洗脳支配について考えた

先日ネットで見かけた4コマ漫画。
akaji.jpg


ブラック企業の本質をほのぼのタッチで描いた、まったくほのぼの出来ない内容と
ツイッター等で話題との事。

これを見て私は思いました「学会組織(末端)そのまんまじゃん」と。

「長時間働かせてるから転職活動なんかできないよ」

実働部隊の婦人部ともなれば朝昼晩、名目を変えながらの会合で大忙し。
パートに出たいなどと口にしようものなら「仕事に逃げたって境涯革命はできないわよ!」
「一家の命運を支えるのが、婦人部の昼間の学会活動なのよ!」 と阻止される。
青年部もアフター5は学会活動に囚われ、組織の為に部員さんのためにと走り回らされ
自己生活の充実を考え・充てる時間的余裕なんてありません。
私は女子部時代に「習い事」が出来なかった事がとても心残りでした。
別に気にせずやればよかったんでしょうが、役職もあり・なによりも仏事優先と叩きこまれ、
特定日時の拘束は許されずで出来なかったのです。
習い事の為に会合を休むだなんて許される空気じゃありませんでしたから。
それは女子部だけでなく、婦人部でも同じく。おかしな話ですが。
時間的拘束は、洗脳支配下におくための必須条件です。

あ、壮年部については、よくわかりませんw

「それに給料も限界まで安くしてるから、辞めたら生活できないしね」

学会活動でお金(対価)をもらえることはまずありません。
皆さんがご存じのとおり、搾取されることはあってもお金が発生する(もらえる)事は皆無です。
しかし「学会活動を辞めたら生活できない」と思いこみに縛られている学会員は多数存在する。
学会活動を辞めた途端に「生活が空転する」との刷り込みをうけているからです。
「信心即生活」なるスローガンによる呪縛。
現状も実はちっとも「安穏」ではないのに、学会活動を辞めたら更に悪化・転落して行くのでは・・と
悪い事を想像する。
完全なるお守り信心により離れられなくなっています。

「大丈夫!辞めた人間のことはみんなで徹底的に悪く言ってるからね」
「それで残ったやつに辞めた後の最悪を想定させる」


wwwww
これにはちょっと苦笑が止まりませんでした。あまりにもそのまんまだったので。
退転者、反逆者は堕地獄云々。 ついこのあいだまで「同志」だった人のことをとことんまで
悪く言いますよね。
たとえば内部の人間と・脱会者と、同じ末期がんで亡くなったケースがあったとして
内部に対しては「宿命転換し切って安詳と旅立った」というのに
脱会者に対しては「罰が出て最後は病気で亡くなった」と言う。
同じアクシデントにあっても、内部の人間は「転重軽受だった」とするくせに
脱会者がそうなったら「仏罰は厳然」なんて言う。
集団心理も相まって、脱会者は不幸になるんだ・・と洗脳されていく。と同時に
「脱会したらここまで悪く言われるのか」と、地域=ご近所世間でもあるため、大いに抑止力に
なっている気がします。

「でもそれじゃ不満がたまるから、たまに早く帰らせたり、うまいもん差しいれたりして
適当にガス抜きをしてやるのさ」


これは人材グループや会合で運営につくメンバーに対し、「池田先生からです!」と
パンと牛乳を差しいれてみたり
接遇や警備任務につくメンバーに仕出し弁当や手土産やお菓子を与えたり
(池田老人が元気だった昔はお小遣いもあったそうで・・)
また書籍や押印や「限られたメンバーにしか贈られない」グッズ等を、ここぞという時に
贈呈してみせるのと同じですね。
「自分(たち)だけ頂いた!」という特別感w で、また過剰に労働奉仕&献金してしまうのです。

また、非公開コメントで頂きましたが、無冠の友むけに不定期の慰労会イベントがあるそうです。
そこではビンゴ大会もおこなわれ、1等の商品が高額家電だったとありました。
これもほぼボランティアでこき使われる新聞配達従事者に対しての、費用対効果絶大な
イベントなのでしょうが・・。
ちなみにコメント下さった方は、半分覚醒しかけている時にこの慰労会に参加したので
「こんなイベントうつお金があるなら、もっと新聞代を安く出来るんじゃないの?」と疑問をもったとの
事でした。

