独善的臨終観

2013年夏の帰省後より、私はブログ記事を更新し続けました。
以前も書きましたが、このブログの前身となるものを保存してあったので
その内容をコピペし、予約投稿。
7月の参議院選挙にて、学会員の異常ともいえる一票への執着に触れ・迷惑被り
怒りが頂点に達し→続く帰省で母が創価の未来について「割れる」と予測・そうなったら
組織にはつかないとの展望を知ったことで、内心ガッツポーズ→そう言いながらも、創価なる組織への
母の並々ならぬ執着心・そこが生活の中心の場となっている事で形成されたメンタリティに、
改めて愕然とする。
感情の上げ下げがまるでジェットコースターのように、喜怒哀楽混濁な精神状態におかれ
えも言われぬストレスがたまっていたのです。
結局諸悪の根源は創価。組織への怒りも常にあり、ストレスをブログにぶつけていたところも
多いにあると思います。

普段離れたところで生活し、たまにしか母と過ごさなくなった昨今。帰省中の数日間というのは
良くも悪くも濃厚な日々です。
自宅に戻るといっきに平穏な日常に戻り、その振り幅の大きさに気持ちがおいつかないのかw
MCが解けて以降の実家帰省は、楽しい出来事ばかりとはいかず
創価起因のストレスを感じるようになりました。

こういった事柄(創価の家族問題)を理解し耳を傾けてくれる存在が、身の周りにない。
事実関係も私の気持ちも、理解ができるのはおそらく、同じく元活動家だったが創価の矛盾に
気付き・覚醒した人しかいないだろう。
ブログ記事を更新し続けると、8月下旬あたりから拍手が1日10件前後つくようになりました。
少なくとも、10人の方が「読んだよ」と伝えてくれたことに私は感激したのです。
インターネットがあってよかった、と思いました。
自身の周辺社会では終わらない・もっと広い世間で、自分と思いを同じくする人の存在を
確認できる。
ブログはひとりごとのようでいて、公開している以上は誰かがそれを見ていて、
万にひとりでも共感してくれる人がいたら、私は救われるのだと気付き、喜びを感じました。
それがリアルな人間関係・繋がりじゃ無かったとしてもです。
これはとてもありがたい、と思いました。

自分の周辺社会・人間関係に、自信が抱える創価の問題をなんのてらいもなく話せて・
周囲もそれを受け止めてくれるという恵まれた環境にある人は、きっと少数だと思います。
創価問題においては人知れず悩み、孤独を感じる方が大多数ではないでしょうか。
リアルな人間関係・親子関係に創価が絡んでいれば、そこで反対意見や脱会意志、
組織や教義に対する疑問etcをぶつけたところで「争い」「面倒事」になるのが関の山。
インターネットという場所が本音を自由に吐きだせる唯一の場所となるのも無理はないと
思います。 
私も当初は自分の信仰歴やどこで間違ったのかを検証すべく、非公開でブログを始めたのですが
公開に切り替えたのは、私の様な活動家だった人間で創価を否定する事に罪悪感を覚えたり・
仏罰に怖れおののいてしまう人に、拙い経験ですが参考になれば・少し勇気を出して・安心して
もらえれば・・という思いでした。
初めにやっていたブログはコメントを受け付けず、アクセス数のみ把握できるものでした。
なので誰かが見ていることはわかっても、どう受け止められているかまでは解りませんでした。
このブログに移って「拍手」にコメント機能がついている事に気付いたのは10月。
開設から2ヶ月も気付きませんでした(お恥ずかしい&コメント下さった方すみません)。
実は、コメント欄を設けるつもりは当初無かったのです。
理由は幾つかのアンチブログ(更新停止したもの)が、ひどい荒らしコメントに手を焼いていた痕跡を
見ていたからでした。 厄介事に巻き込まれるのは嫌だ、と思っていました。
しかし、拍手から送って頂いたコメントを読み、私は認識を変えました。
環境・経験は違えど私と同じく創価に疑問や怒りを覚え・家族や友人との関係に心を痛め・悩む
一人一人の真摯な声がそこにありました。
悩んでいるのは私一人ではなかった、組織がおかしい・疑問に思っているのも私一人ではなかった。
こんなに沢山の人が同じことに問題を感じ、それぞれの立場で善処しようと考えている。
それがリアルな繋がりでなくたって・知り合いじゃなくたって、「とても心強い」と思えたのです。
そしてこの声を私一人が読ませて頂くのでは勿体無い。ぜひとも、この思いをシェアしたい。
沢山の方に読んで頂きたい、そしてまた勇気を持ち・仏罰etcへの怖れをなくす人が増えれば・・と
コメント欄を設けることにしました。

