愚者

2013年10月。
次子の入園が決まった事を別件で母に電話した際、知らせました。
母の興味関心事としてレベル低な事柄であることは認識していましたが、いちおう報告したのです。
母に連絡する前に義実家にも電話しました。
義両親は大変喜んでくれました。長子が通っていた頃に運動会、発表会などを見に来てくれて
おり、園風・雰囲気を知っています。
同じ環境に次子も進む事を願っていたし、結構な事だと言ってくれました。
電話を次子に変わってちょうだいと言った義母さんは、次子に直接「おめでとう、良く頑張ったね」と
声をかけてくれたようで、次子は満足げでした。
こういった心の通い合った交流のあとに、実家の母に連絡をしてしまった私も馬鹿だったのかも
しれません・・あまりのテンションの違いに愕然としたのです。

合格したと告げると母は「試験なんてあったの?それは御苦労だったわね」
こう話したあと(たまたま電話を入れたのが体育の日の数日後だったのですが)、
自治会役員として初めて、地域の公立小学校の来賓に呼ばれた(母にとってこの事は
自慢だったようです)。
運動会の入退場BGMに、学会芸術部の女性歌手のヒット曲が使われていた。
「さすがはOOOよね!」と、その女性歌手を称えるような事を話しました。
一般的な幼稚園や小学校の運動会BGMに今昔流行曲が使われることはけして珍しく無い事です。 
芸術部であろうが、創価と無関係であろうが、無作為にBGMとして使われているだけの話。
どこが「さすが」なのか、私にはさっぱり理解できない。
これは多くの創価脳あるあるだと思いますが、創価芸術部は「身内」感覚故なのでしょう。
大した事でもないのに特別に感じてしまう、それもMC効果といえるのかもしれません。
校区の自治会役員が多数来ていたので、顔つなぎをしてもらった。これで選挙でまた行く先が増えた、
と”活動報告”もありました。
孫の合格についてはさくっとスルーで、私が感心するはずもない創価話題をべらべらと。
次子に対して「おめでとう」「良く頑張ったね」なんて言葉はひとつも出てこない。
母は幼稚園が創価とは異なる宗教系であることを良く思っていない為、喜ばしいと思えなかった事も
あるかもしれません。
それにしたってなんだよ、この塩対応。
私は母の喜々とした話しぶりに相槌を入れる事も出来ず、だんまりのまま、忌々しき事態だと
うんざりしていました。

けれどそこで「どうして孫の合格はスルーで創価の話ばかりなの?おかしいよ!」
と母に言えませんでした。
当時その理由を考えてみた事はなかったけれど、今は解ります。「あきらめ」です。
”母にそんな事をつきつけたって、鳩が豆鉄砲くらったかのようにポカーンとされるのがオチだ”
または”トンデモ反論が飛び出すに違いない”と諦め、気持ちをぶつける気にならなかったのです。
まともなコミニュケーションが成立しない、という諦め。
以前の創価脳同士な親子関係であれば、私は母に対し「どうして孫の合格より創価の話?」
なんていらだちや違和感を覚えなかったと思います。
創価話題は「聖」であり、どんな話題よりもプライオリティ高、この共通意識あればこその
良好な親子関係だったのです。
しかし既に覚醒した私からすれば、創価話題は「聖」であるわけもない。
「忌」なものになり下がってしまった。
それだけに母の活動報告を聞き続ける事に耐性がなくなってしまい「その話はもういいわ」と
途中で遮りました。
母は一瞬声を詰まらせていましたが「そろそろOOさん(主人)も帰ってくる時間だもんね、じゃあね」と
都合良い理由づけで自分から電話を切りました。
考えすぎかもしれませんが、母は私が創価話題を忌まわしい・鬱陶しいから「もういいわ」と
遮ったのだとは受け止めたくないんだな・・と感じ。
ループになりますが、親子間に生じた埋めようのない「溝」をこのときも感じて暗澹とした気持ちに
なったのです。
そして疑問が浮かんできました。

何故母は、私が創価(学会活動)を拒絶・非難していると知っているにもかかわらず
喜々として(懲りずに)私に創価話題をしてくるのか?という点です。
この年(2013年)のはじめに支部婦に非活宣言をしたことを母に話した後、何度となく
創価が推奨する「学会活動」が信仰行為ではない・日蓮が推奨していない活動内容だ、と
私の主張を説明しています。
また、その会話を重ねるごとに私は創価の矛盾点を突いているのです。にもかかわらず。
私に創価絡みの話や活動報告したところで、感心したり誉めたりするわけが無いことは
そろそろ理解してもいい頃なのにな?なんでだろう?と首をかしげたのです。
この点について考えてみた時、浮かんだのは「選民思想」でした。
母は私や他者からどんなに創価の矛盾点をつかれたところで、ゆるぎない「特別」な
思いを持っている。
それは自分も同じだったから解るのですが、母においても創価というよりは「日蓮仏法」が
”天地がひっくりかえろうともこれだけは正当で真っ当”という、えもいわれぬ確信があるのです。
その確信があるからこそ、こっちが敬遠していようが嫌悪していようがおかまいなしに語れるんだろう。
まるでそれを「上不行菩薩の振る舞い」くらいに思っているのかもしれない。
「選民思想」について、掘り下げてみたくなりこの頃からユダヤ教についての本を読むようになりました。
いずれ考察的な記事も書いてみたいと思いながら、もう一年が経過しましたが
現時点で言えることは「ユダヤの選民思想と一緒にしたら、ユダヤの皆さんに失礼だ」
といったところです。
本当に、創価脳のそれは陳腐としかいいようがありません。

