唱題について考えた②

前回、百万遍唱題に触れましたが、私自身が百万遍をやったときの話を。

30歳を迎えたころ、周囲で百万遍唱題が流行したことがありました。
当時、30歳以上の女子部メンバーを対象としたセミナーや会合が定期的に行われる流れがあり、
そこで提案された記憶があります。
この会合の第一回は総県単位のものでしたが、方面の婦人部長が幹部指導にやってきて
「30歳を超えたら、特に30代半ばを超えたら、自分のために祈りなさい」と言った事に目からうろこでした。
”自他共の幸福”を祈っていくことが当たり前と教わってきたのに、急な方針転換w
「女性の幸せはなにも結婚だけではないが、結婚のこともしっかり祈念していかねばならない」と
婦人幹部が言っていたのが印象的でした。
しかし、急にそんな事言われたって・・と違和感を覚えたアラサー・アラフォー女子部も
きっと多かった事と思います。
なんせ「学会に尽くしておれば全てが思い通りの境涯になる」なんて叩き込まれてきたわけだから。
そう信じて脇目もふらず、必死にやってきたのに。
今頃「テメエの幸せ(結婚)は、テメエで何とかしないとどうにもならねぇぞ」なんて言われても。
話が違うじゃん!と、口には出さずとも感じた人もいたのではないでしょうか。

思うに、独身のまま婦人部へ勇退するメンバーの増加に憂慮していたのではないかと。
自分のことはそっちのけで部員さんや友人、世界平和と夢見るように祈り・活動に邁進するあまり
婚期を逃す女子部は、当時から山ほどおりました。
女子部時代は修行時期と、恋愛御法度を池田老人がエゴイズムで推進していたのが仇になったわけですw
会員増が組織維持の命綱にもかかわらず、男女青年部が活動に猛進するあまり結婚できないまま、
ひとりもので壮年婦人部にあがってしまう事を想定出来なかったとは、非常にお粗末だと思います。

それまでの私は、お題目といえば「困った時の5時間(2万遍)」というもので
普段はせいぜい15-30分が限度でした。
そこを、このときは半年で百万遍あげたのです。
以前も書いたと思いますが、私の父はアンチでしたから夜に声を出してのごん行唱題はNGでした。
うるさいと怒られるからです。
仏間と父の寝室が廊下を挟んで向かいでしたので、ドアを閉め、囁くくらいの小声音量で
唱題していました。
小声唱題は催眠効果絶大です。やった人なら分かると思います。
会合から帰宅した23時ごろから開始、気付いたら仏壇の前で突っ伏して寝ていた事も多々w
そこまでしなくてもよかったのに、と当時の行動が今は滑稽に映るのですが、
お題目の「数」が何かを確実に変えるのだと、信じて疑わないからこその行動でした。

この百万遍挑戦期間、どうして?と信じられないくらい、悪いことが続きました。
周囲のメンバーも同じくで、そんな状況を「魔が競っている!」と皆が認識。
魔に負けないよう、みんなで目標完遂しよう!と励まし合っていました。
私自身におきたことで言えば、仕事で担当していた先が計画倒産で夜逃げ。
大口の売掛金が残っており、生きた心地がしませんでした(結局、倒産&自己破産したため
取り立てならず)。
また、過去に少しだけつきあいのあった人物の件で警察からお尋ねを受けるといったことも
ありました。 自宅に直接連絡が入り、運悪く私の不在時で父が応対。
大した事ではなかったけれど、警察から連絡が来るとは何事かと父から激怒され嫌な思いを
しました。
組織とは何の関係もない事でしたが、普段より学会活動で夜遅くなる事をよく思っていなかった
父から「お前は外で一体なにをしているのか?」と、訝しい目で見られ、心底嫌だったのです。
その他、細かい事は忘れてしまいましたが「これぞ功徳だ!」なんて実感できることは
百万遍挑戦期間中には無かったのです。
周囲も失業したり、交通事故や盗難に遭ったメンバーもいました。
当時は”正しい行いをするときに、魔はつきものなのだ”なんて思っていましたが
今振り返ってみれば、このようなアクシデントの連続連鎖は「単なる偶然」だったという感想しか
浮かびません。
偽本尊云々も関係ありません。全てはただの”偶然”だったのです。

