限界コミュニティの周辺事実

創価の末端組織が限界集落と化している・・「限界コミュニティ」になっている、と実感したのは
今年のGWの事でした。
このカテゴリは時系列で書いており、前回記事は2013年9月時点のことでしたが
今回は時間軸を無視して、「限界コミュニティ」について書きたいと思います。

そのまえに、「限界集落」なる言葉を私が知ったのは昨年この事件をテレビニュースで見た時でした。
過疎化した地域で高齢化も進み人の出入りも限られるようになった時、濃密なコミュニティ故、
抜け道無く結果残酷にぶれてしまうことがある。そんな一面を見て驚いたのです。
事件当時、ネットにあがる意見も幾つか読みましたが、加害者に同情的な声も多かった事を
記憶しています。
極狭社会独特の、どこにも行けなさ・閉塞感。若ければ居住地を変えるなど具体的な回避方法も
あったのかもしれない。 けれど初老を迎えると、そうもいかない事情も出てくる。
ましてや「安住の地」「終の棲家」としてそこを選んでいったんだとしたら・・と、様々考えさせられた
事件でありました。

創価の末端地域組織においても、限界集落化が進んでいる。
私の実家方面の話題になりますが、そう思った幾つかのエピソードを。

ひとつめに、孤独死。
以前もブログ記事に書きましたが、その昔地区役職を務めていた壮年部が孤独死をし、
数日経過してから発見されたことがありました。
奥さんを早くに亡くし、お子さんは実家を出たまま長らく戻ってこずの独居老人。
近年療養中で、会合参加もままならない状態になっていました。
生活保護を受給していたため、SPは未購読。財務も当然することはなく。
婦人部の心ある人が数ヶ月に一度、家庭訪問をして様子を伺っていたとのことでしたが、
壮年部は積極的に関わらなかったようです。
御本人が非活宣言をした訳ではありません。ただ、昔からその地域に住み、役職も務めた
過去の栄光(?)もあり、壮年部には体面を気にして家庭訪問に居留守を使う様な
状況もあったのかもしれません。あくまで想像ですが。
お子さんに連絡がつかないまま、福祉葬というかたちで送られたとの事。
その方が元気で地区役職者として奮闘していた姿を見ていた私からすれば、孤独死という事実は
非常にショッキングでした。
アンチ創価のジャーナリストでさえ「創価の優れた点は地域のつながり」と誉めるくらいの
濃密なネットワークが、ここでは全く機能していなかったということです。
(ちなみに第一発見者も、創価の人ではありませんでした)
結局、未活になった時点で、村社会からはじかれていた。
いえ、はじき出したなんて自覚、組織の中の人には全く無いと思います。
そっとしておいただけ・・の結果なのでしょう。
定期的に会合に出る・金銭提供をする(新聞集金等)がなければ、安否の確認もままならない。
組織に利する人間のみが存在を認識され・確認できる排他的システムになっているといっても
過言ではないと思います。
学会と言えば「地域の人たちの温かさ」がうたい文句ですが、これは利害が一致している間のみ
有効な話なのでしょう。
池田老人の命より大事な盤石な組織とやらも、実際セーフティネットの役割は果たさない。
当然といえば当然ながら老い先は自己責任の世界であり、無縁社会の現実を思い知らされた
一例でした。
そして裏を返せば、自己欺瞞に陥ってでも組織にしがみついておれば、子に見放されたとしても
組織のメンバーが友人葬(福祉葬)で見送ってくれるかもしれない・何事かあった時には
見つけてくれるかもしれない・・という淡い期待で属している層もいるのではないか?と
うちの母を見て、そう思ったりしています。 

