功徳選挙という愚行

私がブログを再開するきっかけとなった、2013年7月 参議院選挙。
やっぱり創価はおかしい・選挙を信仰活動と捉えさせる組織は狂ってる、と
再確認した出来事でもありました。

近年連続した選挙戦を通じ覚醒に至った、とのコメントも幾つかいただいております。
法戦、法戦っていうけど・・学会員は選挙屋じゃねぇぞ!と少しでも不満・不審に思った時点で
思考停止の扉を開ける事が出来たのだと思います。

また、公明党が他党と繰り広げる政局茶番劇を見、支援することがバカバカしくなった事から
覚醒に至った方もいらっしゃいました。

ここ最近、集団的自衛権の解釈拡大について毎日のようにニュースで取り上げられています。
公明党や創価学会の名前を一般報道で見る頻度も上がりました。
そして組織の現場はすでに来年春の統一地方選へ向けた流れになっているとの情報。
組織内だけの情報に頼り、他の事を知ろうとしない状態にある方々は
おそらくこのまま「特定政治団体を猛烈に応援する事=信仰活動」と捉え、何の疑問も持たず
F取りに邁進するのでしょう。 その多くは高齢者でしょうが。
しかし、若い世代を盲目のまま、そこへ向かわせることが出来る世の中ではもう無くなっています。
疑問を持ち、ちょっと学会外の世間の意見を知りたいと思えば、ネット環境を介して
幾らでも知ることのできる時代です。

知ることを恐れないで欲しい。
そして知ったなら、突き詰めて深く深く考えてみて欲しい。
それが思考停止の扉を開ける事になります。
嫌いになれ、真実を知れ、というものではありません。
ただ静かに、自分の行いを見つめ・その行動の原動力(源)についても確認をしてみてほしい。
「突き詰めて考える」この思考習慣が創価脳にはありません。
創価仏法という万能マニュアル(しかし実際は組織のルール)に沿って全ての事象を片付け
理解するから、思考力が弱いのです。
私がブログを始め、コメントを頂くようになってすぐ、ある傾向性に気が付きました。
それは覚醒直後「マニュアルが無ければ生きられない」と思いこんでいる人の多さです。
覚醒までの長い人生を、ひとつの組織ルールに則って暮らしてきたということは
結局「自分で考える機会が少なかった」ということです。
だから戸惑い迷い、誰かや何かに方針を指示してほしいという思いに駆られる。
未活歴が長かった私でも、直後は何かに依らなければ・・と不安になり、しばらくは宗門へいくことを
検討したくらいでしたから、バリ活の状態から突如覚醒した方などは、もっともっと不安や戸惑いが
大きく・苦しまれると思います。
けど焦らなくて大丈夫です。
多くの方々は、月日の流れの中で創価外の多くの知識を得、学会活動を排除した生活習慣を
体得して行く中で「マニュアルなんてなくても生きられる」事に気が付きます。
組織離れが進めば、思考習慣も変化します。
自分で考えて物事を選択・決定し、行動することの醍醐味に気付きます。
そして自分がいかに狭い特殊世界にいたのか・偏狭な思いこみに囚われていたか気がついて
ぞっとするのです。 私は経験者だからそう言えます。

前置きが長くなりましたが、2013年夏の選挙を契機に私と母の「対峙」もスタートしました。

非活宣言をした私のところに、地域の学会員が連絡をよこすことは無くなっており、
この選挙については「投票したら連絡ください」といういつもの要請もありませんでした。
私はそれを「個人(私)の意志を地域学会員が尊重してくれたんだな」との認識でいましたが、
創価学会員の選挙にかける執念を甘く見ていました。
私に一切の事前コンタクトを取らずに居たくせに、当日実家の母へ電話を入れ
「娘さんの投票確認がとれません、お母さんから確認して頂けませんか」と言ったのです。
母は私が(組織で暗黙の了解となっている)「連絡義務」を怠ったと、烈火のごとく怒り
留守電を何度も携帯に入れていました。
この記事に書いたとおり、私は外出先にて充電残量が少ないという理由で電源を切っていました)

創価学会の末端組織において、選挙の投票を済ませた事を地域に連絡する事は「義務」。
こんなこと、会則にひとつも記載はありません。
あったらおかしいですよねw 政教分離をうたっているのに。
暗黙の了解でまかり通っている、実は政教一致のトンデモルールです。

