過去のこと(2)

後日、彼と会うと、遠隔地への転職にエントリーしたと打ち明けられました。
仕事が決まった段階で家出するというのです。
「親は別れろって相変わらず言ってる。でも、離れて住んだら関係ない。結婚しよう。
 二人で生きていきたい」と。
私はそこまで言われて、簡単に「別れたい」と切り出せなくなりました。

そして彼は私にも親や創価の信仰を捨てて欲しい、と言ったのです。
自分も親を捨てるから、君も捨てられるだろう?と。
私はそこで「絶対に無理」と答え、彼を驚かせてしまいます。
彼からすれば「自分は活動をしていない・親が熱心にやっている」と私が話したことで、私の信仰心は
ほとんど無いもので・彼自身の立場と同じだと思いこんでいたのでしょう。
「どうして絶対に無理なの?」と聞かれたので、私はご本尊様に3度命を救われた(と思いこんでいた)
経験を話しました。
そのようなこともあるから、御本尊様の無い生活は私には考えられないんだ、と。
「ご本尊様を、信心を捨てるくらいなら、結婚なんかしない」と言いました。
彼には青天の霹靂だったのでしょう。絶句していました。
「本気で言ってるの?」と何度も聞かれました。
今まで一度もそんなこと、言わなかったじゃないか。急にそんな風に言いだすなんておかしいよ!
心変わりでもしたんじゃないのかと、問い詰められたのです。
彼の混乱は当然だと今は理解できます。
私は普段から彼に信仰の話なんてしたことがなく、それは二人のあいだには「関係のないこと」で
私の内面的問題と思っていたから、敢えて言わなかっただけでした。
彼をぜったいに折伏しようとも思わなかったです。その理由は、未活だったからだと思います。
活動家であれば常に「折伏」が頭にある状態ですが(会合等でも発破号令かけられますし)
未活だと、相手がとんでもない不幸のさなかにある等でないと「救わねば!」とはなりません。
当時この信仰は私一人の心の問題だと考え、結婚に際し「容認」してもらえれば・もらえるだろうと
軽く・簡単に考えていました。
だけど、ここへきて互いの勘違いと温度差が表面化。
あまりにも急な変化でおかしいと、彼に受け取られても仕方ありません。

彼が私に「信心をやめて欲しい」と言った理由を尋ねました。
彼としては、母親が私を許さない点も・私の母親が彼を許さない点も「宗教」なのだから
お互いがクリアー(無宗教)になれば、多少互いの親の心証がよくなるのではないか?という考え。
彼ならではの考え方だと思いました。が、私には到底受け入れられるものではなかったです。

私は彼に「親と縁を切るのは現実的でない」ということも話しました。
少なくとも私は、結婚を反対する自分の母親を恨んでなく、縁を切ろうなんて思わない。
どちらかといえば、母に悲しい思いをさせて「申し訳ない」という思いでいたのです。
また、遠隔地に二人で行くという事も私には考えられないと伝えました。
親元を遠く離れるなんて無理だと思っていました。
学会を離れていても、母親依存症だったからです。
彼はどうかと言えば、親には感謝しているが、宗教を理由に結婚を許さないなんておかしい。
親と縁を切ってでも好きな人と一緒になりたい、という考えでした。
話し合いを続けましたが、こんな調子でどこまでいっても平行線です。
柔和な彼でしたが、ご本尊様や親を裏切れないと主張し続ける私に堪忍袋の緒が切れたのか、
「君は本当に人を好きになったことがないんじゃないのか?」と怒ったように言いました。
心外だ、と私が泣くと慌てて謝り「ごめん言いすぎた」と焦った様子でした。

「本当に人を好きになったことがないんじゃないのか」こう思われても仕方がありませんよね。
一般社会人の方々には、何よりも大切な物が愛する人ではなく、宗教で本尊だなんて
考えられない事でしょう。
しかし、広い世の中には、そのように刷り込まれて育った人間もいる。これは現実なのです。
狼に育てられた少年ジュマの話をご存知でしょうか。たぶんそれと同じです。
これはもう、理屈では無いのです。
私は人間らしさを失っていました。人の尊厳と呼べるものです。
何よりも誰よりも大切なものはご本尊様で信仰、そんな人間だったのです。
それゆえ彼を傷つけ、不理解で苦しませたと思います。
それに気がついたのは覚醒後です。 つい最近まで、そんな風には考えませんでした。

私の中で「親から反対されてまでも結婚する」という考えは、はなからありませんでした。
これは教義の問題云々以前のことで、私自身がそのような祝福されない結婚はイヤだったのです。
きょうだいが祝福されない結婚をしているのを見てきたこともあったでしょうし、
外部の友人はみんな双方の家族に祝福されて、盛大な挙式披露宴を行い、幸せそのものだった。
私だけが、そうなれないのはイヤでした。 挙式披露宴が出来ないなんて、みじめな事は嫌だった。
プライドが勝っていたんです。愛情云々よりも。 これは彼には言いませんでしたが。

今頃になって、彼がどうして親を捨てたかったのかその気持ちが解ります。
自分が納得もしていないのに宗教に勝手に入れられ、その教義上で異教徒との結婚は
許せないという親なんか、そりゃ捨てたくもなるよねって。
今だから解るというのがなんとも皮肉ですが、当時の私はマインドコントロール下にあったから
彼の「親を捨ててまで一緒になりたい気持ち」がわかりませんでした。
そこには創価の思想「(他宗派の親でも)話し合えばわかりあえる」もあったと思います。
でもエホバは一神教なので、話し合いで分かり合える訳ないんです、それは最近理解しました。
そして、彼が私に「創価を捨てて」と言ったのも、彼にとってのエホバが足かせだったように
私にとっての創価も同じなんじゃないか・楽にしてあげたいって思いだったのかもしれないと
今になってそう思います。
彼の気持ちに寄りそえず、寂しい思いをさせてしまった事は申し訳なかったな、と思います。

余談ですが、この2年後(彼と別れた後)会社の先輩の結婚式に出席した時。
ご主人の国籍問題で、先輩(新婦)の両親が結婚に大反対で、挙式披露宴に両親が出席しないという
ことがありました。
チャペル式でしたが、先輩はバージンロードを父親代わりの上司と歩きました。
とても素晴らしいお式と披露宴で、二人を見守ってきた先輩の同僚と共に涙・涙でした。
私はこのとき、件の彼の事を久しぶりに思いだして、なんともいえない気持ちになっていました。
このような、愛の貫き方もあるんだなぁ・・って。
でも、やっぱり私には無理だった、と思っていました。

