非活決意 その後(9)

2月はいろんなことがありました。

3連休に義両親が遊びに来、小学校入学を控える長子のために学習机や学用品などを
一緒に選びに行きました。
ランドセルや制服は学校指定だった為、それなら他の物をプレゼントしたいと申し出て
くれたのです。
とてもありがたく思った反面、実家の母とこの時期に電話やメールで連絡を取り合うことが
多かったにもかかわらず、母の方から「入学祝は何が良い?」と一切聞かれない事に
若干イラっとしていました。
もともと、母はそういったことに無頓着です。父の方がよく気がつき、あれやこれやと
手を打ってくれました。
私から「お祝いは?」と、催促しないと気がつかないのだろうか。
母が清貧生活をおくる独居老人なら、祝いを催促するような事は考えません。
創価に対しては惜しみなくお金を使う余裕があるのに、どうして身内の・孫の入学祝に
気がつかないのか?
私が腹立たしく思っていたのはその点です。
また、何かと良くしてくれる義実家に顔が立たないことについても不満がありました。

毎年2月に幼稚園で学芸会が行われます。
両家祖父母が見学のため遠方から来る事も珍しくなく、席数に余裕を持たせるため
大きなホールで開催。
このときが長子の幼稚園最後の学芸会でした。
年少の頃から毎年、義両親と実家に連絡をしてきました。学芸会だけではなく運動会も。
そのすべてに、3年間、義両親は遠方からやって来てくれました。
しかし私の母は一回も見学に来る事は無く。
理由は「学会活動」です。 
だいたい会合と重なることが多く、学芸会は「伝統の2月」のため折伏戦や婦人部総会で
多忙だと断るのが常。
どうせ今年も来ないんだろうなと思いながらも、最後だから見て欲しいという思いもあり。
とりあえず連絡だけしておくか・・と電話することにしました。
しかし長子は「連絡なんてしなくてもいいよ、どうせおばーちゃん来ないよ」というのですorz
そんな事を孫に言わせてしまうってどうなのだろう・・。複雑な気持ちでした。
何故来ないのか? その理由を聞く事はまだありませんが
もし、この子が大きくなった時、その理由を
「祖母が創価学会の活動にハマっていて孫の発表会より学会活動を優先していたから」なんて知ったら、
どう思うのだろう・・と、暗澹とした気分に。
子供には、創価の「そ」の字も教えたくないし、知られたくないとこのとき強く思いました。

それ以前の私はマインドコントロール下にあったので、母が組織の活動が多忙な事を理由にして
見学に来ない事は、さほど問題じゃありませんでした。
少なくとも、腹を立てるような事では無かった。
私の中にも確実に「家族の事より組織を優先しても非難できない」意識が根付いていたんだと思います。
ただ、今年は最終年度でもあるのだし、子供のためにも見学してほしかった。
義両親が、遠方からでもきっちりやってくるのに対し、3年間一度も顔を見せないなんて。
(注・義実家と私の実家は同県内。こちらに来る手間暇は同じです)
しかもそれが仕事(生業)のため多忙だとか、病気や介護のためだとか
金銭的にかなわない、というならまだしも
「組織の活動が忙しいから行けない」なんて、非常識にもほどがあります。
また、園ママさんから「祥蘭のおかあさんは来ないの?」と毎回聞かれる事も、軽くストレスでした。
どういうわけか、来場している祖父母に仲の良い園ママさんを紹介しあう(挨拶)という儀礼が
あったのです。
一般的に、お姑さんよりも実母とのむすびつきが強いことが当たり前とされている(?)ようで
お姑さん・お舅さんが見学に来なくても、実母は絶対来るのがセオリーでした。
(↑これは私の周囲だけかもしれませんが)
それを毎回「なんか多忙みたいで来れなくて~」と説明するのも、私的にだるかったのです。
年金生活で暇なはずのおばあさんが「多忙」って何?
孫の学芸会よりも、優先されるべきことって? 一般の人には想像もつかない事でしょう。
まさか「創価の活動で」とは言えないので、イヤでした。

私が昨年まで(活動優先で見学にこないことを)容認していたのに、今年になって認識が変わったと
目くじらたてて母を責めたりするのは、おかしいと思い。
とりあえず断られるのは100%承知で、母に日時の連絡だけは入れました。
母の答えは「あらそう、残念だけどその日はOOでXX(会合)があってね~。
◎◎さんの折伏を手伝ってるから忙しいし、ちょっと無理だわ」
やっぱり。
昨年まではこのような返答も「それなら仕方ないね~」と軽く聞き流せたけれど
今年は、表にはしなかったがハッキリと怒りを覚え。
母にとっての「家族」って一体、なんなのだろう?とも考えました。
単なるパーツでしかないのかなと。 組織流に言えば「手駒」か。
家族のつながりよりも組織が大事で、何よりも組織を優先するというその傾向性は
やはりカルトと呼ばれても仕方がないんじゃないかと、思うのです。
私もマインドコントロール下にいたときはそんな「家族より組織が大事」という言動、行動を
全く疑問に思っていなかったのだから、我がことながら恐ろしくなります。
本当に、目が覚めて良かった。

孫の成長、いましかない成長の一瞬を見守ることよりも
消息不明じいさんの下で、そうとは知らずに無償で・持ちだしで働かされている事の方が大事で
優先順位高だなんて。
どうして母はこんな人なのだろう。生まれつきなのか、それとも?
創価脳だった当時、母に対してさほど不満などありませんでした。
仲のいい母娘だったと思いますし、母に対する忠誠心もあったと思います。
しかし、自分が創価のおかしさに気が付いてしまったとたん、母への印象が日に日に変化して
いきました。
「どうしてこんなに残念な人なんだろう?」と。

ただ一心に、自身・子供・一族の幸福繁栄を願って学会活動をしている母。
しかしそのほとんどが空回りしているように思えてならない。
そして本人がまったくその「空回り」な事実に気付いておらず、嬉々として創価の活動に向かって
いることがどうにも解せず。

この頃、覚醒からちょうど半年が経過。
自分自身を振り返る作業が大かた済んだ頃でもあり、
次なる振り返りテーマは「折伏の親」でもある、実母とその実家のことになりました。
こうして振り返り、解析して行くことが「過ちを繰り返さない」ためにも絶対必要だ、と
私は当時からそう考えていました。 現在もこの考えは変わっていません。

覚醒した人は、活動家であればあるほど、自身やその親の過去を振り返る事は
辛くしんどい作業であると思います。 
しかし、それをしっかりやっておかないと先の人生、あらゆる局面で辛いことや苦しいこと、
想定外の何かが起こった時に創価に引き戻される・または別の信仰や宗教に縋ってしまう、
そんな命の傾向性が残ってしまうのではないか?と私は思うのです。
生まれながらにして洗脳教育を受けてきたのです、おかしさやまちがいに気がついただけでは
根本から変われるわけではない。 
私は特に理屈っぽい人間だから、自分がどうして間違ったものを信じ込んでいたのか?について
あらまし・理由をはっきりさせておきたかった。
再びおかしな宗教に心を囚われないためにも、過去を無かったことにしてしまうのではなく、
反芻し反省する時間も必要だと私は考えました。
この、自身や家族についての振り返りが、私にとって重要な覚醒の通過儀礼でした。

(10)に続きます。
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非活決意 その後(8)

2013年2月はじめ。
姉が婚約者を連れて、旅行がてら私の住む街に来てくれました。
実家母との対面を前に、信仰の話がでた場合どのように対応すればよいか打ち合わせ。
姉の婚約者はたいへん柔和な雰囲気を持った方で、私は一目で安心しました。

姉の中にある母のイメージは「なによりも創価命」。

子供時代から信仰を押しつけようとし、なんでも御本尊様や学会と結び付ける母と、
しっかりと自分の意志を持っていた姉は衝突を繰り返していました。
前々の記事にも書いたとおり、我が家は父・兄と姉がアンチ創価。入会はしているものの
全く自覚なし。 
兄、姉に至っては少年部時代から今に至るまで、創価の活動に参加したことが一回もない
状態でした。

最初の結婚の際、相手の男性が初対面の母に向かって創価を罵倒するという暴挙に出、
怒った母が相手を実家出入り禁止にしました。
父も結婚に反対したため、姉は反対を押し切る形で入籍。挙式披露宴はしませんでした。
結局、数年後に破局をむかえましたが、母と私がこの元夫に会ったのはあいさつの1回のみ。
姉が結婚したという事実が、家庭内でスルーされているという異様な状況でした。
父は時折、姉に会いに行っておりその際に元夫に会う事もあったようですが、母や私に
話す事はなかったのです。

姉が離婚したのは、私が長子を妊娠中の頃です。
当時は離婚理由を尋ねるような状況でもなく、父が亡くなった後に理由・経緯を聞きました。
元夫が、子供を欲しがって不妊治療を希望した事が理由でした。
姉は子供をもうけることに積極的ではなく、自然に任せるという考えでした。
責任ある仕事を持ち、部下もいる立場の姉。タイミング的な事も考えると億劫だったとのこと。
また、子供が欲しいと思った事がなかった。母親になるなんて想像が出来なかった、とも。
これについては、姉も私も「機能不全家庭」で育ったが故なのだと思います。
私も結婚願望が非常に低い方でした。 両親の不仲を見て育ってしまった為、理想の家庭像が無く、
幸せな結婚というものが、全くイメージできなかったのです。
姉も同じくで、特に母親との関係が悪かったことが背景にあると思います。
姉は、パートナーと2人、仲良く楽しく恋愛の延長線上で暮らせればそれで良しという考え。
しかし元夫は子供をとても欲しがった。
夫が子供を欲しがった理由は様々だと思いますが、姉にはどうしてもひっかかっていた元夫の言葉が
あったといいます。
それが「お母さん(実家母)も、孫が出来れば絶対変わるよ」という言葉だったそうです。
創価の信仰を罵倒したことが原因で出禁となった元夫ですが、孫さえできれば創価の信仰なくとも
和解ができると簡単に考えていたのです。
しかし姉は「そんなに甘いものではないよ」と元夫に伝えていました。
理由は、兄のパターンをみていたからです。
兄夫婦も結婚のさいに創価の信仰を巡って母と険悪な仲になりました。
孫ができましたが、内孫の初孫にもかかわらず、生まれたとき母は会いに行きませんでした。
何年か経過して兄一家が帰省したおりに初めて会ったような状態。
「孫の顔見たさ」なんてうちの母にはありません。 
それは外孫(私の子供達)に対しても同じくなのです。
会えば可愛がってくれますが、頻繁に顔を見たいとかいう感覚はまるでありません。
(これは私の母に限っての話です。すべての創価脳が同じではありません、あしからず)
元夫が「子供が欲しい」と願う理由は、それだけだったとは思いませんが
姉は言われるたび、元夫が実家との和解のために子供を利用しようとしているんじゃ?との
疑念がわきあがり、それが原因で喧嘩が増えていったそうです。
年齢的な事もあり元夫も焦っていたのかもしれません。
この離婚原因を聞いた時、元夫も創価の被害者だ、と感じました。
ただ純粋に、ふたりの子供を望んだだけだったのにそうとは受け止めてもらえなかった。
誰もが「結婚したら子供が欲しい」とは限らない。 けれど普通の家庭に育った人からしてみれば
「子供が欲しいと思わない」という価値観は、受け入れがたいものかもしれません。
元夫もきっと、姉の考えを理解できなかったのでしょう。
そして姉もまた被害者なのだと思います。
生まれながらに創価に入会させられたが、素直に受け入れられなかった。そのことで強信者な
母親との衝突が絶えなかった。
私たちの母が創価の強信者でなければ、私たちはもっと違った人生をいきていたかもしれない。
現状に不満があるというわけではありませんが、家族の良い思いでがまるでない私も姉も、
そこに創価がなければ、私たち家族は・親子兄弟間は・もっと違ったんじゃないのか?と
思わずに居られません。

このような経緯から、姉は再婚に関して母が何を言いだすかを警戒していました。
しかし前の結婚当時から比べれば、母も随分まるくなったというか軟化しています。
姉はかなり危惧していたけれど、私はお相手に
「創価に対し批判的言動をとらなければ大丈夫ですよ」と伝えました。
相手の男性は海外生活が長く、創価のことを名前くらいしか知らない状態。
母が再婚を機に、相手に入会をせまるようなことを姉は想像していたのですが
「もうそれはないと思います」と私は伝えました。
姉は「そんな調子のいい事言って安心させないでよ?」と若干疑わしい様子でした。
万が一、本流や入会を望まれたとしても「信仰は出来ませんが、お母さんのことは応援します」
と言えばいいと伝えました。
そして私に会った事は絶対に言わないようにして欲しいと姉と婚約者に念を押し。
母のことだから、私が先に会ったと言えばプライドが傷つくかもしれないと思ったからです。

後日、姉は母に再婚を報告し、お相手との顔合わせをしました。
姉から「うまくいったから。ありがとうね」とメールが届きました。
あとから姉に詳しく聞いたところ、母から折伏めいた言葉は出なかったとの事。
ただ、実家の信仰が創価であること・自分が創価の活動をライフワークにしていることを
理解してほしいとお相手に話したそうです。
姉も「あんたの言った通り、おかあさん丸くなったね」と驚いていました。

夜に母から電話があり「驚く話があるよ~」と嬉しそうに姉の再婚相手に会ったと報告して
くれました。
知らなかった事にしないといけないので「うそーっ?!」と大げさに驚いてみました。
母は、相手の男性をとても好人物で安心した、と話しており。
「あの子がこのまま人生を終えることがありませんようにって、御本尊様にご祈念してきた。
 すばらしいお相手と巡り合えたし、本当に良かった。また願いを叶えてもらえた」と言いました。
私はその言葉を聞いて、複雑な思いがしました。
母の祈りは、すばらしいこと。 姉とは信仰のことで喧々諤々の関係ではあったけれど
やっぱり母は「母」だった。静かに娘の幸せを願っていたのです。
「良かったね」と言いながらも、心の中では「けどそれ、創価のお陰では絶対にないからね!」
と叫んでいました。 口には出しませんでしたが。
きっと母は、このいいお話を会合で話すのだろう。 本当に、母の祈りが通じたのかもしれない。
だけど、それが創価の会合席上で語られる事によって「創価のお手柄」みたいになってしまう事が
歯がゆい。
「創価のお陰」に、なぜか誤変換され、この話を席上で聞いた学会員も
「やっぱり功徳のある信心なんだ。願いが叶うんだ!」と、学会活動のモチベーションにしてしまう
場合もある。
それは、絶対に違う。
表現として的確ではないかもしれないけど「他人のまわしで相撲を取る」というコトバが浮かび。
結局創価の活動とは何の関係もないところでおこった幸運が、創価学会員だからそのような良い目に
あうことができたーみたいになっていくことに「一寸待て!それ違うだろ」となるというか・・。
全然違うんだけど、と言いたいところを抑えていました。

姉の再婚を喜んだのもつかの間、突然話題が変わり
「財務の納金は済んだの?」と母に突っ込まれました。
ドキッとしました。 振込用紙は先月捨てましたが、それをこのタイミングでさすがに言う事は
できなくて。
「まだだけど」と誤魔化すと、母が「ちゃんとしなさいよ」と言い
「うちの地域でもまだの人が多いのよね。
 で、みんな”なんで締め切りをO日以降にしてくれなかったんだろう”って文句を言っているの。
 どうして?って聞いたらね、年金支給日前の締め切りだから(納金が)しんどいって言うのよ。
 私、あきれたわ。財務のお金なんて、そのためにちゃあんと準備しておくものじゃない?
 何を今さらって思ったわ」と、同志批判をしていました。
しかしこれは、少ない年金をやりくりしている高齢者学会員のリアルな声だとも感じたのです。
年金は偶数月の支給。
12月の年金は、お正月のことにも使うでしょうし何かと物入りだったとおもいます。
だからこそ2月の支給日後を締め切り日にしてほしかった、という事じゃないでしょうか。
(うちの母も年金をもらっていますが、他に不労所得があります。 だから上から目線なのです。)
「そんなのさ、人それぞれに事情があるんだよ。ていうか、年金生活者に財務させるのが
 そもそも間違いじゃない? 可哀相だよ。お金の余ってる人がやりゃーいいんじゃん!」と
私は言葉を返し。
母は反論していましたが、具体的に何と言っていたのかは忘れました。
「とにかくさっさと納金して、地域の人に連絡を済ませなさいよ」と言われたので「ふん」と
返事しました。

このやりとりの2ヶ月後、いつも行っている隣市の大きなスーパーで買い物をし
レジ待ちに並んでいた時のこと。
夕方でしたが、私の前で会計をしていたおばあさん(私の母親と同世代)の
籠の中、全ての品物が「見切り品」でした。
すさまじいなぁ~・・と思いながら見ていたのですが、そのおばあさんがレジ係の人に向かって
「ここに(品物)入れて」と、持っていたトートバッグを広げました。
そのトートバッグの中には、よれよれの大白蓮華が入っていました。
見てはいけないものをみてしまったような、悲しい気分になりました。

そうして食費を切り詰めて、ご供養(財務)をする事こそが「幸福への直道」と信じて疑わない
タイプなのか・たんに倹約家なのか・現に置かれている状況下でそうするよりほかないのかは
解りません。
ただ、よれよれの大白蓮華が全てを物語っているように思えてなりませんでした。

幸福価値観は人それぞれ、とはいうけど、
「心こそ大切なれ」をていよく組織を肥やす為に利用するな、と私は思うのです。
使い方間違ってるし、まずが。 部分引用マジックです。

