非活決意 その後(35・完)

2012年9月、
それまでの人生40年余り、極善団体だと信じ切っていた創価組織が
「世界平和を目指す仏意仏勅団体」なんかではなく・
大看板は嘘っぱちで、実は会員の功徳欲しさや現世利益欲しさー又は自己実現欲求に
つけこみ、カネ・無償労働力・票を欲しいままに貪り、
ごく一部の人間のみが権力や富・名実の伴わないハリボテの名誉や地位を維持するための
とんでもないシステムだったと気がついたのが、2012年夏の終わりでした。

その後(2012年秋から2013年夏にかけて)約9ヶ月は
私にとって「第二次覚醒期」ともよべる期間で、その間に起こった出来事・経験を
”非活決意 その後”として綴ってきました。
書き始めた当時、たった9ヶ月の出来事を書くのにこんなに長く(34回にも)なるとは
思いもよらずでした。
どこも端折れなかったというか、詳細に書き残したかった。
書いている途中であれこれと過去の事を思い出し、折々盛り込んでいったらこうなった次第です。
それでも後日読み返すと、これも書けばよかった・抜け落ちていたという事柄が出てきたりで。
また改めて別記事にしたいと思います。

皆さんからのコメントを読ませていただくたび痛感する事は
人それぞれ、覚醒のパターンもスピードも違うという事です。
それこそ創価信仰というものが1000人いれば1000通り観念の違いがあるのと同じく、
気づきのきっかけも・覚醒へのプロセスも、無限のオリジナルストーリーがあると思います。

私の場合はまず財務がきっかけで創価が宗教をかさにきた搾取団体だったと気が付きました。
そして”非活決意 その後”で綴った9ヶ月を経て自身の信仰観(選民意識&誇大妄想)が
崩壊したことで、混沌や困惑や迷いも霧のように晴れて無くなりました。

組織の矛盾に気が付き創価離れを考えたものの、「怖れ」を強く感じ・思い悩む人達に対して
絶対に焦らないで欲しいと私は伝えたいです。
それらが無くなる日は、必ずやって来ます。
非公開コメントで多く頂くのが、信仰という柱を倒したあとで自分の心の持ちようについて。
また、信仰観についても悩んでおられる方が沢山いらっしゃいます。
そういった方々は100%学会2、3、4世です。
子供時代から刷り込まれたそれは「東から日が昇り西へ沈む」法則のごとく月日に寄りそって
きたものです。
それを「まちがいだった」と頭でわかっても、心が中々受け付けない・うまく処理できないといった
お話を多く聞かせて頂いております。
そして案外、覚醒した人のブログを読んでもそういった心の葛藤経緯が書かれているものは
見当たらないようです。
私はそんなにあっさり・さらっと・スマートに折り合いをつけられませんでした。
コメントを寄せて下さった方々のお気持ちがとてもよくわかるし、私の経験が何かの参考になればと
綴ってきました。
私が唯一お勧めできる事は、何度か書いていますが「自分の信仰史と人生を振り返る」作業です。
どういった時に功徳を感じたか・どういったときに疑問や不信を感じたのか・親との関係性などなど。
丁寧に、冷静に己のこれまでを振り返ってみることで、必ず見えてくるものがあります。

私は第一次覚醒で創価を否定しても、御本尊様に対して否定の気持ちが浮かびませんでした。
創価という団体と・御本尊様はベツモノ。 
そんな考えが活動家時代より基礎にあったからです。
教育方針的に、私の母が常に口にしたのは
「御本尊様と自分の間に他人を入れてはいけない」でした。
意味は、学会組織の中でうっとおしいと思う人物や・非道な幹部が居ても信心とは関係ない。
同志であろうが、他人は他人。
組織の中で腹立たしいとか信じられないと思う様な出来事があっても、深く掘り下げない。
それは己の信心とは関係のない出来事だから。まるっとスルー推奨。
大事なのは「自分と御本尊様」を見失わない事だ、というものです。