話を元に戻します。

会うたびに喧嘩になることも辛くなり、私は彼に「別れて欲しい」と切りだしました。
このとき彼は私に対し、最悪ご本尊様をもってきてもかまわない(脱会しなくてもいい)と
譲歩しました。
が、私はそれでも前に踏み出す気持ちになれなかった。
理由は、彼の母親に会った時に感じた「妖気」です。
なにか、ケダモノがついているような、怨念というか殺気立った空気を母親から感じて怖かった。
彼の事は好きだけど、彼と居る限り、母親がなにかとついてまわるのは当然。
いくら離れて暮らしても、縁を切ろうとも、彼の母親であることには変わりなくて。
それに本当に縁を切るなんて無理に決まっている、と思っていました。
病気になったり、なにか事があれば、会わないわけにいかない。
そのときに自分があの妖気と対峙する自信が無かった。しかしそれを彼に言う事は出来ず。
彼は「あきらめられない」と言いました。
なかなか引き下がらない彼から、連絡が来ると断れず、ずるずると会い続けていました。
すると、彼から遠隔地の転職が決定し、転居するとの話が。
「最後のお願いだ、一緒に行って欲しい」と言われましたが、私は健康上の理由で不安があり、
親元を離れたくないと言って断りました(学会活動を休むきっかけとなったPTSD症状のことです)。
彼は、私に負担をかけまいと思ったのでしょう。
この転居は自分自身のためでもある。親から離れたいと前々から思ってた、だから君がついて
これなくても、なにも責任感じなくていいからねと。
転居の日、見送りに来て欲しいと言われましたが、私はそれも断りました。
彼に申し訳ないという気持ちはありましたが、見送りに行くことで気を持たせたくなかったのです。
そして私自身も、心が弱ると彼に甘える部分があったので、これを機にはっきり線を引こうと
思っていました。

彼と別れることになった、彼が遠隔地に行ったと伝えた時、母は喜んで泣いていました。
「祈りが通じた!」と。
ずっと、別れて欲しい・破談になる事を祈念していたと話してくれました。
娘の幸せを思っての破談祈念だったのでしょうが、別れた事を泣いて喜ばれたのは正直複雑でした。
この経験を通じ、結婚相手は学会の人か・未入信者を入会させないといけないんだとの、ゆるい覚悟が
生まれました。

別れた後、お互いに携帯電話を持ったのでたまに連絡をとりあっていましたが
私がスポーツサークルのマネージャーをするようになり多忙・彼も新しい土地で彼女が出来たのか、
自然に連絡は無くなりました。
翌年、彼の転居を知った(交際のきっかけを作ってくれた)友人から私に連絡が入り、
別れたと知って驚いた、てっきり結婚するんだと思っていたのに、どうしたの?と聞かれました。
友人は私が創価であることは知っていましたが、彼の親がエホバだという事を全く知りませんでした。
どうも内緒にしていたようです。 私は知らなかったので、ついうっかりしゃべってしまったのですが。
友人は「えーっ!」と、ドンビキしていました。
「それは、無理だよねぇ」と妙に納得もしていました。
その後、10年以上経過してから、彼が家庭を持ち、地元に戻ってきていると友人つてに知りました。

今思えばというか結果論ですが、彼とは「縁」がなかったのだと思います。
私が創価の信心をしていなかったとしても、彼の実家がエホバでなくても、何の障害も無くても
彼と結ばれる事はきっとなかったんだと思うのです。

彼と別れて暫くは、恋愛に臆病でした。いい感じになっても、また結婚の時に宗教問題が
でてくるのかと思うと、踏み込めなかったり。
また、交際を申し込まれた段階で「創価だけど大丈夫?」と聞いた事もありました。
相手は付き合う分には全然問題ないと言ったけど、じゃあ結婚するってなったらどうなの?と
突っ込むと「そのときは辞めて欲しい」と本音を漏らし、じゃあもうお付き合いはできないと
始まる事もなく終わったり。
だけど、恋愛を不意にしても惜しくないくらい、私はご本尊様への「絶対心」を持ってました。
願いが叶うご本尊様、私を外敵から護ってくれる(私に悪意をもって接する人間を、ことごとく不幸に
しちゃってくれる)御本尊様です。手放せるわけがない!と思っていました。
それが覚醒後は、すべてが思いこみで偶然で道理だったと解るわけですが。
でも、摩訶不思議な力を信じている時は、好きな人なんかよりも御本尊様が絶対だったのです。
今となっては、そんな自分はどうかしていたと思います。
だけどそんな私でも、今の主人と知り合い、義両親や家族や子供たちにも巡り合えました。
主人と巡り合ったのはバリ活時代でしたから「これぞご仏智」功徳だと、信仰と絡めて喜んでいました。
覚醒した今の解釈は、これが私の運命だったということです。

創価の恋人を前に悩む方は、まだお若いと思います。皆さんにはまだ見ぬ未来があります。
もし、創価の恋人が信心に盲目で、そのことが原因で恋愛がダメになったとしても
「縁が無かった」と思えばいいのです。
簡単に言うなと怒られそうですが、これは理屈ではありません。
運命の人なんて、どこにいるかわからない。
それが目の前の創価の恋人じゃないってことも、ありうるのです。
こればかりは、だれにも解らないことです。

いい意味でも悪い意味でも、恋愛がうまくいかなかったことを「創価のせい」にしないでほしい。
創価に負けたとか思わなくていいのです。 ご縁が無かった、それだけです。
縁があれば、相手が創価であなたが非創価でも、成就(結婚)というかたちになると思います。
縁が無ければ、相手が創価であろうがなかろうが、別れる運命だったということです。

これは乱暴な話(?)かもしれませんが、
私が居た地域のヤング婦人部は、ほとんど旦那さんとその両親から折伏を受けた外部の方でした。
私はすごいなぁと思っていました。愛する人のために入会するなんて。
逆パターンもあります。女子部から折伏を受けて入会したご主人。
我が家も無理くりでしたが、主人は入会しました(非活ですが)。
そのように折り合いをつける外部の方も、いらっしゃるということです。