先日、NHKの番組で「高齢者の栄養失調」を取り上げていました。
肉を食べない高齢者が多いことで栄養が偏る(肉が嫌い)という内容でしたが
私は好き嫌いの問題以前に、お肉が買えない(手が出ない)のではないか?と思いながら
見ていました。
そのとき、上記のおばあさんのことをふと思い出してしまったのです。
まさに財務の季節ですが、年金生活をされている方の財務がどれだけ身を切る思いのものなのか。
食べるべきものも食べずして、財務をされている方がいらっしゃるかもしれないと思うと
私はいたたまれない気持ちになります。
高齢者からカネをまきあげるようなことも、もうやめてくれと私は思ってしまう。
それを「功徳」だの「三世永遠の幸福」だの、不確実なものごとに絡めてまきあげるようなこと、
やめてくれよと。
そんなことで生きて一日を長らえられるわけではない。
その一口1万円で、いいお肉が買える。しっかりと食べて命を長らえてほしい。
ほんとうに「健康長寿」が成しうるのは、おかしな団体への寄付では無い。
自分の血肉になるように現実的な行動をとることのほうが、よほど為になるのです。

清貧な高齢者たちからも巻き上げたカネでぶくぶく肥えている上層部。
次期会長候補と目される人物も見事な太鼓腹ですが、私の地元で新人として当選した
とある議員も、すっかり太っていておどろきました。
組織からの突き上げで痩せる思いしているのかとおもいきや、そうでもないんだなぁ・・と。

こんな奴らを肥やすために、会員が汗水たらして手弁当で選挙応援をしたり
年金生活を切りつめても組織のためにとお金を差し出すなんて、ひどく馬鹿げた話です。
いい加減にしろよと私は思うし、怒りを感じます。
一日も早く多くの人が覚醒する事を願ってやみません。

(9)に続きます。

非活決意 その後(7)

婦人部の新任者が家庭訪問に来た日の夜。
なんとなく胸騒ぎがし、私は実家の母へ電話を入れました。
以前、役職を断った際に実家に電話を入れられた事を思い出したんです。

組織の人間から母の耳に入るより、私から直に話す方が良いにきまってる。
善は急げだ!と、子供達を早々に寝かしつけて電話をしました。
私はまず「支部の人から電話なかった?」と尋ねました。
母「ないよ。何なの?あなた、また信心をおろそかにするような事したの?」と。
”信心をおろそかにするような事”ってw
苦笑しつつも「ううん。そうじゃないけど。今日新任者が家庭訪問にきたのよ。
はっきり私の考えを伝えた。また、そっちに電話するんじゃないかと思って。
電話が来ても”娘に任せてあります”って言えばいいんだからね。
お母さんが謝るような事じゃないし、電話されたって困りますってハッキリ言ってやってよ。
そもそもこんな事を親に電話する創価がまちがってんだからね」
と私は言いました。

「創価の活動は一切しない、御書に書いてない事ばかりだからしなくてもいい」
この旨は正月に母にも伝えてありました。同じことを組織の人にも伝えたまで。

母は「電話がかかってきたって、別に謝罪したりはしないわよ。逆に言ってやるわ
”うちの娘は信心強情だったのに、そちらに行ってからおかしくなった。どうしてですかね?”
ってね」と言いました。
私が非活に転じたのは完全に地域組織に問題がある、と母は考えていたようなのです。
創価脳にありがちな「非活に転じる人=組織の人間関係に躓いたor怨嫉」という考え方。
まぁ、一理あることはあるかもしれません。
(全ての地域の婦人部を知っている訳じゃないので、私の居る地域に限ってなのかもしれませんが)
婦人部の皆さんの残念っぷりが原因で私は活動を離れ・覚醒したわけだからw
でも組織云々だけが原因ではありません。それは「きっかけ」でしかない。
問題はその上、大本営にある。
母はまだそこのところに気が付いていません。 だから活動家でいられるんでしょう。

また、母の「逆に(組織に)言ってやる」という言葉には
「信心の有無なんて親の責任じゃないのに、いちいち電話してくるなゴルァ」という気持ちも
確実に含まれていただろうと感じます。

私は、このブログを始めるまで、このような「学会2・3世のいい歳した学会員が非活に転じたり、
組織に対して反抗的な態度を取った場合、親に電話(告げ口)する」というフローは
うちの地域だけの話だと思っていました。
が・同じ経験をされている皆さんからのコメントを、公開・非公開で頂いて驚きました。
どこでもやってるのね!と。
こういう事柄は、もっと世間に周知されるべきだと思います。
それがいかに非常識な行動であるかを、組織内部の人はわかってない。それはそういった行動が
批判にさらされないから(やられたほうは泣き寝入りだから)じゃないでしょうか?
なんだったら「いいこと」だと思ってやってますからタチが悪いというものです。
私はこのあとにも数度、実家に組織の活動がらみの件(協力的でなかったこと)について
電話を入れられました。
もう許せないと思ったのではっきりと「今後、このような事(実家に電話)があった場合は
しかるべき所へ相談・通報しますよ?」と通告しました。
このときは、(私を飛び越えて実家に電話を入れた)選挙の投票確認でした。
「しかるべき所」が具体的にどこかは、あえて言わなくていいと思います。
思い当たる節が多い方が、創価脳は構えておとなしくなるでしょうから。
以降、実家への連絡は止みました。 このくらい言わないと、創価脳は気付かないのです。
単純に「迷惑だからやめてください」くらいでは効き目が無い。
信仰は個人の自由意思。それは日本国憲法にかかれていること。
この国に住む人間のルールです。 
たとえ親子間であったって、立派に成人した人物の「拒絶意志」を組織がわざわざ親に知らせる
必要なんかないわけで。
それが親子間を悪化させる因になると、普通なら想像力が働くはずですが
創価脳は自身と組織の「正義感」だけで動くからそんなところまで頭がまわらない。
本当に鶏頭で迷惑千万な存在です。
確信犯でやってるとしたら尚更タチが悪い。
こういった事柄に対して、もっとプライバシーが護られてしかるべきなんです。
それを侵されているのだということを、イヤな思いをしている人は自覚して下さい。
確実に悪いのは非常識行動を「正義」の名の下に正当化する組織です。
創価の活動が出来ないあなたは何も悪くない。 自分を責める必要はありません。
相手がいかに非常識な行動を取っているかを、突きつけてやってください。

話を元に戻します。

母は「信心は一生のことだから。波があって当然。あなたも今は組織の活動に批判的だけど
いつか必ず”やっぱり組織が大事・組織があってよかった”と、思う時が来るわ。
だからお母さんは(組織の人に非活宣言したことに対して)あえて何も言うことはない。」と
わかったように言うのです。 まさに親が子をみおろすような感じです。
私はカッとなって「違うよ!」と言い返しました。
そんな一過性の・組織の奴(人間)が嫌いだから非活宣言したわけじゃーないんだよ。
創価の活動が「宗教をかさにきた巨大ビジネスで、搾取されているだけ」だからなんだよ!と
訴えました。
母は「あんたは困った子ねー」と呆れ「もうネットを見るのはやめなさいよ」とw
それも違う!と私は怒りました。
「お母さんはおかしいと思わない訳?矛盾しまくりじゃん」と、選挙の件・新聞推進の件や
多額の財務を会員から集めて世界中の顕彰を買いあさっている事・無駄に会館を建てまくって
いること・その会館に一度も行く事は無くともすべての施設に池田老人ルームを備えている事など
まくしたてました。おかしいだろうよ!と。
母は「それであなたに迷惑がかかったの?」と言い放ったのです。
会館に先生のお部屋があったらあなたは迷惑なのかとw
私は「迷惑というか不愉快だよね。そんなもの作る必要ないし。カネが余って仕方なくやってるなら
返せば?もしくはもう集金すんなって思うけど」と返し。
母は「あなたはいろいろと知りすぎたんじゃないの?それで信心がおかしくなるなんて本末転倒。
自分の信心がおかしくなりそうな物からは、離れることが一番なのよ」と。
母は自らすすんで「思考停止」を選んでいるんだ、と気が付きました。
母が青年部時代に会った池田老人への不信感についても、それについて深く考える事をせず
「蓋」をしてきた。そして、周囲に流されること無く池田老人賛美には加わらなかった。
だけど批判をするような事もない。池田老人を静かにスルーしてきた。
そこまでして、都合の悪いことには全部目を瞑って耳を塞いで、守り通したい「信仰」って何?
だったらますます、組織なんて必要ないじゃん。 創価に居なくてもいいじゃん!
私の頭の中は、そんな疑念と怒りが渦巻いていました。しかし、これを思い付くがまま言葉に出して
しまうのはよろしくない。
一旦、自分の中で整理する必要があると冷静に考え、吐きだしたい言葉をぐっと抑え。
母に「私は、日蓮大聖人の仰せのとおりにやって行きたいだけ。納得できない事はしたくない。
そこはお母さんも理解できるよね?
だからもう、学会活動はしないし・選挙支援もしない。
信心を捨てるわけじゃない。それとこれとは完全に”別”だってこと、お母さんも認識しておいてよ。
そしてあとから”しまった!”ってならないように、お母さんも納得できない活動はやらないことだよ」
と言いました。
母は「大丈夫よ。私はね、御本尊様と自身のあいだに何も入れた事は無いから、ぶれないの。
納得できない活動なんてやってない。全部納得できるからやってるの」と言い返し。
母のいってる事は寝言同然、と思いつつも、冷静に話ができるだけありがたいと思いました。

母が私に「忠告」として2つの事を言いました。

ひとつめは
「絶対に法華講に入ってはならない」
法華講に行った友人がどんなに不幸になったか具体例を上げていました。
しかしその死因は、うちの父と同じものでした。
”何バカなこと言ってんだよ・・”と内心思いつつも、反論はしませんでした。

そしてふたつめ

「勉強しすぎてはダメ」

御書を自分で読んだり、歴史の本を読んで知識を得ている事は感心するけど、
それが不信につながっているんだったら意味が無い。 
ただひたすらに御本尊様を信じて、学会を信じて行けるように生きればいいの。
それがまちがいのない生き方なんだから! とw

「勉強しすぎてはダメ」ってなんなの?!・・orz
これこそ、思考停止の証明だと思います。 自らをすすんで盲目に追い込んでいる。
信心歴が50年以上にもなると、こんな調子なんだろうか。 
私は呆れを通り越し、ぐったりと疲れを感じて電話を切りました。

(8)に続きます。

非活決意 その後(6)

1月も半ばを過ぎた頃、携帯に見慣れないメアドでメールが届きました。
「はじめまして」の書き出しで、知らない幹部でした。
メールの内容は「財務の書類を渡したい」とのこと。

申込用紙にサインした時は「これが最後」と、納金の意志はありました(1口ですが)。
だがしかし、福運貯金支部婦のおかげで組織の黒い魂胆に気が付き、このとき既に3ヶ月が経過。
その期間にすっかり覚醒し、創価にびた一文やるものか!との決意を固めていた私は
納金をしない気で居ました。
申し込んだけど、気が変わったから振り込まない。事故扱いになってしまえ!と思っていたのです。
此の当時の私は、一年前の自分を思い出して「人間、変わるものだなぁ」と感慨深くなっていましたw
一年前(2011年度財務時)の私は、財務を1口に減らすことで家庭の経済基盤が崩れるか否か
「実験」をしようとしていた。
つまりその当時はまだ、半信半疑。
「財務をしないことで我が家の経済が減少傾向になるかも?」という懸念を抱いていたのです。
組織で幹部および会員が口々に語る、創価の財務にまつわる「不思議な法力」をまだ半分は信じて
いたんです。
それが一年経過し・完全に覚醒してしまうと
「財務をしないから家庭の経済基盤が崩れるなんてありえない」という揺らぐことのない結論に達し。
目が覚めて、本当に良かったと思いました。
もともと財務への意識は薄く、多額をした事もありません。
が、創価のために1円だって出したくない私にしてみたら、1口1万円も目眩のする額です。 
道で落とした方がまだ諦めがつく。 
だまし取られる事に比べれば紛失なんて大したことない。
そう、完全に創価に「脅し騙し取られていた」んです。私にとっての財務というものは。
結婚後は「家庭の経済基盤が崩れますよ?」って脅されていたから、しぶしぶ払っていただけ。
そこには真心なんて、ひとかけらもなかった。

訪問日程が決まり、数日後に幹部がやってきました。
保険外交員みたいな雰囲気の方でした。
きちんとしているけど、垢ぬけないと言うか前時代な雰囲気は、同中に登壇する婦人幹部を
彷彿とさせ。
幹部は、この地域の活動家がいろいろとあって殆ど居なくなってしまった事・家庭の事情だったり、
信心はあるけど活動にいまは出て来られないという状況で・・と説明。
その中に、あの福運貯金の支部婦の名前も含まれていました。
地区婦がワークに転じて昼間動けない・しらゆり長が非活宣言したことは知っていましたが
まさか福運貯金まで身動き取れない状況になっていたとは!
財務の書類一式を配布する人も居ないって、ある意味すごい状況だなと思いました。
すっかり地域崩壊してるじゃんwと。
書類を手渡された際「地域が新体制になるので(新任者が)改めて家庭訪問に来ると思います」と。
この幹部は間をつなぐために来ているだけ。
まともに私の考え(非活を貫くこと)を話しても、うやむやにされるかもしれない。
新体制とやらが整ったら、その幹部にきっちり伝えようと考え、書類をおとなしく受け取り終了。
そして封筒ごとゴミ箱に捨てました。
微妙な記念品も振込用紙も、もう私には用無し。なんのうしろめたさも感じませんでした。

2月になり、再び見慣れぬメアドでメールが入り、家庭訪問のアポイント。
福運貯金の支部婦が引っ越したとのことで、新任者が来たのです。
派遣の支部婦で50代前半。居住地域(町名)を聞いて驚きました。隣町とか言うレベルじゃない
やや距離のある場所から来ていました。
私が女子部時代にバリ活だったことを、統監カードを見て知った様子で
「(未活が長いけど)どうしちゃったの?お仕事しているわけじゃないんですよね?
 大きな使命がある人だと思うけどー」といわれ。
大きな使命ってなんなんだよ・・と思いながら、この際だからはっきりしておこうと思い
「信心はあるが、創価の活動はいっさいするつもりがないんです」と話し。
新任者は、えっ!?と大声をあげ「どうして?理由は?」と尋ねてきました。
怖いものを見るような目をして尋ねてくる新任者。 創価の活動を一切拒否するなんて罰当たりな!
と思ったのでしょうか・・。
私はあくまでも日蓮大聖人の弟子だと思っている。創価の活動は御書にかいてないことが大半。
だからやらなくてもいいし、私には組織は必要ない。組織に頼らない信仰をして行くつもりだと
話しました。
新任者は困った顔で
「体験がないわけじゃないんでしょ?だったら初心に戻る時期なんじゃないですか?」
と言うのです。
”ハァ?私の話ちゃんと聞いてなかったのかよ!”と内心腹立たしく思いながらも
「御本尊様に護って頂いた体験はいくらでもあります。でもそれは創価の活動のおかげではないから」
と返答。
少しのあいだ、ああいえばこういう状態で押し問答が続きました。
すると新任者が
「とても残念です。体験があるのに、組織につけないなんて・・」と言い
自分は辛い幼少期をすごしたが信心があったから・学会があったからここまでこれたと、身の上話を
涙ながらに始めました。
今現在も、主人が早期退職勧告に遭っていて云々・・でも使命のある場所に行かせてくださいと
夫婦揃って100万遍唱題に挑戦していると。
此の話を聞いている時の私の心境は「だから何?」でした。
同情なんてするわけがない。 ご主人がそのような目に遭った事をこの人は「宿業」と捉えているのか。
自分がパートに出て家計を助けるのが普通じゃないのか?
創価の役職にしがみついていれば、生活が好転するとでも考えてるの?
そんなおまじない生活、50代にもなって”普通じゃない”と解らないってどんだけ・・。
私の頭の中にはそんな言葉がぐるぐる渦巻いてましたが、相手に言う事はなく。
「とにかく私には創価の活動は必要ないし、もう会合に出る気もありませんし、何も応援できません。
 組織と関わりたくないんです」と伝えました。
新任者は困惑した表情で「そう、残念です。じゃあ、家庭訪問なんかも遠慮してほしいって感じ?」
と聞くので「そうですね」と返答。
「わかりました、じゃあ地域の担当者にもそう伝えておきますね」と。
私はそこで「財務も、もうするつもりがありませんので。財務部員から外しておいてください」と
言いました。
新任者は「そんな事言わないで下さいよー」と、勘弁してほしいといわんばかりでしたが、
最後は「お忙しい中、ありがとうございました」と帰って行きました。

