです。

そんなバリ活と結婚を考えている外部の方は、たいへん悩まれることでしょう。
世間一般常識が通じない相手と、その親家族への対応。
学会員が100人いれば、100通りのパターンがあって、全員が同じ思いで組織に居る訳ではありません。
唯一つ共通項は、全員が創価の信仰を「悪」だと思ってはいないということです。
「悪」だと思っていない。いいことをしている、という意識のもとなので、それをやめろと言われたり
社会悪だといくら周囲から言われても、信じませんし、殻にこもりますし、反撃もします。
というか、反対されたり否定的意見をぶつけられるほどに「この信心は正しい!」と確信を深め
ますます頑なになって行きます。
わけがわからないと、一般の方々は思うでしょうが、これは教義によるものです。
創価では日蓮大聖人の教義を組織の都合いいように会員に教えています。
「この信心には難がある。正しいからこそ難が起きる」と、日蓮大聖人ご在世の法難(と呼ばれる事件)を
もちだして教えます。
あたかも宗祖と同じ目に自分は遭っている、反対や批判に遭遇する事=仏になるチャンス!くらいに
捉えさせるのです。 ありえないでしょう?しかし本当の話です。

タイトル「さわらぬ神にたたりなし」とは、私に対する外部(主人や義両親、義家族)の態度をひとことで
あらわしたものです。
以下、私が結婚~覚醒に至るまで約8年間の周囲の対応について記します。
尚、以前の記事に書いたこととだぶる内容も出てきます。
また、私の結論はそれほど外れていると思いませんが、すべての創価脳に当てはまるとも言い切れません。
ひとつの参考として軽い気持ちで読んでいただければ幸いです(外部の方へ)。

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主人の実家は浄土宗ですが神棚もあります。
義父さんが神社好きで、全国の有名な神社に行くのが趣味。 
近県の主要神社も時折訪れているようですし、初詣は必ず決まった神社へ3か所行ってます。
それが義父さんの「信仰」なのだと思います。
義母さんも義父さんの神社巡りに付き合っています。日本古来の氏神信仰が普通に生活に
溶け込んでいる、実に日本人らしい宗教観をもつ家庭です。
そんな家庭で育った主人に、さほど信仰心は無いと思います。お寺や神社が好きなわけでもないし、
義両親が買って来る車のお守りを車内にぶらさげて居る、その程度。
交際当時の話ですが、私は主人の車に乗るのがイヤでしたw お守りがあるから。
創価ではお守りは邪宗の金儲けグッズ、忌み嫌うものでした。
それをどうしようが主人の勝手なのに、私は言いました「そんなの(お守り)意味無いよ」と。
そんなお守りで交通安全できるなら誰も事故に遭わないよ、くらいの事を言ったのです。
主人は「え?」って感じでしたが「でも両親が買って来てくれたものだから大事にしてるんだ」と
答えました。
主人にとったら、お守りの効能を信じて車内に吊るしているわけではない。あくまでも両親の
「安全を願う心」を受け取ったから車内に置くんだ、という解釈です。
↑これは今だからそう理解できます。マインドコントロール下にある当時はこんなこと思いませんでした。
それ以上言えば喧嘩になることは解っていたし、主人が両親を大事にしている事も知っていたので
内心「お守りなんか飾らないでよ」と思いながらも、黙っていました。