私が最初の覚醒段階(2012年9月)で創価を見限っても
「御本尊様だけは絶対」だと信じて疑わず、個人信仰を貫こうと考えたのも
上記のような素地があったからです。
そこに40年近くにわたって、人生のすべてが御本尊様に司られ生かされたという
「選民意識~誇大妄想」という裏打ちもプラスされ、この呪縛は非常に強固なものでありました。
第二次覚醒は、この「選民意識~誇大妄想」に心を揺さぶられた期間。
それが自分の生きる後ろ盾であったのに、誇大妄想だと気づいてしまったショック。
プラス、その誇大妄想ありきの絆でやってきた親子の信頼関係。
このあたりがいっきに崩壊したのが、ちょうど一年前の今時期(GW以降)でした。
あれから一年と振り返ると、まるで他人を見るようなのです。
すごく不思議な感覚なのですが・・。
自分がいかに「思いこみ・妄想に囚われた身」だったのか、可哀相だったなと思います。

そして今、改めて思う事なんですが
上記した「自分と御本尊様の間に他人を入れない」この、近眼的な思想が大変危険なものであり
マインドコントロール手法に他ならなかったということです。
また、活動家の間では(おそらく私より世代が低い方々は)
「自分と池田先生の間に他人を入れない」こちらの言いまわしの方がしっくりくる・聞いたことがある方が
多いのではないでしょうか?
私が20代初めに馬鹿幹部の浅はかな言動がきっかけで組織をドロップアウトした際、
激励に来た幹部も「自分と池田先生の間に他人を入れちゃいけないんだよ」と言いました。
(この記事に書いています)
私は師弟観のない人間ですから、この言葉には全く心が動きませんでした。
しかし、多くの池田プロパガンダを受けている会員たちはこの近視的思想
「自分と池田先生の間に他人を入れない」を盾に、様々な都合の悪い・整合性のとれない事実と
向き合おうとしません。
「師弟」という、思いこまされな尊極世界に力点をおき、自発能動の思考停止。
それがどれだけ窮屈な世界で、簡単に抜け出せそうな迷路を自ら複雑なものにしているのか。
尊極世界の妄想にとりつかれてしまっては、気づく事ができません。

誇大妄想が取れた昨夏から、今日にいたるまでの間
私事で悲しいことや、不運と思える出来事もありました。
以前の私であれば「信心・学会活動をさぼったせいだ」と怯え、慌ててお題目を何時間もあげたり
とってつけたように友人に仏法対話を始めたかもしれませんw
しかし誇大妄想が失せて事が起きると、不思議なほど落ち着いていました。
なにもトリガーがないって、こんなに心丈夫なのか・・と驚いたほどです。
”一般人の方々ってこういう感じだったのだなぁ”と改めて。
私が青年部時代、切羽詰まった(と思われる)悩みを抱えていても飄々・淡々としている外部の
友人が何人も居たのですが、私はそれを「信じられない」思いで見ていました。
勝手に相手を「宿業の嵐の中に居る」なんて、失礼なきめつけで見て「救わねば」と思っていました。
それが、どれほどトンチンカンだったのか改めて理解し、数々過去を反芻しては
穴があったら入りたいほど恥ずかしくなるのです。
本当に大きなお世話でした。

なにごとか問題にぶちあたった時、特定信仰を持たずとも、
シンプルな思考で・心がけで、今自分がやるべき「現実的な手立て」をしっかり考え行動し、
必要であれば周囲にも話し相談をし、煩わしい中にあっても生活の基本をしっかり手当しておれば
得体のしれない不安に駆りたてられたり・苛まれたりすることはありません。
かえって創価信仰を心の柱として生活していた頃のほうが、強がる裏で狼狽していたように思います。
”おすがり信仰では無い”とよく組織では言いましたが、それなくしては生きられない時点でもう
「おすがり」なのであり、大きな矛盾です。
そんなものがなくても生きていけるし、人生有意義です。
それが解って、本当に私は楽になりました。
どれだけ自分をくだらないことで追いこんでいたのかと、活動家時代の自分を憐れに思います。
でも、今更でも気付けて良かった。


”非活決意 その後”はこの記事をもって終わります。
次からは、創価脳な親との関係(私の場合)を書いていく予定です。

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質問・ご心配いただいた件で追記します。

私は神道信仰を始めたわけではありません。前回の記事を見て、そう思われた方が多いようです。
氏子になったわけではございません。
神道に限らず、ユダヤ教や鎌倉仏教の本を読み、幅広く知識を得ている現状です。
なにか特定の信仰に委ねている訳ではありません。 

もうひとつ、現在、母との関係は表向き良好ですw
絶縁状態ではありません。経緯は追々、書いていきます。

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非活決意 その後(34)