繰り返し書いていることですが、創価問題は1000人いれば1000通り。
ネットに書かれた真実の声や経験を読む事を、やみくもに誰かの経験をなぞるために
するのではなく、あくまでも自分の問題と向き合うヒントに。
また、ただただ不安なときの安心材料に・どこにも言えない思いを吐き出すよりどころに。
私のブログのコメント欄は、そんな思いで開かせてもらっています。
智恵を持ちよる事は可能だし、そこから大なり小なり何かを得て
各々が自分にとっての最適な方法なり・道なりを考えたり、歩み出すことはできると思います。
また、身バレしないようにだけ気をつけてもらえれば、思いを綴った長いコメントもOKです。
現在も非公開で多くの方がコメントを寄せてくださっています。
私は非公開コメントにお返事はしませんが、ありがたく拝見しております。
書き込んで下さる方が、どこかに気持ちを吐き出すだけでも楽になるというのであれば・・という
思いで読ませてもらっています。
どうしても返事が必要な場合は、恐れ入りますが公開コメントで書き込みをお願いします。

ちょうどブログ一周年ということもあり、いつかコメント欄の事を書きたいと思っていたので
この場を借りてみました。
話がそれましたので、元に戻します。

2013年9月初め。財務の件でメールが地区婦から届きました。
申込用紙に署名をしてもらいたいので、いつがいいですか?という例年通りのお伺いです。
私は呆れてしまいました。おいおい、新任の支部婦は何をしているのかと。
年の初め頃、財務の納金を打診された私は「今後やるつもりは無い。財務部員から外してほしい」
と伝えました。(この記事に書いています)
にもかかわらず、しれっと今年も季節がやってきましたよ!的なメールが送られてきた事に
軽く怒りを覚えました。が、もしかしたら伝わっていないのかもしれない、と思い直し
至って事務的に「今後一切納金する意思がありませんので連絡無用です」と返信。
翌日「了解しました」とだけ返信が届きました。
やれやれ、と思っていたのですが後日再び催促がやってくるのです。その件は次回書きます。

地区婦からの返信が届いて数日後、実家の母から着信が入ったのです。
一瞬、いやな予感がしました。財務を完全に断った事をまた実家に電話されたのではないか、と。
しかし選挙の投票確認の件で釘をさしてある。まさか同じ轍をふむほど、そこまで馬鹿じゃないだろう。
もしあったとしたら、今度こそ許さない。訴訟でも何でもおこしてやる。
そんなことまで考えながらコールバックすると、母の声が沈んでいました。
私に弔電をうつようにというので、誰か亡くなられたの?と尋ねました。
親戚が急逝したのだろうか?と思ったのですが違い、実家の御近所にある喫茶店のマスターでした。

マスターは外部の方です。
以前記事に書きましたが、私が幼少期、母は学会活動の帰りに毎日のようにこの喫茶店へ寄り、
新たな下種先を探していました。付き合いは40年ほどになります。
母はたびたび聖教新聞を推進し、取ってもらっていました。
折伏も何度も試みたようですが、さすがに客商売でうまくかわされていたようです。
私も幼少期からお世話になっており、学生時代はほんの短期間ですがアルバイトをさせてもらった
事もありました。
お店はご夫婦で切り盛りされていましたが、近年奥さんの体調が芳しくなく臨時休業も増え、
そろそろ店じまいしようかな?と話している・・と母から伝え聞いていました。
マスターであるご主人は健康そのものと聞いていたので、どうして?!と私もショックを受け。
このときは「死因は心筋梗塞」とだけ聞かされました。
前月帰省の際、喫茶店の前を通りがかったときお店は営業中。
気になりつつも店に入らなかった事を後悔しながら、弔電をうち心で冥福をお祈りしました。