留守電の切羽詰まった母の声に、いやな予感を抱きつつも連絡すると
「なにやってんのよ」と怒鳴りつけられ。
その時初めて、地元組織から実家に投票確認の電話が入った事を知って私は怒り心頭。
それを契機にこのブログをたちあげた事は、非活決意その後の最終回で書きました。

ブログ再開を思い立つほど、何に腹が立ったかって、創価のやりくちに対してでした。
地元地域の学会員は、自分たちの責務(連絡業務)を果たさずして
投票確認を入れない私自身が100%悪いように、母へ連絡を入れていました。
自分たちが働きかけを一切行っていなかったことを、母には告げていないのです。
なので母は、私が連絡をしていない事を「契約不履行」のごとく責めたててきました。
私にすれば晴天の霹靂であり、事前にコンタクトがあれば「投票はしますが公明党は支持しません」と
はっきり組織員に伝えました。そこで話はついたはずです。
しかし、一切私にコンタクトもないまま、組織の人間が私を飛び越えて実家に連絡を入れたことで
母も私も互いに物凄く不愉快な思いをさせられた。
しかも不運なことに、私たち親子間において最悪最低とも言えるタイミングでした。
なんて卑怯なまねしやがるんだ!と、創価とその組織員に対してこれほどまでにない憤りを感じました。

「どれほど投票確認が大事なものなのか、活動していたなら知ってるでしょう?」
母の言葉に、大きな違和感がありました。
ええ知ってますよ。だからってそれが何なの?
選挙に信仰を絡めて考え無くなってしまった私からすれば、選挙における創価脳の必死さは
呆れを通り越してお笑い(冷笑)でしか無い。
認識を変えてしまった私を、その「必死さ」に巻き込むなよ・・という思い。
そして創価脳当事者たちは、たとえ非活であろうとも、統監に名前があるひとりの票をも
「絶対にとりこぼしてはならない、師匠にお応えするために、完全勝利のために!」とかなんとか
それが非常識な行為であっても投票確認を正当化。
自分たちだけの絶対正義やら・師匠や学会組織への忠誠心から、全く己の愚行を顧みる事は無い。
その行為が、迷惑だとか非常識だとかは思いもしない。
創価組織や大師匠(池田老人)から「大勝利を!」と号令がかかったことならば、それは正義。
こんなバカげた思いこみで暴走してしまう、創価脳の愚かしさを嫌というほどこの選挙で思い知った。
そしてそんな迷惑創価脳に対し、この行為を正当化してしまうことがどれだけ「おかしい」事で
「間違い」であるかを、私はつきつけてやりたくなったのです。
前の記事にも書いたとおりですが、私は犯人探しをして当人に話をつけに行く気ばりばりでしたが、
組織も母も犯人が誰かを教えてくれず、それは叶っていません。

私は犯人がどうして遠方の実家にまで電話を入れてでも、投票確認をしなければならなかったのかを
考えてみました。
思い当たったのは結局「己のことしか考えていない」此処に尽きると思います。
その行動原理はなんなのか。
口では言うでしょう「(祥蘭に投票行為で)福運を積ませてあげたかった」「組織の為」
「池田先生に大勝利をご報告したい」「公明党を勝たせることが救国に繋がる」云々・・。
しかし内心はといえば。
組織からの突き上げが厳しくて、何が何でも内確%を上げたいと戦々恐々だったか。
もしくは自分自身の福運功徳のため・個人的な目標値を果たすためだったのか。
どんな理由も知ったこっちゃないですが、そのような目的を果たすためにとった手段が正攻法
(私に直接連絡を取って聞く)ではなく、トラブルを招くことが予想されるような手段だった事について
本人がどう考えているのか、私はそれが知りたかったのです(今も知りたいです)。
きっと「そこまで深く考えて無かった(軽く考えていた)」のでしょう。
同じ学会員だから・非活とは言え脱会はしてないんだから、わかってくれるだろう的な。
親には逆らえないだろう、的な?
考えが甘すぎるのです。選挙法に抵触しかねない事例だという認識がなさすぎる。
そんな甘い認識でいたら、組織の足を引っ張るような目に遭うかもしれないこともあると
知っておくべきでしょう。 敵は内側にも山ほどいるよ、って事をw