2013年7月初め
出向いた神社は、地域で有名な大きな神社。私はそのときがはじめての訪問でした。
社務所へ向かい、御祈祷をお願いしたいと話すと「用紙に記入してください」との指示。
願意の項目にマルをつけ、初穂料を納めるのですがどの項目にマルをしたらいいか迷いました。
各種あるけれど、私のケースがどこにあてはまるのか解らなかったのです。
「不思議な現象を何とか止めたい・死神退治」これが何に該当するのか。
除霊なる項目は(当然ながら)ありませんでした。
暫く固まっていると受付の方から声をかけられたので、こういったケースは?と相談。
「家内安全」でよいとのことでした。
平日で中途半端な時期のせいもあってか、その時御祈祷を受けたのは私一人。
神殿へ進み、御祈祷を受けている間は無心でした。

組織による電磁波攻撃を疑った時、
その理由を「組織に引き戻すための脅迫」と考えました。
”毎朝こんな嫌な思いをしたくないなら大人しく組織についてこい・反抗心を起こすな”という様な。
自分や子供が見た霊的?なものでさえ「攻撃・脅し」のひとつだと感じました。
けれどそんな脅迫に絶対に屈したくない、屈してなるものか!という思いが
私を神社へ向かわせたのだと思います。
苦しい状態を何とかしたいからって、そこを自宅仏壇(御本尊)の前にひれ伏して
「すいませんでした」とは絶対ならない。なりたくない。 
そうなったらおしまいだ。何が何でも私は負けない、退治してやる、という強い意志です。

たまたまおかしな現象が連続して起こり、ママ友の「お祓い」という助言から神社に行きましたが
きっとそれが神社でなくても、他宗の寺院でもキリスト教会でも、全然よかったんじゃないかと
今となってはそう思います。
「帰依する」という姿勢とは少し違うのですが、自分の中にイヤイヤながらも確実に居座り居直っている
インチキ宗教を追い出すためにも「呼び水(誘い水)」が必要だったのです。
私は面倒くさい性格で、なんにつけ形式を重んじるところがあります。
全然別の宗派(ただしインチキ新興宗教でなく・トラディショナルな)に自ら足を運ぶ態度を示す事で
区切りをつけたような形。
これは完全な独り相撲です。
自分の内側に巣食う・自身の誇大妄想が作り上げたモンスターとの闘いだったと、今になって思います。

御祈祷の後、御札と記念品入りの紙袋を頂戴し。
車に戻ってハッとしました。御札もらったけど、これをどうしよう?と。
子供達の宮参り・七五三などの御札は主人が管理してくれていました。
妊娠当時、安産祈願の御守や御札が義両親から届いた際、創価脳だった私がそれを靴箱に
おいた事件があったのですが、それ以降主人は家の中に御札を持ちこまないよう配慮してくれて
いたのです。
車のトランクに入れておき、帰省時などに神社へ納めていたようです。
主人に脱会意志は伝えましたが、宗派を変えるとかそういった類の話題は一切したこともなく、
車のトランクにある御札を(覚醒後に)「家に入れていいよ」と伝えた事もありません。
と言うより、御札のことなんて眼中にありませんでした。
私が突然御札を持ち帰り、室内に配置したらどう受け止められてしまうのか?と不安になりました。
”今まで御札を家に入れてくれるな!という態度できたのに、自分さえよければいいのか?”との
悪印象を与えてしまう事を懸念したのです。 自業自得なのですが。
その時にふと”今だったら、お曼荼羅を巻けるかもしれない”こう思いました。
前々回の記事に書いたのですが、幻聴が偽本尊のせいではないか?との疑いをもった際、
私はお曼荼羅を巻かない(巻けない)かわりに、仏壇に布をかけて覆ったのです。
死神に出てくるなと封じ込めたつもりでしたが、本当なら巻いてしまうのが一番だと頭の片隅では
そう思っていました。
しかしこのとき、まだ曼荼羅が怖くて巻く事が出来ませんでした。
「偽本尊め!(忌まわしい)」と思っていたのに、触れることすらできなかったのです。
これも、子供時代からの刷り込みの影響です。
お曼荼羅は受けた人の生命と一緒だから、ご安置していたものを巻くなんて生命を巻くのと同じ。
よろしくない事(現証)が出るだのなんだの、曼荼羅の扱いに関しては悉く脅されてきました。
自宅ご安置のご本尊様は、私の名前ではなく主人の名前で受けた物。だから主人に何かあったら困る・・
そんな不安を抱いていたのです。 その曼荼羅がカラーコピーであろうとも、です。
摩訶不思議な法力なんてなく・誇大妄想だったのだと自分のなかで結論が出ても、自分の中で
明確にスイッチを切ることが出来なかったというか。
しかし、神社にて御祈祷を自分の意志で受けられたことで、私は気持ちを強く持っていました。
乗り越えた・・という感覚。
いわば御祈祷は「通過儀礼」で、創価では罪とされる「神社での御祈祷」をクリアしたことで
私はもう仏罰なんて恐れていませんよと、自分と・自身の内側に巣食うモンスターに対し
宣言したかったのかもしれません。いま思えばですが。