新任者が帰ってすぐ、長子のお迎えのため車で向かいました。
運転中にふと思い出したのが、私がバリ活で地区リーダーをしていた時、
厳しいと評判の部員さんに家庭訪問にいき、やっと会えたと思ったら
「創価は親が勝手に入ってるだけで、自分は大嫌いだ。
 女子部活動だってやる気ないし、あなたの手紙も一回も読んだこと無い。全部捨てている。
 もう2度と来ないで欲しい」と追い返されたこと。
意地悪そうな美人でした。
私より少し年上だったのですが、それはもうはっきりと、敵意すら感じるほどの強い物言いでした。
あのとき私、どう思ったんだっけ。
すごく悔しくて悲しくて先輩に指導を受けたんだった。
先輩は
「そうやって、あなたに悪態をつくことであなた自身の”業”を部員さんがとってくれたんだから、
 感謝して。いつか必ず気がつく時がくる。
 不行菩薩の振る舞いで、部員さんの幸せを祈念していこう」そんな風に励まされた。
後年、この部員さんは結婚したのですが、1年足らずで離婚し実家に戻ってきました。
私はそれを知った時「罰があたったんだな」と思ったのです。
学会を悪く言った罰があたったんだよ、と。
そんな風に考えていた事について、ぞっとしました・・。 自分自身のことではあるけれど。
それ(離婚)とこれ(創価を誹謗)は全く関係性のないこと。離婚の理由だって何なのか解らない。
それなのに、私は「罰」と結びつけて考えることを当たり前としていた。
つくづくも馬鹿だったなと思いましたし、その部員さんに対し一瞬でもそんな風に思ってしまった事・
たびたびの手紙や家庭訪問で不愉快にさせていた事を「申し訳ない」と思いました。
その立場になってみないと、解らないことってありますね。

新任者がどう思ったのかは知り様のないことですが、女子部時代の私のように
「相手が自分の(宿)業を取ってくれたんだ」なんて納得していないことを願いたいと思いました。
自分が現実に直面している問題と・創価の活動現場でおきた事柄をこじつけのように結び付けて
考えることが、活動家の世界ではままあります。
現実が動かないのに、活動の現場で何かがあると、現実問題までも好転するような錯覚を起して
しまう。 
そのせいで「現実問題」が手遅れになることが、周囲のバリ活や創価脳を見ていて
多々あるような気がしてなりません。
しかしそれを「宿業」という言葉で納得しようとし、現実的な手段を講じる事をせずに
さらに活動に没頭する事になるのです。 (世間ではそれを「現実逃避」と呼ぶのですが)
でも活動家の間は絶対にそのことに気がつかないから恐ろしいし、目も当てられないのです。
「なにの兵法よりも法華経」 この御書の一節に、現代解釈はないと私は思っています。
これは鎌倉時代の四条金吾殿に対してだから、そう書かれた一文なのだと私は解釈しています。
歴史を勉強しはじめて解ったことですが鎌倉仏教の興隆=戦国時代だからこそ、だったのです。
長くなるので別の機会に説明します。
現代の日本国民にリアルな「戦」は無いのです。 
何かを戦になぞらえることはありますが、それは現実的には戦ではありません。
仕事だったり交渉だったり試験だったり試合だったり対人関係だったりするのでしょう。
しかし、四条金吾殿の場合はまともな「戦」なのです。
刀剣を持って「命」を取るような戦、殺し合いです。
現代の日本に住む一般人にそんな命をとりあうような戦の機会はないでしょう。 
なんでもかんでも「戦い」「闘い」と煽られ続けて、創価の信仰と抱き合わせにされる人生。
一般現代人は「戦」になぞらえた現実問題に真正面から向きあい乗り越えている。
信仰の名の下に紐付きにされる、わけのわからない「活動」無くしても、挑み乗り越えている。
そんなものなくても、乗り越えられるのです。
それが解るようになったときが、覚醒のときなのだと思います。

(7)に続きます。

非活決意 その後(5)

2013年1月。長子の新学期が始まり、園ママたちと新年会をしました。
冬休み期間のすごしかた・何処へ行った、誰と会った、買い物などなど話題は尽きません。
そんな中、毎年のように「初詣はどこへ出かけたか?」というお題がでるのです。
例年の私は「まだ行ってない。とんど焼きついでに行こうと思ってる」と答えるのが常でした。
行かない、とは言えませんでした。 理由をつっこまれてもややこしいからです。
今年は堂々と「OOだよ」と義実家の氏神(やや有名な神社)を回答。
すると一人が「そこって、OO成就で有名だよね」と。
そうなの?知らなかった~とこたえる私。
この友人が、パワースポットにやたら詳しく、どこの神様が何に効果があるとか
どこの神様はやきもちやきだから、何かのついでにお参りしてはいけない。行くならそこだけに
しないとダメなど、うんちくを披露。
周りに居た人達も、へぇーと興味深く聞き入り。
「こういう話って、嫌がる人もいるからするの微妙なんだよね」と友人は言いました。
でも今日はウケたから良かった、と。
”嫌がる人”って? =創価の人のこと?と、思いましたが口には出しませんでした。

マインドコントロール当時の私は、あちこちの神社を「パワースポット」などと呼び
参詣しまくる人の事を、心底バカにしていました。
”節操無し”だと思っていたんです。
そう思う根拠は、実家母の話と創価教学の知識。
悪鬼魔神の入り乱れたパワースポットに参りたおして、そんなの不幸の因を積んでるだけじゃん!と。
法華経だけでいいのに。ご本尊様だけでいいのに。馬鹿だよねって。
私が仏法対話しても、ふんふんと聞きながらこちらには入らず、初詣に行って来たよーなんて
気軽に話してくる友人を「空気読めない人」と思ったりもしていました。
随分と自分勝手で、我見に陥っていたと思います。
創価内部の人にしか通用しない理屈を、一般人の友人にあてがったって、どうしようもないのに。

また、父方の実家には立派なお仏壇(浄土真宗)があって、神棚もありました。
私の母はそのことを指し「節操なし」と言っていたのです。
神も仏もイッショクタにするだなんてありえない、邪宗ならではだ、と。
それを聞いて育った私は、組織における「日本古来の神様」の扱いとは
「全てが邪(教)」なものだと記憶したのです。

この頃、御書を通しで読むようになって気がついたことは日蓮大聖人の御書には頻繁に
「天照大神」と「八幡大菩薩」が出てくる(四菩薩も)。
「日本は神の国」という表記も出てきて、驚きました。
マインドコントロールにかかっていた時は、そんな言葉は目にしてもスルーされていたというか
全く気にとめませんでした。
御書講義や学習会でも、「神」の事を丁寧には教えてくれませんでしたし(私のいた地域では)。
唯一「御本尊様のなかに書かれてあるから、神社に行く必要はない」という説明はありましたっけ。

”日本古来の神様というものは、法華経の行者を護るはたらきをしてくれる存在”
自力で御書を読んで行くうち、そのように私は解釈しました。
それら神を「邪教」「邪宗」と軽視するような事を、大聖人が推奨しているとは思えない。
あくまでも法華経を最上のものとして、の話ですが。
事実、伊勢神宮を参られたさい「我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ」と言われたと
ネットで調べもの途中に知り、ほお~・・と感心したのです。
皇祖神に対する崇敬の念が、日蓮大聖人の心中に確実にあったということを感じました。

しかし創価では、日本の神信仰も「外道」と教え、謗法の対象としている。
創価で聞いた理屈としては
「真実はひとつしかない。他の存在を認めたら、これが一番正しいとはいえなくなってしまう。
 だから謗法払いをしていた(している)」という事でした。
私が折伏した友人の家にご本尊様を安置の際、彼女の親族が別宗教を信仰しており(神様系)
その祭壇があったので、どうするか?という話になり
私が「謗法払いしなきゃだめですか?」と質問した際、幹部がそう言っていました。
この時は、彼女の部屋にご本尊安置することになり、祭壇のある部屋が1Fで
彼女の部屋が2Fだから(別宗教の祭壇の「上」にくるから)払わなくてもOKという話でした。
当時はそれほど疑問も持たず受け流しましたが、いま思えば
「他の存在を認めたらこれが一番正しいとはいえなくなる」って、なんと陳腐な理屈なのかと。
幹部の個人的見解なのか・創価の公式見解なのかわかりませんが・・。

覚醒数年前~今に至るまで、日本史の本を読み・知識を得ていくなかで気がついたのは、
創価で使っている教義背景には「神仏分離」の影響があるという件。
神仏分離は江戸~明治時代にかけての政策で、歴史の本などで同時にでてくる事が多い
「廃仏毀釈」は明治政府が神道国家教のために行った事です。 
それ以前の時代に於いては「神仏習合」であり、神社と仏閣が別のものという概念は
ありませんでした。
神社の敷地内に仏閣あり・またその逆もあり。神と仏は共存している、それが当然だった。
私がこの史実(神仏習合)を知ったのは本当につい最近(数年前)なのです。
「廃仏毀釈」という言葉だけは、学校の授業で習って知っていました。
が、どういうわけか「神仏分離」は記憶になく。
「神社」と「お寺」は、はなから独立した存在で・相入れないものだと、どういうわけか思いこんで
いました。 政治力で「分割された」という事実を知りませんでした。
だから創価でよく語られる「日本人は節操なし。正月は神社に行くくせに、葬儀はお寺の坊主に依頼」
なんて話を、さも当然のように私もしていました。
実際、日本において神も仏教も「共存」してきた歴史的事実があり、江戸~明治政策により
分けられただけ。
全くもって「節操なし」なんかじゃ無い、日本人が古来から親しんできた宗教習慣です。
こんな勘違いを創価脳に語らせてしまう原因は、学校教育が日本史を暗記科目に
なり下げているせいだと思います。
日本古来よりの宗教の歴史は本来ならもっとしっかりと、噛み砕いて教えるべき重要な
部分でしょうに。
さらっと用語を簡単に説明するだけで終わらせているから、結果的にカルトにひっかかって
しまうのです。

日蓮大聖人ご在世当時は、神仏習合の時代。
その時代に生きられた日蓮大聖人が、神を「外道」と表現し軽視すべき存在としていたとは
私には考えられないのです。
日本古来の神・皇祖神に対する崇敬の念をもって沢山の御書を認めている事は、創価のガイドに
依らず、自分で御書を読めばすぐにわかります。

そこを明治政府がすすめた政策(=時を経て現代では常識化)である「神仏分離」を
創価(または宗門?)が用い、内外相対の外道に神社(神道)をあてはめたのでは?と思うに
至りました。
これは日蓮大聖人の志とは違うことだと思うのです。
牧口先生も「神社は感謝の対象であって祈願所ではない」と仰っています。
創価をつくった人がそう言っているにもかかわらず、創価では神社(神道)を「外道」と教え・
神社参詣を禁じている。
一昔前は鳥居をくぐる事さえ禁忌とされてきたのです。
神社に対しての正しい知識や、創価学会をつくった高祖ともいえる牧口先生の見解
「神社は感謝の対象であって祈願所ではない」をはっきり明文化するとか・教学試験で教える
などは全くしていない。 
「現在の神社には悪鬼魔神が棲んでいるから行ってはいけない」うちの母は今もこんなこと言ってます。
こんなこと何十年にもわたって言ってるのって、無知を晒しているだけだと思います。
以前の記事にも書いたのですが、大聖人が悪鬼魔神入り乱れ・・とか、諸天善神が社を去ったと
仰った背景には、当時の世相実態があったのです。
日蓮大聖人ご在世当時がまさに「神仏習合」の時代であり、日蓮では無い他の仏教宗派・寺院が
神社を管理している状況下だったので、神社を参詣してはならないとしていたという説があります。
現代は「神仏分離」となり、殆どの神社が寺院から独立しました。
(一部、寺院の中にお社のあるところもありますが・・日蓮宗寺院にもいくつかあります)
なのでやみくもに神社を「邪宗」と排除するのは、お角違いなのです。
皇祖神(私たちの祖先)や、英霊(戦争で命を落とされた方々)への崇敬と感謝の念をもって
「私たちが今あるのはあなた方のおかげです、ありがとうございます」と神社にお参りする事は
(法華経を信仰する身であったとしたって)何も悪い事ではないし、謗法じゃない。 
しかしあえてそれを「外道」とし、すっかりと排除するのは、無知な会員を馬鹿にしているのか?
はっきり「神社は感謝の対象」と教えるべきところを、スルー推奨しているのは何故なのか?
そこには池田老人および同世代側近の「自虐史観」が強く影響しているんじゃないかと
私は思います。

いまの創価は、池田老人と仲間たちが先代・先々代会長たちの志を引き継ぐこと無く・
がらりと完全に作り変えたものだと言ってもいいと思うのですが、
戦前生まれ・敗戦国という「負い目」ありきで・自虐史観をもった世代の人たちが作り上げてきた
「池田創価教義」を、こんにちまで継承している。
だからおかしいのは当たり前で・齟齬も生じまくりなのでしょう。
この池田創価教義を理念にしたままで、公明党を存続したところで迷走を続けるだけです。
今現在も、安倍政権と連立を組んでいることじたいおかしいのです。
池田老人は安倍首相の考えの真逆を行く人なのですからw

政党を擁し・会員が選挙応援することの正当性を日蓮大聖人の「立正安国論」をもちだして
語っていますが、明確な国家観なくして政治を志したところで、どうしようもないんですよね。
国家観もないのにまともな「国政」なんて出来るわけが無い。
憲法9条改正に公明党が反対しているのがわかりやすい例だと思います。
国家観なんて皆無だから「国民議論が熟してない」とかいう斜め上の理由で反対するんです。
蓋を開ければ、お題目上げてれば、中国は攻め込んで来ない・北朝鮮のミサイルは日本に
おちてなど来ない。 外交は池田老人の名前を出せばOK。 
本気でそう考えている脳内お花畑な議員と支援者。
そんな現実を見据えない政党に、政治を任せていいわけが無いのです。
ナツヲ氏は「国民主権」って言葉だけはやたら使いますが、「国家観」については・・。
首相や国会議員の靖国神社参拝を「遺憾である」だの「近隣諸国への配慮に欠ける」だの、
のうのうと発言できる人間が、血税でご飯食べてるかと思うと私は許しがたいものがあります。
ナツヲ氏が本気でそう思って発言してるのか・用意されたセリフをしゃべってるだけなのか
知りませんが。 呆れてしまいます。

しかし、先月のナツヲ氏の発言に(憲法9条の改正について)
「(衆議院の任期のあいだの)今後3-4年は慎重さが必要」とあり。
あくまでも国民議論が割れる事に関して慎重に検討して行く、という内容だったようですが
私はこれ「3-4年のあいだにXデーがくるかも。そしたら9条改正賛成に転じる事も
あるかもね」と読んでしまいましたw
おそらくXデーを境に、公明党も大きく変わらざるを得ないでしょうしね。

余談ですが、実家の母にも神仏習合の話をしたのですが「そんなの知らない」と言い、
まず神信仰ありきの日本に、あとから仏教が伝来して云々・・というところから説明しないと
中々理解が出来ないようでした。 
というか、それを説明してもやっぱり「神社は邪宗だ!」という考え方は抜けないようですorz
私が偉そうに言えた立ち場でもないのですが(日本史をちゃんと学び始めたのはここ数年です)
創価教義が正しいと思いこんでいる方が、日本史をどのくらい理解しているのかが疑問です。
縄文時代、弥生時代、そんな「年号」と「主な登場人物」を知っているだけでは、日本史の知識が
あるとは残念ながら言えません。
日本国の始まりが神ありきで、そこに仏教が入ってきて、時代変遷の中で日蓮大聖人が登場したという
流れをふんでいくと、創価教学の破綻が解りやすいと思います。
というか、おそらく日本史に詳しい人ならまず創価に騙される事はないでしょうね。
部分史(江戸時代だけ・戦国時代だけ)のみ詳しくてもダメ。
通史で知ることが重要だと思います。

「創価がおかしい」と気がついて覚醒しても、学会2・3世の方々は学会教義の中で生まれ育ち
無意識のうちに「不信」につながるような外世界の情報を遮断してきた傾向にあると思います。
なので覚醒後はとても不安に陥るだろうし、一体何が正しくて何が常識なのか?
すでにいい大人の年代に達しているにもかかわらず、自分の一般常識のなさに愕然とされる方も
多いと思います。 少なくとも私はそうでした。
かなりの大人になってから、道筋を糺すのって大変です。 何に依ったらいいのかも解らない。
そのとっかかりとして日本史をいちから学び直す事をおすすめしたいです。
少なくとも私は、日本史(日本の宗教史含む)の知識を得たことが心の支柱になりましたし
外交・国防(沖縄)問題への見方も変わり、ニュースを聞いてもより理解できるようになりました。
創価に毒されていた時は、私は日本国民だという意識も薄かった。
創価で言われている通り”世界市民”だと思っていましたw 馬鹿でした。

だいぶ話が飛躍してしまったので、元に戻します。

2013年1月時点で、私は遥拝ごん行をしていましたが、
何よりも真っ先に「日本国の安寧」をご祈念するようになりました。
日蓮大聖人の精神とは「国護り」なんだと、日々御書を読む中で痛烈に感じたから。
大聖人の弟子ならば、最初に祈念すべきは日本国の平和と安寧でなければ。
創価でバリ活の頃は「現世利益」のみでした。 それって浅ましく・おかしいことだった。
御宗祖の精神など、どこにもなかったな・・と反省したのです。

そして、日々御書を読み進めて行く中で、いくつも「?」と思う事が出てきました。
日蓮大聖人が、すべての願い事をかなえるとは言っていない・甘い餌なんて与えていない事に
気が付き始めたのです。
そして日本史の本を乱読するなか、大聖人ご在世の時代背景と現代では常識も社会通念も
全く異なっている事も、気になり始めました。
しかしまだ、そこを突きつめて考える事はせず、私は「心のお守り」としての
ごん行・唱題を継続し、御本尊様への絶対心を揺らがせることはありませんでした。

(6)に続きます。

非活決意 その後(4)

年始の帰省時、実家の自分の部屋に久々に入ってみました。
物置き状態になっていますが、たんすの中に結婚で家を出る際に置いて行った
私の洋服があったのです。
それらの殆どが、かさばるスーツ。しかも今の生活で、ほぼ出番のないものばかり。
女子部時代に買った物が大半です。