私の知る限りですが、愛する人のために学会をやめたり捨てたりした人って、聞いたことが無いのです。
結婚を機に未活・非活は聞きますが、脱会は聞いたことが無いです。
それ何故なのか? おそらく、殆どの人が学会2,3世だからじゃないでしょうか。
結婚は親や家族が絡んでくることです。
外部との結婚が(非入会なら)ただでさえ文句をつけられるところ、自分が創価を捨ててまで結婚すると
いうことは、親家族との断絶を意味してしまうからです。
そしてバリ活になればなるほど、親とのつながりも深いため、親を裏切ってまで結婚などとは考えません。
結婚後、じょじょに覚醒していくパターンは多くありますが
これは結婚によって親元を離れ、冷静になる時間が増えるからだと思います。

悩める外部の方、少しでも気が楽になってもらえればいいのですが。

そしてあなたの愛する方が、一日も早く覚醒する事を願っています。
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過去のこと(1)

20代半ばで外部との結婚をあきらめた、と過去記事で何度か書きました。
その件について公開・非公開コメントでお尋ねがありました。

信仰を理由に結婚をあきらめる・好きな人と生きて行く事をやめるという決断が
一般常識人に理解しがたいことだとわかったのは、覚醒後でした。
どうして創価の信仰をもつ恋人が、外部との結婚に際し「一緒にいたい」という感情を貫かず
信仰を選び・別れを選んでしまうのか、一般常識人の方々には不可解で辛く苦しい問題だと思います。

外部の方からの、どうしてそうなるのかが知りたいという質問のほかに
外部の恋人との結婚をあきらめた経験があるという内部の方のコメントも、公開・非公開ともに
頂いております。
私が女子部当時も、周囲にそのような話はごろごろと転がっていて、けして珍しい事では
ありませんでした。
が、こうして不特定多数の・年代も性別も異なる学会員の方たちから「自分も経験がある」と
意見を寄せて頂くと、いかに数多くの皆さんがこの件で悩み・辛い思い・苦渋の決断をされたのかが
ハッキリとわかり、驚いた次第です。
本当に、どこまで人の心を縛り上げ・内外ともに不幸にすれば気が済むのかと、組織の馬鹿げた
教義やマインドコントロールに対し、腹立たしい思いがします。

私の場合は、単なる自分自身の「絶対心」だけが破談の理由ではありませんでした。
今思えばですが、特殊パターンだと思います。
なので、多くの方々が直面している問題にあてはまるかどうか”?”なところもありますが、
この経験を晒すことが少しでもどなたかの役に立つのであればと、書くことにしました。

@@@@@

当時の私(20代半ば)は、組織内でのトラブルが原因でPTSD症状が出た為
女子部の活動を休んでいました。
一切の活動に出ず、家庭訪問にも適当に対応する程度。でも日常的にごん行をし・お題目もあげ。
組織がいやになっただけで、御本尊様への絶対心はまったく揺るがなかったんです。
それプラス、実家住まいだったので創価脳の母親の目もあり、仏間をスルーして出勤する事は
許されませんでした。
「活動はしなくても御本尊様への信心は失ってない」これが母親との絆だったんです。

彼とは友人を介して知り合いました。
心を開くまでは寡黙な人でしたが、うちとけると饒舌になり
好奇心旺盛で、自分のペースに巻き込むのが上手い人というか、リードするタイプでした。
かといってワンマンではなく柔軟なところもあって、気遣いのある人。
一人っ子ならではの器用さがありました。
そんな彼に創価であることを話したことはありませんでした。
まだ20代半ばで、私はそれほど結婚願望がなく、一緒にいる時が楽しければ・・という
思いで過ごしていたので。
そのことを黙っている件についても、とりたてて罪悪感は無かったです。

カミングアウトの機会は突然訪れました。
年末押し迫った頃、彼が「大晦日、一緒に年越ししよう。XXへ初詣に行きたいんだ」というのです。
私は「え~」と言ったあと、すぐに返事ができませんでした。
彼は困っている私を見て聞いたのです「ひょっとして宗教?学会なの?」と。
どうしてわかったの?と聞くと、「初詣を拒絶するのは創価とエホバくらいでしょ」というのです。
そしてなんと、彼の親がエホバで、自分も子供の頃勝手に入会させられていると聞かされました。
ものすごくショックでした。
同時に、私ってどんだけ業が深いんだろう?と己を恨みました。
(注:創価の「宿業」=全ての原因は自分自身の生命の中にあるという考え方において
 どんな人との出会いも、自分に因があると捉えます)

過去記事に書いたのですが、私は女子部の活動をやめてすぐ、会社の先輩とお付き合いをし
その先輩も、とある宗教の教会主の息子(後継ぎ)だったのです。
なんで邪宗の人とばかり知り合うの、私?と。
こんなの宿業以外のなにものでもないわ・・と、未活でありながらも創価脳の私は重く考えていました。
また、彼に創価であることがバレて、そのことで別れを告げられても仕方が無いと覚悟しました。
が、彼はそこには全くこだわりがなかったようで、創価について詳しく聞いてくることも無く。
私は「子供のころに入会させられた。現在は活動をしていない。母親だけが熱心」と説明しました。
彼が「親に勝手に入信させられて、同じ境遇だね」と優しく言ってくれたことに安堵しました。
ただこれは、お互いに大きな「勘違い」でした。
そのことは後々明らかになります。

彼は、親が勝手に入会させたというだけで、自分はエホバに嫌悪感いっぱいであること。
神社や寺に行く事を禁じられてきたが、初詣にあこがれていて、彼女と行きたいとずっと思っていた
(が、その時期に彼女が居たことが偶然にもなかった)小さな夢だった、と話してくれました。
エホバには山のように、生活上の禁止事項があるそうです。
でも彼は殆ど守っていない・そんなことしていたらまともに一般社会で人付き合いもできないし
暮らしていけないと言っていました。
世間一般でいう男女交際も制約があり、これまで彼女を親に紹介したこともないのだと。
入信している自覚なし、というところは、うちの兄や姉と同じだ・・と受け止めました。
ここで彼がエホバのバリ活なら、確実に別れたと思います。
(というか、彼の方から願い下げだったでしょうねw 交際にも至らなかったでしょう)

結局、初詣は神社見学だけにしました。
私はお参りだけはどうしてもできなかったから。
彼には「昔から拒絶感があって無理なんだ」と伝えました。
創価の活動はしなくても、信仰心が有る場合もあります。
ここを外部の方は、なかなか理解できないかもしれません。
活動と信仰は、必ずしもイコールではない・比例しないこともあると理解しておいたほうが
よいかと思います。