帰宅するとすぐ仏間に入り、仏壇の布をとっぱらってお曼荼羅を巻きました。
そのときは非常に穏やかな気持ちで、曼荼羅に対し「今までありがとう」と言葉が出ました。
擬人化していますが「お曼荼羅に罪は無い」そう思ったのです。
このお曼荼羅を金儲けのツールとして利用している団体が悪いだけ。
組織から授与された際に入っていた細長い紙封筒を残しておいたので入れ、お守り御本尊と共に
布袋に入れて仏壇に仕舞い扉を閉めました。
とてもすがすがしい気分でした。

そして夜、帰宅した主人に「今日、御祈祷に行って来た」と伝え。
電磁波攻撃云々のことは伏せ、最近寝覚めが良くなかったりで・・と話したところ
「(ここ数週間)うなされてたね」と言うのでビックリしました。
この時に初めて知らされましたが、覚醒直後の2012年9-10月頃にも、私は就寝中
よくうなされていたらしいのです。
その頃は、長めの寝言もしゃべっており、常に誰かを責める物言いをしていたと。
「どうして教えてくれなかったの?」と、残念な気持ちになり主人につっかかると、
子供の進路のことで神経が高ぶってるんだろうなと思っていたから、敢えてそっとしておいたんだと。
けれど、この6-7月は特に思い当たる節がなく、姉の海外挙式で何かあったのではないか?
と気にしていたとの事でした。
姉の挙式のことを、私はさらっと報告しただけでした。
帰国直後は主人も出張が重なったりと多忙で、ゆっくり話している暇もなかったのです。
ただ、あまり積極的に挙式旅行の内容を話したがらなかったのは事実で、ビデオも見せていませんでした。
さすが主人だ、鋭いなと思い。
頂いてきた御札は車に置いていたのですが「家の中に置こうと思うんだけど?」と相談すると
「置いても大丈夫?」と逆に聞かれました。
妊娠当時の事件のさい、私は「御札やお守りが苦手」と主人に伝えていたからです。
もう大丈夫、と答えると「好きにしたら」と言ってくれたので、夜でしたが即、車に取りに行きました。
そしてリビングに御札を置き、寝室で就寝。
気持ちが高ぶってなかなか寝付けませんでしたが、気付いたら朝で、なんの夢も見ず・死神のつぶやきも
ありません。
私ってなんて単純なのだろう、と苦笑しながらも、憑き物がとれたような感覚がありました。
それ以降、死神の声はしなくなりました。 
おかしな現象も今日現在までありません。

この出来事からほどなく、2013年夏の参議院選挙がありました。
以前にも書きましたが、この選挙について地域の学会員からのコンタクトは一切ありませんでした。
年の初めに支部婦が新任者に変わった際、家庭訪問時に一切の活動はしないし・関わりたくないと
伝えていました。(この記事)
それ以降ぴたーっと家庭訪問は止まりました。不在時に来ていたのかもしれませんが、メモや日程表が
入っている事は無く、メールも全く無かったのです。
選挙の1週間前くらいに、もしかしたら電話なり訪問なり、あるかもしれないと思っていました。
その時はハッキリと「自分で考えて投票する」と伝えようと心づもりしていたのですが、誰も来ないw
メールでの当日報告依頼もない。
支部婦わかってんじゃん、ありがたいわ。くらいの感覚でした。