百万遍をあげて、具体的にこれが叶った!という様な事も残念ながら無いのです。
具体的に祈念していたにもかかわらず、です。
ただ、後付けで起こった・特に祈念していたわけではないラッキーを、百万遍のおかげだ!と
思いこんだりしていました(主人との再会~結婚についても百万遍のお陰と考えていました)。

ただ、この百万遍で私が「体得した」と、当時思っていた事柄があります。
それは
「どのような結果になっても、それが御本尊様の答えなら私は何もかも甘んじて受け入れる」という
揺るがない思いでした。
シロかクロか、結果のはっきり出る事を祈念したとして、自分が望まなかった結果になってしまう事も
当然ありました。
それは努力云々とは別次元の事柄が大半なのですが・・第三者の判断にゆだねるような事柄。
そういった事に対し、百万遍をあげる以前の私は、思い通りの結果が出なかった場合に
「悔しい」と感じたし・「こんなに祈り動いたのにおかしいじゃねぇか!」と若干の不信を抱いたりも
していたのです。
それが、この百万遍をあげている最中にふと
「私は御本尊様に祈念した結果ならば、どんな不本意も受け入れられる」と閃きました。
試されるかの如く、祈れども祈れども(自分の望む)「結果」は出ない・それどころか真逆の状況に
追い込まれていく事だってある。
信じる事って難しい。でも、私はどんなに悪運に弄ばれても、御本尊様への「絶対信(心)」は
失わないのだ!という、ドMな心境に達していました。
それを勝手に”自分の境涯が上がった・達観した”と考え、自分はひとつ何かを越えたのだと
喜んでいましたw

今思えば、めでたいことこの上ありません。
繰り返しになりますがポリアンナ症候群の「極度に後ろ向きな現実逃避システム」に
まんまと嵌ってしまった、そういう事だったと思います。
すべてを”御本尊様に司られて生きている”と考えるように、祈りの中で自然とそのような境地に
達して行ったのです。

覚醒後に様々な宗教の本を読んで得た知識を重ねつつ、↑上記当時の私の信仰観を
分析すると、私のそれはもう、オリジナル宗教。
創価の教義からも逸脱しています。
御本尊様を擬人化していたし、まるでキリスト教における「神」のような位置づけ。
私は「御本尊様に生かされている」という意識が強かった事を、以前に書きました(この記事)
元々もっていた選民思想を、更に更に強固なものにしたのが、百万遍唱題という行為だったのです。
お題目の「数」を重ねることで、自己暗示にかかっていったのだと、今更ながら気が付きました。

