三歩で忘れる鳥頭

2013年11月。
母方いとこ(男・以下A君)に慶事があり、お祝いを贈ったところお礼の電話がありました。
A君は男子部バリ活。そして奥さんも女子部あがりのバリ活です。

この当時、特定秘密保護法の成立に絡むニュースが世間をにぎわせていました。
現役男子部に、この件についてどんな意見があるのか聞く絶好のチャンス!と思い。
一通り会話のち、「特定秘密保護法で大変だね」と水を向けると
「なにも大変じゃないよ、なんで大変?」との返事が。
「創価が支持母体の公明党が法案に賛成するのはおかしいって、ニュースでも言ってるよ?
知らないの?」と私が返すと「忙しすぎてニュースを見ている暇なんかない」との答え。
A君の言い分はわからなくもありません。私も現役活動家時代、ニュース番組をやっている時間帯
家にいませんでしたし、敢えて見ようという気も起りませんでした。
「すごい話題になってるじゃん。ネットも見ないの?」と尋ねると、「ネットは見ない」ときっぱり。
「世間はどうして公明党が法案に賛成するのか解らないって言ってるけど?」と問いかけてみると
「公明党のすることだから、悪い様にはならないと思うよ」と答えが返ってきました。
上記やりとりは、この記事にも書いています。

A君の発言から、私だっていま現役活動家だったら彼と同じ反応をしただろう・・と思いました。
「公明党は悪い様にしない」 まさにミラクルありきの考え方。
以前書いた記事からの抜粋になりますが↓

そして自分が覚醒前、公明党という政党団体を応援していたにもかかわらず、
政治に無知であったのは
結局はそれが「政治改革を願う・国のためを思う政党支援」だったわけじゃなくて
単なる「仏道修行」であったから、後がどうなろうが興味が無かった。 
公明党は悪いようにしない、と丸投げしていたのは信頼では無く「オカルト信仰」(コトダマ信仰と
いってもいいかもしれません)だったという事が、よーくわかりました。


自分で書いておきながら忘れていましたが後がどうなろうが興味が無かった。 
創価脳の不所存なすべての言動は、此処に尽きると思います。
熱烈に選挙支援活動を行っても、選挙が終われば議員になった人の動向になんて興味ゼロ。
「当選」させる事だけが重要であり、その人物がどんな活動を行おうが、どうでもいい。
ただし不祥事を起こせば袋叩き。そんなものでした。

折伏にしたってそうですが、長期的視野がなく、非常に場当たり的なのです。
前回の記事を書いている期間、活動家当時の私が折伏しようとしていた別の友人とのエピソードも
幾つか思い返していました。
これも以前に書いた事があるのですが、お子さんが難病を患っている友人。
バリ活女子部だった私は「折伏してお子さんの病気を完治させてあげたい」と真剣に考え、
友人に仏法対話を重ね・御祈念していました。
御本尊様をお受けし、友人が信心に励めば絶対お子さんの病気は治ると「信じて」いました。
しかし不思議なことに
「折伏本流できたとして、難病が治らなかったらどうする?」とは一回も考えなかったのです。
どんだけ自信もってたんだ?!どこに「完治する」という確証があったんだ?という感じで、
我がことながら驚いてしまうのですが。
「病が治らない」という可能性については1ミリも考え及ばなかった。
どこにも(彼女のケースと同じ)サンプルが無いにもかかわらず、信仰の効果は絶対だと思えていたのは
どうしてだったのか?
自分に問うてみても、覚醒してしまった今となっては明確な回答を出す事ができません。
もし、友人から「入会・信仰しても完治しなかった場合どうしてくれるの?」と問われていたならば
私は何と答えただろうか。
「難病完治は無くても、創価に入会し御本尊様を受持する事で前向きに生きられるようになる」
せいぜいこんな、苦し紛れな答えしか浮かんでこないのです。