数日後、母に電話を入れました。
ご家族が気を落としていないだろうか、先月帰省したとき店に行けばよかった・・など私の気持ちを
一方的に話しました。
母は遺族から聞いたという、亡くなった際のエピソードを話しました。
マスターの死に目には誰も会えなかったという話でした。
奥さんの他、同居の家族が数人いるのですが、その日は全員外出し一番最後に帰宅したのが
マスターだったこと。
帰宅したマスターに気付いた奥さんと家族がリビングに集まり、少し話をした後
マスターは録画した番組を見てから寝る、と一人リビングに残って皆はそれぞれ部屋で就寝。
翌朝、ソファに横になっていたマスターは既に亡くなっていたという話でした。
何気ない会話でも、最後に出来たのだから良かったと思うべきだと私は捉え
「ショックだったろうけど、でも最後に穏やかに話ができたのなら、良かったんじゃないかな」と述べると
母は「どこがいいのよ?」と吐き捨てるように言うのです。
私はエ?!でした。
「マスターがかわいそうじゃない。家族の誰かが早く気付けば助かった命かもしれないのに。
 みんな寝てしまって気付かなかったっていうんだから、薄情よ。
 運が無かったわよね。あの家族は私がどれだけ折伏しても聞き入れなかった。
 こういう形で結果が出るのよ」と。
今この言葉を思い出しても身の毛がよだつのですが、私は瞬間湯沸かし器並みに怒り心頭でした。
「何を言ってんの?!本気でそんな事思ってんの?おかしすぎるよ」と
母を怒鳴りつけました。
ありえない。人の死をそんな風に言うなんておかしすぎる。
母は「私は悔しいのよ。あんないい人(マスター)を、こんなかたちで亡くすなんて悔しいでしょ」
「信心さえ保てれば、こんな死に方しなくてすんだのよ」と。
もう、返す言葉がないくらい、重篤患者だな母は・・と思いながら
「その言葉さ、そっくりそのまま、世間の人たちがうちに対して思ってたらどうなの?」と言いました。
母「どういう意味よ?」
私「うちだって、お父さんの死に目には辛うじて会えたけど最後の言葉なんて誰も聞けてないじゃん。
救急に運ばれてICUに入ってそのまま逝ったんだよ?
あなたは信心してればとか、信心してないからとか簡単に言うけど、じゃあうちはどうなる訳?
”可哀相に、家族があれだけ信心してても結局そんな亡くなり方か”って言われてるかもしれないんだよ。
自分を棚にあげて人の死を、家庭をとやかく言うなんて冒涜以外の何物でもないんだよ。
ちょっとは気付けば?」
かなり強く母を責める物言いをしました。

しかしこんな私の言葉にひるむ母ではありません。
「何がいいたいの?お父さんは家族の皆に看取られて幸せな死だったじゃないの!
 死相も綺麗だった。同じにしてもらっちゃあ困るわね」

・・・・・・・・・orz
ひざから崩れ落ちたい気持ちでその言葉を聞いていました。ダメだ、この人・・と。
どこまでも選民思想に司られているから、こんな反応しか出てこないのだろうか。

母の、あまりの独善的な臨終観に、私は創価の選民思想という病巣の深さを思い知りました。

(続きます)
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看板に偽りあり

2013年夏の実家帰省の締めくくりは、亡き父のお墓参り。
夏季休暇に入った夫も合流し、いっしょに出かけました。
霊園は一般的な墓苑。さまざまな宗派の墓が建っています。
入口にある管理棟ではお花や線香を販売していますが、おしきみの販売はありません。
日蓮正宗&創価の利用者が極端に少ないということだと思います。
そのためいつもお墓参りへ出かける前に、母は行きつけの花屋に立ち寄りしきみを購入します。
この日も根つきのしきみを買い求めてから墓苑へ向かいました。
姉夫妻は用事があったため、後日行くと聞いていました。
が、到着するとまだ真新しい色花が供えてあり驚いたのです。
母もおかしいね?気が変わって早めに来たのかしらね?と言いながら、色花を撤去して
買って来たしきみに生け変えました。
母による同じ行動は前年の暮れにもありました(この記事)。
そのときの私は、(姉が)綺麗にしてくれるなら供花なんて何だっていいじゃん、と思いながらも
母の行動にそれほど感情を揺さぶられることはありませんでした。
しかし、この時は初めてその行動を「悲しく嘆かわしい」と感じながら見ていました。
まだ新しい・どこも傷んでいない供花を容赦なく捨て、しきみに変える。
人の真心を、踏みにじる様な行動。 そりゃあ宗派の決まりはあるかもしれないよ?でもさ・・という思い。
おそらくしきみは、創価が日蓮正宗から受け継いだ伝統なのでしょう。
実家の墓はお経などが彫られたものではなく、ごくオーソドックスな(苗字)家之墓となっています。
このスタイルの墓に色花が上がっていれば、見ず知らずの人からは伝統仏教と認識されるでしょう。
学会に戒名はありませんから墓標はフルネームで彫られています。
そこへきてしきみが上がっていれば「うちは学会です」と主張している様なものw 
解る人にはわかる、という感じの主張ではありますが、こんなところにも排他主義を
感じずにいられません。
この記事を書くにあたり、各宗派で供花のきまりはあるのか調べてみましたが
玉串奉納がよく知られる神道であっても、お墓に色花を供える事はOKだとあり驚きました。
日蓮宗についても色花でOK。 しきみにこだわっているのは、正宗と創価だけでした。