そして選挙当日。
子供達が楽しみにしていた海水浴へ日帰りで出かける事になっており。
お天気も良く、朝、投票所に立ち寄って投票を済ませてから出発しました。
勿論、公明党に票を投じることは無く。
政見放送も時間のある時は見るようにし・自分で考えて候補者や政党を選び、一票を投じました。
それが日本国民ひとりひとりに与えられた当然の「権利」だから、誰を選ぼうと私の自由は
保証されているのです。
「師弟共戦絶対勝利のため」に一票を投じるのも、まぁ自由と言えますがw
それが本当に個人の意志ならば、それも尊重されてしかるべきなのかもしれません。
ですが、特定宗教団体のいち会員(不良会員であっても)だからと言って
絶対にこの政党候補者に一票を投じなくては「ならない」という義務なんてありません。
ましてや、「投票行きました」と組織に連絡をしなければいけないという義務もありません。
創価学会の会則に「入会した以上は必ず公明党を支援する。投票する。投票したら連絡する」なんて
あったらとんでもない事だしw 当然ですがそんなこと書かれていません。
けどそれは「建前」に過ぎません。
末端現場は、治外法権です。

この記事に書いたとおりですが、実家の母から電話連絡がきました。

私は姉の挙式旅行から帰国後、母に一切連絡を取っていませんでした。
また、母からの連絡もありませんでした。
この状況下において、久方ぶりの母からの連絡が選挙当日確認であり・怒声だったのです。

私がどんなに残念な気持ちになったか、覚醒者の皆様にならわかっていただけると思います。

この出来事で、私はとてつもない憤りを感じました。
なんなんだよ、創価って!!!と。
通過儀礼を経てモンスターを退治した私に、もう怖れはありません。
記事に書いたとおりですが、私は地域の学会員に怒りのメールを送りました。
なぜに私を飛び越えて、実家に連絡するのか?と。
選挙前に一切メールも何もしてこなかったくせに
(投票依頼を受けませんでしたし・投票に行ったら連絡くださいと頼まれてもいません)
どうして当日になって投票確認で実家に電話を入れるような迷惑行為をしたのか。
家庭訪問してくれるな・関わりたくないという私の意志を尊重したのは理解するが、だからといって
実家に連絡をするのは「非常識」だと、そんな基本的な事も解らなかったのか?
誰がやったのか名前も教えて欲しい、ということも書き添えました。
本人に会って直接、問いただしてやる。そこまで私は怒っていました。
すぐに平謝りの返信があり「誰が連絡したかは私では解りかねるが、謝罪する。
今後一切このようなことがないようにするので」勘弁して下さいという内容でした。
逃げやがったな・・と思いましたが、再度母に連絡を取り
「電話してきた人はだれなのか、苗字を教えて欲しい」と伝えました。
母は何か危険を感じとったのでしょうか
「(電話が来た際)忙しかったし、慌てていたので覚えてない」と教えてくれずでした。
私は直接本人に、この行動がいかにおかしくてルール違反なのか言って聞かせたいと伝え
着信履歴で電話番号残ってるでしょ?教えてよと言いました。
こちらの正当性(?)を100%アピールしながら、詰めたのです。
母は履歴は消したと(おそらく嘘でしょう)言い
「名前も本当に覚えていない。今度からはちゃんと確認するから」と
組織員を庇って幕引きになりました。
事を大きくされたくなかったのでしょう。組織において選挙はデリケートな問題ですからw

これが宗教団体のやることか? 
会員として籍を置いている以上黙認しなきゃいけないなんてそんな決まりもない。
もう我慢ならない。こんなのおかしい。黙っていられない。
このおかしさ・事実を広く世の中に周知したい。
選挙における非常識な当日確認がきっかけで、私はブログを再開したのです。

(35)に続きます。
次回で「非活決意 その後」(完)とします。

非活決意 その後(33)

幻聴に悩まされだしたのは2013年6月後半のこと。
幻聴の声の主を「死神」と名付け、退治してやると決意したのは7月に入ってから。
その「死神」の正体が偽本尊なのではないか?と疑念を持ちましたが、
次第に死神のしわざだと感じる事柄(幻聴・悪い夢を見る)が、実は組織の電磁波攻撃に
よるものなんじゃ?!という考え(思いこみ)に至った直後
私が強く感じたのは”孤独”でした。