そして多くの学会員がお題目の数にこだわり、お題目で全てが解決する!と強固に信じて
疑わない事も、この「自己暗示」なのだと思う次第です。
たまたま願いが叶ってラッキーだったことを「御本尊様のお陰」「お題目の効果」だと信じて疑わない。
願い事が叶わなかった時は「不本意でも必ず意味がある」と思いこむ。
これほど都合の良いことって無いんですよね・「信仰」という大看板のもと、搾取する側の組織にとって。
だから「宿命転換のカギは第一に題目、第二に題目、第三にも題目」なんて言葉が
池田老人から出たのでしょう。
どうぞ会員のみなさん、どんどん自己暗示にかかっちゃって~!
題目上げるのはタダだしね!ってノリで。
教義から逸脱しようが、池田老人を尊敬できなかろうが、お題目は絶対&組織から離れない事さえ
植え付けることが出来れば搾取する側にとっては大成功で、万事OKということです。
だから毎月報告させて地道なお題目推奨運動をしていた、これも有効な組織への囲い込みであり
MC手法のひとつであったとわかります。
「お題目を上げて→願いが叶う・功徳を頂く」
この経験を一度掴ませれば儲けもの。
しかも、苦境や絶体絶命のピンチをたった一度でも乗り越えれば、その還りは絶大。
それを生活の習慣とし・人生の法則とし・常識としてしまうのは、組織というよりは思いこんだ「当人」。
組織にしてみれば、まるでゼロ仕入れで濡れ手に粟のぼろ儲けです。
本記事を書いていて、ふと思い出したのが、私の覚醒のきっかけを作った支部婦の言葉。
(この記事です)
未活動の私に向かって「信心の確信がないわけでもないんでしょ?」と尋ねてきたこと。
信心の確信とは、「創価信仰依存」。
薬物依存症と同じく、宗教依存症という言葉も存在しています。
wikiを読むと、まるで創価の活動家のことじゃないかと思ってしまうほどです。
そんなわけあるか!と思う方は、冷静にご一読されることをお勧めします。

”お題目には自己変革の力がある。願いをかなえることができる。前向きに生きられる。
 それを教えてくれたのは学会であり先生だから、組織や学会員がどんなに腐っていたって
 自分は学会を離れたり・辞めることは出来ない”
このような内容の非公開コメントを、活動家の方から頂いた事がありました。
様々なブログ、サイトでいわれているとおり、自己変革の力は題目にあるのではなく、
自分自身に内在しています。
それを引きだす方法はなにも題目じゃなくてもいい、というか、別の行動行為でも可能なのです。
ごくシンプルに「自分を信じる」これだけでいいのです。なにか特定のモノゴトに委ねずとも。
そこを「お題目のお陰」と思いこまされている・自己暗示にかかっているだけです。

今の私は、特になにかに祈るようなことがなくても、自分や周囲におこる出来事を受け入れる用意が
あります。
特に何にも祈っていないから・こうなれああなれああなるはず、と無駄な期待(?)を寄せない分
失望もしないし、不本意な結果であれば次はこうしてみようああしてみよう、と現実的かつ前向きに
考えます。 
またはもうやめておこうとか、改めようなど、これまた現実的に判断します。

決して「お題目が足りなかったからだ」とか「学会活動してないからだ」なんて考えない。
そんなの現実に起こる出来事になんの影響も関係もない。
今だから言えますが、お題目やら学会活動やら御本尊様と実生活が紐付になっている、という考えは
足かせ以外のナニモノでもありません。
そこに学会信仰をもちこむこと・信心根本とかいう訳のわからない法則をあてはめることは、
本当に今やるべきことを見失わせ・現実的な状況把握ができなくなるだけなのです。
「功徳」や「福運」という、創価独特の幻想を捨て去ることが出来なければ、私の言っていることは
理解できないと思います。

余談ですが、
最近、公開しようのないコメントを入れてくる、困った活動家(?)の方がいらっしゃって
「あなたはお題目をあげていないからおかしくなった(不信退転)」と書いているのを読んだ時、
悪いんですが私、飲んでいたお茶を吹きましたw
とんだパンチドランカー、いや題目ドランカーからのコメントだわ~・・と思いながら。
今の私にはこんなコメント、笑えないギャグでしかないのです。

百万遍のお題目をあげるために費やす時間は、単純計算で250時間。
250時間の学習があれば、日商簿記2級合格も目指せるそう(NEVERまとめより)。
”一生不退転”なんて自己暗示にかかるその250時間、勉強しときゃよかった・・!