「長時間働かせてるから ちゃんとしたとこで勤めてる友人とも交流もとれないだろうし、
この生活が当たり前だと思いこむようになればちょっとやそっとじゃ辞めないよ!」


これこそが学会活動が忙しすぎる、どうして無駄に週に何度も(1日に複数回の場合も)
集合をかけるのか、本質を言い当てており「なるほどその通り」と感心してしまいました。

女子部時代の記事でも書いたのですが、青年部の地区リーダー以上ともなれば
夜の日程でほとんどスケジュールがうまってしまうほど、会合が多かったのです。
なんでこんなに?!と、当時は意味も良く解らないまま、日程が組まれている以上は
意義があるんだろうと参加していました。
しかし、今はこれこそがマインドコントロールの最も効率的かつ効果的な「囲い込み」であったと
わかります。
外部との接触時間を極限まで減らすよう仕向けているだけなのです。
以前記事に書いたと思うのですが、1回で済むような会合をわざわざ別日の遅い時刻
(21時~)に幹部会として取るということがありました。 
同じ面子がその前後にあった圏OO会で集うのだから、その会合終わりでやりゃーいいじゃん!
と私は思い、幹部にその旨を訴えてみた事があったのですが、なんだかよくわからない理由で
却下されました。
緊急招集をかけられることも多かったですし(特に選挙前)、プライベートの時間などもてない。
文字通り忙殺される。
青年部は幹部になればなるほど、深夜にまで及ぶ会合も多かったですし、気まじめな人に限って
帰宅後も何時間も唱題してみたり「先生の指導」を読みこんだりと、睡眠時間を削ります。
そして社会人として実証を!と、仕事にも真面目に取り組むため、殆ど寝ないで会社に行くというような
人もいらっしゃると思います。
そして「自由な時間を奪う」のと同時に「睡眠時間を奪う」これが洗脳支配の肝なのだと
先日、テレビのワイドショーでコメンテーターが語っていました。
何の話題でその話が出たかと言えば、例の福岡県筑後市リサイクルショップ失踪事件ですw

当たり前のことすぎて誰も言わないだけで、休養や睡眠はとても大事なものなんだと
シンプルな事ですが痛感させられます。
特に寝不足は、思考および判断力を奪われやすいそうです。

余談ですが私の母は睡眠障害を患っています。更年期以降、ずっとなのでもう20年近くに
なるでしょうか。
睡眠薬が手放せない暮らしです。これだけでも、信心してる意味ないじゃん?と私は思えて
ならないのです。
しかし母は万年睡眠不足が故の思考力低下も手伝ってか、それを「理解」しようとしません。
本当に困ったものです。

「学会活動中心の生活が当たり前」
このパターンが完成してしまうと、ぽっかりあいた休日であっても何をしていいか解らないという
状態に陥ります。 それで会合がなくてもつい会館に行ってしまうという男子幹部がいましたw 
外部友人関係は当然のことながら希薄になりますし、そういった友人たちと偶に会っても
相手がプライベートの充実をはかっている日常をも「刹那に流されて生きている」などと見下します。
自分がどれほど崇高な使命に生きているのか・・なんて酔っぱらっていました、若い時の私はw
けれどイマドキの若い人は「崇高な使命」よりも、自己の充実を図る事の方が大事だと
じゅうぶん解っていると思います。
教育も変わりましたし、何より時代・環境が変わりました。
青年部の衰退は、社会構造があからさまに見えやすくなってしまった現代では当然のことかもしれません。
しかし、20年以上前の青年(現在40代以上)は「崇高な使命」をずっと追い続けている。
そして聖教紙上では「生涯青年」なんて言葉が躍るw 
つまり青年部で自分が闘った時代のスピリッツをジジババになっても忘れずに一生働き続けろよ!と
いうことでしょう。
熾烈な時代の初期衝動をたもちつづけたまま、年を重ねてもなんの学習もしないまま突き進む・・
なんとも皮肉なものだと思います。