主人と子供達がお参りを済ませ、管理棟の売店へアイスクリームを食べに行きました。
(これは夏場の恒例で、子供達の楽しみでもあります)
残った母と私は、墓の前で小声を出して読経(方便品・自我偈)と唱題(3分程度)をしました。
これも母が私と一緒に墓参りをする際の恒例行事なのです。
父が亡くなってすぐの頃、私は非活ではありましたが創価脳でした。
墓地で読経と唱題をすることに、なんの違和感も持たなかったのです。
これが創価墓苑だったら何の違和感がなくてもおかしくありませんが、ごく一般の霊園です。
他の宗派の墓をかまえている利用者だって来場している。
この時初めて内心「こんなところで読経唱題は非常識ではないか?」と嫌な気持ちがしました。
それに墓石に向かってお題目ってどうなの? 御本尊もない場所で。これって創価的にアリなの?!
困惑しつつも、この時はまだ「やりたくない、非常識だ」と母にも言うことができず付き合っていました。
終了し、やれやれと思いながら車にひきあげ主人や子供達と合流。
お昼時だったのでランチに行こうと移動中の車内で、母が姉に電話を入れました。
「墓参り来てくれたの?」と、お花の事を確認したかった様子でした。
しかし姉の返答は「未だ行っていない」で、母は「ええっ?!」と驚いていました。
じゃああの色花は誰が御供えしてくれたのか?
私はふと、兄ではないか?と思いました。兄は母と疎遠になっていますが、時折墓参りだけをしに
帰郷していると姉から聞いたことがあったのです。
ただ、それを母に言うことはしませんでした。何故なら実家にも立ち寄らず墓参りだけしに来ているなんて、
母からすると気持ちのいい話ではないからです。
しかし、この色花は兄が供えた物ではなく、別の人物のものだということが後でわかります。
この件は後日書きます。

父が決めて購入した墓地。母は当初、創価の墓苑がよかったのに・・と文句を言っていました。
がしかし、趣味サークルで知り合った同世代の人たち(外部)に「主人の墓がOO霊園にある」と話すと
一様に「いい場所を買ったんだね、高かったでしょう?」との反応が返ってくるため
気を良くしたらしく、最近は「こっちで良かった。創価の墓苑に比べて全然近いし云々・・」と言っています。
非常に単純です。
この単純さで、ころっと覚醒してはくれまいか?と願う所ですが・・。

実家を後にし、義実家へ移動しました。
そちらでも義父方の墓参りへ出かけました。
山間にある広大な墓苑ですが、各お家の供花を見ていると個性的です。
お店で売っているオーソドックスな仏花ではなく、自宅ガーデニングで育てたのかな?というような
しゃれた草花が供えてあったり。故人の好きなお花を御供えしたのかな、と想像したりもし。
そういった故人を偲ぶための多様さ・柔軟さがとても素敵だと感じました。
創価脳だった頃は、御花はしきみじゃないと絶対ダメ。おかしい。くらいに私も考えていたのに・・w
故人の眠る墓まで仏壇と同じ扱いにしてしまう、これは創価ならではの思考回路なのでしょうか?
あの強固なまでのこだわりは一体なんだったんだ?と、自分でもよくわかりません。