彼は私がお参りしなくても全然気にしない、一緒に神社に行けたことが嬉しいと言ってくれました。

彼も私も20代、現在40代の私がみれば、まだまだ未熟で子供っぽいところがありました。
私たちのあいだで宗教は問題ではなく、ただ二人で居る事が楽しく、ずっとこんな時間が続けば
いいのにと互いに結婚を考えるようになり、ぽつぽつとそんな話をする事が増えました。
また周囲の友人も結婚する人達が増え、結婚式に呼ばれる機会もあり、大きく影響を受けていたと
思います。
デートの際、たまたまブライダルフェアをやっているホテルの前を通りがかりました。
冷やかしで入ってみると、人前式というものがあることをこのとき初めて知りました。
「僕たちはこれだね」と彼が言いました。 お互いの両親が別々のものを信じているから・・という
理由で。
私も「そうだね」なんて言いながら、内心は少し不安がありました。
彼はとてもいい人で、健康だし、ちゃんとお勤めもしている。
おそらく反対される要素といえば、宗教問題だけだろう。
このとき、私は自分が相手の親から拒絶されるなんてこと、まったく頭に無かったのです。
不思議なんですが。自分は受け入れられると思ってました。
問題は、うちの母親だけじゃないかって考えてたんです。
だけど彼は、入信しているといっても非活で自覚なし。場合によっては、改宗もあるかも?!
そうすれば母も受け入れてくれるんじゃ? なんて甘い考えを持っていました。

後日、私の母に結婚しようと思う相手が居る事・相手の家がエホバを信仰している(本人非活)と
伝えたところ、母は泣きながら「他の人を探して欲しい」と言ったのです。
なんのためにここまで育てたのか。そのような家に嫁にやる事は絶対に出来ない、不幸になる!と。
どうしてもそうしたいなら、相手を折伏しなさい。相手の親御さんに了解を得なさいと言いました。
まさか母親に泣かれるとは想像しておらず、私はとてもショックでした。
彼の何を知っているというのだろう。親がエホバというだけで、他の人を探せだなんて酷過ぎる。
本人はやってないんだから関係ないじゃん!
私も部屋に戻って泣きました。どうしてこうなるのだろうと。
彼に母の言葉を伝えることは暫く出来ませんでした。

その後、彼も自身の親御さんに結婚したい旨を伝えたが
親御さんが学会大嫌いで「すぐに別れなさい・交際も結婚も許しません」と言われたとのこと。
彼は怒っていました。
自分は親のモノじゃない。考える脳みそだってある。もう世間でいえば成人なんだ、ほっといて
欲しいのにと。
そこで、私もやっと自分の母から言われた事を話しました。
彼は落胆していましたが、私の弱った心を見抜いたかのように「でも決めるのは二人だよね」と
言いました。
親に決められてなるものか、という強い意志を感じました。
「親が反対してたって、二人には関係ない。二人さえ同じ思いなら、乗り越えて行ける。
親から遠く離れて暮らせば関係ない。二人で生きて行きたい」と言いました。
彼にそのような言葉をかけられても、私はもうこの時点で、引き気味になっていました。
双方の親が反対する結婚なんて、上手く行くわけがないと思ったのです。
これは元々の性格もあるのですが、私はもめごとが大嫌いで、そうなる前に回避します。
大問題になる前に逃げよう、そんな感じでした。

彼は諦めず、粘り強く自分の両親に私との結婚に理解を得ようと話し合いを続けました。
あるとき、彼のお母さんが、私に会ってみたいので家に連れておいでと。
彼としては、親が「会ってみたい」ということは、OKがもらえる前触れと受け止めたようです。
会わせればきっと気に入ってもらえる!と、希望的に前向きにとらえていました。
私は疑心暗鬼で、気が進まないと言いましたが、彼の「大丈夫だって!」という言葉と笑顔に
勇気づけられ、指定された日時に初めて彼の家を訪れました。
家に行くと、威圧感のあるお母さんがいました。
部屋に通された時点で、空気が不穏でした。お母さんは、いやなものを見る目をしていました。
彼に促され挨拶をしましたが、お母さんから
「聞いてると思うけど、うちは他宗派の方を受け入れることはできません。
 創価の嫁はいらないんです」と単刀直入に。
彼は怒りだしました。いきなりそんな事いうのかよ!失礼じゃないか!と。
お母さんは「あんたは黙ってなさい」と彼を怒鳴りつけ、この時点で怒りに震える声でした。
「あなたのような人は受け入れられない。すぐに別れて欲しい」と。
彼が「親が創価なだけで彼女はやってない」と説明しても、お母さんは「そういう問題ではない」と
取り合わず、絶対に許せないことだ。交際自体許せないし、私の存在も許せないと。
彼は激怒し、親子の縁を切ると言いました。
理解を得る云々の問題では、もはやなかったです。
彼の母親から発せられる、妖気のようなもの?が怖くてたまりませんでした。
こんな人(=彼の母親)と家族になれるわけがない、と私は思ってしまったのです。
彼のお母さんが私を連れてこいと言ったのは、最後通牒を渡すためだったとわかりました。

家を出、二人で車に乗り、走りだしました。
彼は「このまま、どこか遠くへ行こうか」と言いました。
それは「家出・かけおち」の事でしたが、私は冷静で「そんな事したらだめだよ」と
彼を諭しました。
彼はひとりっ子で大変親御さん思いのところがありました。お父さんを尊敬している、と素直に
口にできるところが素敵だなと私は常々思っていました。
そんな両親思いの彼を、親と揉めさせる原因になる私。というか「創価」。
なんで私は学会の子なんだろう? 
自分が望んで入信したわけではない。選択意思なく親に勝手に入れられた、という時点で彼と同じ。
この宗教さえなければ、彼とすんなり結婚できるんだろうか?
そう考えると、創価の家に生まれた事を恨めしく思ったのです。
また、彼がエホバの家に生まれている事も、最大の不幸だと思いました。

その日は彼をなだめ、互いに帰宅しました。
私は家で泣きながらお題目を上げ、どうにか円満に別れることができますようにと祈念しました。
結婚は諦めたのです。
彼のことは好きだけど、あまりにもハードルが高すぎる。
私が彼から両親を奪う事はできない。それは荷が重すぎる、どうか互いにとって一番よい形での
「別れ」という結果を出させて下さいと祈念していました。