ふたつめに、サイレントマジョリティ若年層の拡大。
地域は40年ほど前に造成された住宅地。当時家を購入して入居した世帯が高齢化し、
住民の入れ替えが近年静かに進んでいます。
お子さんと同居する事になったり・老健入居したり・階段のないマンション暮らしに移行するなどで
古い住宅を売りに出す人が増えました。そして、リフォームや建て替えを行いリセールで
若年層ファミリーが入ってくるようになったのです。
そんな中、夫妻のうちひとりが創大卒という世帯がやってくることになりました。
殆どメンバー入れ替えもなく高齢化著しかった地区に、若い人材来たり!と色めきだったメンバー。
「創大卒」 高齢者にとって、ものすごいブランド力です。 活動家に違いないと思っていたのでしょう。
喜び勇んで家庭訪問にでかけたところ、夫婦共働き。職場が遠方という理由で「活動はむずかしい」
と、いきなり非活宣言されたとのこと。
家庭訪問するも会えない事が殆どで、母は「おかしいわよね、創大卒なのに」と言うので私は笑って
しまいました。
創大神話wこりゃ卒業生の皆さんは大変だぁと。
そりゃセンセーがつくった学び舎だけれども、そこを出たからって皆が皆、活動家なわけないじゃん・・。
少数ながら、非学会員の一般生徒も存在する大学なのに・・。
卒業生の100%が創価の申し子・池田チルドレンだと認識している層もいるのです。
話が横道にそれますが、地元の支部幹部の子息も創大卒ですが、就職氷河期だったこともあり
新卒でアルバイト店員をしていました。
それを聞いた母は
「おかしいわね、創大って就職率100%なんでしょ。しかも大企業ばかりって聞いてるわよ」とw
私の同級生にも何名か創大へ進んだ人がおり、まだバブルの恩恵が若干あった世代でもあり
母の言うように名だたる大企業へ就職していました。 でも、時代が変われば状況も変わる。
というか、本人の資質や努力の問題もあります。
そういった状況を全く考慮に入れずに「創大卒=信心も実生活もエキスパート・完璧」という
思いこみありきで語る人が、私の周辺には老若男女問わず、非常に多くいます。
これもプロパガンダのひとつの成果といえるかもしれません。

また、創大卒ではありませんが学会2,3世とおぼしき若夫婦が引っ越してきても
「親がやってるだけでうちは関係ないので、もう来ないでください」と断られた話もありました。
家の立地が大通りに面し、好条件ということで、公明党ポスターを貼ってもらえないか?と打診しに行ったら
「景観を損ねる」という理由で断られたという話もあり、思わず爆笑しましたw
これがパンチの効いた活動家なら「はい喜んで!」福運がつくわ!なんて、引きうけるんでしょうが。
「景観を損ねる」なんとまともな意見なのかと、感動すらおぼえます。

彼らは決して「脱会」「不信」「創価の矛盾」などを口にしません。
ただはっきり組織活動だけは拒絶している。
内心どんな思いがあるのかは解りませんが、それでも「組織活動」を信仰行為だとはかけらも
思っていない、認めていない、必要ないと考えているのではないでしょうか。
拒否はするけれど、けして闘いを挑んだりせず・決して敵対もしない・揉め事は望んでいない。
そこがサイレントマジョリティだと思う所以です。
こういった人達が現状の20~40代で、創価組織において一番層を厚くしたいところにもかかわらず、
思い通りにならない人達なんだと思います。
今から何をどう頑張ったところで、このサイレントマジョリティ若年層を活動家にする事は難しいでしょう。
子供だましはもう通用しない時代なのです。
となると、ますます組織は高齢化、膠着化し、限界集落化していくことが目に見えています。

みっつめに、組織依存するあまり一般社会から孤立している活動家の現状。
今年のGW直前のことでしたが、母から「このGWは帰省しないの?」とメールがありました。
全くそんな約束も無く・計画もありません。子供の学校行事が合い間にあるという事情もあり、帰省する気は
ありませんでした。
それ以前に、GWに毎年帰省という「恒例」もありません。子供達が就学前は帰省していましたが、
就学後は飛び石連休だったりもして、GW帰省という発想自体ありませんでした。
母の唐突なお伺いメールを変だな?と感じながらも、子供の学校行事もあるし行けません。
夏休みに帰りますと返信。
その返信に対してのバックはなかったので放置していたら、4月末日になって電話がかかってきました。
「どうしても帰って来れないの?」と不満げなのです。
学校行事もあるし云々と話すと、下の子(幼稚園生)だけでも来れない?と言い出すのです。
私はヒヤっとしました。 母がそのようなこと(孫だけでも帰省させてほしい)を言うのは初めてでした。
「そんなの無理にきまってるじゃん」と返事し、お母さんがこっち(私の住んでいる地域)に来れば?と
伝えてみました。
すると「もういい」と半ばキレ気味に電話を切られたのです。
なんだかな?と思い、邪推しました。下の子だけでも、って・・次子は創価に入会していません。
もしかして、「池田夫妻の結婚記念日に入会」「子供の日に入会」とか考えてる?!
同時放送終わりで新入会の友として、会館で紹介されるアレに孫を出したいのか?!と懸念し。
連休半ばになって姉に連絡をしてみたところ、姉にも「GWは実家に来ないの?」と
打診があったとのこと。
姉は結婚式出席や旅行があったので、GWが終わってからお土産を持って行くと約束したと話し。
例年GWといえば、母は5・3記念の会合に出たり、同時放送に友人を連れ出すため多忙でした。
昨年のGW、友人と再会するため単身で帰省したのですが、母は「友人連れ出しで忙しいから
相手できないよ」というので、私は実家に顔も出さずとんぼ返りしたほどだったのです。
一体なにがあるというのだろう。 想像もつきませんでしたが、GWの最終日に実家へ顔を出した姉からの
連絡で事情が判明。
今年のGW、毎年恒例の同時放送が無くなり、突如「友好期間」になったと聞きました。
会合が一切入らないとわかった途端、母は暇&孤独になってしまったのです。
姉がひょっこり顔を見せた事を母は大喜びしたそうで「誰の顔も見れない、しゃべれない10日間余で
孤独でどうにかなってしまいそうだった」と語ったというのです。
姉も私も「ねぇ~?」と言いながら、しばらく沈黙してしまいました。
姉は真剣に、老健入居を検討したほうがいいんじゃないかと、資料を集めると話し。
私はそういった具体策の前に、母の置かれている実は厳しくさびしい現況を思い、無常感でした。

