衆院選のこと

師走の多忙にかまけているうちに、衆院選が終わりました。
ブログを更新しなかったことで、非公開コメントで案じて下さった方がおられました。
ありがとうございます。
書きたい事は色々とあったのですが、本当にただ日々に追われてブログ更新もままならずの
体たらくでおりました。 
特に意図も無しに、単純に忙しかったそれだけです。

さて、衆院選。
「大義なき解散」と言われ、しらけムードが漂っていたように思えました。
私も例にもれず、自身の選挙区で誰が立候補をしているのかも知らずにおりました。
興味が薄かったということです。
前回の参院選ではわりあい多くの政党・候補者がおり、選択肢も多かった我が選挙区でしたが
投票前日になってネットで調べたところ、極端に候補者が減っていることに驚愕。
選択肢が非常に少ない!
これは、日本全国、どこの選挙区も同じだったと思います。
自公連立に対し、野党とくに第三極がぶれまくり・こんな時に急襲のような衆院解散なんて・・。
確実に「勝ちに行ける」とふんでのこと。
準備期間も短く、候補者擁立できない野党が大半。まさに寝込みを襲うようなやり方。
いかがなものか?と思います。

今回、はなから自民党に入れる気はありませんでした。
別にアベノミクスを悪く言うつもりも無いですし、私は改憲について絶対反対ではありません。
消費税の先送りについては妥当な判断だと思います。
けど、自民には入れない。 なぜなら私の選挙区は「候補は自民 比例は公明党でお願いします」
こんなアナウンスがされるところ。
自民を勝たせることはしたくない。公明党のお陰になってしまう。それだけは絶対避けたい。
そう考え、自民以外の候補者・自民公明以外で比例区の投票をして来ました。
得票率などを見ていても、自公政権を認めないと考える人が多いのではないか、と思える結果が
私の居住地域では出ていました。
あんまり書くと特定されそうですが、そこそこの都市部で自公がNOだと思われている。
全国区の結果はさておき、日本の一隅・私の居住地域だけでも、まともな審判が下ったのだと
安堵しました。

改めて、公明党出馬の選挙区で他候補を見てみると
近畿で野党の腰の引けっぷりがあからさまで、嘆かわしく思いました。
ただ、日本の選挙はお金がかかる。それを考えると、強固な組織票基盤の選挙区で負けるとわかっている
大博打・無駄遣いをしたくないという思いは、わからなくもありません。
これでいいのか? いいわけないw
小選挙区制のデメリットが、如実に出た今回の結果。
組織票を勝たせる事のバカバカしさを世間の人たちが認知してくれたのなら、公明が議席をのばした事も
意味があったのではないでしょうか。
↑当然、次回の選挙で議席を「激減」させてやりたいと思っての発言ですw
組織票は決して「民意」なんかではない、ということを、面倒だから選挙になんて行かないよ・いったって
何も変わらないよって人達に強く自覚してもらいたい。
次回は投票に是非行ってください、そう願っています。

そして野党と第三極には、再編でも再生でもとにかく急務で、しっかりやる気を出し・見せてもらいたい。
利権しがらみ名誉欲で生きている大物古参議員はとっとと引退すればよい
(個人的に、菅さんが比例当選したことには失望しました・・ありえない)。

池上さんの選挙報道番組で、小泉議員が
「バブル以前の議員さんたちと、バブルを知らない自分たち世代の議員では大きく感覚が異なる」といった
話をされていたのが、非常に印象的でした。
これからの国のあり方、本当は若い人が決めてつくっていくべきなのでは。
私は40代も半ばですが、私の年代ですらもう「お呼びでない」気がしています・・。
すでに年寄りの部類ではないかとw
世代間ギャップは、昔以上に広がっている。それは一般社会の話だけではなく、政界も同じでしょう。
政治を若い人だけでやればいい、とまでは思わないけれど、老害は速やかに去って欲しい。
若い人の邪魔はするなよ・・と、今回強くそう感じました。
※しかし公明党の議員はいくら若い人でも、単なる老人の操り人形ですから「論外」です。

ちなみに今回の選挙においても、地域学会員からのコンタクトは皆無でした。
ポストにビラが入る事さえ無く。これは前回のお灸が効いたに違いない。当然でしょ。
そんな風に思っていたのですが・・甘かったかもしれません。
おかしなもので、もはや怒りもわかない。ブログネタゲット!と思ってしまったほどですw

実家の母からは、11月末に「選挙に必ず行くように」というメールがありました。
他の用件でいちど電話を入れましたが、そのときも選挙依頼は無かったけれど、
毎晩拠点闘争に出歩いているので・・という話があり、私は母をたしなめました。
夜道をおばあちゃんがほっつき歩いて、毎日この時間は不在ですって事を見ている
よからぬ輩がいたらどうすんだ! 強盗に入られても文句言えないよ、と。
寒いのに、毎晩なんて行かなくていいじゃない。週1-2回にしておきなよ。
メールできるんだし、F報告なんてメールで充分だろ!と。
母はうろたえながらも、行き来は単独では無い(ご近所の学会員と連れだって行っている)、
夜のウォーキングは体力作りにもなっているなど、苦し紛れの言い訳をしていました。
あなたの身に何かあっても、創価学会も公明党も責任はとらないよ?と念を押し、終了。
それから投票日まで一週間以上あったのですが、特に何の連絡もありませんでした。
母もやっと私の自由な意思での投票を認める気になったか、とほくそ笑んでいたのです。

母に黙っていた事があり、実は先月末から主人が短期出張で家を離れています。
選挙日も家には戻れず、今回は棄権すると言っていました。
私は当日、子供達と出かける用事があり、それが終わって家に帰る途中で投票所に立ち寄り。
すでに19時をまわっていました。
これまでならば、母または組織から絶対に昼間連絡があり、こんな遅い時間まで投票確認の放置なんて
ありえなかった。
全く地域&母からの連絡もなく、いい感じ。やっと創価選挙の煩わしさとは異次元の「普通の生活者」に
私もなれたのだと、喜んでいたのです。
帰宅後、開票特番を見ている時に主人から連絡がありました。
(毎晩定時に子供達と電話することにしています)
私に代わると主人が「そういえばお母さんから連絡あったよ」と言うので、エッ?!となりました。
なんと、母は当日確認を私にではなく、主人にしていたのです。
主人は「ん?」と思いつつも、自身の出張を母が知らないのだとすぐに察しがついたようで
機転を利かせて「(投票)行きましたよ」と答えたとの事でした。
出張を知らない母は、きっと主人が投票に行った=私も一緒だ、と早合点したのでしょう。
母は「よかった、ありがとう。電話のこと、祥蘭には内緒でね」と電話を切った、と。
主人の「やさしい嘘」に、母はまんまと騙された訳ですが、私はしばし閉口でした。
ふーん、そこまでやるんだ・・と、怒りと言うよりは呆れで言葉がみつからなかったのです。
(そして次の瞬間「ブログネタゲット!」と、思い直しましたw)