今思えばなんですが「どうか円満に別れることができますように」
これって思考停止なんですよね。
問題と向き合わず・彼のまっすぐな気持ちとも向き合わず、さっさと逃げようとしたんです。
無意識のうちにハンドルを切ってUターンでずらかる、そんな感じです。
その無意識の「奥」は臆病な心。
これ以上踏み込んだら厄介で面倒な事になる、自分の信心がおかしくなってしまうかもしれない。
そんな不安感が無意識に困難を避ける思考・行動へと繋がっていたんじゃないかと分析します。

創価の信仰をたもつ恋人に急に去られた、という方はその原因が解らず悩まれるようですが
あなたの恋人にも、上記のような心の動きがあったのかもしれません。
ひとつの参考になればと思います。

(2)に続きます。

傲慢(3)

交際から1年ほどで主人の異動時期が決定し、結婚を申し込まれました。
私はご本尊様を主人の名前で受けて欲しい事を改めてお願いしましたが、断られました。
「君の信仰の邪魔はしないし尊重する。自分には必要ないと思っている。もし必要になった時は
 入会するが、今はその時期ではない」との答え。
20代半ばで結婚話が出た彼からは、ハッキリと「信心やめてほしい」と言われ、別れを選びました。
だけど今回は「認める」と言っている。でも本人は入会しない。
圏婦人部長の指導「本当に好きなら入会する」は、主人にあてはまらず、惚れた弱みで入会なんて
しないことがわかり、私は少し落胆しました。

私は、きっと母が「あなたにも信心してほしい」と主人に迫るだろう、そうすれば主人も断れないんじゃ
ないかと甘い期待を抱きました。
が、父が最初に筋を通した為(主人の両親に創価の信心OKをもらった)母はそれで満足したようで
主人を無理にでも折伏しなさいとは言いませんでした。
母にしてみれば、兄と姉の結婚で残念な思いをし、疲れ、懲りていたのかもしれません。
信心や創価に理解を示してくれてるなんて、素晴らしい親御さん&彼じゃないの。いい縁談だと思うわ!と
喜んでくれました。
あれー?って思いましたが、母が安心している様子を見、父が筋を通してくれた事実を鑑みても
自分だけが主人の「入会本流」に拘って、円満な空気を不穏にしてしまうことが場違いに思えてきました。
両家顔合わせ、結納、結婚準備とウソみたいにとんとん拍子で進んで行きます。
当時のエピソードで忘れられないのは、私は彼やその両親に母をあわせる事は特に問題ないと思って
いたのですが、父をあわせる事に懸念を抱いてました。
父がいつも家の中で気難しい顔をして、私たちに攻撃的な言葉を発する事が多かった為、こんな頑固お父さんじゃ
印象が悪いだろう・主人の家族に引いてしまわれるんじゃないか?と思っていたんです。
ところがそれは大間違いでした。一般良識人の義両親と父は、すぐ意気投合していました。
母は話に入って行けず、横で笑顔を作るのが精いっぱいだったんです。
これはものすごく意外でした。
父は気難しくて・・と、私が義両親に話すと「全くそんなことはない、知識も豊富でお話していて楽しかった」と
いわれ、義母さんからは「お母さんは遠慮してるわね、何も肩ひじはらなくていいのに」と言われ続けて
いました。
主人からも「お父さんはすごくまともっていうか、常識人だよ」といわれたんです。
これって、暗に私や母が「非常識」っていわれているようなものだったんですねw 最近気づきました。
当時は全然そのことに気がつかず、父の外面が素晴らしく良いんだと思いこんでいたんです。
他人には社交性を発揮して、なんで家庭内で私と母には冷たいんだ!と腹立たしく思ったりもしました。

2004年秋の結婚が決まり、私の青年部時代最後の闘いが例の1000万選挙です。
絶対に、金字塔を打ち立てて見せる。1000万をやり遂げ、広宣流布後の景色を見てから
女子部を卒業するのだ!と今までになく頑張りました。
が、結果は無残で、私の心には大きな穴があきました。
いったい何だったんだろう?1000万って、広宣流布って、青年部って。虚無感に襲われます。
この時点で私が分所帯で御本尊様をお受けすることになっていましたが、このなんともいえない
もやもやした気分を、どうにか払しょくしたい!と思った私は「そうだ折伏しよう」と閃きます。
母に相談し、母と主人と3人で話す事にしました。
母は、主人やその両親が創価の信心に理解を示してくれた事を本当に感謝している。
だけどこの子(私)はそれだけじゃ不安みたい。
この子が信心を続けるのを認めるその証に名前だけでいいから入会して御本尊様を受けてくれないかと
直談判しました。
主人は困った顔していました。そりゃそうです、入会の必要はないとハッキリ意思表示し続けていた。
私は、ほんとうに名前だけでいい。活動の無理強いはしない、何もしなくていいからとお願いしました。
根負けした主人が「本当にかたちだけで、両親には絶対内緒にする」ことを条件に、入会してくれることに
なりました。
こんなもの折伏でも何でもありません。
相手の幸せを考えて・・なんてものではなかった。完全にエゴです。
私は自分勝手でした。自分さえよければ、それでよかった。
自分の「女子部時代最後の闘いにケチがついた」から、なんとか取り繕いたかっただけ。
そのために主人の良心につけこんだのです、親まで使って。
本当に最低だったと思い、深く反省しています。
支部の人に、主人を折伏すると言っていなかったので、急な入会本流に驚かれましたが大喜びでした。
当時、入会に際しては新聞購読やO回以上の座談会出席など、ハードルがありました。
一つもクリアしてなかったけど当時の支部長が「祥蘭の旦那になる人だから、まぁいいや」とハンコを押してましたw
どこまでも現場は結果主義。 内容はどうであれ数さえ上がればいいんです。
そして私も面子を保てたことにほっとしていました。
「女子部長が使命を果たさず嫁に行った」と言われなくて済むから。
こうして私は自分なりに青年部時代最後の闘いに落とし前をつけました。
結婚式のちょうど1ヶ月前のことでした。

私は父や二人のきょうだいに対して思っていたのと同様に、主人に対しても
「こちらに歩み寄るべきだ」をやっていました。
こちらが絶対的に正しいから、そちらが歩み寄るべきだと言う姿勢は「傲慢」以外の何物でもありません。
圏婦人部長が指導で話していた「本当に好きなら入会する」という考えも傲慢だと思います。
折伏という行為自体が、実は傲慢なんですよね。
バリ活時代、友人をセミナーに連れて行き折伏しようとした時に言われました。
信心して宿命転換していかないと、と迫る幹部に対し
「まるで信心しなきゃ私が不幸になることが決まってると言われてるみたいで、不愉快だ」と。
そんなつもりで言ったんじゃない。あなたの幸せを思うから言ってるんだ。なんでわかってもらえないんだろう。
こんなやりとりを、何人もの友人としました。
こちらとしては、心の奥底から「相手の幸福を願う行動=折伏」と思いこんでいた。だから相手の弱点を
突いていた。
しかし、覚醒した今になって思えば、それら全ては単なる「恫喝」でした。