義実家を出て自宅への道中は大渋滞に巻き込まれ、主人と運転を交代しながらのんびり戻りました。
車中で改めて母の言動を思い返しながら。
ひっかかっていたのは(前回書いた)優位性を示すかのような会話内容です。
こんなに愚痴っぽく・他人の悪口ばかり言う様な母だとは、私が創価脳だった時は気付かなかった。
一体何が母をそうさせるのだろうか?と。
不動産もあり金銭的に不自由なく・制限されることもなく、悠々自適な生活を送っている。
子供達も皆家庭を持ち、孫にも恵まれ、特に心配をかける様な事もない。
アンチ創価だった父は逝き、学会活動だって思う存分することができる。
何が不満なのだろう、満たされない思いがあるとしたら、子供に信仰継承できなかった事だろうか?
私まで学会を否定し始めた、そのことに焦りがあるのだろうか・・など考え。

このときふと、ある事に気が付きました。
母の満たされた「現状」とは、殆どすべてが父が基盤を築いたからこそのものだという事。
信仰功徳でもなんでもありません。

そして母は”信心していても”20年以上も睡眠障害に悩まされ続けている。
名医のいる病院を訪ね歩いたりもしましたが、薬を変えるか・増やされるだけ。
あらゆる検査もしましたが、「精神的なものではないか」との診断に最後は行きついて
気休めしか言われない(=完治はおそらく無理)。
また、他の持病も抱えており、そちらも再手術の予定が控えている。
父亡き後に何かとトラブルを抱える事が多くなり、弁護士のお世話にもなっている。
(母が訴える側です)。 
母いち個人のことを考えれば「信仰で」何も克服できていないのではないか?

信心70年にもなろうという母の晩年は、傍目には幸せかもしれないけど、次から次へと
母自身の問題が出てくる。
折伏は30世帯をくだらない。お題目だって軽く1000万遍を何度もクリアしていると思う。
財務も相当な金額になっている。にもかかわらず。
母は人間革命できてないじゃないか。宿命転換は、死なないと終わらない罰ゲームなのか。
これって一体なんなのだろう?
母というひとりの人生を、俯瞰でみたとき、改めて頭に浮かんだ結論がありました。

「創価のうたい文句は嘘ばっか」

どれだけお題目を上げたところで、他人にご本尊様を受持させ入会に導いたところで
新聞を余分に買ってみたり、素直に組織についたところで「麻畝(まほ)の性」には、ならないわけだよ。

創価では、学会活動・お題目・教学研鑚・仏法対話で「心を磨く」事が出来ると言っていた。
どんな人間でも良く変われる。南無妙法蓮華経は、あらゆるものを変革しゆく。
自体顕照、・人間革命できるんだ、と。

けれど私の一番身近な信仰の手本であった母は、信仰歴70余年にもなるというのに
どう見ても尊敬できる存在ではない。
創価を抜きにしたって、マウンティングするような人はどう考えてもリスペクトできない。

だったら学会員ではない、外部知人(パン教室の先生)のほうがいくらか尊敬に値するよ・・。
創価信仰なんかなくたって素晴らしい行動をしている人だもの、と思ったのです。

正直なところ、私はこの帰省までは「創価にもいいところが少しくらいはあった」と思っていました。
友人や部員さんが良く変わっていくのを目の当たりにした、女子部時代の経験からです。
しかしそれは、自己啓発+周囲の励ましによって、本人が元来持っていた力が思う存分
発揮されるに至った。それだけのことなのだと合点がいったのです。
この記事を書いたのは、上記した夏の出来事がきっかけでした。

信仰は、免罪符でも無ければ・魔法でもありません。
たった一遍でもお題目を唱えれば罪が消えて、自身に具わる悪いものが良く変わっていく・・
こんな刷り込みをしているのは、創価だけでしょう。
全ての学会員がこの刷り込みを真に受けている訳ではないでしょうが、私の見る限り
現実的に深慮なく、浅はかな行動をとっていたり・感覚のみで動いて墓穴を掘っている会員ほど
「御本尊様が最後はいいようにしてくださる」とか「大善がおこる前触れとしての大悪」だとか
とんでもない思い違いをしており、ますますドツボに嵌って行く人が多い気がするのです。
私の母においても、創価信仰を持っていることで全てが許されると甘く考えているところが
大いにある様な気がします。
父存命中、ある程度制御されておりアクシデントに遭わなかっただけのところ「福運」だの
「信心をしているから自分は守られている」と勘違いしていた。
しかし、父亡き後はすべて自分の判断となり”信仰している私は絶対大丈夫”なる免罪符感覚から
物事を軽はずみに受けとめ対処してしまい「こんなはずではなかった!」となっている。
けれど自分は信仰を持つ剛力(何にも負けない存在)であり、こんなものはたいした損失では無い。
絶対に取り返してやる・巻き返してやる・見返してやると、方向性を見誤るのではないか。
以前にも書いた、池田老人の「永遠の楽観主義」は、実のところ何も解決しなくても創価を疑わない・
創価信仰をたもつ自分は魔法使いで選ばれし民である・・という永遠の思いこみの事を指すのでしょう。