そして、こういった迷惑行動をも活動家は「仏道修行」という認識で正当化する。
例えば嫌がる部員さんや外部を期日前投票に引っ張って行ったとして、結果恨まれても
「相手にも必ずや福運が積まれる。だからいつか解ってもらえる時が来る・嗚呼、あの時投票に
行っておいてよかったと思ってもらえるようになる」などと希望的誤変換をする。
そして勿論自分自身にも福運が積まれると勘違いする。
政治や選挙はおまじないではありません。
政治や選挙は「実務」です。
百歩譲って、仏法対話が相手の知識に実りをもたらす事があっても、選挙にまつわる学会員の
他者への働きかけが両者にとり「WIN-WIN」になることは無いのです。
創価脳は自分にも相手にも「福運がつく」と信じ込まされており、相手に対しても良い事をしているの
だから「WIN-WIN」の関係になれるとの前提で選挙支援を戦う。
しかしそれは、学会組織の中でだけまことしやかに語られているおとぎ話です。
現実世界においてそれはありえない。
政治や選挙が実務である限り、そのようなおとぎ話の世界観で多くの人間が選挙支援をする事が、
国益を損ねる事態にもなりかねないという現実を、冷静になってよく考えてもらいたいと私は思うのです。

活動家の皆さん方は必死の選挙支援において、その行動原理を突き詰めて考えた時、
明確に自分で「間違いない」と言える理由があるのでしょうか?
そして万が一、その選挙法違反に触れかねない行動が公になって矢面に立たされた時、
「私は間違ってない」と、堂々と胸を張って言えるのか。
世法で「罪」となっている以上、責められることになっても甘んじて受けて立つ覚悟はあるのか。
選挙でトラブルを起こす末端会員を創価が護ってくれることは100%ありません。
福運功徳に目が眩んで戸別訪問や当日確認を行う事は、止めた方が身のためです。

話が若干逸れているので元に戻します。

この選挙前には都議選もあり、母は春先~7月までずっとF活動をしていました。
ふたつ大きな選挙が続いたことで、大都市および候補者を抱えている地域の学会員の心労は
かなりのものだったと思います。 
参議院選挙で、地元のおかかえ候補の当確が出た時間に母からメールが入りました。
「当選しました。お疲れ様。私もやっと休めてほっと一息で入院します」と書いてありました。
えっ?!どういう事?
翌日電話を入れたところ、大病ではありませんが選挙を理由に手術を先延ばしにしていたとの
話がありました。
「そんな・・自分の身体の方が大事に決まってるじゃない!おかしいよ!」
私は思わず強い口調になっていました。
母はマズイ事言ってしまった・・という感じで、簡単な手術だから事後報告するつもりだったのに・
大勝利で気がゆるんじゃったわーなどと言うのです。
手術入院は1週間とのことで、夏休みでもあり、私は子供達と退院にあわせて帰省する事に
しました。

(次回に続きます)

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創価脳な親との関係(序)

今日から、”覚醒した私と創価脳な親との関係”について書いていこうと思います。

学会2、3、4世が自分で創価の矛盾に気がつき、「もう無理」「脱会したい」と考えても
即行動に移せないのが常だと思います。
その原因は「親(家族)」。
親(家族)もとっくの昔に非活で学会や信仰がどうでもよくなっているとか・他の理由で全く意に
介さないのであれば、気にせず自分の一存で決断が可能でしょうが、
そんなケースは少数派ではないでしょうか。
例えば学会活動がおざなりになっていたって、「信仰」となれば話は別だとなる親世代も多くいます。
脱会や御本尊返却に「仏罰」を連想する・又は親族やご近所学会員への心象を気にする(面子)・
そして親や家族が「自分の信心が足りなかった」などと自責し大きな心の負担・傷にしてしまう懸念。
猛反対をうけたり、親子家族間の亀裂断絶を生じかねない事態が容易に予測できてしまう。
親や家族がバリ活でもそうでなくても、MC下にいるのなら波風が立つのは必定です。
それらを回避するためにも時間を稼ぐよりほかない・・親をみとってから・・と考える覚醒者の方々の
思いは至極自然なことだと思います。
自分で自分の身を守る、基本的なことです。
また、外野がとやかく言う様な事でもありません。家族の問題なのですから。
ご自身が納得しているならそれでよいことだと私は思います。
 
実は、信仰は個人の心の問題です。親子家族間であってさえ、侵すことはできないのです。
だから親や家族のことなんて気にとめず勝手に脱会したってOK。法に触れるわけでもない。
「信教の自由」として憲法で認められている、いち個人に与えられた権利であり、自由意志が
認められてしかるべきです。
しかしそんな理屈常識が通らないのが創価という魑魅魍魎な集団。
だから話がややこしくなります。
本当に多くの方が悩まれつつも、自分なりに折り合いをつけ問題と向き合っておられ、
もれなく私もその一人です。