後悔先に立たず。
じぶんの時間は有意義・有効に使いたいものです。

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唱題について考えた①

創価の(元)活動家なら、100万遍唱題に挑戦された方も多くいらっしゃると思います。
私も過去挑戦したひとりです。

”どんな苦境もお題目の力で乗り越えることが出来る・お題目をあげ抜くことで勝利できる”という
創価教義は、学会員の中では常識同然のものでした。
池田老人の指導「最後はお題目の数で決まる」こんな言葉も幹部指導の常套句。
「お題目の数」
どんな事柄であっても、数値を重要視する組織w 
女子部時代、唱題数の報告というものがあり、毎月いくらあげたか部員が担当者(各支部に1人)に
報告し、本部→圏県吸い上げというシステムがありました。
お題目は15分を1000遍とカウントしていたので、唱題数が多い=仏壇の前にへばりついていた
時間が長かったというひとつの”物差し”。
唱題数が少なければお咎めがあるとか、そんなことは一切ありませんでした。
が、部長をやっていた時に本部長が「本部唱題数がいつも少ないので、本部で唱題会をとりたい」
と言いだし実行した時期がありました。
日曜の朝8時から2時間。帰宅後、自宅で30分あげれば1日で1万遍になるという計算。
なぜ8時からかといえば、10時からは圏単位の会合がとられる事も多いからです。
日曜の朝っぱらから会合のはしごw これは珍しいことではありませんでした。
”日曜だからゆっくり朝寝坊”なんてしていられない。仕事でもないのに・・。 
活動家当時は「休日の朝から福運積みまくり」なんて思っていましたw 恥ずかしい。
また、圏で女子部の10時間唱題会も半年に一度開催。
10時間みっちり参加する人は少なかったですが、合い間の数時間でも参加必須。
役職者は導師・副導師の当番を30分ごとに割り当てられ、その時間は絶対に会館に行かなければ
なりません。
うら若き女性の休日に時間的拘束を強いていた訳です。
活動家からいわせれば「福運を積むための機会を与えてもらっている、時間的拘束なんかじゃない!」
のかもしれませんが・・。
覚醒した今、私が思うことは組織が唱題数を掌握すること=どれだけ外部との接触を減らせているか・
遊びにうつつを抜かしていないか、それを見張る目的もあったんじゃないのか?という疑惑です。
どんだけ時間をかけて祈ろうが・短時間だろうが、個人の自由です。
それをいちいち組織を上げてカウントする事になんの意味があるのか?
ギネス申請するわけでもあるまいし、監視以外考えられません。

お題目で福運が積めると本気で信じている人はどうぞご自由に、と思います。
(ただしそれを他人にもやるよう、押し付けたりするのはお門違いです)

創価教義も、御本尊も信じるに値しない・必要ないと考える人間の目線で見れば
一心不乱に何時間も呪文をとなえるがごとく題目をあげる、その行為で「福運が積める」というのは
怪しい、浮世離れした印象しかないのです。

そして100万遍唱題が、四者通じてひとつの「目標値」「イベント」となっていました。
なんの目標値かといえばこれが曖昧なのですがw ひとつの願い事に対して100万遍をあげることで
ある程度の「結果」が出るというような共通認識があったように思います。
勿論、それで結果が出ない事だって当然あります。そんなときは「お題目がまだ足りない」のだと、
200,300万遍と重ねて行きます。
筋金入りの壮婦なんかだと「(数十年かけて)1000万遍をO回やった」方も居ました。
それで願いが叶った人もいれば、そうでない人もいるし。
お題目(の数)のおかげで、何もかもが自分の思い通りになりましたーという人に、私は残念ながら(?)
お会いしたことは無かったです。