結局友人を折伏は出来ませんでしたが、あれから十数年。
彼女はネットで情報収集の末、たどりついた名医のもとへ通い、お子さんの症状は改善。
いまは元気に学校に通い、クラブ活動も頑張っているとのこと。
まだ「完治」はしていなくても、日常生活を普通に送っています。
信仰などもたずとも・創価に入会なんてせずとも、彼女とお子さんはしっかり現実と向き合い寄り添い
目の前の困難を地道に・確実に乗り越えてきました。
覚醒した今の私からすれば
「創価じゃなくても乗り越えられる。そんなの当たり前じゃん・・」なのですが、
これがもし、私が今も創価脳のままであればずうずうしくも
「折伏は叶わなくても、彼女とお子さんが立派に乗り越えたのは私の祈りが通じた証拠!」と
他人の功績(?)を、厚顔無恥も甚だしく自分の手柄みたいに思ったかもしれない。
なんでもかんでも良いように受け取る・自分の信仰の正当性の裏付けとしたがる・こじつけようとする。
他者の成功や朗報を素直に喜べる、それは素敵な事ではあるけれど、
「私の祈りが通じた!」などという勘違い・思いこみの下地ありきでの喜びとは
なんと陳腐なのだろう。
返す返すも、薄っぺらな価値観で・身の回りでおこる全てのできごを受け止めていた事について
情けなく腹立たしい思いでいっぱいになるのです。
そして「信仰が無くとも乗り越えた」、この立派な他者の事実に目を向けようとしない盲目さにも
寒気がします。
あくまでも中心は自分(の信仰)であり創価。
公平中立に物事を捉える事ができない、歪んだ偏った凝り固まった状態で全てを判断する。
創価脳の大半が、上記の精神状態にあるといっても過言ではないと思います。

話を元に戻します。

私が創価公明批判めいたことを言おうとしている、とA君は察知したようで
「世論にばかり流されてないで、(聖教)新聞読んだり現場(会合)で話を聞いた方がいいよ」と
アドバイスがありました。
私は内心「www」でしたが、特に反論はせず・話を膨らませることをせずに電話を終え。
A君に、私が結婚後非活になってしまった事実はおばを通じ伝わっています。
踏み込んだ会話になっていけば、頭の痛い・かみ合う事のない論争に発展する事は想像に
難くない。そんな不毛な会話は、母とだけでじゅうぶんw
親戚間にまで面倒事を広げたくない・・という思いでした。

けれど「おい、しっかりしろよ・・」と言ってやればよかった。と後から思いました。
世論に流されるなと言いながら、A君は私を納得させる様な意見・私的見解を
ヒトコトも述べることはなく。
「新聞を読んだり現場で話を聞いた方がいい」と、組織に丸投げしたのです。
そんなことで何ひとつ解決するわけないじゃん。創価ロジックに丸めこまれるだけだっつの!
役職名は伏せますが、A君は役職があります。
創価の活動方針や、政党支援またその政党が推進しようとしている政策に対して
疑問や不信感を持った同志後輩がいたとして、同じ事を彼は言うのでしょう。
「答えは学会(活動)の中にある」「先生の行動から学べ」とかなんとか。
そうやって何事もマヤカシでぼかしておき、当人に適当な答えや落とし所を勝手に見つけさせるのが
創価組織の常套手段です。
A君が意見や私的見解を述べない、そこには彼なりの理由があることも、元活動家の私には
わかります。
賛否のわかれるお題に対し(正確には「賛」なんてありませんが)
たとえ肯定的内容であっても個人の意見や私的見解を述べることは、組織においては「我見」と
みなされることがある。
「我見」が、組織や先生に迷惑をかける結果になってはいけない。だから新聞や・そこそこの幹部が
現場におろしてくる談話頼りになる。
創価組織大本営発表だけが「唯一正しい見解」なのです。
自分なりの解釈で創価公明まわりを語ることすらタブーだという空気が、現場にはあります。
特に青年部の幹部クラスにおいて、この傾向が非常に強いのではないでしょうか。
まさに訓練の賜物です。
A君がいかに「骨抜き状態」にされているかが解り、背筋が凍る思いがします。