主人には「ごめんね」と謝っておきましたが、問題ないよと答えてくれ、ほっとしました。
ちなみに、主人の親友である壮年部(もと男子部幹部)からも電話がきたとのこと。
親友に対しても主人は、やさしい嘘をついたと言っていましたw

母が私に直接、投票にいったことを確認しなかったのは、前回の轍を踏まないように
気をつけたというところだと思います。
はっきりしないのは、母がそこまでして当日確認を行った理由です。
また私の居住地から、母へ連絡が入ったのだろうか?
だとしたら、母は居住地の学会員を注意するべき。こんな事、筋違いですよと。
しかしそうはせず、母は当日確認を行った。
それも私という「爆弾」を避けて主人に連絡し、「問い合わせたことは内密に」と
口止めをするという、卑怯な手を使った。(しかし、バレバレw)
そこまでして母が当日確認を行わずにいられない、その原動力っていったい何なのか?
きっと創価脳ならば「使命感だ」と答えるのでしょうね。
そんな小奇麗なもんじゃないだろ、単なる創価社会での面子・世間体を保ちたいだけに決まってる。
娘が非活アンチで当日確認すらままならない・もし地域のメンバーがそれをしようものなら
狂犬のごとく噛みつき、ただではおかない。
娘がそんな、創価における危険因子だなんて「恥」だから。
投票には行っています・公明党に一票を投じています・うちの子ちゃんとやってるんです・・
そんな組織内面子を保ちたいがだけの、保身行動に他ならない。
まったくもって「愚の骨頂」です。

前回参院選で、当日確認を実家を介して行われた事について、私は業を煮やしていました。
担当者出てこいや!と思っていました。今でもそれが誰だかわかるのなら、小一時間問い詰めますし
正当性を争い、なにがいけないのか世間一般常識をこれでもかというくらい説教してやる、
その思いは変わっていません。
しかし今回は、母にそれ(地域から連絡が入ったから、主人に確認したのか?)を問いただす事は
しないつもりでいます。 
犯人探しはしない。今回は知らぬ存ぜぬで、スルーです。
どのみち私も主人も公明党になんて投票していない。
私が投票した候補者は自民にそれなりの票差をつけて当選した。
この結果があるので「騙されやがって馬鹿創価、ざまぁ」と思えているのです、非常に性格悪いですがw

先の参院選において、私の母は徒労感を覚えた・なんでここまでしなければならない?と思った、と
話していました。
そこまでする必要ないじゃん。公明党が何をしてくれたっていうんだ?子宮頚がんワクチン問題は?と
問い詰めた際、母も不信感をもったような手ごたえを私は感じました。
けれど、ダメですね。喉元過ぎれば暑さ忘れる・・とは、まさにこの事で。
一年あまりで母はすっかり、参院選での徒労感・不信感なんて忘れてしまっている。
忘れたから今回の衆院選を・功徳選挙を婦人部仲間と共に闘ったのです。
学会員の大半が、母と同じくなのでしょう。 
どうしてこうも憐れなのか・学習能力が無いんだろうか・・と、非常に残念に思います。

支援の理由が、一国にまつわる問題からでは無く
「師匠に勝利のご報告をするため」「功徳が出るから」こんなの変でおかしいに決まっています。
そんなおかしな木偶の坊たちが必死で集めた組織票で議席を増やす政党が、政権与党。
有権者はもっと、これを「おかしい」「やばい」と感じ、危機感から自主的に投票行動をおこして
いただきたい。 そう強く願うものです。
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唱題について考えた②

前回、百万遍唱題に触れましたが、私自身が百万遍をやったときの話を。

30歳を迎えたころ、周囲で百万遍唱題が流行したことがありました。
当時、30歳以上の女子部メンバーを対象としたセミナーや会合が定期的に行われる流れがあり、
そこで提案された記憶があります。
この会合の第一回は総県単位のものでしたが、方面の婦人部長が幹部指導にやってきて
「30歳を超えたら、特に30代半ばを超えたら、自分のために祈りなさい」と言った事に目からうろこでした。
”自他共の幸福”を祈っていくことが当たり前と教わってきたのに、急な方針転換w
「女性の幸せはなにも結婚だけではないが、結婚のこともしっかり祈念していかねばならない」と
婦人幹部が言っていたのが印象的でした。
しかし、急にそんな事言われたって・・と違和感を覚えたアラサー・アラフォー女子部も
きっと多かった事と思います。
なんせ「学会に尽くしておれば全てが思い通りの境涯になる」なんて叩き込まれてきたわけだから。
そう信じて脇目もふらず、必死にやってきたのに。
今頃「テメエの幸せ(結婚)は、テメエで何とかしないとどうにもならねぇぞ」なんて言われても。
話が違うじゃん!と、口には出さずとも感じた人もいたのではないでしょうか。

思うに、独身のまま婦人部へ勇退するメンバーの増加に憂慮していたのではないかと。
自分のことはそっちのけで部員さんや友人、世界平和と夢見るように祈り・活動に邁進するあまり
婚期を逃す女子部は、当時から山ほどおりました。
女子部時代は修行時期と、恋愛御法度を池田老人がエゴイズムで推進していたのが仇になったわけですw
会員増が組織維持の命綱にもかかわらず、男女青年部が活動に猛進するあまり結婚できないまま、
ひとりもので壮年婦人部にあがってしまう事を想定出来なかったとは、非常にお粗末だと思います。

