宿業について考えた(1)

創価の教義で「すべての因は自分にある」とよく語られます。
いわゆる宿業というものですが、過去世の罪業が現世に報いとなって出てくるという仏教の考え。
”どうして私がこんな目にあわなきゃいけないの?”と思えるような不幸な・不条理な出来事に
対し、それが「過去世からの宿業」であり「自分持ち」だと聞かされた時、一般社会人の方々は
すぐに納得できるでしょうか?
私は学会3世でうまれたときから学会員なので、この考え方が実に自然なものだったんです。
多くの創価脳の方々も同じくだと思います。

理由のわからない、理不尽な苦しみに「宿業」という名前と理由をつければ一瞬楽になります。
なんでこんな目にあうのか? どうして自分がこんな苦しみと向き合わねばならないのか?
そんな中々答えの出ないことを、ぐるぐる長時間考えるよりも、理由が解った方が
気は楽でしょう。
そして創価では「宿業」を打破するため・宿命を転換するために、学会活動に励め・他人を
折伏せよ(創価入会に導け)と、けしかけていくわけです。

コメント欄の御返事に書かせていただいた内容ですが、
世の中には信心などなくても、ふつうに幸福に平穏に暮らしていらっしゃる方々がいて、どうして?
と不思議に思った事が女子部時代にありました。
そのことを幹部のおばに尋ねたところ「私たちは業が深いから」という答えが返ってきました。
私たち学会員は、みーんな宿業が深いんだ。だから法華経で宿命転換していくんだよ、と。
そして信心がなくても・学会員でなくても幸せそうに見える人たちだって、いつ宿業の嵐が吹き荒れるか
わかったものではない。幸福はずっと続くとは限らないんだと教わりました。
無知で若かった私は「そうなのか!」と納得してしまいました。
私も女子部のみんなも、業が深いんだね!とw

けれど40代を過ぎた今、覚醒した頭で振り返ると
こんな子供騙しで納得させられていたなんてと、情けない限りです・・。

日蓮大聖人は過去・現在・未来という「三世の生命」を説いています。
ヒトの生命というものは「今生の寿命期間」だけに見えているけど実は永遠である。
ヒトには前世あり・今世あり・そしてこの肉体+寿命が尽きたのち、来世(生まれ変わり)が
あるという考え方。
当然のことながら前世と未来世を見ることは常人には不可能です。
その、見えないものを信じた上でないと「宿業」というものも、中々信じがたい物だと思います。
繰り返しですが私は生まれながらにして叩き込まれてきたので、この法則はごく当たり前のもので
東から太陽が昇り西へ沈むのと同じく、理由なんてなく「そういうものだ」と信じていました。

女子部の頃、面接の席上だったと思いますが幹部から
「自身の一凶はなんだと思う?一人ずつ言ってみなさい」と質問がありました。
一凶とは、最大の悪とでも訳せば良いでしょうか。 
「自身の一凶」はイコール自覚している最大の宿業・いのちの傾向性という事です。
私はいつもこの「自身の一凶」が何なのかわかりませんでした。
いや、別に自分が完璧な人間だと思っているわけじゃないんですよw
悪いところは山ほどあるけど、ありすぎてどれが一凶なのかわからない。
もう、自分の存在自体が「一凶」なんじゃないかと真剣に考えた事もあるくらいで。
わかりませんと答えると「その迷いが一凶なんでしょう。お題目を唱え抜く中で自分の一凶が
何であるかを追求していきなさい」と幹部から言われました。
このやりとりを最近思い出し、ムカつきましたw
なんでそんなに上から目線か?という事もありますが、本人の内面の最大悪を聞きだして
一体どうするつもりだったのかと。
他の人がなんと答えて、幹部がそれに対し何と言ったのか全然思い出せないのですが。
なんというか、この時代(1990年代)の幹部からの個人指導って「総括」みたいでした。
精神的リンチです。
「彼氏と別れろ」って数時間にわたって詰めるのもそれだったし、まさに。
今はさすがにそんな事してないと思いますけどね。
このように、自分より年上の・組織の中で「幹部」とされている自分より立場が上の人間に
暗に「あなた自身が悪い」「あなたの中の最大悪を追及せよ」と責められる。
学会育ちの女子部はここで「何言ってんだ!自分がモテないからって後輩に八つ当たりすんな!」
とは考えません。 
「ああ、先輩のおっしゃる通りだ。私が全部悪いんだ」と思うのです。
だけど大好きな彼と別れられない、どうしよう、弱い自分が情けないと泣くのです。
又は、自分の一凶がわからないのは、私の信心が足りないからだと、自責するのです。
そうして弱い心を・足りない信心を埋めるべく、活動に打ち込んで行く。
なんとも上手く出来たサイクルだったんだと、ほとほと感心します。
結局、みんな「自我」を奪われていたんです。
自分は「宿業」を背負っている、という「負い目」が自我を塞ぐ。
そこにつけこまれ・組織に利用されていたと言っても過言ではないと思います。

「全ての原因(みなもと)は自分にある」
この考え方が100%悪いとは言いませんが、創価の場合は組織に利するよう使われていた。
日常的におこる些細なトラブル・アクシデントに対しても「お題目が上がって無かったからだ」
「会合を休んだからだ」「折伏ができてない・新聞啓蒙ができてないからだ」などと、宗教行為や
学会活動に絡めて自分を責める。これが常態化するとどうなるか。
真面目な活動家の方に多いのは、会合&活動を休むという「負い目」で鬱が加速する事でしょう。
会合に出られないのは・活動が出来ないのは「弱い自分のせい」だと考えてしまうのです。
実際はそうじゃないのに。 
組織動向・幹部の言動、その他もろもろに矛盾や疑問を感じたことが発端で活動を拒否しただけ。
けれどまじめ過ぎる人は、それを「自分がの心が弱いから・信心が足りない・自分が悪いからだ」と
思ってしまう。
それでますます自分を追い込む。 本当はそうじゃないのに。
悪いのは悩める学会員ではない。 悪いのは組織そのもの。
ここにハッキリ気が付くまでに遠まわりされる方も、かなり沢山いらっしゃると思います。
その過程で心身を病む方も多いでしょう。
なぜに、このシンプルな結論にショートカットでたどりつけないのか。
それは基礎として叩き込まれる「宿業」という概念ではないかと私は思ったのです。
罰論が怖いタイプよりも、この「宿業」ベースの自縄自縛に陥る人が多いのではないかと
皆さんのコメントを読んでいて感じた次第です。

鬱病は「自責の念が強い」ことが症状のひとつとしてあげられるそうですね。
私は、子供時代から自責の念が強すぎました。 後悔ばかりしていた。自分のとる行動すべてが
裏目に出ている様な気がして仕方が無かった。
成人以降、友人と会った後、心から「楽しかった、いい日だった」と思えた事が無かったです。
あんなこと言ってしまったどうしよう、気にしてないかな?こういうところ、もっと気を使えばよかった
etc・・・。
上記したことがら、覚醒前までの常でした。
学会活動を全部放棄して、一般人のふりをしてママ友や女友達と付き合っている時もその状態。
会っている時はとても楽しいんだけど、一人になってから考え込んでしまうんです。
けど、友人は変わらず連絡をくれるし、離れて行かれないから大丈夫だったのかな、と安心する。
そんな繰り返しでした。
覚醒して一年が経過し、最近はっとしたんです。
そういえば、このごろ人に会ったあとの自分を責めてないわ、と。
シンプルに楽しかった、有意義だった、と思えているようで
無意識でしたがランチや自分の習い事に行った日は夜、家事の時に鼻歌をうたっているらしいです
(子供が教えてくれました)。
もう、びっくりでした。 我がことながら、えっ、すごいなぁと思いました。
普通の人が聞いたら「なにいってんの?」かもしれませんがw

これは飛躍しすぎかもしれないけど、まじめな学会員・教義が絶対正しい!と信じて疑わない
学会員の大半が、自覚のない「うつ病」なんじゃないでしょうか?
自分では普通だと思ってるけど、身体に不定愁訴がある・・そういった状態を「仮面うつ病」と
呼ぶそうです。
身体症状によって精神症状がマスク(仮面)されているという意味で、慢性的な身体の不調はあるけれど
人と会ったり・出かけたりすること(メンタル面)は全く億劫でないという状態。
うちの母なんてまさにこれだと思いました。 精神的には明るくて、活動こそわが人生!と張り切って
いますが、不定愁訴は止まず。
大病こそしていませんが、ずっと通院していますし薬を手放せない暮らしです。
70代の今に始まった事では無く、私が小学生くらいの頃からなので30年以上。
信心してるから私は元気なの!と母はいうけれど、単なる「から元気」なんじゃ?と思います。
私も女子部バリ活時代、よく立ちくらみで失神したり、ダウンしていました。
(ちなみに低血圧ではありません)
思い当たる節もなく、原因がわからなかったのですが、結婚後は全くその症状が出ていないのです。
調べたところ立ちくらみの原因も自律神経の乱れで、ストレスが関係しているそうです。
やはり、私も仮面うつ病だったのかもしれないなと思います。

最近思い出した事ですが、覚醒前にたびたび、色んな人(外部)から
「そんなに自分を責めないで・責めなくていいのに」と言われた事がありました。
交際当時の主人からも言われた事があります。
それぞれ何に対してだったのか記憶が無いのですが、多分ものすごく些細な事だったんでしょう。
些細な事でも全部「自分が悪い」とネガティブになり、悲壮な顔を見せたのではないかと。
そんな自分を振り返り、可哀相になります。

また、幼いころから自責ばかりしていなければ、もっと自分を肯定的に見てあげていれば
違った生き方もあったのではないか・・と考えてしまいます。
自己の無限の可能性をひらきゆく妙法~云々、会合でしょちゅう聞かされ、そのとおりだ!なんて
頷いてましたが、本当に「自我に自信と誇り」を持って生きてた人がどれだけ居たかと思い返すと、
全く思いだせない。
「創価学会員である自身に自信と誇り(という勘違い)」をもった幹部には一杯会ったけどw
創価をとったらどうなのさ?って人ばかりでした。
私の人生は、まさに産後デビューという感じなのですがw ママ友世界の方が自信と誇りを持って
生きている人に出会う率が高かったです。
そういった人達に共通しているのは親から大事に育てられてきた・沢山の「機会」を与えられて
育って来た・また自分で自分の道を選んできた、という点です。
一般人と自分を比べ落胆の連続ですが、私はどうやら母親主導の創価の世界で
「自我と自信を殺がれる生き方」を叩き込まれてきたんだなーと思い当たりました。
信仰が無ければ、信仰を柱にしなければ一人で立てないよう骨抜きにされてきた。
信仰を持つ「優越感・特別感」は、それがなくなったら命取りだから執着をもち「絶対感」に育つ。
そりゃ、一般世間・社会が生き難いわけだわ! と、納得してしまいます。
そして未来ある子供達をそんな風にしてしまってはいけないと強く危惧するのです。

幸せになるための信仰であるはずなのに。
宿業という名前の、不幸の原因を解決するための信仰であるはずなのに。
自分が悪いと、自分ばかりを責め、無限ループに陥って行く。もがき続ける。
そんな生き方のどこが「自受法楽」になるのか。私にはさっぱりわかりません。

そして多くの真面目な・私は僕は業が深いんだと悩める会員の皆さん、もう自分を責めるのは
やめましょう。
何も自分を責めなくていいのです。
自分を解放してあげて下さい。 
自縄自縛の言葉通り、その縄をほどくのもあなた自身です。

(2)に続きます。
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世界平和 理想と現実

最近の創価は功徳を求めないそうです。
功徳信心ではなく「世界平和」のために創価に尽くしている人達がいる(現在進行形)。
この「世界平和」というスローガン、戦後教育で育った日本人の幻想なんですよね。
”世界平和、世界市民”なんとも耳当たりの善い言葉だと思います。
純真に創価が平和団体だと信じる人達は、心のもちようひとつでそれが成し遂げられるはずだと
創価仏法を池田哲学を語り広げているのでしょう。
しかし、そういった人達はハッキリ言えば世間知らずです。
創価に目を塞がれて、世界の現実を知らない。
何故に世界で紛争がおこるのか。千年以上今なお続いているのか。
それが宗教から来るものだと理解していないと思います。
もしくは「(海外の人は)外道なんか信じてるから」と誤変換しているのでしょう。

創価と同じく、「自分たちだけの正義」をふりかざすから紛争やテロがなくならないのです。

日本生まれの数多くの仏教宗派や神道は、他宗派を排除したりしません。
そこには日本人ならではの「和」を重んじる精神が根付いているからです。
日蓮の教えだけが、キリスト教など外国の宗教との共通点を持っています。「絶対正義」です。
自分たち以外の真実・正義はありえず、他のすべての宗教は正義ではない、だから排除しようと
するのです。
(注:厳密に言うと、一神教は「仏(仏教)」を敵対視しません。あくまでも「神」を争点にします)
これは危険な思想ですが、創価脳の多くは「良かれ」と思って折伏を行っている。
「相手の幸福のため」だと思わされ、やっている。
しかし実際、創価脳の人達がやっていることはその質は違うとはいえ、精神性はテロリストと
変わらないわけです。
テロリストも自分たちが「悪」だと思ってやっていません。
善で正義だと思ってやっているのです。
創価脳は「一緒にするな!」と怒るかもしれませんが残念ながら同じです。
そのあたりの事は、ぜひ自分で勉強して欲しいと思います。

私のお勧めの書籍は井沢元彦さんの「世界の宗教と戦争講座(決定版)」です。
大変わかりやすい内容で、読めば世界の三大宗教のあらまし、「日本の常識は世界の非常識」の
アウトラインが解ると思います。
そして日本人の感覚に、実は創価のやりかたはそぐわないものだということも理解できると
思います。

話は変わりますが、いま私はユダヤ教についての本を読んでいます。
選民思想とはユダヤ教を信じる人の「特別感」なのですが、これが創価の信仰をたもつ「優越感」と
似ていると思った事から、ユダヤ教に興味をもち、調べているところです。
またまとまり次第、記事にしたいと思っています。
ふと読書の最中に
「そう言えば、昔、創価でホロコースト展やってたよなぁ」と思い出したのです。
女子部時代、友人を連れ出して見に行きましたっけ。写真展示が主体だったことくらいしか
記憶にないのですが・・。
(ご存じない方へ。正しくは「勇気の証言 アンネ・フランクとホロコースト展」でぐぐって下さい)
で、一体どうして創価がホロコースト展を行ったのか?
当時は全くそんな事に興味を持ちませんでしたが、急に気になり、ネットで調べました。
いろいろときな臭い事柄が出てきましたがw そんな中で見つけた池田老人の指導がトンデモで
度肝を抜かれました。 覚醒した今、これを読むと、ちょっと信じられない感じがあります。
とてもじゃないけど平和を標榜する団体の長が言う事じゃないですね。
そして、原理主義をありありと感じてしまうのです。
以下、転載します。


1999年2月5日(金)聖教新聞

2月度全国県長会議での池田名誉会長のスピーチから

<正義を勝たせよ、執念の闘争で>


アメリカのロサンゼルスに、ユダヤ人迫害の記録をとどめるセンターがある。
サイモン・ウィーゼンタールセンターである。私も招かれて、牧口先生の殉教について、講演した。
(1996年9月)先日も代表が、ホロコースト展のために、来日された。
このセンターの名前は、ナチスの強制収容所の生き残りである、サイモン・ウィーゼンタール博士の
名前から取っている。

 博士は、今年91歳になる。今なお、オーストリアのウィーンで、ナチスの悪を追求する闘いを
続けておられる。悪人達からは『ナチハンター』と、恐れられてきた。
これまで、発見して法廷の裁きにかけたナチスの残党の数は1200人。
博士の闘いによって、ナチスを永遠に許さない、という国際世論は高まった。逮捕されなかった人間も
恐れおののいて、枕を高くして眠ることは、永久にできなくなった。
悪人がどこに隠れていようとも、草の根を分けてもの執念で、世界中の情報を集め、ありとあらゆる方法を
考え出して、悪人を追いつめてきた。しかも、博士は、いかなる公的機関の支援も受けていない。
民間人として、個人的な寄付に支えられて、活動を続けてきたのである。
敵からたたかれ、妨害され、命を狙われ、悪評のデマを流されながら。博士は、世界各国から、栄誉や勲章、
名誉博士号を受けたが、国内では批判にさらされてきた。博士は言う。


「私が何十年間も闘ってきた相手は何か。それは、『忘れる』ということに対してなのです。」

戦後すぐの時期は、ナチスへの怒りに燃えていた人々も、時間とともに、「もういいじゃないか。」という
雰囲気になってきた。被害者であるユダヤの同朋にさえ、「もう嫌なことは忘れたい。」という空気が
あったという。「もう時効にしよう。」という動きもあり、実際、時効が成立する寸前までいった。
しかし、博士は叫んだ。

「道徳上の義務に時効はない。正義の実現に期限なんかない。」

博士等の運動によって、ドイツ・オーストリアは、殺人と、殺人幇助について時効を廃止した。
徹底的に、悪は根絶やしにしなければ、将来また、悲劇は繰り返される。そんなことが許されようか。
6百万人(注:六千万人)ものユダヤ人が殺された。博士自身も、十数もの強制収容所を転々として、
生き残ったのは、奇跡でしかなかった。だからこそ、生き残ったものの義務として、人々に、断じて
忘れさせてはならない。と、闘い続けるのである。

 創価学会も、宗門と、党の悪人に、一千万の同士の真心が踏みにじられた。皆がどれほどの思いで
彼等を支え、護ってあげたことか。選挙の支援活動の途上で、事故で亡くなった人もいる。
信念のために殉じた。いわば、殉教である。その人達の犠牲を思っただけでも、議員の裏切りは、
断じて許せない。坊主についても同じである。永遠に許してはならない。


 博士は、訴える。「忘れたいなんて、安直すぎる。」と。

[私達が死んだら、みんな天国へ行くだろう。天国では、ホロコーストの犠牲者達と一緒になる。
彼等は、私達に先ず聞くに違いない。『君たちは、運がよかったね。生き延びたんだから。君たちの余生は
贈り物だ。その贈り物を君たちはどうしたのかね。』ある人は言うだろう。「私は、実業家だった。」
また、ある人は言うだろう。「弁護士をやっていた。」次の人は言うだろう。「教師をしてました。」

私(サイモン・ウィーゼンタール博士)は、こう答えるだろう。『君たちのことを忘れなかったよ。』
(『ナチ犯罪人を追う』下村良和訳・時事通信社)]

 今、日本も戦争の悲惨さを忘れさせよう、アジア侵略の歴史も忘れさせよう、という風潮が高くなって
いる。極めて危険な傾向である。だから、私達が立ち上がる以外にない。

博士の執念に対して、いつもこう言われた。「もういいじゃないか。そんなに神経を尖らせることはない。
悪人とは言え、個人をそこまで追求するのは、やりすぎではないか。」非難ばかりであった。
しかし、博士は、断固として追求をやめなかった。

「私は、個人的な復讐を求めているのではない。私は正義を求めているのだ。
悪事を犯した人間を、そのままのうのうとして、安楽に生きさせたとしたら、この世の正義はいったいどこに
あるのか。
社会は、正義の土台が崩れてしまう。人間性への信頼を取り戻すためには、絶対に悪を放置しては
ならないのだ。」


(注:私が「エッ?!」と思ったところに下線を入れました)

1999年といえば私は活動家だったのですが、こんな指導まったく記憶にないです。
新聞をまともに読んでなかった証拠ですねw
ただ「断じて悪を許してはならない」という言葉は、当時いやというほど繰り返し聞いていました。
自身の一凶を「宗門を責め抜く心が足りない。悪を断じて許さないとの執念がそこにないから
(一凶を)断ずることができないんだ。師匠の敵を見て見ぬふりするからだ」なんて指導を
中央幹部がするような時代でした。 今はどうなんでしょうか。

しかしまさか、池田老人の個人的な思い入れ+SW博士へのオマージュ&シンパシー込みで、
ホロコースト展を開催していたとはw驚きです。 
でも残念ながらそんな思い入れ末端会員にみじんも伝わって無かったです。
ただ連れ出せ~報告だ~あと何人・・って感じで、その意義までは解らなかったですね。
少なくとも私のいた地域組織では「平和を訴えるために外部を連れて展示を見に行こう」という
打ち出しでしたが。
まさか宗門と・脱会した議員さんに向けての「あてつけ」が含まれていただなんて
全然わかりませんでしたw
宗門も元議員さんも、ナチスと同格にされるだなんてお気の毒です。大量殺戮なんてやってないのに。
なんだかあまりにも飛躍しすぎていて、ついていけません・・。
被害妄想が過ぎる、と思います。 
宗門から切られたのは誰のせい?議員が離れて行ったのも誰のせい?
まるで自分が一方的に理不尽な迫害を受けた側を装っているとしか、私には思えません。
そして自身の憎しみの対象を「全会員の敵」にすり変え、一斉攻撃せよ・正義の証明のためにも
忘れることなく追撃の手を緩めるな・水に流してたまるか!と指導していただなんて、
呆れて開いた口がふさがりません。
それとこれとを結び付けて語るなんて、一神教のため・政治思惑のため・多くの命を失うこととなった
ユダヤ人の方々に対し失礼ではないか?と私は感じます。

創価脳バリ活は、こういった池田老人の言葉を素直に「そのとおりだ!」と受け止めていたのでしょうか。
だったら恐ろしいことですよね。
マインドコントロール下にある状態でこの指導に触れられなかったことが残念ですが、もし私が
当時これを読んでいたら、脱会を考えるところまでいかずとも、池田老人を大きく見下げたと
思います。もともと尊敬の念もないですし・・。

また、敵からたたかれ、妨害され、命を狙われ、悪評のデマを流されながら。
博士は、世界各国から、栄誉や勲章、名誉博士号を受けたが、国内では批判にさらされてきた。

この部分、読めば読むほど味わいがありますw 
人権団体の長と自分を重ね合わせていたのでしょう。 勘違いも甚だしいと私は感じましたが・・。
側近の誰も注意しなかったんでしょうか。できるわけないですねw

池田老人が自虐史観にこだわっている人物だということも、私はわかって無かったんですが
(日本人じゃない的な噂がネット上にありますが・・)会合でこんなことを言っていたという事実に
たまげました。
”私たちが立ち上がる以外にない”って・・いやいや。 あんたと一緒にしないで、と思ってしまう。
しかし池田老人も、スゴイ時期に雲隠れしたものですねw
今の時代にこんなこと発言していたら、どうなることか。自公政権なんてあり得ないことですよね。
今現在も、かなり無理があるけれども。
安倍首相の掲げる「戦後レジームからの脱却」と、池田老人が1999年当時とはいえ話している内容は
真逆なわけですから。 そういったことを学会員はなにもわからず、功徳選挙で応援している。
そんな政権与党、日本のためにならないと私は思います。
こういった事柄を、選挙を頼みに来るバリ活に言ってやるのもいいと思います。馬耳東風でしょうが。

私が創価の矛盾に気付き決別を考え、自分のそれまでの学会員としての人生を振り返った時、
痛恨だったのはあまりにも「無知」であったことでした。
まったくといってよいほど世の中を知らず、不勉強でした。だのにすべてをわかった気になっていました。
信心さえしていれば万事大丈夫、妙法をたもつ特別感という堕落した思考の下にあったからだと
思います。

世界平和も同じく、創価仏法を語り広げてゆけば・お題目を唱え抜けば成し遂げられるだなんて、
簡単に考えないで欲しい。
せめて世界の宗教事情を教養として理解してからもう一度、本当に創価仏法で
世界平和が成し遂げられるのか、よーく考えてみてほしいと現役活動家の方々に望みます。

お返事

前回の記事に対して、非公開コメントでお二方から質問をいただきました。
補足も含めて、この記事でお返事させてもらいたいと思います。

お二方の質問の趣意。
「創価の間違いについて指摘したり、真実を教えたり、正すことはいけないのか」

これは相手の方のマインドコントロールの度合いにもよると思いますが、
いくら創価の問題点や現実を話したところで、殆どの学会員(とくにバリ活)は信じません。
面白いくらいにみんな否定しますし、ソースを確認します。
そのソースがインターネットだったり・脱会者による告発本(とくに元議員さん)だというと
100%「デマに決まってる!」と言います。
創価では、ネットに書いてあることは嘘だらけだから信じるなと教えていますし、元議員は反逆者。
支援者(=学会員)を裏切った極悪人という位置づけです。
なので、確かな事実であってもそのようなソースは信じないのです。残念ですが。

ただし、わずかでも覚醒しはじめている方に、矢野氏の書籍を読むように促すのは
有効だと思います。
講談社から出ている本ですし、まったくの大嘘が書かれているなら創価だって訴訟沙汰にし
出版差し止め&回収するはずです。
が、現在も普通に流通し、公立図書館にだっておいてあるところがあります。
そういった点も信じるに足りる材料です。
(しかしこれがバリ活となると「大手出版社は創価を陥れる強敵!」と考えます、厄介です)
選挙活動や財務に疑問をもっているなど、日常的に口にする人だったら、受け入れるキャパも
あるでしょう。

間違いを正すことが絶対いけないとは思わないですが、創価脳の信用信頼度は、外部よりも
断然内部の人間です。
外部である配偶者や恋人や義家族や友人が、創価や池田老人や教義のマイナスを突いてくるのは
単純に「難」としか考えません。 逆に、そうやって難(癖)をつけてくる相手を折伏してやろうと
躍起になるかもしれません。
全員がそうだとは言いませんが、高確率でそうなると思います。

正しいと信じ込んでいるものを否定されたら、あなた(外部の方)はどう思いますか?
たとえば尊敬する人物や親愛なる親兄弟を、身内でもなく・よくわかってもいない人物から
批判されたり・悪口(それがたとえ本当のことであっても)を言われたりしたとき。
腹の立たない人や気分を害さない人は、珍しいと思います。
創価脳の人にとっての学会組織・池田老人・教えというものは、親愛なる尊敬すべきものです。
だからそこに居続けるのです。
なかには懐疑的だけど仏罰が怖いから・周囲(学会員の家族や地域の人)の目を気にして
居続ける人もいます。現状はこのタイプが多くなっているんじゃないでしょうか。
だけど、奥底に親愛・尊敬の念が一切なければ、そんなところに居る必要を感じず、組織から距離を
おいてみたり自助努力をしているはずなのです。
それすらないということは、学会やもろもろに対する嫌悪はそれほどないということです。
その状況下で「まちがってる」なんて聞かされても、いい気はしないし、すんなり外部の人のいうことを
聞き入れると思えません。
だから「何も解らないなら口も出さないのが賢明」と記事に書きました。

私がまだマインドコントロール下にあったつい2-3年前、
未活動であっても・池田老人を師とも思わず・創価婦人部が嫌いであっても、創価や・創価に入信している
人物や・公明党に対しての悪評を耳にするのは、どこかイヤなものでした。
表に感情は出さずとも、故郷をばかにされたような気分になっていました。本当の話です。
前回までの記事で書いたとおり、私の主人や義家族はまったく創価に対してのマイナスイメージや
悪評などを私の耳に吹き込むことはなかったです。
誉めてもくれませんでしたが、貶しもしない。創価には一切触れない。ただ私という人間だけを見て
創価をなきものとして私とつきあってくれていました。 それはいまも同じです。
ここが大事なように私は思います。

創価の信心を持つ人との結婚を考えているとコメントを寄せて下さった方が数名いらっしゃり、
そのうち今回質問をくださった方の文章を読んでいて、気になったことがあります。
創価を意識しすぎです。
過去、個人的に嫌な思いをさせられたりしたんでしょうか。文面からは、解らなかったのですが。
そこ(創価)にこだわってしまうのは、相手を色眼鏡で見ていることと同じです。
はなから創価はないものとして、相手に関わってあげて欲しいと私は思います。
創価のダーティな部分を知っているからこそ、早く愛する人を救い出したい!と急く気持ちも解らなく
ないですが、創価にこだわりすぎると、あなたが先に消耗し疲れ切ってヨレヨレになります。
スルースキルを身につけたほうが賢明かと思います。

この問題は、数多くの覚醒したブロガーさんも仰っていることですが
創価脳自身が「自分で気づく」べき事なんです。
そばに居る「騙されて喜んでいる人」を見ていたら狂おしいと思います、そのことは理解できます。
手でも足でも出して、一日も早く間違いに気付かせたい、そんな思いもわかります。
だけれども、本人が自分の頭で考え・感覚として「これは間違っている」と気付かない限りは
どうしようもないんです。
繰り返しになりますが、大変厄介な事に、教義で「信仰者には難が襲う」と教え込まれています。
身近な愛する人の反対意見や態度でさえも、教義に照らして「日蓮大聖人の仰せのとおりだ」
「池田先生のおっしゃるとおりになった!」と、創価脳は思いこんでしまい、ますます信仰を深める
悪循環になっています。
だから下手にマイナスでネガティブな言葉を口にしないようにしてほしい、というのはそこなのです。
どれだけ外部が正論でたたみかけ、内部の本人が一瞬納得しようとも、今度は間髪いれずに
「仏罰」「罰論」が襲ってくるんです。
そのようなやりとりを繰り返すうち、あなたからの別離を考えるようになる場合もあるでしょう。

質問をくれた方の文章のなかに、有名芸能人・著名人の家族がマインドコントロールをとくため
果敢に取り組んだお話がありました。
そういった有名芸能人・著名人が、比較的早く(1-2年)で社会復帰している~云々と
あったのですが、彼女らは特別ですよ。考えてみてください。
一切の仕事を休んで・隔離され(入院だったり)・そのあいだ、誰かしらつきっきりだったわけです。
ごく普通の一般人に同じことが出来るでしょうか?
私が「結婚後はなるべく遠距離に引っ越すことが望ましい」と記事に書いたところ「仕事もあるのに
そんなに簡単に住まいを遠方に移せない」と意見を寄せてくれた人がいました。
そのとおりなんです。 一般人には難しい動かしづらい「現実」というものがあります。
一気に環境をがらっと変えてしまう事が出来ないからこそ、焦りは禁物だと思うし
「君は騙されてるんだよ!」なんて、言うだけ事がややこしくなります。
まだ周囲に創価の組織の人がいっぱい居る状態でそんなことを訴えたって無駄なんです。
理由はもう敢えていいません。わかりますよね?