私が覚醒せずに創価脳のままでいれば、母の話を何気なく「ふんふん」と聞けたと思う。
凄いなぁ良く頑張ってるね、でも高齢なんだから身体には気をつけてよ・・くらいのことも言っただろう。
だがしかし、今の私からすれば母の活動報告は
「悪徳商法に騙されていると気付かずに喜々と語る愚者の戯言」にしか聞こえない。
バカバカしいなにやってんの、時間の無駄じゃん・タダ働きさせられて「功徳」だとか頭おかしいだろ、
そんな感想しか浮かんでこない。
私だってほんの数年前は「愚者」だった。
世の中の事も、宗教の事も、なーんもわかってないくせに、まるで世法の全てを知っているかのように
「この仏法は素晴らしい」「日蓮仏法の絶対性」を信じ、機会あれば他人にも語っていた。
女子部の頃など、組織に尽くす事で「全てが護られる」と信じて疑わなかった。
仕事も多忙な中、プライベートの時間を返上してでも組織に尽くし、部員さんを激励する事は「善」だったし、
それらの行動は決して私の中で「ボランティア」ではありませんでした。
「功徳福運」なる報酬が必ずあるものだ、と思っていたからこそやれた事であって。
しかし今となっては、宗教活動=ボランティアであるほうが、まだ美しいと思います。人として。
目には見えない「功徳福運」の見返りがあるとふんで行動していたなんて、実はとても恥ずかしい事で。
そのあさましい心に付け込まれ、組織にいいように操作されていただけなんてまさに「愚者」そのものだ、
と私は思います。

学会活動や選挙支援を正真正銘の「ボランティア」だと思ってやっている人は
殆ど無いと思います。 
大半の方が、功徳や福運といった”目に見えない報酬”があるものと期待しての行動でしょう。
はなからそれを期待している訳ではなく「結果は後からついてくる」でも、同じ事です。
ボランティアというのは、見返りを期待しない(社会)奉仕活動ですから。

この出来事の翌週、ママ友がフリマに出店するから覗いてねと誘いがありました。
自治体が主催する秋祭りの一環で、地域の様々な会場で同日にイベントが行われる体でした。
パンフレットをもらい、フリマ会場を確認すると「OO教駐車場」となっていました。
地図を確認すると知っている場所だったのですが、駅近くの一等地であり
ビルやマンションの隙間にぽっかりとある空き地で
いつも「ここは何も建設しないのかな?」と見ていた場所でした。
OO教というのも、私は初めて目にしたマイナー宗教団体。
実際に行ってみるとその空き地に隣接した立派なビルの名前がOO(宗教団体名)で、
一見宗教団体の施設には見えない作りなのです。
何度も前を通りがかっていたのに全然気付かなかったので、改めて驚いてしまいました。
そして思ったのが、このような(失礼ながら)マイナー宗教団体ですら、一等地に立派なビルを所有し
いい場所に駐車場(といっても、普段ここに車が停まっているのを見たことがありません)まである。
原資はおそらく、信者からの御寄進?だと思われます。
だとしたら創価なんて・・そらおそろしい金額を集めていることは間違いない。
まずスケールが違うし。
そう考えると、もうぜんぜん無駄金やらなくていいじゃん。十分すぎるぐらいお金持ってるよ!
財務なんてとっととやめちまえ!!と、腹立たしくなりました。
この経験から、やたら宗教団体施設が気になるようになってしまい、出先で創価以外の宗教施設を
チェックしてしまう癖がついたのですがw 
創価ほど数がないにせよ、一等地に立派な施設をもつ新興宗教団体は少なくないのです。
以前も書きましたが、ハワイにある創価の会館の斜向かいにもとんでもなく立派な日本の宗教団体の
施設があるのですが、その団体名も私は初見でした。
今思い出す事もできないくらいなので、さほど有名な宗教団体でないことは確かです。
宗教法人が非課税であればこそ、のなれの果てと言えると思います。