それまでの私は、お題目といえば「困った時の5時間(2万遍)」というもので
普段はせいぜい15-30分が限度でした。
そこを、このときは半年で百万遍あげたのです。
以前も書いたと思いますが、私の父はアンチでしたから夜に声を出してのごん行唱題はNGでした。
うるさいと怒られるからです。
仏間と父の寝室が廊下を挟んで向かいでしたので、ドアを閉め、囁くくらいの小声音量で
唱題していました。
小声唱題は催眠効果絶大です。やった人なら分かると思います。
会合から帰宅した23時ごろから開始、気付いたら仏壇の前で突っ伏して寝ていた事も多々w
そこまでしなくてもよかったのに、と当時の行動が今は滑稽に映るのですが、
お題目の「数」が何かを確実に変えるのだと、信じて疑わないからこその行動でした。

この百万遍挑戦期間、どうして?と信じられないくらい、悪いことが続きました。
周囲のメンバーも同じくで、そんな状況を「魔が競っている!」と皆が認識。
魔に負けないよう、みんなで目標完遂しよう!と励まし合っていました。
私自身におきたことで言えば、仕事で担当していた先が計画倒産で夜逃げ。
大口の売掛金が残っており、生きた心地がしませんでした(結局、倒産&自己破産したため
取り立てならず)。
また、過去に少しだけつきあいのあった人物の件で警察からお尋ねを受けるといったことも
ありました。 自宅に直接連絡が入り、運悪く私の不在時で父が応対。
大した事ではなかったけれど、警察から連絡が来るとは何事かと父から激怒され嫌な思いを
しました。
組織とは何の関係もない事でしたが、普段より学会活動で夜遅くなる事をよく思っていなかった
父から「お前は外で一体なにをしているのか?」と、訝しい目で見られ、心底嫌だったのです。
その他、細かい事は忘れてしまいましたが「これぞ功徳だ!」なんて実感できることは
百万遍挑戦期間中には無かったのです。
周囲も失業したり、交通事故や盗難に遭ったメンバーもいました。
当時は”正しい行いをするときに、魔はつきものなのだ”なんて思っていましたが
今振り返ってみれば、このようなアクシデントの連続連鎖は「単なる偶然」だったという感想しか
浮かびません。
偽本尊云々も関係ありません。全てはただの”偶然”だったのです。

百万遍をあげて、具体的にこれが叶った!という様な事も残念ながら無いのです。
具体的に祈念していたにもかかわらず、です。
ただ、後付けで起こった・特に祈念していたわけではないラッキーを、百万遍のおかげだ!と
思いこんだりしていました(主人との再会~結婚についても百万遍のお陰と考えていました)。

ただ、この百万遍で私が「体得した」と、当時思っていた事柄があります。
それは
「どのような結果になっても、それが御本尊様の答えなら私は何もかも甘んじて受け入れる」という
揺るがない思いでした。
シロかクロか、結果のはっきり出る事を祈念したとして、自分が望まなかった結果になってしまう事も
当然ありました。
それは努力云々とは別次元の事柄が大半なのですが・・第三者の判断にゆだねるような事柄。
そういった事に対し、百万遍をあげる以前の私は、思い通りの結果が出なかった場合に
「悔しい」と感じたし・「こんなに祈り動いたのにおかしいじゃねぇか!」と若干の不信を抱いたりも
していたのです。
それが、この百万遍をあげている最中にふと
「私は御本尊様に祈念した結果ならば、どんな不本意も受け入れられる」と閃きました。
試されるかの如く、祈れども祈れども(自分の望む)「結果」は出ない・それどころか真逆の状況に
追い込まれていく事だってある。
信じる事って難しい。でも、私はどんなに悪運に弄ばれても、御本尊様への「絶対信(心)」は
失わないのだ!という、ドMな心境に達していました。
それを勝手に”自分の境涯が上がった・達観した”と考え、自分はひとつ何かを越えたのだと
喜んでいましたw

今思えば、めでたいことこの上ありません。
繰り返しになりますがポリアンナ症候群の「極度に後ろ向きな現実逃避システム」に
まんまと嵌ってしまった、そういう事だったと思います。
すべてを”御本尊様に司られて生きている”と考えるように、祈りの中で自然とそのような境地に
達して行ったのです。

覚醒後に様々な宗教の本を読んで得た知識を重ねつつ、↑上記当時の私の信仰観を
分析すると、私のそれはもう、オリジナル宗教。
創価の教義からも逸脱しています。
御本尊様を擬人化していたし、まるでキリスト教における「神」のような位置づけ。
私は「御本尊様に生かされている」という意識が強かった事を、以前に書きました(この記事)
元々もっていた選民思想を、更に更に強固なものにしたのが、百万遍唱題という行為だったのです。
お題目の「数」を重ねることで、自己暗示にかかっていったのだと、今更ながら気が付きました。

そして多くの学会員がお題目の数にこだわり、お題目で全てが解決する!と強固に信じて
疑わない事も、この「自己暗示」なのだと思う次第です。
たまたま願いが叶ってラッキーだったことを「御本尊様のお陰」「お題目の効果」だと信じて疑わない。
願い事が叶わなかった時は「不本意でも必ず意味がある」と思いこむ。
これほど都合の良いことって無いんですよね・「信仰」という大看板のもと、搾取する側の組織にとって。
だから「宿命転換のカギは第一に題目、第二に題目、第三にも題目」なんて言葉が
池田老人から出たのでしょう。
どうぞ会員のみなさん、どんどん自己暗示にかかっちゃって~!
題目上げるのはタダだしね!ってノリで。
教義から逸脱しようが、池田老人を尊敬できなかろうが、お題目は絶対&組織から離れない事さえ
植え付けることが出来れば搾取する側にとっては大成功で、万事OKということです。
だから毎月報告させて地道なお題目推奨運動をしていた、これも有効な組織への囲い込みであり
MC手法のひとつであったとわかります。
「お題目を上げて→願いが叶う・功徳を頂く」
この経験を一度掴ませれば儲けもの。
しかも、苦境や絶体絶命のピンチをたった一度でも乗り越えれば、その還りは絶大。
それを生活の習慣とし・人生の法則とし・常識としてしまうのは、組織というよりは思いこんだ「当人」。
組織にしてみれば、まるでゼロ仕入れで濡れ手に粟のぼろ儲けです。
本記事を書いていて、ふと思い出したのが、私の覚醒のきっかけを作った支部婦の言葉。
(この記事です)
未活動の私に向かって「信心の確信がないわけでもないんでしょ?」と尋ねてきたこと。
信心の確信とは、「創価信仰依存」。
薬物依存症と同じく、宗教依存症という言葉も存在しています。
wikiを読むと、まるで創価の活動家のことじゃないかと思ってしまうほどです。
そんなわけあるか!と思う方は、冷静にご一読されることをお勧めします。