創価脳の相手を遠隔し・学会活動を一切しないで規則正しい生活を送らせてあげ・創価の親や友人、
知り合いのない場所で「自分で考える」人付き合いをさせてゆく、そんな完全環境を外部のあなたが
創価脳の相手に用意してあげられるのであれば、創価の矛盾点やまちがいを訴えていくことについて
私は何も申し上げることはありません。

また、2世3世の場合は創価から離れること=実家の親との確執を生む・離別という問題が
出てきます。
創価をイヤになったところで、そんなに簡単に創価脳の親を思いきれるものではありません。
時間が必要だというのは、その問題もあります。
ゆっくりと自分の中で整理・おりあいをつけて行くこと・その後ろ盾として外部の身内
(配偶者や義家族)があたたかく、以前となにも態度を変えず自分を見守ってくれている事が安心感へ
繋がり、覚醒を確実なものにしてゆくことになると、私は思います。

外部の方のすごさって、「信仰が無くても立派に生き抜いて現在がある」 ことなんですよ。
それを創価脳に気付かせてやって欲しいのです。
ただ、残念なことに、創価脳は無意識のうちに「妙法をたもつ(おばかな)優越感」に立って
生きています。 信仰が無くても立派に生き抜いている外部のみなさん、そのすごさ偉大さを
見落としてるというか「わからない」んです。
なんせ、生まれ落ちた瞬間から(母親のおなかにいる時から)自分は信心を柱に生きてきた、
そう思いこんでいるからです。
信仰なんかなくても、心がけと努力と機転でちゃんと生きて行ってるよ、ってことを
ぜひ見せてあげて欲しい。 出来れば数多くの、そんな外部の方々と関わらせてあげて欲しい。
創価脳(2世3世4世)の、いわゆる「福子」の多くは世間知らずばかりです。
創価の世界が素晴らしい!とプロパガンダされて生きてきたので、外の世界の素晴らしい人が
見えなくなってます。 (そのかわりに外部の不幸な人探しが得意ですw)
外部の方が、創価脳にしてあげられることは特定の信仰にどっぷりつかった生活なんかしなくても
普通に生きられる。幸せである。キラキラしていられると、躍起にならなくていいから「普通に」
生活の中で・年月の中で、見せてあげることなのだと私は思います。
だから前回の記事で「創価はオールスルーでいい」と書いたのです。

自分がそうだったから言えるのですが、創価脳はかわいそうな人達です。
狭い箱庭で飼いならされ、外の世界にしあわせは無い、自分の心の中と・組織活動に徹して
生きるところに幸福があると教わる。
しかしその「心」を懐柔され、自分の自由になっていないのに気付かないままでいるのです。
幸福価値を叫ぶわりに、現実は追い付かず、現実を諦める言い訳を「来世」という見えないものに
賭け・預けています。
偉大なる師匠は雲隠れしていますが、元気で執筆活動に励んでいると信じています。
世界平和を提唱し、偉大なる師匠を筆頭に自分たちは使命を持ってそのことに取り組んでいると
誇りをもっていますが、世界の三大宗教ともいえるユダヤ・キリスト・イスラム教を「外道」と決めつけ
知ろうともせず、そこに潜む問題や国際事情を一切把握していません。 
お花畑の住人なのです。
そんなかわいそうな人達に、外の世界を教えてあげて欲しい。
その第一段階は、組織から離れること。組織の人間との接触回数を徐々に減らしていくこと。
落ち着いた静かな普通の環境に長く身を置くことなのです。

余談ですが私がどうにも解せないのは、公明党にも外務省出身議員が増えていますよね。
そのような人たちが、中国の実態や世界の宗教事情・常識を「知らない」わけがないと思うんです。
実際その国に赴任してた人もいますよね。
だのに、公明党で議員をしている・学会員でいられることが不思議でならないのです。
省庁に入れるくらいなのだから頭が悪いとは思えないし、矛盾しまくりの現実を目の当たりにし、
どういう了見なのか? 
内部から変えようとしている最中なのか・それとも・・?
機会があったらお聞きしたいものです。

話を元に戻しますが、創価はもう、組織としては(特に青年部)グダグダです。勢いもありません。
気を吐いているのは50代以降、いや60代以降高齢者でしょう。
結婚を考えている年代ということは、お相手は青年部に属する方々だと思います。
おそらくあと数年以内にXデーもやってくるでしょうし、次期会長人事で打ち出しがどう変化するか。
そのあたりで覚醒する人もぐっと増えると思います。
「おや?」と相手が思い始めたところで、助けてあげられるように、創価に関する知識は得ておいて
損は無いと思います。
矢野氏の書籍を差し出すタイミングも、注意深く見ていくことです。 
そして一番大事なことは、急な覚醒によって心身のバランスを崩してしまう方も多くいらっしゃいます。
そのときに、静かにお相手の支えとなって差し上げて欲しいということです。

最後になりましたが、できれば質問は今後「公開コメント」で頂けますようお願いします。

一日も早く、多くの人が覚醒する事を願っています。

さわらぬ神に祟りなし(3)

結婚を機に、バリ活女子部だった人が未活・非活に転じるというのはわりとよくある
パターンのようです。私もしかり。

白蓮の同期で本部長を務め、折伏成果もあるバリ活の子がいましたが、結婚と同時に
遠く離れたご主人の郷里へ移り住み、以来非活になっていました(ご主人は未入会)。
彼女は結婚が早く(20代半ばでした)私が30代で部長をしていた当時、新年ごん行会で
ばったり再会。 彼女は実家帰省ついでに家族と参加したようです。
久しぶり!と私が駆け寄ると、苦笑いで「会いたくなかった」と彼女からいわれてビックリ。
聞けば、いま全然活動してないから(活動家の昔の仲間に)合わせる顔が無いんだー、と。
そんなの気にしなくていいのにー!と言いましたが、内心「どうして?信じられない」と
思っていました。
彼女が非活に転じた直接の理由はわかりませんが、実家のある地域を遠く離れるというのは
組織と距離をおくひとつのポイントになると思います。
私の知っている元女子部員を見渡して、現在も婦人部でバリ活と言う人の大半が実家地域と
それほど離れていない場所に住んでいます。圏は違っても県は同じ、くらいの距離感。
学会2,3世にとっての実家の親とは、折伏(信心)の親でもあります。
いわば親が信心における監督官なので、なかなか未活に転じる事はできないと思います。
また、本人が若干組織や池田老人に不信感を抱こうとも、実家がすぐ近くにあることで親に愚痴を
こぼしたり・相談をすると「自分自身の信心が歪んでるからそうなるんだ」と直に注意されて
しまう。
一番の信心理解者からそう言われてしまったら「自分が弛んでいるだけなのか」と反省し、
覚醒の契機を失うのです。
私のいた地域では「結婚しても地元に住んで婦人部になり、地元組織に恩返しすべき」と
女子部に対して県婦人部長が指導していました。
また、男子部についても地元を離れるな、という指導がかなり徹底されているようです。
これもいま思えばなのですが「衆人環視手法」です。
単純に創価という組織が=地域社会になってしまうんですね。
創価の組織を抜けた後も、ご近所づきあいというものが残ってしまう。
普通に暮らす中で、会合に出なくとも道や商店でばったり顔を合わせる機会は絶対にある。
これは怖い事です。脱会したくても地域社会からはみ出すのが恐怖で出来ない、という事に
繋がります。
ローンを組んで家を購入していたら、簡単に転居なんて事も出来ないし。
プラス、親元に近いという事は親との衝突も避けられません。 
創価脳の親は創価内の世間体を気にするところがあります。我が子が退転したなどと、地域学会員に
ぜったい噂されたくないと考えます。
こうして、地元地域をでないことが親という監督官+ご近所の創価学会員という多重の「衆人環視」に
繋がり覚醒の機会を奪うのです。 
だから滅多なことでは覚醒しませんし、疑問や不満はあるにせよ「まわりの目もあるし・・」と
仮面活動家を続けてゆくことにもなります。
自分が覚醒してみて、客観的に見ることができるようになったから上記が解ったわけですが
本当に学会組織って、逃げられないようによくできてるわ~と、感心します。 
けして誉められたもんじゃないですけどね。

私が覚醒できた下地には、確実に「地元組織+実家からの遠隔」がありました。
もし、主人の転勤がなければ、私はおそらく実家からそう遠くない場所に住んだと思います。
婦人部の活動をやったかどうかは疑問ですが(私は師弟観がないので、婦人部の池田老人賛美活動に
いずれアレルギーを起こしたと思います・・)それでも確実に、脱会まで考えるような覚醒はせず
未活でのらくら、新聞購読、財務、選挙だけやってお茶を濁してたんじゃないかと。
それと、活動家の親子関係(親子ともども活動家の場合)を見ていると共依存のところが殆どです。
とにかく繋がりが密接で、連絡もまめにとりあうし、旦那の実家より自分の実家(男子部の場合は逆)
という状態。
そんな親子関係にあれば、創価に対して疑問を抱く隙なんてほぼほぼ無いと思います。
私は結婚前、自分はマザコンだと思っていました。なので、結婚で実家から遠く離れるだなんて
ありえないと考えていたのです。 だのに、転勤のある主人と結婚したのだから、人生なんて
わからないものです。
実家を離れる事に不安はありましたが、不思議と新婚当時、寂しさやもろもろから実家に「帰りたい」と
実行に移したことは一度もなかったのです。
これはよくもわるくも、父のお陰。 父存命中は、アンチ創価な父に会う事に対し気が重かった。
母には会いたいけど、父と顔を合わせるのがちょっと・・という思いが、実家に簡単に帰ろうと
しない一種抑止力になっていました。
結果、それでよかったのだと思います。ひんぱんに実家に帰ったり、母と密に連絡をとりあうような
状況があれば、私の覚醒は遅れたと思うからです。

創価の彼女と結婚を考えている方(彼でもいいですが)にお勧めしたいのは、とにかく実家から
遠く離れた場所で新生活をスタートさせることです。
日本全国どこにでも学会員はいますので、組織の人間から逃れることは不可能ですが、親という
「監督官」から逃れる・これだけでも随分と2、3世にとっては違うはずです。

私は結婚後、暫く家の片付けや諸々あって専業主婦でした。
1ヶ月ほどで家の中も整い、暇になったとき「学会活動がしたい」と思っていました。
だけどまだ統鑑がまわっておらず、地域の学会員は家に来ませんでした。
結婚前までの私は女子部活動家で、趣味と言えば買い物と食べ歩きと旅行の「消費行動」だけでした。
何かを作るとか・スポーツという趣味は無く、家でするといえばインターネットくらい。
ゲームはしないし(興味がありません)読書好きですが日常的なので、趣味というものでもなく。
週末は主人と新しい街を探検して楽しんでいましたが、友人もおらず、平日一人でうろうろするほどの
行動力もなくて、本当に時間を持てあましていました。
女子部時代が忙しすぎて、急に時間をたっぷり与えられてもどう使ったらいいか解らなかったというか。
当時の私は、スケジュール帳が予定でびっしり書き込まれている状態に喜びを感じるタイプでした。
そんな人間が突然暇になったら、気分も滅入ります。
このまま一生、洗濯掃除をし主人の夕飯を用意して帰りを待つ生活なのか?と暗い気持になったりも
しました。 
私が家庭的なタイプでは無かったためです。 (それは母の影響が大だと思います・・)
主人が「働いてみれば?」と言ってくれた事は、本当に救いでした。
結果的にこれで創価の婦人部でいう「ワーク」になれた上、職場で同世代の転勤族の妻である同僚
(今も友人です)を得た事で、私の新生活は活気のあるものになりました。
ただ、すぐにその生活を「楽しい」と思えたわけでもなかったのです。
本当にこれでいいんだろうか?という気持ちがあって「これが本当に自分の望んだ生活なのか?」
と常に自問していました。
それは理想の家庭像やライフスタイルを私がもっていなかったことに起因します。
実家は円満ではなかったので。また、母は生活全般におけるセンスも皆無で、父の方がまだ
長けていた気がします。
一番のお手本となるべきはずの実家が、そのような状態だったので、いつもどうしていいかわからず
(主人に話した事はなかったものの)こんな生活でいいのだろうか?と困惑していました。
主人の実家が、わりときっちりしているので比べられたらどうしようという気持ちもあったと思います。
そこを解決してくれたのが、職場の友人だったのです。
彼女は仕事の傍ら、お料理や家事もとても頑張っていて、いつもおしゃれなお弁当を持って職場に
きていました。旦那さんのお弁当の残りを詰めただけというけど、旦那さんはどれほど幸せだろうかと
感心したものです。
そんなときに、私が「今の生活に大きな不満があるわけじゃないけど、満足でもない。どうしていいか
よくわからない」と彼女に話した時、自分の育った家庭がしょっぱかった・・とこぼしてしまいました。
すると彼女が「決まった理想のかたちが無いって事は、自分の好きなようにできるってことだから、
他人(の家庭生活)を見ていいなと思う事をどんどん取り入れてみたら?私もそうしてるよ」と
アドバイスしてくれたのです。
目からウロコでした。 そっか、真似すればいいのか!と。
ファッションや髪形を真似る・参考にするという事は独身時代常でしたが
「ライフスタイルを真似る・参考にする」これは、創価脳で活動家の場合には、ほぼ気がつかない事なのです。
そのくらい、日常生活が学会活動に毒されているといっても過言ではありません。
間髪いれず婦人部の活動に参加していたら「これが自分の望んだ生活なのか?」こんな疑問も
でてこなかったと思います。
会合に行くことが日課となり「家事はその合間に(実家の母がしていたように)ちゃっちゃとすませるもの」
程度で終わったでしょう。
職場の彼女をお手本に、家事や道具に拘り始めると、暮らしがどんどん楽しくなっていきました。
私にとっては、今まで経験したことのない種類の面白さでした。
そして主人が全くその事に異を唱えず、自由にやらせてくれたのも良かったと思います。
家の中の事にとどまらず、職場の友人と海外旅行にも行かせてもらえたし、習い事を始めるにしても
なんでも寛容に「いいよ、してみれば」と受け止めてくれました。
ここでもし主人が「仕事なんて行かなくていい」と専業主婦になることを私に求めたり、
あれもだめ・これもだめと、縛り付けるような事があったり、買い物に苦言を呈されたり、
夫婦仲が悪くケンカ続きだとか、経済苦などの解りやすい生活上の諸問題があれば
私は辛くなって「宿命転換しよう!」と、婦人部の活動にのめり込んだかもしれません。
そういったこともなく、平平凡凡でも静かで落ち着いた暮らしが長く続いた事が、覚醒へと繋がりました。
主人は見知らぬ土地に来て孤独な私に、心身の負担をかけまいとしてくれたのだと察します。
また、仕事をやめて子育ての生活に入ってからも、基本私の好きなようにさせてくれています。
義両親のサポートも、以前の記事に書いたとおり行きとどいており
(たまに「そこまでしてくれなくても」と思わなくもないですがw)有り難いことだと感謝しています。

そして、信心や創価について、一切主人から質問・おたずねがなかったことも良かったと思います。
たとえば活動に行ってるのか?とか、最近先生は元気か?生きてるのか?とか、
そう言った事をこれまで、まーったく聞かれた事がなかったです。
私も主人にそのような話を積極的にしなかったし、こちらの婦人部が好きになれない・・という事も
未だに話していません。 
聞いて面白い話でもないだろうから、する必要ないという判断で。
最近主人に「どうしてなにも創価に関する事を聞いて来なかったのか?」と質問したところ
「別に。興味無いから」となんともシンプルな回答でビックリしましたw

これはあくまでも私の性格上の問題ですが、私は過干渉を嫌います。
主人もそのことはよくわかっていて、だから様々な事にいちいち意見をつけるような事もせず
私の興味が創価から別のことに向かっていくさまを、近く遠く見守ってくれていたのだと思います。

創価の信仰を持つ人との結婚を考える方に、相手の性格・性質をよく見極めてください。
マインドコントロールされているとはいえ、性格・性質は人それぞれです。
働きものなのかそうでないのか・さびしがり屋かそうでもないのか・アウトドア派かインドア派か。
いろいろあると思います。
相手の性質や好みを見極めたうえで、相手が「この生活が楽しい」と思えるように、導いてあげて欲しい。
「バリ活」とはひとつのライフスタイルで、これを崩すという事はバリ活にとっての死活問題です。
なんせ「幸福の直道」「師弟の道」だと思い込まされているので、楽しかろうが楽しくなかろうが
学会活動が生活の目的となっている面が大きいのです。
けど、世の中にはそんなことよりもっと有意義で楽しい事がある、それを時間をかけてゆっくりと
安心感の中で解らせてあげることが一番だと私は思うのです。

「安心感」これも重要です。
創価の活動に必死になっている・活動はそれほどでなくとも、信仰心が厚い人というのは、実は
不安でたまらないのです。
不安からくる焦燥感にかられているから、学会活動に走り続けるしかない。
私もそのような面が実際にありましたし、
「辞めたら不幸になる(と思いこんでる)から今更辞められない」って声を実際に現役活動家から
聞いたこともあります。
一番身近となる配偶者が「大丈夫だよ」と、言葉ではなく環境と態度で伝え続けて行く。
何も、肩に力を入れることはないのです。
ただ常に、「創価が無くてもあなたは愛される、あなたは大丈夫」という事を無言で伝えて行くことだと
私は思うのです。 言葉に出すのも、もちろんありです。
ただ、バリバリ創価脳の人にそんな言葉をいうと警戒心をもたれるから、無言で伝えて行くことの方が
いいんじゃないかと思う次第です。
「創価が無くても」というのは、ネガティブに受け取られてしまいますからねw
でも、覚醒がとけたときにこの「創価が無くても愛される・大丈夫」ということが、どれほど覚醒者の
救いとなるか。 それは計り知れないものがあります。
私の場合は、義母さんの言葉が刺さりました(前回書きました)。それが直接の覚醒に繋がったわけじゃ
なかったけれども、今になって「創価無しの私でも受け止めてくれた」と感謝に堪えません。
その言葉に涙がこぼれるほどの感激と喜びをおぼえたときこそ、本当の覚醒の時なのだと思います。

一般的にマインドコントロールを解くために、
「隔離」と「規則正しい生活」と「自分で考え(させ)る」
この3つの方法が使われていると、覚醒後にネットで見て知りました。
私の場合、知らずのうちにこの3つを結婚後の新生活で実践していたのだと気が付きました。
信心の監督官である母親や・活動家の友人たちと遠隔され、OLと主婦という2足のわらじで
規則正しい生活となり(その後、出産を経て子育て生活へ)、外部との人付き合いのウエートが
高まる中で、創価の組織から離れ・創価であることを隠した状態での人付き合いをしていく。
活動家時代を振り返れば、外部との付き合いには常に「折伏・仏法対話」が念頭にありました。
どこかで隙を見て仏法対話にもちこまねばと、思ってる時点で、自分の頭で考えた人付き合いには
なっていなかったと思います。
そういった下心をとっぱらった外部との人付き合いというものは、本当に考えないと出来ないことでした。
創価臭が出ないようにしゃべろうとするのも、ひとつの訓練だったのです、私にとっては。
だんだんそれが普通になっていくので「自分の頭で考える」事が出来るようになっていったと
思います。
そしてこちらで、創価を抜きにした一般社会人としての密な人間関係を構築できたのも
良かったと思っています。結局、創価を抜け出せない原因のひとつは、人間関係でもあると思うから。
創価の人間関係なんて実際は希薄なんですが、殆ど毎週のように顔をあわせていると、密になったように
錯覚してしまいます。「創価家族」という言葉もあるように、なんとなく深い人間関係みたいに
思いこんでしまうのです。
しかし、それは創価を離れた時に薄っぺらな関係だったと解るのです。
こちらがそんな気なくても、創価のなかの人間は退転者を蔑む。そして急激によそよそしくなります。
そんな人間関係、こっちから願い下げ。そう思えるだけの外部との人間関係を作り上げることも
大事かもしれません。

また、私が「これが自分の望んだ生活なのか?」という疑問を抱いたのも、自分の頭で考え始めた
第一歩だったと言えると思います。
それまで実家に居て、母という監督官のもと学会活動をすることが「当然」だった。それは自分の頭で
考えてやっていたことだと、当時は思いこんでいたけど実は違いました。
親からの「活動しないと足元をすくわれる」という刷り込みにより、「やらなきゃ」と行動に繋がって
いたのです。

覚醒までの期間が長期戦か短期戦かは、人それぞれ。わかりません。
私で8年かかりました。
そして主人に脱会意志を伝えた時、主人は何と答えたか 「ふーん」 それだけです。
一切、まったく態度を変えないのです。これまた私にとっては大きな安堵材料でしたし、感謝しても
しきれないほどです。
義両親にはまだ脱会するとはつたえてませんが、一切の活動をやめた事は今年の夏に話しました。
義両親は少し驚いていたものの「へぇ、そうなの」程度でした。
ごく普通なのです。騒ぎ立てたりしません。質問攻めにもあいませんでした。
けど私にはこの静かな対応がとてもありがたいです。

さわらぬ神に祟りなしとは、決して無関心をきめこむという意味ではありません。
「創価」にさわらないようにして、マインドコントロールに罹っているその人自身をみつめてあげて下さい。
その人自身を愛し、見守って、受け止めて上げて下さい。
創価はオールスルーでかまわないのです。
創価の枠なんてとっぱらった彼女や彼を、見染めることができた・好きになった外部の方になら、
きっと出来ることだと思います。

Category: 覚醒の伏線

さわらぬ神に祟りなし(2)

前回「入会してくれなきゃ結婚しない」という横暴な創価脳との結婚は諦めた方が身のため、と
書いた事に対し「それは言いすぎではないか」と非公開コメントを頂戴しました。
根拠なく書いた訳じゃなく、身近な創価脳の女子部に上記理由で(自らの意志で)破談にした人が
数人おります。
彼女らは振り幅がなく、四角四面で融通がきかないのです。それは信心だけではなく、日常生活に
おいてもそんな傾向が見受けられます。
だから縁を逃してしまった(現在進行形)と私は見ています。
こと恋愛関係において、外部の相手に信心や入会を迫る創価脳の基本は「傲慢」です。
本人は「慈悲の行動」と思っていますが、実際傲慢以外の何ものでもありません。
これは私の経験上から言えることです。

結婚を引き換えに入会を迫る様な人は、入会したら次は「活動して欲しい」と要求します。
ごん行や唱題は勿論の事、会合参加や聖教新聞を読む事、その他もろもろ。要求は際限ないでしょう。
”信仰に生きることこそ我が喜び”なので。
配偶者にもそれを望んでいるからこそ「入会してくれなきゃ結婚しない」という言葉が出るのです。
また、活動を強要しない場合は「亭主元気で留守がいい」を地でやられると思います。
昼夜活動にかけずりまわる専業主婦の創価脳妻。
家事がおろそかでも・生活を切り詰め創価に財務や多部数新聞購読etcで主人の稼ぎを貢いで
しまっても・黙っていてくれるなら主人は未活でも一向に構わないという人も多くいます。
これは学園卒の女子部から聞いた話ですが、学園生向けの池田老人の結婚指導に
「結婚相手を選ぶ条件の第一は経済力」という言葉があるんだそうです。
人柄よりも性格よりも「経済力」w わかりやすいです。 
婦人部は何が何でも専業で組織に尽くし、高収入な主人の稼ぎはソックリ創価に貢ぐべしって
感じでしょうか。
私の親戚がこの「亭主元気で留守がいい」を地で行く元女子部でしたが、御主人の浮気が原因で
離婚しました。
身内は総攻撃とばかり御主人(かたちだけの入会でした)を批判しており、その件を聞いた
当時の私は創価脳だったので
「幸せになるために信心(学会活動)してるのに、どうしてそうなるのかなー?」と
不思議でなりませんでしたが、覚醒した今は「さもありなん」と御主人の気持ちを察します。

そういえばこんなことも。
女子部時代の友人で、外部の彼を折伏しようと頑張っていた子がおり、時折悩みの相談に
のっていました。
彼女は「どうして私の大好きな物(創価や信心や池田老人)を彼がわかってくれないのか?
彼に先生や学会を好きになってもらえないから悲しい」と涙ながらに言うのです。
私は、この考えに全く賛同できませんでした。
”音楽の趣味や食べ物ならまだしも、宗教は違うだろ”と内心突っ込んでいました。
いくら相手の事が好きでも、絶対に受け入れられない事もあるはず。それは宗教に限らず。
人それぞれ好き嫌いや違いがあって当然だし、そんな部分も互いに認識しつつ、和を保って行く。
それが「人付き合い」というものだと現在の私は思います。
自分の好きな物を、相手にも同じように好きになって欲しい。これも傲慢じゃないかと思います。
ちなみに件の彼女は彼を折伏しきれずに別れ、のちに男子部と結婚しました。
内部同志だと利害が一致するので、楽なのだと思います。
二人は現在もバリ活夫妻として上手くいっています。

話を私の未覚醒期間のことに戻します。

結婚後、初の年越し~お正月は主人の実家で過ごしました。
紅白歌合戦を見終えると、義父さんがいそいそ支度を始め「行ってくる」と家族に声をかけました。
義母さんは「いってらっしゃい」と見送り、当時未婚だった主人のきょうだいが「自分も行くから
待って」と上着を取りに行き、義父さんと出て行きました。
私が「え?」という顔をしていると義母さんが「おとうさんは毎年この時間にOO様(神社)へ行くの」と。
深夜に1か所目・元旦の昼に2か所目・3が日のうちに少し離れた3か所目の神社と3度初詣をするのです。
私は「すごいですね」と言うだけでした。
自分も一緒に行きます!とは絶対に言えませんでしたし、行く気も無かったです。 
翌日(元旦)の午後に、既婚の義きょうだいが義実家にやってきました。手には破魔矢が。
義きょうだい夫妻は必ず、氏神様への初詣を済ませてから義実家に挨拶に来る事が解りました。
のちに未婚のきょうだいも結婚し家庭をもちましたが、やはり必ず初詣を済ませてから義実家へ来ます。
主人だけが、私の手前それをせずに義実家へ上がるという風で、そんなことが8年間続いていました。
また、私は義実家の仏壇には便宜上、手を合わせていましたが(御先祖様への挨拶として)、
神棚に拝礼をしたことは一回もなかったのです(拝礼方法も知りませんでした)。
主人のきょうだいの配偶者は、どちらにも必ず手を合わせます。
私だけがしていませんでした。が、昨年のお正月までそのことをなんとも思っていませんでした。
理由は「義両親に私の信仰(創価であること)を認めてもらっているから」。
大きな顔してればいいって、思っていました。
義両親も内心どう考えていたのかは全く不明ですが、そんな私に対して、本当に一回も・なにも
言いませんでした。
通常、嫁入りしたのなら嫁ぎ先の仏壇、神棚にごあいさつくらいはして当然です。
かたちだけでもやっておけばよかったのに、私は頑なに神棚を拒んでいたわけです。
理由は勿論、創価で神道は「外道」とされているからです。
昨年覚醒し、義両親に対して申し訳なかったと思ったのと・我が子にきちんと一般人としての作法を
知っておいてほしいと強く思い、私から義両親に「(初詣)一緒に連れてってください」と
今年のお正月にお願いしました。
一度も行った事が無いので、恥ずかしながらお作法(拝礼方法)も知りません。教えてくださいと。
義両親はたいそう驚いてましたが、元旦の朝一で氏神様に連れて行ってくれました。
丁寧に作法も教えてくれ、私は40年以上も創価の非常識+母の教えに縛られて、一般常識としての
神社参詣ができなかったことを恥じる思いでした。
母親が非常識であることほど、子供にとっての不幸は無いと思います。
母親の非常識や無知のせいで、子供が一般世間・社会に出た時に恥をかくことがあるからです。
(もっとも私は、覚醒するまで創価の常識を押し通す事を「恥」とも思わない厚顔ぶりでしたが・・)
覚醒して本当に良かったとこの時、思いました。

そして初詣後、義両親は私に「どういう風のふきまわし?」的な事は一切質問してきませんでした。
「皆でお参りが出来てよかった、いい一年になるね」と言っただけです。
結婚して8年間、一度も初詣に行こうとしなかった私です。急に連れて行って下さいだなんて、
怪しいと思われて当然だと思うのですが、本当になーんにも聞かれませんでした。
(主人には年末に脱会意志を伝えてありましたが、義両親にはまだ何も話していませんでした)