財務も、お金が有り余っているような人が趣味娯楽でやることなら私は何も言う事はありません。
地元にも毎年4ケタしている自営業の方や、地主のおばあさんがおられました。
そのような方は4ケタ財務をした事を「秘すれば花」とはせずに、必ずカミングアウトしていました。
組織で財務金額を自ら口外する=「名誉欲」と言ってもいいと思います。 
出来る人がやってそれで満足しているのなら、それはアリなのかもしれません。
ただ、そうでない状況のところからも、たとえ1口1万円であっても取り立てるかの如く
斡旋しているのが現場の実情です。
生活を切り詰めてでも毎年3桁の財務をしている私の親戚も、好きでやっているのだとは思います。
が、人生の目的が、特定宗教団体に利する行動になっていることの裏には
「無償の愛」があるわけでは絶対的にない・つまりボランティアでやっているわけじゃないと
推察できるのです。
そこには確実に「見返り(=功徳・福運)を期待する思い」がある。
それが全く無いと言ったらウソになるでしょう。
物解り良く、出来る人がすればいい・無理しなくてもいい・やりたくないときはやらなくてもいい、
創価の財務がそのような制度ではないことは、活動家だった方ならよくおわかりだと思います。
個人が生活を極限まで切り詰め暴走しても、誰も止めない。財務は任意だから。
そこが怖いと親戚を見て私は思うのです。
とくに心配なのは、その親戚に学童期の子供がいることです。
親がダブルワークをしながらでも、組織に尽くしている生活を見て育つ子供の環境とメンタルを
思うと、不憫になります。 
幸い、いまのところ明るい良い子に育っていると聞いてはいますが・・。
どこかで大きな歪がうまれないことを願うばかりです。

時期的なこともあるのか、財務関係のキーワードでこのブログに辿りついたという方からの
非公開コメントをいくつか頂戴しました。
やりたくないけどやらなかったらどうなるのか・仏罰について気になっているようです。
はっきり言います。仏罰なんてありません。
ナニゴトかあったとして、それを仏罰と感じ受け止めてしまう、自分の心に問題があります。
また財務はあくまでも個人による善意の寄付行為で、商取引ではないはずです。
この「正しい認識」を持って欲しいと思います。
何か特別な宗教行為でもなければ、取引でもありません。
日本の法律において財務はただの「寄付行為」です。寄付の強制は違法となります。

組織の人に納金しなかったことは翌年バレるとはおもいますが、お咎めなんてありませんし、
もし(お咎めが)あったとしたらそれは「おかしい」から抗議しましょう。
学会の役職に社会的な「権限」なんて微塵も無いのです。 勘違いしている輩もおりますが・・。
なんの「権限」でそれを咎めてくるのか、そこを追求すれば幹部は白目をむいて退散するしか
ないでしょう。 
そこを逆切れ・居直るようなヤツは人としてどうかしていますし、恫喝行為ですから録画録音を
お忘れなくです。
こちらが認識を正しく持って、常識をわきまえ、毅然と対応すれば問題ありません。

悩んでいる方には、なにも恐れないで、良く自分で考えて結論をだしていただきたいです。

(続きます)
スポンサーサイト

ペテン的思考習慣

昨年の広布部員申込の話です。

2013年9月
休日の午後、たまたま私一人で在宅中にインターホンが鳴りました。
宅配便が届く予定もなく、もしや・・と思いながらドアモニターを確認すると、50-60代とおぼしき
見知らぬメガネの壮年2人が立っていました。
即「あ、学会壮年部」と思いました。
応答はせず留守を装いながらモニターを見続けていましたが、インターホンを4-5回鳴らして
粘っているその時間は結構長く感じました。
メモ等入れず立ち去りましたが、久しぶりじゃん!一体何?と不気味に思いました。
私とこの地域の壮年部の関わりは皆無に等しく、支部長はおろか地区部長の名前も顔も知りません。
私がこちらに来た当時の地区部長は癌で亡くなったと聞いており、その後新任者がいると思いますが
会った事が無かったのです。
主人と学会壮年部の接触も、ここ10年近くありません。
引っ越してきた当初の家庭訪問に応対した程度でした。
まだ数年間は夫あての地区部長のメモや手紙が入っている事もありましたが、気付けばそれもなくなり。
明らかに壮年部と判る人たちの訪問も、ここ数年ありませんでした。
翌平日、遅い帰宅をしたところドアモニターの録画があったので(注・この年の初夏に防犯対策として
ドアホンを留守録画機能のあるものにしました)見てみると、昨日の壮年2人組が映っていました。
2日連続の来訪?!必死だな。
自治会の人であればアポなし訪問はありえませんし、私は地域のお世話役の顔・名前は知っています。
これはますます壮年部に違いない。ずっと来なかったくせに2日連続とはおだやかでないと思い、
次に来た時はドアホン越しで応対しようと決め。
主人の帰宅を待ち伏せて直接モノ申されるよりは、私が話すのが筋だと思ったからです。

数日後の夜、2人組はやってきました。
応対に出るとやはり壮年部で「ご主人にお会いしたい」とのこと。
「用件なら私がお伺いします、何でしょうか」と尋ねると、「広布部員の申込なんですが」というのです。
思わず「ええっ?!」と声を挙げました。
広布部員の申込集めって婦人部の仕事(?)じゃないの?
これまで一回たりとも、壮年部が回ってきたことなんてありません。異常事態だ、と思い
「支部婦のOOさんから聞いてませんか?もう一切やる気が無いので今後申込はしませんからと
伝えてあるんですが」と答えると
「そうでしたか、ご主人も同じ意見なんですか?」と尋ねてきたのです。
ハァ~!?今更何を言ってやがる・・と思いながら
「意見もなにも。主人は財務なんか知らないんですよ。
ずっと私が勝手に申し込んで納金してきただけです。
主人入会はしてますが、形だけですから。私が(財務を)やらないということは、主人も同じです。
主人の意見うんぬんなんてありませんよ。私の意見が全てです」と返答。
壮年2人は、ゴニョゴニョとなにか話しあったあと「わかりました」と帰って行きました。