”お題目には自己変革の力がある。願いをかなえることができる。前向きに生きられる。
 それを教えてくれたのは学会であり先生だから、組織や学会員がどんなに腐っていたって
 自分は学会を離れたり・辞めることは出来ない”
このような内容の非公開コメントを、活動家の方から頂いた事がありました。
様々なブログ、サイトでいわれているとおり、自己変革の力は題目にあるのではなく、
自分自身に内在しています。
それを引きだす方法はなにも題目じゃなくてもいい、というか、別の行動行為でも可能なのです。
ごくシンプルに「自分を信じる」これだけでいいのです。なにか特定のモノゴトに委ねずとも。
そこを「お題目のお陰」と思いこまされている・自己暗示にかかっているだけです。

今の私は、特になにかに祈るようなことがなくても、自分や周囲におこる出来事を受け入れる用意が
あります。
特に何にも祈っていないから・こうなれああなれああなるはず、と無駄な期待(?)を寄せない分
失望もしないし、不本意な結果であれば次はこうしてみようああしてみよう、と現実的かつ前向きに
考えます。 
またはもうやめておこうとか、改めようなど、これまた現実的に判断します。

決して「お題目が足りなかったからだ」とか「学会活動してないからだ」なんて考えない。
そんなの現実に起こる出来事になんの影響も関係もない。
今だから言えますが、お題目やら学会活動やら御本尊様と実生活が紐付になっている、という考えは
足かせ以外のナニモノでもありません。
そこに学会信仰をもちこむこと・信心根本とかいう訳のわからない法則をあてはめることは、
本当に今やるべきことを見失わせ・現実的な状況把握ができなくなるだけなのです。
「功徳」や「福運」という、創価独特の幻想を捨て去ることが出来なければ、私の言っていることは
理解できないと思います。

余談ですが、
最近、公開しようのないコメントを入れてくる、困った活動家(?)の方がいらっしゃって
「あなたはお題目をあげていないからおかしくなった(不信退転)」と書いているのを読んだ時、
悪いんですが私、飲んでいたお茶を吹きましたw
とんだパンチドランカー、いや題目ドランカーからのコメントだわ~・・と思いながら。
今の私にはこんなコメント、笑えないギャグでしかないのです。

百万遍のお題目をあげるために費やす時間は、単純計算で250時間。
250時間の学習があれば、日商簿記2級合格も目指せるそう(NEVERまとめより)。
”一生不退転”なんて自己暗示にかかるその250時間、勉強しときゃよかった・・!

後悔先に立たず。
じぶんの時間は有意義・有効に使いたいものです。

唱題について考えた①

創価の(元)活動家なら、100万遍唱題に挑戦された方も多くいらっしゃると思います。
私も過去挑戦したひとりです。

”どんな苦境もお題目の力で乗り越えることが出来る・お題目をあげ抜くことで勝利できる”という
創価教義は、学会員の中では常識同然のものでした。
池田老人の指導「最後はお題目の数で決まる」こんな言葉も幹部指導の常套句。
「お題目の数」
どんな事柄であっても、数値を重要視する組織w 
女子部時代、唱題数の報告というものがあり、毎月いくらあげたか部員が担当者(各支部に1人)に
報告し、本部→圏県吸い上げというシステムがありました。
お題目は15分を1000遍とカウントしていたので、唱題数が多い=仏壇の前にへばりついていた
時間が長かったというひとつの”物差し”。
唱題数が少なければお咎めがあるとか、そんなことは一切ありませんでした。
が、部長をやっていた時に本部長が「本部唱題数がいつも少ないので、本部で唱題会をとりたい」
と言いだし実行した時期がありました。
日曜の朝8時から2時間。帰宅後、自宅で30分あげれば1日で1万遍になるという計算。
なぜ8時からかといえば、10時からは圏単位の会合がとられる事も多いからです。
日曜の朝っぱらから会合のはしごw これは珍しいことではありませんでした。
”日曜だからゆっくり朝寝坊”なんてしていられない。仕事でもないのに・・。 
活動家当時は「休日の朝から福運積みまくり」なんて思っていましたw 恥ずかしい。
また、圏で女子部の10時間唱題会も半年に一度開催。
10時間みっちり参加する人は少なかったですが、合い間の数時間でも参加必須。
役職者は導師・副導師の当番を30分ごとに割り当てられ、その時間は絶対に会館に行かなければ
なりません。
うら若き女性の休日に時間的拘束を強いていた訳です。
活動家からいわせれば「福運を積むための機会を与えてもらっている、時間的拘束なんかじゃない!」
のかもしれませんが・・。
覚醒した今、私が思うことは組織が唱題数を掌握すること=どれだけ外部との接触を減らせているか・
遊びにうつつを抜かしていないか、それを見張る目的もあったんじゃないのか?という疑惑です。
どんだけ時間をかけて祈ろうが・短時間だろうが、個人の自由です。
それをいちいち組織を上げてカウントする事になんの意味があるのか?
ギネス申請するわけでもあるまいし、監視以外考えられません。

お題目で福運が積めると本気で信じている人はどうぞご自由に、と思います。
(ただしそれを他人にもやるよう、押し付けたりするのはお門違いです)

創価教義も、御本尊も信じるに値しない・必要ないと考える人間の目線で見れば
一心不乱に何時間も呪文をとなえるがごとく題目をあげる、その行為で「福運が積める」というのは
怪しい、浮世離れした印象しかないのです。

そして100万遍唱題が、四者通じてひとつの「目標値」「イベント」となっていました。
なんの目標値かといえばこれが曖昧なのですがw ひとつの願い事に対して100万遍をあげることで
ある程度の「結果」が出るというような共通認識があったように思います。
勿論、それで結果が出ない事だって当然あります。そんなときは「お題目がまだ足りない」のだと、
200,300万遍と重ねて行きます。
筋金入りの壮婦なんかだと「(数十年かけて)1000万遍をO回やった」方も居ました。
それで願いが叶った人もいれば、そうでない人もいるし。
お題目(の数)のおかげで、何もかもが自分の思い通りになりましたーという人に、私は残念ながら(?)
お会いしたことは無かったです。