話が前後しますが、覚醒の伏線となった義母さんとのやりとりがあります。
4年前、父の葬儀のあと、2週間ほど子供(長子)を義実家に預かってもらっていました。
自宅に帰る事になり、子供を迎えに行ったさい義母さんが昼食を作って待っていてくれたので
ごちそうになり色々と話をしました。
葬儀できょうだいや父方のおばと喧嘩になったことは黙っていたのですが、義母さんから
「お兄さん(私の兄)、すぐ帰っていかれたのね。お仕事が忙しいの?」と尋ねられ
心の弱っていた私は思わず、実は葬儀方式でもめたんですよ・・と話してしまいました。
義母さんは「そうだったの?」と驚いていましたが、私の愚痴めいた話をえんえん聞いてくれました。
そのとき私が、兄嫁の悪口を言ったのです。
兄があんな風に、実家の母に対して冷酷になったのは嫁さんのせいだと。
これは母のウケウリだったのですが(私は兄嫁さんと、殆どしゃべった事ありません)悪く言いました。
そのとき義母さんは「お互いに誤解があるんじゃないのかしら」と、冷静に感想を述べ。
私は、兄嫁を恨んでいる。兄をあんな風にしてしまったのは兄嫁だから一生許せないとも言いました。
義母さんは静かに聞きながら
「そこまで(悪く)思う必要はない。血の繋がったきょうだいとはいえ家族を持った瞬間に他人になる。
 それはお互いさまなんだから、お兄さんにとってはお嫁さんが一番大事な人になったのよ。
 みんな同じなんじゃない?そうやって家族になっていくんでしょう」と諭しました。
私は内心”そんなもんじゃない!兄嫁が最初(婚約当時)に創価を拒絶したから、兄はそれに同調せざるを
得ないんだ”と反論していましたが、勿論義母さんにそんな事はひとことも言いません。
「そういうものなんですかねー?」と答えました。
その後、子供を長期間預かってもらえて本当に助かった、私の母も義実家には足を向けて寝られないと
感謝しています、ありがとうございましたと御礼を伝えました。
義母さんは「そんなの全然きにしないで、当然のことをしたまでよ」と言いました。
その後も私は、「こんなに良くしていただいて、母も私も恐縮している」と重ねて感謝の気持ちを
伝え(たつもりでい)ました。
すると、義母さんの表情が変わり、ちょっと怒った風に
「なにを恐縮する必要があるの?こちらは当たり前のことをしただけなのよ。
 あなたがうちの家族だから(実家のケアのため孫を預かるのは)当然じゃないの。
 それに、家族というだけじゃない。祥蘭ちゃんだから、こっちもやってあげたいって思うのよ。
 他の子にだったら、ここまでしないわよ」と、涙ぐんでいました。
私はこのとき、ハンマーで頭を叩かれるような衝撃を受けました。
義両親がどれほど、息子の嫁になった私という人間を「個」として見つめ・認め・尊重してくれて
きたのか初めてわかったような気がしたのです。
そして反面、自分の義家族への思いや対応に「血」が通っていなかった事をまざまざと解らされたような
気持でした。
この時はわからなかったけれど、今となってはこのときの衝撃の理由がハッキリわかります。
創価脳だった私は、創価の仲間以外の人間を軽んじて生きてきたのです。
創価の仲間である身内に対してはシンパシーを感じ、大事に思っていた。
この当時、私は未活動ではありましたが創価のマインドコントロール下にあり、深い部分で敵か味方かを
信仰によってわけていたのです。
実家の母はその意味において、最大の味方。 夫は次に味方。
それ以外の外部の人達は「敵では無いけど味方でも無い」という捉え方だったのです。
そんな大勢の外部の皆さんに対しては、私はただイイ子にみられたいだけで、相応の振る舞いを
していた。
「血」が通っていないというのは、振る舞いの部分で。 血を「心」と言い換えてもいいかもしれません。
相手を軽んじているだけに、自分も相手から軽んじられているだろう・・との深層心理。

「信仰のない私は愛されない」という意識も強くあったと思います。
大きくは実家の母に対してですが、私の核となる部分に常に御本尊様や信仰があっただけに、
まるでそれを付加価値のように思っていた。
自分というものがあるようで、無かった。名ばかりの信仰というものに本当の自分が覆い隠されていた。
夫に「かたちだけでいいから」と入会を迫った事も、ここに本当の因がある気がします。
私という人間を好きだというのなら、信仰もひっくるめて認めて欲しい。
その「認める」が、言葉だけでは信用できなくて、入会というかたちで主人の気持ちを見たいと
思った。 
当時はそんなところまで考えなかったけれど(外部を折伏して結婚することで組織に対する面子を
保ちたかっただけでしたが)、覚醒した今は、そんな風に自己分析します。
当時、結婚はすでに決定しており(両家顔合わせ・結納も済み、式の1か月前でした)
主人が入会に対し折れないことだって十分予測ができました。
にもかかわらずダメ押しのように入会を迫ったのは、絶対断られないと言う自信もあったのではないか?
と思うのです。
そのような心境面を一切覚えてないんですが、それ(入会を迫る)で破談になってもいいと
思っていなかった事は確かです。
また、入会したとしても、主人に壮年部で活動して欲しいとの思いも一切なかった。
入会は迫ったけど、その後の信心をごり押しするつもりは無かったのです。
学会2,3世であっても全くやろうと思わない人間だっているのに(兄や姉のことですが)
ましてや、無理くり入会させられた人が学会活動なんて出来るわけないことは重々承知でした。

自分というものを考えたり周囲に接する時、必ず創価というフィルターを通したものになる。
出方は人それぞれでしょうが、これはマインドコントロール下にある多くの方の特徴とも
いえるのではないでしょうか。
ダイレクトに「自分」というものを出せないのです。創価あっての自分なのです。
創価囚われの身とでもいうか、創価があるから自分の存在がある、無意識のうちにそのような
基盤が出来あがっていたのだと思います。

そこへ義母さんがガツンと「心」をぶつけてきてくれた事で、私は驚いたのです。
普段なら信仰というシールドで自分をガードし適当に対処してきたところ、そのときだけは
ガードができなかった。 信仰というシールドを突き抜けて「わたし」に直に響いてきた
義母さんの心からの言葉でした。

これが直接覚醒へ繋がったわけではありませんでしたが、このやりとりを境に
「信心がなくても、創価の信仰が無くても、真に素晴らしい人がいる」ことをハッキリと認識し、
それについて深く考えるようになりました。
この出来事以前は、そういった信仰無くして素晴らしい人のことは「声聞・縁覚・菩薩に生命が
近い人なんだなぁ」という認識。
すばらしいけど、信心してないから仏界には行けまいと「見下して」いたんです、無意識に。
だけど、そういうものではないと思い始めました。
普段むちゃくちゃなのにお題目を上げた時だけ仏界トリップできるなんて自慢出来た物では無い。
たとえ仏界にいけなくても(あくまでも創価の教義上の話です)、普段から高い精神性をもっている
人の方が、いくらか素晴らしいじゃないかと考えるようになったのです。

そして実家の母と、義母さんを比べるようになりました。
信心していても、子供は離れて行く一方。信心の有無で子(やその家族)への対応を変えるうちの母。
信心してなくても、子供はいつもお母さんが大好き・実家大好きと自然と集まり、誰もが頼りにしており、
子供の配偶者をも我が子のように慈しむ義母さん。
この差っていったい、なんなのだろう?

私も2児の母だけれど、どっちの母になりたいか・理想かといえば、信心や御本尊様がなくても
素敵で素晴らしい義母さんみたいになりたい・・そう考えるようになりました。

(3)に続きます。
Category: 覚醒の伏線

さわらぬ神に祟りなし(1)

いつも拙ブログをご覧いただき、ありがとうございます。
また数多くのコメントありがとうございます。

貴重な体験談、ご意見、感想を読ませていただき、ブログをたちあげて良かったと思います。
私の初期衝動「仏罰や罰論を恐れている人達に、大丈夫だよと伝えたい」
たった一人でも、私と同じ怖れを持った人の気持ちを楽にできるならと、書き始めました。
そう思ったきっかけは、なんといっても自分が驚くほど仏罰にがんじがらめに縛られていたからです。
創価や池田老人に対するマイナスが感情・矛盾する教義をブログに綴ろうとした時の
尋常でない指の震えと、手の先に血の気が通わず冷たくなって、頭のなかが真っ白になるあの感覚は、
これまで40年以上生きて来て、初めての経験でした。
頭では「私は覚醒した!もう絶対、社会悪の創価学会などと関わらない!」
などと息巻いていたにも関わらずです。
心と体がバラバラというか、相反する状況に在ったと言う事は、深層心理の呪縛・恐怖感が
ダイレクトに身体に出たという事だったと自分なりに理解しています。

バリ活であればあるほど、自己否定は辛いことだと解ります。
しかも、そのこと(学会活動と呼ばれるすべての行動)を「極善」だと思い込んで(思い込まされて)
やっている。
会員の間で創価は”世界一の極善団体”ということになっています。
二世、三世ともなれば生まれた時から親にそう言い聞かされて育つため、親に従順な人ならば
まず疑う事はありません。
一般外部の方々からは、信じられないかもしれませんが現実なのです。

そんなバリ活と結婚を考えている外部の方は、たいへん悩まれることでしょう。
世間一般常識が通じない相手と、その親家族への対応。
学会員が100人いれば、100通りのパターンがあって、全員が同じ思いで組織に居る訳ではありません。
唯一つ共通項は、全員が創価の信仰を「悪」だと思ってはいないということです。
「悪」だと思っていない。いいことをしている、という意識のもとなので、それをやめろと言われたり
社会悪だといくら周囲から言われても、信じませんし、殻にこもりますし、反撃もします。
というか、反対されたり否定的意見をぶつけられるほどに「この信心は正しい!」と確信を深め
ますます頑なになって行きます。
わけがわからないと、一般の方々は思うでしょうが、これは教義によるものです。
創価では日蓮大聖人の教義を組織の都合いいように会員に教えています。
「この信心には難がある。正しいからこそ難が起きる」と、日蓮大聖人ご在世の法難(と呼ばれる事件)を
もちだして教えます。
あたかも宗祖と同じ目に自分は遭っている、反対や批判に遭遇する事=仏になるチャンス!くらいに
捉えさせるのです。 ありえないでしょう?しかし本当の話です。

タイトル「さわらぬ神にたたりなし」とは、私に対する外部(主人や義両親、義家族)の態度をひとことで
あらわしたものです。
以下、私が結婚~覚醒に至るまで約8年間の周囲の対応について記します。
尚、以前の記事に書いたこととだぶる内容も出てきます。
また、私の結論はそれほど外れていると思いませんが、すべての創価脳に当てはまるとも言い切れません。
ひとつの参考として軽い気持ちで読んでいただければ幸いです(外部の方へ)。

@@@

主人の実家は浄土宗ですが神棚もあります。
義父さんが神社好きで、全国の有名な神社に行くのが趣味。 
近県の主要神社も時折訪れているようですし、初詣は必ず決まった神社へ3か所行ってます。
それが義父さんの「信仰」なのだと思います。
義母さんも義父さんの神社巡りに付き合っています。日本古来の氏神信仰が普通に生活に
溶け込んでいる、実に日本人らしい宗教観をもつ家庭です。
そんな家庭で育った主人に、さほど信仰心は無いと思います。お寺や神社が好きなわけでもないし、
義両親が買って来る車のお守りを車内にぶらさげて居る、その程度。
交際当時の話ですが、私は主人の車に乗るのがイヤでしたw お守りがあるから。
創価ではお守りは邪宗の金儲けグッズ、忌み嫌うものでした。
それをどうしようが主人の勝手なのに、私は言いました「そんなの(お守り)意味無いよ」と。
そんなお守りで交通安全できるなら誰も事故に遭わないよ、くらいの事を言ったのです。
主人は「え?」って感じでしたが「でも両親が買って来てくれたものだから大事にしてるんだ」と
答えました。
主人にとったら、お守りの効能を信じて車内に吊るしているわけではない。あくまでも両親の
「安全を願う心」を受け取ったから車内に置くんだ、という解釈です。
↑これは今だからそう理解できます。マインドコントロール下にある当時はこんなこと思いませんでした。
それ以上言えば喧嘩になることは解っていたし、主人が両親を大事にしている事も知っていたので
内心「お守りなんか飾らないでよ」と思いながらも、黙っていました。

主人は私の学会活動や信仰に関しては「全然かまわない」と交際当時から容認派でした。
私は部長をしていたので、平日はほとんど会合で潰れ、土曜や日曜も午前か午後に会合が
入る状況でしたが、もういい年齢(30代半ば)だったこともあり、週1回会えたらいいのでは?
という感じで、束縛は一切なかったです。
主人は多趣味で、趣味繋がりの友人も多く、自分も束縛されたくなかったのだと思いますw
そんなわけで活動が忙しすぎ、会えないことで疑われたり・嫉妬されるなどは一切なかったです。
それも私にはありがたかった。
同じく女子部で外部の彼と交際している人がこぼしていたのが「そんなに会合があるなんておかしい」
「浮気しているんじゃないのか?組織にも男(男子部)がいるんだろう?」という不理解から来る
嫉妬で、喧嘩になるという話。
年齢が若くても・おっさんの域でも(すいません)そういった嫉妬心をもつ男性がいるようです。
健気に・自他共の幸福を願い活動している女子部員からすれば、このような疑いを向けられることは
耐えられないと思います。喧嘩になって当然です。
本当に、外部の方には想像できないと思いますが、活動家は忙しいのです(最近は変わったかも
しれませんが)。 わけのわからない会合がいっぱいありますw 
出陣式だの決起集会だの、なんだかんだと。法戦前と折伏戦の時は特に忙しい。
本部幹部以上になれば数のすり合わせ等のミーティングも合間に入るので休日がまるまる潰れる事も
珍しくなく、夜の会合で会った幹部の友人が「今日、朝9時に会館にきて此の時間(20時過ぎ)まで
ずっといるんだ~」なんていうほどで。
しかしそれを決して「嫌だ」と思ってやってない。
多少シンドイと思いながらも「福運を積むため」「広宣流布のため」酷い場合は「師匠のため」と
思ってやっています。
外部の方には到底理解が出来ない事でしょうが、わからないなら口も出さないのが賢明です。
私は静観してくれる主人を「最大の理解者」だと有り難く思っていました。

いまだから解るのですが、マインドコントロール下にある時の心理状態は
外部に対し「敵か味方か」で相手を判断するところがおおいにあります。
たとえ恋人であっても家族でも、創価をあからさまに否定してくる人間は信仰の「敵」です。
創価が世間一般から良い印象をもたれていないことも、2世3世は理解している。
だからこそ、頭ごなしに否定しない・容認してくれる相手の事は「理解者」と感じ、安心する。
別に入会なんてしなくていいのです。「君がやってること(信心)はいいことだと思う」と言うだけ。
ここでまちがっても創価(団体)や池田老人を賛美してはいけません。そんな事すると誤解されます。
入会してくれと躍起になります。
あくまでも、「信仰を持っている君」を自分は認める。 それだけでいいんです。
しかし決して、創価や池田老人を貶してもいけません。全く誉めなくていいんですが、貶さないことも
大事です。
創価や池田老人には無関心←これは言葉に出して言う必要はありません、あくまでスタンスです。
「君の頑張ってる事だったら応援してるよ、がんばって」と。
あくまでも本人を認めている、ということを伝える。これだけで本当に安心するものです。
バリ活創価脳だった私ですが、組織に対して冷静な主人だったから、結婚に対する迷いもほとんど
ありませんでした。

交際中、主人を折伏しようと対話を試みるも「いいことだとは解るが入会はしたくない。必要ない」と
断られ続けていました。
結婚に際しても、信心をやめてほしいというような言葉は一切ありませんでした。仏壇や御本尊様を家に
入れないでくれ、というようなことも言われず。
私の両親は、父がアンチで母が創価脳でした。 きょうだいが2人おりますが(兄と姉)、
2人の結婚の際に母は「御本尊様をお受けすべき」と迫りました。
ただ、2人はアンチで学会員の自覚もなく、活動に参加した事もまったくなかったのです。
そんなアンチな子供(とその婚約者)に、母がなぜ信仰をごり押ししたのかといえば、
(これは今だから私もわかるのですが)母という創価脳な人物にとっての子供を思う最高の愛情が
「信仰を持たせること」だからなのです。
結婚生活は楽しい事ばかりでは無い。晴れの日も雨の日も嵐の日もある。
そんな艱難辛苦の長い年月を乗り越えるためにも「信仰」を支えにして欲しい。
我が子が人生の新しい局面を迎えるにあたって、一般の親御さんがお守りを我が子に持たせるがごとく
創価の親は、その子供がアンチであろうとも御本尊様をもたせたがるのです。
外部の結婚相手を入会させたがるのも、そこに理由があると思います。
親もマインドコントロール下にあるわけなので、創価の信仰こそ「幸せの直道」という思考です。
それが全くもって的外れな事であっても、創価脳の親的には本気なのです。

私は活動家だったので、母はその時点で心配していなかったのか(主人が信心容認派だった事もあり)
主人を絶対折伏しなさいとは言いませんでした。
また、主人が理解者だということも解っていたので結婚も反対されず。
おまけに、私の父が「相手の親が創価の信心を理解しているのか、了解しているのか。
承知しないと言うなら彼に会う必要もない」と、まず先に外部である主人の両親に対しスジを通そうと
しました。
実際、義両親に会いに行き私から「創価の信心をしています。
それでも(結婚を)認めていただけるんでしょうか?」と尋ねました。
義両親は、自分たちも信仰をもっている。お互いの領域を侵さないように、互いに押し付け合うことなく、
尊重し合っていきましょうと返事をくれました。
これも私にはとても有り難いことでした。
以前書きましたが、私は20代半ば頃に外部との結婚話がでたとき、相手の親御さんから
「創価の嫁はいらない」とハッキリいわれ、結婚をあきらめた事があります。
そのトラウマもあった為、いくら主人が創価の信心を容認してくれても、親は別だから油断ならないと
思っていたのです。
ただ「お互いの領域を侵さないように、互いに押し付け合うことなく」この部分には気を引き締める
思いでした。
結局「義実家で創価の話はしてくれるな・家庭内折伏はダメだよ」と念を押された様なものだから。

ここまでのまとめです。

・創価脳の本人およびその親は、創価を「極善」だと思っている。
 まちがっても社会悪だとは思っていない。騙されている自覚も当然ない。そこを理解する。
・創価脳にとって、創価を否定・批判するものは即「敵」となる。
 あくまでも「あなた本人の味方である」という立場を強調し、安心感を与える。
・「あなた本人の理解者」であることを強調する。 創価や池田老人に対しては無関心のスタンスで。
 創価や組織を賛美してはいけない。当然池田老人賛美も不要。
 ただし貶しても絶対いけない。 そこは冷静に、存在自体をスルーする。
・入会をせまられても「できない」と思うなら、ハッキリ伝えて良い。
 ただし、相手の信仰は邪魔しない、尊重すると強調する。そのかわりこちらの信仰も尊重せよと
 交換条件を出す。

中にはまれに「あなたが入会してくれないなら結婚自体をやめる」などと乱暴な事をいう創価脳も
いると思います。
そういった相手との結婚は、諦めた方が身のためだと私は思います。
おとしどころを探ろうという姿勢もない人間です。
たとえマインドコントロール下にあるといえども、持って生まれた「性格」が出ているのです。
そういった人の多くは、覚醒しませんし、覚醒したとしたら振り幅が大きすぎてきっと大変な事に
なります(心の病で)。
相手が狂おうとも添い遂げたい、それほど好きだ!自分は生涯をかけてサポートする!という
情熱があるなら止めませんが、あなたが先に壊れてしまわないか?
私はそっちが心配です。

マインドコントロール下であっても、人間の心をかけらでも持ちあわせていれば、
外部の相手とのおとしどころや、着地点を探そうと努力するものです。 
そういった相手ならば、たとえ創価脳であってもその後の信頼関係が成り立つと思います。

(2)に続きます。
Category: 覚醒の伏線

障害

昨年末、見知らぬ携帯番号で着信が何度もありました。
以前こちらの支部婦から他人の携帯で連絡をとられて以来トラウマがあり、知らない番号には
一切出ないよう心がけています。
用事のある人なら、電話に出なくても留守電にメッセージを残すので基本放置。
このときは、留守電が入らない着信でした。繰り返しあり、夜の10時頃という遅い時間もあって
知り合いかもしれない、でてみようと、年末も押し迫った頃に電話に出てみました。
相手は私が女子部で部長をやっていた頃に地区リーダーをしていた子でした。
学生部でもがんばっていた活動家でしたが、私が地元を離れるころに仕事の内容が変わったことで
残業がちになって未活に転じていました。
役職は副部長でしたが名前だけ状態。
帰省の折に会う事もありましたが、2年ほど音信不通で、そのあいだに彼女は携帯を買い変えていました。
何かあった?と尋ねると、結婚したい相手がいるとのこと。
彼は外部で、実家は一般的宗派。
彼女が創価だということは彼だけ知っている。 彼は創価の信心を結婚を機にやめてほしいといっている。
家庭に創価を持ちこまないで欲しいと希望。
彼女も現在の信仰は「お守り信仰」となっていて、絶対に新居に御本尊様をもっていきたい!と思っては
いない。彼を折伏したいと言う気持ちもないとのことでした。
相談内容としては
①彼の親に創価であることを言うべきか?
②御本尊様をお受けしないで結婚するとなったら、地元の学会員(おもに壮年婦人部)からいろいろ
 いわれるのではないか。どう対応すればよいか。
(ちなみに彼女の両親は、その点については2人にまかせる。相手が嫌がってるなら無理に持って行っても
 不敬されたら困るからお受けしなくていいとのスタンスでした)

①については、彼が「面倒な事になってもいやだし黙っとこう」との意見でした。
彼の親が創価を毛嫌いしているわけではなさそうだが、心象が良くない事は確実ということで。
彼女自身は揺れている(迷いがある)と。
これについては「絶対言うべき」とアドバイスしました。
そんなの黙っていたっていつかはバレるよと。彼女の両親はバリ活までいかないけど学会員です。
役職はありませんでしたが、たまの会合に顔を見せていました。
(縁起でもないですが)葬儀の時などにバレたら、彼の親御さんは「裏切られた」と思うだろうし
大問題になりかねない。
それは内緒にしておく事ではないよ?と厳しめに言いました。
彼女は「やっぱりそうですよね」とため息をついて、悲しそうでした。
黙っておけるなら、黙っておきたいって事だったのでしょう。

②については、地域に対しうまく時間を稼ごうと提案。
まだ時間があり、互いの両親へ正式な挨拶もこれからだというので、正月帰省のときに
会って話す事にしました。 それまでに私がいい案を考えると言う事で。

年が明けて帰省時、彼女と会いました。
そこで私が婦人部から非活であることを話しました。でも覚醒したことや脱会を決意している事は
まだ言えませんでした。
彼女は驚いていたけれど、婦人部の活動が精神的にキツイのはわかります、と先に結婚した友人が
パニック障害になった事を話してくれました。
彼女は婦人部の活動をする気がほぼない、とのことだったので「絶対に専業主婦になっちゃだめ。
結婚後も仕事を続けてワークになる」事を勧めました。
「学会活動なんてしなくても、不幸にならないから。全然気にしなくていい」と私が言うと
彼女は一瞬のけぞって「いいんですか?そんなこと言っちゃってー」と驚いていました。
彼女の中では、私はまだまだ、熱心な活動家の先輩イメージだったみたいで。
婦人部から非活でも、まさかアンチになったとは思わなかったのでしょうw

②についての具体的アドバイスは、結婚することを式の1か月前に地域と女子部幹部に伝える。
そして即新居に引っ越しする。ここは間髪いれず。
結婚する1か月前に話すくらいでちょうどいい。副役職なので、後任探しは急務じゃないから
大丈夫なはず。
女子部幹部からチクチクお小言いわれるかもしれないが、これが最後と思って聞き流す。
地元の壮年婦人部とも出来る限り接触しない。機会を作らない。
御本尊様をお受けしない理由については「相手の親が許してくれない」という。
相手の親を悪者にする。 彼を悪者にしてはいけない。 
彼だと「連れておいでよ!説得してあげるから」ってなるから。
彼の親を連れて来いとはさすがに組織の人間も言えない。
もしそこで「親は関係ない、彼と2人で築く家庭なんだから、彼さえいいならお受けしたら?」などと
食い下がってくる人間が居たら「近い将来彼の親と同居の予定がある」と言う。
ここは嘘も方便。 何が何でも、御本尊様をお受けできる状況にないという事を伝える。
組織はとにかく数をあげることに必死なので、それでもお受けしたら?二人のためよとごり押ししてくるやも
しれない。その場合は彼女の親御さんの言葉「不敬でもされたら大変ですし」をダメ押しで使う。
こちらは御本尊様を大事に考えている。だからこそお受けできない。そこを強調。
此処まで話しても食い下がるような奴には、本部や県幹部に相談しますと言えばOK。

彼の親御さんへの結婚あいさつが翌月とのことだったので、創価の信仰に対して自身のスタンスを
はっきりさせておかないといけないよ?と伝えました。
親御さんからどんな質問が飛んでくるかはわからないけど、そこで曖昧な事を言えば
あらぬ心配や憶測を呼ぶかもしれない。 そうならないように、誠意を持って言い切れる結論を
自分の中でもっていなきゃだめだよと。
彼女は暫く考えて「こんな事言っていいかわからないですけど、信心はべつとして、学会活動する事に
意味を感じなくなってました」と話してくれました。
特に選挙支援に対し訳が解らないとw どこが自身の成長につながるのか幾ら考えても理解が
できないと言っており。
私より10年下の彼女らは、功徳信心では無くなっているのでしょう。自己向上のための信心。
素晴らしい人格・心を磨き、素敵な人になるための信心だと思って来たようです。
また、「職場で実証を」といわれたから仕事を頑張り、希望の配属に行けたのですが
それで会合に出られなくなったら「時間革命が出来ていない。あくまでも学会活動が基本になって
いないとダメ」と、幹部から指導が入ったとも聞かされ、相変わらず狂ってんな~と思いました。
矛盾や齟齬にあふれた女子部指導にまじめな人が疑問をもつのは当然のこと。
それを罰論で押しつぶし押し隠ししていたら、そりゃ精神を病む人が出るのも当然です。

彼女と私は10歳の年齢差があります。
現状、彼女の部で活動家はゼロ。役職者は全員30代で、寝ていました(未活)。
部長はおらず、本部長兼任のメンバーが派遣の部長をしており、彼女も40歳を迎える年。
同級生の妹で私もよく知っている子ですが、40歳の女子部幹部が最前線で頑張ってるという時点で、
組織がいかに停滞しているか解る話だと思いました。
親子ほども年齢の違う女子部員が一緒にやってくって、厳しいものがあると思います。
そりゃ、誰も若い子ついてこないはずだわwと。
私が頑張っていた当時も、40代近い先輩はいらっしゃったけど、最前線ではありませんでした。
指導係的な、一歩引いたご意見番的な立ち位置。
彼女は「(女子部に)相談できる人が誰も居ないんですよね」とも言っていました。
組織に残っている人は真四角四面の、口を開けば師匠のため・広布のためにって人ばかりだから。
「まるで会合ロボットみたいだね」と私が言うと「そーなんですよ。リア充なんて皆無ですよ」とw

「リア充」という言葉に全てが現れている気がします。今の若い子(20-30代、青年部)の気分。
目に見えるものしか信じられないよね、と。
これだけ、他人の生活をいとも簡単にネット(FBやブログやら)で覗けるようになってしまった時代に
生きている子たちにしてみれば。
消費活動と華やかな事、楽しいことに彩られた一般(外部)社会人の暮らし。
勿論、基本イイコトしかのせないのだろうけど。
実際は悩みもあるし問題抱えていたりも するけれど、楽しく華やかな事、それがすべてだよねと。
「組織命、学会活動が全ての、師匠と共に歩む青春時代」なんて、ちょっとスマホをいじれる
今の若い子たちからしたら、信じられない感覚じゃないだろうかと。
馬鹿らしくて出来ないよね、消息不明なヨボじいさんと、そのとりまきジジイのために
青春をかけてどーすんのさ、とw
私が20代前半頃はインターネットなんて普及していませんでした。
携帯電話を皆が持つようになったのも20代後半あたりから。
ソーシャルメディアが身近になりだしたのも結婚する直前(10年くらい前)から。
同世代の他人(外部)がどんな生活をおくっているかなんて、まったく知る術がなかった。
学会活動をしていたら、周りの同世代の女子はみんな組織命・先生命。
嘘みたいな話だけど、そういった仲間と週3-4で会っていると、それが当たり前の世間になってしまう。
会社で同僚と接したり・たまの休みに外部の友人と遊んだりしていても、自分の基本世間は「学会」。
そこにいる事が幸せへの直道と思いこまされていて、他人が信仰無くして楽しく有意義に生活している
事なんて思いもしないし・興味も無かったし・落差に愕然とさせられるような事も一切なかったのです。
インターネットの普及を、創価は苦々しく思っているでしょうね・・w
なにもアンチブログの存在は脅威ではない。
私はそのようなブログよりはむしろ、リア充一般人の発信情報が青年部離れを加速させているように
思えます。 これは非常にイイ事だと思います。
きっと私もいま20代だったら絶対学会活動なんかしてませんw 馬鹿らしくてできないと思う。