この100万遍で私の印象に強く残っているエピソードといえば、
青年部の頃「100万遍アタック」なるものが流行していた件です。
発端は某地の男子部(喪男)が、女子部幹部(美女)にひとめぼれ。
全く面識も直接的な繋がりもなかったのに、彼女に対して
「あなたと結婚したいので100万遍のお題目を送ります」と宣言。
彼女は突然の宣言告白に驚き、辞めて欲しいと伝えたのですが、彼から「いまO万遍です」と
時折報告を受けるようになった。
男子部は宣言の日から1カ月あまりで100万遍を達成し、彼女に報告し再度プロポーズ。
彼女は男子部の熱意に感動し、最初は全く気が無かったにもかかわらずOKしたという体験でした。
喪男が、県でも評判の美女を射止めた感動のエピソードとして語られていたのです。
これは創価脳の人にしか理解できない・常人には理解しがたい事だと思います。
創価脳の女子部にとって、自分のために100万遍のお題目を送ってくれる男子部は「素晴らしい人」と
捉えられた、ということなのです。
しかも、バリ活で恋愛経験など殆ど無い女子部幹部だったからこそ、その「感性」に
訴えかけるものがあったということでしょう。

以前の記事にも書きましたが、私もこの100万遍アタックを受けた事があります。
それも、10歳以上年齢が上の、私が未来部だったとき既に男子部で未来部担当だった人から。
当時創価脳で活動家の私でしたが、正直キモかったです。
まったくもって「感動」なんて出来ませんでした。
それは私に乏しいながらも恋愛経験があり、スレていたせいもあるかもしれませんw
生理的に受け付けない人から100万遍なんて勝手に祈られたって「困ります」としか言い様がない。
「好きな人がいます」とお断りをしましたが、ものすごく罪悪感がありました。
当時活動家だったので、お題目の”数の重み”だけは理解ができたのです。
「不可能を可能にする」お題目じゃない事がよくわかるエピソードだと思います。
男子部が女子部に「君の事を祈らせてほしい」というのがひとつの交際申し込みや・プロポーズに
なっているという話もあったくらいで、私の周囲の女子部員にも経験者が多数いるのです。
いま冷静に考えると、こんな告白唐突すぎるし、コミュ障以外の何物でもない気がしますw

また、逆パターンもあり。
地域の男子部で遊び人がいたのですが、その人物の奥さんはもとバリ活女子部。
男子部に片思いをし、猛烈にアタックしていたが「外見がタイプでない」という理由で彼は相手に
しなかった。
しかし奥さんは100万遍唱題をあなたに送ると彼に宣言。
男子部は池田心酔者。池田老人の指導に、結婚相手の女性には「題目をあげぬく人、
とにかくお題目を沢山上げる人を選べ」とあったので、タイプでない彼女を嫁にしたのです。
しかし、もともと遊び人だっただけにおさまらず、不倫をしておりそれは活動家のあいだで
周知の事実でした。
そんな状況をも彼は
「あいつ(嫁)は俺と結婚したくて100万遍あげた女だ。俺が裏切ることはあっても、
あいつは俺を裏切らない。
逆プロポーズの言葉は”あなたのためなら一生お題目を送り続けます”だったからな」と
豪語していました。
周囲にそれを咎める人も居ないでは無かったのですが、奥さんはいつもにこにこ笑顔で
「いいんですよぉ~」と。 妻の余裕を見せたかったのでしょうか・・。
その男子部の家にお邪魔したことがありましたが、手狭な賃貸住宅にどでかい立派な仏壇。
数百万円したというそれは、奥さんが購入したものだということでした。
それも、貯金が全く無い彼のために「仏壇に見合う家に住める境涯になれるから」と奥さんが
嫁入り道具に選んだものだと聞きました。
当時はこんな夫婦像を「変なの」と思いながらも、私も独身でしたしよくわからず、深く考える事も
ありませんでした。
しかし今、覚醒し自身も既婚者となると「異常だ」という感想しかでてきません。
本人同士がよければそれでいい問題かもしれませんが、彼も奥さんもどうかしている。
本当に人を好きになった事が無い・他者の痛みがわからないから自分の痛みにも鈍感なのか?と
思わざるを得ないのです。
この夫婦はお互いに学会っ子、いわゆる福子です。
そのためか人の尊厳を知らずに育ってきてしまったのかもしれません(私も同じくですが)。
その後この夫婦は離婚しました。
奥さんが子供をひきとって今も地元に住んでいますが、男子部はどこへ行ったか不明です。
彼の為にと奥さんがあげたお題目の数は、百万じゃきかないでしょう。
そして彼の為にと買った巨大仏壇に見合う家には、残念ながら住めずに今に至ります。
こんな人生経験を経たらアンチ創価になってもおかしくないと思うのですが、彼女は現在も
活動家です。
離婚当時、伝え聞いた話ですが彼女の親御さんは地元を離れる事を勧めました。
しかし彼女は「逃げたくない」と、離婚後も地域に居続けたのです。
戸田先生の「場所では無い、信心だ!」を地でいく心意気に当時の私は驚きつつも
「すごいなぁ」と感心していました。
しかし、自分がその立場だったら絶対に引っ越す。憐れみも嫌だけど面白がられるのも絶対嫌だ。
そんな風に思っていました。