そういえば、池田老人の書籍に、「折伏は恋文のようでなくてはならない」というのがありました。
(女性抄だったかな・・うろ覚えですいません)
相手に不愉快な思いをさせることなく、その気にさせるということ。粘り強く根気よく、美辞麗句を並べろ。
乱暴な書き方をあえてしますがそんな内容でした。
けどそんなの「折伏」じゃない。単なる甘い語り口のセールスじゃんw 
当時はそこまで思いませんでしたが、折伏がそんなソフトなものでいいはずがない、それは摂受でしょう?と
疑問を感じた事を覚えています。

創価の行っていた「折伏」が、日蓮大聖人の本意と大きくかけ離れたものであることは明白です。
単なる票と金集めのコマを増やす活動にもかかわらず「崇高な使命」だと錯覚させ、たきつけ、
従順な会員をだまくらかしてコマ集めさせていただけ。
そのために、従順な人々の心に「傲慢」を植え付けた。とんでもないことだと思います。
最近の創価の信心は功徳を求めないというのが、私の中でかなりツボだったのですが、
確かにそうでしょう。実際、組織で頑張っている知り合いを見ていると、幸せな人がいないんです。
病気や事故や不幸が絶えません。
一時期(覚醒直後)は、偽本尊のせいなの?と思ったりしていましたがw
それはさておいても、「傲慢」を「正義」「破邪顕正」に誤変換し生きてきた、その結果なだけじゃないのかと
最近は思います。

現在、主人に脱会の意向を話してあります。
私は実家の母や親戚の手前があるので、池田老人Xデーを見届けてからにするけど、あなたは今すぐ
やめたければ手続きするからねと伝えましたが
「いちいち面倒だから一緒にやったらいいよ」と言ってくれています。

これまで長らく私を支配していた「傲慢」が、家族や友人たち関わった人のすべてを
不用意に傷つけ・不愉快にさせ・違和感をおぼえさせたことを猛省し・一生忘れず、
謙虚に前向きに、これからを生きて行くつもりです。

傲慢(2)

前回書いた、圏婦人部長の指導内容の続きです。

特定の相手もなく出会いもない、結婚できるのか不安があるが、そういったことを御本尊様に
どう祈念したらいいかわからないというメンバーの質問に対して
「紙に書かないと祈りは叶わないよ」と圏婦はいいました。それも、事細かに具体的に。
ただ「結婚したい」ではダメ。何歳までに・どういった人と(条件、環境etc)とにかく細かく書きなさい。
そしてお仏壇の近くに置いてご祈念しなさいと言いました。
これも池田老人の指導からで、池田老人は手帳(スケジュール帳)を御仏壇の前に置いて唱題していた。
スケジュールの他、創価の未来構想が書いてあり、それらが無事故で思い通りに進むようにと
ご祈念していたって話です。
ぼんやりとなんとなく祈念するなんてそんなものは届かない。御本尊様へのご祈念はいつも「誓願」で
なくてはならない。
ここで何故か(当時)公明党の浜四津さんの話題も出され、浜四津さんが御本尊様を叱咤するご祈念を
していたと聞きました。
「この祈り、叶えなくてどうするの!」と、強い祈念をして行かなければ願いなんて叶わないっていう
話でした。
「女子部は福子が多いから恵まれていて、どうしてもご祈念が弱い面がある」との苦言も呈されました。

私も子供の頃から母に「御祈りごとを書きなさい」と毎年お正月に書かされました。
叶うとひとつずつ線を引いて消していきます。小学生時代の祈念なんてかわいいものです。
「OOのグッズが欲しい」とか「OO(遊園地)に行きたい」など。それは母が見て頃合いを見て叶えて
くれました。そんな単純なことでも私は「御本尊様のお陰・功徳」と思いこんでいました。
中高生になると「OOのライブに行きたい」「最前列のチケットが欲しい」「OO(アーチスト)に会って
握手してもらいたい」そんな事ばかり書いてました。
最前列はとれなかったけど前から3列目がとれたらその願いは叶った事にしていました。
いま思うと、ばかばかしいけど、こうしてどんな些細なことでも「御本尊様のおかげ」「御本尊様への祈念は
絶対」という刷り込みをされていたことが問題だったと思います。
努力なしでも叶うような事まで御本尊様のお陰とする、依存体質になってしまって当然です。
そういえば、初めての5時間唱題をしたのは、高校受験の前日でしたw 
普通の親なら「勉強しなさい」って言いますよね。
うちの母は「5時間唱題しなさい、絶対勉強したところが試験に出るから」って言い、私はそれに素直に
従いましたw いま思えば無茶苦茶です。

どんな小さな事柄でも「書いて祈念する・叶った事を確認する」これもマインドコントロールの手法です。
祈念で叶ったか疑わしいようなことまで「御本尊様のおかげ」と感謝させる。
そういえば「功徳を頂いたら感謝の祈念をする」これも義務付けられていました。その姿勢が無いと
慢心に陥るからダメだっていう。
そうやって御本尊様への依存心を高めることが、ひいては組織への依存心を高めることとなる。
その積み重ねが「絶対感」を確実に育て上げて行くんです。卑劣なやり口だと思います。