この電話の数日後、実家の母と連絡をとる機会がありました。
余計な事かと思いながらも、A君からお礼の電話があったとき特定秘密保護法(案)について
話をしたが、全然内容をわかってもいないのに「公明党は悪いようにはしない」と言っていた・
不勉強のくせによく政党支援なんて出来るよね?とイヤミっぽく話しました。
母は「(内容が)わかってても、あんたみたいな屁理屈に話したってどうしようもないって
思ったんじゃないの?」と一蹴w
いやいや、そんなんじゃなかった。本当に何もわかってなかったし。だいたいニュースも見ていない。
この法(案)に公明党が賛成する事の是非について、世間が騒いでる事も知らない様子だったし・・
と私が反論すると
母「私だってそんな事で世間が騒いでるなんて知らなかったわ」と。
エエッ?!と、私は驚きました。
本当に、世間で何がどうなってるかなんて知らないんだ創価脳って。
私も過去は同類でしたが、今更ながらビックリしたのです。
「じゃあ言うわ。あまりに政治や世間に無知な人達が、こぞって政党支援なんてしてるのおかしいよ。
自分たちが支援して当選させて、政権与党にまでしたんでしょ?だったら責任もって監視してなよ。
戸田先生もそう言ってなかったっけ?」
当時私が知り得る限りの・報道特集番組等で得た法(案)に関する知識を母に話しました。
母はふんふんと聞きながら「そんな難しい話、会合じゃしないからね・・」と、ぽろっと本音をこぼし。
それ見たことか!と、私は「だからさ、前からも言ってる通りだけど、仏道修行の一環としての
政党支援なんて、ダメなんだって。そんな事で世の中おかしくして、どうすんの?
自分たちが支援している政党がやろうとしている事もわかってないのに、票取りに死に物狂いなんて
おかしいんだよ。それに一般世間の人たちに対して失礼だよ。
功徳欲しさでやってることで、世の中悪い方へ向かわせてどーすんの?ありえないよ」とたたみかけ。
母は「それにしてもあんた、詳しいわね。どこでそんな勉強をしてるわけ?」と尋ねてきました。
特に勉強なんてしてない。普通にニュース見たり一般紙(新聞)読んだり、最近は報道バラエティもあるから
そういった番組を見ていればわかるよ。と答えました。
「とにかく、(公明)支援しているからには、政権与党が何をしようとしているのかくらいは知っていないと
恥ずかしいよ?知りもしないくせに、何が”暴走自民のストッパー役”なの?そんなこと言っちゃいけないよ」
と、母にはっぱをかけてみました。
母もさすがに反論の余地は無かったようで「勉強するわ」と答え、電話を切りました。

このような「宗教活動の一環として政治支援を行うのは間違いだ」
「学会員は騙され、ていよくこき使われている」
という指摘は、もう何度も行っています。
母はそのたびに立ち止まって、すこしだけ考える「ふり」をします。
が、悲しいかな「法戦」の号令が創価大本営からかかれば、全てを忘れ支援活動に猛進するのです。

「三歩で忘れる鳥頭」 
創価脳は2015年いま現在、4月の統一地方選挙に向けて支援活動を行っています。
”候補者の名を語って宿命転換”などと、信じて戸別訪問にかけずり回っているのです。
そこまでして欲しい功徳とは。変えたい運命とは一体なんなのだろう。
どうして具体的で現実的な手段で解決しようとしないのだろう。
どう考えても現実問題とかけ離れた「選挙支援」なる行動で、問題解決をはかろうとするのだろう。
創価脳でなくなった今の私には、理解できないことばかりです。

(続きます)

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長らく更新しなかったことで、ご心配をおかけしてすみません。
新居への引っ越しを控え、非常に忙しくしております。
完全に落ち着くまであと1-2ヶ月かかりますが、合い間を見て更新・コメントレスをしていくつもりです。
いつものことながらマイペースですみません。
どうぞよろしくお願いいたします。




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