このやりとりに私は「茶番」的なものを感じ怒り心頭でした。
主人に信心があるわけないって、知ってるよねあんたたち(=壮年部)?
一回も会合に出た事も無ければ、役職もない。顔だって知らないだろ。
だのに何故「広布部員を断ったのは奥さんで、本人はやりたいかもしれない」と希望的観測(?)を
もてたのか。 おかしいだろうが。
私がこの地域で婦人部に違和感を覚え、役職を断った際にバリ活婦人部たちは
「新入会のご主人の理解がないから、祥蘭は活動に消極的である」という勝手な憶測をしていた。
いわば主人を、私を活動から遠ざける「悪者」としていた。
だのにだのに、金集めの時期になって二口分断られたら今度は「本当はご主人にはその気があるかも
しれないのに、奥さんが邪魔している」という憶測? ふざけんじゃねぇ!
いったいどこまで、自分たちに都合のいい思考回路になっているのか。
信じられない、と思ったのです。

当時は上記の事を、どんだけ金集めに必死なんだよ?!
奥さんの婦人部がダメなら旦那の壮年部で・・とか馬鹿?などと思っていたんですが、
一年経過した今冷静に考えると、これは特別必死な(どうにかして1口でも獲得したい)
行動ではなかった、と思うようになりました。
おそらく極単純に、担当者間の引き継ぎが全く機能していない故のお尋ねだったんだと
思います。
以前も書きましたが、私の地域で2012年末の選挙の際、しらゆり長が突然非活になりました。
地区婦はそれ以前から諸事情で現場から離れており、例の福運貯金支部婦が中心で動いていました。
2013年に入り支部婦も交代。しらゆり長と地区婦も古い人が再任になったり新任になったりと、
ゴタゴタ続きだったのです。
役職者が活動家のまま綺麗に次代へ引き渡すのであれば、申し送りなどもきちんと出来、
たとえ新任者でもおおかたの部員の状況把握が出来るかと思いますが、突然ドロップアウトすれば
引き継ぎなどない。
まして壮年部など、ここ数年間まったく我が家とコンタクトをとっていない。
壮年部サイドにとっての主要情報源は婦人部で、地域の担当者から「厳しい」と様子を聞いて
これまでは何も行動を起こさなかったのだと推察します。
さらに想像ですが、壮年部の体制が新しくなって、ちょっとやる気のある人に変わったのかもしれません。
故に新任者が訪問して一軒一軒確かめに行こう、という状態にこの地域もなっていたのだと
合点がいきました。

現在、どんな風に部員状況を管理しているか知りませんが、私が女子部当時は名簿に○や×を
つけていました。
女子部員だけでなく、高等部・中等部・少女部まで含んだ名簿です。
◎は活動家。○は会合に出てくる活動家予備軍。
△はやや厳しい。×は家庭訪問にいってはいけない、超厳しいお宅。
そのように評価をし具体的内容(親未入会、厳しい等々)は口頭で伝えていました。
普段の家庭訪問に×宅へ行くことはまずなかったですが、選挙となると「婦女一体」で家庭訪問へ出かけ
投票をお願いしていた事をいま思い出しました・・。
あの名簿は、信心活動のためと言うよりは、選挙ツールだったんだって事を実感します。
余談ですが、地元の×宅には猛犬を飼っている(いた)お宅があり、門扉の中にいる巨大な犬に
大げさに吠えられ、犬が苦手な私は家庭訪問がものすごく憂鬱だった事を思い出しましたw
普段は行かないのに、選挙時期だけは別。猛犬に吠えられようが・家の人に「何しに来たんだ!」と
怒鳴られようが、会いに行く。 
これを「信心だ」「法戦だ」「正義の闘いだ」と、信仰行為として全国の会員に定着させた池田創価の
中央権力・政治力への執着は、そらおそろしいモノがあります。

やっぱり、選挙支援を信心の一つ・信仰の一環として会員が行うことについてはぜひ考えなおして
もらいたい。
ひとりひとりが「選挙とは何か」を自分の頭でいまいちどよく考え、臨んでもらいたいと強く願います。

話が脱線しましたのでもとに戻します。
2013年の財務についてのお尋ねは婦人部からのメールと、壮年部の家庭訪問のみ。
両方とも断った形で、実家に連絡されるのでは?と身構えていましたが、それもありませんでした。
この年の2月、新任支部婦に強く念を押した甲斐があったと言えるかと思います。
そして2014年は壮婦ともに何の音沙汰もなく、大変静かなものです。
私の経験上ですが、支部以上の幹部に釘をさしておくのが効果的なのかもしれません。
地区婦、しらゆり長ではいつドロップアウトするかわかりませんし、上記した通り引き継ぎがなければ
いちから説明のやりなおしになってしまいます。 
覚醒してしまったあと、創価脳な幹部と話をするのは煩わしい事ではありますが、支部婦クラスに
「対面で」正面切って非活宣言をすれば、よほどのことでもない限りは静かになると思います。
感情的にならずあくまでも事務的になさることが肝要です。 どなたかの参考になればと思います。