この指導会の後、私は「次に出会った人を折伏して結婚します」と誓願の祈念を開始しました。
すると1ヶ月後に主人から数年ぶりの連絡がきたのです。
主人とはドロップアウト期間に会社のスポーツサークルの活動を通し知り合いました。
主人は練習試合相手のチームにいました。
当時は互いに恋愛感情もなく、大勢で遊びに行ったり飲み会をする仲間。二人で会った事もありません。
主人が転勤になり、私は職場をリストラされ、数年間連絡が途絶えていたところ、転勤で再び地元に
戻って来たんで飲み会しましょうとの、一斉送信メールでした。
大人数で再会しましたが、そのとき特に何か思う所もなく。翌月、共通の友人の結婚式2次会で再会。
それでも主人を特に意識する事はありませんでしたが、2ヶ月後に思いがけない場所で再会を果たしました。
お互い参加するとは知らなかった音楽イベント(フェス)に友人と行ったら、主人も友人と来ていたのです。
遠隔地で、広い敷地で、数万人規模が参加するイベントで偶然会った事に私は運命を感じました。
音楽の話をしたこともなかったけれど、同じアーチストを見に来ていた事が解りました。
ご祈念していた「次に出会った人」は「この人かもしれない」と思ったのです。
イベントがきっかけで主人との距離が縮まり、交際に発展した際、私は最初に筋を通すべく創価の会員で
役職がある。会合優先の生活をしていると話しました。
主人は私が女子部なんじゃないかと薄々感じていたらしいです。そして活動に関しては全然いいと思う、
応援する。でも信仰は自分には必要ない(だから入会しないよ)と言いました。
主人は異動がきまっており、時期未定でしたが、その時はついて来て欲しいと言いました。
暗にプロポーズだと私は思い「でも、うちの母は厳しい人だから、相手が創価じゃないなら結婚を認めないと
思う」と、脅しをかけてみました。
主人は「そんなの(母に)会ってみなきゃわからないでしょ」と取り合いませんでした。
そして、実は学生時代の友人から10年以上も折伏・仏法対話を受けている。会合参加・書籍を読んだ事も
あると話してくれました。
こんな仏縁ってある?!私は驚き、主人に出会わせてくれた御本尊様ありがとうと思いました。
功徳以外の何ものでもない。主人と出会うための今までだった(数々の失恋)と感謝の思いでした。

ただ、主人は難攻不落です。友人から10年以上も折伏を受けても、入会しないくらいですから。
私が話しても、「いい話だと思うけど、自分に信仰は必要ない」いつもこれで片付けられていました。
私の活動の邪魔をするような事は一切なく、いつも「頑張ってね」と励ましてくれます。
それが嬉しいような・突き離されたようで悲しいような複雑な気持ちでした。

ちなみに、何故主人が私を「女子部じゃないか?」と薄々感じていたか、その理由。
サークルで関わっていた当時、私は絶対に人の悪口を言ったり、否定するようなことを言わなかった
そうです。自覚は無いのですが。
普通の女の子は、少し仲良くなると、自分の弱みを見せるように?異性の興味を引きたいがためか
「OOさんが意地悪」とか「OOさんはああ見えて実は」的な打ち明け話をするらしいのです。
スポーツサークルだったので体育会っぽい上下関係もあり、そうなりやすかったのでしょう。
だけど私は誰に対してもそういった話をしたことが、そういえばありませんでした。
苦手な人は勿論いましたが、はっきりと敵意を向けられたり、不利益を被らない限りは問題にしないというか。
普通の人付き合いにも「創価の排他主義」を取り入れていたのかもしれません。
主人は当時、私の事を、隙が無く本心が解らない「すごくいい子」で、逆にキモチワルイと思っていたそうです。
そして主人に10年以上仏法対話を続けてきた男子部も私とまったく同じタイプらしくw
もしかしたら、そうなのかもなと感じたと言うのです。 鋭いと思いました。

実は、結婚後に勤務した会社の上司にも言われました。
「そつがなさすぎる。そんなにいい子でなくてもいいんだよ。旦那さんには我儘いってちゃんと甘えてるか?
 家庭内では息抜きしないといけないよ」と。
本当の私は、いい子ではありません。我儘だし怠惰で攻撃的なところもあります。
無意識のうちに、外でいい子を演じていたのかもしれません。
本心をなかなか言えない・自分の思いとは違っても、風向きを見て相手にあわせてしまうところ・
そういった部分は家庭と組織の中で培われたものだと、自身のこれまでを振り返って思います。
池田老人を師匠と思えなくても、組織の先輩にそんなこと正面切って訴えませんでした。
そんなことしたら袋叩きに遭う・問題視されることが解っていたからです。
黒いものを白だと師匠が言えば白になる。昨日の友も、今日の敵となる。
師弟観の無い私です。普通ならばそんな矛盾に満ちた狂った世界に居続ける意味なんて感じず、
反逆者といわれても異を唱えたでしょう。
私は師弟観が無い故に、居心地の悪さを感じても、黙って組織に居続けなければならなかった。
その理由は母との絆です。
私の実家でのよりどころは、母しかなく、その母と良好な関係を保っているためには、創価にいなければ
ならなかったのです。
こんな親子関係が、つい昨年まで、未活を長く続けても「創価を脱会する事は絶対に出来ない」との抑止力に
なっていました。

(3)に続きます。

傲慢(1)

御本尊様と信心への「絶対感」が強かった私は、20代半ばで外部と結婚の話がでた際
相手の親御さんから「創価の嫁はいらない」と言われ、結婚を諦めました。
当時の私からすれば、結婚によって御本尊様や信心を辞めるなんてことは考えられなかった。
結婚よりも信仰を取ったことで、当時の彼を傷つけました。
一般的な日本人に、好きな人との結婚より大事なものが「信仰」だなんて、受け入れがたい事だと
今は理解できます。
結婚をあきらめた理由は「絶対感」と、もうひとつ「母を悲しませ・悩ませたくない」ということが
ありました。
兄や姉の結婚で、母が創価の信心を主張するあまりきょうだい・そのつれあいと関係がこじれ
傷つき悩み、こんこんと唱題するのを見てきただけに
私だけは母に喜んでもらえる・文句のつけようがない結婚をしたいと考えていました。
また、それは兄や姉に対するコンプレックスの裏返しでもあり。
学歴も経歴も2人に及ばない私だけど、親の喜ぶ結婚をすることで見返したかったというか。
今となれば、ばからしいのですが。