この100万遍で私の印象に強く残っているエピソードといえば、
青年部の頃「100万遍アタック」なるものが流行していた件です。
発端は某地の男子部(喪男)が、女子部幹部(美女)にひとめぼれ。
全く面識も直接的な繋がりもなかったのに、彼女に対して
「あなたと結婚したいので100万遍のお題目を送ります」と宣言。
彼女は突然の宣言告白に驚き、辞めて欲しいと伝えたのですが、彼から「いまO万遍です」と
時折報告を受けるようになった。
男子部は宣言の日から1カ月あまりで100万遍を達成し、彼女に報告し再度プロポーズ。
彼女は男子部の熱意に感動し、最初は全く気が無かったにもかかわらずOKしたという体験でした。
喪男が、県でも評判の美女を射止めた感動のエピソードとして語られていたのです。
これは創価脳の人にしか理解できない・常人には理解しがたい事だと思います。
創価脳の女子部にとって、自分のために100万遍のお題目を送ってくれる男子部は「素晴らしい人」と
捉えられた、ということなのです。
しかも、バリ活で恋愛経験など殆ど無い女子部幹部だったからこそ、その「感性」に
訴えかけるものがあったということでしょう。

以前の記事にも書きましたが、私もこの100万遍アタックを受けた事があります。
それも、10歳以上年齢が上の、私が未来部だったとき既に男子部で未来部担当だった人から。
当時創価脳で活動家の私でしたが、正直キモかったです。
まったくもって「感動」なんて出来ませんでした。
それは私に乏しいながらも恋愛経験があり、スレていたせいもあるかもしれませんw
生理的に受け付けない人から100万遍なんて勝手に祈られたって「困ります」としか言い様がない。
「好きな人がいます」とお断りをしましたが、ものすごく罪悪感がありました。
当時活動家だったので、お題目の”数の重み”だけは理解ができたのです。
「不可能を可能にする」お題目じゃない事がよくわかるエピソードだと思います。
男子部が女子部に「君の事を祈らせてほしい」というのがひとつの交際申し込みや・プロポーズに
なっているという話もあったくらいで、私の周囲の女子部員にも経験者が多数いるのです。
いま冷静に考えると、こんな告白唐突すぎるし、コミュ障以外の何物でもない気がしますw

また、逆パターンもあり。
地域の男子部で遊び人がいたのですが、その人物の奥さんはもとバリ活女子部。
男子部に片思いをし、猛烈にアタックしていたが「外見がタイプでない」という理由で彼は相手に
しなかった。
しかし奥さんは100万遍唱題をあなたに送ると彼に宣言。
男子部は池田心酔者。池田老人の指導に、結婚相手の女性には「題目をあげぬく人、
とにかくお題目を沢山上げる人を選べ」とあったので、タイプでない彼女を嫁にしたのです。
しかし、もともと遊び人だっただけにおさまらず、不倫をしておりそれは活動家のあいだで
周知の事実でした。
そんな状況をも彼は
「あいつ(嫁)は俺と結婚したくて100万遍あげた女だ。俺が裏切ることはあっても、
あいつは俺を裏切らない。
逆プロポーズの言葉は”あなたのためなら一生お題目を送り続けます”だったからな」と
豪語していました。
周囲にそれを咎める人も居ないでは無かったのですが、奥さんはいつもにこにこ笑顔で
「いいんですよぉ~」と。 妻の余裕を見せたかったのでしょうか・・。
その男子部の家にお邪魔したことがありましたが、手狭な賃貸住宅にどでかい立派な仏壇。
数百万円したというそれは、奥さんが購入したものだということでした。
それも、貯金が全く無い彼のために「仏壇に見合う家に住める境涯になれるから」と奥さんが
嫁入り道具に選んだものだと聞きました。
当時はこんな夫婦像を「変なの」と思いながらも、私も独身でしたしよくわからず、深く考える事も
ありませんでした。
しかし今、覚醒し自身も既婚者となると「異常だ」という感想しかでてきません。
本人同士がよければそれでいい問題かもしれませんが、彼も奥さんもどうかしている。
本当に人を好きになった事が無い・他者の痛みがわからないから自分の痛みにも鈍感なのか?と
思わざるを得ないのです。
この夫婦はお互いに学会っ子、いわゆる福子です。
そのためか人の尊厳を知らずに育ってきてしまったのかもしれません(私も同じくですが)。
その後この夫婦は離婚しました。
奥さんが子供をひきとって今も地元に住んでいますが、男子部はどこへ行ったか不明です。
彼の為にと奥さんがあげたお題目の数は、百万じゃきかないでしょう。
そして彼の為にと買った巨大仏壇に見合う家には、残念ながら住めずに今に至ります。
こんな人生経験を経たらアンチ創価になってもおかしくないと思うのですが、彼女は現在も
活動家です。
離婚当時、伝え聞いた話ですが彼女の親御さんは地元を離れる事を勧めました。
しかし彼女は「逃げたくない」と、離婚後も地域に居続けたのです。
戸田先生の「場所では無い、信心だ!」を地でいく心意気に当時の私は驚きつつも
「すごいなぁ」と感心していました。
しかし、自分がその立場だったら絶対に引っ越す。憐れみも嫌だけど面白がられるのも絶対嫌だ。
そんな風に思っていました。

最近思うのです、創価でいう「負けない心」の中には「羞恥心をなくす」とか「客観的に自分を見ない」
ことも含まれていたんだなぁーと。
なりふりかまわず、ある種の「図太さ」がないと成立しないのです。
どれだけ長く信心を続けていても、堂々巡りで結果は出ない。
一般の人ならば、諦めて他の方策をあたるなどするでしょう。
けど創価脳は「負けてはいけない」から、他の方策をあたるだなんてもってのほか。
信心で勝たなければ意味が無い。
だから逃げません。ずーっと結果が出なくても、です。

長くなりましたので②に続きます。

洗脳支配について考えた

先日ネットで見かけた4コマ漫画。
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ブラック企業の本質をほのぼのタッチで描いた、まったくほのぼの出来ない内容と
ツイッター等で話題との事。