たまたま彼女と居る時に、彼女の携帯にメールが入ったのです。
NHKの番組に、学会員のメイクアップアーチストが取り上げられた、 是非見てください的な宣伝。
彼女と別れ、実家に戻ると、母からもおなじ番組の話をされ
「やっぱり、信心してると成功するのよねぇ」と母。
”信心してると”成功する、んな訳ないだろ!と突っ込みたかったが、我慢しました。
本人の努力のたまもの+運が味方したって、そういうことだと思うけど。
組織どっぷりな人って、メンバーの成功や名声をまるで我がことのように自慢して
「信心があるから成功してる」っていうけどさ、じゃあ、あんた自身はどうなのよ?って思う事が多い。
そう言ってるあんたはたいして成功してないじゃん、っていうw
その人がもってうまれた運や才能。ただそれだけだよ。
「信心があったから」「先生のご指導があったから」100%そのおかげみたいに言うのは、おかしい。
それが成功への一助ではあったかもしれないが、99%は本人の努力と持って生まれた物でしょう。
なんで、自分自身が成功も大成もしてないのに、それほど幸せでもないのに「信心が絶対」と言えるのか?
覚醒後の私にはそれが解りません。

話がそれましたが、後日彼女から彼の両親への挨拶がうまくいったと連絡がきました。
創価の信心についても、彼女が頑なでないことを確認し、彼家の宗教行事(一般的な墓参り、法事)を
拒絶しないかについて何度も確認されたそうです。
また、子供(孫)の入会は絶対にやめてほしいということも念を押されたと。
彼の御両親、それなりに創価についての知識をお持ちだったようです。
彼女はそれらを受け入れるだけの心のキャパシティがあったので大丈夫でした。
私みたいな、変な御本尊様への絶対心・固執が無くて良かったと胸をなでおろす気持ちでした。
このとき彼女から
「相談して本当に良かったです。すごく迷ったんです。実は年末、怒られるの覚悟で電話したんです」
といわれ驚きました。
怒られるってどういう意味?私がバリだと思ってたから?と尋ねると
「それもありますけど、先輩は完璧だったじゃないですか。外部の彼を折伏してから結婚したから。
 私は役職も中途半端だし(活動ができていないこと)、組織になんの恩返しもしてない。
 そんな状態で結婚しちゃっていいのかって迷ってて、喝を入れてもらおうと思ってたんです」と言われ、
まさに青天の霹靂でした。
まさかそんな風に後輩が受け止めていたなんてと。
私は、主人の本流は自分のエゴでやったまで。彼女は折伏の中身まで知らないから、そんな風に
受け止められていた事に、ちょっと責任を感じました。
彼女はまだマインドコントロール下にある。組織の活動をしないまま、結婚する事に大きな負い目を
持っていたのです。
それだけならまだしも、「女子部は外部を折伏して結婚することこそ使命」という腐った教えにも
縛られていたんでしょう。しかも身近な先輩である私が馬鹿みたいにそれを完遂したばっかりに・・orz
自分は自分でいいのに。真面目な子ほど、先輩をなぞろうとしてしまうのかもしれません。
とはいえ、私の後輩でそんな子は彼女一人ですがw
私は、彼女が無事に式を終えるまで見届けなければ・地域の人間となんらかトラブルがあれば
助けに出て行かねばと、勝手に責任感を持ちました。

その後、彼女らは早めに新居を決め、式の1か月以上前から新生活をスタート。
地元地域への連絡もさっくり済ませ、懸念していたような「本流押しつけ」もなかったとの事。
私が結婚する時は、県婦人部長との面接があったのですが、それもなく。
ちょうど参議院選挙前だったのが功を奏しましたw
先月、無事に結婚式がすみましたと報告の電話をもらい、新婚旅行のお土産が送られてきました。
これから先は婦人部との攻防wですが、それについても相談にのると伝えてあります。
むしろこれから先だと思います、問題が続々出てくるのは。

結婚にあたって、これほど家族以外の他人(組織)を気にしないといけないのは異常だと思います。
ありえないですよね。ふつうに考えて。
そんな組織や学会員は、けしかけるだけけしかけておきながら、なんの責任も持たないのです。
結局は当事者間の問題だから。
組織が欲しいのはあくまでもカネと票。地域学会員が欲しいのは「本流1」という結果のみ。
そんな組織が結婚の障害になるだなんておかしすぎる。馬鹿な話です。

創価メンバーとの結婚を考えているが・・という相談を非公開コメントで頂きました。
正直、相手のマインドコントロールの度合い、深浅、御本尊様への絶対心or師匠への忠誠心の
もちよう、環境、親のマインドコントロールの度合いによって全然違って来ると思うので
具体的アドバイスを私から差し上げる事はできません(すみません)。
ただ、経験だけはお伝えできますので、私が覚醒するまでの周囲(主人と義家族)の私への対応を
次回書かせてもらおうと思います。

現証について考えた

母が私に子供時代から教え込んできたこと
「法華経の行者を迫害するものは必ず滅びる」
聖人御難事の
「法華経の行者を軽賎する王臣万民始めは事なきやうにて終にほろびざるは候はず」
この部分を引き、小学校3年にして一節を暗記するほど、刷り込まれました。

そして実際、母のまわりでおこった「現証」を時折聞かされていました。
内部・外部問わず、母を故意に陥れようとしたり、信仰を誹謗した人間は現実に不幸になって
いるとの話。
若くして、事故で急死した人。病気で亡くなった人。自殺した人。経済的に不遇になった人。
リアルタイムで経過をみた出来事もあって、私は、ますます御本尊様を深く信じるように
なっていったのです。

法華経の行者に意地悪をしたり、悪い噂を流したり、危害を加えたり
陥れようとするような不届きな奴は必ず悪い目に遭っていく。
だから、アンチでも内部でも、こちらに「敵意・悪意」を向けてくる人間に何をされても気にするな。
こちらが清廉潔白なら、堂々としていればいい。
あえて反撃などしなくても、御本尊様はご覧になっている。必ず現証が出て、相手は不幸になって行くのだ。
そう母から教え込まれ・納得し・信じ切っていました。

自分自身も、実際にそのような体験があったことで、信仰への確信を深めていました。
以前のブログに書いた事を羅列します。

1・小学校時代の話(以前書いたこの記事
2・中学校時代にも上記と似た経験があり、相手が補導され、学校からいなくなった。
 (補足:以前のブログでは上記2件をミックスして記載しました。
  覚醒直後で身バレを極端に恐れていたため事実をぼかそうとしていたのです)
3・女子部時代、営業職をしていた頃の同僚である人物に仕事の足を引っ張られる行動をされた。
 その人物の親が多額の負債を抱えて失踪、債権者が会社に来たことを契機に退職し、いなくなった。
4・学生時代からの友人で、人の和を乱すのが得意(?)な子がいた。
 悪口を吹聴したり、仲間割れをさせたりする人だったが、ある日を境に消息不明に。
 既婚者だったが、男性とかけおちし、実の親きょうだいにも居所連絡なし(現在進行形)。
5・女子部時代、嫌な思いをさせられたメンバー(同志)がいたが
 久しぶりに会館で会った時、顔にやけどを負っていた(大きな痕が残っている状態)。
6・上記のメンバーにそそのかされ(?)私を説教した男子幹部が、病気で50代独身で亡くなった。

以前のブログに書きませんでしたが、これも現証だと思っていたエピソード

7・幼稚園選びに際し、嘘の情報を言いふらす人が居た。
 ライバルを減らしたいがためか周囲の足を引っ張り、他人の子供の弱点を突いていた。
 受験時期、突然なりを潜め、おかしいと思っていたら御主人の経営する会社が不渡を出して
 受験どころではなくなっており、姿を消した。

最近、これらのことを冷静に、よーく考え直してみたのです。
私はこれらの現実を「現証」だと思ってきたけど、本当のところはどうなのか?と。

すると、思い当たった事がありました。
どの人もみんな、普通に考えて、素行不良だった。精神性に歪みがあった。
あるいは家庭環境が複雑だったり・生活の基本がなっていないと言うか、生活が乱れがちだった。
法華経の行者うんぬん以前の問題で、一般常識から逸脱している人達だったということです。

前ブログに書いたことで言えば、1番2番の子たちは、親の都合で苗字が何度か変わっていました。
いまで言うネグレクト環境で育ったと思われます。
3番の人も家庭環境が複雑で、親とは縁を切ったと周囲に話していた事もあったようです。
4番の人はいわゆるエリート家族の中で一人だけ自己実現出来なかったタイプでした。
5番の人は中学時代、札付きのワルで地元で名前が知れていたようです。
6番の人は男子部の活動に人生をかけていたタイプ。身体的に無理を重ねていたのではないかと
察します。

7番の人も自己実現できなかったタイプで、有名女子校(一貫校)出身を自慢していましたが
大学はどこにも受からず、専門学校へ進んだことに強いコンプレックスがあったようです。

母を誹謗中傷し、若くして病で亡くなった人は、仕事が長続きせず、家族にも愛想を尽かされ
離婚。
子供と面会も許されずで、ストレスもあったんでしょう。
酒におぼれ煙草も増え、不節制に拍車がかかって結果、病に倒れた様でした。
自殺をした人も、勤務先での不正行為がばれて・・という経緯でした。

実際に「どういう人だったか」をよく思い出すと、こう言っては何ですが皆「悪因悪果」。
「法華経の行者に云々」以前に、みんな、自らまいた種を自分で刈り取っていただけなんですね。

”還著於本人”これも母や、創価の活動の中でよく聞かされた言葉です。
法華経に説かれている教え。 悪因悪果とおなじく、悪い行いは全部自分にかえってくるよという
戒めです。
まさに「仏法は道理」
本人が悪い心がけや行いに支配されていたから、結果不幸になったってそれだけの話。

別に、母や私(=法華経の行者)を誹謗中傷したり・陥れようとしたから結果そうなったんじゃない。
それを私の母は実に都合よく「法華経の行者(=母)を迫害した者に対する結果(現証)」と
思い込んでいたわけです。
母においては、現在もこの思いこみが継続中です。厄介な人ですw
たとえば仏法対話をはぐらかした人、新聞推進や贈呈を断った人によろしくないことがあると
「それ見たことか!私に反抗するからだ!」と、この調子です。
以前も書きましたが、ご近所の住民で80代の男性が癌で亡くなった事がありました。
選挙を頼みに行っても、公明党に入れる気はないなと言う人でした。
そんなおじさんが亡くなった時も母は「私の言う事を聞かないからだ」「檀家総代なんてやるからだ」
と言っていました・・。
なんでもかんでも、自分の都合の良いように解釈します。

たとえばおなじ事故や病気に創価の人と外部の人が遭遇するとします。
創価メンバーに対しては「大変だけど宿命転換のときが来た」「転受軽重だ」と前向きな捉え方を
見せる。
しかし外部に対しては「信心してないからああなるんだ」といった風です。
どこまでいっても、創価の信仰を持っている仲間はageで、そうでない外部はsageなのです。
私も、そのような面が青年部時代ありました。
バリ活が100%そうだとは言いません。中にはまともな人もいらっしゃると思いますが、
このような考え方を持つ人は少なくありません。 

そして、母のマインドは常に「下方比較」です。
信心などしなくても、常識的行動をし、平穏に幸福に暮らしている方はごまんといます。
というか、殆どの外部の方がそうだと思います。
しかし母は、そのような「信心なくして幸福な人」の存在を無視して暮らしています。
そのような人がいることは認識していてもあえて関わらず、どちらかといえば不幸な境遇にある人と
付き合い(=折伏先にするため)・幸福な人の、些細なマイナス点を見て自分をageるわけです。
身近なところで言えば父方の親戚がそうです。浄土真宗で・檀家総代もつとめる伯父をはじめ
父方のきょうだいは皆、経済的に裕福で、子供達も立派な経歴・肩がきを持ち、お孫さんたちも優秀。
葬儀方式で揉めたこともありますが、母は父の死後、父方親戚と一切の交流を絶ちました。
むこうから敬遠されている面もあるかと思いますが、母が本音をぽろっと漏らした事が、父の死後に
ありました。
母が創価の信仰をしていることを、父方の女きょうだいから結婚当時非難されたことがあったそうです。
母はそれを悔しくてたまらなかった、絶対見返してやると決めていたと。
しかし、祖父母の法事以来、数十年ぶりに父の葬儀で会った父方親族の立派さ・健康に愕然と
したのだと。
誰ひとり生活に困っているような人はいません。 余裕があります。
遠方からでしたが、80代の方まで、きょうだい全員が夫婦そろって参列してくれました。
母は父方親族とのつきあいを避けていました。もともと季節のあいさつや儀礼的な事が全くできない
(気のきかない)人なので、そういったことは全て父が引き受けていたのです。
学会活動に励むことで、自分の家庭を幸福に・一家和楽の自慢の家庭にするとひそかに燃えて
いたのでしょう。
しかし、父方のきょうだいは誰ひとり大病を患うことなく健康です。子供達もいわずもがな幸福です。
末弟の父が一番早く亡くなり、母は子供たちと反目しあうという結果となりました。
母としては、思う所がおおいにあったと思います。
だがしかし、それが覚醒につながる事はなく、ますますヤケになって創価の活動にハマって
いることがどうにも残念でたまりません・・。

話が少しそれましたが、創価のサイトに書いてある現証の説明↓

「現証」とは、その宗教の教義を実践した結果が生命や生活、そして社会にどのように現れたか、
ということです。宗教とは、観念的なものではなく、人々の生活や人生の側面に必ず大きな影響を
与えるものです。
そして、その現実の結果がどう生活や人生に影響を与えたかで、宗教の勝劣浅深を
判断していくべきです。


これを読んで気がついたのですが、
私の母やその他創価脳(法華講も)のいう「現証」って、おおむね敵対する相手にあらわれる
「不幸」な事象なんですよね。
良い事は「功徳が現れた」「功徳だね」と言う。 現証という言葉は殆ど使いません。
創価のサイトに書いてある説明で考えれば、この信仰で自他ともに幸福になった事でも「現証」と
呼ぶべきなのに。
現証にはふたつある・両極の側面があるという通念で使われていないのは何故なのか?
なぜに不幸ばかりを現証と呼ぶのか?
私も今回、創価のサイトで説明を読むまで、現証というものは
「法華経や、それを行じる人を貶めたり裏切った者に対する罰の現象をそう呼ぶ」
のだと思い込んでいました。

この事実に行きあたって、思い当たることと言えば、やはりこれもマインドコントロールの
ひとつの手法「呪縛」として現証を使っていたのだということです。
目に見えて不幸に陥った人を揶揄することで、信心への絶対心を植え付ける。
現証で解きあかす”法華経の行者最高最強説”は、イコール、”そうじゃなくなった時は無間地獄”
という意味をあらわす。
信仰が諸刃の剣であることを物語っているのです。
これは何も日蓮の教えに限ったことでなく、世界の他宗教にも戒律があり、裏切り者にはどんな
罰があるのかが説かれています。

しかし、創価がいう「現証」は、法華経や日蓮大聖人の教えを裏切ったというよりは
「学会員を裏切った」「先生を裏切った」「組織を裏切った」相手に向けられたもの。
その相手が不幸になったり病に倒れる事をもって「現証」と呼ぼうとする。
そして自分たちの存在の正当性を主張したがる。自分ageに利用するわけです。
これも一種のマインドコントロールだと思います。

今回は私の身近なところであった・現証と思いこんでいた事実を上げさせてもらいましたが、
私の知る限り、創価の人に向かって悪意を持ってハッキリモノ申すって外部や・足を引っ張る一般人って
おおむね元が幸福じゃない人のような気がするんですよね。
性根や心がけが悪いとも言うか・・歪んでねじれて、そう言う人は創価だけを敵対視してるわけじゃない。
さまざまな勢力や見えない敵と闘ってる人が多い気がします。
だから病気になったり、自滅するんじゃないでしょうか。
決してそれがオカルト的な「創価学会員を護るための不思議な現象」じゃないと、私は思うのです。

だいたい善良な市民になればなるほど、創価なんて相手にしないし問題にもしないのです。
厄介だから相手にしない。スーパースルースキルを持っていて、やんわりとうまーくかわします。
内心思う所があっても、賢い人たちはそういった感情をいたずらに当事者にぶつけたり
正面切って批判したりはしないでしょう。
何処から見ても完璧に幸せで柔和な人物が、脈略なく創価を誹謗中傷するような事はそうないでしょう。
あるとしたら学会員に危害を加えられたり、失礼千万なふるまいを受けた時じゃないでしょうか。
それは誹謗中傷では無い「まっとうな評価」です。

創価学会が仏敵としている人物(元内部を含む)を見ても、素行不良の「黒い」人物が結構多いような
気がします。
善良な市民とは違いますよね。元専属弁護士とかw
野党の政治家さんたちにしても、創価が仏敵としてきた人達に清廉潔白なイメージは残念ながら
ありません。 裏で創価と敵対する勢力と手を組んでいるような人とかね・・。
敢えて名前はあげませんけども。

創価脳は自分たちに都合のいいことしか信じない。
単純に、本人が素行不良で・健康に気を使わず・無茶ばかりした結果そうなっていても
「創価を貶めた仏罰だ!現証だ!」と言いたがるのです。
そういう風に教育されているから、これはもうどうしようもないのですが、厄介な話です。

創価でいわれているような「仏罰」もありませんが「現証」も、ありません。
それは創価を攻撃したからそうなったのではなく、ただの自業自得なのです。
不思議な力が働いたわけでも、何でもない。

もし、創価の活動をやめることで自分にそのような「現証」が出る事を心配していたり、
そのように思える事が実際にあった、という方は、いまいちど自分の生活を細かく総点検してみれば
いいと思います。
健康に留意しているのか・食生活を見直し・規則正しい生活ができているか・不節制していないか。
人付き合いに於いて不義理は無いか・やろうとしつつ後回し・棚上げにしている事柄はないのか。
部屋は片付いているか・要らないものをため込んでいないか・その他もろもろ。
功徳信心していると油断しがちで、隙だらけ。
案外こういった事柄に完璧に・四方八方気を配っている人は少ない。
かつての私もそうでした。
そういった綻びを正したり気をつけるだけで、少しは好転して行く状況もあるはずです。

モンスター

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必要な方はその旨もお書き添えいただくと有り難いです。

皆さんのコメントを読んでいると、マインドコントロール問題は、当事者だけの問題じゃないって
ことを改めて痛感させられます。
非公開コメントを寄せて下さった中で、母子関係(親子関係)で悩まれる方の多さを知りました。
私にとりましても現在進行形の問題です。改めてまた、記事にしたいと思います。

また、御自身は外部で交際相手・配偶者がマインドコントロール下にあり悩んでおられる方も
いらっしゃいました。
私はこれまで長らく「悩ませている側」だったので、主人や義両親・過去の人間関係を思い、
申し訳ない気持ちで読ませていただきました。
いずれ、自分の経験を記事にさせていただきます。 よろしくお願い致しします。




さて、先日矢野氏の「黒い手帖」を読んで、あることを思い出しました。
ここから書く事は、直接創価とは関係のない内容です。
その点を踏まえて読んでください。

子育ての先輩から聞いた実話です。
とある幼稚園で、子供同士のちょっとしたいざこざがありました。
先生が間に入り、当事者(児童2人と先生)で和解をしました。
仮に児童をAとBとします。 2人は同性です。
AはBに対し、普段から一方的な興味と好意を寄せていました。
が、BはAに苦手意識を持っていました。
Bは誰からも好かれる性格で、いつも周りに数人の児童がおり、ひっぱりだこです。
AはそんなBを一人占めしたいという気持ちが強いのか、他の児童に囲まれているところ
無理やり自分と2人だけで遊ぼうと、腕を引っ張って連れて行こうとしたり、強引な態度が
見受けられました。
Bは母親に時々、Aが強引で困っていると話していました。
腕を強く引っ張られたり、他の友達を押しのけて隣に座ろうとしたりと、周囲も迷惑しているとも。
Bの母親は若干心配しつつも、経過を見守る事にしました。

BとAの母親は、顔見知り程度で、幼稚園の送迎や参観日に会った時、あいさつする程度の仲。
B同様、Bの母親も社交的で、常に数人の園ママと行動を共にしていました。
逆にAの母親は特に親しい園ママがいるわけでもありませんでした。

Aのしつこい態度から、BはAを避けるようになりました。
Aは避けられる理由がわからず、躍起になってBにつきまといます。
あまりにもしつこいからと、BがAを無視したことで、Aが号泣。
先生がこの件を両方の母親に連絡をしました。
Bの母親は、なんとかみんなで仲良く遊べるよう指導して欲しいと先生に伝えました。
Aの母親は、どうしてBが自分の子供を避けるのか?うちの子が先生の見ていないところで
いじめに遭っているのではないのか?と質問していました。
(ちなみにいじめの事実はありませんでした)

後日、AがBにつきまとい追いかけっこ状態になったさい、うっかりAがドアに激突し
(Aの不注意ととれる行動です)頭にコブを作る程度の怪我をしました。
運悪くその場に先生はおらず、子供たちの証言から、AがBを追いかけていてドアにぶつかって
怪我をしたという事実を、そのまま両方の母親に伝えました。
先生は
「自分が不注意で見ていないところでおこった、監督不行き届きな自分の責任だ」とAの母親に
謝罪。
ところが、Aの母親は「園側の責任は当然だが、Bにも責任がある。普通に接してくれていれば、
うちの子は追いかけなくて済んだ・怪我しなくて済んだはず。
Bと、Bを育てている親が悪い」と言い、B親子からの謝罪を要求したのです。
それも直接B親子に言うのではなく、あくまでも園経由で謝罪するように伝えてくれと。
園長がAの自宅を訪れ謝罪し、B保護者からの謝罪要求は行き過ぎではないか?と説得しますが
Aの母親の怒りはおさまりません。
絶対にB親子からの謝罪がなければ許さない。
幼稚園側の不手際・監督不行き届きでケガを負わされた、こちらは以前からいじめの可能性を
訴えてきたにもかかわらず、放置されていた。
教育委員会に訴えますよ?マスコミにも知り合いがいる。取材してもらいましょうか?と、園長を
脅しにかかりました。
園長がきぜんとした態度を取るべきですが、あまりにもA保護者(両親)の輩な態度が酷く、
長引いたことで、園長はついにB宅を訪れ
「相手は普通では無い。このままだとあなたがたに危害が及ぶかもしれない。形だけでも謝罪をして
 丸く収めてもらえないでしょうか」と頭を下げたのです。
Bの両親にしてみれば青天の霹靂です。
子供も自分たちも悪くないのに、どうして謝罪をしないといけないのか?
理不尽な要求をのめるはずがないと、B保護者と園長の間で押し問答。
しかし、A両親の執拗な突きあげによって園長から泣き落としが入り、しぶしぶB保護者はA保護者へ
謝罪を行います。
これで一旦は丸く収まったように思えました。
が、これが終わりではありませんでした。
A保護者は、幼稚園に対し
「子供の半径3m以内にBを近寄らせないで欲しい。また怪我をさせられたら困るから」と要求を
したのです。
この時点で完全にAは被害者・Bは加害者のていになっていました。
大きな幼稚園ならクラス替えも可能でしょうが、この幼稚園は小規模です。
しかも子供同士の事。3m以内に近寄らせるな、だなんて無理があります。
いくらなんでも無茶ですと、園長がつっぱねたのですが、A保護者は強硬でした。
「Bに関わるとロクなことが無い。うちの子供の3m以内にBを近寄らせないと幼稚園・B保護者の
 連名で念書を書いて欲しい」と迫ったのです。
園長はこの件をB保護者に報告、弁護士を入れるか相談してきたのです。
園長はA保護者に対し(園長のポケットマネーによる)金銭解決を図ろうともしたのですが、
A保護者は「馬鹿にするな」と一蹴。
あくまでも子供の安全を考えた上での事なのだ、B保護者とその子供に思い知らさなければ
いけないのだとの主張。

Bの保護者はすぐに気が付きました「A保護者は、こっちが退園すれば気が済むんだ」と。
目の前から消えるまで、こうやって理不尽に言いがかりをつけ、ゆさぶり続ける気だろう。
今は念書を求めているが、そのうちこれが金銭賠償に発展することもあるだろうと。
結局、Bが別の幼稚園へ転園することになったそうです。

Bの退園後、Aの母親が「Bから親子ともどもいじめを受けていた、辛かった」と周囲に
話したのです。
完全なる被害者だという主張を、B親子が園から姿を消してから周囲に行う。
B親子とさほど親しくもない人達は真実の知りようもなくその件を認識、B親子にマイナス印象を持つ。
また、B親子と仲良しで事の顛末を知っている園ママたちも、憤りながらも自分たちがAの次なる
ターゲットになるのが嫌だから、おおっぴらにAに対し抗議をしたり、経緯をただすような
事もしない。
すっかりAの母親の思うつぼになったのです。
こんな親を世間一般で「モンスターペアレント」と呼びます。

A保護者は最初から謝罪が目的ではなく、Bを園から追い出す事を目的としていた。
その時を虎視眈々と狙い、些細な出来事をチャンス到来とばかり、針小棒大に騒ぎたて
不当な要求をつきつけ、自分たちの思いのままに物事を運び、ほくそ笑む。

私はこの話を聞いた時、信じられない思いがしました。
何故にA保護者の妄想とも言える主張と、真っ向勝負で戦わなかったのか?と。
子どもを介したトラブルが厄介だ、という事は重々承知です。
それにしたって、世の中、ごねたもん勝ちなのか?と思えてならず。
園長もB保護者も、A保護者が「おかしい・むちゃくちゃ・不当だ」と感じていた、
だのに、むちゃくちゃで非常識なA保護者に結果的に屈した。
そこがどうにも解せませんでした。

こんな理不尽な出来事に、いつ自分が遭遇するかもわからない。
その時私はどうするのだろうか?
非常識な輩を相手にするだけ時間・労力の無駄と、身を守るため相手の無理無体を
受け入れるのだろうか?
私はそんな不当な圧力に屈するのは絶対に嫌なほうです。
けど、その立場になってみないと、わからない事もあるのかも・・そんな風に考えていました。

@@@

このモンスターペアレントの実話、
矢野氏の手帖を奪った元公明党議員ども&池田老人へ謝罪のしるしに巨額の財務をよこせと
迫った、創価の副会長や中央青年幹部とまるでやり方が同じじゃん!と、思いました。

矢野氏がどうして、用心深く元公明党議員や組織の悪党と接する事が出来なかったのか?
「昔の仲間だからと安心しきっていた」 それは最初だけ。
その後、数回にわたって彼らと接触する中でゆさぶりをかけられ、脅迫を受け
これは完全におかしい・むちゃくちゃだ・理不尽で不当だ!と感じながらも、要求を受け入れざるを
得なかった心理は、虚人(モンスター)の傍若無人ぶりに遭遇した時の恐怖感および、
「きっとこの人たちには、まともに言語は通じない」「話し合いでは解決しない」という
絶望の極地だったんじゃないかと思いました。
(勿論、それだけでなく、本には絶対に書けない内情もあったのでしょうが)

「自分たちだけ」の正義を貫こうとする姿勢は、非常に暴力的だと思います。
そこには対話など成立しません。
モンスターは、常に自分たちだけの正義に忠実で、自分たちだけの正義しか信じない。
そんな人間がトップ~中枢を務める組織が、「世界平和」を標榜すること自体、もうどうかしています。
最近は、こう思います、創価が標榜しているのは、世間一般の共通認識である
「世界平和」なんてものじゃない。
創価が標榜したそれは、「自分たちの正義における世界平和」。
それは融和の世界ではない。
目指すところはその名の通り独裁社会「創価王国」を作ることだったんでしょう。
世界平和については、また別の記事で書きたいと思います。

上層部だけでは無い、末端会員もいつでもモンスター化する危険因子です。
自分たちの正義をごり押しし、それが非常識であるとは思いもしない。
それが何を意味するか、創価脳本人たちは解っていないと思います。

モンスターに一瞬怯む事があっても、決して「屈しない」。
矢野氏が手記出版に踏み切ったのも、その姿勢のあらわれなら称賛の拍手を送りたい。

末端会員モンスターに遭遇した時は。
どんなに相手が非常識な創価の正論をかざしてこようとも、常識を言いきって行く事が肝心。
多くの創価脳は、正論常識の前では口をつぐみます。それは人数が増えようが同じです。
正論常識に対するまっとうな反論が無いからです。自分たちの正義で動いているだけに。
斜め上の法論をふっかけてくるくらいが関の山。
かといってなにも喧嘩する必要はありません。 冷静に正論を言い切るだけで大丈夫です。
そして必ず録音を取りましょう。
穏やかであっても脅迫と取れる文言があれば、それがこちらの身の助けになります。
上記は私が組織の人と接する際、心がけている事項です。


被害者

「報恩感謝1・2」で書いた、バリ活婦人部との対話中に、地元の部員さんの
気の毒に思える話を聞きました。

約20年前に友人から折伏を受け入会した活動家の女性。10年前まで同じ地域で活動していました。
上からの頼まれごとは一切断らず、何でも素直に引き受けてやろうとする人で
「水の信心」と幹部が誉めたたえるほど。
凄いなぁと思う反面、本心を押し殺しているようにも見えて、私は時々心配だったのです。
彼女の頑なさが「NOを言ったら願いが叶わなくなる」という強迫観念からくるものなのでは?と
感じることが度々あったから。
(そこがちょっと、うちの母に似ているなと感じていました)