白蓮をしていた当時、任務に就く日(制服を持って行く)であってもスーツで会館へ行くよう
指示されていました。
もっともらしい理由があったんだけど忘れてしまいました。
白蓮は制服ではなくスーツで任務に就く機会も多くありました。大きな会合でOO長など
お偉い方が来るときは水さし係(登壇者にコップに入ったお水を持って行く)だったり・
会合前後にお茶くみをする事もあり、必ずスーツ(またはワンピース)着用。
そんな場面が多くて、毎回同じものというわけにもいかないし
(そう思っていたのは私だけです・・同じものを着る班員もいました。
 そんな班員の大半は3桁財務をし、後年幹部になっていきました)
当時給与の大半をスーツに費やしてたと言っても過言でなく。
時代はバブル後期、派手な色の安物スーツは巷にあふれていたけど、そういったものは会合の席に
着て行けません。
当時好んで着ていた、お嬢さんブランドのスーツは1着10万円前後のものでした。 
活動で多忙すぎて遊びにも旅行にも行けないストレスを、買い物で解消していた面もあります。
値段が値段だけに捨てられず置きっぱなしになっていたのです。
もしかしたら、将来子供の園・学校行事で着るかも?と思って保管していましたが、
約20年が経過した今、そんな昔のスーツ恥ずかしくて着て行なくて結局新たに買い直すはめに。
もう、全部捨ててもいいやと思い、今回帰省時にたんすを開けるとすっからかんでした。
驚いて母に尋ねると「どうせ要らないんだろうと思ってね。OOちゃん(親戚)に全部送って
あげたよ。福運だって、とーっても喜んでたから。良かったね」と。

OOちゃんとは、母方おば(幹部)の息子のお嫁さん(同居中)。年齢は私より1つ下。
彼女はバリ活、現在も婦人部で幹部をしており、会合でスーツを着る機会があるとのこと。
今思えばですが、女子部や婦人部の役職者に会合席上でスーツ着用を義務付けるのは
末端会員(役職なし)に対するイメージ戦略w だったんでしょうね。
幹部に登用される人=きちんとしている、的な。
戸田先生時代は「スーツを着ている人=人材」という言葉があり、ホワイトカラーは
優先的に幹部登用されたと聞きますし。
「馬子にも衣装」を組織を上げてやってただけのような気がします。
余談ですが池田老人の嫁ファッションが常々胡散臭いと私は思っていましたw
皇室を彷彿とさせるところとか・・確実に意識はしていたと思うのです。
そこが、なんだかなぁ?と。

おば宅は、年間3桁の財務を家族一丸となって続けています。
母から言わせると「私はあんなに(生活を切り詰めてまで財務を)やれない」というほど、
大人に関しては切り詰められる限り切り詰めた生活、OOちゃんは洋服を殆ど買うことがありません。
ほぼ、もらいもので済ませているとのこと。
絶対着ることの無い、捨てるところだった洋服、もらってくれる人あって喜んでもらえたのは
素直に良かった。
ただ、それが創価に毎年3桁のカネを貢ぐために倹約している主婦のもとに行くというのは・・。
財務やめたら、スーツなんてすぐ買えるでしょうよ?って気持ち。
親戚の20年前のお古をもらったことを「福運」だなんて、健気すぎるよ。
そこは、「みじめ」だと自覚して欲しい。
そして本当に福運があるのだったら、財務していたって自分で買える境涯なはず。
そのことに、なんで気がつかないまま、生活を切り詰めてまで財務をするのだろう?20年近くも。
倹約したお金を、何に使おうと個人の自由で、それが本当に喜びなのだったら、誰にも文句は
いえないのかもしれないが、私から見れば愚行にしか見えません。
創価に1円もくれてやるもんか!と思っている私の洋服が、まわりまわって組織を助けたのか?
と思うと、若干腹立たしくもなりました。

母は「今後もいらない服あったらOOちゃんに送ってあげてね」と。
到底そんな気になれません。
買うお金あるじゃん! 財務しなければ余裕で買えるじゃん!
それを創価に貢いで私のお下がりで済ますって間違ってるよ・・と思ったのです。

今の居住地域の婦人部員は、そろいもそろって前時代の服。
重たそうな肩パット入りウールのコート・厚ぼったいダウンジャケット。
たぶん、買えるお金はあっても、ずっと新しい服なんて買ってないのでしょう。
髪型ひとつをみても。髪につやもなく、どこのサロンで切っているか知らないけど、あまりにも
かまわなさすぎじゃないのか?と、見ていて気の毒になることもありました。
こっちにきて、イイ感じだなーとか、小奇麗だな、との印象を受けた婦人部が
ただの一人もいないというのが、福運のなさを表しているように思えてならないのです。
(ファッションに極端に興味のない・身なりに全くかまわない人たちの集まりなだけかも
 しれませんが・・全ての地域の婦人部がそうだとは言いません。)

これは最近わかった事ですが、少なくともおばは福運や豊かさを求めて3桁を続けている
わけじゃない様です。
功徳欲しさではなく、それが生きる目的や気持ちの張り(?)になっているようです。
意地もあるのかもしれません。
自分の暮らしを切り詰めても多額の財務が出来る人は、功徳欲しさというよりはプライドだったり
達成感がほしくてやっているのかもしれませんね。
そんな事よりもっと、有意義なことがらがあると思うのですが・・。
人ってほんと、何にハマるかわからないものですね。 それだけに恐ろしさを感じます。
おばは長男夫妻と同居しており、年金をもらっています。長男は勤め人・OOちゃんは専業主婦。
父の葬儀の頃はそう聞いていましたが、実は2年ほど前に長男がリストラされて
現在は幾つかの仕事をかけもち。OOちゃんは昼間~夜の学会活動に支障が出ないようにと
チェーン店で深夜アルバイトをしていると聞きました。子育て中なのにです。
OOちゃんが倒れないかと、私は心配です。
そんな生活になっていても、今年も3桁をやるとおばは言っているそうです。
私の母はこの話を聞いて、おばの盲目・猪突猛進っぷりもいい加減にしないと、息子と嫁に
愛想を尽かされるのではないかと心配していました。
もともと財務に意識の低い母なので、そういった(まともな)感想をもったのだと思います。
私も、長男とOOちゃんの心中やいかに?と考えてしまいます。
葬儀で会った際、長男は聞く耳を全く持たない私の兄の隣に座って、笑顔&大声で仏法対話を
ぶちかましていましたが。 兄は薄笑いでいなしていました。
なんてKYなんだろう、兄がアンチだって知ってるくせに・・と冷や汗ものでした。
OOちゃんの本意はわかりません。
こんな一家なので、無理してでも3桁を完遂するのでしょう。目眩がします。
家族全員が同じ目標に向かって頑張れているうちは問題なさげだけど、誰かが覚醒した時
いっきに家庭崩壊に向かいそうな気がして、ひやひやします。

お正月帰省から自宅に戻ったあと、届いた年賀状を眺めていました。
毎年居住地域の婦人部の方からも届いていました。しかしながら私は一度も送ったことが
ありません。
毎回「栄光躍進の年」「青年OOの年」みたいな、11月に発表される創価学会の翌年のスローガンが
印刷してあります。
これって、内部用に作ってるのか・内部・外部どっちにも同じものを送ってるのか?
よくわかりませんが「御苦労さま」と思ってました。
しかし、2013年は異変?が。 例の、気の弱いしらゆり長(前年の衆院選で非活に転じた)
からの年賀状はありませんでした。
もらっても返すわけじゃなく・楽しみにしていたわけでもありませんが(失礼ですいません)、
彼女のかなり強い「意志」を感じました。はっきりと組織との決別を感じたんです。
と同時に、心に浮かんだのは「創価が嫌いになったと同時に、信仰(日蓮大聖人や御本尊様への)も
イヤになってしまったのだろうか?」という思い。
当時、たくさんの脱会決意者または脱会者のブログを読んで、殆どすべてに共通していたのが
脱会を機に御本尊様や日蓮大聖人への「信」もきれいさっぱりと折り合いをつけること。
私はこの当時まだ「絶対心」「特別感~選民意識」に固執していました。
なので、創価を離れると同時に御本尊様や日蓮大聖人を思いきってしまう人たちに対して
「勿体無い」という感想を抱いたのです。
それとこれとはベツモノじゃん・・一緒にしないでほしいと、勝手ながら思っていたわけです。
個人信仰という在り方も、あってもいいはずなのに。
どこかの団体や寺院に「所属」しないと、信仰にならないというのはおかしい。心の問題じゃん、と
思っていました。 この考えは今も同じです。

でも、実事求是で書いたとおり、私にとっての御本尊様(お曼荼羅)も日蓮大聖人の教えも
2013年11月現在は、執着心・絶対心を失い、信仰の対象ではなくなりました。
また、信仰=絶対心だとも現在は考えていません。 前はそう思っていました。何が何でも抗えず
従うべきものだと考えていました。 けど今は、そうとは考えません。
現在思索・勉強の途中でこれといった結論は出ていませんが、信仰とは世相と常識に照らし、鑑みた上で
社会規範を逸脱しないもの(教義、活動)であることが肝要だと思っています。
非常識になっている時点で用いるべきではないというか。これは日本人ならではの考えかたかも
しれませんが。

創価については、言うまでもないですが用いるべきではないと私は考えています。

気の弱いしらゆり長に関して、悪いイメージは無く。
用件だけを伝えに来る感じで事務的。 外で会っても会釈してさっとすれ違うだけで
足止めしたり、無駄に個人情報を聞き出そうとしたり、親しくもないのに親しげに接してくる事が
一切ないところに好感がもてましたw
30代前半で婦人部なりたてだったこともあり、彼女は婦人部とは言え一般常識を弁えた方だったのかも
しれません。
「創価学会員」という縛りだけで、他人の心に土足で踏み込もうとするオバサンがたとは違って。
そんな彼女だからこそ、非活宣言できたのかなぁと。
どこかで会うことがあったら、これまでになくにこやかに会釈を返そう、そう思いました。

この時期、遥拝ごん行&唱題をリビングの白い壁に向かってしていました。
偽本尊という言葉を聞いて以来、嫌悪感があり向かえなくなったお仏壇は放置状態で。
出産後、日々お題目をあげるという習慣が薄れていました。と同時に、私は日常的に
「具体的お願い事」もしなくなっていました。
女子部時代は、一事が万事、ご祈念対象だった。どんな小さな事柄であっても。
けれど結婚後の生活ではその必要がありませんでした。漠然と一家の安泰をご祈念する程度で。
しかしこの頃は、私は「ポリアンナ症候群」という言葉を知って懐疑的になっていた。
もう一度、なにか具体的な事をご祈念してみよう。叶うか・叶わないか、実験のつもりでした。
とてもくだらないことで思い付いたのは、とあるブランドが限定販売したダウンコートを
入手することでしたw
前年秋に既に予約完売で、キャンセル待ちしましたが結局手に入らず。
オークションを見ても中々出品されない。
どうしても欲しかったので、2月までに欲しいとご祈念を始めました。 
結果、入手できませんでした。
しかし、この時期にうっかりと忘れていた長子の入学準備のためのとある件について
もしかしたら間に合わないかも?というピンチがあり、先方にも「無理かもしれません」と
言われていたにもかかわらず、2日前に間に合うというラッキーなことがありました。
「やっぱり御本尊様はすごい。護られた」 この時の私はそう思ったのです。
今思えば、単なる偶然でしょう、という感じです。

けれど、完全なる個人信仰(どこの団体にも所属せず、押しつけの活動は行わない)において
偶然のラッキーであってもそれを「功徳だ」と思う事は、私は悪い事じゃないと思います。
自分の・何物にも縛られない「自由な心」がそう感じたのなら。
それが組織や団体の営利に絡む事が無く、自分の心や行動まで縛られ・操り人形のように
動かされる「原動力」とならないのであれば、何の問題もないからです。
これを「功徳を頂いた→さぁまた活動に励まなきゃ(票集め・新規会員獲得・財務・新聞推進)」
このサイクルに嵌められていくのが大問題なのです。
現実、創価の活動はこの図式です。 
偶然のラッキーを餌・御褒美だと思い込まされて縛り上げられ・搾取されているだけです。
創価の悪いところは「自由な心・思考・行動」を完全に奪うことです。
それも「師弟」とかいう嘘みたいな理屈で。
「師弟」になびかない、博愛主義者には「恒久平和の実現」「仏国土」「世界人類平和」という
ユートピアで。
「師弟」になびかない、私のようなげんきんな人間には「功徳」「福運」「三世永遠の幸福」という
甘い餌で。

欲しかったものが手に入らなかったけれど、2月のなかばには全く執着がなくなっていました。
自分にとって本当に必要なものじゃ無かったから手に入らなかったのだ、と解釈。
当時はこの解釈を「御本尊様が下した結果」と思っていました。
しかし今は、そうではない。私自身の心が諦める結論を出せたのだと考えます。
この気付きに至れたのは、もう少し先のことです。

(5)に続きます。

非活決意 その後(3)

2013年お正月の、母との会話続きです。

組織の無茶しまくり・会員が身銭切りまくりな新聞推進については創価脳でバリ活の母も
不満を抱いていた様子でした。
どうしてそこまで拡大(内需拡大ですが・・)しなきゃならないのか。その理由わかる?と
母に尋ねると「広宣流布のためよ」と答えました。
内部が多部数を抱え込み、処理しきれず(贈呈先もなく)玄関先に積んでおくしか仕様のない
そんな新聞推進のどこが「広宣流布」になるの? 資源の無駄・お金の無駄なだけじゃないの?
容赦なくつっこみました。 母は黙って、なにやら考えを巡らせているようでした。
「なんで会員に毎度無茶させてまで部数維持しなきゃならないのか、考えたことある?」
母に尋ねると、母は「知らないし考えたことなんか無い。素直な信心を心がけてるから」とw
恐ろしいことです。 
盲目の姿勢を持ってこそ「素直な信心」と叩き込まれている。
疑問を持つことは地獄道。そうやって縛り上げて、組織に利する事柄を履行させるのです。

この頃すでにネットで様々な情報を得ており、聖教新聞の部数維持がマスコミへ圧力をかけるためで
あること。大手新聞社の印刷所が聖教新聞の印刷を請け負っている事。
その動かぬ証拠(?)に、2011年5月に毎日新聞社から「無冠の友像」が贈呈された事を
母に話しました。 
報道監視まとめWIKI 聖教新聞 ←これを見て知った内容です。
母も聖教の代配をしていた事があり、この「無冠の友像」の記事は見覚えがあったようです。
”自社で印刷を行わず、外部委託する事=お金の流れができる=お得意様の悪口醜聞なんて
絶対に報道出来ない=圧力”
この図式まで話してやっと母は理解しました。
しかし「マスコミが創価のあることないことを悪く言うことで、会員が傷つく。それをさせないために
やっていることなのでは」と、あくまでもこの悪しき体質を肯定的に捉えようとするのですorz
ない事を書かれれば、訴訟を起こす事が出来る。
ある事を書かれたら訴訟沙汰には出来ない。
ない事だらけで悪口を書かれるなら、圧力なんてかけなくていいわけ。
わざわざ会員に多部数購読を強いてまで、部数維持をし、他の新聞社の輪転機を回さなくたっていい。
訴訟費用の方が安くつくわさ(勝てば慰謝料・賠償も入るのだし)。
「すごく馬鹿馬鹿しい事をやってるんだよ?」私がそう説明すると、母はどこか一点を見つめて押し黙って
しまいました。
そして「あんたはその情報、どこで仕入れた?どうせネットでしょ」とw 
幹部のおばにも確認してみるというので、それじゃ解決にならないと思うけど・・と思いながらも
「別にいいけど、そういう理由だからうちで5部もとる必要なんてないんだよ。
 創価や公明党が、正々堂々と間違いなく活動していれば、そんなマスコミ口封じなんて
 しなくていいんだからね

と私が言うと、母はこの発言には「同意だ」と答えてくれました。
そして後日、部数を減らしたのです。
前々から、贈呈用はどのみち資源ごみになってしまう上、回収日にゴミ出しの場所まで
持って行くのも高齢の母には重くて大変で、どうにかならないかと思っていたとの事。
玄関の上がりかまちに積み上げられた新聞は、母のやるせなさを物語っていたと思います。

この後、私は創価の活動について冷静にならないといけないと考えている、御書根本と言いつつ
そうではなくなっている。御書に書いてない事はしないつもりだと話しました。
母は、学会活動以外に現代における仏道修行はないじゃないの!と反論。
脱力でした。 でもこれこそがマインドコントロールだよね・・と納得。かつての私だって
母と考えを同じくしていた。
ここでなぜ宗門問題がでたときに、我が家はお寺側(法華講)に行かなかったのか?と母に尋ねると
宗門批判が始まりました。
その中で、宗門が戦時中に神札を受けたという話が出ました。
(注:後日調べたら、宗門が神札を受けたという話は、戦時中に軍部に本山内の建物を
抑えられ、そこを軍事目的で使用するにあたって神札を貼られてしまったという顛末だった
ようです。「受けた」というよりは有無を言わさず貼られた、というニュアンスでしょうか。
私のイメージでは、検察が押収品に貼り付けるステッカーと同じ感覚かと・・)

母は「宗門は大聖人様に背いた。その点、創価は違う。牧口先生は獄中死された。法を護るために
 命をかけて闘われたんだ」と、弾圧に屈した宗門は邪宗なのだと言わんばかり。