「労基の勧告も強制力弱いしね!」

これは「信教の自由」という侵しがたい法をかさにきて、やりたい放題やっている組織の実態と
重なると思います。
活動において、どんなに理不尽で矛盾した事柄があろうとも「ご信心」のひとことで丸めこむ。
どこにも監督・取り締まる機関なんてありません。自分で気付いて、フェードアウトしない限りは
ずっとヤられっぱなしです。
以前から書いていますが、自分の意志表示もできない0歳~児童を、親の一存で入会させ
家庭内洗脳教育で創価脳に育て上げてしまう、こんな人権蹂躙・精神、環境的虐待も
本来なら法整備で解決するべきなのです。
しかし公明党が政権与党であるかぎり、このような暗部が「社会問題」として取り上げられる事は
一切ないと思います。 大変に悔しく、嘆かわしいことです。

「すごいなぁ 経営者の鏡だ!」

皮肉でしょうけど、これは末端を束ねる上層部のこと。
本当に「してやったり」と、笑いが止まらないのは、ごく一部の上層階級の人達です。
そして常に搾取される側は「弱者」。
末端会員という、功徳という絵に描いた餅だけでおなかを満たそうとするけれど、満腹にはならなくて
それでもいつか満腹になりたいからと、頑張り続ける人達です。
いや、そんなこと(お題目の数や、新聞啓蒙の数や、対話数)では絶対に満腹にはならないから。
早く組織の外に出て、「実」を取る行動をしてほしいと、私は思います。

ネット上でも以前から「ブラック企業に酷似している」と揶揄されている学会組織。
環境とはおそろしいもので、そこがどんなに劣悪であっても毎日を過ごすうち「当然」に変わっていく。
「ここを辞めたところで、もっと悪い処しか待っていないんじゃないか」と、希望を見出す事も出来ず
現状維持が一番の安全と、上を見なくなってそこに居続けるという一択をしてしまう。
忙しすぎて消耗しきってしまい、意欲を削がれてしまうという事でしょう。
これも洗脳支配の手法です。
そして以前も書きましたポリアンナ症候群も手伝って、無限ループに自ら陥ってしまうと
もう、手の着けようがない。
けれど「気付き」のチャンスはどこにでも転がっていて、ほんの些細な事がきっかけで目覚められるし
無限ループから抜け出す事が出来ます。 私にも出来ました。

多くの方が、こんなバカげた支配下構造から抜け出して、自分の幸福を自身の意志努力のみで
積み上げて行かれる事を、私は願ってやみません。

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宗教団体と権力構造

母との、2013年夏選挙話題の続きです。

”どうせ、ネットでの聞きかじりでしょ” と、聞く耳を持たない事は承知でしたが、
母に「なぜ創価が与党に強いこだわりを見せるのか・何よりも選挙に注力する理由」について
覚醒後に調べて得た知識を話してみました。
矢野氏の手記にもあった、国税局とのやりとり・中国との国交回復を我が手柄と仕立て上げるべく
竹入氏の並々ならぬ尽力など袖にし、自身の功績と会員向けプロパガンダを行った件。
カネに絡む不祥事を握りつぶすため。宗教法人に課税させないため。
その他もろもろ、なぜにいち宗教団体が「国家権力」に擦り寄らねばならないのか
「政治力」を身近な物としておかねばならないのか、その理由を(憶測も含まれますが)述べました。

判で押したように母の反応は「どこに証拠があるの?誰が言ってるの?嘘に決まってる」。
矢野氏の書籍にも書いてある・・と言ったところ
「あんな人!裏切り者じゃないの。信用ならないわよ」と一刀両断w
「矢野氏は原野商法で支持者をだまして儲けたり、カネに汚い人間だ」云々と。
私は原野商法のことなど、このとき初耳でした。
(因みに、矢野氏本人がもちかけたわけでなく、親族と秘書が矢野氏の名を語ってもちかけた話だそうです)
私は逆に母に尋ねました「どこに証拠があるの?誰が言ってたの?」
母「組織の人から聞いたわよ、聖教新聞にも書いてあったんじゃないかしら」とw
母がネットの情報を「信じるに値しない」と言うのと同じく、私は組織からの情報は「信じるに値しない」と
考える。
だってそれは、プロパガンダだから。
敵に回ったと認知された時点で、徹底攻撃対象とする。あることないこと醜聞をでっちあげる。
それは「日顕宗」に対する創価のやりかたと全く同じことなのです。
自分たちの非なんて1ミリも認めず、相手方だけを極悪として自分たちの道理で責めてゆく。
その異様な姿勢に、MC下にあるうちは気付けないのです。