彼女には夢があり、その夢を叶えるために入会。
現実的な努力+学会活動を頑張ることで、絶対に叶えたいと、決意発表を聞いた事が何度かあります。
同じ夢を持つ周りの仲間が、事もなさげに叶えて行く彼女の「夢」。
なぜ自分だけうまくいかないのか、不条理も感じると、複雑な胸の内を語る事もありました。
私はそのことに対し、ただ思いを聞くだけで意見(アドバイス)することはできなくて。
内心はこう思っていました「他の事に目(興味)を向けてもいいんじゃないのかな?」。
途中からは「夢」と言うより、固執し過ぎて別の何かに変わっているようにも思えました。
けど、祈りのなかで自分の心境が変化してゆくこともある。
彼女にとって、一番良い方向へいつかたどり着ける、それが「ご仏智」。
きっと彼女にもご仏智と思える何かがあるか・本当に夢をかなえるんだろうと思っていました。
(覚醒後、この心境変化をご仏智ではなく「納得できる妥協」であったと結論しています)

彼女はずっと活動家として頑張っていました。
直接連絡をとる事はありませんでしたが、時折知人を介してどうしてるか様子を聞いており。
まだ夢を追いかけているという事もそのたびに聞いて、すごいな、執念だなって思っていました。
ただ、既に彼女も私と同世代の40代。
チャレンジに年齢は関係ないというけど、彼女の夢は、年齢が大いに関係してくるもの。
(年齢だけでは無い他の事も)
約20年間、その夢の為にと頑張ってきた彼女ですが、諸事情から絶たれる状況に昨年末なって
いたのです。
それを聞いて、私はすぐには言葉が出ませんでした。
直接会う機会も今はないけど、もし会ったにしても、かける言葉が見つからない。
もし自分が同じ状況だったらと考えると、暫く寝込みそうな気がしました。
そして、無気力感が続きそうな気がする。
うつ病になってもおかしくないと思うほど、私にとってもショックな内容でした。
事実、彼女は活動に出て来なくなった様子でした。
連絡はとれるけど「もう少し待ってください、元気になったら行きます」という返事。
その傷の深さ、悲しみの深さ、本人にしか解らない事だけど、傍目でこの20年を見ていた
(知っていた)者からすれば、彼女の気が済むまで、そっとしておいてあげたくなりました。
ていうかもう、組織の活動なんかしなくていい。
彼女を夢に固執させてしまった原因の一端が、信仰と学会活動にあるんじゃないかと、
私はそんな気がしていました。

こう言ってはなんだけど、彼女はどこか浮世離れしたところがありました。
私の周囲で、これほど長くひとつの目標を追っている人は内外ともに見当たりません。
皆、30歳くらいで目途をつける。そんな中にあって少女のように純粋に夢を追っていた。
スゴイと思う反面、大丈夫なのかな?と心配でした。
夢をあきらめるも・あきらめないも本人の自由。
誰にも発表しなきゃよかったんだよ、本当はね。
それを、組織の皆にも話していたし、そのために入会しましたなんて大きな会合で壇上に立たされ
(折伏のリレー活動報告)、なまじ真面目なもんだから、引っ込みがつかなくなったところも
あったのかな?って気がしたのです。 
同志の激励っていつも無責任。
「諦めましたー」って言っても、周囲は「あっそう・また別の目標に向かって頑張ろうね!」で
実はあっさり終わるんだけど
まじめすぎる彼女は、それ(諦める)が言えなかったんじゃ?と思いました。
もちろん周囲のせいだけではない、彼女の心の問題が非常に大きいのだけど
創価と出会ってしまったことで「夢をかなえる」事に異常に固執してしまったんじゃないかと。
なんといっても「願いとして叶わざるはなし」の信仰だから。
どこで諦めたらいいのかも、わからなくなっていたのではないか。私の勝手な邪推ですが
彼女をみてきた者としてそう思ったのです。

この経緯を教えてくれたバリ活の彼女は言ったのです(電話での会話でした)。
「今、彼女は落ち込んでいるけど、必ずこの経験が生きる時が来る。何も卑下しなくていい。
 むしろ、その夢が叶わなくてよかったんですよ。もう年なんだし。
 諦めさせてくれたって事で、彼女にとってはこれが新しい人生を開く契機になっていくはずです」と
いかにも創価脳な言葉をすらすらと並べたてました。

私は、そんな言葉を軽々しく吐くバリ活な彼女が信用ならないと思い。
20年間、追い続けた・叶えたかった夢なんだよ?
そりゃ私だって、内心「難しいんじゃ?」と思ってたよ、10年も前に。
だけど、本人はずっと一途だったわけじゃん。
その夢の為にと、(夢と直接関係もない)組織の活動も頑張って来たわけで。
それを軽々しく「新しい人生を開く契機」とか、それ他人が・特に同じ組織の人間が言う事じゃないから。
本人の口からそれを聞くのならまだしも。
なんでそんな簡単に片付けるかなー? 所詮は他人事だからだろ(怒)。

思わず「それ、御本人に向かって言ってないよね?」と確認してしまいました。
彼女は「え?なんで?」と私の質問の意味が解らなかったみたい。 呆れました。
組織の人は「同苦」とかいうわりに、簡単に人の悲しみをないがしろにする傾向があると思うのです。
同苦って、無責任に励ますこととは違うんだけど?
そして、バリ活な彼女は
「彼女に一日も早く活動に復帰してほしい。戻ってくることで元気になる。命が躍動する」と。
私は「それはどうかなぁ?そんなの、あなたが決める事じゃない。彼女が決める事でしょ。
なにで元気になるかなんて、人によって違うよ」と返しました。
彼女は、私に何を言っても無駄と思ったのか、醒めた笑い声でその会話は終わりました。

真面目すぎる人に限って、信仰に対し病的なまでに固執する。宗教依存症になりやすい。
そう感じたことが女子部時代にもありました。
部長をやっていた時、ひとり精神的に不安定な部員さんがおり、私の一つ年上。
私がドロップアウトしている間に、どこかから引っ越してきた一人暮らしの女性でした。
彼女は常に口元にハンカチを当てており、目がうるうるしていました。
簡単に言うと彼女は「かまってちゃん」。
当時の私は、彼女が少し普通じゃない事は解っていても、イライラすることが多かったのです。
「信心してるのに何故そうなる?」と思っていました。 
いま思えば、ひどく乱暴な考え方ですが、まさにマインドコントロール下にあった故です(言い訳)。
彼女は、幹部に直接指導を受ける時(公開)、話が長引く事で有名でした。
「でもでもだって」でエンドレスです。自分が聞きたい答えがあって、それを聞くまで絶対に納得
しないのです。
ああいえばこういう、で、途中で静かにキレた幹部もいましたw
彼女の性格を知っている幹部は「OOさんは会合が終わってからゆっくり聞くね」と
はなっから、後回しにしたほどで。
会合時間中にうっかり聞いてしまったら、他のメンバーの話を聞く時間が無くなるからです。

また、彼女はひとこと発言や活動報告も、話し始めると長く、起承転結もはっきりしない。
ネガティブでオチが見えない話をえんえん続ける事もあり、周りで聞いてる若いメンバーには
下を向いて携帯をいじりだす子もいましたw
私は彼女の背景を知るまでは、不思議でたまらなかった。なんのために活動やってんの?
信心していて、活動家なのに、これだけ愚痴っぽく、前を向けない人なんか見たこと無いと。
口では辛いと言いつつも、ずっとそこに留まって居たいように見えたんです。
あるとき本部長に呼ばれました。彼女が私の事でクレームを入れたのです。
「大変だろうけど、彼女の事は特別にあたたかく見守ってやって欲しい」といわれて。
理由を尋ねたところ、彼女が大きな心の傷を創価によって受けていた事がわかりました。
その理由が、結婚式をドタキャンされたというものでした。
相手の両親がアンチで、結婚に猛反対。
彼が数日前になって「白紙にして欲しい」と伝えてきたとの事。
結婚するから女子部を離れたが、入籍前だったので、女子部のまま。
彼女は直前まで部長を務めており、かなりの頑張り屋で将来有望と目されていたそうです。
当然地元の組織に戻る事はできず(新しい部長が立っているから)こちらに引っ越してきたとの
ことでした。
そういえば、私が部長になったばかりの頃、やたら上から目線のアドバイスを彼女からうけた
ことがあり、そのような背景を知らなかった私は、正直腹立たしく思っていました。
部長の心構え的な事をメールでおくってきたんです。
彼女も元部長だったから、言いたい事がいっぱいあったんでしょうね。
私は師弟観もなく、先生命の彼女からしたら「幹部のくせに先生のお心で行動ができてない!」と
腹立たしかったのでしょうw
また、私が活動に戻る以前に、彼女はこの部で部長をやりたがっており、幹部に直談判していたと
聞きました。
やらせてあげればよかったのに(?)、組織では本来婦人部にうつるところ、異例で女子部に
据え置いていたので、役職は難しいとの回答だったと本部長から聞かされました。
そんなのってあり? と思いながらも、この話でそれまでの謎が解消され、彼女への対応も
気をつけるようになりました。

が、腫れ物に触るように扱う幹部に対し、彼女はよく喧嘩を吹っ掛けていました。
中には「全ては信心です」と、指導の回答をむりやり切り上げた幹部が居たのですが、
彼女は納得がいかないと、さらに上の幹部に「あの幹部は信心がなっていないと思います」と
クレーム申し入れをしてみたりw
「自分に耳あたりのいいことだけ聞きたいなんて、それは指導じゃないのにね。彼女、指導受けるのが
 大好きなんだよね。かなり、歪んでるんだろうね、可哀相だけど」と、同期の圏幹部も若干呆れて
いました。

幹部をまじえて話した時、「彼女、ちょっと休んだ方がよくないですか?」と言いました。
みんな困った顔で「自分たちもそう思うんだけど、彼女は休みたくないって言う」と。
彼女がいつも口元にハンカチを当てているのは、人と会うと吐き気がするからだと言うので
「それって、会合に出ることでますます悪化しませんか?」と幹部に尋ねると
休むともっと、自分の精神状態が悪くなっていく・信心が足りなくて辛い目にあった自分を
責めるようになってしまうからと、本人が活動を休むことをよしとしないのだと。
活動に出ないと不安が高まる、だったら出ている方が良いのではないか?との周囲の判断でした。
結局誰も本気で救おうとしない。あくまでも本人任せ。
これは大変だ・・と思いながらも、彼女を中心に運営するわけにもいかないし、と
ある程度割り切るようにしていました。
そして会合にはなるべく彼女お気に入りの幹部に入ってもらい、根気よく話を聞いてもらうように
しました。
そうでもしないと、こっちまでおかしくなりそうだったからです。

私が結婚で引退と同時に、彼女も婦人部への勇退を決めました。
新部長が20代前半と若返ったため、やりづらくなると予想しての事だと察します。
数年後、彼女は結婚・出産をし、そのまま地元に住んでいました。
母を通じて、時折彼女の近況を聞いていました(同じ地域でした)。
御主人は壮年部。人柄のいいお方で、暫くは落ち着いていたようですが、出産を経て
育児ノイローゼになって以降、育児が出来ず、子供は実家のお母さんが引き取り育てているとの
話でした。
母は、地域の役割も受け持っているので、彼女にたびたび関わっていましたが
「あの人だけは、どうしてなのかと思うね。信心しているのに」と複雑な表情で言うのです。
その後、環境のいい田舎に引っ越すとのことで、転居したそうです。
落ち着いた状態を取り戻してくれていると良いのですが。

先に述べた夢をかなえられなかった彼女も・かまってちゃんな彼女も、創価の被害者だと
私は思います。

子供のころから「叶えば功徳・叶わなければそれが自分に必要じゃなかった事柄」と、
信じたり・都合よく諦めたりをルーティンで訓練されてきた学会二世、三世とは違い、
大人になってからの功徳信心は、誤魔化しが利かないのではないでしょうか。
勿論それだけに「やっぱ願いなんて叶わない、やめた」と傷が浅くてすむ場合もあるでしょう。
夢をかなえられなかった彼女の場合は、逆方向に作用したのではないかと感じました。
意固地になるというか、自分が望んでいる完璧な結果が得られないと満足できなかったのでは?
誤魔化しが利かないからこそ、妥協を許せず、あきらめきれなかったんじゃないかと。
別の人の話ですが、学会1世の女性で、恋愛成就のために入会したと話していた方がおり
10年にわたって一人の男性にアタックを続けたが、振られ続けていたと聞きました。
当時聞いた時もドンビキでしたがw 彼女は真剣でした。
彼が別の女性と結婚したことで諦めがついたと語っていましたが、結局非活に転じてました。

かまってちゃんな彼女は、創価のせいで結婚が反故にならなければ、精神を病まなくて
済んだかもしれない。
精神を病んでもなお、活動を休む事が出来ず、活動にすがり続けたのだって
「活動をやめたら不幸になる」という幼少期の刷り込みから、恐怖感で、追い込まれて
いたのだと思います。

まじめで、まっすぐな人ほど、不器用で、害を受ける。
もちろん、悲しい事があっても
(彼女と同じように、外部との結婚を婚約破棄された経験ある内部の友人が居ますが)
乗り越え前向きに、すべてを拓いて行った人もいました。
こういった人は、信心活動云々の前に、もともと「胆力」があるのだと思います。
だから乗り越えられた。 (そして、このテのタイプは、創価がなくても生きられる)
だけれども、彼女らのようなタイプには創価の教えや存在が仇になったのでしょう。
宗教依存症になってしまうことで、自分の心や現実を冷静に見つめることが
出来なくなってしまっていたんじゃないかと思うのです。

きっと、内部の人は「組織はひとつも悪くない、本人の資質の問題」と言いそうですが
絶対そうじゃない。
創価の教えそのものが、自己矛盾だらけで、組織に都合のいい事ばかりになってるにもかかわらず
「願いとして叶わざるはなし」と、甘い言葉で誘いこむ。
藁をもすがる思いの人は心が弱っています。冷静な判断もできない状態で、盲信する。
「疑う事は悪」だと教わることで、さらに自分を追い込む、真面目な人ほどそうなる。
そこを思い通りにならなかった時「信心が足りない」などと、組織の理論で簡単に片付けんなよって
思うのです。
全ての人が等しく願い事をかなえられる訳ではない。個性と同じく、個人差があるのです。
甘い言葉で誘いこんでおきながら、功徳は自分持ちだよ励みなさいと無責任に煽る。
みんながみんな、器用では無い。 御都合信心が通用しない人も多いのです。
信心ですべてを乗り越えられるほど、世の中は甘くない。
信心ですべてを乗り越えられたって人は特別運がいいか、胆力があって創価無しでも
大丈夫な人です。

この当時にみたテレビ番組で、心理学者が言っていました。
「洗脳とは、暴力・脅迫行為などで従わせることを指す。
 マインドコントロールとは、こちら側へいらっしゃい、楽園だよ?と呼びこんで本人の意思で
 入るようおびき寄せ、管理していくことを指す」と。

創価のやってる事は、洗脳+マインドコントロール。どっちもあてはまるじゃん!
恐ろしすぎる、実に巧妙だ・・と背筋が寒くなりました。

この信心で救われる人もいるけど、救われない人も大勢いる事はもうハッキリしています。
「創価の信心が一番正しい!絶対勝っていける! 幸せになっていける! 悩みを解決していける!
 夢や希望をかなえていける!」
そんな甘い言葉にそそのかれて、組織の黒い魂胆(金と権力集め)に巻かれる被害者が
これ以上増えないことを願っています。

「黒い手帖」を読んで

矢野絢也氏の著書”「黒い手帖」 創価学会「日本占領計画」の全記録”を読みました。

昨日投稿した記事は、昨年12月に前ブログに書いた記事を再編集したもので
日曜に予約投稿していました。
本はこの火曜日(10/8)に読んだのですが、まさにタイムリーというか、
「もしや、池田老人の野望は”日本支配”?」を肯定する過去の事実が書かれており驚きました。

297ページ「クーデターを立案していた青年部」章に
”池田氏は「内部はどこまでも革命児でなければならない」という考えの持ち主である。
 国家を転覆させても、自分が天下を取りたいという野望を抱いており、
 「水滸伝」や「三国志」、ヒトラーの「第三帝国」を、公明党の議員や青年部の幹部に
 勉強させ、ありとあらゆる権謀術数を会得させようとしているという話もある。
 いざというときには、クーデターもやりかねない怖さがある。
 実際、1971(昭和46)年頃、青年部の最高幹部の間で過激なクーデター計画が
 話し合われていたという証言もある。学会の人材をひそかに送りこんで、自衛隊と放送局、
 電波を全部抑え、クーデターを決行すると言う内容だったらしい。”
  中略
”「冗談半分だったが、「いざとなったら、こういうことも本気で考えなければならない」という
 話がかわされていた事も事実だ」と、ある古参の元議員が雑誌の座談会で暴露していた。”

これを読んだ時、うっわー!と思い、次に思い出したのが私が20代前半(1993年)頃に
大きな会合で聞いた、大幹部の指導でした(以前も書きましたが再掲)

「弟子というものは、いざという時、まっさきに師匠の元へかけつけなければなりません。
 師匠の一大事のとき、一体どれほどの人が師匠の元へかけつけられるのか。
「先生!」と声をあげ、何を差し置いても、まっさきにかけつけることの出来る人が
 どれほどいるのだろうか。
 弟子が師匠を求めていくということは、常にそのいざという時のための訓練なのです。
 いざという時、かけつけられないようでは本物の弟子ではありません。
 そのいざという時が、明日なのか、10年後なのか、20年後なのか、30年後なのかは
 誰にもわかりません。
 その「いざという時」に本物の信心が試されるのです。
 青年部で闘って闘って闘いきって、師匠をどこまでも近くに感じる事が大事なのです」

いざ(クーデター)という時、日本の何処にいようが師匠の下へとかけつけて、師匠のためならと
何でもやれってそういう事だったのかと、妙に納得してしまいました。
女子部にこんなこと教えてたんだから、男子部などもっと極端な指導がありそうですねw
しかし、2009年に公にこんな事実が出たにもかかわらず
2012年末の大白蓮華で公然と私たちの運動は根本的な一切の革命なのですなんて
書いちゃうんだなぁと、呆れたと同時に恐れ入りましたw
大白蓮華は基本創価脳の人間しか読まないから、部外者の目なんか気にしてないって事なんでしょうね。
そして全く組織の黒い魂胆に気がつかず「我が使命は革命!師匠の仇打ち!」なんて燃えている人間が
日本のそこかしこに居るかと思うと、恐ろしいです。
有事の際に、ほんの少しの人間らしさを思い出し、冷静であってほしいと願います。

矢野氏もマインドコントロール下にあった事、信じていた創価や公明党に青天の霹靂で
やりこめられていくさまは読みごたえがあり、恐ろしすぎました・・。
なんで最初から録音を取るなり、警備保障に加入してなかったのか?と不信に思いながら
最初は読んでましたが、矢野氏がある日突然に創価や公明党(=というか、池田老人)からの
攻撃に遭った時は、まだマインドコントロール下なのだから、警戒心などなくて当たり前か!と
思いなおしました。
覚醒した頭で読んでいると「もっと注意深く(公明党議員やらと)接したらよかったじゃん!」
などと、勝手な思いが去来したんですがw それは無理というものですね。
だって、仲間だと信じてたんだから。
マインドコントロール下にあった矢野氏の、恐怖と戸惑いの連続は想像に難くありません・・。
もちろん現在は、あらゆる方向に気を配っていらっしゃるかと思いますが、本当に何事もなく
過ごして頂きたいと思いました。

しかし、オヤジ幹部(副会長)が2005年に矢野氏を戸田記念国際会館へ呼び出した際
「青年部が跳ね上がっている」と、あたかも青年部の若頭wの突き上げで
自分たちは矢野氏を呼び出した、という風になっているところ、おかしすぎると感じました。
父親世代のくせに、副会長なのに、青年部をおさえることもできないってどんな組織なんだよwと。
副会長とは名ばかり、発言力も威厳もありませんって言ってるようなもんですよね。情けない・・。
ボトムアップって演出かもしれないけど、胡散臭さ満載だし。
あと、当時の聖教新聞の幹部座談会(毎回、罵詈雑言のオンパレードで、バリ活時代から薄笑いで
見てました)も抜粋で掲載されており、
青年部全体が、矢野氏に対して怒ってるような発言があったんですが、実際現場でそんな空気は
なかったと思います。 男子部や・限られた地域であったのかもしれませんが、少なくとも
私の地元方面の女子部では無かったはずです。
2004年に結婚で転居してからも、私の次代の部長とは電話やメールで一年余
しょっちゅうやりとりをしていました。 
若い部長で、年上の部員が多かった為、どのようにしていったらいいかわからないと相談を受けて
いたのです。
今、こういう流れですという話も聞いてアドバイスしてましたが、矢野氏の名前が出てきた事は
まったく記憶にありません。 
2005年といえば夏の郵政選挙のF活動で青年部は多忙でした。
元議員さんが過去に週刊誌に書いた件で、ギャアギャアやってる場合じゃなかったと思います。 
また、選挙直後の秋には教学試験(任用)もありましたしね。
(私も矢野氏程では無いですが記録好きで、当時日記をつけていましたので確認しましたw)
こういった流れからしても、青年部「全体」が矢野氏に怒りを向けていたなんて、大嘘なんですよね。
まぁでも、矢野氏にはそんな末端学会青年部の実情を知る術もなかったでしょうし
新聞に書かれた事や、創価上層部のいうことを信じる以外なかったことを思うと、お気の毒です。

そして、聖教新聞のこの座談会に、脈略なくとつぜん個人攻撃が出る事を「はあ?」と不思議に思う事が
覚醒前に何度かあったんですが、こういう事だったんだ!と腑に落ちました。
議員を諌めるような発言も多いですが、中でいろいろと、あるんでしょうねぇw
しかし、勝手に青年部やら学会員の総意みたいに、単純に池田老人の都合でされてしまう事も
なんだかな~と思う。し、現役議員のほぼ全員が学会員であることを考えると、
こうした上層部の・新聞紙上まで使った脅しによって縛り上げられているなんて悲惨です。
なんのため必死で勉強して省庁入りしたり・国家資格を取得したんでしょうね?!
子供時代からただ、「池田老人(師匠)のために」と頑張ってしまったあとに待っている悲劇。
議員になるなんて、地獄の人生スタートじゃないですか・・。
矢野氏が退いた後、学会から党へ指導役が乗り込み、完全に学会支配下に置かれているとも。
なんかもう、党としての存在意義なんてこの時点でなくなってるじゃんと脱力感です。
外部の方がこのブログを見る事はまれでしょうが、選挙は必ず行って欲しい。
そして公明党以外にぜひ投票して下さい。
投票率を上げる事が公明党にとって一番キツイことなのです。
国民の政治意識の低さがこんな狂った事態を許してしまっているのだと、自分も過去には片棒担いで
いたことは当然のこと、深く反省しています。
なんだったら、某党の党員になって、まじめに選挙に取り組もうかと思うほどです。
 
議員生活が終わると、多額の財務をしないといけないっていうのも驚きでしたが、納得しました。
地元にも何名か(地方、国政)議員リタイヤした方がおられるのですが、みーんな組織から一歩退いて
おられます。たまにしか出て来ないと母談。
極端に愛想が悪くなった奥さんも多いですw そして婦人部からは悪口の対象になっていました。
「議員は借家住まいしろ 持ち家なんてもってのほか」と池田老人が言っていたそうで・・。
議員生活でイイ思いなんて、任期中だけで、やめたらがっさり蓄えを財務で組織に持って行かれるって
そりゃ下支えした奥さんは、いい気がしないと思います・・。
だからなのか、最近の議員さんの実家(もしくは配偶者の実家)は自営・士業が多いと聞きました。
議員をやめたあと、組織に蓄えもっていかれても恨みのでないよう、経済的基盤がシッカリした
人選をしているって処でしょうか。

それから、青年部(男子部上層部)は人相が悪すぎると、バリ活時代から思ってましたが
本当に性根も悪かった様が、面会時の恫喝・脅迫発言からもありありと解って、やっぱりな~と
これまた腑に落ちました。
本文と関係ない事ですが、学会勝訴!学会勝訴!とウッキウキで、口唇のはしに白い泡をためながら
つばまき散らしでキャンキヤンまくしたてていた、男子部幹部の同時中継を思い出して。
正気の沙汰じゃないなーと当時から見てたんですが(でも勝訴は本当だと思ってましたw)
敗訴のほうが多いのに、勝った勝ったと大騒ぎしていたなんて、やっぱり正気の沙汰じゃありません。
良心が痛むというような事はなかったんだろうか?と、疑います。
実家に帰った折新聞で見ましたが、まだ上層部にいるみたいですね。
おまぬけヅラは相変わらずのようで・・。
池田老人亡きあと、大慌てで保身にまわる人間も多いでしょうね@上層部。
悲惨な事も、ないとは言いきれないなと、組織中枢部の毒の回り様から思います。

また、宗門と離れて以降、財務を3ケタ4ケタと煽りだしたということも
この本を読んで初めて知りました。私が女子部になりたての頃、3桁財務は女子部時代マストだ・
やればやるほど境涯が上がる等、さかんに言われていましたが、まさに宗門と離れた直後の話ですから
時期もピッタリで、納得しました。
175ページから書いてある昭和32年の本幹での戸田先生指導がとても重要な部分で
「宗教でカネ儲けするぐらい簡単なことはないのだぜ。(中略)
 このくらい、世の中に簡単なことはない。やりたければやってもよいが、必ず地獄へ行くから、
 やってみたまえ。それがいかんというのが、私の精神なのだ。」
おいー! (自称)戸田の一番弟子が、先陣切って宗教で金儲けしちゃってるよー!
財務をやればやるほど福運がつくだなんて、そんなこと戸田先生は一言も仰らなかったようです。
本当に、人をばかにするのもいい加減にしてほしい。なにが”戸田先生の仇打ち”じゃ。
そういえば、人間革命だったか捏造小説に、池田老人が
「学会は少欲知足でいこうよ」と側近に話したって出てましたが・・w
ほんと、どこまで自分を虚飾にまみれさせたら気が済むのだろう。
こんな強欲じいさんを「人生の師」「心の師」にしている人がまだ数多く居ると思うと、頭痛がします。

この本は2009年2月の出版で、かろうじて自公政権だった頃です。
その年の夏、民主党に政権を奪われた。
この本の中で、矢野氏は公明党に頼る自民党の選挙を憂いておられます。公明党に頼ることで
もともとの票田(有権者)を失っていること。 
公明との選挙協力に失望して去る、もともとの支持者もいるってことです。
公明党はあくまでも絶対票数が決まっていて、それ以上増えることはない。
固いように見えるが、公明と組むことで元々の票田を失ってしまえば元も子もないと。ごもっともです。
安倍政権となり、若い議員さんも続々と誕生している中で、創価に頼らない選挙をぜひとも展開して
欲しいと願います。 
自民だけでは無い、他の政党だって一緒。
あと10年もすれば変わるかな?と期待もありますが。
池田老人もXデイを迎えるでしょうし(・・生命維持装置とか使ってたらどーしようw)
功徳選挙に燃えるじいさんばあさんも寿命を迎えるでしょうし(自然の摂理です)
私たちの年代(40代)以降の覚醒が進めば、公明票なんてがくっと減るはず。
そして若い世代に「洗脳馬鹿」をつくらないことが、最も重要だと思っています。
ゆえに、子育て世代の方々に一日も早く覚醒して欲しいと、強く強く願います。

革命

購読停止したにもかかわらず、暫くの間、新聞やグラフが入っていた話を先日書きました。
大白蓮華も、読む気も無ければ・会合に行く機会もないくせに、惰性で取り続けていました。
これもグラフ同様ぱらっと見てから捨てていましたが、せっかくなんで読んでみることに
しましたw (注:昨年12月の話です)
マインドコントロールのとけた頭で読むと、恐ろしいことがごく普通に書いてあることに気付いて
驚かされました。

巻頭言は、池田老人でした。おそらくゴーストライターによるものでしょうけど。
もう秋谷会長じゃなくなったんですねw それいつの時代の話だよ、って思われそうだけど、
私の中では巻頭言といえば秋谷さんのイメージがあります。
座談会でよく朗読させられたものですw@女子部当時。
そういえば秋谷さんが重病で、脱会して宗門のお寺についてると、ネットでこの時期に見ました。
もし本当なんだとしたら、手記を出版するとか、なんらかアクションをおこしてほしいものだと
思います。
新年の歌には「勝利の大城」という文言がw 選挙意識したものでしょうね。
そして、大リーガー(岩隈投手)のインタビューも載っていました。
さらっと読みましたが、先生から激励を受けて云々がクローズアップされた内容で残念でした。
好きな御書の一節とか、ないのかよ?と。
有名人が信仰体験を語ってるのを見聞きして、組織の人は確信を深めがち。
その活躍を、まるで自分の手柄のように会員が語るのって恥ずかしいなーと、バリ活当時から思って
いました。
どうでもいいけど、婦人部になってしばらくした頃、当時のしらゆり長がオーランドブルームの
写メを送りつけて来て
「彼もSGIメンバーなんですって!みんなに自慢しちゃいましょ(浮かれた絵文字)」と
書いてあり、私は全く他国の俳優に興味がなく、オーランドブルームが誰なのかも解らなかったので
大変イラっとしたことを思い出しましたw

さらっと流し読み中、これは怖い、と引っかかった内容がありました。
「新入会の友と語る座談会御書」というページ。
種々御振舞御書の通解(一部分)をモチーフに、組織の活動・その意義を新会員に説いているのだけど
そこに池田老人の指導が挿入されており
「私たちの運動が、日本の根本的な文化革命、人間革命、精神革命なのです」という一文を見て
ぞっとしました。