私は、数百年の長きにわたって御山を護っていくための「嘘も方便」的な智恵だったのではないか?と
宗門を庇うわけではないけど、自分の意見を述べました。
そこで頑なに突っぱねるなどしたら、結果的に所領を追われ命もとられ、後世に「法」を遺す事も
不可能だったかもしれない。
長い目で見ての、法と戒壇様と本山を護るための判断だったんじゃないのか?と。
すると母は言い放ったのです
「そこで弾圧されて終わるなら、終わればよかったんだ。
つっぱねても、弾圧されても生き残れたら、法は本物だったって事になるのよ。
ずる賢く逃げておいて自分たちが正しいなんて、大聖人様はそんなことを望まない。
だから創価学会が正しいんだ」と。

命をかけて戦う事をせず、神札を拒否しなかった宗門は偽。
牧口先生は死んだけど、学会は生き残ったから本物と言いたかったよう。

「でもさ、本当に法が本物で正しいんなら、牧口先生は生きて娑婆に出られたんじゃないの?
死んじゃったなんて、意味無いじゃん」私は思わず、言い返しました。
すると母は薄笑いで
「違うわよ。殉教を持ってして、法の正しさを後世に証明されたの。
 宗門の僧侶に、法の為に死ねる人なんか一人も居ないのよ」と。
あくまでも、組織ageで宗門sage
どこで習ったんだろう、こういう考え方。母オリジナルのものなのか?よくわかりません。

母の見解は
「大聖人様の遺志を継いで広宣流布の活動を展開しているのは創価学会しかない。
 僧侶は折伏もしない。葬式仏教になり下がっているから大聖人様の弟子の資格は無い」
というもの。

その、大聖人様の遺志というものが、学会発表のもの・あくまでも学会の金儲けに都合のいい解釈に
基づいたものだという事も、母には考え及ばないことのようで。
「学会が発表することが全て正しい」と、思いこんでいるのです。
疑問をさしはさむ余地はない。
将軍様が全て正しいw
北朝鮮に住んでる国民って、こんな感じなのかなぁと、母を眺めてそう思いました。

余談ですが、この数週間後にワイドショーをみていたら、金正恩の誕生日に当たって
さまざまな写真や映像が公開されることを「国民に対するプロパガンダ」と呼んでおり。
正恩のところに老婆が走って来て握手をし、泣いている老婆を笑顔で激励する正恩の映像が一瞬流れ。
あれー?こんな映像どっかで見たことあるわぁ。と、思いだしたらそれは、池田老人&嫁の
イメージビデオwでした。
池田老人と嫁が仏間で勤行をしたり、研修道場内を散策したり、池田老人がカメラで写真を撮ったり
なにかの会場に現れたところ、押し寄せる人々(会員?)から握手攻めにあうところなどを
集めたビデオを見せられた女子部時代の記憶。
私は当時部長をしていましたが、幹部がそのビデオを部の日に上映すると言って持参したとき
”なんの意味があるんだろ?”と、醒めて見ていた事を思い出しました。
じーさんとばーさんのお散歩ビデオなんか見て何になる?
偉大なる先生&奥さま!的な。 
あれも、いま思えばプロパガンダのひとつだったんでしょうね(呆)。
つくづくどこまでも、北路線だったよなと、ぞわっとします・・。

私が批判的になっている事に対して母は「組織につかないからそんなことになる」と言いました。
むかついたが、その場は黙って受け流し。
母は落ち着かなさそうに
「そんな風に、創価学会に対して批判的になったら、悪い事が起こるよ!」とも言ったのです。
こういった、根拠のない縁起に縛られ、批判的意見をいうことを禁じ、盲信を強いられている。
お粗末だなと、自分の親のことながら、残念な気持ちになりました。

母に対して、組織と決別して欲しいと願わない訳ではないが、現段階で私がそのために働きかける事は
しないでおこうとこのとき思いました。
組織と信仰はベツモノだという、私の考え方は、母には受け入れられないもの。
母の中では完全に組織=信仰で、一心同体状態なのだ。解りあえるはずもない。

この問題は、自分で気づかない限り、無理なんだろうなと思うに至りました。
どんなに他人に気付いてと様々な例を言われても、心に刺さるものは人それぞれ違ってて
私に刺さった事も、母には、ささらない。
落とし所が、人それぞれ違うんだろうなって。

100人いたら、100人の信仰がある。
私は、日蓮大聖人の教えが正しい。御本尊様はお願い事を叶える力を与えてくれる。
勇気をくれると、そう思ってきた。
自分の信仰の中心に、消息のしれない老人を据えた事は一度もない。
だけど、中には、日蓮大聖人より「師匠」が大事な人だっている。
「師弟」という世界観に酔いしれて組織命な人だっているもんな。
私は、活動家当時からそんな人たちを信じられない・・・と思ってみてたけど。

母は、何を差し置いても、学会が正しいんだ。いまのところ。
池田老人ではなく、「学会組織」が。
残酷なようだが、母の存命中に、組織の暗部が白日のもとに晒され
自分が「被害者」だったということに気がつけばいいと、このときの私はそう思ったのです。

(4)に続きます。

非活決意 その後(2)

2012年も終わりの頃、姉から電話がありました。
父方親戚の法事の件だったのですが、その時に思いきって「創価をやめようと決意した」と
カミングアウトしました。

9月以降、組織の矛盾について確認作業をしながら・自分のこれまでの人生を
非公開ブログに事細かに綴りながら振り返る中、無性に
「私の覚醒を誰か(リアルな繋がりのある人物)に聞いて欲しい」
という思いがわき上がってきたのがこの頃でした。
前回書いたとおりまずは夫に伝えてみたわけですが、あまりにもあっさりとした受容でw
なんだか肩すかしをくらったような気分だったのです。
実家方面に住む親友(外部)に電話しようかと考えた事もありましたが、唐突すぎるかな?と
躊躇もあり。
アンチ創価の姉に話すのは、かなり勇気のいる事でした。
なんせ、父の葬儀のさい創価が原因で揉めています。
「今更何を言うか!あんたは馬鹿じゃないのか!」などと罵倒される事も考えられる。
怒られるかも・一寸怖いもの見たさな気持ちと同時に、今言わなきゃ次いつ言うの?
(正月に実家で会う予定がありましたが、母がいるところで話せる事柄じゃないし)
という思いがわきあがってきたのです。
姉に「ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」と切り出すと「私もあるんだ」というので
えっ?と驚き。
姉に先に話してもらうことにしましたが、再婚を考えている相手がいるとのめでたい話で
ホッとしました。
幸せでいっぱいの姉だから、きっと私の話もそう神経質に受け止めることは無いだろうと感じ。
私が姉の話を「よかったねー」と、あまり驚かずに受け止めたので
姉が「何?サプライズ感なかった?」と気にしていました。
そうじゃなくて、私の話のほうがたぶんビックリすると思うよ、と前置き
「実は、創価を脱会しようと思ってる」と話しました。
姉は「はぁ?」と言ったあと「嘘でしょう~?」と言い、げらげらと笑いだしました。
「絶対嘘だ~信じられないよ」と、笑い転げるのです。
私は本当だよ、色んな事に気付いちゃったんだよ、と言ったのですが、姉は「冗談でしょ?」と
笑いながらなかなか真剣に受け止めてくれないのです。
これまた肩すかしな反応でした。 罵倒されてもおかしくないくらいに思っていたので。
姉は「お母さんには言わない方がいいよ」と言い、私に対しては「無理しないようにね」と。
創価の思想に囚われず・マインドコントロールにもかからなかった人達ってすごいなぁ。
なんて懐が広いのだろうか、と感心してしまいました。
しかし後日姉と話したところ、この年末時点では全然信じて無かったらしいです。
何かのきまぐれで活動から離れただけで、また何かのきっかけで元に戻るんだろうと
思っていたとの事orz
さすがは身内というか、冷静だなぁと思いました。

年末からいつものように、主人の実家に帰省しました。
大みそか。年越し蕎麦をいただきながら紅白を見ている時、義両親にむかって
「初詣に行ったことが無いので、連れってもらえませんか?」とお願いしました。
義両親は顔を見合わせて意外・・って表情を見せましたが、すぐに義父さんが
「じゃあ明朝、OO様(氏神様)に行く事にしよう」と決定。
紅白を見終えてすぐ、義父さんは毎年恒例の某神社へ初詣に出かけました。
翌朝、朝ごはんを早々に済ませて義両親と私たち一家で初詣へ。
初めてのことなので全く儀礼もわからず、教えてくださいと義母に言いました。
じゃあ見て真似してね、と丁寧に教えてくれ、私も初詣(神社参拝)デビューしましたw
なぜ初詣に行く気になったかといえば、理由は様々ですが、親子ともども「一般常識人」に
なりたかったというのが一番大きな理由です。
子供は毎年、義両親との初詣に出かけていましたが、私は留守番でした。
長子は小学校入学前でもあり、記憶もハッキリしてきた頃。
「なぜかママはいつも初詣に来なかった」こんな訳のわからない記憶を残してもらいたくなかった。
その理由が「創価の教義上、神社参拝はNGだったから」なんて知られたくなかった。
この頃から、私は自分のそれまでの人生をふりかえってかなり落ち込んでいました。
創価学会員としてすごしてきた日々に対してです。
それら一切を「黒歴史」だと感じ、闇に葬り去ってしまいたいと思っていました。
別に神道に鞍替えしたとかそういうことではない。
ただ、日本人として一般的な常識や儀礼を知り身につけたいと強く願っての行動でした。
まだこの頃、ご本尊様への絶対心がありました。御書を自分で読み直し開始していたこともあり、
日蓮大聖人が神社参詣を単純に外道との理由で禁じていたんじゃない事を理解していました。
創価の教義が、大聖人の考えを歪曲したものだとわかっていたので、私は神社に「帰依」はしていない・
あくまでも年の初めに土地の氏神様(主人の実家のですが・・)に「年始のごあいさつ」に
きたまでだ、と思っていました。 だからお願い事はしていません。
「これから心を入れ変えますのでよろしくお願いします」くらいは念じたかもしれませんが。

この氏神様は地元では大変著名で、元旦とありかなり混雑していました。
お参りのあと、義父さんが御札などを買いに・義母さんと主人は子供を連れて出店を見に行き
私はひとりで神社内の由緒看板を眺めていました。
そこには「OOで御利益を頂きました」という体験談のようなものが書かれてありました。
創価脳バリ活だった当時は、こういったものを心底ばかにしてたよなぁ、としみじみ思いつつ。
此の時はそんな風に、馬鹿にするような気持ちは心に浮かんでこなかった。
創価も神社も、人々が現世利益を求めてる時点でおんなじだな、という感想でした。
それを優劣・勝敗をつけて、法華経が一番正しい・一番御利益がある・福運がつく・だから創価が
ナンバーワン! みたいに思いこんでいた自分を、なんとも頭弱だったなぁと思い返していました。

義両親は私が初詣に行きたがった理由を一切聞いてきませんでした。
午後からは夫のきょうだいが帰ってきて宴会をします。
いつものことながら、和やかでみんながにこやかで、きょうだいの配偶者同志も親しく
おしゃべりをしまさに「理想の家族」だなぁと思っていました。
私の実家では、考えられないお正月の風景なので。

2日、朝ごはんを頂いてから義実家をあとにし、私の実家へ向かいます。
義実家とは小一時間の距離です。
父亡き後、母ひとりになってしまったのでお正月といえど寒々しい実家。
年末まで多忙だったので大掃除もできなかったと言い訳する母。
玄関の上がりかまちの端に、山のように開いた痕跡の無い聖教新聞(贈呈用)と
創価新報が積み上げられているのを目にし、なんともいえない気持ちになりました。

到着後、一息ついて父のお墓参りへ行きました。
ちなみに、墓地は創価の墓苑ではありません。母方の親戚は全員、創価の墓苑を買っています。
しかし居住県にはないため、墓参り=小旅行だと親戚談。
父はそれだけは避けたいと思っていたようで、仕事をリタイヤした年に一般の墓地を購入しました。
たいへん賢明な判断だったと思います。
年末に姉が墓参りと掃除をしてくれたおかげで、綺麗な仏花がまつってありました。
母はそれを見て苦々しい表情で
「色花はやめてほしい。うちの宗派はおしきみだって言ってあるのに」と。
なんだっていいじゃん、綺麗にしてくれてるんだしとなだめました。
どうでもいいけど、おしきみにこだわりを見せるわりに、創価では造花おしきみを使う家庭も
多いですよねw
実家でも、一時期使用していました。埃がつくのが嫌だという理由で生に戻したようです。
何故にしきみなのか考えたこともなかったですが、wikiを見ていたら中国から日本にしきみを持って
帰ったのは鑑真との説があり、弘法大師が青蓮華の代用として密教の修法に使った、とのこと。
密教の修法に使われたおしきみを供える、という事を始めて知り、さらに密教のwikiを読んでみると
日蓮大聖人の教義にも出てくる言葉・概念が出てきました。
今現在、まだユダヤ教の本を読んでいるところですが、いずれ密教や天台宗についても
知識を得てみたいと思います。

話を元に戻します。
3日に姉が実家に来、皆で近郊のショッピングセンターの初売りに繰り出しました。
そこで以前の記事に書いたバリ活ちゃんと遭遇。
子供達・夫・母の4人で映画を見ると言うので、姉と私でゆっくりお茶をしました。
その際に姉から「再婚相手を母に会わせる前に、あなた会ってくれない?」と持ちかけられ。
相手に母が創価の猛信者で、結婚の挨拶をしに行った際に信仰をごり押ししてくる可能性がある事を
話したところ、お相手が創価のことを殆ど知らない為、まったくピンと来てない様子だというのです。
そんな人っているの?!と驚きましたが、お相手は帰国子女で大学以降も長く海外生活を経験。
日本における密な人間関係がさほどないとのことでした。
ぶっちゃけ属性の高い人なのですが、そういった育ちだと創価遭遇率が極端に低いのだと
解った気がしました。 姉の同級生(私立の中高一貫校で所謂お嬢さん学校でした)にも、創価の人は
皆無だったとのこと。
(いたかもしれませんが、おおっぴらにはしなかったんでしょう)
大学や職場には若干いた様ですが、姉は実家が創価だということはひた隠しにし
「私、創価って大っきらい」と宣言し、蹴散らしていたらしいです・・。
此の時に私がどうやって創価の矛盾に気がついたのかなど、洗いざらい話しました。
姉はうんうん聞いた後「よかったよ、気づけて。あなたとは一生わかりあえないと思ってた。
宇宙人だと思ってたから」とふつうに言いました。
「宇宙人」 これが姉の中での、折り合いの付け方だったんでしょう。
価値観も・文化も・何もかもが自分と違うと弁えれば腹も立たない、そんな感覚なのだと思います。
再婚に対する姉の懸念(母がうるさいのでは?)についても、私からお相手にアドバイスすると
いうことでまとまりました。
姉に対し、父の葬儀でもめた負い目があるので、再婚の件(母対策)に関し全力でサポートしようと
ひそかに決意しました。

そして夜、地元の女子部時代の後輩に会いました。この記事に書きました。
帰宅すると夫子供はもう寝ており、母がテレビを見て待っていました。
私が女子部時代の後輩と会うと話して出かけたので、待ち構えていたと言ってもいいと思います。
彼女が活動に全く出てこないことについて、母は日ごろから文句を言っていたのです。
同じブロックで唯一の女子部員、子供時代から知っているということもあって。
また以前はバリ活で本流経験もあり、そういった過去の栄光を見てきているだけに寝ている事が
勿体無いという、創価の婦人部にありがちな独りよがりの考え方です。
相手の立場など完全無視で、組織の都合だけで片付けたりモノをいう、盲目バリ活にありがちな姿です。
「何の話だったの?」と母が突っ込んできたので
「久しぶりに会いたかったんだって」と誤魔化しました。
本当は外部との結婚に関する相談だったけど、地域の人間にバレては困るから当然母にも内緒に。
母は「なんで活動に出て来れないのか聞いてちゃんと指導したの?」と言いました。
これには私、苦笑しました。何故に私が「指導」?とw
私が婦人部に行った時点でもう女子部の上下関係はなくなっています。単純に年上の先輩って
それだけの話。
私が信心指導するような立場にないんだよ、と母に言いました。
母は「そんな事は無い、いつまでたっても信心の先輩・後輩には変わりない」と言いだしました。
けど私は婦人部未活。そんな人間に説教する資格なんてないじゃんと答えると
母は「あ、そうだったわね」と妙な納得をしていました。
そして、そんなつもりはなかったのに、ここから母と「ああ言えばこういう」合戦を始めました。
母が「今の地域の人たちと合わないのは仕方ない。でもね、それはあなたの誤解かもしれないのよ?
自分が動けば周りが変わるの。知ってるでしょ?」と、組織のやつらが気に入らなくても活動に出れば
「法力で変わるんだ、自体顕照だよ」と言うのです。
きたきた、と思いながら「私は組織の人間が気に入らないから会合に出ない訳じゃないよ」と言いました。
母が「じゃあなんなの?」と聞くので「創価の活動は、御書に書いてない事ばっかりだから。やんなくても
いいんだよ」と言いました。
母は、はぁ?あんたナニ言ってんの?という表情で「具体的にどんな事を言ってるの。選挙?
だったら立正安国論に書いてあるじゃない。大聖人様の仰せ通りのことよ」と、ありふれた洗脳回答を
したのです。
私は「どこに結党してその政党を応援しろとある? 大聖人様の時代に政治政党なんてないよ。
立正安国論はあくまでも、国主諌暁でしょ。時の権力者に対して法華経を用いよと言ってるだけじゃん」
と反論。
母は「それを現代解釈したら選挙になるのよ」と、つらつらと創価で習った教義を述べました。
でも右から左へ受け流しました。到底「なるほど」と頷ける内容ではなく、単純なこじつけでしたから。
そして母は「私は教学部教授なのよ。女子部時代、どれだけ勉強したことか。
他人にすすめる(折伏)んだから、間違いがあっては困るって、相当勉強したの。それで間違いないって
確信があるから、ぶれないのよ」と自慢げに言いました。
その「相当勉強した」経験に於いて、勉強を教えたひと(=創価の幹部)とテキスト(=創価の書物)が
マチガイだとは母は全く思わない。疑いもしない。
いったい正しさの根拠がどこにあるのか?と、つっこんでみたい衝動にかられましたが、
私は母を悲しませたくないと思っていたから、そこは口をつぐみました。