これを見て私は思いました「学会組織(末端)そのまんまじゃん」と。

「長時間働かせてるから転職活動なんかできないよ」

実働部隊の婦人部ともなれば朝昼晩、名目を変えながらの会合で大忙し。
パートに出たいなどと口にしようものなら「仕事に逃げたって境涯革命はできないわよ!」
「一家の命運を支えるのが、婦人部の昼間の学会活動なのよ!」 と阻止される。
青年部もアフター5は学会活動に囚われ、組織の為に部員さんのためにと走り回らされ
自己生活の充実を考え・充てる時間的余裕なんてありません。
私は女子部時代に「習い事」が出来なかった事がとても心残りでした。
別に気にせずやればよかったんでしょうが、役職もあり・なによりも仏事優先と叩きこまれ、
特定日時の拘束は許されずで出来なかったのです。
習い事の為に会合を休むだなんて許される空気じゃありませんでしたから。
それは女子部だけでなく、婦人部でも同じく。おかしな話ですが。
時間的拘束は、洗脳支配下におくための必須条件です。

あ、壮年部については、よくわかりませんw

「それに給料も限界まで安くしてるから、辞めたら生活できないしね」

学会活動でお金(対価)をもらえることはまずありません。
皆さんがご存じのとおり、搾取されることはあってもお金が発生する(もらえる)事は皆無です。
しかし「学会活動を辞めたら生活できない」と思いこみに縛られている学会員は多数存在する。
学会活動を辞めた途端に「生活が空転する」との刷り込みをうけているからです。
「信心即生活」なるスローガンによる呪縛。
現状も実はちっとも「安穏」ではないのに、学会活動を辞めたら更に悪化・転落して行くのでは・・と
悪い事を想像する。
完全なるお守り信心により離れられなくなっています。

「大丈夫!辞めた人間のことはみんなで徹底的に悪く言ってるからね」
「それで残ったやつに辞めた後の最悪を想定させる」


wwwww
これにはちょっと苦笑が止まりませんでした。あまりにもそのまんまだったので。
退転者、反逆者は堕地獄云々。 ついこのあいだまで「同志」だった人のことをとことんまで
悪く言いますよね。
たとえば内部の人間と・脱会者と、同じ末期がんで亡くなったケースがあったとして
内部に対しては「宿命転換し切って安詳と旅立った」というのに
脱会者に対しては「罰が出て最後は病気で亡くなった」と言う。
同じアクシデントにあっても、内部の人間は「転重軽受だった」とするくせに
脱会者がそうなったら「仏罰は厳然」なんて言う。
集団心理も相まって、脱会者は不幸になるんだ・・と洗脳されていく。と同時に
「脱会したらここまで悪く言われるのか」と、地域=ご近所世間でもあるため、大いに抑止力に
なっている気がします。

「でもそれじゃ不満がたまるから、たまに早く帰らせたり、うまいもん差しいれたりして
適当にガス抜きをしてやるのさ」


これは人材グループや会合で運営につくメンバーに対し、「池田先生からです!」と
パンと牛乳を差しいれてみたり
接遇や警備任務につくメンバーに仕出し弁当や手土産やお菓子を与えたり
(池田老人が元気だった昔はお小遣いもあったそうで・・)
また書籍や押印や「限られたメンバーにしか贈られない」グッズ等を、ここぞという時に
贈呈してみせるのと同じですね。
「自分(たち)だけ頂いた!」という特別感w で、また過剰に労働奉仕&献金してしまうのです。

また、非公開コメントで頂きましたが、無冠の友むけに不定期の慰労会イベントがあるそうです。
そこではビンゴ大会もおこなわれ、1等の商品が高額家電だったとありました。
これもほぼボランティアでこき使われる新聞配達従事者に対しての、費用対効果絶大な
イベントなのでしょうが・・。
ちなみにコメント下さった方は、半分覚醒しかけている時にこの慰労会に参加したので
「こんなイベントうつお金があるなら、もっと新聞代を安く出来るんじゃないの?」と疑問をもったとの
事でした。

「長時間働かせてるから ちゃんとしたとこで勤めてる友人とも交流もとれないだろうし、
この生活が当たり前だと思いこむようになればちょっとやそっとじゃ辞めないよ!」


これこそが学会活動が忙しすぎる、どうして無駄に週に何度も(1日に複数回の場合も)
集合をかけるのか、本質を言い当てており「なるほどその通り」と感心してしまいました。

女子部時代の記事でも書いたのですが、青年部の地区リーダー以上ともなれば
夜の日程でほとんどスケジュールがうまってしまうほど、会合が多かったのです。
なんでこんなに?!と、当時は意味も良く解らないまま、日程が組まれている以上は
意義があるんだろうと参加していました。
しかし、今はこれこそがマインドコントロールの最も効率的かつ効果的な「囲い込み」であったと
わかります。
外部との接触時間を極限まで減らすよう仕向けているだけなのです。
以前記事に書いたと思うのですが、1回で済むような会合をわざわざ別日の遅い時刻
(21時~)に幹部会として取るということがありました。 
同じ面子がその前後にあった圏OO会で集うのだから、その会合終わりでやりゃーいいじゃん!
と私は思い、幹部にその旨を訴えてみた事があったのですが、なんだかよくわからない理由で
却下されました。
緊急招集をかけられることも多かったですし(特に選挙前)、プライベートの時間などもてない。
文字通り忙殺される。
青年部は幹部になればなるほど、深夜にまで及ぶ会合も多かったですし、気まじめな人に限って
帰宅後も何時間も唱題してみたり「先生の指導」を読みこんだりと、睡眠時間を削ります。
そして社会人として実証を!と、仕事にも真面目に取り組むため、殆ど寝ないで会社に行くというような
人もいらっしゃると思います。
そして「自由な時間を奪う」のと同時に「睡眠時間を奪う」これが洗脳支配の肝なのだと
先日、テレビのワイドショーでコメンテーターが語っていました。
何の話題でその話が出たかと言えば、例の福岡県筑後市リサイクルショップ失踪事件ですw

当たり前のことすぎて誰も言わないだけで、休養や睡眠はとても大事なものなんだと
シンプルな事ですが痛感させられます。
特に寝不足は、思考および判断力を奪われやすいそうです。

余談ですが私の母は睡眠障害を患っています。更年期以降、ずっとなのでもう20年近くに
なるでしょうか。
睡眠薬が手放せない暮らしです。これだけでも、信心してる意味ないじゃん?と私は思えて
ならないのです。
しかし母は万年睡眠不足が故の思考力低下も手伝ってか、それを「理解」しようとしません。
本当に困ったものです。