大見出しは「私たちの運動は根本的な一切の革命なのです」とある。
革命=世直しって事だけど、
文化革命といえば、中国の「文化大革命」がまっさきに頭に浮かぶ。
池田老人・・やっぱりかよw
指導にさらりと入れてくるあたり、確信犯だと思いました。自分も毛沢東になりたいって事か。
徹底したプロパガンダ・神格化。 全くやっている事が同じでビックリ。

wikiを見ていたら、個人崇拝の例として、毛沢東がマンゴーを各工場に与えた話が載っていて、
ある工場長はマンゴーを祭壇に御供えして一日一礼。腐ってきたマンゴーを茹でた煮汁を従業員
全員でのみ、その後、マンゴーのレプリカを祭壇に飾ったとありました。
これと似たような事をうちの親戚もやっていたんですw
とある会合に出席したおば(幹部)が、池田老人からどら焼きを頂いたので食べに来いと連絡して
きました。
(注・私が小学生のころなので30年以上前のことです)
おば宅に行くと、どらやきは直径20cmくらいの大きさ、たった1個しかありません。
まず仏壇に御供えし、全員で勤行唱題をしてから、そこに集った人数分に1個を切り分けて
(一人当たり3cm角くらい)
かけらを、勿体無い!というかんじで、有り難くいただいたのでした。まるでなにかの「儀式」。
おばは子供たちの頭をなでまわして「先生に握手して頂いたの。頭が良くなるよ!」と言いました。
その後、おばの家の定番の御供え品はどらやきになり、常に仏壇にはどらやきが御供えされています。
当時の私は、3cm角のどら焼きを食べる為だけに電車に乗っておばの家に連れて行かれたので
内心、がっかりしていました(1個まるまるもらえる・食べられると思ってたので)。
このようなおばの狂乱ぶりを見ても、プロパガンダは大成功。
大白を読むまで、こんな記憶は封印されており、これまで思いだしもしませんでした。
まだまだこんなエピソードあったと思います。

そもそも、日蓮大聖人は「革命」を望んでいたのだろうか?と疑問が浮かびます。
世直しは望んでいたと思う(国家諌暁)。
だけどそれは、池田老人の言う革命とは性質も意味も違うものだと感じる。
日蓮大聖人は、世直しは望んでも、自らを崇めろとか・自分が為政者に変わって独裁国家を
作ろうなんて事は標榜していない。
また、誰か(日蓮大聖人の生きた時代で言えば、上級武士など)権力者の背後にぴたり寄り添って
院政を敷くような、そんな行動もありませんでした。
(武家に手厚く守ってもらっていたようではあるが、それは院政じゃない)
もし、日蓮大聖人がそういった革命思想を持っていれば、日蓮寺院がその時代に武装集団に
なっていてもおかしくありません。
比叡山延暦寺並みになろうと、力と金を貯えようとしたと思います。
鎌倉時代は、寺社が強力な権力・知力・財力を持ってた、それが当たり前な時代。
歴史をみても、日蓮大聖人の御在世当時は、一揆や挙兵を大聖人主導で行うような事はありませんでした。
大聖人滅後に天文法華の乱は起こったけれど、それも大聖人の命に従ったというものではありません。
後のお弟子さんvs天台宗の争いです。
大聖人は、厳しい破折を行う・激しい人だったようで、身命を惜しまず法を弘めようと行動を
してきた人だけれども、その姿勢がただちに「革命」というコトバと結びつくとは思いません。
もしそのような思想性があれば、先頭に立ち煽動したでしょうが、そんな史実は私の知る限り
ありません。

池田老人は、院政を敷いたよね。
公明党を結党、自分が立候補したり・党代表に収まる事はしないけど、オーナーとして
陰で党を操り意のままにしてきた。現状は組織トップがそれをやってるんでしょうか?
あくまでも組織の益を護るために政治力を利用しようとしているだけでしょう。
表向きは「平和と福祉の党」だけど、自民党に協力してる時点で自己矛盾が生じています。
寄らば大樹の陰、それも智恵。従うように見せて従える、そんな方法論で会員を納得させようと
しているけれど、無理がありすぎです。
改憲の際には、池田老人のメッセージが新聞に載るんじゃないですか?
時代の流れに沿って平和の解釈も変わるんだよ的なw 盲目信者は、池田老人がそうおっしゃるなら!と
まわれ右してくれますもんね。
でも、世論からは袋叩きにあうでしょうねw それでもいいと思う。

wikiの文化大革命から以下抜粋:

・・・・・・・
毛沢東の1927年に記した
革命は、客を招いてごちそうすることでもなければ、文章を練ったり、絵を描いたり、
刺繍をしたりすることでもない。そんなにお上品で、おっとりした、みやびやかな、
そんなにおだやかで、おとなしく、うやうやしく、つつましく、ひかえ目のものではない。
革命は暴動であり、一つの階級が他の階級を打ち倒す激烈な行動である。
・・・・・・・

池田老人のいう「革命」は、この毛沢東思想に非常に近いものじゃないかと感じます。

大白の本文には
「私たちの一人を大切にする行動は、すごく遠回りなようだけど、一切を根本から変えているんだ。
 だからこそ、この道にはいやがらせがある。難があるんだ。
 どんな社会も、いつの時代も、そこには必ず人々を支えている考え方や価値観がある。
 それを根本から変える物が現れると、たとえそれが正しくとも、一斉に反動が起きるのは
 当たり前だよね。」とあり。

あくまでも、自分たちの行動を正当化。
学会活動にはいやがらせがある・難がある・・いやいや。それはいやがらせでもなければ
難でもないのよ「世間のまっとうな評価」ってものなんだよ。
自分たちに都合良く、御書を引用しないでもらいたい。
「種々御振舞御書」を創価的に解釈したら革命になるなんて、変だよ。
新入会者をプロパガンダしようとしているみたいだけど、これを信じ込むって相当な馬鹿しか
いないのでは・・若い人たちが賢明である事を祈るばかりです。

「私たちの運動は根本的な一切の革命なのです」

これは何度読んでも、物凄い違和感があります。
なぜに、根本的な一切の革命をやらなきゃならないのだろう?
自分たちが「世直し=いいこと」やってるんだ、と会員に思いこませようとするのだろう?
ハッキリと書いてないけど、これって選挙活動のことを指しているんでしょうか。
政治を変える役割を、公明党を支援支持する私たち学会員が担ってるんです!という
「政治改革」的な意味合いなのか。
いや、それだけではない気がします。もっと大きな枠組みの事を言っているような気がするのです。

”根本的な一切の革命”
日本社会や歴史までも、全否定してるようなこのフレーズ。
私は、日本はなんだかんだいっても良い国で、国民性も素晴らしいと思っています。
政治経済社会環境問題・課題は山積しているけれども、そんなの諸外国も同じ。
自己肯定の上で、国を良くして行こうという努力ならば「革命」という言葉はふさわしくないと思います。
wikiを見ると保守革命を「維新」と呼んだ的な事が書いてあって、妙に納得してしまいましたw
「根本的な一切の革命」とか言われると、従来を全否定の上で、何らか全く新しい秩序の打ちたて・
クーデターが思い浮かんでしまいます。
日本の文化、人間、精神革命だなんて、どんだけ大風呂敷なんだか。
”日本人はダメだから変えてやるよ”という「上から目線」を感じ、受け付けません。
彼の国の人の発想としか思えませんw そんな噂がネット上には山ほどあふれておりますが・・。
真偽はわからないけど、誤解を生むような事ばっかり本人(組織上層部?)がやってることは
事実ですね。

前にも書いたけれど、私は日蓮大聖人は愛国者だと解釈しています。
そんな日蓮大聖人が革命やクーデターを望んだり、弟子に教えたり、煽動したりすることは絶対に
ないでしょう。
日本の国を守りたいから、良くしたいから、立正安国論をあらわされた。
そこには上から目線なんてない。 厳しくも、大慈悲の視点と言葉。

自分が、何も分からずに、親に入会させられたというだけの理由と、マインドコントロールによって
所属し続けた宗教団体が、表向きは世界平和を掲げて御立派そうにしているが、
実際は日本亡国を目的にした組織だったのかもしれないと、2012年の暮れに思いました。
組織が金集め集団だったという事が解った時よりも、さらにショックだったかもしれません。

この大白を読んだ後、「革命」が頭を離れませんでしたw
そういえば、昔ナポレオン展、やってたなーって思いだして。
なぜに創価がナポレオンを扱った展覧会をひらくのか?当時は意味がさっぱり解りませんでした。
どういう繋がりがあるのかと。 説明があったかもしれないけど覚えがありません。
ただ、池田老人や創価が世界に信用信頼を得ているから、門外不出のお宝が日本にやってくるんだ・
それを一般人に広く見せてやれるのだ、という、いかにも権威主義な話を幹部がしていた記憶は
鮮明にあります。
ナポレオンといえばフランス革命。 
そっか、池田老人は「革命」が好きなんだなwって気がつきました。

しかし、革命って、どぎつい言葉だと思います。
根底から覆す、それまでの価値観を無にし、根こそぎ変えるようなイメージ。
革命=洗脳とも、言い変えることもできると思います。
何故に日本人(いや、世界も)を創価池田思想で「革命」しないといけないのか?
そんなことになったら、本当に日本国の伝統がなくなってしまうじゃんね。
神社仏閣は潰してしまえって事になる。 天皇家の存在意義もなくなるよね。
いったい、創価はなにがしたいんだ???
「革命」なんて言葉を、自分たちの活動になぞらえているが、これは軽々しく使っていい類の
言葉では無いと思いました。
生まれた時から身近に「人間革命」なんて本がごろごろある環境で生まれ育ったせいなのか、
これまで40数年のあいだ「革命」という言葉について考えることなんてなかったんですが
知らず知らずのうちに、取り込まれていたって事じゃないかと、ぞっとしたんです。

池田老人は、はなから「革命」をおこすことを望んでいた。
日本の国をひっくり返し、我が物にするという野望w
そんな池田老人率いる団体のどこが「日蓮大聖人直結」なのだろうか?
愛国者である日蓮大聖人が、一国の独裁者になろうというような革命を望んでいたとは
まったく想像ができません。
というか、目指されたところはそんな下種で野蛮な次元の話じゃ無いと思います。
創価が標榜する「革命」とは、下種で野蛮な部類のさまに私には思えたのです。

また、この時期の私はNHKの大河ドラマ「平清盛」を毎週夢中で見ていました。
(前にも書いたと思いますが、私は歴史が好きです)
テーマは「絶対的権力との対峙」
天皇家(貴族)と言う、生まれながらにして日本国における絶対の、崩される事の無い頂点に対し
平清盛は武士として、同じ地位(日本の棟梁)に就こうと、高みを目指して挑戦していく。
最終的には源氏に追い落とされ、源氏も統一を果たせないまま時代は移っていく。

戦後、天皇家が「日本国の象徴」という独特な位置づけになり、誰が絶対的権力者になるのか?
覇権争いが始まったその最中に、創価という新興宗教運営に携わった庶民たち。
戦後、価値観が一掃され、混沌と渇望の世の中で、のし上がろうと試みた庶民達の中で、
何の後ろ盾もなく、宗教だけを道具に裸一貫であそこまでのし上がった、バイタリティあふれる
戦後最大の野心家=池田老人ではないのかなと。
池田老人は、首長公選制を推奨していたそうで、ものすごい野望を持ってたのね、と思いますw

平清盛は「理想の国づくり」を標榜し、手段を選ばず勢力拡大をしていった。
たぶん初心はまちがっていなかったと思います。民衆のため、武士の世を作るというところ。
だけどいったん権力を手にし、公卿に入ると、自分たちは元々そちら側(絶対的権力を持つ側)に
居たとの錯覚を起こし、「武士の世」を作ることよりも自分たちの繁栄のため、意のままに組織を
操るようになって行く。
広く「武士の為の世」ではなく「平家の為の世」を存続させようと見誤り、失脚。

これって、創価と似てると思ったんです。
最初の出発点は、庶民を宗教の力で・信仰と強い思想をもつことで、幸福に・豊かにして行く
事だったと思います。
牧口先生、戸田先生あたりまでは、まともだったというか、良心があったんじゃないでしょうか。
ところが、代が変わった途端に組織を狡猾に「わがもの」とし、数の理論で金集め・票集め。
男がある程度のお金と権力を手に入れると最後に欲しくなるのは「名誉」らしい。
実際、顕彰集めに走ってます。わかりやす過ぎますねw
次に欲しいのはなんだろう。
ノーベル平和賞、今もらっても表に出て行けないからwもらいたくないでしょうね。
国民栄誉賞なんてもらえるわけがないし、天皇陛下から頂戴する「叙勲」もどうだか?
よくわからない賞は山ほどもらえても、誰にでもわかるすごい御褒美は、お金のチカラだけじゃ
絶対もらえそうになくて、本当に残念。でもそれは「道理」です。

世界平和を標榜しておきながら、池田老人が本当にやりたかった事は「日本を支配下に置くこと」
だったんじゃないのか?
そんな風に最近は思います。
戦後の日本近代史(裏歴史)を語る上で、創価は外せない存在になりそうですね。
政治の世界にまでがっつり入り込んでいるんですから。
しかも政権与党って。オーマイガー!です・・。

わけのわからない革命を、功徳や報恩というコトバに煽られ、知らずのうちに手伝わされている
その自覚を、バリ活はもつべきです。 
日本を良くするために本当に必要なのは一個人の欲望のための革命では無く、常識的な行動です。

一日も早く、見識を広く持ち、さまざまなことを知り、覚醒して欲しいと願っています。

報恩感謝(2)

休み明けこちらに戻ってからも、彼女とメールのやり取りが続きました。 

私は彼女に対し「脱会するつもりだ」とは、ひとことも言ってなかったんです。
「信心はするけど、学会活動はもうしない」って伝えたつもりでした。
だけど彼女は私に「不幸になって欲しくない」とメールをよこしてきました。
「学会、先生から離れるのは自ら不幸を選ぶのと同じです」と。

これっておかしな話だなと、覚醒していた私は違和感を覚えました。
なんで、学会活動しないと不幸になるって、決めつけるの? 
それこそ、日蓮大聖人に対しての「不信」じゃないのか?
私は、(日蓮大聖人の教え・法華経の)信仰を捨てるとはひとことも言ってないにもかかわらず、
創価の活動をしない事=不幸になるって、そんなのおかしい話だよね?と思ってました。
いつから日蓮大聖人の教えは、創価の専売特許になったのよ?wと。

創価じゃなければ日蓮大聖人の仏法を正しく行じていけないなんて、大聖人様は一言も仰ってない。
創価が勝手に「うちが本家です」と言っているようなもの。死人に口なしみたいな感覚で。
ごくシンプルで簡単なことだと思うのですが、これがなかなか理解できないのはどうしてでしょうか。
学会2,3世となると親からの洗脳教育で疑う事を禁じられ、「罰論」と「功徳」が障害となって
いるからなのか。
うまれたてのヒヨコが初めて動くものを見てそれを「親」と信じるがごとく、学会正義を疑う余地もなく
信じ込まされた結果なのかもしれません。

バリ活な彼女との対話を通し、決定的に相入れない部分がありました。それは「師弟観」。
繰り返しですが私は師弟観皆無です。
女子部で薫陶wをうけていた時代、幹部は耳にタコが出来るくらい「師匠のために」を
連呼していました。
「私たちの先生」これもよく耳にしました。
いい子に見られたく・ずるかった私は、内心全く「師匠!」などと求める心が無くても
周囲の会員に向けて”先生を尊敬申し上げてます”という、ポーズはとっていたのです。
でも、活動をするにあたって「先生のために」などという思いは、皆無でした。
俗な性格だと思いますが、対話も折伏も活動を頑張る事も、誰でもなく「自分と身近な人のため」。
勝利と称される、現実生活の充実だって、池田老人の為に達成する目標では無い。
あくまでも自分の為。 それと、この仏法が正しいと身近な(外部の)人たちに証明するため。
そこはまちがっても「創価の正しさを証明するため」ではなかったんです。
池田老人のことも、組織の事も、二の次でした。
彼女は私の事を誤解していたんでしょう。同じく池田老人を「心の師」として女子部時代を
闘った同志と、勘違いしていたんだと思います。
「先生の御心を知るには、もっと多くの指導や書籍を読むべきです。読めばわかります!」とも
メールに書いてきました。
読んだことあるよ。 女子部の頃は課題図書のように、あれを読みなさいこれを読みなさいって
打ち出しあったから。 白蓮時代は感想文や手紙も書かされたよそういえばw 
中でも女性抄は繰り返し読んでいました。
当時は「いい事が書いてあるなぁ」と思っていたけど、そのどれもが夢見る夢子の読み物だったなと
昨年、捨てる前に再読してそう思いましたw
現実問題、そんな綺麗事ばっか通らないよという事柄。究極の理想論。

彼女とのやり取りで、あまりにも先生先生うるさいので
「申し訳ないけど、私の師匠は先生ではない。
 その時点でもう、今の組織にそぐわない人間だと思いますよ?だから非活でおとなしく
 してるほうが 組織の為にもいいんですよ」と返信しました。
すると彼女は
「そんな事は無い。師匠は弟子が立ちあがるのを常に待ってくださってる。今からでも遅くないです」
とw
いやいや、待っていらねぇ、そんなもの。 つか、私は弟子じゃないんだってば。
これは、どこまでいっても平行線だろうなー・・とメールのやりとりも疲労感が増すばかりです。
組織で言う「師弟」に、何の感銘もうけず、重要と思ってない私に、さんざん師弟を説かれても
まさに馬の耳に念仏。

また、彼女が語る組織・信仰とは=池田老人である事も、間違いなく。
まず池田老人ありきで語られるので、私には全く響いて来ませんでした。
どうしてそこまで夢中になれるのか、さっぱり理解ができません。
一体、みんな池田老人に何をしてもらったというのでしょう?
女子部時代、大きい会合で運営につくとパンと牛乳をもらえる事がありました。
「池田先生からです」と幹部が紹介し、みんな大喜びでしたが、当時から私は醒めてました。
池田老人のポケットマネーな訳が無い。お金の出所は、絶対に財務(広布基金)にきまってる。
みんなのお金が回り回ってパンと牛乳に化けたっていうだけだ。 
それを「池田先生からの差し入れ」としてたって事は、財務はやっぱり「広布のため」と言いつつも
現実は池田老人への献金だったということですよね?
また、接遇任務に行ったとき、お弁当が出たのですが、上品な仕出し弁当でした。
あまりの豪華さにびっくりし、いつもこんなの食べてるんですか?と一緒になった職員に聞いたら
にっこり笑ってました。
帰りには先生からとお土産(小さい菓子折)をもらいました。
自宅に帰って母にあげたところ
「これはOO県の同志が持って来たものを、先生がわけてくださったんだね」と言いました。
某地方の銘菓だったのです。
だったら先生からっていうよりはOO県の同志のお土産がまわってきた、というのが正確だと思い。
矢野氏の本を読んだ際、全国から集まる物品をそれぞれ誰に上げるかを池田老人が決めたと書いてあり
私が貰った菓子折もそれなんだなって解りましたが、恩を売るタイプなんですね。
「忘恩の輩」とか「恩知らずは畜生以下」などの言葉からも性格が解るような・・。
だからこそ、宗門を呪詛せよというような号令をかけることもできたんでしょうね。
冷静に考えたら、私からは独裁者だとしか思えないんですが、それでも先生や学会に「恩」を
感じている多くの活動家は、何をもってしてそう言うんだろう? 

彼女に「報恩感謝の理由」を尋ねたところ長い返信が返ってきました。
逆境にあったとき先生の指導に勇気づけられた・同志が温かく受け入れ、一緒に祈念してくれた。
そんな内容でした。

一般社会でも、言葉に勇気づけられるという事はあります。うたの歌詞に励まされるって経験は
多くの人にあることでしょう。
でも、じゃあその歌をうたっている人が「私に報いなさい」なんて絶対言いませんよね。
中にはいるかもしれないけど、私は少なくとも聞いたことが無いです。
歌手(シンガーソングライター)の多くは歌わずに居られない、という方が殆どだと思います。
誰かに歌わされている訳ではなく、自分の内側からわきあがるものを表現している。
それが結果的に人気やセールスにつながった時、多くの歌手は「ありがとう」と聞き手に感謝を
表します。
報いなさい、こう仕向ける時点で義務感をおぼえるのは私だけでしょうか?
なんにつけ押しつけがましいのです。
「私がやったんです、全て私です、私一人でやってきたんです!」机をばしばし叩きながら吠える
池田老人の姿を私は忘れる事ができません。
心の奥底からわき上がる慈悲で、誰かを救わずにはいられないという、いてもたってもいられない
思いで日蓮仏法を広めてきたという境智の人であれば、こんな言葉がでてくると思えません。

彼女にそのことを尋ねたところで返信が途切れました。
彼女の御身内が検査入院~再入院され、看病で多忙との事で。
当時の私は遥拝ごん行唱題を続けていたので、彼女の御身内の病気平癒を祈念していました。
こちらからは連絡せず、何かあれば実家の母から情報がくるだろうと思っていたら
GW明けに、身内の方が闘病の末に亡くなられた事を知りました。
母が葬儀に行ったとメールをくれてわかったのですが、暫くは落ち着かないだろうと思い
四十九日法要が終わったタイミングでメールをしました。
このたびはご愁傷さまでした、一般的儀礼あいさつ文を。
彼女からの返信はなく、選挙前で多忙なんだろうなと思い、気にも留めていませんでした。
後日(選挙後)、母からお叱りの電話がかかってきました。
彼女は私とのメール対話を幹部に相談したらしいのです。
幹部は「相手にしたらダメ」と、メールのやり取り自体をやめるように言ったとのこと。
それでずっと返事を送って無いけれど、まだ学会組織についてるんですか?(脱会してませんか)と
心配して母に尋ねてきたというのです。
なんで私、いつもおかーさんに言いつけられてしまうんだろう?w
最近の母は「あなたと話してると、私の信心がおかしくなるから、もういいわ」と会話を
遮る事がありますw
みんなどこかで「自分が信じ正義としてきたものは、もしかしておかしいのか?」と思いながらも
ハッキリ確かめたり・覚醒することが怖いのかもしれません。
また幹部の対応も、以前と変わったなとハッキリと感じました。
池田老人が表に出ていた当時は、反対因子には徹底して対話(言い負かす)を推奨していたのに。
もうそういった時流じゃなくなったという事は、綻びを認めざるを得なくなったから
「逃げるが勝ち」で思考停止へ持って行ってるとしか、私には思えないです。

創価の報恩感謝が厄介なのは、感謝するだけじゃすまないってところ。
「ありがとう」を言うだけじゃだめなのです。感謝で終わらせない。
組織が重要視してるのはむしろ「報恩」のほうです。
先生のお陰、組織のお陰で、自分はここまで立派になれた・健康になった・成長できた。
それを「返せ」って言う・・w
返さない人の事を「忘恩の輩」って貶すんだよね・・w

報恩感謝って、ぱっと聞くとイイ言葉だけど、組織においては物凄く、いやらしくあさましい。
必ず見返りを求めるのです。 無償の愛なんてものはそこにありません。
師匠が弟子に、感謝しなよ、さぁ何か(金・無理なら労働力・もしくは票)よこせなんて、
普通言うか?!
少なくとも大聖人様はそのような主義では絶対になかったと思います。
まさに主師親として、弟子たちを我が子をいつくしむように包み込んで、成長・繁栄を手放しで
喜んで下さったでしょう。それだけで、いいじゃないかって思います。

また「報恩(感謝)しないと地獄に落ちる」的刷り込みも、マインドコントロールの一つの手法。
感謝の思いで組織に報いることこ=師弟の道として教え込まれているのです。
目は死んでても「組織に感謝」っていう、バリ活の多い事。
本当にすごいシステムだなーと、感心してしまいます。でも絶対誉められるもんではないですねw

主師親とは、見返りを求めず・大慈悲で・後進の幸せを願い尽くす存在をいうのではないでしょうか?
「現代では池田先生が主師親の三徳を備える存在」だなんていう、トンデモ説もあるみたいですが。
(大白蓮華 昭和41年発行の号にそのような記載があるそうです)

「報恩感謝」無知な私は、すっかりこれが日蓮もしくは創価の言葉と思いこんでいましたが
調べたところ、親鸞上人の言葉だそうですね。
そしてこんなことが書いてありました。
”厳密には恩に報いるのではなく、受けた恩徳に対して如何ともしがたい感謝の気持ちが芽生えて
 どうしても報いたくなることを示す。”
そう仕向けられたり、恩を貰ったんだから返すのが当然・恩を忘れるのは畜生以下なんて言われる
筋合いの物では無いようです。

覚醒手前の多くの人の悩みはこの「忘恩」ではないかと思います。
組織への御恩返しが、なぜ学会活動や新聞啓蒙や財務や選挙運動でないとダメなのか考えてください。
そこまでしなければならないほどの「恩」を創価や池田老人から受けたのでしょうか?
あなたが今日を生きていられるのは、本当に創価や池田老人のおかげなんでしょうか?
家族や友人や会社(仕事)の支えは二の次なのでしょうか。

あなたの「報恩感謝」の思いは、”どうしても報いたくなる思い”からのものですか?
ありがとうの言葉では済まない恩について、人生の大切なものをさまざま引き換えにしても
報いなければならない恩について、今一度考えてみて欲しいです。

報恩感謝(1)

今年の初め頃、バリ活婦人部と対話&メールのやりとりをしていました。
女子部時代の同志です。

正月帰省時、地元のショッピングセンターでばったり再会。
彼女の勘違いで、私の居住地域の婦人幹部が創大の先輩なんですよ~云々話しかけられて、
(県は同じなんですが、エリアが全然違いました)
私がそんな人は全然しらない、っていうか全く活動していないんで幹部名とか解らないです。と話すと、
ショックを受けた様子で、信じられないって顔してました。 
互いに家族も一緒だったので、立ち話は数分ですぐ別れましたが、翌日彼女が実家に来たのです。
彼女の家と実家は近所ですが、なんてフットワークがいいんだろうかと驚いてしまいました。

私が組織活動を全くやらないことに対し、彼女はその理由を知りたがったので
「組織ぐるみでなくても信仰は可能」と答えました。
ここで、組織の本質が金集めだとわかったからという核心部分は黙ってました。
帰ってくる答え「それはネットのデマです!」が解りきってたんで、敢えて最後まで言わずにおいて、
ゆるりと質疑応答して、バリ活の思考回路を覗いてみようという、ちょっと意地悪な魂胆で話しました。

「組織についていなければ、先生のご指導に触れたり(同中のことを言ってる様子)、
 メンバー同士で励ましあったりできないのに、信心をたもちつづけていくのは不可能。
 組織なしでの信仰なんてありえないでしょう」と彼女は言いました。
私は内心思いました、それはあなたの考える「信仰」で、私の考えと違う。
私は、仲間との慣れ合いなんかなくても信仰をたもっていられる。ましてや池田老人の指導、必要ないw
そんな気持ちを込めながら
「あくまでも、日蓮大聖人を信じ、法華経を信じ・行じていくことが重要。
 一人でもそれは出来ますよ」と答えました。
すると彼女の目がキラっと光って
「そうですよ。法華経を”信じる”だけじゃだめなんですよ。法華経は”行じる”んですよ。
 だから、一人じゃ無理じゃないですか」と。
彼女は、学会活動こそが「法華経を”行じる”こと」だと言いたげでした。
「そんなの組織ぐるみじゃなくたって出来ますよ。友人への仏法対話なんて組織は必要ないし」
私はこう答えました。
彼女は「折伏のことですよね?だったら、折伏はまぁ可能として、御本尊様(本流)は
 どうするんですか? まさか、宗門で頂く訳じゃないですよね?」と。
此処でも彼女は、あくまでも「創価のお貸し下げするご本尊様が一番正しい」と言いたげで
「ご本尊様がなければ折伏はできない」と思っている様子。
私は「方法あると思いますよ。どんな方法かは言いませんが」と答えました。
そして「創価のご本尊様じゃなきゃいけない理由って、何なんですか? 何をもってして、
創価のご本尊様が正しいと思うんですか?あなたの言葉で考えで答えてください」と返しました。
すると彼女は
「宗門のご本尊様には血脈なんかないんです。でも学会のご本尊様は大聖人直結です。
 だからまちがいないんです」と答えたのです。
いやいや、全然納得できませんけど、そんな教科書通りの中身の全く無い答えはw
私は「それは、どこに証拠があるんですか?大聖人様が仰ってる事ですか?だったらどの御書に
 かいてあるのか教えてもらえませんか?」と聞きました。
彼女はあたふたしつつ
「大聖人様が、広宣流布するといわれた。そのとおりに、学会が世界にまで広げた。だから
 大聖人直結です」と答えた。なんと苦しい返答w
私は「別に、学会だけじゃないですよ?広めたの。立正佼成会だって海外拠点はありますし。
日蓮宗寺院だって海外にあります。南無妙法蓮華経を広めたのは学会だけじゃないですよ」と
返しました。
彼女は「それは違う」と小さい声で言うのです
創価の南無妙法蓮華経とその他が広めた文字では違うと言いたいのか?
最終的に彼女は「私はこれが正しいと思ってやってます」と。
そんなことで組織が一番正しいと信じろなんて、無理な話ですけどw
結局、すっごい自信満々なのに、基本的な事詰められて答えに窮すのは、思考停止の証明。
挙句の果てに「これが正しいと思うからやってる」という、思いこみ論で片付けるだなんて。
だったらもう、なんだっていいじゃんw
思いこみで正しいってなるんだったら、ウサギやタヌキのぬいぐるみだって信仰対象になるよ。
これは、相手には言いませんでしたが。

もうひとつ、突っ込んでみました
「宗門と蜜月時代は、宗門お貸し下げのご本尊様は血脈相承があるから間違いないって
 言ってたのに、破門されたらとたんに”相承なんて無かった”と言い始めたのも、私は納得が
 いかない。
 だったら謝罪が必要だったんじゃないのか。片棒担いでた事はまちがいないのに。
 あくまでも、組織側も信徒も被害者ですって立ち場で大本営発表されているのも信用ならない。
 少なくとも私は、組織がそのことで(片棒担いでた事)会員に謝罪したなんて聞いた事ないし。
 そのあたり曖昧に、昨日の友を今日の敵に急展開ですり替えた事も納得していない」
と言いました。
相手は明確な返答もできず、たじたじになってました。

彼女は、組織を離れてどうするの?宗門?顕正会もダメですよ?と、「次の行き先」について
あれこれと探ります。
私はあくまでもフリーの立場で、どこの教団にも属さないで個人信仰をしていくつもりだけど
(相手には言いませんでしたが)なんでどこかに入って・属してないと「信仰」と捉えることが
できないんだろう、この人は?という疑問がわいたのです。
組織の人、みんながみんな彼女と同じ思考回路ではないと思いますが、こういった考え方を
する人達は「宗教=どこかの団体に属するもの」という概念なのかなぁ?と。
大聖人は、そんなこと仰ってない。
絶対団体に属さなきゃダメ、団体に属さず個人信仰は信仰とは呼ばない、だなんて言って無い。
少なくとも私はそんな御書知りませんし。あるんだったら教えてほしいです。
こういった「会に属してないとダメ」というのも、ひどく偏狭な考え方だと思います。
そして、彼女の言葉は彼女の頭で考えた結論というよりは「組織の為」に紡いでる言葉としか
思えず。
そこには自分の頭で考え抜いた理論なんてものは無いんです。
だから私は、彼女の話が納得できないし肯定もできません。
それは自分の考えじゃないでしょ?
組織から教えられた植え付けられた叩き込まれた”条件反射”でしょ?