2013年10月。次子の入園テストがありました。
長子も通った園であり、次子もプレに通わせていた為、有利ではありました。
が、出願倍率が長子の時より上がっていたのでどうなることかと緊張と不安で臨んだテスト。
長子の時とはテスト内容や面接の設問も大きく変わっており、戸惑ったものの
無事に合格を頂き安堵したのです。

長子の入園テスト(2009年)の際、私は組織にうっすらと疑問を感じてはいても未だ覚醒しておらず、
日蓮仏法への絶対信を寄せていました。
そのため、テスト前日~合否発表の日まで出来る時だけ1~2時間のお題目をあげました。
合格した時は「御本尊様のおかげだ!」と思っていましたし、感謝もしていました。
その数週間後、体調が絶不調となった時は(幼稚園は創価とは異なる宗教系なので)
「邪宗の幼稚園なんかに入れたから、御本尊様がお怒りになったのか・・」と凹みました。
覚醒して2年が経過した今、2009年当時を思い出すと、どんだけ矛盾してたの?!と
自分に対し、呆れます。
御本尊様に「邪宗の幼稚園に入らせて下さい」と祈念して合格をもらったくせに、
御本尊様が「邪宗の幼稚園に入園することで罰を下して体調が悪くなった」と考えていたわけですから。
都合よく振り回されていた事(自らぶれまくっていたこと)に全く気付かなかったし、
当時の私はこのふたつの自分の発想を「おかしい、矛盾している」とは全く考えませんでした。
体調不良は妊娠によるつわりだったと直後に解るのですが、そのときお腹にいた次子の
入園テストのさい(2013年)私はすっかり覚醒して、御本尊様は巻いてしまって、テスト前日~発表まで
特に祈念することもなく過ごしていたのです。
不安はあったけれど、「なるようにしかならない」と思っていたし、万が一不合格だった場合に
どう次の手を打つか考え、出来る限りの準備もしておきました。
そうすることで自分を安心させ、子供にプレッシャーをかけたり動揺を与えないよう、ドンと構えて
余裕を見せるように心がけていました。
これが「一般社会人の物事に臨む感覚」 なのだと思う次第です。

もし私が創価脳のままだったら、幼稚園受験なんて考えなかったと思います・・が、そのような機会が
仮にあったとしたら、自分が毎日何時間も仏壇の前に座って唱題するのはもちろんの事、
年端の行かない子供に対して「御本尊様に受かりますようにってお祈りなさい」と
仏壇の前に行かせて唱題を強要したかもしれませんw
また、活動家だったなら”子供の合格を賭けて闘う”などと、具体的に新聞推進○部や本流や
対話数を掲げ、必死にあさっての方向で行動していたと思います。 
それらの行動とひきかえに合格が勝ち取れる訳が無いことは、今はよく解っています。
しかし創価脳のままならば一生このことを理解することは出来なかったと思います。
そうして闘っても結果が「不合格」だったときは「不合格だった事には意味がある。別の幼稚園へ行く
使命があったんだ」と思いこもうとしたでしょうし・
「合格」だったときは「やっぱりこの信心はすごい。私はまたひとつ確信を得る事が出来た」と、
選民思想をますますゆるぎないものにしていったと想像できます。

特定信仰に司られた生き方は、自己実現の可能性を低くする面もあるのではないかと感じます。
自分の望む結果が得られなかった時、
「御本尊様に祈り切ってだした結果だから」と都合よく受け入れる事と、「妥協」はニアリーイコールと
いえるのではないか。 少なくとも、私の幼少期~青年部時代はそうでした。
「祈り切って出した結果」
この言葉を免罪符のように使って、敗因を突き詰めて考えようとはしませんでした。
結果だけを受け止めて、中身については蓋をする。これは全く思考停止と同じでした。
あくまで私の場合の話であり、全ての学会員が同じだとは言いません。ただ、このような考え方をもつ
創価脳は大量に存在していると、ネット周辺を見ていても思うわけです。