私以外、誰もこの事を知らないことへの危機感と焦燥。
私はいま苦しい思いをしている、この事態に困っている。
創価が私を標的にしているんじゃないだろうか?なんて、誰人にも相談ができない。
だって相談したら「この人あたまがオカシイんじゃ?」って疑われてしまう。
「考えすぎなんじゃないの・病院行ったら?」と言われるのがオチだろう。だから言えない。
しかし、どうしたらいいのだろう。
この幻聴や悪夢が組織からの・なんらかの攻撃だとするなら、私は狙われていると言う事。
仮に私が命をも狙われているとして、
いま誰にもこの話をしないまま、そうなってしまったら(精神を酷く病んだり最悪死んだら)
どうなるの?
もし死んだ時は、不審死やら自殺として片付けられてしまう訳?
そんなの不本意だ・・と、そこまで考えるようになっていました。
こうなるともう「誇大妄想」です。

前回の記事に
私は心と頭でどれだけ創価を拒絶し・自分の意見をはっきり言えるようになっていても、まだまだ立派な
創価脳だったということです。

と書いたのですが(この文章の意味がわからない、と非公開コメントを頂戴しました)
「思いこみの激しさ・強さ」ありきで目の前の物事を判断し・囚われることを指してそう書きました。
日蓮大聖人と御本尊様を信じ・創価が絶対正義の仏意仏勅団体と信じ切って暮らしていた頃も、
その日蓮仏法が誇大妄想で・宗教をかさにきた巨大ビジネスだったとはっきり認識した後も、
私は目前の出来事をフラットに「ありのまま」受け止めること・見つめる事が出来ず
自らの心が作りだしたモンスターにより歪みを加え・それを誤った方向へ肥大化させていました。
こういった一連の思考遷移が「創価脳」と呼ぶにふさわしいのではないか、と思うのです。
「思いこみの激しさ・強さ」=信仰支配下にある状態です。
森羅万象あまねくすべての出来事には、因果があるとの大前提で進みます。
創価脳においては、アクシデントや不安ごとがおきた際に「自分の宿業が出た」と捉える。
そして「宿業」を消滅させることが現実問題の解消に直結すると考え
今こそ信心しかない、と信仰を軸とし創価の方を向く。
その思いこみから、必死で何時間もお題目をあげてみたり・周囲にいる非会員を勧誘(折伏)してみたり、
果ては同中や会合連れ出し・新聞推進や選挙の投票呼びかけ(F取り)へと繋がって行きます。
そしてこれら「自身の問題解決」のための信仰活動がひいては周囲(外部友人)の幸せにつながり・
最終的に世界平和につながっていくと信じ込まされている事も重要だと思います。
「壮大な使命感」これも実は立派な誇大妄想なのです。

余談ですが友人の親御さんで、身内に不幸事が続いた際
家族の生命保険を解約してまで財務に大金を投じた人がいました。
「貯め込もうとする性分がよくなかった、広布にあますことなく使って頂くという思いで暮らして
いなかったからこうなった(悪い出来事が続いた)」と理由を述べていました。
当時の私はバリ活でした。この言葉に対しての感想は「そういった考え方・罪障消滅の方法もあるんだ~」
という”感心”でした。
ちなみに、この親御さんはそこそこの幹部でした。
誰かに指導を仰いでそうした、というわけではなく
自発的にそのような、生命保険を解約してまで財務するという行動をとったようです。
組織に煽られずとも「自発能動」なのです。
本人が良ければ・自己満足でそうしたのなら、他人がどうこう言える筋合いのものでは無いのでしょうが
現在の私からすれば”こんな毒のまわり方ってあるのか・・”と、不憫になってきます。

断っておきますが、私は因果を全否定しているわけではありません。
自らの行いが自らに返る・言葉はブーメラン、そのような事は日常茶飯事、誰人にも起こっている事。
ただ、その「因」を誰も見たことのない前世・過去世の宿業だと決めつけ
”特定宗教団体の組織活動に勤しむことで罪障消滅できる・問題解決できる”という方法論に対しては
NOを突きつけます。