ただ、選挙戦や新聞啓蒙に必死になり・時間と労力とお金を奪われ・疲労で寝込んでしまう事も
ある母に、そんな無駄な行動をしてほしくないとの思いが強くあり、新聞啓蒙の矛盾について話を
変えました。
このとき実家で5部とっていました。
1部は自宅用。1部は母の友人が家族がアンチ創価で新聞を入れられないので、預かってほしいといわれ
実家に入れてもらってる分。残り3部は母が贈呈用に配る分という内訳でした。
これをおかしいと思った事一回もないの?と母に尋ねると、母は
「思わなくない」と。 新聞に関してだけは嫌な思いがあったようです。
毎回、新聞長が目標数値を下してくるたび、まっさきに母に「お願いしますよ~」というらしく。
母はたまりかねて「やりますけど、新聞長も絶対やってくださいね?」と釘を刺したそうです。
ちなみにこの新聞長、いわゆる非正規労働者です。
高齢のおばあさんを含む一家全員活動家ですが、一家の暮らしはおばあさんの年金が命綱らしく
「ばあちゃんに一日も長く生きてもらわないと、自分たちは暮らしていけない」というほど。
そんな新聞長も家族全員分の聖教を購読しているとのこと。
私は母に言いました「ねえ、その姿の何処に福運があるわけ?」と。
母は目を泳がせて言い淀みましたが「でも、おばあちゃんがボケもせず健康長寿のおかげで
(年金が入り)家族の生活が成り立ってるんだったら、それは福運なのよ。
本人たちもそう言ってるんだから」と言うのです。
ごめんなさい、ハッキリ言って、なんですかそれ。下を見ればきりが無い的な解釈じゃん。としか
思えません。
”幸せは心の持ちよう”とは、よく言ったものだと思います。創価なんてまさにそれじゃないでしょうか。
池田老人のいう「永遠の楽観主義」とはまさにこの事でしょう。
以前記事にもしましたが「ポリアンナ症候群」そのものです。
宗教団体に属さずに、マインドだけならそれもありだと思います。
鬱鬱として暮らすよりは、小さなことでも喜び楽しんで前向きに、今ある事に感謝して暮らせる事の
ほうが、精神衛生上いいと思うからです。
だけど創価は違います。
数多くの方がコメントして下さってるように、創価は「搾取」します。時間もお金もです。
永遠に手に入ることのない、永遠の幸福境涯という、だれもみたことのない人参を鼻先にぶら下げて
文字通り馬車馬のごとく無報酬(どころか借金作る場合もある)で働かせるんです。
なんなでしょうかそれ。 新聞を家族人数分、購読するお金を貯蓄に回すとかしたほうが
いくらか老い先のため・家族のためじゃないのか?と、私は思いますが。
本当に、どれほど愚かしい事か。一日も早く多くの方に覚醒してほしいと望んでいます。

(3)に続きます。

追記:沢山のコメントいただいております。ありがとうございます。
   お返事は12日(夜)にさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

非活決意 その後(1)

組織の矛盾と悪の実態に気が付き、全ての活動を停止し、脱会を考えるようになったのが
昨年の9月でした。
あれから一年超、その後を書いていなかったので少しずつ綴っていこうと思います。

手始めに創価の書籍を捨て、新聞等の機関紙を購読停止した(11月)
ここまでは以前書きました。

11月、翌月の衆院選の件で母から電話がかかって来ました。
F活動に回る先がもうないので私の友人の実家をまわりたい、電話番号を教えて欲しいとの旨。
私は「そんなことしないで」と制し、私から友人にFを頼んだら親にも言うように伝えるから
(これは方便ですが)訪問なんかしないで。私ですらもう20年以上会ってないんだから・・と
言いました。
母は残念そうに「そうなの?でも、電話より直接会ってお願いする方がいいのよ」と食い下がり。
「絶対複数の学会員から頼まれてるから間違いないし、そんなにしつこく何人も頼みにいったら
 逆効果だよ。それにおかしいじゃない、一人に数人が頼んでF10になることだってあるなんて。
 意味無いじゃん」と私は反論。
母は「そんなことない」と言い「こんなに沢山の人が応援するくらい、良い候補者なのだと印象がつく。
だから(複数の人が頼むのは)いい事だ」と主張。
それでも友人の実家に行く様なことはやめてくれと念を押しました。
母はしぶしぶ「じゃあ、あなたからちゃんとお願いしておいてよ」と。
はいはい、と返事をして電話を切りました。

その後、気の弱いしらゆり長からメールで
「財務の件でお伝えしたい事があるので家庭訪問がしたい」と連絡がきました。
一体何?と、取り急ぎネットで調べたところ、選挙があるので財務を12月から翌年に変更したと
情報が出てきました。
念のため、実家母に確認したところ間違いなかったので「期間変更の件なら知ってますよ」と返信。
すると「わかりました。宜しくお願いします」と返ってきました。
期間変更の件はメールしちゃいけない・必ず口頭で伝えるってルールでもあるんでしょうか?
「選挙があるから年に一度の大事な集金期間を変更しました」なんて聞こえが悪いから?
いやいや、組織が選挙活動命って事はみんなもう知ってるよw などと思いつつ。
しかし財務を先延ばしにしてでも政権与党に返り咲きたい!だなんて、どれほど創価学会が
政治権力を重要視しているか、よくわかる話だと思いました。
それが宗教団体のすがたでしょうか?w ありえないと思います。

選挙直前、テレビ番組で党首討論が行われているのを見ました。
ナツヲ氏は常に含みを持たせるような回答しか行わず、いやらしいなと。
まぁ常にそういうスタンスだけどw
何が何でも政権与党でいるためには風見鶏でないと無理ですもんね。
維新の党代表となった石原さんが
「公明党の中に、憲法9条の改正にどうしても反対の人が一人いる(から連携は考えられない)」
旨の発言をしていましたが、これって、池田老人のことですよねw
はっきり、池田さんがって、言っちゃえばよかったのにー、と思いました。
そしたら私、維新に票を投じるのにとw (入れませんでしたが)。
また、ナツヲ氏が「18歳から選挙権を導入する子供向けマニフェストを発表する」と発言。
これって、新たなる組織票集めのためなんだろうなと察しました。
頭打ちなので、学会3世4世の票も結集しないと、800万票がヤバイと危惧しているのか。
どこまでも、自分たちにとって都合がいいように・組織票の威力発揮したいだけじゃん・・と
呆れました。
覚醒前まで、公明党の誰がどんな発言をしようと、全く気にも留めていませんでしたが
はっきり決別を意識してから注意深く耳を傾けていると、矛盾だらけだしご都合主義だわで
なんでこんな政党を応援しなきゃならなかったのかと、ただただ自分の馬鹿さ加減に腹が立ちます。
選挙が功徳を積む「宗教活動」だとして洗脳された事の愚かさを痛感します。
どうか、そのような頭弱な有権者を増やさないように親世代に早々と覚醒してもらいたい。
そして一刻も早く政教分離すべき。
宗教団体の奴隷でどうするんですか?

愚かな目的のためだけに与党でいたい政党に国民を護れるわけがない、
国益を考えられる訳が無いと私は思います。

選挙の1週間前、全く知らないメアドで地域の人からメールが届きました。
投票が済んだら連絡をお願いしますというもの。
通常こういった連絡は(気の弱い)しらゆり長にしていました。
メアドは気の弱いしらゆり長のものではなく、冒頭に書かれた苗字も聞き覚えのないものでした。
なんだろう?と思いつつも、投票に行ったあと件のメールに返信。
あとで気付いたのですが、気の弱いしらゆり長からのメール連絡が選挙戦を境に来なくなりました。

この選挙を機に、主人に創価を脱会する意志をカミングアウト。
いつも選挙前になると「今回、候補はOOで(注:居住地では候補者がたたないので、自民党に
入れてました)比例区はOOって書いてね」と主人に伝えていたんです。
それをこの時初めて「今回の選挙から、ずっとあなたの自由にしてくれていいから」と言いました。
今思えばこの発言って相当狂ってますよねw
選挙権なんて、本人のもの。たとえ配偶者であったって、強制したり・おしつけるべきものではないのに。
それをさも当然のように、公明党が支持する候補者に入れるよう主人に命じていたのだから・・。
失礼千万だし人権侵害。反省です。 けど、マインドコントロール下にあったときは
まったくそんなこと(人権侵害)を考えもしなかったです。
公明党に一票を投じること=主人の幸福に繋がっていくと本気で信じていたからです。
どれほどトンチンカンだったんでしょうか、私。
けれどまだ、そんなことを本気で信じて選挙に挑んでいる馬鹿が数百万人も日本にいるのです・・。
選挙で功徳が頂けると、思っている人は山ほどいます。
これを忌々しき事態といわずして何と呼べばいいのでしょうか。
主人は「あっそう」と返事し「でも、俺はOOくん(創価の友人)に頼まれているから、やっぱり
(公明党に)入れるよ」というのです。
律儀というかなんというか・・でしたが、主人の意志なので口出ししないことにしました。
もう私は公明党は応援しないし、創価をやめるつもりだと話しました。
主人は「お母さんはどうするの?」と、まっさきに実家のことを心配していました。
当分は黙っておく、だから内緒にしておいてほしいと話すと
「言わない方がいいと思うな」と感想を述べていました。
どうして脱会という考えに至ったのか?など一切聞いてこず、あっさりと受け止めた主人。
あれからそろそろ一年になりますが、いまだに詳細を尋ねてきたりしません。
聞かれないので私からも話していません。 (別に夫婦仲が悪いわけではありませんよw)
主人からすれば、創価の事なんて意に介さないというか、どうでもいいって感じの事柄なのかも
しれません。
結婚後の私はバリ活ではないし、学会活動のせいで暮らしや家事に支障をきたした事もない。
主人に活動を強いるようなこともしていません。なので、問題じゃないのかもしれないです。

衆院選の結果は自民圧勝の政権交代。これは素直にほっとしました。
もう民主党じゃ無理だろうと思っていたからです。
けれど、公明党も意外としぶとく議席獲得していたことにガッカリしました。
私は組織票なんかいれず、別の政党を選んだけど、私なんかのたった一票じゃ屁のつっぱりにも
ならないんだな、と。
政権与党になってしまった事も、いやーな気持ちでした。

選挙の数日後、ご近所の商店へ買い物に行きました。
此のお店は学会員一家が経営しています。奥さんはワークで、私がこちらの地域に来た時に
何度か車で同中やワークの会合に連れて行ってくれました。
商売人らしくとても人当たりが良くて、アンチ創価になった後でも普通に会話できる学会員の
一人でした(過去形)。
奥さんがお店番をしている時は長話をすることもあり、この時も偶々他にお客さんがおらず。
私の顔を見るなり「待ってたのよ!大変よ。しらゆり長さんが寝ちゃってさー」と。
え?どうかしたんですか?と尋ねると、法戦で支部婦(福運貯金)に対して腹にすえかねた事が
あったらしく、非活宣言をし一切の活動に出て来なくなったというのです。
私はしらゆり長と個人的な話題を殆どしたことが無くて何も知らなかったのですが、彼女はご主人が
アンチの未入会で、活動に反対される中で頑張っていたそうです。
地域のみんなで応援していたのに、支部婦のせいで人材を潰されたと奥さんは恨めしそうでした。
先生命!学会命!の非常識馬鹿幹部(=福運貯金)が、会員を潰しちゃったんだなと思いました。
でも、それでいいと思いましたw
先生!先生!と言いながら、先生の愛する組織を破壊w
どんだけ自己矛盾してるの?面白いわ~と思い。
このテのタイプは反省や謝罪って言葉は知らなさそうなだけに、なお性質悪い。
注意でもされようものなら「組織の為にやったのに!相手の為にやったのに!」って言いそう、絶対。

ふと、地区婦ってそういえばどうしたんですか?(全然連絡ないんですけど)と尋ねると
家庭の事情でワークになり、殆ど活動が出来てないとのこと。
地区婦が動けないので、しらゆり長と支部婦の連携が密になっていたらしく。
しらゆり長が選挙前に非活宣言してしまったので、選挙前の連絡は地区婦が行っていたようです。
そして「来年、あなたに役職の話くるんじゃない?頑張ってよ」と奥さんが言うのです。
私は冗談でしょ?絶対ないですよ。一回断ってるんだし・・と答えると
「あなたにやってもらわなきゃ困るのよ!あなたがやらなかったら、私に話がきちゃうじゃない」とw
奥さんは役職をやりたくなくて必死でした。
ずっと会合に出ていないので、地域の事が何もわかってませんでしたが、30-40代の
アクティブな「活動家」はいないも同然とのこと。
結婚当時この地域で一緒に会合に出ていた(小グループの)面々も、引っ越したり非活に転じて
いたりで、残っている活動家は発達障害ママさんだけでした。

奥さんが、思いだしたように
「そういえば、幼稚園OOだったわよね。 @さんって人、いるでしょう?」と。
学年が同じ人ならだいたいわかるのですが、その苗字は聞き覚えがなく。
近郊に数年前に開業した医院の奥さんだと。
その@さん、女子部のバリ活あがりだけど、御主人と子供は未入信。
家庭訪問に行っても、一回も会えない。子供が私の子と同じ幼稚園に通ってるという事がわかり
私から、話してみてもらえないかというような打診が、@さんの地域の人からあったとのこと。
えっ・・と、言葉に詰まりました。
私の、はっきりきっぱり創価を拒絶しない態度が、誤解を招くんだなとこのとき思いました。
会合に一切出ず、活動を拒否したって、新聞をとって財務をやっておれば
「信心がある」「半活動家」「学会に理解がある」=仲間だと思われちゃうんだ・・・と、
今更ながら思ったのです。
「厳しい部員」とは思われないんだな、と。
福運貯金の支部婦を「むかつく」と思ったのは、2度目に家庭訪問に来た時
敬語を使わずため口で、罰論含め、上からモノを言った部分。
ものすごく偉そうでむっとしました。 あんた、いつ私の上司になったのよ?と。
こっちが活動をしていない事実がある時点で、「察する」事がどうして出来ないんだろうか?
バリ活の人で勘違い系は、たいてい「想像力」が欠如しているのです。

また、@さんという方は、私と同じく結婚を機に未活に転じ、組織と完全に距離を
置きたいんだろうと推察。
だからわざわざ、宗教系幼稚園に子供を入れたんだろうって事も、私には理解できました。
子供の学校繋がりで声をかけられたり・親しげに近づいてこられることを敬遠したんだ。
そんなの、そっとしとけばいいじゃんよ。
どうして、なんとしてでも介入しようとするんだろう?
また、@さんと会えない状況にもかかわらず、どうやって子供の幼稚園が解ったのか・
同じ幼稚園に私がいるって情報が、組織間でどう繋がったのか、そこも怖っ!と思いました。
ハッキリ言って気持ち悪いし、ストーカー集団と呼ばれても、仕方がないよこれじゃ。

「@さんとは学年が違うと思います、学年が違うと全然交流もないんですよねー。
それにうちの子は、もうすぐ卒園ですから」と奥さんに伝え。
奥さんは、全く(コンタクトをとるの)無理かしらー?と残念そうに言うので
「園内でも、そういった園の事柄以外の交流は禁止されてるんですよ。
 名簿や住所録もない位ですしねぇ」と、釘を刺すつもりで言いました。
(実際は、名簿住所録が無いのは本当だが、交流禁止事項はありませんでした)
奥さんは、そっかーそうだよね。最近の学校はウルサイもんね、個人情報だもんね、と
理解を示してくれたので、ほっとして。
別のお客さんがやってきたので、これ幸いと店を出ました。

組織は相当、弱体化しているんだなと感じました。
実家方面の話を聞いても、若い活動家はゼロ。女子部は廃部状態。
実動部隊は50代以上~年金世代ばっかり。
青年を大事にとか、後継を育てるだの青年に任せるだのいうわりに、
どっかり20年以上もトップに座り続け、
後進に座を譲ること無く来たツケが、きっちり廻ってきちゃいましたねぇw

思うに、組織弱体化の原因は、池田老人自身が作ったんですよね。
「学会精神は師弟不二」だの、「永遠の指導者」だの、「弟子が師匠を命がけで守って行く」だの、
わけのわからないことばかり押しつけ、洗脳した結果が、馬鹿幹部や馬鹿会員を量産した。
そんなことよりもっと大事な、人として大事なこと「家族を大切にする」があるのに、
いっさい教えてこなかったじゃん。
指導には親を大事に・奥さんを大事に・子供は宝、ありました。聞いた事も読んだこともありますよ。
でも実際、活動に出ていたらそれは全部詭弁になる。
親子の仲を平気で引き裂き、子を差し置いても・親を裏切っても・組織一途に!なんて
言葉で教えなくても、殆どそれらしきことを推奨してきたんでしょ。
それオウムじゃんw
そうじゃないなんて言わせねーよ。
少なくとも我が実家は完全なる被害者なんだ。