以前書いた、2004年の1000万票獲得を目指した選挙戦の際にも、敗因の追及は行われず
さっさと次の活動方針を流して「なかったこと」にしてしまった件に触れました。
徹底追及しない・突き詰めて考えさせない。これもマインドコントロール手法に他ならないのです。
もしそこで、「なんでダメだったか?」などと各地末端組織で総括をやりだせば、最終的に
「願いとして叶わざるなし」が完全崩壊します。
だから深くつきつめて考えさせない。なかったことにするのです。
私はこのペテン的思考習慣を子供時代から親に刷り込まれた事について、大変怨んでいます。
なにも思考停止は、創価内部のできごとだけではない。
自分の人生の諸問題に対しても、なにかにつけ活動・信仰態度を絡め、天秤にかけるというバカげた事を
させられ続けてきたのです。 
そしてダメだったときは「お題目が足りなかった」「この結果にも意味がある」「他に使命の場所がある」
などと都合のいい理由をつける。 
こうすることで絶対に「学会活動の効用」「信仰の効用」について疑わせない。
うまくいったときは「御本尊様のおかげ」「学会活動で福運つく」・・今書いていても、しらけた気分になります。
覚醒してしまって、組織から完全に離れたところで暮らしている状況ありきだから↑こう言えますが、
組織の中にいて少し「おかしい」と思いながらも、仏罰に怯えながら過ごしていたならこんな考えには
至れないと思います。
ループになりますが、思考停止習慣が身についた人たちの集合体=地域組織が「限界コミュニティ」な訳です。
同じ思考停止習慣をもつ者同士で、物事に対しての評価をしあうのが座談会や幹部指導会でしょう。
また会合を離れたところであっても、学会員同志での会話も同じ事が言えると思います。
組織内では「激励」という言葉がよく使われていますが、励ましのようでその実態は「引きとめ」です。
組織から離れるな、先生から離れるな、離れて幸せはない。
おまじないに時間をかける事を推奨するようなコミュニティに属している人と・そのような事柄に囚われずに
自分の時間を自己実現のために使える人と、差が歴然なのは至極あたりまえです。
けれど限界コミュニティにどっぷりハマりこんでしまうとそんな簡単なことにすら気付けない。
どんなに活動を頑張ろうとも自己実現できないのは「宿命転換できていないから」「祈りがたりないから」
「この試練は、御本尊様が自分にお題目をあげさせてくださっているんだ、ありがたい」
バリ活のこんな言葉も、その人の自由なので私がなにか言える立場ではありませんが、自己の可能性を
逆に狭めることになっているのに気付けないのは、愚というより他ない・・と思う次第です。

ただ、どんなに思考停止習慣を怨んだところでもう今更私の過去・時間は巻き戻せません。
だから絶対に、私の子供達に同じ轍は踏ませないと誓っています。
子供達を不幸にしたくない、説明のつかない生き辛さを感じさせたくありません。

時系列で書いているため、今回はまるまる私自身の回顧録になってしまいました。
次回は母のエピソードです。

(続きます)

限界コミュニティの憂鬱

前回の続きですが、その前に。
「65歳以上の高齢者が50%以上の集落」 これが限界集落の定義です。
高齢者を「活動家」集落を「組織」とおきかえてみれば、創価末端組織の現状と近似していることが
理解できるかと思います。
私の居住地域の婦人部担当者(地区レベル)もついに40代がいなくなり、50-60代になった事を
先日知りました。
また、実家方面でもしらゆり長は70代、地区婦と支部婦は40-50代であるものの、派遣や
兼任だということです。
人口統計的にいっても、組織から若い人が消えることは必定な面はあります。
私は40代、いわゆる団塊ジュニアでまだ人口としてボリュームゾーンではありますが
その40代活動家もどんどん減って姿を消している事を考えれば、組織の限界集落化は単純に
人口動向をなぞった現象ではないと解ります。

前回も書いた、限界にある組織独特の閉塞感。
若ければ飛び出す事もできるかもしれません。まるで創価の実態・矛盾に気付いた人たち
(20~50代)が非活宣言や脱会をし、地域・組織との決別を選ぶように。
しかし、息苦しさを感じてもその場にとどまらざるを得ない、やむなしと諦める人たちがいる。
それが50代以上の、まさに「人生の仕上げ」をしている年代以降だというのが興味深く思います。
そこを長く生活の場としてきたが故の動けなさ。
創価を離れたところでどこへ行くのだ。ご近所づきあいができなくなったら困る・
すでに地域社会から孤立しているのに、組織から飛び出してこれ以上孤立したくない・・云々。
疲弊した状態で組織に居続けるのは、そんな人たち、とりわけ高齢者ではないかと思っています。

勿論、組織になんの疑問も持たず・とにかく素晴らしい!とテンション高く楽しんでいる人も
存在するとは思いますが、末端現場にそのような人(とりわけ壮年婦人部)は珍しいでしょう。
協議会に顔を出すような活動家の方々は常に数字に追われる生活を強いられている、これは
10年20年前から現在に至るまで全く変わっていません(いやむしろ、昔より今の方がきついかも)。

地区やブロックを整備し、世間=学会員との地域共同体にまで押し上げた手法は
見事と言うべきか。誉めたくはありませんが、おそろしいまでの拘束力を発揮していると思います。
しかしそれが単純なる「同じ信仰を持つ者同志の集まり」ではなくなっている一面が
限界コミュニティ(創価地域社会)に、あるように思います。
またまた実家方面の話になりますが、母から聞いた話で「いかがなものか」と思った事柄がありました。
限界集落化したからこそ起きたかに思われる
信仰を飛び越えて「私生活」に立ち入った、下世話なできごとです。