主人は私の学会活動や信仰に関しては「全然かまわない」と交際当時から容認派でした。
私は部長をしていたので、平日はほとんど会合で潰れ、土曜や日曜も午前か午後に会合が
入る状況でしたが、もういい年齢(30代半ば)だったこともあり、週1回会えたらいいのでは?
という感じで、束縛は一切なかったです。
主人は多趣味で、趣味繋がりの友人も多く、自分も束縛されたくなかったのだと思いますw
そんなわけで活動が忙しすぎ、会えないことで疑われたり・嫉妬されるなどは一切なかったです。
それも私にはありがたかった。
同じく女子部で外部の彼と交際している人がこぼしていたのが「そんなに会合があるなんておかしい」
「浮気しているんじゃないのか?組織にも男(男子部)がいるんだろう?」という不理解から来る
嫉妬で、喧嘩になるという話。
年齢が若くても・おっさんの域でも(すいません)そういった嫉妬心をもつ男性がいるようです。
健気に・自他共の幸福を願い活動している女子部員からすれば、このような疑いを向けられることは
耐えられないと思います。喧嘩になって当然です。
本当に、外部の方には想像できないと思いますが、活動家は忙しいのです(最近は変わったかも
しれませんが)。 わけのわからない会合がいっぱいありますw 
出陣式だの決起集会だの、なんだかんだと。法戦前と折伏戦の時は特に忙しい。
本部幹部以上になれば数のすり合わせ等のミーティングも合間に入るので休日がまるまる潰れる事も
珍しくなく、夜の会合で会った幹部の友人が「今日、朝9時に会館にきて此の時間(20時過ぎ)まで
ずっといるんだ~」なんていうほどで。
しかしそれを決して「嫌だ」と思ってやってない。
多少シンドイと思いながらも「福運を積むため」「広宣流布のため」酷い場合は「師匠のため」と
思ってやっています。
外部の方には到底理解が出来ない事でしょうが、わからないなら口も出さないのが賢明です。
私は静観してくれる主人を「最大の理解者」だと有り難く思っていました。

いまだから解るのですが、マインドコントロール下にある時の心理状態は
外部に対し「敵か味方か」で相手を判断するところがおおいにあります。
たとえ恋人であっても家族でも、創価をあからさまに否定してくる人間は信仰の「敵」です。
創価が世間一般から良い印象をもたれていないことも、2世3世は理解している。
だからこそ、頭ごなしに否定しない・容認してくれる相手の事は「理解者」と感じ、安心する。
別に入会なんてしなくていいのです。「君がやってること(信心)はいいことだと思う」と言うだけ。
ここでまちがっても創価(団体)や池田老人を賛美してはいけません。そんな事すると誤解されます。
入会してくれと躍起になります。
あくまでも、「信仰を持っている君」を自分は認める。 それだけでいいんです。
しかし決して、創価や池田老人を貶してもいけません。全く誉めなくていいんですが、貶さないことも
大事です。
創価や池田老人には無関心←これは言葉に出して言う必要はありません、あくまでスタンスです。
「君の頑張ってる事だったら応援してるよ、がんばって」と。
あくまでも本人を認めている、ということを伝える。これだけで本当に安心するものです。
バリ活創価脳だった私ですが、組織に対して冷静な主人だったから、結婚に対する迷いもほとんど
ありませんでした。

交際中、主人を折伏しようと対話を試みるも「いいことだとは解るが入会はしたくない。必要ない」と
断られ続けていました。
結婚に際しても、信心をやめてほしいというような言葉は一切ありませんでした。仏壇や御本尊様を家に
入れないでくれ、というようなことも言われず。
私の両親は、父がアンチで母が創価脳でした。 きょうだいが2人おりますが(兄と姉)、
2人の結婚の際に母は「御本尊様をお受けすべき」と迫りました。
ただ、2人はアンチで学会員の自覚もなく、活動に参加した事もまったくなかったのです。
そんなアンチな子供(とその婚約者)に、母がなぜ信仰をごり押ししたのかといえば、
(これは今だから私もわかるのですが)母という創価脳な人物にとっての子供を思う最高の愛情が
「信仰を持たせること」だからなのです。
結婚生活は楽しい事ばかりでは無い。晴れの日も雨の日も嵐の日もある。
そんな艱難辛苦の長い年月を乗り越えるためにも「信仰」を支えにして欲しい。
我が子が人生の新しい局面を迎えるにあたって、一般の親御さんがお守りを我が子に持たせるがごとく
創価の親は、その子供がアンチであろうとも御本尊様をもたせたがるのです。
外部の結婚相手を入会させたがるのも、そこに理由があると思います。
親もマインドコントロール下にあるわけなので、創価の信仰こそ「幸せの直道」という思考です。
それが全くもって的外れな事であっても、創価脳の親的には本気なのです。