この記事を書くにあたり、矢野氏の原野商法疑義についてぐぐってみました。
そのなかで、公明党茨城県議のブログを見つけました。
井手よしひろ氏の、2006年5月7日の記事 ttp://blog.hitachi-net.jp/archives/50234052.html
(恐れ入りますが、コピペで飛んで下さい)
書かれている事を読んで感じた事は「じゃあなんで在任中に矯正指導しなかったの?」です。
こんなエピソード、あとから出てきた話ではない。
在任中に党内の人間なら周知の事実だった事柄ではないのか。
それを「敵に回った」からと恨み節のように出してきて「支援者を裏切った」なんてよく言うな、と。
在任中からその行動を「議員として相応しくない」と認めるものならば、その時点で是正するのが
当たり前ではないのか、と。
創価も公明党も、後だしジャンケンがお家芸です。 本当に馬鹿にしてんなと思います。
そして会員も、冷静に自浄作用のない創価学会・公明党内部に対して怒りをもつべきなのに
そうはならない。敵にまわってやり玉に挙げられた個人攻撃に終始する。
レベルが低い、と言わざるをえません。
私の母に関しても同じくで、組織側からの「奴は敵だ、こんな悪行があった」と一方的な情報でもって
矢野氏を「裏切り者だ!信用ならない!」と、暴露本そのものを否定しようとした。
公平なものの見方を失う、MCとはそういう事だと思います。

また、議員の蓄財に関しては個人の自由ではないのかと私は思います。
公明議員は庶民の代表とか言いますが、現実そんなこと無いのは誰しも気付いているはずです。
私の地元の地方議員も、サラリーマンから転身しましたが、お子さんを下宿が必要な有名私大に
通わせたのち、海外留学させていました。
また、別の議員の子女も小学校から大学まで学園育ち。うち一人は圏女になり、学生時代
アルバイトの経験が全くないと語っており、あぜんとさせられた覚えがあります。
皆さん公にはせずとも、それ相応の暮らしをしており、末端会員とは異なります。
そして議員が特別多く蓄財したからと、卑怯者扱いするのだとしたらお門違いではないでしょうか。
(けして矢野氏を擁護するわけではありませんが)
公になっていないだけで、家族名義で賃貸物件をいくつも持っているとか、そんな話だって
一般的に議員には珍しくありません。
資本主義社会であるかぎり、個人の資産形成の自由も認められているのです。
その方法が法律に明らかに反する事柄によるならば、法的に処罰される。早かれ遅かれ
発覚しだいそうなります。
また、学会信者に下支えされた議員生活を送って「蓄財」したのだから、その「財」を学会へ戻せ
(財務しろ)という理屈(「黒い手帖」にもあった、創価副会長の脅し)も、私にはしっくりきません。
議員になった時点で、そのような文言の誓約書にサインする・・なんて事したら、誰も議員に
ならないでしょうねw
よっぽど毒の回った池田信者議員ならアリかもしれませんが。
ただ、公明議員が他党議員と違い、ヒトカネモノどれも持っていなかったとしても、新人候補として
最高に恵まれた環境で選挙戦を展開できることは間違いのない事実です。
それゆえに、会員から厳しい眼を向けられることもあるのは当然といえる面もあるでしょう。
というか、人柄や政治に対する志なんてものはすっとばしで
「同志だから」「池田先生が選んだ人だから」という理由だけで支援され当選してしまう、
こんなかつぎあげられたなれの果てを、政治家とは呼べないと思うのは私だけではないでしょう。
以前も書きましたが、日本の選挙はお金がかかります。後ろ盾や地盤のない、世襲以外の
新人(現職も)方はとても大変な環境で苦労され・闘っておられます。
けれどその厳しさをのりこえても「政治を志す」、私はそちらの方がいくらか信用できます。
コメント欄で吉野さんも書いて下さったように、ポスター1枚張るのもままならない、そんな候補者も
いるのです。
そこを「功徳選挙」で無条件に支援され議員バッジをつけ、庶民目線とか言いながら
実際は風見鶏な事しか言わないし、やらない。 
そんなヤツらを税金で食わせるなんてとんでもないことだと、私は思います。
公明候補に「どぶ板選挙やってみろ」という思いは、支援者でなくなった今でも変わりません。