学会活動がドタキャンのごとくなくなって、やっと家族(姉や私や孫たち)の存在を思い出したのか・・と
何とも言えない気持ちにさせられ。若干ムカつきました。
そして年端の行かない幼稚園児の孫でもいいから寄こして、という言葉に悲壮なものを感じ。
一般的な高齢者であれば、GWは孫や子供が帰ってくるとか・食事に行くなどの家族の予定ありきで
暮らしていると思います、多くの人は。
しかし、母においてはもうずっと「学会活動ありき」のGWだった。
その毎年恒例行事が突然「ありません」となった時、孤独化したのは当然でした。
私たち家族も「GWに家族で寄りあう」という発想は頭からありません。
それは長らく「GWの母は学会で多忙」という認識があったからです。
母は外部に友人もいますし、そういった方々と旅行や観光に出かける事もあります。
全く友達がいないというわけではありません。がしかし、長期休暇ともなれば外部の御友人の皆さんは
家族との時間をきっと優先されている。
母が突然暇になったから会いませんか、などと言えなかった(誘えなかった)気持ちもわかります。
そんな事をすれば「お子さんは?帰省しないの?会わないの?」と聞かれるのが関の山です。
かといって、暇になった(?)学会員どうしで寄りあう事もしないというのが、実に興味深いのです。
結局は「信仰の繋がり」という集団なのであって、友達とは違います。どこかよそよそしさがある。
そうではない組織・人間関係も他にはあるかと思いますが、私の母(とその地域)においては
「同志はあくまで同志であって友人では無い」という関係性がセオリーです。

また、ひとりの時間を心豊かに楽しむ、という習慣も身についていない為、
なお孤独感が増すのでしょう。
母上が学会活動がない日は家にこもりきりで、ずーっとテレビばかり見ている・
学会以外の人付き合いもしないし、無趣味。
早くボケるんじゃないかと心配だ・・と10年以上前に話していた元活動家の友人がいるのですが、
予感的中し母上が認知症の診断を受けたとの報せを先日受けました。
別の機会に記事にするつもりですが、老齢期を迎え認知症になられた学会員の話をよく聞きます。
その事実を公にしないまま老健に送るなど、表沙汰にならないよう気を使っている家族もいます。
実際、私の親戚にもおります。
三世永遠の幸福境涯をつかむべく自己犠牲を払い、広布拡大を命題に活動に勤しんできたのに
晩年認知症になったというのでは、内部にも外部にも示しがつかないと考えているのでしょうか。

学会活動さえしていれば安泰・・と、生活の大半に染み付いてしまう事の異常さについて
孤独を覚えたそんな機会によく考えてみるべきだと思うのですが、「聖」と考えている学会活動に対して
疑問をさしはさむことを活動家はまずしない。
実によく出来た盲目システムだと、ほとほと感心するのです。