私は活動家だったので、母はその時点で心配していなかったのか(主人が信心容認派だった事もあり)
主人を絶対折伏しなさいとは言いませんでした。
また、主人が理解者だということも解っていたので結婚も反対されず。
おまけに、私の父が「相手の親が創価の信心を理解しているのか、了解しているのか。
承知しないと言うなら彼に会う必要もない」と、まず先に外部である主人の両親に対しスジを通そうと
しました。
実際、義両親に会いに行き私から「創価の信心をしています。
それでも(結婚を)認めていただけるんでしょうか?」と尋ねました。
義両親は、自分たちも信仰をもっている。お互いの領域を侵さないように、互いに押し付け合うことなく、
尊重し合っていきましょうと返事をくれました。
これも私にはとても有り難いことでした。
以前書きましたが、私は20代半ば頃に外部との結婚話がでたとき、相手の親御さんから
「創価の嫁はいらない」とハッキリいわれ、結婚をあきらめた事があります。
そのトラウマもあった為、いくら主人が創価の信心を容認してくれても、親は別だから油断ならないと
思っていたのです。
ただ「お互いの領域を侵さないように、互いに押し付け合うことなく」この部分には気を引き締める
思いでした。
結局「義実家で創価の話はしてくれるな・家庭内折伏はダメだよ」と念を押された様なものだから。

ここまでのまとめです。

・創価脳の本人およびその親は、創価を「極善」だと思っている。
 まちがっても社会悪だとは思っていない。騙されている自覚も当然ない。そこを理解する。
・創価脳にとって、創価を否定・批判するものは即「敵」となる。
 あくまでも「あなた本人の味方である」という立場を強調し、安心感を与える。
・「あなた本人の理解者」であることを強調する。 創価や池田老人に対しては無関心のスタンスで。
 創価や組織を賛美してはいけない。当然池田老人賛美も不要。
 ただし貶しても絶対いけない。 そこは冷静に、存在自体をスルーする。
・入会をせまられても「できない」と思うなら、ハッキリ伝えて良い。
 ただし、相手の信仰は邪魔しない、尊重すると強調する。そのかわりこちらの信仰も尊重せよと
 交換条件を出す。

中にはまれに「あなたが入会してくれないなら結婚自体をやめる」などと乱暴な事をいう創価脳も
いると思います。
そういった相手との結婚は、諦めた方が身のためだと私は思います。
おとしどころを探ろうという姿勢もない人間です。
たとえマインドコントロール下にあるといえども、持って生まれた「性格」が出ているのです。
そういった人の多くは、覚醒しませんし、覚醒したとしたら振り幅が大きすぎてきっと大変な事に
なります(心の病で)。
相手が狂おうとも添い遂げたい、それほど好きだ!自分は生涯をかけてサポートする!という
情熱があるなら止めませんが、あなたが先に壊れてしまわないか?
私はそっちが心配です。

マインドコントロール下であっても、人間の心をかけらでも持ちあわせていれば、
外部の相手とのおとしどころや、着地点を探そうと努力するものです。 
そういった相手ならば、たとえ創価脳であってもその後の信頼関係が成り立つと思います。

(2)に続きます。
Category: 覚醒の伏線

死について(2)

創価の人達の死生観は時に残酷で、デリカシーもなく、
外部や一般社会にはまったく受け入れがたいものだと、覚醒後に気付きました。

バリ活時代、組織の方が何名か亡くなられました。
壮年部が多かったですが皆さん50~60代で、がんで亡くなられていました。
うち、がんであることを公表したひとは1人だけで、他の方は「そういえば最近会合で見ないな?」と
思ったら、お葬式に呼ばれ「末期がんだった」と知るというパターンでした。
当時はなんとも思って無かったので意識しませんでしたが、どうも役職が上になればなるほど、がんであることを
隠すみたいですね。
それはメンバーに動揺を与えてはいけないと思うからなのでしょう。
がんで亡くなる、現代では珍しい事ではなく、死因の1位です。
それでも創価の人達にとっては「常日頃から福運を積んでいる」だけに、病死はネガティブな事のようです。
余談ですが、元気で会合に参加していた80代のおばあちゃんが急に姿を見せなくなり、
「足腰が弱くなってきたから」とその家族は説明していましたが、実は痴呆になったからで
その後、施設で亡くなられました。お見舞いの一つも行けなかったと、地元組織の人たちが残念がると
やはり痴呆になったなんて公表しづらかった、と家族の方は言っていたそうです。