姉の結婚の際も、創価の事で婚約者と母が険悪な仲になりました。
相手の男性がアンチ創価で、インターネットで得た知識で頭でっかちでした。
どういうわけか、最初の挨拶に来た時、うちの母を覚醒させるつもりだったのか喧嘩腰で
挑んできました。
二人は数年間同棲しており、姉が常々、母親と関係が悪い。創価の信心をごり押ししてくるから
うんざりで、縁切りしたいと彼に話していたのが原因(姉談)のようですが、
今思い返しても非常識な男でした。
結婚の許しを得にきたのに、母にダメ出しするような発言を繰り返したのです。
当然母は激怒し、結婚を反対し、彼を実家出入り禁止にしたのです。
父も彼の礼節をわきまえない態度に、姉の事を本当に大事に思うなら最初から喧嘩腰でくるはずは
ない・姉にふさわしくない相手だと、結婚を考え直すよう姉に言いました。
しかし姉は反対を押し切り入籍しました。 結婚式はしませんでした。
そして諸事情から、数年後に離婚。
私が彼に会ったのは実家に挨拶に来たとき一度だけです。
実家出禁にしたので、彼がうちの敷居をまたぐ事は入籍後、ありませんでした。
毎年お正月に姉一人で挨拶に顔を見せていましたが、実家では彼の存在は無い物になっていて、
私も敢えて「旦那さんはどうしたの(連れて来ないの)?」と聞く事はなかった。
いま思えばこんな不自然な事ってないと思うんですが、当時の私にとって姉の旦那さんは
「母を傷つけ私を不愉快にさせた、私たち家族と創価の敵」 無視して当然でした。
こんな態度のどこにも仏性なんてありません。
私は”日顕宗を撲滅せよ”という池田老人や創価幹部の指示に対しては、それはおかしいと思い・
会った事もしゃべった事もない阿部法主を「自分の敵」だと実感できなかったのでスルーできましたが、
目に見える・身近なわかりやすい「敵」に対しては「悪は攻めて攻めて攻め抜く」をやっていたのです。
信心の、創価の悪口を言うやつは許さないと思っていました。
創価の人は排他的といわれますが、本当にその通りです。 
実は元旦那に手紙を書いた事もありました。挨拶に来た時の態度が許せなかったからです。
母へ謝罪しろ・家族に受け入れてもらいたければ態度を改め、御書を学ぶべきだと書きました。
しかし、その手紙に返事もリアクションもありませんでした。
覚醒後、姉にその件を伝えたんですが(不幸の手紙を送ったと)、姉は元旦那から何も聞いてないと
言ってました。
元旦那はどんな思いでその手紙を読んだのでしょうか。
”創価の人って怖いな、二度と関わりたくない”と思われたかもしれませんw
(余談ですが、姉は再婚し、現在幸せに暮らしております)

20代後半の再活動期、私が結婚に対して決めた事は
「外部を折伏しよう。無理ならもう一生独身」でした。

何故、男子部との結婚を考えなかったか。
その理由は20代前半の活動期に男子部と交際をして嫌な思いをしたからです。
後にも先にも、男子部と交際したのはその1人だけ。
同じ地域で地区リーダー同士、家も近かったし、幼馴染でもありました。
男子部で、モテる人は限られます。私が交際した相手もそうで、女子部の間で「あのカッコいい人」と
有名でした。 牙城会をしていたので顔を知られていたのです。
そして、そんなモテる人は女子部から女子部を渡り歩く。
私の場合も例にもれずで、交際期間がかぶっていました。
私と別れてすぐ、女子部の妊娠がわかり、そちらとおめでた婚しました。
ちなみに、私の前に交際していた相手も女子部で、同じ部の人です。
男子部のいやなところは「結婚しても地元を離れない」事です。
役職のせいもあるんでしょうが、結婚後も居住地を遠方に移さない。本部管内に住む。
モトカノと会館で会う可能性も十分あると解っていながら、妊婦の嫁と嬉しそうに同中に参加したり
するわけですw
そういう、デリカシーの無い人が残念ながら私のいた地域には多かった。 このテの話はよく聞きました。
活動家の男子部は出会いの場も限られ、どうしても組織内恋愛になってしまうのでしょうが
地元を出て行かないというのは、致命的だと思っていました。

再活動期、組織で「婦女一体」の活動が始まりました。
婦人部と女子部の連携を密にし、家庭訪問に一緒に行ったり、会合に圏以上の婦人幹部を招いて
指導会を行っていました。
あるとき、女子幹部上がりで厳しいと有名な圏婦人部長の指導会がありました。
30代メンバー限定で、テーマ「結婚」。
圏婦は「30代まで女子部で訓練受けておいて、今さら外部を折伏出来ずに結婚なんてかっこ悪い事は
しないでほしい」と言いました。
つまり、10年近く女子部で訓練うけてるんだから、きっちり折伏決めて結婚しなさいって事。
自分の名前で分所帯し、主人は未入会なんてかっこ悪いというのです。
これってものすごいプレッシャーだと感じました。
女子部はただでさえ出会いも少なく、創価のためにと青春を捧げ切ってる人も多いのに、結婚まで
ハードル上げられたらたまったもんじゃありません。
外部の相手を折伏せずに嫁に行くと「使命を果たさずに行った」と言われる風潮も、女子部の婚期を
遅らせる要因になっていたと思います。

参加メンバーの一人が、交際中で結婚を視野に入れている相手がいるが、どう折伏にもって行ったらいいか
わからない・相手にはぐらかされると質問しました。
すると圏婦は「相手に”私と結婚するって事は、もれなく御本尊様と学会がついてくるって事なんだよ
あなた得したね!”と明るく言ってやりなさい」とw
「そしてとにかくお題目を上げ切って行く事。こちらの腹が決まれば、相手の腹も決まる。
 本当にあなた自身のことを好きなら、入会しますよ。細かい事、ぐちゃぐちゃいうような相手なら
 こっちから願い下げにすればいい」と答えていました。
女子部たるもの、毅然としなさい!と池田老人の指導からの言葉もありました。
頷きながらメモを取るメンバーもいましたが、私は懐疑的だと思いながら聞いていました。
ただ「本当にあなた自身のことを好きなら、入会しますよ」このフレーズは刺さりました。
確かに惚れた弱みってあるかもしれない・・そんな甘い事を考えたのです。
だがしかし、惚れた弱みだけで創価に入会するような男性って全く賢明ではないですよね・・w
(もしいらっしゃったらごめんなさい)。

後年聞いたのですが、件の圏婦人部長は組織内お見合いで結婚していました。
そんな人が外部との結婚について上からアドバイスしていたなんて、お笑いです。
経験もないのに、なんでもかんでも「池田先生はこう仰ってる」と綺麗事で指導する幹部の多かった事。
従順なメンバーは真剣なまなざしでその指導に耳を傾け、受け止めていた。
私は幸いにも家庭内プロパガンダを受けなかったので「池田先生がこう仰ってる」に対し
ひれ伏すようなことはありませんでしたが・・。
なぜに、池田老人はそこまでのカリスマになりあがることができたんでしょうか?
人間革命というフィクション小説のおかげなんでしょうか。
全く惹かれなかった私からすると、池田老人を師匠と崇める人の深層心理に今、とても興味があります。

(2)に続きます。