勿論、前述・後述の様な会員ばかりではないと思います。
リア充なバリ活も日本のどこかに存在するかもしれません。私がお会いした事ないだけでw

以前も書きましたが、会合がなくても会館に行ってしまう男子幹部がいました。
私の友人である圏幹部をしていた女子部も、会合がない日の過ごし方がわからなくて
結局寝てばかり、と話していました。
これが多忙のあまり人との連携が煩わしくなり、自由時間はお一人様で行動しているというのならば、
まだ大丈夫な感じはしますが
私が知る限り、学会活動が常(ON状態)にある人は、たまの休日(OFF)もひきこもり、
一人で行動を起こせない人が大半でした。
社会経験が極端に薄いというのも、彼らの特徴だと思うのですが、その一端として
海外旅行にいったことがない・そもそも興味がないという活動家が私の周囲に多かったのです。
その中にあって私はまだ海外へ行っている方だ、と独身時代は自覚していました。
しかし結婚後、一般外部のママ友たちと話していると、底の浅い経験で満足していたことを
思い知り、恥ずかしくなりました。
今の40代といえばバブル&円高の恩恵を受けられた年代であり、一般的な独身OLであれば
年に数回海外旅行へ出かける事もさほど珍しくない時代でした。
そんな時代にあっても外に出ようとはせず、広布に尽くす事が我が青春と、半径数kmの生活圏から
はみだすことなく、学会活動とその周辺で世界観を完結させる人達。
学会を離れない=セーフティーゾーンに在るとの安心感がそうさせるのでしょうが、
時間的拘束に加え金銭も「広布に使って頂く」ことが大前提であるとの洗脳を受けていることから、
純粋なる自分のための時間とお金を使うという発想がまず浮かばないようになっていたことも、
実際問題なのだと思います。

そしてこの生活習慣が長く続けば、一般社会にある人たちとの感覚が大きくズレていくのは当然。
内・外相互に「付き合い難い」となるのも当たり前です。
だったら内部(学会員)と行動を共にしている方がまだ気楽でいい。
消去法で残ったのが学会組織だった、という人達の寄り合いが「限界コミュニティ」となっていく。
そう感じる次第です。

(続きます)
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限界コミュニティ(序)

特定の信仰(創価信仰・日蓮仏法)をたもつこと=飛び道具や魔法を得たのと同意と訳すのは
現代の宗教観に全く見合わない非現実だ、と私が理解しはじめたのは
2012年秋に覚醒して以降のことでした。

それ以前の私は、創価で教わった信心の実践や日蓮仏法を
「不可能を可能にする」魔法のように信じてきました。
会員ならだれでも聞き覚えがあるでしょう「願いとして叶わざるなし」というフレーズ。
学会2,3世として育った人ならそれこそ三つ子の魂百までも状態で、
人生・生活に信仰はかかせないものだ。信心即生活なのだ、との常識で生きることも
あると思います。 私ももれなく、その一人でした。

この「飛び道具・魔法」が選民意識のベースとなり、自分たちだけは違う・特別なのだ!との
思いこみで自分(たち創価仏法をたもつ者)と他者におこった出来事の評価を変えてしまう。
そのことに気付いたのは日蓮仏法をも否定するようになった2013年初夏あたりからでした。
まどろっこしくて申し訳ないのですが、私の覚醒は2段階でした。
まず創価がオカシイという事に気付き、決別をしっかりと意識したのは2012年9月。
そのあとも日蓮仏法に囚われている間の私は、覚醒後1年足らず「選民意識」を持っていました。
この選民意識が打ち砕かれた契機は、過去記事にしていますが(この記事です 
東日本大震災で九死に一生を得た外部友人の被災体験を聞かせてもらったことにありました。
自分が「選ばれし民」だなんて大きな勘違いだった。
東日本大震災をリアルに経験した友人の「今を生きている」からこそ出てくる言葉のおかげで、
私は選民意識を木端微塵に打ち砕いてもらうことが出来たのです。

前回の記事で、母が
「学会家族(うちの父)と外部(喫茶店マスター)の急逝を一緒にしてもらっちゃ困る」と発言した事に対し
私は絶句しましたが、もし私がそのとき第二覚醒を迎えていなかったら・
「創価は悪でも日蓮仏法は絶対」などというトンデモ選民思想を持ったまま暮らしていたならば、
きっと母の言葉に、それほどの怒りや残念さ・拒絶感・嫌悪を感じることなく、受け入れたと思うのです。
それは非常に恐ろしい事で、今もってぞっとします。