今思いましたが、上記事情って池田老人とも繋がってますよね。
一切姿を見せなくても活動家が誰も何も言わないのは、自分たちがネガティブな事象を日常的に隠すように
大本営も同じくだとしたら、ショックで確かめたくないとの思いが沈黙に繋がっているんじゃないかと
邪推します。
(余談ですが、この件について現役活動家の母にたずねたところ
「先生は後事をすべて弟子に託されたんだから、中途半端に出て行ったら張り切っている弟子の顔を
潰してしまうので静かにされている」という答えが返ってきました。
新聞紙上の近影や、学園を車で訪れている、アフリカのメンバーが来た時は車の中から激励した等の
エピソードから「お元気でいる」と確信しているそうです)

淡々・粛々と人の死を弔う。そこで終わればいいのに、創価の人はそれでは済まない。
そこに美談エピソードや、ポジティブ要素を求めます。
たとえば、親御さんの死にふれて未活だった家族が「弔いがしたい」とごん行をするようになったとか・
分所帯で御本尊様をお受けするなどのエピソードがあると「あの人は死でもって子供を折伏した!」と
言うのです。 これは美談です。
葬儀にご近所の外部が多数参列すると「学会理解の輪が広がった」といいます。
外部の人がうっかりつられて唱題に加わるとそれも「折伏」と言う事もあります。
皆さんはただ、常識をわきまえてご近所づきあいの一環で参列されたのだと思いますが。

これも私が青年部だったときに未来部が交通事故で亡くなるという痛ましく悲しい事がありました。
そちらのお母さんは婦人部で頑張っている方でしたが、大変ショックをうけられて暫く活動に出てきませんでした。
ある日、その一家が引っ越しをすることになったと婦人部づてに聞きました。
思い出の詰まった住まい・町にいることが辛くなったんだろうか、と私が推察していると、婦人部は
「(お子さんが亡くなったことで)補償や保険金が沢山入ったみたいで、新築を買ったのよ。
 やっぱり学会員だから、福運よね~」と。
たとえそれが現実だったにしても、こんな言い方アリなの?と私はドン引きしました。
最愛の我が子が亡くなっても、思いがけないお金が入ったから「福運」と捉える。
これこそ「創価の常識は世間の非常識」じゃないでしょうか。

私の父も、数年前に不慮の事故がきっかけで救急搬送、数日後に亡くなったのです。
このときもいろいろなことがありました。
父の突然すぎる死を受け入れられず、茫然としていた私に対して
母方の親戚(バリ活)は言いました。
「きっとお父さんは(組織の活動に反対していたので)お母さんに思う存分学会活動をさせてあげたくて
 早くに逝ってくれたんだよ」と。
私は、そんなものなのか?!と思ったけれど、何も返事ができませんでした(ちなみに覚醒前です)。

親戚がまったく同じ事を、姉にも別の場面で言っていた事をつい最近知りました。
組織アンチでお父さん子の姉は「ふざけんな!その言葉を取り消して謝れ」と、つっかかっていったそうです。
それがまことに普通の「人間らしい」反応だと思います。
学会活動の邪魔だったから逝ったと片付けられるなんて、ありえないことです。
覚醒後のいま、これを思い出すと私は怒りを通り越して涙がでてきます。そんなわけないだろう、と。

けど、覚醒前(未活だったけど)の私は、「その言葉を取り消して謝れ」とは全く思わなかった。
父の死に対して、組織に都合のいい理由をつけられたにもかかわらず、明確な怒りは湧かなかったのです。
ここがマインドコントロールの怖さだと思います。

父は入会はしていましたが、折伏大行進時代の無茶な状況下の事で、組織アンチでした。
宗門と蜜月の頃は寺や御山に足を運んでいましたが、学会の会館や会合に行った事は
一度もなかったのです。
父はとくに池田老人を嫌っており、宗教団体の政治参画はおかしいといつも言っていました。
父の言っていた事は正しかったのに、一切聞く耳を持たなかった私は大馬鹿だったと今更ながら悔やまれます。