私も、脱会意志は1年以上も前からありますが、それを行動に移す事はしていません。
ブログのトップ記事に「Xデーを内側から見る事を目的に在籍」と書いていますが、
これはブログを開設した当時の気持ちでした(2012年秋)。
現在は完全非活でほぼ外部の様な生活ですし、地域の学会員との交流も無くなり
まったく内部情報が入って来ません。
なので「Xデーを内側から観察」なんて出来そうにないし、実はもうどうでもよくなっています。
面倒なので書き直していないのですがw
タイミングさえ合えば明日にでも・・という気持ちです。
しかし、Xデーがひとつの目標であることは確か。
それが創価脳な母との会話の中で導き出した「現役活動家(母)の本音」にあります。
私と母のあいだで、不用意に感情を荒立てず・やや合意の下で創価を辞められるであろうタイミングが
「池田老人Xデー」なのです、いまのところ。
けれど、それが”完全な約定”ではない事をこの一年近くのあいだに思い知ることとなり、
MC下にある人間(母)の、堂々巡りな思考習慣(思考停止含む)の前で、
「うーん・・」と唸らされています。
けど、私は諦めていません。
(初回なのでやや抽象的な書き方をしてしまってごめんなさい。追々書いていきます)

これから綴っていく事はリアルな創価活動家との対峙記録です。
最初は「対話記録」と書こうとしたんですが、改めて「対話」の意味を調べてみると「違うな」と思い。
この11ヶ月間を振り返ってみても、私と母のそれは「対峙」という言葉がぴったりなのです。

世間一般的な「対話」の定義は、互いに理解し合うこと。
お互いの基本的なスタンスを踏まえながら、相手の意見を尊重し耳を傾ける事。
もう一歩踏み込んで、相互理解の先に融和点を探り合うことを「対話」と呼ぶのではないか?と
私は思うのですが、両者ともに「解りあいたい」と思っていたにしても、創価問題は融和点を見つけて
どうにかなるようなものではない、と思っています。
というか・創価の矛盾に気付いてしまった私からしたら、融和点なんて不要だし、ありえないのです。

私は母を覚醒させること・創価を見限る事を目的に話を続けている。
母は私を活動に引き戻そうと・学会とその活動の正当性を訴えんがため話を続けている。
覚醒者(私)・活動家(母)、両者ともに「自分の主張を相手に認めてもらう」この着地点を見ており
融和点なんて考えていない。
言い方を変えれば、互いに現状「相手を負かそう」としています。
勝敗・白黒をつける目的のそれは「対話」とは呼ばないのです。
「対話」ではなく「対峙」になってしまうのは、創価脳のMCは強固で「絶対に引かない」という心、
「こちら側が絶対に正しいのだから論破されるわけはない・されてはならない」という強い意志が
働くから。
また、覚醒者の側は「既に踏んだ轍」でわかっているだけに、はがゆい思いをするが故
感情的になる事も多い。
アナだらけの理論武装だと見透かし・解っているからこそ、創価脳の言葉に苛立つ。
全くの他人ならば言いたい放題言いあって”こいつはだめだ” どちらかがそう思えば話を切り上げ、
二度と関わり合いにならない、という選択肢もありでしょう。
しかし、そうはいかないのが親子・家族間。
母と私は親子です。
交渉決裂でもう一生顔を合わせない、そんなわけにいかないのです。

本覚醒(日蓮仏法をも否定するに至った)後より今日まで、母との会話にて
胸をえぐられるような思いも何度かしました。
これは母自身の性格によるものなのか・MC下にあるためなのか、どっちなのだろうか?と
悩まされたこともあります。
そして創価のMCの強固さに打つ手なし・・そんな気持ちになった事も数知れず。
これは自分で実感として気づくよりほかない問題なんだな、と痛感させられることも度々。
また、高齢独居の母を覚醒させてしまうことが本人のためにならないのでは・・との懸念も
全く無いわけではありません。
最終目的は「覚醒」ですが、現状の課題は
「創価的非常識(思考回路・発言)を改めさせる」
「人の尊厳について考えた上で行動・発言してもらう」
これに重点を置いています。 経緯を追々書いていきます。

「創価を憎んで人(母)を憎まず」をモットーに、
現在進行形で対峙は続いています。
そしていつ終わるかも解らないテーマなので、相当長くなりそうな気がします。
これまでシリーズ的に書いてきた記事とは違い、時々別の話題も挟みながらの更新と
させていただきます。 宜しくお願いします。