どんな宗教を信じていようがいまいが・熱心に信仰していようがいまいが、
人は必ず死を迎える。 どのようなかたちであれ。臨終の日がいつやってくるかなんて誰にも解らない。
突然、どんな状況でそのシーンを迎えるかなんて、どんな亡くなり方をするかなんて、死因について
予測なんて立ちません。あたりまえのことですが。動かしようのない、さだめです。
世間一般に暮らす外部の方はそれを常識的にわかっている。わかってもなお、身内や友人の
突然の永遠の別れに接した時は、哀しむ。 こんなの当たり前のことです。
「わかっていても」悲しくて当たり前。
動かしようのない事実の前で涙にくれる、それは実に人間らしい自然な光景だと思います。

だがしかし、選民意識が嵌り込めば動かしようのないさだめについてまで
「評価」「格付け」をしようとする。
当然、自分たちは特別ですから事故死や病死であったにしても「使命があった」「使命を果たした」
「来世安穏ですぐに生まれ変わって来れる」と肯定的・価値的・勝者のように捉える。
そして外部に対しては「宿業が出た」という評価をすることもある。
学会員の皆が皆そうだ、とは言いません。
しかし大半が「自分たち学会員・妙法をたもつ者の死は特別」と信じていることは間違いない事実です。
信仰をたもつ自分たちと・なんにも学会活動なんてしない・さらにはアンチ学会だったりする外部の「死」が
同格であっては困るわけです。 自分たちの行動の正当性・優位性が保たれなくなりますから。
そういった思考回路がいかに「非常識」であるかを、実は学会員もうっすらわかっています。
私の母は、誰かれかまわずに「外部の死を内部の死と一緒にするな」なんてことは言いません。
外部の人にはそんな事は言わない。
これが同じ選民思想下にある人達のあいだでの共通意識だ、ということは解っているのです。
その上で私に「父の死と、喫茶店マスターの死を一緒にしてもらっちゃ困る」と発言した。
つまり私も選民思想下にある=信心の基本(?)があると前提しての「あなたなら理解できるでしょ」という
暴言だったわけです。

しかし残念ながら私は選民意識をさっぱり失っていました。
だから母の言葉に憤りましたし、
「父の死だって世間から見れば悲惨だという評価を受けているかもしれないんだぞ!」と警告もした。
けれど母は想像の斜め上をいく切り返しを繰り出した。
私は頭の奥がずーんと重くなって行くような痛みを感じながらも、母に言いました。
「そんなの、あんたたち(学会員)がそう思ってるだけでさ。
邪宗でも綺麗な死相の人なんて大勢いたよ。私、実際にみたよ。
一度も大病しないで大往生を迎えた友人の祖父母だって学会員じゃなかったよ?
あなた(母方)の家系で亡くなった人にしたって、自然死の大往生はおばあちゃんだけでしょ。
他の親戚はみんな病気だったり急逝してる。 だのに自分たち学会員の死は良くて
おんなじ死因でも外部だったら不幸だったとか悲惨だったとか、矛盾ありまくりじゃん。
自分たちだけが特別なんて思いこみ、どうかしてるわ。世間に知られたら、笑われるよそんな事」
しかし母にはこんな言葉も響かなかったようで
「家に警察が検死にくるような状態と、病院で家族に看取られる状態と。あんた違いがわからないの?」
(注・マスターは自宅で死後数時間経過した状態だった為、警察が来たようです)
これまた斜め上の発言が飛び出したのです。
これ以上、何を言っても無駄か。
私が話した事ほとんど聞いて無い。投げかけた問題なんて聞こえないふり。
都合の悪いことは全部オールスルーなのか、と。
↑ネット上でちらっと目にする、現役活動家vsアンチのやりとりにも似たところがあると思います。
ガチで親子間でそれをやったわけです。 こんなやりとり、相当疲れますw
全く聞く耳を持たない人とのそれは、どこまでいっても「対峙」でしかないと私が思うのは
このような経験からです。

母がぶつぶつと負け惜しみ(?)のように呟く言葉に対し、私は反論せず無言でした。
ただずっと非常識発言を聞かされることには耐えられず
「そういう事さ、私にはいいけど、よそで言わないようにしなね。物凄く恥ずかしい事だからね」
と言いました。
母はふん、と鼻で笑い
「あんたはまだ若いから解らないだけよ。ひとの人生最期なんて、本当に解らないものよ。
この信心を50年以上やっていればわかってくる。そうやって信心や学会を小馬鹿にしていたことを
必ず後悔する。ああ、お母さんが言ってた事ってこれだったんだ!って解る日がくるわ。
せいぜい、泣かないようにしなさいよ」とorz
こんなの、親が娘に向かっていうような言葉でしょうか?w