私の母は、父が亡くなる数年前まで夜の学会活動を禁止されており、昼間の会合のみ参加していました。
父が亡くなって以降、朝から晩まで活動をするようになったのです。
私の父がアンチであることは組織内でも有名であり、そのせいか地域の人たちもどこか母に遠慮して
接していた部分がありました。
が、父が亡くなった後、急速に密な付き合いになって行ったメンバーがいます。
独居老人になった母も、心細さのあまりメンバーを頼りにした面があったかもしれません。
地域に中心人物となる婦人部幹部(60代)がいます。
この幹部が組織内のあらゆる事柄を仕切っており、地域同志の家庭で不幸があると香典の額を
勝手に決めて「一律幾ら包んでください」と連絡を流してくるというのです。
常識的な金額の事が多いのですが、近年あるメンバーの身内が亡くなった際
「一律一万円で」と連絡が来たそうです。
母にしてみれば特別懇意でもないメンバーで、会合で週1-2度顔を合わせる程度。
私の父の葬儀では親族以外からの香典は受け付けませんでした。
さすがに母は、自身との関係性のわりに高額ではないかと思い、金額の理由を元幹部に尋ねました。
元幹部曰く、公にはしていないがメンバー宅は生活保護を受給している。
葬儀費用もままならない状態なので、助け合いですと言ったとの事。
母ははっきりと「おかしい」と思ったが、自分の意志を主張する事もその時は出来ずに指定金額を持参。
葬儀費用もままならない、といったわりに、公民館等の葬儀ではなく葬儀社のホールでの友人葬。
母は「常識を疑う」と私にこぼしました。
今度そんな事があった時は、他の人(近隣学会員)にも意見聞いてみたら?
幹部の言われた通りにやって無い人もいるかもしれないよ?とアドバイス。
母は「そうしてみる」と言い、それからしばらく経過したある日、
一万円の香典を受け取った生活保護受給メンバーから連絡が回ってき、
「OOさん(幹部)のところに初孫が生まれるので、お祝いを皆で集めて渡したい」と
具体的に品物の名称と、一人当たりの金額も言って来たのだと。
(ワリカンにして購入し贈るという意味です)
孫のお祝いなんて初耳だった母は「どうして?OOさんだけ?」とメンバーに質問。
メンバーは「葬儀でお世話になったから、恩返しがしたい」と返答。
母は「それならあなた一人でするのがいいんじゃない?うちも孫はX人いるけど、一度もお祝いを
(地域の学会員から)頂いた事なんかないの。そういったことは個人でするのが筋よ。
それに、学会員同志の金銭授受は禁止よね?」と、このときばかりはさすがに我慢ならず
賛同できないと伝えたのです。
そして近隣の婦人部員に「こんな連絡がきたけど?」と打診。
婦人部員は「いつもの事よ」と答え、おそらく幹部が「娘や息子に孫が生まれる。これを欲しがってる」と
メンバーに言ったのだろう。
「あの時してあげたよね?」的な事を、相手の足元を見て平気で言う所がある。
なんだかんだ仕切ってくれるのは有り難いが、取りまとめ役の親切は見返りを期待してのこと。
口利きをしてもらったり、事情通の幹部を情報網にしている人、なかなか逆らえない人が多い。
あなたも気をつけてと言われてビックリしたとの事でした。
地域に40年近く居住していながら、母は幹部のそんな一面を何も知らなかったのです。
しかし母にも心当たりがあって、この期に及んで気付いたというのですが、父の逝去後にその幹部から
「便利だから」とか「いい店だから」「すごく腕のいい先生(医療)がいるから診てもらったら」など、
何かと物品・店・サービスの紹介をうけることが多かったというのです。 
そして実際幾つか話にのった事もあるのだと。
それらが紹介者へのインセンティブがあるものだったり・医療機関については新聞購読を
してもらうかわりに患者を紹介するというものだったりと、「自身(幹部)に利がある」事柄で
いわばメンバーを利用しているのだと、近所の婦人部員と話して初めてわかったというのです。
私が改めて「いつも幹部の傍にいる人」を母に確認すると、名前の挙がった全員が未亡人で
ゾッとしました。
大の男の影がない、子供も近くに居ない=助言者のいない者につけ込んでいるとしか思えない。
母にもそのことを指摘し「結局は家族や配偶者の目が無い、注意喚起する人物の居ない人を
思いのままにしているだけじゃないか。あなた、カモられてるんだよ?」と言いました。
母は「気をつけるわ」と言いましたが、心細いようでした。