葬儀は母と創価の親戚ごり押しで学会(友人)葬でした。 
一部親族からは反対意見もでましたが、未活でも御本尊様を信じていた私は母に加担しました。
(いま思えば、父はどう弔って欲しかったのだろうかと、とても心が痛みます)
学会葬は何度も参加していましたが、父のようなアンチの学会葬は初めての経験でした。
組織からは「名誉OO長」の任命額と池田老人のメッセージが届きました。
戒名がもらえない代わりに、学会から名誉役職がもらえるのです。意味不明です。
母に「お父さん、理解者でもなかったのに。こんなものくれるんだね」と言うと
「これはお父さんにもらったんじゃない、私の信心で頂けたの!」と嬉しそうに言うので
それってありなの?と思いながら、モヤモヤしていました。
儀典長(僧侶のかわりに導師をする創価幹部)が、あいさつでシナリオ通りに
「故人の生前の強情な信心云々」と読み上げた時も、心がモヤモヤしました。
父がアンチで、壮年部の家庭訪問に一切応対しなかったことなどなど、組織の人はみーんな知ってたのに。
せめて少しシナリオを書き変える等の配慮はできなかったのかと、思いましたが誰にも言えませんでした。
当時の私はまだ仏罰を強く強く信じていたから、自分の心に湧いてくる否定的な思いをおさえこむ傾向に
ありました。

父の死後、突然の死の意味をずっと考えていました。
創価では「すべてのことには意味がある」と教えられていたので、突然の父の死は私に対して
どんなメッセージだったのか、何の意味があるのか考えていたのです。
信心反対の親が亡くなった際、最後に学会理解して逝ったなどの美談エピソードが会合上で語られて
いました。うちもそうなるのかな?と青年部時代、ぼんやりと思っていました。
しかし父は意識不明で亡くなりました。アンチのまま逝ったと思います。
美談エピソードどころか、学会葬に反対したきょうだい2人vs母の肩をもった私は大喧嘩になりました。
父方の伯母(学会葬に反対)とも私は激しく言い争いました。
誰も喪主の母には言えなかったので、私に学会葬を考え直し、家族葬など宗教色のないセレモニーにするよう
仲介役を頼んできたのですが、私が断固拒否したからです。
マインドコントロールに罹った人に仲介を頼むのは無理があると思うのです(言い訳)。
元々仲良くなかったけれど、きょうだいから絶縁宣言まで飛び出したことに、当時まだ創価脳の私でも
さすがに落ち込んだし、こんな状況の何処にも「ポジティブ」要素は見つけ出せませんでした。 
(余談ですが、姉とは昨年和解しております)
当時の私は覚醒前で未活動でしたから、父の死は「自分が信心(活動)をおろそかにしたせい(罰)」とも
考えました。
だけど、自分の居住地域の婦人部がアレすぎてとてもじゃないけれど、父のお弔いにと活動に戻る気には
全くなれませんでした。

覚醒後は「意味なんかいらないんだ」と思うようになりました。
結局この「すべてのことには意味がある」も創価のマインドコントロールのひとつの手法で
どんな些細な事でも、全部を信心へと向けるための・執着心を煽るためのものだったと解ったから。

そして学会員が同志の「突然の・早すぎる死」に対していいエピソードや意味をやたらに欲しがるのは、
常に学会活動で功徳と福運を積んでいるという建前上、死に対しての「ポジティブ」要素が
絶対に必要だからなのでしょう。タダでは死んでません的な。

究極の理想の師匠・永遠の指導者のエンディングは、どのようなものになるんでしょうね。
Category: 覚醒の伏線

死について(1)

子供のころから母に「臨終」について言い聞かされてきました。
昭和30-40年代ころの指導をベースにしたもので
「死ぬ際に人生の全てが出る・臨終こそ人生の総決算」というものです。
どんなに生きている間が華やかできらびやかで豊かであっても、晩年がみじめであったり、
その死が孤独で悲惨なものであれば、その人の一生は空しいものとなる。
大聖人様のように(入滅の)時を知り身辺を整え、布団の上で安らかに、家族に(弟子に)みとられて
死にたければ信心に励みなさい、と教わりました。
世間一般でも言われる通り、健康長寿の老衰死・自然死が一番良いモデルケースという意味だと思います。
そういえば池田老人も「健康長寿」の押印和紙や色紙を会員に贈ってますよね。
私も貰いましたw