私が母にいったことは世間的にはごく正論だと思うのです。
「他人の死因についてとやかく言ったり比較することは大変不謹慎だ」
おそらく100人いたら7割くらいまでは同意してくれるのではないでしょうか。
しかし創価脳の母は、自分のしていることが共通意識の選民思想をもつ者同士であれば許される、
何も不謹慎でも非常識でもない。仏法は道理です。くらいの考えで正当化しているのです。

また、熱心な学会員の方であっても、外部と内部の「死」に格付けや評価を行わない・
そんな不謹慎なことは断じてしない、私の母が特殊・異端なだけだ。同じにしてもらいたくはない!と
不快に思われる人もいるかもしれません。
では、たんなる一般外部では無く、対象が創価や師匠の「仏敵」だった場合はどうでしょうか?
創価を脱会し、告発側にまわった元幹部や元議員諸氏が病死していることを
「仏罰は厳然」などと、会合席上で幹部が話す事も実際にありましたし、目・耳にした人は多いと思います。
たとえ自分たちが敵視する相手であるにせよ、その「死」に対し尊厳をもてないという姿勢。
自分たちの味方でなくなった反逆者に対しては、徹底的に貶さないと気が済まない。
ひとつの例として、このキーワードでぐぐって検索結果をひとつふたつ読んでみると解りやすいかと
思います「龍年光 聖教新聞 仏罰は厳然」
新聞紙上座談会に登場し発言する人物を
”人の死に対してとやかく言う、不謹慎極まりない宗教団体幹部”と思わない人はアウトでしょう。
「創価と池田先生の敵は仏罰が出て当然。悲惨な死に方して当然」
他者の死に格付けしなくたって、上記のような考え方をもつ時点で非常識であり特殊・異端なのです。
創価学会員の多くの皆さまは、この恐ろしさについて早急に理解すべきだと思います。
自分たちだけが特別なわけないだろ、目を覚ませと私は思うのです。

私が学生だったころ、出先でキリスト系の新興宗教の勧誘に遭遇した事がありました。
ノアの方舟の話をされ、ノストラダムスの大予言よろしく、地球が壊滅の危機に瀕する時が
近いうちに必ずやってくる、
この宗教の信者であれば助かるのだーというようなことを言われました。
当時の私は活動家ではなかったですが、任用試験を受けて数年後だったこともあり
「五重の相対」を語って得意げに破折した気分でいたのですw
創価だと言った時点で、相手は引きさがったのですが(それもマニュアル通りな感じで、
今思いだすと笑えます・・)
当時の私は終末期思想になんてまるで興味は無かったし、日蓮仏法以外は邪教と見下して
いましたから、本気で「ノアの方舟」を信じて布教活動を行っている若者に対して
「信じられない。馬鹿じゃないか。世間知らずのお花畑だなぁ」と思っていました。
20年以上経過した今、私だって同じ穴のむじなで、若人と一緒だったんだと気がついて
なんとも複雑な気分です。
信じているものは違えど、若人も立派な「終末期にあって救われる」選ばれし民で。
私だって負けず劣らずの、創価お花畑ファンタジーを信じて疑わない「自分は特別」
「転んでもただでは起きない」という基層をもった選ばれし民でした。

選民思想の高まりは、限定的なコミュニティに属すればこそなのだと、
過去の自分を振り返っても・母や現役活動家をみていても思う所です。
学会員の多くが選民意識を保ったままいられるのは、学会活動で同志と過ごす時間があるから。
同じ選民思想下にある人達のあいだでの共通意識を、常に確認しあう場があり
そこを「正しい場所」だと思っている間は、世間一般常識など屁でもなくなるのです。
”ネットはデマばかり” ”世間は嫉妬” こんなことを微塵も疑わないその理由は、共通意識をもつ人が
身近に何人もいるという集団環境にあると見えます。 実際、活動家時代の私もそうでした。
学会が、これだけ情報伝達ツールがいきわたった世の中にあっても断固としてアナログな
「座談会」「協議会」「同時放送」その他各種会合にこだわり、大小会合の数を減らさない理由は
集団洗脳にかけておくのに、地域コミュニティが命綱であることをよく知っているからなのでしょう。

ただ、その創価地域コミュニティが「限界集落」化していることを近年如実に感じます。
確実に人は減っている。そして創価の若干の矛盾に気付いても、学会人生が長すぎたことで
一般社会からの孤立に気付き、限界であろうが創価コミュニティにしか居場所がなくなり
しがみついているしかない、そんな人たちも存在しているのです。
私の母もそのひとりなのだと思います。

(続きます)