オウム事件のときみたいに、被害者家族会でも結成したい気分。
あっ、被害者家族会といえば、北朝鮮もだよね。
ほんと、胡散臭さ満点。
とっとと、Xデイ迎えればいいのに。

そんなことを考えた、2012年暮れでした。
(2)に続きます。

過去のこと(2)

後日、彼と会うと、遠隔地への転職にエントリーしたと打ち明けられました。
仕事が決まった段階で家出するというのです。
「親は別れろって相変わらず言ってる。でも、離れて住んだら関係ない。結婚しよう。
 二人で生きていきたい」と。
私はそこまで言われて、簡単に「別れたい」と切り出せなくなりました。

そして彼は私にも親や創価の信仰を捨てて欲しい、と言ったのです。
自分も親を捨てるから、君も捨てられるだろう?と。
私はそこで「絶対に無理」と答え、彼を驚かせてしまいます。
彼からすれば「自分は活動をしていない・親が熱心にやっている」と私が話したことで、私の信仰心は
ほとんど無いもので・彼自身の立場と同じだと思いこんでいたのでしょう。
「どうして絶対に無理なの?」と聞かれたので、私はご本尊様に3度命を救われた(と思いこんでいた)
経験を話しました。
そのようなこともあるから、御本尊様の無い生活は私には考えられないんだ、と。
「ご本尊様を、信心を捨てるくらいなら、結婚なんかしない」と言いました。
彼には青天の霹靂だったのでしょう。絶句していました。
「本気で言ってるの?」と何度も聞かれました。
今まで一度もそんなこと、言わなかったじゃないか。急にそんな風に言いだすなんておかしいよ!
心変わりでもしたんじゃないのかと、問い詰められたのです。
彼の混乱は当然だと今は理解できます。
私は普段から彼に信仰の話なんてしたことがなく、それは二人のあいだには「関係のないこと」で
私の内面的問題と思っていたから、敢えて言わなかっただけでした。
彼をぜったいに折伏しようとも思わなかったです。その理由は、未活だったからだと思います。
活動家であれば常に「折伏」が頭にある状態ですが(会合等でも発破号令かけられますし)
未活だと、相手がとんでもない不幸のさなかにある等でないと「救わねば!」とはなりません。
当時この信仰は私一人の心の問題だと考え、結婚に際し「容認」してもらえれば・もらえるだろうと
軽く・簡単に考えていました。
だけど、ここへきて互いの勘違いと温度差が表面化。
あまりにも急な変化でおかしいと、彼に受け取られても仕方ありません。

彼が私に「信心をやめて欲しい」と言った理由を尋ねました。
彼としては、母親が私を許さない点も・私の母親が彼を許さない点も「宗教」なのだから
お互いがクリアー(無宗教)になれば、多少互いの親の心証がよくなるのではないか?という考え。
彼ならではの考え方だと思いました。が、私には到底受け入れられるものではなかったです。

私は彼に「親と縁を切るのは現実的でない」ということも話しました。
少なくとも私は、結婚を反対する自分の母親を恨んでなく、縁を切ろうなんて思わない。
どちらかといえば、母に悲しい思いをさせて「申し訳ない」という思いでいたのです。
また、遠隔地に二人で行くという事も私には考えられないと伝えました。
親元を遠く離れるなんて無理だと思っていました。
学会を離れていても、母親依存症だったからです。
彼はどうかと言えば、親には感謝しているが、宗教を理由に結婚を許さないなんておかしい。
親と縁を切ってでも好きな人と一緒になりたい、という考えでした。
話し合いを続けましたが、こんな調子でどこまでいっても平行線です。
柔和な彼でしたが、ご本尊様や親を裏切れないと主張し続ける私に堪忍袋の緒が切れたのか、
「君は本当に人を好きになったことがないんじゃないのか?」と怒ったように言いました。
心外だ、と私が泣くと慌てて謝り「ごめん言いすぎた」と焦った様子でした。

「本当に人を好きになったことがないんじゃないのか」こう思われても仕方がありませんよね。
一般社会人の方々には、何よりも大切な物が愛する人ではなく、宗教で本尊だなんて
考えられない事でしょう。
しかし、広い世の中には、そのように刷り込まれて育った人間もいる。これは現実なのです。
狼に育てられた少年ジュマの話をご存知でしょうか。たぶんそれと同じです。
これはもう、理屈では無いのです。
私は人間らしさを失っていました。人の尊厳と呼べるものです。
何よりも誰よりも大切なものはご本尊様で信仰、そんな人間だったのです。
それゆえ彼を傷つけ、不理解で苦しませたと思います。
それに気がついたのは覚醒後です。 つい最近まで、そんな風には考えませんでした。

私の中で「親から反対されてまでも結婚する」という考えは、はなからありませんでした。
これは教義の問題云々以前のことで、私自身がそのような祝福されない結婚はイヤだったのです。
きょうだいが祝福されない結婚をしているのを見てきたこともあったでしょうし、
外部の友人はみんな双方の家族に祝福されて、盛大な挙式披露宴を行い、幸せそのものだった。
私だけが、そうなれないのはイヤでした。 挙式披露宴が出来ないなんて、みじめな事は嫌だった。
プライドが勝っていたんです。愛情云々よりも。 これは彼には言いませんでしたが。

今頃になって、彼がどうして親を捨てたかったのかその気持ちが解ります。
自分が納得もしていないのに宗教に勝手に入れられ、その教義上で異教徒との結婚は
許せないという親なんか、そりゃ捨てたくもなるよねって。
今だから解るというのがなんとも皮肉ですが、当時の私はマインドコントロール下にあったから
彼の「親を捨ててまで一緒になりたい気持ち」がわかりませんでした。
そこには創価の思想「(他宗派の親でも)話し合えばわかりあえる」もあったと思います。
でもエホバは一神教なので、話し合いで分かり合える訳ないんです、それは最近理解しました。
そして、彼が私に「創価を捨てて」と言ったのも、彼にとってのエホバが足かせだったように
私にとっての創価も同じなんじゃないか・楽にしてあげたいって思いだったのかもしれないと
今になってそう思います。
彼の気持ちに寄りそえず、寂しい思いをさせてしまった事は申し訳なかったな、と思います。

余談ですが、この2年後(彼と別れた後)会社の先輩の結婚式に出席した時。
ご主人の国籍問題で、先輩(新婦)の両親が結婚に大反対で、挙式披露宴に両親が出席しないという
ことがありました。
チャペル式でしたが、先輩はバージンロードを父親代わりの上司と歩きました。
とても素晴らしいお式と披露宴で、二人を見守ってきた先輩の同僚と共に涙・涙でした。
私はこのとき、件の彼の事を久しぶりに思いだして、なんともいえない気持ちになっていました。
このような、愛の貫き方もあるんだなぁ・・って。
でも、やっぱり私には無理だった、と思っていました。

話を元に戻します。

会うたびに喧嘩になることも辛くなり、私は彼に「別れて欲しい」と切りだしました。
このとき彼は私に対し、最悪ご本尊様をもってきてもかまわない(脱会しなくてもいい)と
譲歩しました。
が、私はそれでも前に踏み出す気持ちになれなかった。
理由は、彼の母親に会った時に感じた「妖気」です。
なにか、ケダモノがついているような、怨念というか殺気立った空気を母親から感じて怖かった。
彼の事は好きだけど、彼と居る限り、母親がなにかとついてまわるのは当然。
いくら離れて暮らしても、縁を切ろうとも、彼の母親であることには変わりなくて。
それに本当に縁を切るなんて無理に決まっている、と思っていました。
病気になったり、なにか事があれば、会わないわけにいかない。
そのときに自分があの妖気と対峙する自信が無かった。しかしそれを彼に言う事は出来ず。
彼は「あきらめられない」と言いました。
なかなか引き下がらない彼から、連絡が来ると断れず、ずるずると会い続けていました。
すると、彼から遠隔地の転職が決定し、転居するとの話が。
「最後のお願いだ、一緒に行って欲しい」と言われましたが、私は健康上の理由で不安があり、
親元を離れたくないと言って断りました(学会活動を休むきっかけとなったPTSD症状のことです)。
彼は、私に負担をかけまいと思ったのでしょう。
この転居は自分自身のためでもある。親から離れたいと前々から思ってた、だから君がついて
これなくても、なにも責任感じなくていいからねと。
転居の日、見送りに来て欲しいと言われましたが、私はそれも断りました。
彼に申し訳ないという気持ちはありましたが、見送りに行くことで気を持たせたくなかったのです。
そして私自身も、心が弱ると彼に甘える部分があったので、これを機にはっきり線を引こうと
思っていました。

彼と別れることになった、彼が遠隔地に行ったと伝えた時、母は喜んで泣いていました。
「祈りが通じた!」と。
ずっと、別れて欲しい・破談になる事を祈念していたと話してくれました。
娘の幸せを思っての破談祈念だったのでしょうが、別れた事を泣いて喜ばれたのは正直複雑でした。
この経験を通じ、結婚相手は学会の人か・未入信者を入会させないといけないんだとの、ゆるい覚悟が
生まれました。

別れた後、お互いに携帯電話を持ったのでたまに連絡をとりあっていましたが
私がスポーツサークルのマネージャーをするようになり多忙・彼も新しい土地で彼女が出来たのか、
自然に連絡は無くなりました。
翌年、彼の転居を知った(交際のきっかけを作ってくれた)友人から私に連絡が入り、
別れたと知って驚いた、てっきり結婚するんだと思っていたのに、どうしたの?と聞かれました。
友人は私が創価であることは知っていましたが、彼の親がエホバだという事を全く知りませんでした。
どうも内緒にしていたようです。 私は知らなかったので、ついうっかりしゃべってしまったのですが。
友人は「えーっ!」と、ドンビキしていました。
「それは、無理だよねぇ」と妙に納得もしていました。
その後、10年以上経過してから、彼が家庭を持ち、地元に戻ってきていると友人つてに知りました。

今思えばというか結果論ですが、彼とは「縁」がなかったのだと思います。
私が創価の信心をしていなかったとしても、彼の実家がエホバでなくても、何の障害も無くても
彼と結ばれる事はきっとなかったんだと思うのです。

彼と別れて暫くは、恋愛に臆病でした。いい感じになっても、また結婚の時に宗教問題が
でてくるのかと思うと、踏み込めなかったり。
また、交際を申し込まれた段階で「創価だけど大丈夫?」と聞いた事もありました。
相手は付き合う分には全然問題ないと言ったけど、じゃあ結婚するってなったらどうなの?と
突っ込むと「そのときは辞めて欲しい」と本音を漏らし、じゃあもうお付き合いはできないと
始まる事もなく終わったり。
だけど、恋愛を不意にしても惜しくないくらい、私はご本尊様への「絶対心」を持ってました。
願いが叶うご本尊様、私を外敵から護ってくれる(私に悪意をもって接する人間を、ことごとく不幸に
しちゃってくれる)御本尊様です。手放せるわけがない!と思っていました。
それが覚醒後は、すべてが思いこみで偶然で道理だったと解るわけですが。
でも、摩訶不思議な力を信じている時は、好きな人なんかよりも御本尊様が絶対だったのです。
今となっては、そんな自分はどうかしていたと思います。
だけどそんな私でも、今の主人と知り合い、義両親や家族や子供たちにも巡り合えました。
主人と巡り合ったのはバリ活時代でしたから「これぞご仏智」功徳だと、信仰と絡めて喜んでいました。
覚醒した今の解釈は、これが私の運命だったということです。

創価の恋人を前に悩む方は、まだお若いと思います。皆さんにはまだ見ぬ未来があります。
もし、創価の恋人が信心に盲目で、そのことが原因で恋愛がダメになったとしても
「縁が無かった」と思えばいいのです。
簡単に言うなと怒られそうですが、これは理屈ではありません。
運命の人なんて、どこにいるかわからない。
それが目の前の創価の恋人じゃないってことも、ありうるのです。
こればかりは、だれにも解らないことです。

いい意味でも悪い意味でも、恋愛がうまくいかなかったことを「創価のせい」にしないでほしい。
創価に負けたとか思わなくていいのです。 ご縁が無かった、それだけです。
縁があれば、相手が創価であなたが非創価でも、成就(結婚)というかたちになると思います。
縁が無ければ、相手が創価であろうがなかろうが、別れる運命だったということです。

これは乱暴な話(?)かもしれませんが、
私が居た地域のヤング婦人部は、ほとんど旦那さんとその両親から折伏を受けた外部の方でした。
私はすごいなぁと思っていました。愛する人のために入会するなんて。
逆パターンもあります。女子部から折伏を受けて入会したご主人。
我が家も無理くりでしたが、主人は入会しました(非活ですが)。
そのように折り合いをつける外部の方も、いらっしゃるということです。

私の知る限りですが、愛する人のために学会をやめたり捨てたりした人って、聞いたことが無いのです。
結婚を機に未活・非活は聞きますが、脱会は聞いたことが無いです。
それ何故なのか? おそらく、殆どの人が学会2,3世だからじゃないでしょうか。
結婚は親や家族が絡んでくることです。
外部との結婚が(非入会なら)ただでさえ文句をつけられるところ、自分が創価を捨ててまで結婚すると
いうことは、親家族との断絶を意味してしまうからです。
そしてバリ活になればなるほど、親とのつながりも深いため、親を裏切ってまで結婚などとは考えません。
結婚後、じょじょに覚醒していくパターンは多くありますが
これは結婚によって親元を離れ、冷静になる時間が増えるからだと思います。

悩める外部の方、少しでも気が楽になってもらえればいいのですが。

そしてあなたの愛する方が、一日も早く覚醒する事を願っています。

過去のこと(1)

20代半ばで外部との結婚をあきらめた、と過去記事で何度か書きました。
その件について公開・非公開コメントでお尋ねがありました。

信仰を理由に結婚をあきらめる・好きな人と生きて行く事をやめるという決断が
一般常識人に理解しがたいことだとわかったのは、覚醒後でした。
どうして創価の信仰をもつ恋人が、外部との結婚に際し「一緒にいたい」という感情を貫かず
信仰を選び・別れを選んでしまうのか、一般常識人の方々には不可解で辛く苦しい問題だと思います。

外部の方からの、どうしてそうなるのかが知りたいという質問のほかに
外部の恋人との結婚をあきらめた経験があるという内部の方のコメントも、公開・非公開ともに
頂いております。
私が女子部当時も、周囲にそのような話はごろごろと転がっていて、けして珍しい事では
ありませんでした。
が、こうして不特定多数の・年代も性別も異なる学会員の方たちから「自分も経験がある」と
意見を寄せて頂くと、いかに数多くの皆さんがこの件で悩み・辛い思い・苦渋の決断をされたのかが
ハッキリとわかり、驚いた次第です。
本当に、どこまで人の心を縛り上げ・内外ともに不幸にすれば気が済むのかと、組織の馬鹿げた
教義やマインドコントロールに対し、腹立たしい思いがします。

私の場合は、単なる自分自身の「絶対心」だけが破談の理由ではありませんでした。
今思えばですが、特殊パターンだと思います。
なので、多くの方々が直面している問題にあてはまるかどうか”?”なところもありますが、
この経験を晒すことが少しでもどなたかの役に立つのであればと、書くことにしました。

@@@@@

当時の私(20代半ば)は、組織内でのトラブルが原因でPTSD症状が出た為
女子部の活動を休んでいました。
一切の活動に出ず、家庭訪問にも適当に対応する程度。でも日常的にごん行をし・お題目もあげ。
組織がいやになっただけで、御本尊様への絶対心はまったく揺るがなかったんです。
それプラス、実家住まいだったので創価脳の母親の目もあり、仏間をスルーして出勤する事は
許されませんでした。
「活動はしなくても御本尊様への信心は失ってない」これが母親との絆だったんです。

彼とは友人を介して知り合いました。
心を開くまでは寡黙な人でしたが、うちとけると饒舌になり
好奇心旺盛で、自分のペースに巻き込むのが上手い人というか、リードするタイプでした。
かといってワンマンではなく柔軟なところもあって、気遣いのある人。
一人っ子ならではの器用さがありました。
そんな彼に創価であることを話したことはありませんでした。
まだ20代半ばで、私はそれほど結婚願望がなく、一緒にいる時が楽しければ・・という
思いで過ごしていたので。
そのことを黙っている件についても、とりたてて罪悪感は無かったです。

カミングアウトの機会は突然訪れました。
年末押し迫った頃、彼が「大晦日、一緒に年越ししよう。XXへ初詣に行きたいんだ」というのです。
私は「え~」と言ったあと、すぐに返事ができませんでした。
彼は困っている私を見て聞いたのです「ひょっとして宗教?学会なの?」と。
どうしてわかったの?と聞くと、「初詣を拒絶するのは創価とエホバくらいでしょ」というのです。
そしてなんと、彼の親がエホバで、自分も子供の頃勝手に入会させられていると聞かされました。
ものすごくショックでした。
同時に、私ってどんだけ業が深いんだろう?と己を恨みました。
(注:創価の「宿業」=全ての原因は自分自身の生命の中にあるという考え方において
 どんな人との出会いも、自分に因があると捉えます)