バリ活時代に外部の方からしょっちゅう聞かされた話ですが
「学会員は他宗派の葬儀に顔を出しては仏さんの”死相格付け”をする。
邪宗を信じていたからあんな死相になるんだなどと噂する。非常識だ」とありました。
(その昔、婦人部員から「O宗だとこんな死相」話を聞かされたことも実際にありました)
こんなエピソードや、私が母から教わった指導からも伺えるとおり、この信心をしていれば素晴らしい最期
(健康長寿の末の、自然死・老衰死・成仏の相)を迎える事ができる・その裏返しの刷り込みもあったのだと
思います。
しかし近年、創価内部でも不審死があったり、病死、突然死も相次いでいます。
最近では「どのような死であっても、遺された家族が幸福であれば大勝利」という指導に変わったようです。
(実際、私も父が亡くなった時に幹部からそのように言われました。
未活の覚醒前でしたが、いや~な気分になった事をおぼえています)

覚醒後一年のあいだに、私の知っている組織の人が多数亡くなられました。
詳細は伏せますが、病死・事故死・孤独死でした。
それらの死について、突然で早すぎる死だと私は感じましたし、ショッキングというか
お気の毒で言葉が出ないと思う事もありました。
不謹慎だと弁えたうえで、「あんなに熱心に活動してたのに(?)」と感じたケースもありました。
組織の人は、いろいろ理由をつけ無理にでもその死を「正当化」というか「ポジティブなもの」にしようと
していましたが、私からすればそんなものはこじつけにしか聞こえず、故人とそのご家族に対しても
とても失礼な事柄に思えました。 

たとえば子供の無い夫婦だったので(ご主人が先立った事を)
「子供が無いだけましだった。奥さんは再婚のチャンスがある」という人が居ました。
たとえば新築したばかりのご家庭だったので
「死亡保険で住宅ローンはなくなるし、残された家族に迷惑をかけてないから功徳だった」という人が居ました。
たとえばアンチ学会の喪主(となるはずの子供)と連絡がつかなかったので
「学会葬でおくることができた。もし子供が来ていたら他の宗派でおくられたかもしれない。
 最高のお弔いをしてもらう事が出来てあの人は幸せだった」という人が居ました。
この発言の背景は繰り返しになりますが
「遺された家族が幸福であれば、路頭に迷わなければ、その死がどのようなものであっても大勝利」
という最近の創価の指導からくるもので、
そこには「死因」における「ネガティブ感」を覆い隠そうという意図が私には感じられたのです。

創価の人は「宿業・因縁」話が好きなのに、創価身内の「死」に対しては、そのようなことを一切言いません。
どれだけ早すぎる・理不尽と思える死に対しても「過去世の宿業」とは言いません(最近は)。
必ず「宿命転換をして安詳として霊山へ旅立った」って事にします。
勿論それが故人への敬意で当然のことなのですが、学会員は日々の学会活動で功徳・福運を積んでいるという
大義名分も関係してくるのでしょう。
↑ここで「自己完結」「自己満足」してくれれば、まだましなのですが。

それにしても、仏敵(反逆者、脱会者、退転者、他宗信仰者)の「病」や「死」に対して容赦ないのは
どうしてでしょうか。
仏罰が下ったんだ、現証だ、悲惨な最期の姿だと喧伝します。創価の死とは違う事を強調します。
故人への敬意など微塵もありません。

ここ最近、組織外の方も亡くなられました。亡き父の友人と、実家ご近所の高齢者です。
亡き父の友人は心臓発作でしたが母は「OO教なんて信じているからそうなるのよ」といい、
高齢者は末期がんですが「氏子総代なんてやるからそうなるのよ」と言いました。
なんたる言い草と、あいた口がふさがりませんでした。
組織の中で同じような死があったら、なんだかんだと正当化したり美談をもってくるだろうに。

10年ほど前でしたが四者の会合で、退転者の(不幸な)死が語られることがありました。
話をしている時の幹部は、神妙な顔つきでしたが「学会正義が証明された」と言う時は、がっと目を
見開いて、勝ち誇ったようでした。
最近、原島崇さんが亡くなった際の状況を書かれた文章をネットで見ましたが、組織目線で書かれたものは
これでもかっていうほど酷い内容でした。
が、組織目線でないサイトでは、原島さんが元々健康ではなかったこと・組織に居る間すでにストレスから健康を
害しており、うつ病にもなっていたことが奥さんの証言と共に書かれていました。
(それが契機で脱会後も長らく体調不良をひきずっておられたのは想像に難くありません。
組織や信仰に対し、純粋・真面目であればあるほど、反動もきついとおもいます) 
一人の人物の晩年も、書き方ひとつでここまで印象が違うものかと感心しましたが、明らかに前者は「仏罰」を意識し
悪意を持って書かれていると取れる内容でした。