「学会活動中心の生活が当たり前」
このパターンが完成してしまうと、ぽっかりあいた休日であっても何をしていいか解らないという
状態に陥ります。 それで会合がなくてもつい会館に行ってしまうという男子幹部がいましたw 
外部友人関係は当然のことながら希薄になりますし、そういった友人たちと偶に会っても
相手がプライベートの充実をはかっている日常をも「刹那に流されて生きている」などと見下します。
自分がどれほど崇高な使命に生きているのか・・なんて酔っぱらっていました、若い時の私はw
けれどイマドキの若い人は「崇高な使命」よりも、自己の充実を図る事の方が大事だと
じゅうぶん解っていると思います。
教育も変わりましたし、何より時代・環境が変わりました。
青年部の衰退は、社会構造があからさまに見えやすくなってしまった現代では当然のことかもしれません。
しかし、20年以上前の青年(現在40代以上)は「崇高な使命」をずっと追い続けている。
そして聖教紙上では「生涯青年」なんて言葉が躍るw 
つまり青年部で自分が闘った時代のスピリッツをジジババになっても忘れずに一生働き続けろよ!と
いうことでしょう。
熾烈な時代の初期衝動をたもちつづけたまま、年を重ねてもなんの学習もしないまま突き進む・・
なんとも皮肉なものだと思います。

「労基の勧告も強制力弱いしね!」

これは「信教の自由」という侵しがたい法をかさにきて、やりたい放題やっている組織の実態と
重なると思います。
活動において、どんなに理不尽で矛盾した事柄があろうとも「ご信心」のひとことで丸めこむ。
どこにも監督・取り締まる機関なんてありません。自分で気付いて、フェードアウトしない限りは
ずっとヤられっぱなしです。
以前から書いていますが、自分の意志表示もできない0歳~児童を、親の一存で入会させ
家庭内洗脳教育で創価脳に育て上げてしまう、こんな人権蹂躙・精神、環境的虐待も
本来なら法整備で解決するべきなのです。
しかし公明党が政権与党であるかぎり、このような暗部が「社会問題」として取り上げられる事は
一切ないと思います。 大変に悔しく、嘆かわしいことです。

「すごいなぁ 経営者の鏡だ!」

皮肉でしょうけど、これは末端を束ねる上層部のこと。
本当に「してやったり」と、笑いが止まらないのは、ごく一部の上層階級の人達です。
そして常に搾取される側は「弱者」。
末端会員という、功徳という絵に描いた餅だけでおなかを満たそうとするけれど、満腹にはならなくて
それでもいつか満腹になりたいからと、頑張り続ける人達です。
いや、そんなこと(お題目の数や、新聞啓蒙の数や、対話数)では絶対に満腹にはならないから。
早く組織の外に出て、「実」を取る行動をしてほしいと、私は思います。

ネット上でも以前から「ブラック企業に酷似している」と揶揄されている学会組織。
環境とはおそろしいもので、そこがどんなに劣悪であっても毎日を過ごすうち「当然」に変わっていく。
「ここを辞めたところで、もっと悪い処しか待っていないんじゃないか」と、希望を見出す事も出来ず
現状維持が一番の安全と、上を見なくなってそこに居続けるという一択をしてしまう。
忙しすぎて消耗しきってしまい、意欲を削がれてしまうという事でしょう。
これも洗脳支配の手法です。
そして以前も書きましたポリアンナ症候群も手伝って、無限ループに自ら陥ってしまうと
もう、手の着けようがない。
けれど「気付き」のチャンスはどこにでも転がっていて、ほんの些細な事がきっかけで目覚められるし
無限ループから抜け出す事が出来ます。 私にも出来ました。

多くの方が、こんなバカげた支配下構造から抜け出して、自分の幸福を自身の意志努力のみで
積み上げて行かれる事を、私は願ってやみません。

歴史を学ぶと見えてくる事

昨年読んだ本でおすすめの書籍があります。

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日蓮大聖人が生きた鎌倉時代の世相・思想背景を知るために読みましたが、
為になることが山ほど書いてありました。 
(ちなみに日蓮自身のことについては殆ど記載ありません、あしからず)

「鎌倉仏教」という言葉があるくらい、このとき幾つもの仏教宗派が興りました。
当時を客観的考察するにあたり用いられているのが、そのころ来日していた
外国人宣教師のレポートなのです。 
本記事でその内容には触れませんが、非常に興味深く・私には面白く感じられました。

この本の中に書かれていた「天道思想」
戦国時代を生きた人たちの信仰観なのですが、
日本人の信仰観のベースとして現代にも伝わっていると感じました。

内容を一部抜粋しますと、天道とは”人知を超えた天の采配”のことで
戦国時代、従軍する戦争の勝敗は「天道」の差配により決まると信じられていました。
武運を左右する天道=神仏の目に見えない働きと考えられていたとのこと。
天道の観念とは「日本の神仏をまるごと信仰し崇拝することが天道にかなう」もので
武運を左右するからこそ天道は重要であるとされていたそうです。
また、信仰+道徳観(道理)=天道であるとも。
つまり信仰だけを熱心にやっていても、非道徳な振る舞いをしておれば天道(神仏)に見放され
敗北をきたす。 
信仰も普段の振る舞いも・両方揃って初めて天道が味方するという考え方です。

信仰に「道徳観」をプラスするところも実に日本人らしい宗教観ではないでしょうか。
その道徳観があるからこそ、日本人が一神教に陥ることがなかったのだと私は思いました。

辞書で天道を引いた中に「天の神。宇宙の万物を支配する神」との解釈も記載されていました。
「お天道様が見ている」という言葉が、太陽=天照大神をさしているとの解釈もありますが
必ずしも天照大神を「一神教」の救世主とせず、やおろずの神々と仏教を融合させながら
宗教文化をはぐくんできた点が、前にも書きましたが日本人のしなやかさなのだと思うのです。
(注:先の大戦では戦争遂行におけるプロパガンダとして国家神道が政治利用されましたが
 これこそ「一神教」であり、危険でろくでもないことは周知のとおりです)