そして「誰も見たことのない・突拍子の無い」ことを不幸・諸悪の原因だと決めつける思考回路が
創価に長く居ると、しみついてしまうのではないか?と私は思うのです。
これは私とその身内の傾向なのかもしれませんが。
たとえを上げればキリがありませんが、伯父がとつぜん認知症になった際
その因を「朝晩の題目の時間が短かったからだ」と言い、奥さんは長時間の唱題を開始。
後期高齢者の伯父もその奥さんもとても人柄良く、品行方正で、学会活動にそこそこ励みながらも
信心歴50年以上、静かに暮らしておられました。
おそらく「題目の時間が短かった(=信心が足りなかった)」事くらいしか
因にできなかったんだと思うのです。
子供達(非活)の手配で夫婦揃って老健入所が決まりましたが、それを奥さんは「功徳だ」と言って
いたとのこと。
老後、誰人にも可能性のあることにも関わらず「殊更ネガティブ」に捉え嘆いた事が良く解りますし、
”信心していれば守られる”との大確信(実は幻想)が打ち破られたかのような慌てぶりが
見てとれました。
話がそれますが、池田老人の健康状態についても、本来であればあの年齢ですからナニゴトかあっても
全く不思議はないと思います。それは人の常でしょう。
現実に同時中継に姿を見せる事はなくなっても・公式な場面(顕彰表彰授与)に一切姿を見せなくても、
「お元気」だと信じているし、いつ撮ったか不明な写真が偶に紙面に載ることで安心している。
日々激励が・随筆が小説が掲載されるから「お元気」なのだと多くの会員は認識している。
信仰功徳の「健康長寿」を旗印としてきた会員において、永遠の指導者の「殊更ネガティブ」など
あってはならない事なのだ、と幻想を抱いている事がよくわかるのです。
全てが強い思いこみありきで進む世界だという事の、非常に解りやすい事象でもあると感じます。

また母は「兄が痴呆になるとは思いもよらなかったけど、浄土宗は男が立たないから云々」と
実家の改宗以前の宗派をもちだして納得しようとしていましたw ビックリです。
一家入信後、もう50年以上経過しているのにもかかわらず、まだ罪障消滅出来てない事のほうに
疑問をもつならわかりますが、宿命転換なんて実はキリがないんだと自覚しているような
発言だと思いました。
日々活動に勤しみ、お題目をたっぷりあげていても、何か事あれば「宿業」だという。
この矛盾に何故気がつかないのか?覚醒してしまうと不思議で仕方無かったのですが
「誰も見たことのない・突拍子の無い」ことを信じているからこそなのだな、と
最近合点がいきました。
つまり、宿業も「誰も見たことのない・突拍子の無い」事ですが
功徳をもたらす御本尊様の摩訶不思議な法力も・信仰による福運の蓄積で得られるという
盤石な来世も「誰も見たことのない・突拍子の無い」事だからです。
目に見えないものごとのはたらき、という方がわかりやすいでしょうか。
そういった事柄を強く深く信じ込み・思い込まされているからこその思考回路ゆえに
”ただありのままに現実の出来事をみて、粛々と受け止め対処する”という事が一般の人よりも
難しくなっています。
これが生きづらさにつながり、心を病む原因の一つにもなっている気がしてなりません。

本記事で書いている2013年7月時点の私がまさにこの状態であり
幻聴や悪夢についてその因を「組織の攻撃じゃないのか?」と疑っていた。
こんな憶測、突拍子もない事だと今は思います。
「数カ月の間にいろいろ考える事がありすぎ、心身ともに疲れが溜まったんじゃないか」と
当時は考えなかった。
通常であれば後者のような考え方に至るのが普通だと思います。

2014年4月、今現在は目の前の出来事を「思いこみ」に囚われて見る事は少なくなりました。
不安に駆られ、憶測ばかりが先走るような時は「一寸待て」と自分に声をかけます。
一呼吸置いて、静かに見つめ流れを整理しようと促します。
それがひとつの訓練だと思いながら。
ただ、2013年7月当時はまだ「思いこみ」に囚われまくっていた頃です。
その点をふまえて話を進めます。

いま私が悩んでいる事は誰にも話せない。
けど、私がなんらかの不穏な事情で精神をおかしくしたり・最悪死んでしまった時に
この今の事実を全く誰にも知られないままで終わるのは絶対に嫌だ。
たとえば私がなんらかの攻撃にあって亡くなった後にでも、証拠を残しておけるなら・・。
そのときにやっぱり、ブログを書いて残しておくのは有効じゃないかと閃きました。
現在進行形を記録しておきたい。
しかし、以前やっていたブログはパスワードの再設定が出来ずログインが出来ない状況。
(この時は、再設定が出来ない事さえ組織の攻撃じゃないかと疑っていたので)
もしかしたら新たに始めたって、すぐ消されるかもしれない。
いま残っている記事でさえ、そのうち消されてしまうかもしれない?!
ならば急がねばと、以前やっていたブログの過去ログを収集・そこに加筆するよう経緯を加え
保存しました。
今思えばひどく滑稽なのですが、そこまで精神的に追い詰められていたということです。
というよりも、自分で自分を追い込んでしまっていたのです。