人の死について、あれこれ言う事が、どれだけ非常識なのかを組織の人はわかっていなさすぎです。
そして「組織に利する」と信じてやっているその行動が、どれだけ法を・自身を貶めているかを
いまいちど考えた方がいいと思います。

40代を過ぎ、訃報が身近に増えてきた今わかったことは
私が幼少期に教わった「理想の臨終」にあてはまる死に方は、レアケースだということです。
私が見てきた死に関して言えば、健康長寿の自然死は祖母しかいません。 
その後、信心強情だった母方親戚も亡くなりましたが、残念ながら家族が誰も死に目に会えなかったり
意識不明のまま逝かれました(死相はそれなりに綺麗でしたが、祖母ほどではありません)。
バリ活で、本当に真面目にやっておられても、長年の功労者であっても、病気や事故で亡くなられます。
何度も手術や入退院を繰り返された末・長い闘病生活の末・不慮の事故・などなど。
悲惨な死の報にふれる事もあります。
それは、一般社会に於いても同じです。
「死」は早かれ遅かれ、全ての人に平等に訪れること。
どんな「死」であろうとも、そこに優劣(死相云々含め)をつけるなんて無意味で悪趣味だと思います。
しかし無理やりでも同志の「死」をポジティブにとらえようとする創価の人達の姿が、滑稽に思えはじめました。
他人の死に於いても必死なのです。
自分たちの信仰が優れていて特別だってことが死においても証明されないと、不安でたまらないのでしょう。

このポジティブな「死」に気がついた時、閃きました。
自分たちの活動の正当性を主張するためには、退転者には「不幸」に「堕地獄」に、「辛い悲惨な死」を
迎えてもらわないと困るのです。そうならないと都合が悪いんです。
それが創価の組織で語られる「仏罰」です。
たとえばそれが誰人の人生上にも起こりうる事柄であったとしても、「創価を捨てた者に降りかかる
悲惨な出来事」として恐ろしげに語る。
マインドコントロールに罹った状態でそれを耳にするから「脅威」となるのです。
外部が同じ話を聞いたって、「ふーん」でおしまいです。

こう書くと
「仏罰について日蓮大聖人様がこう仰っている!」と、御書をひいてバリ活が抗議してきそうですがw
もはや創価が日蓮大聖人を語ってはいけないと思います。御書で「これが文証だ」というのも無効です。
なので「創価における仏罰」と書きますが、その正体は自分の影をバケモノと見て怯えるが如。
自分の心が、自分を縛りあげていた。それだけの話なのだと思うに至りました。
「この信仰を・創価学会を捨てるような事があれば罰が当たる」そう決めているのは、私自身の心だったんです。

生老病死と同じく、人生における困難も、大なり小なり誰人も避けては通れないことです。 
仮に、組織を出た後にネガティブな事象がおこったとして、それが組織に背いたペナルティかどうかは、
自分の心が決めればいいこと。
「仏罰」と捉えてしまう心があるうちは、まだマインドコントロールから解放されていないんでしょう。
そうしてまた組織に戻ってしまえばもとの木阿弥です。
思考停止を解き、冷静に、時間をかけて一般社会と・創価内とでおこっている「現実」を見て行けば
仏罰なんてないことがわかります。

これは余談ですが、昨年、覚醒後すぐのころに正宗のことを調べていたら、
あの仏敵と呼ばれ、数十万人の学会員に不幸を祈念されたであろう日顕氏が90歳を迎えて元気で
信者さんの前にも姿を現していると知り、拍子抜けしました。 
まさに「健康長寿」 皮肉な物ですね?!
このことを創価の活動家たちは、知ってるんだろうか?と、母に話してみたら
「んまー!とっくに死んだと思ってたのに!」と驚いていました。
学会における最大の仏敵で気になってしょうがない相手のはずですが、組織や創価新報では現状をお知らせ
しないようですw 
どうしてなんでしょうねー?
Category: 覚醒の伏線