歴史を学ぶと見えてくる事

昨年読んだ本でおすすめの書籍があります。

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(2010/02/11)
神田 千里

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日蓮大聖人が生きた鎌倉時代の世相・思想背景を知るために読みましたが、
為になることが山ほど書いてありました。 
(ちなみに日蓮自身のことについては殆ど記載ありません、あしからず)

「鎌倉仏教」という言葉があるくらい、このとき幾つもの仏教宗派が興りました。
当時を客観的考察するにあたり用いられているのが、そのころ来日していた
外国人宣教師のレポートなのです。 
本記事でその内容には触れませんが、非常に興味深く・私には面白く感じられました。

この本の中に書かれていた「天道思想」
戦国時代を生きた人たちの信仰観なのですが、
日本人の信仰観のベースとして現代にも伝わっていると感じました。

内容を一部抜粋しますと、天道とは”人知を超えた天の采配”のことで
戦国時代、従軍する戦争の勝敗は「天道」の差配により決まると信じられていました。
武運を左右する天道=神仏の目に見えない働きと考えられていたとのこと。
天道の観念とは「日本の神仏をまるごと信仰し崇拝することが天道にかなう」もので
武運を左右するからこそ天道は重要であるとされていたそうです。
また、信仰+道徳観(道理)=天道であるとも。
つまり信仰だけを熱心にやっていても、非道徳な振る舞いをしておれば天道(神仏)に見放され
敗北をきたす。 
信仰も普段の振る舞いも・両方揃って初めて天道が味方するという考え方です。

信仰に「道徳観」をプラスするところも実に日本人らしい宗教観ではないでしょうか。
その道徳観があるからこそ、日本人が一神教に陥ることがなかったのだと私は思いました。

辞書で天道を引いた中に「天の神。宇宙の万物を支配する神」との解釈も記載されていました。
「お天道様が見ている」という言葉が、太陽=天照大神をさしているとの解釈もありますが
必ずしも天照大神を「一神教」の救世主とせず、やおろずの神々と仏教を融合させながら
宗教文化をはぐくんできた点が、前にも書きましたが日本人のしなやかさなのだと思うのです。
(注:先の大戦では戦争遂行におけるプロパガンダとして国家神道が政治利用されましたが
 これこそ「一神教」であり、危険でろくでもないことは周知のとおりです)

また、戦国時代を生きた知性が、仏教宗派が乱立する中にあって
「排他主義」を厳しく戒めていたという文書もこちらの本に幾つか紹介がありました。
以下抜粋します。

阿仏尼(阿仏房ではありませんw 鎌倉時代中期の女流歌人)の著した
「庭の訓」より

”うわべだけの誠や志の無い信心は論外である。信仰に入る機縁は人それぞれであり、
指導者の良し悪しによるものでもないが「どの教えも同じだ」と
あれこれの宗派に手を出すようでは気が散って信仰に身が入ることはない。
必ず一つの教えに定め、脇目もふらず一心に信仰しなければならない。
だが一方、自分の奉じる教えだけが真実であって他の宗派はろくでもないなどと、貶めたり
してはならない。”

選択・専修が教義優劣の問題では無い。宗派の対立を意図するものでもないと訴えている。


北畠親房(鎌倉時代後期から南北朝時代の公卿)の著した「神皇正統記」より
”仏教には様々な教えがあるのが当然であり、ある宗派を良いと思った人が他宗を謗ったり
軽蔑したりすることは大変な誤りです。
人の機根は様々なのだから、教えも無限にあるのが当然です”

仏法の様々な教えは結局は方法の違いに過ぎない、という見解が鎌倉時代ではかなり根強いもので
あったと考えられよう。


排他主義を戒める心=日本人の道徳観のあらわれだと私は思います。
これは何も鎌倉時代に始まった話ではなく、聖徳太子の十七条憲法
「和を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ」この精神が貫かれている。

敵を容赦なく責めてもよし・自分たちの正義にそむく者は全て悪だから排除してよしなんて
ありえない。
このような日本人の信仰・宗教観と道徳心を知るにつけ、
自分が(現在イヤイヤながら)籍を置いている創価という団体がいかにおかしな・日本にそぐわない
団体なのか改めて気付かされ、うんざりするのです。