話を元に戻します。

一介の宗教団体が、なぜに政治力を持たねばならないのか。権力を握らなければならないのか。
私はそこを核に母に問題意識をもってもらいたい、と思い。
子宮頚がんワクチン疑義に関して、議員に問い合わせるも回答が得られずスルーされたことに対し
母も多少なり不信感を抱いていました。
そこで、松あきら氏の主人がワクチンを扱う薬品会社の顧問弁護士であった事を伝えてみました。
母は「嘘でしょ?」とそれも否定。
週刊誌報道やネットニュースではありますがそれは真実。もし嘘であれば当事者が訴えるなり
しているはずだし、問題だから表に出てるんだよと説明。
母は「もしそれが本当だったら、堕落した証拠だね」とため息をついていました。
結局は利権の絡む世界であることを、母も少しは理解している。
しかし自分たちが公明正大と信じて疑わない党が、そのような事になっているとは思いもしなかった。
常に庶民の目線で、クリーンな政治活動を行ってくれている・・という性善説で支援しているのです。
「政治だって利権だけれど、学会自体も利権まみれ。だからお金が必要なんだよ?」と
私は次から次へと建設される、無用の長物と思われる会館その他について話を向けました。
聖教紙面でも、顕彰記事の次に多いのが建設計画or落慶祈念式典の記事じゃないかと思うほどで。
母もそのことについては、うっすら認識していたようで「確かにね」と。
「でも、会館はいざという時(被災)には避難所として役に立つ。だから沢山あってもいいのよ」と
トンチンカンな事を言いだしました。
その維持費や管理が、自分たち会員にのしかかってくる事を理解して言ってるの?と。
大きな建物になればなるほど、維持管理費がかかる。それが首を絞めることとなり、ハコモノを
手放している行政自治団体の多さは、昨今ニュースでも珍しくない話です。
税収減だけでなく人口減もその因の一つかと思いますが、人口減でいえば創価だって同じ状況のはず。
だのに時代に逆行するように、建設を続ける。それで生じる「負」は末端会員に押しつける形で。
このことが何を意味しているのか。
結局は、会館新規建設という利権に群がっている者たちの為=その者たちと、創価側も
持ちつ持たれつでやっていく為ではないのかと。 
なんらかの、大きな権力構造です。
その後始末は「池田先生万歳」な末端会員が処理してくれるから、上はやりたい放題なんだよ、と。
母は「そういえば」と、親戚から聞いたと言うとある事業に絡む不公平とも思えた話を口にしました。
さすがに詳細は書けないのですが(すみません)「一部の者しか甘い蜜を吸えない」構造に
関する話です。
母はその話を聞いた時も「どうなってるんだ?」と思ったそうですが、直接自分や身内に害が
及ぶ事でもない為”そんな事があるなんて”と不可解に思いながらも、スルーしたとのことでした。

「きっとそんな(母が聞いた)話は、氷山の一角だよ。実は珍しい事でも、なんでもないんじゃないの」
私はそう言い、池田老人が「後進に託す」といいながら、会員の前に一切姿を見せなくなったものの、
現状も池田氏の威光・話題なしで組織運営が務まるわけもなく、そうなっていない創価の実情を指摘しました。
新聞に池田夫妻の話題が一切載らない日はない。
大昔の写真までひっぱりだし、同中でも過去の映像を流してまで、その威光を前面に押しだし続ける。
これで「後進に託す」だなんて、ちゃんちゃらおかしい。
本人の意志なのか・頼りない後進が池田威光にすがり続けなければ、まともな組織運営ができない
それだけなのか。 どっちにせよ、もう池田教になり下がっている事はまちがいない。
だったら表に出てくりゃいいじゃん。でも、それも絶対にしない。
「ねぇ?なんでだと思う?」
池田老人が一切姿を見せないことについて、母に質問したのはこの時が初めてではありません。
以前にも聞いた事がありました。
母は困惑した表情を浮かべながらも、本音の部分を語りました。