また、戦国時代を生きた知性が、仏教宗派が乱立する中にあって
「排他主義」を厳しく戒めていたという文書もこちらの本に幾つか紹介がありました。
以下抜粋します。

阿仏尼(阿仏房ではありませんw 鎌倉時代中期の女流歌人)の著した
「庭の訓」より

”うわべだけの誠や志の無い信心は論外である。信仰に入る機縁は人それぞれであり、
指導者の良し悪しによるものでもないが「どの教えも同じだ」と
あれこれの宗派に手を出すようでは気が散って信仰に身が入ることはない。
必ず一つの教えに定め、脇目もふらず一心に信仰しなければならない。
だが一方、自分の奉じる教えだけが真実であって他の宗派はろくでもないなどと、貶めたり
してはならない。”

選択・専修が教義優劣の問題では無い。宗派の対立を意図するものでもないと訴えている。


北畠親房(鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿)の著した「神皇正統記」より
”仏教には様々な教えがあるのが当然であり、ある宗派を良いと思った人が他宗を謗ったり
軽蔑したりすることは大変な誤りです。
人の機根は様々なのだから、教えも無限にあるのが当然です”

仏法の様々な教えは結局は方法の違いに過ぎない、という見解が鎌倉時代ではかなり根強いもので
あったと考えられよう。


排他主義を戒める心=日本人の道徳観のあらわれだと私は思います。
これは何も鎌倉時代に始まった話ではなく、聖徳太子の十七条憲法
「和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」この精神が貫かれている。

敵を容赦なく責めてもよし・自分たちの正義にそむく者は全て悪だから排除してよしなんて
ありえない。
このような日本人の信仰・宗教観と道徳心を知るにつけ、
自分が(現在イヤイヤながら)籍を置いている創価という団体がいかにおかしな・日本にそぐわない
団体なのか改めて気付かされ、うんざりするのです。

横道にそれますが、知識を得れば得るほど、なぜに日蓮大聖人が道徳観を重んじる国土において
「四箇格言」や「五重の相対」を提唱したのか。 私は不思議でなりません。
”宗教の乱れ=世の乱れの原因だからにきまってるじゃん!末法には法華経以外意味無いからじゃん!”
バリ活時代の私なら迷わずそう答えたでしょうが(現役バリ活も同じ答えでしょうねw)
創価外のテキストを読み、歴史背景をふまえた上で考えると
日蓮大聖人が諸外国に出ることをせず・先人から伝えられた膨大な文献を研鑚した上で得た
「悟り」についても疑問が湧いてくるのです。
創価で教わった事だけを盲信していたら、疑問なんてわく余地は無いと思います。
活動家時代の私は歴史に対し全くの無知でしたから、日蓮大聖人が国外(当時の中国)へ
勉強に行かなかった事に対し、なんの疑問も持ちませんでした。
それは「発迹顕本」という逸話(という表現に今はなってしまいます、どうしても)
を額面通りに受け取っていたからでもあります。
しかし今となっては「末法の御本仏の境地に立つ」これで全てをカバーできるような話だろうか?
それでいいんだろうか?と首をかしげます。
覚醒以前は日蓮大聖人が「末法の御本仏」だという大義名分で全てが丸めこまれていましたし
そうしておけば整合性がとれる話になっていました。
いや、細かく考えればつっこみどころ満載なのですが、創価ではそれをさせない(重箱の隅を
つつかせない)指導方法が徹底されていましたしね。
そして池田老人が永遠の指導者入りして以降は、池田老人に学ぼう状態。そこに日蓮の影は
殆ど無く、都合のいい場面にだけ引っ張り出してくる状態でした。

この本とは違う歴史本(井沢元彦さんの本)で読んだ「天文法華の乱」について
なぜ乱が起こったのか、元凶が記してあり
天台宗VS日蓮宗の構図を招いたのは、日蓮ならではの法華経解釈が天台宗サイドから見て
「邪教」だったからだとありました。
「お題目を唱える事(唱題)と功徳が明確に関係づけられている点が、日蓮独自の解釈」であり
天台宗からすればこれは「論理の飛躍も甚だしい」事だったそうです。
故に「天台宗は日蓮をインチキだとした」のだと。
「一介の僧侶である日蓮が教義の変更をしたことが許せず、対立を深めた」のです。
当時、文字の読み書きも満足に出来ない庶民にとって天台宗の説く法華経の教えは難しく敷居の高いもの。
「日蓮にあったものは庶民への配慮」で、お題目を唱えることに功徳があるとしたのは
(これは私なりの解釈ですが)インスタントにしたという事なのだと思います。
その方が早く広く爆発的に民衆に広まるし、多くの人を救えるという考えだったのだと
読み取りました。
天文法華の乱は日蓮滅後(200年以上後)の事で京都が舞台、日興上人(富士門流)派の
創価ではスルーされていましたが、本質的な部分(題目を流布)が火種だったという点で
「全く関係ない」とは言えないと思います。

こういった歴史的事実をおさえて行くと、創価で繰り返し語られていた事
「正しいからこそ難に遭う」が中2病のように思えてくるのは私だけでしょうか。
日蓮大聖人がいくつもの法難に遭ったのは、正しい事を叫んだからだーと教わりました。
釈迦の予言通りの目に遭っているのは大聖人だけだ、とも。
そして池田老人が難に遭うのは、世間の嫉妬だとのことでした。
法を弘めて難に遭う。大聖人と同じ目に遭っているのは私だけなのだ!とか、そんなスピーチも
ありましたっけね(遠い目)。

しかし様々歴史をみて、上記したような鎌倉時代背景に照らしてみても
排他主義をよしとしない国土風土の中で、ひとり反逆児だった日蓮があらゆる方面から
疎まれたのは、ある意味「道理」だったのではないかと。
池田老人に関しては並べるのもどうなの・・ってお粗末なレベルですが、
いいことは一切書かない週刊誌のバッシングやら・訴訟やら・これといったあとがまが育ってないのやら
すべて「身から出た錆」で、ものごとの「道理」だっただけではないのかと思います。

「仏法は道理です」
池田老人がスピーチで語った言葉で、忘れられないフレーズの一つです。
覚醒した今、思い返すも実に味わい深いw

現状、特定の宗派に帰依していない私ですが、このさきどんな宗派によろうとも
「うちだけが絶対正しくて他は邪宗で間違ってる」なんて事は言わず・考えず
粛々と自己の内面と向き合う、そんな信仰観を持って生きたいです。