もし、創価に入会を考えている人がいるならば、甘い誘い文句や誇大広告に騙されないで
欲しいと思います。
入会前は誰しも簡単に言うのです。お題目を唱えるだけでハッピーになれるよ!仏界の生命が云々。
だがしかし、入会したら大変です。
聞いてた話と違う。願いなんて叶わねーよ。あんまりじゃねぇか!と抗議しようものなら
「やり方が悪い」と言われる。
しかし完璧な信仰を貫き、揺るがない幸福境涯wを築いている学会員は、世界中探しても
たった一人しかいません。
池田老人のみです。
会う事も出来なければ、直接話を聞く事も出来ない、実物を生でみる機会もない。
その池田老人に学べ・真似しろと、幹部は言うでしょう。
しかし池田老人はスーパーマンで、その言動は常軌を逸しています。
並みの人間・一般人が真似したって無理がありまくるのです。
つまりそれは「絵空事」です。

少なくとも私は、人生のほとんど(70余年)を創価に執心で過ごしてきた母を見て
創価が推奨する学会活動なる仏道修行に、功徳や福運やなにか特別な力があるとは思えません。
どれだけ組織の奨励する「数」を重ねようが、同じです。
変わらないものは変わりません。

戸田先生の指導に「愚痴は福運を消す」とありました。
愚痴を言わない人間にならせてください・・と祈念したところで、変わらないでしょう。
変われるとすれば「愚痴言ったら福運が消えるから言わないでおこう」という心がけによるもの。
「雨が降ったら困るから、出かける前に洗濯ものを取りこんでおこう」とか
「明日は大事な予定があるから、深酒はやめて早めに就寝しよう」と同じです。

創価にも人間的によくできた素晴らしい人物はおりますが、私は彼ら彼女らは全員
「心がけが良い」のだと思っています。 けして池田老人のお陰でも・信仰の賜物でもありません。
そして一般社会人でもこの人素敵、デキるとの印象を与える人物も皆、心がけが良いのです。

人は心がけひとつで変われることもあります。
なにもカルト宗教に入信する必要はありません。
多くの方々が、カルト宗教に騙されてしまわない事を強く願っています。

(続きます)

マウンティング

2013年8月。
母の入退院にあわせて帰省中、姉夫妻の厚意で近場の保養施設に出かけました。
子供達のプール遊びに姉夫妻が付き添ってくれ、母と私はその様子を近くの喫茶室から
眺めていました。
周囲にも母と私のようなペアが何組かお茶をしており、プールに居るのは孫+お父さんと
いった風情。みなさん外の様子を眺めながら優雅にお茶、ゆったりとした雰囲気です。
このような場に、ふさわしい話題というものを母は知りません。
母は姉の配偶者の前では創価話題を封印しています。理由は聞いたことが無いので解りませんが、
おそらく気を使っているのだと思います。
このときは私と2人だけ。 堰を切ったかのように、創価話題が始まりました。
といっても、教義や活動方針のことではありません。
学会活動・地域同志の噂話と、いかに自分が地域で奮闘しているか、そんな話題。
声のボリュームも考えず、学会が・学会員だから・学会活動が・公明党・OO(議員名)と連呼です。
こんな経験は初めてではなく、6月の姉挙式旅行でも同じでした。
またか・・と頭痛がする思い。
ちょっと声、小さくしてねと注意しながら聞き流していました。
途中で話題を変えようと「OOさんはお元気?」と、外部の方の名前を出してみたりするのですが
どこをどうしても、最後は必ず創価話題にもっていくのです。
一年前の事なので、記憶が薄れ始めていますが、ネガティブな話題しか無かった事だけ確かです。
うんざりしました。
このたった数か月前、私は母に
「あなたの話を聞いていると思うんだけど、基本自分以外の人が嫌いなんだね、不満ばっかじゃん」
と言いました(この記事)
同じ感想しか浮かんでこない。と同時に、あることを思い出しました。
父がまだ元気で私が独身自宅生活だった頃、母が時々口にしていた愚痴です。