(続きます)

馬鹿正直で気まじめ

母が入院手術すると知った私は、姉に連絡を取りました。
姉は5月下旬にその旨を母から聞き、家族承諾書のサインもしたとのこと。
子供達のうち、一番母の近くにいるのは姉ですから、上記は至極自然な話だと思います。
が、私には「事後報告するので内緒にしてほしい」と、母が姉に釘を刺していた事も判明。
6月の挙式旅行で顔を合わせた際も、一切手術をにおわせるような言動は無かったのです。

姉は母が手術を先送りにした理由が「選挙」だとは知りません。
完全外部の姉からすれば、そのような理由とは思いもつかないでしょう。
ただ「2ヶ月も先で大丈夫なの?」と質問はしたそうです。
母の答えは「先生はなるべく早くといってるけど、緊急性は無いから大丈夫」で
実際元気そうだったので特に詮索もしなかったとのことでした。

「黙っておいて」と姉に釘を刺したのは、選挙を理由に手術を2ヶ月先にするなんて事を
アンチ創価になり・特に選挙支援に関して厳しい意見をもつようになった人間(=私)に知られると、
ごちゃごちゃ文句言ってきそうでマズイ・・という、母なりの防衛策でしょう。
命にかかわるような手術ではなく・大病でもありませんが、それでも母が多少なり不自由だった事は
間違いありません。
本人の希望でそうしたとは言え、先延ばしの理由が
「創価が推進する功徳選挙のため」だという事は、覚醒してしまった私からすると
全く腑に落ちない事実でした。

2012年秋の覚醒以降、私は事あるごと母に
「もう高齢なのだし、身体を壊すような無理やしんどい思いをしてまで学会活動をする必要は無い」と
訴えてきました。
今日は体調がすぐれないなーと思うなら、罰なんか当たらないんだから会合は休みなさいよと。
「優先順位はなによりも自分自身、無理しすぎて自滅するようじゃ本末転倒だよ?」と。
しかし母の性格で、これを素直に聞き入れることは無いと私もわかっていました。
多くの盲信者が、馬鹿正直で気まじめです。 私の母も例にもれずなのです。
そして、しつこくひっぱりますがw 件の犯人(選挙の当日確認を、私を飛び越えて実家に連絡した人物)も
おそらく馬鹿正直で気まじめなのだと思います。
だからどうしても確認をとらねば!と、暑苦しい使命感で実家に電話してしまったんでしょう。
私の一票など、あてにしないF取りを組織で出来ず、焦っていたのもあるかもしれません。
非公開コメントで頂きましたが、一部地域では実際確認をとらず「多分投票してくれている(はず)」と
希望的観測だけで非活者を内確数にカウントする事があるのだそうです。
(その方曰く、非活者の実家にまで連絡を入れて内確を取るなんて聞いたことが無く、驚いたとのこと)
実際、それくらいが丁度いいと思います。
意志の疎通がとれている同志なら、法戦も内輪だけでいくらでも盛り上がってればいい。
ただ、そうじゃない・非活宣言した他人を巻きこむのは迷惑千万。
たとえそれが「師弟誓願」であっても、そんな言葉は非活者や他人に対し免罪符には絶対ならないのだから、
辞めてくださいと私は言いたいのです。