これは日本国内の、ある地方都市の末端組織のできごとです。
全国各地同じ状況があるとは言いません(というか、解りません)。
なので「創価ってみんなこんなのか」とは思わないで頂きたいのですが、このような事柄が
現実一地域にあるということです。
末端組織に自浄能力などありません。
限界集落化し人材枯渇で、幹部交代もままならず古参メンバーしかいない。
どんなにプライベートが小賢しく、組織利用するような人物であっても、それが表ざたにならず
刑事罰を受けるような事柄でも無ければ、大本営だって何も手を下すことは無い。
「それは個人間のトラブルであり、組織や信仰とは関係ない」と言えばおしまいです。
そして誰も告発しようとはしないのも・問題化しないことも、今更波風を立てたくない。厄介事は避けたい。
静かに余生を地域で終えたい思いからでしょう。
これが若い人ならばおそらく、見て見ぬふりや放置を許さない正義感溢れるメンバーも
いると思います。 師匠の心を踏みにじるような人間は同志であろうと許せない!的な。
このブログに時々非公開コメントをお寄せくださっている数名の活動家さんも、正義感に溢れていて
きっとこの記事を読んだら「許せない。そんなヤツは本部に報告して処分されるべきだ!」と
思うでしょうね。
だがしかし、組織が限界コミュニティと化せばそのような正義感は「鬱陶しい」となる事もあります。
事なかれ主義で私さえ我慢すれば・・とか、同志を悪く思っちゃいけないと、あくまでも自分で
納めようとする真面目な方も多い為に表面化せず、いつまでも悪がのさばる結果にもなっている
気がします。
「そのような悪い奴にはいつか仏罰が下る!」 バリ活時代の私もそう思っていました。
しかしこれは子供だましの慰めでしかなく、実際なんの解決にもならないのです。
このような状況に私は限界と言うか絶望を感じ、母をとりまく環境を思うたび暗澹とした気持に
なります。

この限界コミュニティ(創価地域社会)から、高齢者家族を救い出すことは容易ではありません。
単純にカルト宗教団体から脱会させる、という次元ではもうなくなっています。
「地域社会」からの脱出を意味するそれを、長年その土地に住みなれている人に課すのは
並大抵のことではない。 ましてや強信者だと厳しいものがあります。

前回書いた、今年のGWにおける母の孤独な現況を知った時、私に何ができるだろうと考えました。
いろいろ考えを巡らせても、名案はなにも浮かばなかった。
私が住む土地に母を呼び寄せる事も考えましたが、母が覚醒しなければいろんな意味で無理がある。
組織依存&選民思想から脱却しない限り、一般社会と機嫌良く付き合っていくことは難しい、と
思います。

しかし裏を返せば、覚醒し選民思想からの脱却を遂げれば、孤立は免れることができます。
選民思想が邪魔をしていたから、一般社会から遠ざけられ・自らも遠ざかっていただけ。
そのことにとても簡単に気付けるし、新しい人間関係を構築していくことだって出来るでしょう。
一般社会は実は優しいし、悪くない。
でもそれは、覚醒しないと絶対に実感できない。これは経験上言えることです。
だから諦めないで、一日も早くその窮屈な限界コミュニティから飛び出して欲しいと私は願って
いるのです。

余談ですが、姉は老人マンションを探しており、故郷にもほど近い好物件について
入居審査項目に「宗教」があることがわかり怯んだと話してくれました。
問い合わせてみると、何がNGという具体的な事は言わなかったけれど(さすがに商売ですもんね)、
「読経の声がうるさいとか、勧誘があった場合、退去をお願いしている」と言われたとのこと。
だったら現状アウトだね・・と残念に思いました。
結局、母の居場所は、限界コミュニティにしか無いという事か。
母が望んでその環境に身を置いている以上、母からSOSが本気で発せられるまでは
見守ろうと、いまのところ姉妹間で落ち着いています。

時系列無視で書きますが、最近の母と話していると、薄々は創価がトンデモだということを
もうわかってるんじゃないか?と思う事があります。
しかし、自身が人生の大半をかけてきた信仰であり、「創価」の看板背負って歩いてきた、
その自負がありすぎるからこそ、気付きたくない(覚醒したくない)のではないか・・と。
誤りを認めることは本当に大変です。
騙されてきた事に気付くのは本当に残酷です。
40代で気がついた私も、苦悩しました。特に、私がバリ活時代に接してきた全ての人たちに対し
顔向けができない。示しがつかないと、どうしようもない思いにかられました。
私はたまたま故郷を離れて覚醒しましたが、これが地元に住んでいたならどうだったろう?
たぶん、心療内科に通ったと思います。メンタルはボロボロだったろうし、今こうしてブログを
書くなんて事も、無理だったかもしれない。
そのようなダメージを回避すべく、母は都合よく目隠しをつけたり外したりしているのではないか。
母が池田老人Xデーに「組織が割れる」との見通しを語ったのは、実はそうなってほしいという
母の願望なのではないか?と思ったりします。
そこで分裂し泥臭い事実が表ざたになれば、母は被害者ヅラできるわけです。言い方は悪いですが。
「私たち、なんにも知らなかったの。いつの間にか創価は変節していてこんなありさまよ!」と。
しかしそれを「覚醒」とは呼べません。
残念ながらただの「開き直り」です。
それだけは避けてもらいたい。
出来れば深い反省と反芻「二度と過ちを繰り返さない・同じ轍を踏まない」という覚悟をもった
「覚醒」であってほしいと願っています。
が、そう願う一方、あまりにも創価人生が長すぎた母の人生完全自己否定が、精神を壊す事にも
つながりかねないという懸念があり、そこはジレンマです・・。
カルトとは、どこまでも罪つくりで、人類の害毒でしかありません。

限界コミュニティ(創価地域社会)に生きるしかないとの諦めから、自己欺瞞に陥っている会員は
潜在的にかなり多くいると思われます。 
創価問題の根の深さは、高齢者においてより深刻なのではないかと思う今日このごろです。

(続きます)
(次回は時系列の話に戻ります)