横道にそれますが、知識を得れば得るほど、なぜに日蓮大聖人が道徳観を重んじる国土において
「四箇格言」や「五重の相対」を提唱したのか。 私は不思議でなりません。
”宗教の乱れ=世の乱れの原因だからにきまってるじゃん!末法には法華経以外意味無いからじゃん!”
バリ活時代の私なら迷わずそう答えたでしょうが(現役バリ活も同じ答えでしょうねw)
創価外のテキストを読み、歴史背景をふまえた上で考えると
日蓮大聖人が諸外国に出ることをせず・先人から伝えられた膨大な文献を研鑚した上で得た
「悟り」についても疑問が湧いてくるのです。
創価で教わった事だけを盲信していたら、疑問なんてわく余地は無いと思います。
活動家時代の私は歴史に対し全くの無知でしたから、日蓮大聖人が国外(当時の中国)へ
勉強に行かなかった事に対し、なんの疑問も持ちませんでした。
それは「発迹顕本」という逸話(という表現に今はなってしまいます、どうしても)
を額面通りに受け取っていたからでもあります。
しかし今となっては「末法の御本仏の境地に立つ」これで全てをカバーできるような話だろうか?
それでいいんだろうか?と首をかしげます。
覚醒以前は日蓮大聖人が「末法の御本仏」だという大義名分で全てが丸めこまれていましたし
そうしておけば整合性がとれる話になっていました。
いや、細かく考えればつっこみどころ満載なのですが、創価ではそれをさせない(重箱の隅を
つつかせない)指導方法が徹底されていましたしね。
そして池田老人が永遠の指導者入りして以降は、池田老人に学ぼう状態。そこに日蓮の影は
殆ど無く、都合のいい場面にだけ引っ張り出してくる状態でした。

この本とは違う歴史本(井沢元彦さんの本)で読んだ「天文法華の乱」について
なぜ乱が起こったのか、元凶が記してあり
天台宗VS日蓮宗の構図を招いたのは、日蓮ならではの法華経解釈が天台宗サイドから見て
「邪教」だったからだとありました。
「お題目を唱える事(唱題)と功徳が明確に関係づけられている点が、日蓮独自の解釈」であり
天台宗からすればこれは「論理の飛躍も甚だしい」事だったそうです。
故に「天台宗は日蓮をインチキだとした」のだと。
「一介の僧侶である日蓮が教義の変更をしたことが許せず、対立を深めた」のです。
当時、文字の読み書きも満足に出来ない庶民にとって天台宗の説く法華経の教えは難しく敷居の高いもの。
「日蓮にあったものは庶民への配慮」で、お題目を唱えることに功徳があるとしたのは
(これは私なりの解釈ですが)インスタントにしたという事なのだと思います。
その方が早く広く爆発的に民衆に広まるし、多くの人を救えるという考えだったのだと
読み取りました。
天文法華の乱は日蓮滅後(200年以上後)の事で京都が舞台、日興上人(富士門流)派の
創価ではスルーされていましたが、本質的な部分(題目を流布)が火種だったという点で
「全く関係ない」とは言えないと思います。

こういった歴史的事実をおさえて行くと、創価で繰り返し語られていた事
「正しいからこそ難に遭う」が中2病のように思えてくるのは私だけでしょうか。
日蓮大聖人がいくつもの法難に遭ったのは、正しい事を叫んだからだーと教わりました。
釈迦の予言通りの目に遭っているのは大聖人だけだ、とも。
そして池田老人が難に遭うのは、世間の嫉妬だとのことでした。
法を弘めて難に遭う。大聖人と同じ目に遭っているのは私だけなのだ!とか、そんなスピーチも
ありましたっけね(遠い目)。

しかし様々歴史をみて、上記したような鎌倉時代背景に照らしてみても
排他主義をよしとしない国土風土の中で、ひとり反逆児だった日蓮があらゆる方面から
疎まれたのは、ある意味「道理」だったのではないかと。
池田老人に関しては並べるのもどうなの・・ってお粗末なレベルですが、
いいことは一切書かない週刊誌のバッシングやら・訴訟やら・これといったあとがまが育ってないのやら
すべて「身から出た錆」で、ものごとの「道理」だっただけではないのかと思います。

「仏法は道理です」
池田老人がスピーチで語った言葉で、忘れられないフレーズの一つです。
覚醒した今、思い返すも実に味わい深いw

現状、特定の宗派に帰依していない私ですが、このさきどんな宗派によろうとも
「うちだけが絶対正しくて他は邪宗で間違ってる」なんて事は言わず・考えず
粛々と自己の内面と向き合う、そんな信仰観を持って生きたいです。