馬鹿正直で気まじめ=愚直。
創価の毒牙にこのタイプの人がかかってしまうと、本人はもとより周囲にも悲劇をもたらします。
母が手術を先延ばしにしてまで、選挙支援や現場に穴をあけない(会合を休まない)事を優先したのは
母自身の「意思」です。
創価学会は・組織は、誰もそこまでしてくれなんて言ってません。
母が穴を開けたらマズイ・休んだらマズイ・・責任感から、そうしたまでです。
また、多少は衆人環視を気にしたところもあったかもしれません。
6月に姉の挙式で1週間ちかく現場を離れましたから、それプラス1週間の入院手術なんて・・という遠慮。
おかしな話です。 母の人生、時間、行動予定。好きにすればいいのに。
なんで組織に遠慮しなきゃならないのか?
組織活動など、やりたい・やれる人間だけで勝手に進めておればいい話なのです。
やりたくないならやめておけばいい。
生業では無いのですから(それどころか、大なり小なり金銭を巻き上げられているんですから)。
しかしそれを思いとどまらせる”何か”が現場・組織にあるということでしょう。
大げさな話をすれば、母が手術を先延ばしにした事で身体が更に不自由になったり・症状が悪化したとしても
創価や公明党を責めることは、当然ながら出来ません。お門違いです。
「誰もそんな事頼んでませんよ、命令もしてませんよ。自発能動でしょ?」こう返ってくるのがオチです。
選挙における戸別訪問や、度を越した連れ出し等で選管に学会員が訴えられた時も同様です。
そうしたのは会員個人の「意思」であり、創価学会や公明党が面と向かって会員にそれを要請強制は
していない。
万が一、罪に問われ罰せられる事があっても「自己責任」なのです。
また、度を超えた財務に関しても同じくでしょう。
「挑戦しよう」とは言ったけど、3桁4桁絶対やれだとか・具体的金額は言ってませんよ。
そう決めて振り込んだのはあなた自身ですよね? といわれてしまえばおしまいの、「自己責任」です。

私の中学時代の担任の口癖を今更思いだしました。
「正直者がばかを見る、そんな世の中であってはいけない。皆は正直に生き抜いて欲しい」と。
当時なんの感慨も持たず聞き流していた言葉ですが、今になって「ひどい話だな」と思うのです。
馬鹿がつくくらいの正直だから、馬鹿をみるのか。
功徳や福運や栄光という絵に描いた餅を見せられ、勝手に踊り働いてくれる従順かつ
馬鹿正直で気まじめな会員たち。
そんな会員たちに支えられて私腹を肥やす者どもの存在に、目先の問題・功徳ばかりに気をとられて
気付かない愚かさ。
上層部は笑いが止まらないでしょう。 これが巨大組織の現実です。
いいように、してやられていると解ってしまった私のような人間からしてみれば
身内がそこにまだ騙され続けているという現実がはがゆく・嘆かわしくてなりません。
多くの覚醒した2、3、4世の皆さまも同じくだと思います。

姉に帰省の旨伝えると、せっかくだから新居にと招かれ、数日間泊まらせてもらいました。
6月の挙式旅行での一件以来、母に連絡もしないまま一方的「冷戦」を貫いていましたが
皮肉にも創価の絡んだ選挙が契機で、母と連絡を取った。
私の中で、各種蟠りが全く落ち着いた訳ではありませんでしたが、姉という第三者的立場の
身内がワンクッションとなり、平常心で母に会いに行くことが出来ました。
お見舞いも姉宅から一緒に行き、退院のお迎えも姉や子供達と一緒でした。
母は嬉しそうに
「内緒で入退院するつもりだったのに、こんなに家族が来てくれるなんて。きっと選挙の功徳だね」と。
そして同室だった女性(同じ手術を受けた高齢者)にはお見舞いなんて殆ど来なかった、
私たち一行が帰って行くたび「うらやましいわ、持つべきはやっぱり娘よね」とその女性から言われた。
(女性の身内は、息子さんだけだったようです)
母は「それもあるかもしれないけど、一家和楽の信心のおかげですよ」と、女性に学会宣言したと・・。
私は内心、忌々しく思いながら聞き流しました。
おいおい、なんでも功徳にすんなよ!と、激しく心で突っ込みながら・・。
父の死に拠る、姉と私の関係修復がなければ・私の覚醒がなければ、この状況は絶対に無かった。
そこを丸々すっとばしで「選挙の功徳」「一家和楽の信心のお陰」と言ってのける母親を
「どうかしている」と思わずにはいられませんでした。