「お父さんの何が嫌いかって、絶対に他人をほめないところ。
 あの人が誰かを誉めているのを、一回も聞いたことが無い。
 絶対に他人を認めない、自分が一番だと思っている証拠だ」

当時の私は、そうかな?と思いつつも、否定はしませんでした。
何故かと言えば、私は父とまともな会話を交わしたことが殆ど無かったので、実際のところが
解らなかったのです。
子供の頃の父は出張が多かったし帰宅も遅め。そして怒っているところしか見たことが無い。
母と和やかにおしゃべりしているところなんて一度も見たことが無かった。
私に対しても、常に厳しい事を言いましたし、ずっと苦手でした。
いま大人になって当時を振り返ると、たまにしか会えない小~中学生の娘(私)に対して
もっとしっかりしてほしいと、口うるさく言いたくなった父の気持ちが分からなくないのです。
基本的に放置子でしたから、私は兄姉と比較して勉強も出来ず、うすぼんやりした子供でした。
きびきびと・意欲を持って行動する事のできない子供でした。
また、アピールも弱かったと思います。
兄や姉は、父に誉めてもらう事に存在意義を見出していた様子で、父に学校生活の様子や
テストでいい点を取った事などなど、自分からすすんで報告していたのです。
私は父を恐れていたので、寄りつきもしなかったし、誉められるような事柄もないから話しかける事も
しなかった。
時折、父が予定外に早く帰宅した際など私は「嬉しい」と思った事がただの一度もありませんでした。
うわぁ、帰って来ちゃったよ、どうしよう・・と緊張したり・困惑するだけでした。
いま、私の子供達が主人の帰宅を待ちわびていたり、帰宅したとなると奪い合うように
話しかけるのを見ていると、微笑ましく思うと同時に絶望的な気持ちも味わいます。
私は子供の頃、父親に対してこんな歓待感情一切なかったな・・と。
一緒に暮らしていながら、私はあまりにも父の事を知らなすぎた。
ただ「信仰の敵」との認識で見ていた。
父亡き後、覚醒し、姉のお陰で父親の人物像について知りはじめました。
姉から聞く父のエピソードや、私の結婚後に父と接したいくつかの機会を思い起こしてみると
父は自分にも他人にも厳しい人であったと感じます。
母の言う「絶対に他人を誉めない」は、お世辞を言ったりおだてたりしない、という意味であれば
遠からず当たっているところはあります。
また、非常に現実的な人だったので、夢のような(ありえない、冗談めいた)事を話すのを嫌う面が
あったと姉から聞きました。
完全に不言実行型の人でした。
そういったカタブツなところが、夢のような・地に足のつかないミラクル創価信仰を推進する母にとって
窮屈に感じられたのかもしれません。し、父には母の妄信ぶりが信じ難かったのだと思います。
(脱線しますが、こう綴りながら、どうしてこんな2人が結婚したのか不思議でなりませんw)

母が父を批判していた内容、そっくりそのまま今の母じゃんか!

「お母さんの何が嫌いかって、絶対に他人をほめないところ。
 あの人が誰かを誉めているのを、一回も聞いたことが無い。
 絶対に他人を認めない、自分が一番だと思っている証拠だ」

自覚がないのだろうか?と母の話を右から左へ聞き流しつつ疑問をもちました。
そして母の話題に出てくる人物の9割が創価同志であり、その話題の大半が楽しい事では無く、
ネガティブな事柄中心であることを、興味深く感じたのです。
近しい存在の学会員(地域の人)は皆、宿業の嵐が吹き荒れて辛い日常を耐え忍んでいる。
母が「こんな凄い功徳体験を聞いてきた」というのは、全て圏幹部が会合で話している
どこの誰かも解らない、全国同志の話題。
此処を「おかしい」と思わないところが、MCが完璧に行き届いている事の脅威だと思います。

他人をsageて自分をageる、これをマウンティングと呼ぶそうです。
優位性を示すための行動を指すのですが、母の話す内容はまさにそれ。
「誰それの商売が芳しくないみたい・お子さんが離婚した・孫が高校中退だって・
 家を売るなんて話してる・娘さんが40すぎになるのに結婚できない・孫が出来ない・・etc」
数々の下世話な話題の裏を返せば”自分はそんな目に遭っていない(私は福運がある)”
とでも言いたいのか。
当事者と対峙したマウンティングではなく、私のような第三者に
「自分が他の学会員と比べいかに優位か」を知らしめるがための言動ですが、
これって一体何なのだろう?と疑問をもちました。