最近思うのです、創価でいう「負けない心」の中には「羞恥心をなくす」とか「客観的に自分を見ない」
ことも含まれていたんだなぁーと。
なりふりかまわず、ある種の「図太さ」がないと成立しないのです。
どれだけ長く信心を続けていても、堂々巡りで結果は出ない。
一般の人ならば、諦めて他の方策をあたるなどするでしょう。
けど創価脳は「負けてはいけない」から、他の方策をあたるだなんてもってのほか。
信心で勝たなければ意味が無い。
だから逃げません。ずーっと結果が出なくても、です。

長くなりましたので②に続きます。

Xデイ

池田老人が「後進に託す」と、会員の前から姿を隠したのが2010年5月だそうです。
既に4年が経過するわけですが、後進に託すといいながら、主たる指導や随筆はすべて
池田老人の筆によるものだとされています。
皆さんご存じのとおり、創価学会には初代牧口氏、二代目戸田氏という「師匠」がおり
三代目が池田老人です。
その後ろに、「師匠」は続かない事がほぼ確定しています。
「永遠の指導者」が三代に限定されてしまっているからです。
池田氏の後ろに続いた会長の北条氏も・秋谷氏も「永遠の指導者」にはなり得ません。
また現役会長である原田氏もなれないに決まっています。
北条氏、秋谷氏(会長)だって会合で指導を行っていたのだから、指導集(書籍)が出版されても
おかしくないはずですが、そんなものは聞いたことがありません。
どこかにあるのかもしれませんが、女子部で部長をやっていた私ですらその存在を知らないほど。
池田老人が生き続けている限り、どんなに傑出した会長がでてこようとも「弟子」の立場に
他ならない・だから池田老人以外の指導など、紙面や本にはならない、という事なのでしょうか。
しかしこのような状況にあっては、池田老人を失った創価学会が求心力を失うことは
自明の理です。
「後継を育てる」と言いながら、全く育たない。出る杭はかたっぱしから打ちのめしているのか?!
姿を隠しても影響力は表出し続けたまま。
自分が全くひっこんでしまう事を良しとしない池田老人の並々ならぬ独裁・自己顕示欲のあらわれなのか。
もしくは池田老人を商標・表看板にしないとビッグビジネスは成り立たないという、拝金主義のみで
宗教企業を運営する首脳陣の戦略なのか。
いずれにせよ、池田老人没後は衰退の一途をたどるしかないと世間の見立てどおり、私も同じ考えです。

そんな創価の現状を、母がどう思っているのか?
池田老人が次々と随筆だのメッセージだの、発信するわりに一切姿を見せない現状について
「どう思う?」と私は尋ねました。