過去記事に書いたのですが、私は女子部の活動をやめてすぐ、会社の先輩とお付き合いをし
その先輩も、とある宗教の教会主の息子(後継ぎ)だったのです。
なんで邪宗の人とばかり知り合うの、私?と。
こんなの宿業以外のなにものでもないわ・・と、未活でありながらも創価脳の私は重く考えていました。
また、彼に創価であることがバレて、そのことで別れを告げられても仕方が無いと覚悟しました。
が、彼はそこには全くこだわりがなかったようで、創価について詳しく聞いてくることも無く。
私は「子供のころに入会させられた。現在は活動をしていない。母親だけが熱心」と説明しました。
彼が「親に勝手に入信させられて、同じ境遇だね」と優しく言ってくれたことに安堵しました。
ただこれは、お互いに大きな「勘違い」でした。
そのことは後々明らかになります。

彼は、親が勝手に入会させたというだけで、自分はエホバに嫌悪感いっぱいであること。
神社や寺に行く事を禁じられてきたが、初詣にあこがれていて、彼女と行きたいとずっと思っていた
(が、その時期に彼女が居たことが偶然にもなかった)小さな夢だった、と話してくれました。
エホバには山のように、生活上の禁止事項があるそうです。
でも彼は殆ど守っていない・そんなことしていたらまともに一般社会で人付き合いもできないし
暮らしていけないと言っていました。
世間一般でいう男女交際も制約があり、これまで彼女を親に紹介したこともないのだと。
入信している自覚なし、というところは、うちの兄や姉と同じだ・・と受け止めました。
ここで彼がエホバのバリ活なら、確実に別れたと思います。
(というか、彼の方から願い下げだったでしょうねw 交際にも至らなかったでしょう)

結局、初詣は神社見学だけにしました。
私はお参りだけはどうしてもできなかったから。
彼には「昔から拒絶感があって無理なんだ」と伝えました。
創価の活動はしなくても、信仰心が有る場合もあります。
ここを外部の方は、なかなか理解できないかもしれません。
活動と信仰は、必ずしもイコールではない・比例しないこともあると理解しておいたほうが
よいかと思います。

彼は私がお参りしなくても全然気にしない、一緒に神社に行けたことが嬉しいと言ってくれました。

彼も私も20代、現在40代の私がみれば、まだまだ未熟で子供っぽいところがありました。
私たちのあいだで宗教は問題ではなく、ただ二人で居る事が楽しく、ずっとこんな時間が続けば
いいのにと互いに結婚を考えるようになり、ぽつぽつとそんな話をする事が増えました。
また周囲の友人も結婚する人達が増え、結婚式に呼ばれる機会もあり、大きく影響を受けていたと
思います。
デートの際、たまたまブライダルフェアをやっているホテルの前を通りがかりました。
冷やかしで入ってみると、人前式というものがあることをこのとき初めて知りました。
「僕たちはこれだね」と彼が言いました。 お互いの両親が別々のものを信じているから・・という
理由で。
私も「そうだね」なんて言いながら、内心は少し不安がありました。
彼はとてもいい人で、健康だし、ちゃんとお勤めもしている。
おそらく反対される要素といえば、宗教問題だけだろう。
このとき、私は自分が相手の親から拒絶されるなんてこと、まったく頭に無かったのです。
不思議なんですが。自分は受け入れられると思ってました。
問題は、うちの母親だけじゃないかって考えてたんです。
だけど彼は、入信しているといっても非活で自覚なし。場合によっては、改宗もあるかも?!
そうすれば母も受け入れてくれるんじゃ? なんて甘い考えを持っていました。

後日、私の母に結婚しようと思う相手が居る事・相手の家がエホバを信仰している(本人非活)と
伝えたところ、母は泣きながら「他の人を探して欲しい」と言ったのです。
なんのためにここまで育てたのか。そのような家に嫁にやる事は絶対に出来ない、不幸になる!と。
どうしてもそうしたいなら、相手を折伏しなさい。相手の親御さんに了解を得なさいと言いました。
まさか母親に泣かれるとは想像しておらず、私はとてもショックでした。
彼の何を知っているというのだろう。親がエホバというだけで、他の人を探せだなんて酷過ぎる。
本人はやってないんだから関係ないじゃん!
私も部屋に戻って泣きました。どうしてこうなるのだろうと。
彼に母の言葉を伝えることは暫く出来ませんでした。

その後、彼も自身の親御さんに結婚したい旨を伝えたが
親御さんが学会大嫌いで「すぐに別れなさい・交際も結婚も許しません」と言われたとのこと。
彼は怒っていました。
自分は親のモノじゃない。考える脳みそだってある。もう世間でいえば成人なんだ、ほっといて
欲しいのにと。
そこで、私もやっと自分の母から言われた事を話しました。
彼は落胆していましたが、私の弱った心を見抜いたかのように「でも決めるのは二人だよね」と
言いました。
親に決められてなるものか、という強い意志を感じました。
「親が反対してたって、二人には関係ない。二人さえ同じ思いなら、乗り越えて行ける。
親から遠く離れて暮らせば関係ない。二人で生きて行きたい」と言いました。
彼にそのような言葉をかけられても、私はもうこの時点で、引き気味になっていました。
双方の親が反対する結婚なんて、上手く行くわけがないと思ったのです。
これは元々の性格もあるのですが、私はもめごとが大嫌いで、そうなる前に回避します。
大問題になる前に逃げよう、そんな感じでした。

彼は諦めず、粘り強く自分の両親に私との結婚に理解を得ようと話し合いを続けました。
あるとき、彼のお母さんが、私に会ってみたいので家に連れておいでと。
彼としては、親が「会ってみたい」ということは、OKがもらえる前触れと受け止めたようです。
会わせればきっと気に入ってもらえる!と、希望的に前向きにとらえていました。
私は疑心暗鬼で、気が進まないと言いましたが、彼の「大丈夫だって!」という言葉と笑顔に
勇気づけられ、指定された日時に初めて彼の家を訪れました。
家に行くと、威圧感のあるお母さんがいました。
部屋に通された時点で、空気が不穏でした。お母さんは、いやなものを見る目をしていました。
彼に促され挨拶をしましたが、お母さんから
「聞いてると思うけど、うちは他宗派の方を受け入れることはできません。
 創価の嫁はいらないんです」と単刀直入に。
彼は怒りだしました。いきなりそんな事いうのかよ!失礼じゃないか!と。
お母さんは「あんたは黙ってなさい」と彼を怒鳴りつけ、この時点で怒りに震える声でした。
「あなたのような人は受け入れられない。すぐに別れて欲しい」と。
彼が「親が創価なだけで彼女はやってない」と説明しても、お母さんは「そういう問題ではない」と
取り合わず、絶対に許せないことだ。交際自体許せないし、私の存在も許せないと。
彼は激怒し、親子の縁を切ると言いました。
理解を得る云々の問題では、もはやなかったです。
彼の母親から発せられる、妖気のようなもの?が怖くてたまりませんでした。
こんな人(=彼の母親)と家族になれるわけがない、と私は思ってしまったのです。
彼のお母さんが私を連れてこいと言ったのは、最後通牒を渡すためだったとわかりました。

家を出、二人で車に乗り、走りだしました。
彼は「このまま、どこか遠くへ行こうか」と言いました。
それは「家出・かけおち」の事でしたが、私は冷静で「そんな事したらだめだよ」と
彼を諭しました。
彼はひとりっ子で大変親御さん思いのところがありました。お父さんを尊敬している、と素直に
口にできるところが素敵だなと私は常々思っていました。
そんな両親思いの彼を、親と揉めさせる原因になる私。というか「創価」。
なんで私は学会の子なんだろう? 
自分が望んで入信したわけではない。選択意思なく親に勝手に入れられた、という時点で彼と同じ。
この宗教さえなければ、彼とすんなり結婚できるんだろうか?
そう考えると、創価の家に生まれた事を恨めしく思ったのです。
また、彼がエホバの家に生まれている事も、最大の不幸だと思いました。

その日は彼をなだめ、互いに帰宅しました。
私は家で泣きながらお題目を上げ、どうにか円満に別れることができますようにと祈念しました。
結婚は諦めたのです。
彼のことは好きだけど、あまりにもハードルが高すぎる。
私が彼から両親を奪う事はできない。それは荷が重すぎる、どうか互いにとって一番よい形での
「別れ」という結果を出させて下さいと祈念していました。

今思えばなんですが「どうか円満に別れることができますように」
これって思考停止なんですよね。
問題と向き合わず・彼のまっすぐな気持ちとも向き合わず、さっさと逃げようとしたんです。
無意識のうちにハンドルを切ってUターンでずらかる、そんな感じです。
その無意識の「奥」は臆病な心。
これ以上踏み込んだら厄介で面倒な事になる、自分の信心がおかしくなってしまうかもしれない。
そんな不安感が無意識に困難を避ける思考・行動へと繋がっていたんじゃないかと分析します。

創価の信仰をたもつ恋人に急に去られた、という方はその原因が解らず悩まれるようですが
あなたの恋人にも、上記のような心の動きがあったのかもしれません。
ひとつの参考になればと思います。

(2)に続きます。

宿業について考えた(2)

己の不幸の原因が、前世におかした罪業によるもの=「宿業」であるという考え方を
ベースにした教えが創価のお家芸「宿命転換」「人間革命」です。

この「宿命」「宿業」を考えるにあたり、必ずといってよいほど出てくる教えがもうひとつ
あります。
それが「願兼於業(がんけんおごう)」 天台宗の妙楽大師の言葉です。
創価の方なら皆さん知っている言葉だと思うので詳細は略します(外部の方は恐縮ですが
ぐぐってみてください)。
この「願兼於業」という言葉、私も今回ブログに書くにあたって初めてちゃんと調べました。
それ以前は創価の幹部が指導で語った意味が正解だと思いこんでいました。
しかし、ちゃんと調べてよくよく咀嚼してみると、妙楽大師や・その教えを御書のなかで引いて
自身の立場の比喩とした日蓮大聖人の思想と・創価で語られる内容はズレがあると
感じた次第です。

私が女子部時代に聞いた「願兼於業」について。
ある部員さんが、自身の家庭環境に悩んでいた。暴力をふるう無職の父親。
貧困で、いつも争いが絶えない家庭内。
なんで信心をしているのに、我が家はこんな状態なのか。なぜこんな家庭に私はうまれて
きたのだろう?と嘆く部員さん。
その部員に対して「あなたが置かれているその環境は、あなた自身が願って生まれてきたものだ。
信心をするために、お父さんを信心によって宿命転換させてあげるために、あなたは生まれてきた。
お父さんを救い、あなた自身も仏となる。
あなたにはお父さんを変える使命があるんですよ」と。
だから信心に励みなさい、学会活動にまい進しなさいと指導は続きます。
子供は親を選べない、なんて言葉がありますが、願兼於業の考えにおいてはそうじゃない。
どんな残念な親のもとであっても・不遇な環境下であっても、子供自身が「そこに生まれたい」と
願い出てきた、生まれながらにして背負った”負の宿命”であるというのです。
しかも、本人が前世で善行を積んで、清浄な来世に生まれる予定である所を、濁世にいる親を救うため
わざわざ清浄な来世への切符を捨ててでも濁世に生まれおちるのが法華経に説かれる「願兼於業」です。
なんとも自虐的でドMな世界観なのですが(他に表現が浮かびませんでした)
私はこの話を創価の会合で聞いた時、目からウロコでした。
私自身も「なんでこんな家庭にうまれてきたのだろう?」この指導を聞くまでずっと考えていました。
創価の信心に反対で、敵対心むき出しだった父ときょうだい。 母や私に対し、風当たりがきつかった。
家庭はいつもぎくしゃくで、5人で仲良く笑顔で出かけたり・食卓を囲んだ記憶がない。
学会活動絡みのことでは容赦なく文句を言われ、選挙の時期には不機嫌になり、罵詈雑言を
父から浴びせられる事もあった。
女子部の会合で帰宅が遅くなると怒られた。非常識だ、夜中にほっつきあるいて、事故に遭いたいのか?
今はそれが心配からくる言葉だったと解りますが、当時の私からすれば「苦言」でしかなく。
家族や友人の幸せを願いながら・一家和楽を目指して頑張っている事を理解されず悲しかった。
常に不機嫌な父の顔色を伺って暮らしていた私は、母も私もきっと業が深いのだ・
そしてこんなに身近に法華経を信仰している家族が居ながらも目覚めない父は、更に業が深いのだと
思いこんでいました。

ところが、こんな信心反対の父親の下にうまれてきたのは「願兼於業」。
私が願ってこの父親を選んでうまれてきたのだ、という考え方に驚き・また納得してしまったのです。
これを聞いて以降の私は、父がどんなに不機嫌になろうとも怒ろうとも
「この父親を選んで生まれたのは私自身なのだ、恨んではいけない」と自分に言い聞かせていました。
今思えば、馬鹿だったなと思います。
父が不機嫌だったのは、私が非常識な行動をとっていたからなだけであって。創価の学会活動という
不条理・不合理きわまりない活動に執心している事に対するやるせなさと怒りだったんでしょう。
一時期、女子部の活動を休んでいた数年間の父は至って普通に私に接してくれていました。
結局は学会活動をしていることが父に無用のストレスを与え、怒りっぽくなっていただけなのです。
それを「魔の所業」だの「私自身が背負った宿業」だの思わされ、組織活動から離れないように
仕向けられていた。そのことに全然気づかなかったし、疑問にも思わなかった。
まったくの馬鹿でした。

よく、家族反対のなかで信心をしている人にはこんな指導がなされました
「反対することであなたを信心強情にしてくれている。(反対する)家族が信心をさせてくれてるんだよ」と。
こんなのトンデモだと今はわかります。
これが組織隷属への呪文で、呪縛手段だということに中々気づけないのはどうしてなんでしょうか。
私が思うに、やはり最初に「宿業」という負の遺産(?)を背負って生まれてきているのだという
考えをベースにしているせいじゃないかと思うのです。
いわば宿業という見えないものを「脅し」として使っている。
法華経にそう書いてあるにしても、組織隷属のためのツールになっているんです、完全に。
先に脅しありきで来られてしまうので、抗いようが無い。
その脅しが目に見えない・得体のしれない物(宿業)であるだけに、怖いと感じる。
輪廻転生を全く信じない人であれば、冷静に考え、こんな思想自体を排除できるのでしょうが
見えない世界だからこその脅威を感じる人の方が多い様な気がします。
霊感商法もこのテのもので、霊能力があるとされる人物から「悪霊がとりついている」なんて
言われたら怖くなり・思い当たる節もあれば、霊能者の言いなりになってしまうんでしょう。

思いだしましたが、私が出会った福運貯金を連呼する婦人部長も
「宿業がどんな形で出てくるかなんて誰にもわからない・あなたがなんともなくても
 お子さんやご主人や、孫の代で出たら後悔しない?」と脅しをかけてきたことがありましたっけ。
これも今思うと、ものすごくおかしい。
なんで私自身の宿業が家族に出るのか?宿業って自分もちじゃないんだっけ。
願兼於業の法則でゆけば、悪世に堕ちた私を救わんがために子供が願って私の下に生まれてくるって話?
孫は私の子供が悪世に堕ちたのを見て、見捨てるわけにいかないから願ってまた生まれてくるって話?
なんなのそのエンドレスw
全てが繋がっている、と言いたいのかもしれないけれど、これもまた都合のいい脅しの手段のような
気がしてならないのです。
たとえば私や子供がバリ活で自身になんともなくても孫の代にそれが出たら、誰を責めるのか?
自分たちの過去世を責めるの? それとも孫自身の過去世の宿業?どっちなのよ?!
もういい加減にしろよって気にもなる。
学会活動に励めば三世に渡って護られる、孫末代まで・・なんて耳当たりのいい言葉の裏を返すと
「活動をおろそかにした場合は三世にわたって祟られる。孫末代まで」になる。
そんなハイリスクを背負ってまで、学会に帰依する必要ないじゃん! 今の私はそう思います。

かといって、私が全く前世を信じない訳でもなく、現在過去未来を否定もしません。
仏法は道理、現在の結果は過去の因を見れば明らか。それを否定はしません。
ただ、宿業があったにせよ・それが現世に悪い形で出てきて不遇だったり不幸に見舞われたにせよ
それを「学会活動で乗り越える」なんて無用というか、ナンセンスだし意味もないと言いたい。
新聞推進や選挙活動や財務や池田老人を思いながら題目を上げたり他人を入会に導くなどの活動で
不遇や不幸を転換できるわけがない。
もっと現実を見るべきだと私は考えます。
信仰はあくまでも心の問題で、現実的な手立てや行動の一助となるものであるべき。
決して手段ではないはずなのです。
そこを「宿業」「宿命転換」などという言葉をつかってもっともらしく、組織に利する行動へと
向かわせようとする、そんなのどう考えたって詐欺じゃないでしょうか。
創価のサイトを見てもそこにはひとつも「新聞推進で宿命転換」「真心の財務で経済革命」
「党と候補者の名前を語って宿命転換」とは書いてありません。
あくまでも御書を学び、仏法を語り、お題目を上げる活動が中心の信仰のように表向きは
なっています。だけど実際の現場は前述した事柄が中心となっている。
なんでおおっぴらに書かないんでしょうね? 本当のことなのに。
実際、組織の柱とも言える・しかも命題となっている活動なのにw

今回、願兼於業についてもっと書きたかったのですがまとまりきらず・長文になりそうなので
別の記事で改めて書こうと思います。