なぜ母は、私に対し「いかに自分が優れた人間であるか」を誇示したがるのか?
反対に母は自分が弱い立場にあるから構って欲しい・・的な事を一切言いません。
何につけ、マイナス面を見せたがらない。
うっかりと、こんな事があった・・と過去のトラブルを話してくることはありますが、渦中にいる時に
相談して来る事はまずありません。全て、事後報告。もとい、報告じゃなくて「事後発覚」。
母のこんな傾向が見えだしたのは、私が非活宣言をして以降です。
おそらくですが、母は創価否定をしている私に対してはマウンティングが出来ない故に
(それをやったら私が激怒し、創価から離れて行くことは理解できているのだと思います)
”信仰実践する自分が優れている”ということを私に知らしめたいがための、無意識の言動では
ないのかと。
しかし母の生活圏で、母がマウンティングできる相手は残念ながら学会員しかいません。
皮肉なことに、母の周囲にいる外部の皆さんは皆、母より幸せだからです。
同じ信仰を持つ者をsageるというのは、矛盾でしかありません。
その事に気がつかない時点で母の信仰も破たんしているのですが、創価じたいが教義破たんを
おこしているので、これはどうしようもないのかもしれません。

あれから一年、
気付きましたが母のマウンティングは、創価池田イズムそのものであるという事です。
「宗教界の王者」だの「勝った」だの、周りは認めてないのに自分で言いたがる。
言ったもん勝ちみたいに思っている。
失笑ものの日顕宗sageキャンペーンを長年続けるのもマウンティングなのでしょうし、
池田老人とファミリー名義でのみ、顕彰を買い続けるのもそこでしょう。
本当に素晴らしい団体なのであれば、池田老人存命中であっても弟子が受賞することだって
あっていいはずなのです。 優秀な後継者を輩出している事の証明になりますからね。
だけどそれは絶対にない。池田老人が生きてる間はきっと無い。
また、ネガティブと思われるニュースには一切触れないところも同じです。
中央幹部が急逝しても、死因も表に出しませんし、新聞に訃報が出たなんて話もないし
私自身見た事がありません。
一部週刊誌で報じられた池田老人の健康状態についても、新聞紙上では常に「お元気」と
O月某日近影の写真を掲載し、一般会員の目に触れるような会合への出席はナシ。
上層部との会合や記念ごん行会に出席した、という一文が出るだけ。
マイナス・ネガティブイメージと採られるような事柄については絶対に表に出さない。
人間だもの、病に倒れる事があったっておかしくありません。
池田老人は若いころから病弱なうえ、激務に激務を重ねていたそうですから(棒読み)
脳梗塞や心筋梗塞発症から、認知症になっていたとしてもおかしくはないでしょう。
そのような話が週刊誌に書かれたのなら、違いますよとちょっとでも表舞台に出てきたって
よさそうな物ですが、それも絶対にしない。
「勝利の人生」を師匠が体現していなくては、大看板に矛盾が生じるとでも思っているのでしょう。

どこまでも「優位」でなければ気が済まないし、でなければ存在意義もないと考えているのか?
マウンティング=裸の王様状態であることに気付けない人間が、人道主義を標榜しているなんて
ちゃんちゃらおかしい話なのです。
此処が創価の矛盾であると同時に、学会員である母の矛盾でもあると思います。

最近の創価は、敵は宗門と顕正会だけで、他の宗教の事は攻撃しない(邪宗では無い)との
認識で進んでいるそうです。
愈々、他宗を攻撃できなくなってきた。一般社会人の情報リテラシーが上がってきた故に
そのような非常識をふりかざして会員獲得できる時代では無くなり、過去を封殺する必要に
迫られてのことでしょう。
けれども、しっかり「敵」を残しているのが興味深いw
日蓮仏法を標榜する団体の中で優位性を示し続ける、それが存在意義なのでしょう。
宗教界の中でも、ごくごく狭い「日蓮仏法」というカテゴリの中にあっても和を保つことができない。
「正義」を賭けた商売敵だから対立し続けるよりほかに、共存共生の道もないということでしょう。

繰り返し言われていることですが、もはや「宗教」ではないんですよね、こんなもの。
気がついていないのは、功徳欲しさや自己実現欲しさで信仰依存症となっている会員だけなのです。

(続きます)