(注:誰人も攻撃に遭わない<全くそのような事柄じたい無い>と認識しているわけではありません。
 実名で真っ向勝負を挑んでおられる方のことは常に案じております。 
 絶対に何事もあってはならないと強く思いますし
 そのようなことのないように、心ある皆さんと経過注視していくこと・決して無関心にならないことが
 肝要だと思っています)

次に私がやったことは断捨離でした。
明日にも命を落とすような事があったとき、どこに何がしまってあって・何をどう残していいのか
解らない状態にあっては、家族を困らせるだろうし、私が保存した文章も発見してもらえなければ
意味がない。
徹底的に物を厳選整理しようと思いたちました。
転ばぬ先の杖、と言っていいか解りませんが、このときはそのような心境だったのです。
結婚から10年余り、先々引っ越す時に整理すればいいやと、放置していた物を片付けるのに
1日では無理だったので3日がかりでしたが、その間に連絡を取ったママ友に
「いま断捨離してるから忙しい。10年分だから全然終わらない」と言うと
「家中の気が流れて、凄いことになるよ~」と彼女が言いました。
私には意味のわからない言葉でした。というよりも、そのような霊的なことは信じない方でしたし
(なにせ、創価でオカルトはご法度でしたから・・けど実際創価が一番オカルトだったというw)
気にとめませんでした。
因みにこの断捨離を頑張っている間も、毎朝起きぬけの幻聴があり
「そんなに(掃除片付け)頑張ってどうすんの?もう人生終わったも同然なんだから、
 頑張ったって一緒なんじゃないの」と聞こえ、腹立たしくて起きて布団を殴った日もありました。

断捨離が一段落ついた日から、おかしな現象がおこるようになったのです。
昼間、子供達のいない時間帯に掃除をしていると、電源を入れていないテレビの液晶に
白い光の無数の玉がちらちらと映り込む(プリズムの様な)のが見えました。
しばし茫然と眺め、これは何?窓の外に何か光るものでもあったっけ?とそちらの方向を
見やった後、再び液晶に目を戻すと、なにも映っていない。
また、家の中に全く光の入らない(窓の無い)空間があるのですが、そこにある黒い家具に
白い光の玉がちらちら蠢くのを翌日も目にし。
目の病気だろうか?と不審に思っていたのですが、その日プレを休んだ次子の口から
「さっき洗面所に白いOOがいた」という言葉が出て驚き。
OOとは、ゲームに出てくるお化けの名称です。特に怖がる様子もなく報告だけ。
まさか・・と思いつつも、3歳児のいうことだしと余り深く考えませんでした。
翌日、夕飯時に長子が突然「ギャ!」と大声をあげたので、なにごとかと聞くと
「緑色の小さい人間が飛んでた、こっち見てた。和室(仏間)のほうに飛んでいった」と
泣きだしたのです。
前日、次子が白いお化けを見たという話を長子にも聞かせたので、そんな妄想を見てしまったのかな?
とも考えたのですが、長子の気味悪がる様子が尋常でなく。
また、1ヶ月前にとりかえたばかりの電球が突然切れたりもし。
これは一体どういう事なんだろう。
そのときふと「気が流れて凄いことになるよ~」と言ったママ友の言葉が思い出され。
もしかしたら、彼女の家でもこんな事があったんだろうか?と気になり連絡してみたのです。
変な事聞くけどごめんねーと前置いて話すと、彼女のところでも不思議な現象があったと
教えてくれました。
そして「神社で御祈祷を受けたらおさまった」と言いました。
2013年春先、私が不運続きだと話した時「お祓いに行ったら?」とアドバイスくれたのも
彼女だったのです(この記事)
春先はその言葉を「お祓いなんて受けたって・・(どうしようもないんじゃ)」と受け止めた私でしたが
どういうわけか、この時は直球ですとーんと胸に入って来ました。
”そうだお祓いだ!”と。
私自身、もう藁をもつかみたいくらい、しんどかったのだと今はそう分析します。
どこの神社でしてもらった?どうしたらいいの(申し込み)?費用は幾ら?など
思い付くまま質問し、翌朝気の変わらないうちにと、子供達を送った後に神社に向かいました。
そして初めて自分の意志でお祓いを受けることにしたのです。
当時の私においてはかなり思い切りの必要な行動でしたが、勢いで進みました。

(34)に続きます。