「御高齢なのだから、長時間の指導なんてお疲れになるだろうし、出て来れないのよ」
母は推測からそう答えました。
しかし、母のきょうだいには池田老人と同い年の者がおります。
当時(2013年8月時点)自ら車を運転し、同時中継を見に出かけるほどの元気さでした。
定年の無い職業だった為、70代半ばで大病を患うまで仕事もしていました。
個人差があるとはいえ、あれだけの量を執筆できる人が一切おもてに姿を見せない事の
おかしさについて、考え及ばないのはおかしい。
そして”これはネットの情報だけど”と前置いた上で
「脳梗塞で倒れ、後遺症があって、とてもじゃないけど会員の前に出て来れるような状態じゃない」
という噂があるよ?と話しました。
母は「なにを馬鹿な事いってるのよ、じゃああの原稿、誰が書いてるって言うの?
いい加減なこと言うんじゃないわよ」と反論。
ゴーストライターの存在を話すと母は「そんなことあるわけないじゃない!嘘よ」と全否定。
じゃあ逆に聞くけど、池田先生が全ての原稿を書いているという確実な証拠はどこにあるの?と
質問してみました。
”池田名誉会長からのメッセージ”とか”池田大作著”というクレジットが全てを担保するものかと。
母は「そんな事いいだしたら、全ての作家がゴーストライターを使っていてもおかしくないって話に
なってくるじゃない!」と。
確かにそうなのです。これはこの人が作りました・書きましたと、発行元がいうのならそれを
信じるより他ない。性善説です。
しかし、なにも池田老人だけではなく、ゴーストライターを使っている人物・分野は数多くあります。
記憶に新しいところでいえば、例のサムラゴウチ氏と新垣氏。
また、シンガーソングライターがアイデアだけを出し、共同作業者に大部分書いてもらった曲や詩を
「作詞作曲」と、自身の作品として世に出す事もあると聞いた事があります。
全てはお金で解決されることで表には出ない話です。
また、母に小説人間革命が「創作」であることもこの時話してみました。
例えば池田老人が初めて参加した会合席上で戸田先生に会い、即興詩を詠んだというのも作り話であり
あくまでも「小説」のなかに生きる山本青年という架空人物の物語だという、一部で有名な話です。
ちなみに私は、この事実を覚醒するまでまったく知りませんでした。
多くの学会員同様、小説人間革命は池田老人の自伝なのだ・崇高な使命に生き抜き、師匠と組織を
命がけで護ってゆこうとした、いち庶民であった・若き日の池田老人が、自己の可能性を
妙法で大きく切り開いた感動実話だと信じて疑わなかったのです。
なので、覚醒後にネットでソースを示しながら紹介されているものを読んだ時は、呆れ果てました。
(昭和32年10月18日発行の聖教新聞紙上にて、池田老人本人が入信当時の事を語っていますが
 「教学部長から折伏を受けた」と言っています。そしてその会合に戸田先生はいなかった事を
 当時の会場提供者の娘さんが証言しています。 ご存じない方はぐぐってみてください)
おいおい・・白蓮時代に全巻読破しろだとか、生命に刻み込むために繰り返し10回は読めだとか、
あれは一体なんだったんだよ!?と。
作り話を心肝に染めさせて、何を目指して生きろと? 暴挙以外のナニモノでもないと憤りを感じました。
しかし母の反応は「そんな無茶くちゃな事、誰が言ってるの?」と。
そして「でもここ数年間、大白蓮華に草創期の会員の証言が連載されているじゃないの?
人間革命にはとりあげられなかったドラマ。地方指導での先生の振る舞いなど事細かに書いてあるわよ。
あれが嘘なわけないじゃない」とw
いや、だから、大白蓮華は洗脳図書じゃんか・・と言いたいところを抑え
「その証言者にあなたやきょうだい(幹部)の知り合いでも登場したわけ?いないでしょ?」と質問。
母は「それは・・」と言い淀み。
一人くらい居たっておかしくないはずだよね、あなたの実家だって草創だし、きょうだいは幹部なのに。
タテヨコ広い繋がりを持っているのだから、そんな話あってもおかしくないのに。
そう私が尋ねると、母は「今度きょうだいに聞いてみるわ!」と。
あれからもう一年が経過しますが、その件に関しての回答はありません。というか母も忘れ去ってると
思いますw