私自身、部長時代に活動家が非活に転じたことで説得に行った事がありました。
理由の多くは、組織内人間関係のもつれと、幹部の指導に納得いかなくて、ってパターン。
組織そのもの・大本営が嫌になったとか、現実を知って、という状況では無かったです。
会う回数をあげて、徐々に様子を見ながら誘って行けば、また立ち上がるという状況も
ありました。
でも、この時の私の場合、もうそういった「信頼関係」や「安心感」「人間関係の修復」は
意味を成さない。
創価大本営がイヤなんで、同志がいい人だろうが悪い人だろうが全く関係ありませんでした。
そこを理解してほしいと彼女にも伝えましたが、彼女はこう言ったのです。
「わかってもらえるまで、私は祈ります!(キリッ」
いやいや、そういうの、もうやめてw
その祈念があなた自身にブーメランのように返って、私みたいに大本営の矛盾に気がついて、
目覚める事を、私は祈ろう・・そう思いました。

(2)に続きます。

使命

お知らせ。
コメント欄をあけることにしました。
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ブログ拍手にコメント機能があることに、一昨日初めて気が付きました!
気づくのが遅くて済みません。
ひとつひとつの貴重なコメント、読ませていただきました。同じ思い・経験をした方が
覚醒しておられる事を、嬉しく心強く思いました。
そしてこの声を私一人が読むのでは勿体無い、悩める人へ励ましになるのではないかと思った
次第です。
これからも宜しくお願いいたします。

@@@

「使命がある」
組織で繰り返しつかわれていた言葉です。
何か辛い局面で、その場から逃げだしたくなったり、不本意な立ち位置にあるとき
幹部は必ずと言っていいほど「使命があるから(その場所で)頑張れ」というような事を
言っていました。
以前書いた「意味のない事なんてない」「全ての事には意味がある」と同じく、
「使命がある」も現状に疑問を抱かせないように・全てが組織の都合がいいように・どんな結果が
出ようとも すべてを「功徳」と受け止めさせるための詭弁だったと、覚醒後に気がつきました。

私はこの「使命がある」という言葉が、青年部時代すっごく好きでしたw
”君には君にしか成し得ない使命がある”そんな事言われて、喜んでいました。
まるで自分が特別な誰かになったような気分。つまんない自分でも、使命があるんだ。
私はきょうだいの中で猛烈な学歴コンプを感じていました。自慢できるような経歴も何も無くて。
だから尚更、創価のいう「使命がある」に心をわしづかみにされたんでしょう。
どんな場所にあっても自分にしか成し得ない使命があるなんて、素敵だと思ったんです。
ただ、その使命とは、結局のところ組織への帰一に終始します。
使命が「友を救うこと」=折伏=組織へ入会させることだと教えるのはどうかと思う。
また、それにまんまと騙されてしまった、脳内花畑だった私も本当に馬鹿でした。

あるとき、子供を送迎の帰り道、運転しながら考え事をしていました。
どうしてこの街にきたんだろうな?と漠然と思ったんです。
主人と結婚し転勤で引っ越してきましたが、私は当時はまだマインドコントロールの最中にあり
この転勤にともなう遠方での新生活も「使命がある」のだと、思いこんでいたんです。
そのときに、ずっと忘れていた事を思いだして自分でも驚きました。
実はこの転勤、断ろうと思えば断る事も・他地域に行く事も出来たんです。
主人の一存で決まった事でした。
私は内心、別の地域(希望を出せばそちらにもいけた)のほうがいいのになーと思いながらも
主人の打診に、嫌だとも、こうしてほしいとも言わずOKしてしまいました。
なんでそうしたのかはもう忘れてしまって。 
反対意見を言う事で衝突を避けたかったのかもしれないし、今ほど職種や会社について理解も
していなかったので、従っとけば楽だと思ったのかもしれません。
そこではっとしたのです。
私は何につけ「自分でしっかり考え抜く」という作業をないがしろにしてきたんだなと。
なりゆきまかせを、とりあえず「使命がある」と誤変換し、正当化してきただけだったと。
これに気がついた時、思考停止しましたw
あまり深く考えすぎると、いろんなことを後悔しなければならなくなる、ヤバイ・・と。

組織で使われる「使命がある」は、現実を見据えず、現状維持が一番と正当化する手段でした。

私が部長だった時代、メンバーのひとりが仕事をやめたいと相談してきました。
彼女は白蓮Gの任期中で、無職になる事は絶対ダメでした。そういう決まりが当時はあったんです。
「社会で実証を示す・白蓮は女子部の模範でなくてはならない」という、組織の方針で。
どうして仕事を辞めたいのか聞いてみたところ、いわゆるパワハラに遭っていました。
急な部署異動を命じられ、倉庫整理の作業員に。その仕事も午前中には終わってしまう。
午後はひたすら社内・社外を清掃。
「辞めて欲しいって事だと思うんです」と、涙ながらに彼女は話しました。
私は彼女に「使命あってその場所にいるんだから、簡単に去る事を考えてはダメ。
会社の人からやめろと言われてないんだったら、大きな顔して居続けたらいい。
掃除も、完璧にやってみたらいい。どんなことも経験だから。とりあえず(白蓮)卒業までは
頑張ってみよう」とアドバイス。
彼女を励ましつつも、実際は組織の体面上、仕事は辞めないで欲しいという部幹部な願いでした。
転職も離職も個人の自由だし個人の問題で、組織がとやかくいうなんて本当におかしいのだけど
当時の組織では、部員が仕事を辞めたらその上に居る部長まで幹部から注意を受けることが
あったのです。
職業を組織に把握され、無職やフリーターなんて御法度な時代もありました。
仕事を辞める=甘えがあるせいだと厳しく戒められました。
この頃は、もう景気が下り坂な時代で、フリーターの女子部が珍しくない時代に移っては
いましたが、だからなおさら正社員を辞めるなんてことは許されない空気だったんです。
結局は、財務部員が減ったら困るってそれだけの理由なんでしょうけどね・・。
余談ですが、私は女子部時代に転職をしており、幹部に何の相談もなく応募。
採用が決まったところで勤務地が変わりましたと伝えたところ、お叱りを受けた事がありました。
2年ほどしか前職にいなかったので、「なんの実績も残さないで、次の場所に行っても絶対に
勝利はできない。信頼を勝ち得るために次の職場は最低でも5年勤務しなさい」といわれました。
当時は、それが創価の御流儀なんだと思って素直に「わかりました」と返事。
だがしかしいま思うと余計な御世話だろう!って感じです。
何かにつけ、幹部に相談が必要で、そのたびに使命だの何だのと「私らしさ」を殺ぐ指導をされた。
女子部の、幹部がみんな張り付いた能面顔をして全員同じように見えるのは、個性を殺されているから。
桜梅桃李なんて言ってますが、それは限られたメンバー(芸術部など)に限って許される話。
一般OLの女子部員には画一化を求めているのです。
「女子部は”先生の娘”としての振る舞いを」とか、幹部がしょっちゅう言ってましたね。 
池田老人は息子3人で、娘が居ないから「理想の娘コンプレックス」があったんじゃないかと、
今ふと思いましたw
25歳までは恋愛するなとか、髪の毛を伸ばすなとか、わけのわからない決まりもそれだったんじゃ?
めちゃくちゃ、キモイです・・。

話はそれましたが、件の彼女はそのまま職場に居続けました。
すると3ヶ月後、会社が倒産。すぐに失業保険がおり、退職金も少し出たのです。
もし、思い立ったが吉日とすぐに退職していたら、失業保険は3ヶ月後、退職金は殆ど出なかったと
いうことで、これを「功徳だ!」と一緒に喜びあいました。ただの偶然なんだけど。
そのエピソードを圏の会合で活動報告したのですが、聞いた別の部の幹部が同じく職場で行き詰った
メンバーにこの話をし、退職せずに頑張れと指導。
その部員さんは自律神経を患って退職する羽目になり、活動に出なくなったという事がありました。
人によりけり、で、私の部員さんとは状況がまったく違ったのだと思います。
単なる偶然を「功徳体験」として語ってしまった事も、いま思えば罪でした。

「使命がある」これは素敵な言葉のようで、実際は非常に厄介な言葉だと思うのです。
たとえば、学校でいじめにあっている子がいるとして。今は転校も可能。
いろいろと手続きはあるけど、そこさえクリアできれば新しい場所で子供はやり直すことが出来る。
そこを、組織根性で「その場所に使命がある、学校に居続けろ!いじめから逃げるな!」なんて
縛りつけたらどうなるか?
イマドキの子供なら、簡単に命をおとしてしまうんじゃないかなって気がします。

また、組織内でも、心身の不調を訴えて役職をおりたいという人に対して
「使命がある」と続投を促すこともあって。
組織への忠誠心を「使命」にかこつけて煽るのです。
変に責任感の強い人だと限界に近づきながらも「使命があるから」と頑張り続け、
無理をきたす事が実際にありました。

なぜに、縁もゆかりもない老人に「君の使命は広宣流布」などと決められなきゃならないのか。
そう思いこむことが「幸福への道」になっているなんて、どー考えたっておかしい。
その押しつけ「使命」は、組織の金儲けのためのコマになるって事ですからね。

また、もうひとつ「負の側面」があり、先にものべましたが、なりゆきまかせを「使命がある」と
誤変換し、これが以前書いた「ポリアンナ症候群」と繋がって行きます。
どんな結果がでようとも「これが自分の使命だった」と思いこみ納得する。
その出来事の負の面から学ぶという事をしないのです。
突き詰めてものごとを考えなくなるのです。 思考停止です。
結局、諦めるための都合のいい「いいわけ」にしてしまえるから。
不本意になっても与えられた場所で頑張る、それはそれで良い事で、自分にとってプラスになった
事もありましたが、私の場合、途中で「おや?」と思う事が多かった。
自我が「使命」だけで完全に抑え込まれているわけじゃないからなのでしょうね。
途中で「違う」って思いはじめ、もがく。 新しい事に挑戦する。
自分で考え抜いてないから、負の側面から学べてないから、安易に挑戦したくなるんです。
結果が不本意でもやっぱりまた「これが自分の使命だ」と思いこむ。
若いころ、そんな事の繰り返しだったと思い返します。
けれど昨年、覚醒の前後に子供の進路を通して、私がこんなにブレてちゃどうしようもないと
気づかされました。 子供の人生に私のこんな「ブレ」を反映させたらとんでもない事になる!と
意識を変えたのです。
その件については、機会があったら書きたいと思います。

青年部時代、外部の友人から言われた事があります
「創価の人って切り替えが早くていいよね」と。
彼女はとあるテスト合格を目指しており、最終選考に残り、同じく合格を目指す仲間に
創価メンバーがいて、結果、彼女もメンバーも不合格でしたが、一番「あの子はダメだろう」と
思われていた人物が合格を貰ったそうです。
彼女はひどく落ち込み、しばらく何も考えたくないと思ったけど、創価メンバーは別のテストを
受けることにしたと、すがすがしい顔をして明るくて、すごいなぁと思ったと。
当時の私はそれを「でしょう?」と、まるで自分の事のように「創価メンバーは不屈の精神だから」
なんて自慢しましたが、いま思えばそういう類の物ではないような気がします。
なんというか・・負けを認めないんですよね。 絶対勝利主義だから。
全ての創価脳が、このパターンだとは言いません。中には挫折や失敗と正面から向き合い
多くを学ぶ人もちゃんといます。 そういう人は、創価が無くても大丈夫な人です。
「どんな場所にも使命がある、自分が今置かれている状況も使命」と思わされている、
それが良い作用をうみだすことも、時にはあるのでしょうが、芯から納得ずくではなくても
「使命」でスルー・あるいはショートカットしてしまえば、自分の心に大きなツケが回ってくる事も
あるのではないかと私は考えます。
落ち込む暇も無いくらい明るい、というのも、冷静に考えたら「人間らしい感情」を殺がれてるって
それだけですからね。
   
組織における「使命がある」は、思考停止のひとつの号令。
自分の使命は、誰かから言われたものじゃなく、自分が感じ自分で決めたらいいことです。

プロパガンダツール

「実事求是」のタイトルで書いた思考変遷の経過中も、さまざまな気づきの出来事がありました。

覚醒から2ヶ月ほどで、やっと(前の)ブログを公開できるくらいまで仏罰への恐怖心が
減ったところで、私がやったのは聖教新聞の購読中止でした。
結婚して購読するようになった際、頼んでないのにSGIグラフと創価新報も入れられ、請求書にも
しっかり掲載がありました。
青年部のバリ活時代から、創価新報のゲスい内容が嫌いでしたw なので「これはいりません」と
新聞担当者に伝えて外してもらいました。
(余談ですが、実家には高校新報も未だに入ってます。母もめんどくさいのか、家に高校生なんて
 とっくにいないのに、辞めると言わずそのまんまにしているのです・・20年以上もw)
SGIグラフも、購読8年中、まともに見た事ないです実は。
マインドコントロールにかかっていた時代は、見ずにそのままゴミ箱行きは罰当たりと思い
手に取ったその時にぱらぱらと写真だけ流し見をしてから、捨てていました。
まるでSGIグラフそのものに霊魂でも宿っていて、ないがしろにしたら怨霊にたたられる、
くらいに思っていたのかw
なんとなく「罰当たり」という気分で居たことは事実です。
創価の書籍を捨てるという事も、私にとっては結構勇気のいったことだし。
捨てたところで、罰なんか当たりません。
そこまで恐怖心を抱かされ、裏切りは堕地獄と刷り込まれてきた、2012年9月までの自分。
オウム逃亡犯の高橋被告が、麻原の写真や本を持っていたり、マントラを唱えていたって話を聞いた時、
これだけ悪事を暴かれ、反社会的な凶悪事件を巻き起こしてきたことが報道などで周知されていても、
一途に教祖を信じ続けて来れたなんて(一般社会にまざって生活してきたにもかかわらず)
すごいな、洗脳って怖いよね~なんて、他人事のように思っていました。
でも、創価学会員も根っこの部分は同じ。 自分だって、逃亡犯と同じだったんです。
一般社会に混ざって生活していても、なんにも気づけませんでした。
マスコミや世間一般は、はっきりと言わないだけで、創価のおかしさにはみんな気付いてる。
中の人だけです、気づいてないのは。

購読をやめようと思い改めて、請求書(兼領収書)を見て、たまげました。
150円くらいかと思っていたSGIグラフが、387円もしたからです。
8年間で37152円。4万円近くもゴミにお金を払っていたという事実・・私は馬鹿だと思いました。
銀行引き落としだったから、全く意識が無かったんですよね。
これではいけないと、すぐに新聞店へ電話を入れました。
そのとき11月の初めでした。引き落としも止めてもらわないといけないので、11月いっぱいで終了したい
と伝えました。
引き落としは同月精算なので、見届けたら口座を解約することに。
この銀行口座は私がこちらに来て契約社員になったとき、給与振り込みのため会社で作らされたもので
聖教新聞の引き落とし以外にはもう使っていなかったのです。
新聞店はあっさりと「わかりました」と言うだけでした。
地域の学会員がとんできて「なんでやめるのー?!」とか説得に来るのだろうか?
もしくはまたしても、実家の母に電話を入れられて「新聞は購読するって約束だったでしょ!」と
怒られるのだろうか?
そんな不安もありましたが、もう私は動じない。だって、創価にお金をあげることは「大謗法」だ。
池田老人のお手伝いのためにカネ集めしてる婦人部(支部婦)がいるんだぞ?
なんで池田老人にカネやらなきゃならねーんだ! 私はびた一文も、あんなじいさんにやりたくないわ。
ある程度、反論も頭の中で考えつつw 構えていたのですが、何のお咎めもありませんでした。

ただ、12月に入っても毎日のように聖教新聞がポストに入っているのです。
これはおかしい。 2-3日は、配達員のまちがいかと思い放置していましたが
さすがに5日を超えると、こうやって入れといて「1ヶ月分払って下さい」って作戦か?そりゃ困る!と、
新聞店に電話を入れました。
すると、新聞店では確実に停止している(口座引き落としが行われる事はない)。
そちらの配達員さんが、余ったものを善意で入れている可能性があるので、そちらの組織で聞いてみて
もらえますか?との回答でした。
新聞店では、誰が配達しているかまでは把握してないとの事でした。あくまで私の居住地域の話ですが。
新聞店が請求しないって言ってるなら、まぁいいかと放置していましたが
その後、SGIグラフや大白蓮華まで入りましたw 私が購読していたものが全部入ったと言う事。
やっぱりこれは変だと、再度新聞店に確認しましたが、回答は同じで
「配達員さんが勘違いしてるかもしれないので、その点についてはこちらから伝えてみますが、
 請求がされることはないので大丈夫ですよ」と。
新聞店の人は実にビジネスライクで話しやすくて良かったですw余談ですが。
新聞をやめたいと思う人は、地域の担当者ではなく直接新聞店にかけあうことをおすすめします。

興味本位で、このとき手元に届いたSGIグラフを、ゆっくりページをめくって
眺めてみました。
いかに世界で創価学会の信仰がなされているか・認知と理解を深めているか・池田老人の平和思想が
世界の識者の賞賛を受けているかを、写真を中心に紹介していました。
マインドコントロールにかかってた時は、深く考えることなく
「世界中の人が信心してるって凄い時代だな」くらいに思っていました。
でも、今改めて見ると、これってヤラセもあるんじゃないのかって気がしてきたのです。
写真って事実を訴えてくる事もあるけど、作る事も出来ますからね、いくらでも。
たとえば、海外の大学で、学生たちがキャンパスの広場とおぼしき場所で輪になっておしゃべりしてる
写真の下に「学生部のメンバーが友人を招いて学習会」と書いてある。
これも、ただ世間話してるところを撮ったんじゃないの?と思ったり。
池田老人の、過去の栄光写真の寄せ集め的な1冊で、海外布教の為にと財務をしている会員のために
報告も兼ねているのかもしれないが、だったら無料で配りやがれと思いました。

そういえばアメリカに大学が出来た時は
「これは、あなた方青年部のおかあさん、おとうさんたち(婦人・壮年部)の大学です」って
池田老人の談話もありましたね。
貧しい時代に生まれ育った親世代は、大学にも海外にもいくことができず、苦心しながら財務を
続けてきた。
その財務で建った大学だからってことで・・・。 なんだか、不憫ですよね。
そこまでいうのなら、全員招待ツアーで連れてってやるくらいしてよ!って思います。
そのくらいの埋蔵金はあるんだし。

SGIグラフは、プロパガンダツールだなってことが、覚醒後に眺めると非常に良く解ります。
熱心な創価学会員の大半は、末端になればなるほど、海外に行った経験のない(興味も無いのかも
しれませんが)人達では無いでしょうか。
そんなお金があったら喜んで財務するような愚直な人達。
実際に、世界の会館へ行き、SGIメンバーと接するような人が、沢山いるとは思えません。
SGIグラフを見て、写真だけを見て信じ込む。
こんなに海外のメンバー皆が歓喜している!(笑顔の写真しか載ってませんからね、基本)
先生と学会は世界の識者・大学・各種機関から賞賛を受けている!と。
なんだか、お気の毒です。
一生、海外の土地を踏む事もなく、せっせと組織に献金し続けているだなんて。
組織から与えられる限定的な情報を、いっさい疑うことなく、まるまる信じて、スゴイスゴイ!って
騒いでいられるって、洗脳状態以外の、何物でもありません。 まさに花畑の住人です。

そのとき手元に届いたSGIグラフは新年号だったようで、付録wは、中とじの
池田老人と嫁・池田老人のバストアップ写真の、ポスターだったのです(爆笑)。
ちゃんと、裏が白いグラビアだから、これってポスターですよね・・。
いったいこれを、どうしろと?!
毎年ついてくるものなでしょうか。昨年このときまで全然気がつきませんでした。
まったく、組織はやりたい放題だなと、呆れました。

大見出しだけ拾い読みしたが、ひっかかった部分をひとつ。
インドネシア大学 グラミル学長の言葉
「SGI会長は、宗教や民族が何であるかといったことなど、全く気に留めず、ともに
”地球上に生きる人間”という視点で対話に臨んできました。
 そこには、あらゆる人々を包み込もうとする愛情があり、希望があります。」

これって賞賛されてますよぉーって感じで、掲載したんでしょうかね。
私が読むと、排他主義だってことを、グラミル学長が実にうまく言い当ててると感じたんです。
宗教や民族が何であるかなんて気にしない、って一見聞こえはいいけど、とんでもない。
違いがある事は当然だと認めた上で、相手の文化を尊重して対話するのが基本じゃないのか。
「気に留めず」、って結局は
”お前が何人だろうが何を信じていようが、そんな違いはどうでもいい、こっちが一番正しいんだ”って
横暴な姿勢の現れ。
宗教や民族が何であるかを、考えたり、心がける事は大事です。相手を尊重するための基本でしょう。
日本人は戦後教育で愛国心や日本人であることの誇り、ルーツを大切にする心を殺がれてしまいましたが
海外の人は民族性を大切にしているし、自国に誇りを持っている。
長い歴史をもつ国の人になればなるほど、その傾向があります。
勿論それに拘りすぎて、周囲は小国なんて横暴に振舞うのはいただけませんがね。
(そんな”周囲は小国”と見下してる国と、池田老人や創価って、仲良しなんでしたねw)

枠を取り払って、みんな人間なんだ一緒じゃないか、っていうのは詭弁。
勿論、喧嘩しろっていうわけではないですが、全ての世界の人が自国に誇りを持ち、文化を大切に
した上で諸外国のことも認め尊重し、世界秩序をたもって行けるよう、賢くやっていくのが
大事なんだと私は思います。 難しい事ではありますが。

聖教新聞はその後、新年になっても入り続けました。
さすがにおかしいと新聞店に3度目の電話を入れたところ、翌日から入らなくなりました。
この件に関して、後日からくりがわかりました。
気の弱いしらゆり長に変わった時(2-3年前です)、家庭訪問で会った際に
「新聞なんですが、また3ヶ月で継続させて頂いて良かったですか?」と聞かれました。
意味が解りませんでした。 私は口座振替を利用しているので、自動更新(継続)になっている
もんだと思ってました。こっちが断らない限り、半永久的に新聞は購読するものなんだと。
なので「意味がわからないんだけど?なにか手続きがいるの?そんなの今まで一回もやったこと
ないですよ?」と答えたんです。
するとしらゆり長が、あー・・と何かを思い出した顔をして「いいです、すいません。私の勘違いです」と
帰って行きました。
後日、母から新聞推進における様々な数のマジックwについて聞かされ、納得したのですが
私の新聞も、私は自動更新だと思い込んでましたが、私の知らないところで3ヶ月おきにポイントを
あげられていたようです。
私が未活なのをいいことに(?)数合わせに使われてたみたいですね。
で、おそらく突然の購読中止だと、推進月数と合わなかったんでしょう。
なので、地域組織の人がお金を立てかえて(?)入れてくれていたというカラクリだったようで・・。
後日、お金を請求されるような事はなかったです。 たぶん、私に黙って何年もそのような推進方法
(数合わせ)をやっていたから、言えなかったのだと思います。

余談ですが、新聞を辞めた事は母に黙ってました。母も暫くはその事を知らなかったのですが、
やはりというか、地域組織の人間が実家に電話を入れ(別件で、でしたが)バラしていました。
母は私が新聞を辞めた事を呆れ、怒ってましたが、私は地域組織の人間に対し、呆れて怒りが
収まりませんでした。
どうして、そんなくだらない事を、おかーさん(70歳を超えた老人)に電話でチクられなきゃ
ならないんでしょうか。
私もう、40を超えた、れっきとした2児の母親・保護者なんですけどね・・w
情けないですよ、そんな、くだらないことを親に告げ口されて怒られたり文句言われるのは。
これは創価の幼稚性の表れだと思っています。親に言いつけたらなんとかなるだろうっていう。
こういう事って、法的に訴えられないものでしょうかね?
凄く迷惑しているので、まじめに検討しております。

実事求是(6)

誇大妄想に気がついたきっかけは、被災地に住む友人と今年になってやっと連絡が付き、
彼女の壮絶な体験(九死に一生を得た)を聞いた事でした。
一瞬の判断がからくも「生」へと繋がった、もし少しでも選択を違えていれば親子ともども
助からなかった、そんな話でした。
また、助かった直後も死の危機にさらされたが、そこも機転と、幸運が重なった事で
乗り越え生きられたという体験でした。

彼女は震災から2年が経過しても、生き残った事に対する安堵感なんてなくて
大きな悲しみとやるせなさが常にあると話してくれました。
さっきまで一緒にいた職場の同僚や、朝挨拶を交わした近所のママ友、子供の友人たち、
数多くの人達が命を落としてしまった中で
「どうしてこんな私が生き残ってしまったんだろう?って思う時もある。
 だけど自分は生かされたのだから、生きてやるんだって思ってる。
 亡くなった人の分までとか、そんなおこがましい事のためじゃない。ただ自分を生き抜こうと
 思ってるよ」と言いました。

これはもう、その場でその出来事に遭遇した当事者しか解らない事だと思いました。
彼女が現実に生きて助かった事は、私には嬉しいことです。 
しかし「嬉しい」と言ったらそれさえ不謹慎になってしまうような・・うまくいえないのですが。
生き残った事に責めを感じるというのは、私なんかでは理解しえないこと。
返す言葉が見つかりませんでした。

すでに創価から覚醒していた私ではありましたが、彼女の経験を聞いて
私が3度の命拾いを「特別な事」のように考えていた、その印象が変わりました。
私は「生かされた経験」を、特定の信仰に絡め、特別なものとして捉えてきた。
”生かされたのは御本尊様のお陰”だと言い聞かされ、自身もそう思って信じてきた。
比較対象ではないにしても、友人が体験したそれとは比べ物にならないし・彼女は信心していません。
まずそこに感じたのは「落差」でした。
信心してなくても、九死に一生を得る(しかも壮絶な環境下で)という現実の前にひれ伏したく
なったというか。 
これが、テレビ番組のドキュメンタリーなどで見る「知らない人」の体験なら、ここまで影響を受ける
事も無かったと思います。
リアルで知っている、青春時代をともにした友人の経験と言葉だから強くゆさぶられたんです。

基本的・当然のことながら、信心していても不慮の事故で死ぬ事はある・大病を患い、
長期治療の甲斐無く死んでいくことがある、それは実際見てきたし承知していました。
逆に信心が無くても・あるいは日蓮仏法ではないものを信じていても、奇跡的な命拾いをする人や、
癌が治った人が存在する事も知ってました。
解ったうえでもなお、「それとこれとは違う」と思ってきた自分が居ました。
”同じ勝利でも、御本尊様に祈念して勝ち取った勝利と・そうでない勝利は質が違うのだ”的なことが
創価ではよく語られていました。
どう違うのか? 
「正しい(創価の)信仰に裏打ちされたものか否か」ということです。
けど、信仰に裏打ちされた勝利と、そうでない勝利を比べること自体おかしいのです。
勝ちは勝ち、負けは負け。それ以上でも以下でもない。
にもかかわらず、私は自分の命拾いを「信仰に裏打ちされた体験」として特別に思ってきた。
創価の「誇大妄想」に、私もとりつかれて居た事に、このときはじめて気が付きました。
誇大妄想とは、イコール優越感です。
他とは違うんだ!こっちのほうが格上なのだ!と思いこむ(思いこまされる)こと。
これぞ創価の「選民思想」です。自分たちだけは特別なのです。