実家に戻り、母と2人になると自然と話題は選挙の後日談になりました。
都議選~参議院選の流れは体力気力ともにキツかったが、特に都議選がしんどかった事。
姉の挙式で海外から戻ったばかり・梅雨時期とも重なったことで、体調もおかしくなり
「どうしてここまでしなければならないのか?」と思ったと母は本音をもらしました。
私は内心”キタ!母も覚醒間近か?!”と小躍りしながら
「いつも言っているけど、身体を壊してまでするような事ではないと思うよ?(学会活動)」と言うと
母は「責任感がそうさせる」と答え。
何が何でも勝たせなければ、という責任が自分たち会員にはある。
そのプレッシャーが今回はいつも以上だった・・と話しました。
そして、続く参議院の闘いは若干馬鹿らしくなることもあった、と心情吐露したのです。
その理由を尋ねたところ、私が6月の海外挙式の際、母に問いかけた「子宮頚がんワクチン疑義」に
ありました。

私が子宮頚がんワクチンの副作用が社会問題となっている事を知ったのは、春先でした。
たまたま夕方つけていたテレビで特集を見て興味がわき、ネットで調べたら公明党の名前が
ざくざく出てきて、うわぁ・・と思ったのです。
6月に姉の挙式旅行で母に会った際、そのことを話しました。
「子宮頚がんワクチンの副作用が問題になってるけど、組織じゃ何て説明してるの?」と。
しかし母は何も知りませんでした。
接種が公費助成扱いになった、それが公明党の実績だという事も知らなかったのです、現役活動家にも
かかわらず。
厚労省が文書通達で「接種を積極的にはすすめない」と言ってるよ。どうなってんの?大丈夫これ?と
母に詰めよったところ「OOさん(現役国会議員)に聞いといて上げるわ!」と。
OOさんと面識があり、メアドも知っていると言うのです(メアドは個人のものというわけではなく、党の
ものだと思います)。
母は私との会話をすっかり忘れており、7月に入り参院選のお願いを外部友人(中学生女子のお孫さんが
いる方)にした際、子宮頚がんワクチンの件を聞かれ、ハッと思いだしたとの事。
そして問い合わせをしたそうです。
「今忙しいのですが、必ずお調べして連絡します」と返信がきて、それっきりだったと。
国会議員じゃ多忙で埒があかない、と思った母は地元の地方議員にもこの件を問い合わせ。
母はとにかく投票日までに納得のいく回答を、質問をくれた外部友人にしたかったのです。
しかし地方議員も「自分ではわかりかねるので調べます」と一旦引き取ったが、結局選挙が終わるまで
なんの回答も無かった、物凄くがっかりしたと話してくれました。
こっちは現場で必死になって公明党支援を訴え・理解を広げようと頑張っているというのに
議員さんは、肝心なことなのに多忙を理由に放置した・・と、不信感を持った様子でした。

私は”それみたことか”と内心思いながら
「だからさぁ。国政と言え(議員は)そんなレベルなんだって結局。
あの人たち、実際何も解って無いんじゃない?
創価組織のために在るだけだから。言いなりロボットだよ。誰も国民生活の幸福なんて
問題にしてないよ?」と私は言いました。
母は苦笑いで
「あなた、まだインターネットばかり見てるの?そういうのやめなさいよ、福運を消すわよ」とw
↑この会話のおかしな点、覚醒した方なら気がつくと思います。
”創価や公明党の悪口を言うと福運が消える”
こんなオカルトを信じ切って、自身の健康問題を棚上げにし・いい加減な現役議員に不信感を
抱きながらも、功徳選挙に邁進してしまった愚直な母・・。
「つける薬はない」そう思いました。

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次の国政選挙は、安倍内閣が大きく躓かなければ2016年7月の参議院選挙になるといわれています。
近いところで来春の統一地方選挙があり、既に組織内部の活動体制はそちらに向いているとの事。

多くの会員が、功徳選挙という愚行を改め、
組織から流れてくる「F取り」「外部の投票連れ出し」「期日前連れ出し」等の活動方針を拒否し、
食わず嫌いをせず・各政党や各候補者の主張、政治理念、活動実績等を吟味した上で
自主的な投票活動を行ってくれることを、私は願っています。

また、公明支援するにしても非常識な行動言動をとらないのは当然のことです。
公明支援を信仰活動と絡めるのは個人の自由ですが、
他人に迷惑をかけたり・不快な思いをさせないことに留意し「自己完結」であってほしいと
思います。

(続きます)