また、学会が過去を消そうとしている。都合の悪い過去の指導を抹殺している話を母にしてみました。
人間革命が改訂版となり、記載が削られている事もそうですが、戸田城聖全集が絶版になった事を
話すと、母は「ええっ?!」と絶句。
そして「それはいただけないわね」と、初めてまともな感想を口にしました。
戸田時代を少なからず知り、その指導に親しんできた母としてはショックだったのでしょう。

「新聞に載ってる写真もさ、おかしいじゃん。蝋人形みたいだよねいつも」と、私が池田老人近影の
話題に触れ
「もうね、死んでたって驚かない。それを隠してたといわれても、私は”やっぱりね”って感想しか
出て来ないわ」と母に言いました。
母は「そんな・・」とあきれ果てた様に、次の言葉が見つからないという感じで沈黙。
私は、これまで話したことが伏線ですと前置いて
「お母さんにこんなこと言うの可哀相だけど、学会は宗教ビジネスなんだよ。金集めのためだけに
ごくわずかな上層部が、大勢いる会員を動かしてる。それだけなんだよ。
池田先生は大看板。アイドル商法と一緒。
もうね、基本の信心だけしてればいいの。学会にまつわる活動は信心じゃないからやらなくていい。
時間もお金も無駄にしてほしくないんだよ」と言いました。

これに対し母は
「ビジネスって、言ってる意味がわからない。でも、昔と変わってしまったんだなって思う所はあるよ。
大きくなりすぎて、手に負えないところまできちゃっているんだなと、感じる部分はある」と
初めて本音ともいえる学会観を口にしたのです。
この頃、ネット上で創価内部では熾烈な後継者争いが起きているとの噂を目にしていました。
「そんな話もあるよ、結局は信心じゃなくて”莫大なお金と権力”
皆、のどから手が出るくらい欲しいんだよ?考えられないよね。私たちの見てる世界と上層部は
違うんだよ」と言ってみました。
母は「それについては解らないけど、池田先生が亡くなった後の学会が分裂することは予測できる」
と言ったのです。
現役活動家の母の口から、このような言葉が飛び出した事は私にとってかなりの衝撃でした。
「戸田先生が亡くなったときもね、学会は割れる・空中分解するって噂がされていた。
なかなか次期会長が決まらなくて。でも、私は絶対に池田青年室長が次期会長になると思ってた。
彗星のように現れるっていうんだけど、時代の申し子のような人が、必ず弟子から現れると
聞いていたしね。
だから、池田先生の次もそんな人が現れるんだろうと思ってたんだけど、どうも無さそうだなって。
自分の感覚だけでそう思うんだけどね」と。
私が冗談めかしで「(池田老人の)息子や嫁を後継者にって路線もあるみたいだよ?」と言うと
母「それはないでしょ、だれも納得しない」と。
世襲に関しては”ありえない”との認識があると解りました。

「じゃあさ、先生が亡くなったあと学会が割れたら、あなたはどうするの?宗門にいくわけ?」と質問。
母は「そうなったら、どこにもつかない(所属しない)」と答えました。
個人信仰って事?と尋ねると「そうなるわね」と。

この回答を聞き、私は興奮しました。ものすごい手ごたえを感じました。
池田老人亡きあとの創価学会は「割れる」と母は考えている。
そして割れてしまった創価学会には、所属しないと言っている。

これは事実上の「Xデーがきたら脱会」ですよね?と私は認識。

序で書いた
私と母のあいだで、不用意に感情を荒立てず・やや合意の下で創価を辞められるであろうタイミングが
「池田老人Xデー」なのです、いまのところ。

は、このような事情でした。

さっさとXデー来やがれ!と、不謹慎ではありますがその日を心待ちにするようになったのです。

(続きます)