私の「御本尊様に助けられた命」という思いこみも、この選民思想によるものじゃなかったか?
絶対感の正体は、実は「優越感と選民思想」ではないか?
そう気づいた時、ショックというよりは、「うわー・・」って感じでした。

また、彼女の「自分を生き抜く」という言葉が刺さり、改めて「生きる意味」について考えました。
父の死の際にも考えたけれど、途中で曖昧になっていたテーマでもあったので。
父が亡くなったとき、突然の死の意味をいくら考えてもわかりませんでした。
マインドコントロール下にあった私はその死から「メッセージ」を読み取ろうとしたけれど
結局あれこれ思い付いても、しっくりくるものはなく、そのうち意味なんかいらないと思うように
なっていました。

このとき初めて、父の死からメッセージを読み取ろうとしたことを
無意識に「生きる意味=信仰と結び付けたことがら」を私が求めようとしていたのだと
気が付きました。 いわば大義名分です。
当時創価のマインドコントロール下にあったから、人間には絶対に「生きる意味」が必然だと
思いこまされていました。それも、全部信仰へと繋がって行く事柄で。
創価では、哲学(信仰)を持たない人間のことを見下します。
哲学の無い人生なんて糸の切れたタコと同じ、虚しい人生・果ては不幸な人生になってしまうと、
もっともらしく語ります。
そして「人生における最高の哲学をもつこと=信仰=偉大なる師匠に仕え学ぶ事=師弟不二」と
押しつけていくのです。
時間をかけて囲いの中で、生きる意味=創価に仕える事・師匠の理想を実現する事と差し向けて
いきます。

私がそれまで・40数年にわたって「生きる理由・大義名分」にしてきたことは
「御本尊様に助けられた命だから、法を広める使命がある」でした。
結婚前はバリ活で、友人への対話も積極的に行い、その大義名分を果たしたつもりになっていました。
が、結婚後は未活に転じ、こちらで出来た友人へ創価である事は隠して生活。
それでも私は、法を広める使命を忘れてしまった訳ではありませんでした。
直接創価への勧誘はしないにせよ、悩んでいる人がいたら日蓮大聖人の言葉をひいて励ましました。
それが大聖人の言葉だとは伝えず「本で読んだんだけど」みたいにぼかして伝えて。
苦し紛れでも広い意味で”大聖人の言葉を伝えている”と自分で納得しようとしていたんです。
学会活動しない事の負い目を、少しでも払拭しようとしていたんでしょう。
創価を否定しても、個人信仰を続けようとした理由も突き詰めたらそこにある。
私の生きる意味が、日蓮大聖人の仏法を語る・広めるためだと「思い込んで」いたから
それをやめてしまったら、私の生きる意味・大義名分がなくなってしまう。
だから手放すわけにはいかないと潜在意識の中で固執していたんじゃないのか?と、思い当たりました。

けれど、覚醒後の私はさほど「私の生きる目的、使命は法を広めることだ!」と意識していません。
もっと重要なテーマがあり、そちらに忙しいから。
目の前にいる自分の子供達に「我が家の幸せ、安らぎ」を感じてもらうことです。
自分が経験できなかった家族だんらん、両親揃っての休日の外出、心をこめたあたたかい食事、
習い事への付き添い、お友達づきあい、各種行事、その他もろもろ、やるべきことが山ほどあり、
日蓮大聖人の法をよそさまに広めている暇はありません。

私の生きる意味も、使命も、親や誰かに決めつけられたり・押しつけられたものでは
おかしい。
自分で決めればいい事なんだと、覚醒から一年近くしてやっと芯から解ったような次第です。
そう考えたら、不思議なほど御本尊様への絶対心(固執)がほどけていました。
どんなに疲れていても東への遥拝は、たとえ3分でも欠かさなかったけど(やらないと不安でした)
夏になる頃には、やらなくてもまったく平気になりました。

今現在の私にとっての日蓮大聖人は、歴史上の人物として気になる・関心のある存在です。
さまざまな角度から掘り下げ、日蓮大聖人ご自身のことを知りたくなりました。
末法の御本仏としてじゃなく、鎌倉時代の一僧侶としての大聖人を知りたいのです。
創価の書籍に書かれている大聖人しか知らないので、おはずかしながら。
法が正しい事の証明のためとか、そういった類の学習では無く、あくまでも知的好奇心を
満たすためのものです。

そして御本尊様は、偽であろうと何であろうとお曼荼羅だ、と捉えられるようになりました。
2年後に完成する新居へ引っ越すさい、仏壇処分と同時に脱会届と共に本部へ送る予定ですが
池田老人Xデーがそれより早ければ、前倒しでするつもりです。


@@@


ここに書いた事はあくまでも私の経験と結論で、誰人にとっても正解になるとは思っていません。

また、信仰を全否定するものでもありません。
自己完結で他人さまに迷惑をかけず、他人をむやみに勧誘せず、押しつけもせず、
自分の心と向き合って平安が保たれる、そんな信仰ならば、どんな新興宗教だろうと既成宗教だろうと
やったらいいと思います。

ただし、創価は上記のような信仰態度では確実に「敗者」扱いされ、闘うよう仕向けられます。
だから、勧誘を受けて迷っている人が居るなら考え直してもらいたい。
現状迷いながら疲れながらも組織にいる人には、覚醒してもらいたい。
人生を宗教まがいの社会悪のためにではなく、「自分のために生きぬいて」欲しいから。
これからも私の経験をもとに、書いていきたいと思います。

実事求是(5)

創価を否定しても、御本尊様への絶対心が揺らがなかった私は
覚醒後も暫くのあいだ、遥拝ごん行と唱題をしていました。
期間で約7ヶ月。
偽の曼荼羅に向かうのはイヤだったので、リビングの東壁に向かってしていました。
続けて行く中で、御本尊様は「胸中の肉団におはしますなり」だから、これで何の問題も無いし
もう御本尊様+仏壇は要らないな、と思うようになりました。

又、この期間、御書の全編拝読も開始。
女子部時代にも全編拝読はしてますが、たださらっと文字の上っ面をなでるように読むだけで、
ひとつひとつの意味を考えた事は無かったのです。
創価の御書講義は、創価にとって都合のいい部分だけを切り取り、組織の活動打ちだしに
正当性(?)を持たせるための都合のいい通解をつけたものでした。
それでは本当の大聖人様の御心なんかわかるわけない。 
なんだかんだ言っても、私が「正しい」ことの根拠にしてきた教学は創価のものだから、
これはいちから学習をやり直さないと、錯誤があるかもしれないと思ったんです。

御書拝読を開始し、自分で勉強するって本当に大変だ、と痛感しました。
組織にいる時は”パッケージ学習”で、楽だったw
与えられたテキストを読み、そこに書いてある通解を読んでわかったふりをしてました。
それが「創価にとって都合のいい内容」だなんて知りもしなかった。
ただ、部長時代に御書講義をするにあたって、抜粋部分の前段に書いてある内容に触れようと
したとき、担当幹部として招いていた圏主から「それは言わなくていい」と制された事がありました。
あくまでも「御書学習」として聖教新聞に掲載されている範囲だけやってくれたらいいって。
私はその時、なんで?と思いましたが、その場で「納得できません!理由は何ですか!」と
幹部を問いただす事はしませんでした。
又、時間が無いという理由で御書の解説をはしょって読んだくせに、池田老人がその御書に言及した
指導は全文読むといった幹部もいて、それも内心解せませんでした。けど文句は言わず。
これが創価の「御流儀」なんだ、と無理やり納得し、黙っていたのです。

自主的な拝読と学習を進めて数日で、なぜに創価がパッケージ学習を推進していたかが
よくわかりました。
日蓮大聖人は日本古来の神様(天照大神、八幡大菩薩)を敬っています。
たびたび繰り返し、そういった表現が御書のあちこちに登場します。
日本は「神国」とも仰っている。「神を敬い仏を崇ぶ国」であるとも仰っている。
創価では神道を長い間「外道」と教え、神社参拝を禁じていました。最近はソフト路線で
変わったようですが。
結局、私が学んだ創価教学からは、末法の御本仏たる日蓮大聖人と御本尊様へ、果ては「師弟」へ
崇敬を一極集中しないとダメだという強い意志がみてとれました。
他に正しいものや敬うべき対象があったら困るって感じです。
”神社は感謝の対象で、ご祈願対象ではありません”これは牧口先生のご指導で
このくらい教えてくれても良かったと思うのですが、池田老人率いる創価が日本古来の神々を
「感謝の対象」なんて言うわけないですよね。
創価における(報恩)感謝の対象は、あくまでも池田老人ただひとりだからw

また、日蓮大聖人が愛国者だということも、御書を自分で読めばひしひしと伝わってきます。
国家鎮護を自身の命題としていたのも、国が平らかで豊かでなければ、その国の民が
幸福であるはずがない、という考えだったんでしょう。
大聖人と思いを同じくするなら、まず祈念すべきはその事。
世界平和とか段飛ばしするんじゃなく、まずは足元(国家鎮護)からじゃないの?私はそう思いました。
だがしかし、こんなこと創価じゃ教えてくれませんでした。
日蓮大聖人の精神を受け継ぐ・直結と言うのならば、ここはすごく大事な部分だと思うのですが。
実家の仏壇の前に置いてある、組織が配っていると思われるご祈念立て(?)にも
「大勝利」だの「先生奥さまの健康長寿」だの書いてあるだけで、国家鎮護的なフレーズは
一回も見たことがありません。
なんだよ、大勝利ってw
組織さえ・自分たちさえよければそれでイイっておかしいんだよ。
”公明党の支援が国家鎮護に繋がる”などという、トンデモ説は却下です。

よく、創価から覚醒した人(法華講含む)が右傾化してコワイという書き込みを見かけるんですが
日蓮大聖人の御書を創価解釈では無く普通に読めば、それはコワイ事じゃなく、自然の流れだと
いう事がわかります。 大聖人はまぎれもない愛国者だとわかるから。
創価が「愛国心」を削ぐ教学指導を徹底していただけの話で、創価にとっては国家鎮護が命題だと
具合が悪かったわけです。
あくまでも「師弟不二」じゃないと、権力と金を上層部に集約しても文句の出ない構造に
ならないからです。
日蓮大聖人のやらんとしたことは世界平和以前に「国家鎮護」でした。
そんなこと創価ではひとこともいいませんでしたよね。
創価のロジックにはまったままだと「右傾化」と感じやすいのではないかと思います。

自力学習を始める以前(覚醒の2-3年前)から、私は日本史やそれにまつわる本
(主に神信仰、天孫降臨について)を読んでいました。
時同じくして東北大震災が起こった事・この一大事のときに民主党ど素人政権下にあったこと、
この日本国の窮状は、人智を超える何か(神)の「警告」ではないか?と感じていました。
その後、創価の矛盾に気付き、日蓮大聖人の御書を学び直すことで
日蓮大聖人が「国家鎮護」を命題としていた事にハッキリと気づき、全て偶然ではあったけれど
自分の中で同時性と合致を感じ、やっぱり創価から覚醒した事は意味があったと思っていました。
そして、組織に依らずとも個人信仰を続けようと決意。 今年の初めの事です。

覚醒後、アンチ系ブログをいくつか読む中で、創価をやめると同時に御本尊様への信仰も
あっさりとやめられている方が多い事を知り、信じられない・そして残念な思いでした。
創価と、日蓮大聖人様の教えは全くの別物だよ?
そこを一緒にして切り捨てる人に対して「勿体無い」と思ってました。
せっかく出会えたご本尊様と、日蓮大聖人の仏法なのに!と。 いま思えば大きなお世話ですがw

私が創価の活動を拒否し・脱会決意ができても、
御本尊様への絶対心を揺らがせなかった・信仰は続けようと思った理由は
親からの「刷り込み」プラス自身の猛烈な「思いこみ」によるものでした。
それがはっきりと自覚できるまで、覚醒から10ヶ月かかりました。

「日蓮大聖人様は素晴らしい」と言う、幼少期からの母親による刷り込み。
その崇敬が高じ、女子部時代に佐渡へ行きました。
富山・新潟へ旅行のついで、1泊で寄ってみたのです。
御書と創価テキストのなかでしか知らなかった「佐渡」という地へ実際行くと、
ジェットフォイルで新潟の港から2時間もかかるその島が、とてつもなく遠く感じました。
大聖人ご在世当時、木造船しかありません。
初冬の時期に徒歩で新潟まで移動され、木造船で数日かけて佐渡へ渡られた、その事実だけでも
スゴイ事だなという印象をもちました。
また、離島で生きながらえ、大聖人ご自身が「生きて帰れないかもしれない」と信徒への手紙の中で
心情を吐露される中、重要な御書を認められ、生きて本土に帰る事が出来たのも
日蓮大聖人が「末法の御本仏」たるゆえんだろうと、感じ入りました。
ちなみに、ゆかりの地やお寺も尋ねましたが全部が「日蓮宗」だったのが意外でした。
日興上人もお供した土地なのに、日興門流の寺院が無い(正確にはあるのですが、昭和に入ってから
立てられた寺でした)というのが不思議でしたが、理由を特に調べたりもせず。
時期が夏だったので「極寒」は経験できなかったですが、ゆかりの地なわりに観光地化されてなく
ひなびた・のんびりした雰囲気のお寺だったことも、なんだか意外でした。
(その後、2007年に塚原の跡地を日蓮正宗が買いとって施設?を作ったと最近ネットで見て知りました)

ただ、覚醒の数年前に私は日本史に関する本を読むようになって、
古くは小野妹子、遣唐使や遣隋使、日本に仏教を持ち帰った最澄や空海も、船で当時の中国へ渡り
日本に戻ってきたという知識を(小学校の授業で習った内容を)思い出しました。
それを佐渡に行った当時は、何故か全く思いださなかった。
流罪と遊学では違うにせよ、大聖人以前の時代に、佐渡よりもっと遠い大陸(しかも外国)へ行き・
戻って来れた日本人がいた事実。
つい、大聖人だけを「特別にすごい・偉大な・超人的存在」と思いがちだったバリ活当時の私w
マインドコントロール下では視野が狭まると言うか、常識的な事柄もすっかり抜け落ちてしまう事を
怖いと感じました。
こんなことが他にもあったんだろうなと思います。

次に、思いこみ。これが最大の難所でした。

私は、3度命をおとしかけています。 
2度は記憶の無い時期の事で、1度は青年部時代のある経験でした。

生後数カ月の時に原因不明の高熱で入院をし、医師からは「もって1週間の命」と宣告されたそうです。
母方親戚一同で御題目をあげ続けたところ、奇跡的に回復し退院できたというもの。
医師も「こんなの奇跡ですね」と首をかしげて言ったらしいです。
これは、おじおばからも事あるごとに、幼少期から聞かされ続けてきました。
「ご本尊様のお陰で助かった命なんだよ!」と、幼子が周りの大人たちみんなから言われ続ける。
それを信じないわけないですよね、こうして絶対心を植え付け・育てられた。
また、大人になってから聞いた話なのですが、私を妊娠中に母は流産の危機にあったとのこと。
結果的に1ヶ月早産で生まれました。
早く生まれたから身体が弱かったという事も幸いにして無く、体躯の成長に関しても標準的で
母はその事に関しても「功徳だった」というのです。
2-3歳の頃に交通事故にも遭いました。これについても記憶が殆ど残ってません。
小学校高学年の頃、夢か現実か、自分が車のバンパー下にいて、運転席の男性を見上げるような形で
運転手の男性の「しまった!」といった表情をみてしまうというシーンがフラッシュバックする事が
あって。
母に尋ねたら「やっぱり記憶あったんだね」と、幼少期に交通事故にあったことを聞きました。
状況としては、停車中の車の正面で私が三輪車にのって遊んでいたところ、気づかなかった運転手が
車にのりこみ、発進させたところで私に気付いて即ブレーキをかけた様です。
一歩間違えば死んでいたかもしれません。横転したけれど幸い骨折もせず、大事に至らなくて済んだ事を
母は「功徳だ」と言っていました。
子供が3人いて、妊娠中~幼少期に一番お題目を上げたのは私に対してだ、とも語ってました。
命を落としかけたことが3度(流産の危険・生後数カ月で大病・2000年の出来事)あって、
そのたび”ご本尊様に助けて頂いた・母や一族の信仰のお陰で功徳で助けられた” 
そう聞かされ、自覚もし、信じ切って40年以上、生きてきました。

バリ活のときも・そうじゃなかったときも、
何度か悩みにぶちあたって「いっそ死んだ方が楽では?」と、自殺を考えたことがあります。
私なんて、生きててもなんの役にも立たないしなと。 これは自己肯定感の低さの仕業です。
育ちに大いに問題・関係があると自覚しています。
でも、自殺を考えるそのたびに私は「御本尊様に助けられた命だから、自殺はダメだ」と
思い直していました。
きっと、こんな私でも、3度も命を救って頂いたのだから生きるに値する理由があるんだ、と。
その「生きるに値する理由」は、仏法を広め・語ってゆく事に違いない、
それが私の使命で「生かされてる」に違いないんだ! と、自殺を思いとどまったのです。
理由としては大きな勘違いだけど、思いとどまれた事は良かったかもしれません。

「御本尊様に命を助けてもらった=恩返しこそが私の生きる理由・私の存在価値」
と思いこんでいたがゆえ、それが揺らぐことは無かったんです。

創価が社会悪だと気づいた時、組織への執着心は全くと言っていいほどありませんでした。
婦人部に対して辟易した期間がある程度長くあったことも、功を奏したと思います。
私は、バリ活当時から組織や池田老人を「報恩感謝の対象」と思っていなかった。
あくまでも私の「報恩感謝の対象」は、御本尊様であって、御本尊様をかきあらわしてくれた
日蓮大聖人だったのです。

今だから言える事ですが、私は創価を否定しつつも、40年以上その世界にいたがゆえ、
創価の独善主義・誇大妄想から抜け切れていなかった。 
御本尊様への信仰だけは別だと考えていたが、それも実は誇大妄想だったことに
暫く気付けなかったのです。

「誇大妄想」=御本尊様を信じる者だけがすごい体験(経験)を持っている、出来るという
特別感です。
私はその誇大妄想に長い間、取りつかれていたのだと、あるきっかけで今年に入って気がつく事が
出来ました。
次回その事を書きます。

実事求是(4)

「この信心には功徳がある」「どんな願い事も叶えてくれる御本尊様」
創価のうたい文句でした。
私も友人に対し「どんな悩みでもご祈念していけば必ず解決できるよ!」と語ってきました。
そう言い切れたのは、それなりに「功徳体験」を自分が持っていた(と思いこんでいた)からです。

偽本尊問題にぶちあたり、私の中で確認を始めたテーマ
「本当にこれまで信心で願いを叶えて来たのか?」
(ここでいう「信心」は、御本尊様へのご祈念プラス”学会活動”を含みます)
具体的に祈念して叶った事を思いだそうとしたところ、これが予想外に少ない事に唖然としました。
もっとあったでしょ?と思うのに、思いだせず。

ぱっと思いだしたことと言えば、高校合格・転職2回・争奪戦のライブチケット入手・
友人を折伏したこと。職場の人間関係改善。
主人との結婚(次に出会った人と結婚します、と祈念して再会し、本当に結婚に至った)。

逆に、願っても叶わなかった事のほうが数多く思いだせました。
大学受験は第一志望に受かりませんでした(単純に実力不足です)。
恋愛ごとに関しては、ことごとくダメでした。
恋愛に関して、人の気持ちは、祈念でどうこうなるものじゃありません(今思えば当たり前ですが)。
ダメな物はダメ。 うまくいくときは祈らなくたってうまくいく。

父が組織理解をし、活動に出る事も長らく祈念したが結局叶わないまま、死んでしまいました。
きょうだいとつれあいの事も、信心して欲しいと祈念してたけど、反発を増すばかりでした。

女子部時代でいえば、祈念しまくったのに仕事の契約が最終段階まで行って取れなかったことや、
祈念してやっと獲得できた新規取引先に夜逃げされたことを思いだし、嫌な記憶がよみがえりました。
折伏したい人は沢山いて祈念してきたが、叶った人より、逃げられた人の数がはるかに多い。
くだらないことで言えば、某グループの解散ライブに行きたかったのにチケットが取れなくて
無理で、とても残念でした。

バリ活だったときの、最後の思い出でいえば「弟子の誓願1000万」も、祈っていましたが
860万票と、全然届かずだったしw

ただ、なりゆきでうまくいった経験は沢山ありました。
自分の思い通りのシナリオではないが、紆余曲折を経て最終的に自分の望み通りに
(自分に有利な結果に)なった経験。プロセスはすっとばしの、結果論てやつ。
「終わりよければすべてよし」それを「功徳」と呼ぶのだと、長い間、私はそう認識してきました。
また偶然思いがけず・予期せずイイ思いをした事も大なり小なり、幾度となくあります。
それらすべて「功徳」だと思ってきました。
世間一般の人のいう「ラッキーな出来事」は、私には100%「御本尊様と信心のお陰・功徳」で
願いをかなえたというよりは、なんとなく連続しているラッキーを「功徳、信仰に依る福運」と
捉えていたのだと解りました。

また、バリ活時代の私は自身におきたラッキーや境遇を”誰か(外部)と比べる”ということを
しませんでした。
女子部時代に幹部から聞いた指導(池田老人の言葉です)
「自分と他人を比べるよりも、昨日の自分と今日の自分を比べなさい」を信条としていた故です。
自分自身が以前より幸せかどうかを基準にするって、よっぽど自己実現の希求・理想が高い人以外は
小さな事柄で満足し、幸福感をえられるものです。 少なくとも私はそうでした。
これまた、よくできたマインドコントロール指導だったと気づいたとき、笑ってしまいました。
外部と「幸せ」や「立場」を比べだしたら、出自でこれほど人生は変わってしまうのかと
社会構造についての無力感を覚えます。信仰ではどうにもならないこともあります。
私の場合、覚醒以前に子供のお受験を通じてそのことに気づいたんですが、機会があればそれもまた
書きたいと思います。

覚醒後にスピリチュアルの「呼び寄せ」「言霊」的なことを(ネットの情報のみでしたが)
調べて行くうち、私がやってきた事はご祈念のようで実際は「呼び寄せ」行為だったのでは?
と思うようになったんです。
学会指導でいう仏法は、とどのつまりポジティブシンキングで、何事も前向きにとらえるというものだし。
そしてもう一点、たとえそれが自分の本当に望んだ結果では無くても
「まぁいいや、許容範囲だし」と受け入れて「功徳」だと思いこもうとしてきたのではないか?
という気づき。

あれこれ調べていく中で「ポリアンナ症候群」という言葉を知りました。

ポリアンナ症候群(ポリアンナしょうこうぐん、英: Pollyanna syndrome)は、心的疾患のひとつ。
ポリアンナイズム(Pollyannaism)とも。現実逃避の一種で、楽天主義の負の側面を表すもの。

一般的には、
「直面した問題の中に含まれる(微細な)良い部分だけを見て自己満足し、問題の解決に
 いたらないこと」
「常に現状より悪い状況を想定して、そうなっていないことに満足し、上を見ようとしないこと」
などを指す。(ウィキペディアより)


これって、組織内部(バリ活)に多いタイプじゃない?って思ってしまったんです。
池田老人の指導にあった「永遠の楽観主義」っていうのもまさにこれじゃんw

アンサイクロペディアの「ポリアンナ症候群」は、さらに詳しく具体例も書かれています。
中の項目に、創価脳の方々も思い当たる節があるのではないでしょうか。
リンクをはっておきますのでご覧ください。 

私はバリ活時代、一介のOLで、勝負師ではありませんでした。
試合やコンテストやコンクールや、そういった勝劣がつく世界とは無縁の人間。
例えばスポーツ選手なら最高のプレーをして優勝したり、賞をもらうとか、 芸術家ならコンテストに
入賞するとか世間から評価を受けるなど。
そういった「結果」「完全なる勝利」がわかりやすい世界の人は、祈りの結果をより実感しやすいのでは
ないかと思います。
女子部時代、ただのOL(営業職をした事もありましたが・・)な私には、そんな大それた物はありません。
結局、肝心な・心からの願い事(本題)がひとつも成就しなくても
日常生活の中でちょっとしたラッキーがあったら満足し、それを「信心(と学会活動)の功徳だ!」と
思ってしまって、それでよしとしていた、私自身も”ポリアンナ”だったということに
気がついたのです。

ガーン・・。これに気がついた時のショックは、かなり大きかったです。

たとえば中には全ての願いを完膚なきまでに叶えてきた、という活動家も1000人に一人くらい
存在するのかもしれません。 
でもそうなるともう、単純に「あなたは運が良い(+努力家)」ってだけなのでは?
「この信心は絶対」というのであれば、
確率統計的にある程度高めの割合で「確実に願いが叶っている」等しく会員皆がそう感じていないと
おかしいと私は思います。
まぁ、創価脳はこういうでしょうね
「功徳の出方は、過去世の宿業度合にもよるから、個人差があって当然」
だったら「この信心は絶対」とは、言えなくなると思う。
過去世なんて誰人にも見えないデータ出して来られてもな、って。今だからそう言えます。
覚醒前は、すっかり納得しちゃってました。過去世の宿業のせいにしてましたw
前にも書きましたが、思い通りにならない状況に「過去世の宿業」という理由が付くのなら
そのほうが楽だったからです。
理由が解らないことで悩むことほど、人間しんどいものはないと思います。

また、創価で言う「信心」は”おすがり信仰ではない”と、幹部指導でたびたび聞きました。
どこの神社がOOに良いとか、どこのお寺のお守りがOOに御利益があるなどなど、
「神様」や「仏様(=祀られている対象)」を選び、偶像にお願いするのは「他力本願」。
「創価の信心」はそれらと全く違い、御本尊様にご祈念していく中で自分の内側にある仏界(仏性)を
ひきだして、最高の力と知恵を自分の内側から引きだすから”おすがり信仰”とは違うんだ・
自身に内在する最高の生命をひきだして解決・勝利に導く、現実に即したものなのだーという説を
私は信じてきました。
(注:私は日蓮正宗のお寺で住職から説法を聞いた経験は1回もなく、創価学会の指導しか聞いた事が
 ないので敢えて「創価の信心」と呼びます)
だから女子部時代、安易におまじないを信じて旅先でマスコットやお守りを買い集める外部の友人を
「邪宗の金儲けに騙されちゃって、馬鹿だな~」と冷ややかな目で見ていました。
前にも書きましたが「他人を幸福にもしないで、自分だけご利益もらおうったって無理なんだよ」と
思ったりもしていました。
この、創価における
”自分たちは特別・自分たちは宗教を解ってる・最高の法華経を知っている・行じている”
という意識を持たせることこそが、実は巧妙なマインドコントロールの一つだったのだと
覚醒後に気が付きました。
ものすごい、崇高な行いをしてるんだよ!って誤った自信と自覚と使命感を持たせること。
バリ活は皆、誇りを持っていると思う。 かつての私もそうでした。

けれど、結局は創価の信心も、突き詰めたら他力本願と自己啓発の組み合わせなんですよね。
自己の力を引き出す云々・・は、自己啓発セミナーでもやっている手法で、御本尊様や読経、
唱題というフィルターがなくても可能な事なんですよね。
創価の信心と自己啓発とは違う!とバリ活は反発しそうだけど、同じです。
自分を暗示(自己暗示)にかけている点で同じなのです。
「祈りですべてを変革してゆく」と謳っているけど、これも一種の自己暗示です。
私の青年部当時、札付きのワルだった男子部が信心を始めて更生・仕事で成功し、社会に実証を
示した系の体験が多く語られてましたが、これも自己啓発・暗示で心が定まった効果によるものだと
今の私はそう理解できます。
そして、身近な部員さんにも信心で苦境を乗り越えた(かに見えた)人がいました。
けど、信心していても・いるのになんにも変らず、年がら年中同じ悩みを会合で話す人もいたりして
私はそれが「信心の厚薄」で決まると思いこんでいましたが、それも違ったんだと今は解るのです。
(長くなるので、その件はまた後日書きます)
バリ活当時は体験発表を耳にするにつけ「無限の可能性を開きゆく、この信心はなんてすごいんだろう!」
とウットリしていました。
大白蓮華でも、私はどのページよりもまず会員の功徳体験のコーナーを読むのが好きでしたw

他力本願な寺社参詣・御祈祷を受けたり、お守りを買うという行為の方がいくらかマシだと
覚醒後は思うようになりました。 
自己完結で、誰にも迷惑かけてないから。
それに外部の人は単純におすがりしてる訳じゃない(中にはおすがりのみの人もいるでしょうが)。
正しい努力プラスアルファで、最後の仕上げに心を定めにお参りに行くという方が殆どだと思います。

創価の信心は、確実に他人に迷惑をかけます。 
誰かを幸せに導く(=入会させる)事こそ、自他共の幸福となると思いこまされているだけで
実情は組織の搾取・集金先を増やしたってそれだけなのです。
(そう言われたくなければ、組織は即刻、新聞購読・財務・選挙の支援無理強いをやめることですね)

結局、学会って、なんだったの?と考えました。
巨大なネットワークビジネス(一見そうはみえないのに、現実かなり性質悪め)だったって感じ。
この考えに至るまでの期間は、覚醒から約2ヶ月ほどでした。

”創価の信心で願いは叶わない、創価の学会活動は単なる組織の経済権力維持活動で御利益などない”
ここまで頭の中で整理がついても、私の「ご本尊様への絶対心」は揺るぎませんでした。
次回、その件について書きます。