危急の策

アンチ創価で50年余りを過ごしてき、
全くその「気」のなかった人物が、聖教新聞の購読を承諾する。
バリ活にとって、これほどの吉報はありません。
ずっと学会に反旗を翻していた人が、理解を示す。これぞ大勝利(w)
母は、まさに「大歓喜」なる創価用語ピッタリの喜びっぷり。
新聞の次には本尊授与が既定路線で見えている、そんな期待もしている様子。

姉が「やっと解って」新聞購読したわけではないことを、私はヒシヒシ感じていました。
これは財産を守るための危急の策、それ以外の何ものでもない。
しかしわざわざ母にいうほど、私も無粋ではありません。
「へぇ、そうなんだ」と返事するしかありませんでした。
母は「あの子は再婚してから、本当に変わったわ」と姉を誉め、
きっとお相手が創価に理解があるんだろう・一回目の結婚は、相手が強烈なアンチ創価だったから、
姉自身はそれほどアンチでもなかったけれど、結婚相手にひっぱられてしまっただけなんだ。
「女は一緒になる男(=結婚相手)で人生決まってしまう、それだけ女は宿業が深いからね。
でも、あの子は断ち切れたの。 いいお相手と再婚できて、人生を変える事が出来た。
私の祈りが通じたって、ほんと御本尊様に感謝してるわ」と母は言いました。
私は内心
”じゃあ、私は結婚相手(=主人)に引っ張られて、そのせいでアンチ創価になったとでも言うの?”
と思っていました。 敢えて口には出しませんでしたが。
都合のいいように「宿業」を持ち出し、自分の祈りで娘(姉)の人生が良く変わったとか言い切る。
あれっ?宿業って自分もちなんじゃなかったっけ?
個人の祈りで、他人の人生変えられるの? 私も創価脳時代は、そんな可能性を信じてた。
けど、覚醒してしまった今は「どー考えたって無茶苦茶じゃん!」と思える。
あいも変わらず突っ込みどころ満載だけれども、私はこの時はそれらを封印しました。
とにかく今、事を荒立ててはいけない。こう自分に言い聞かせて電話を終え。

姉が欺瞞作戦として新聞購読を申し出たことは、多分まちがいない。
何も今さら学会三世の自覚を持とうとか・信心一寸初めてみちゃいます、そんな事では絶対にない。
母が財産を寄付してしまわないように、私という学会三世の一粒種(?)が脱落しても
ちゃんと長女が跡を引き継ぐからね・・との、母に対してのポージング。
当然のことながら活動に参加したりする気はゼロで、母に本意は告げずとも、全ては財産の為。
なにも、姉が財産をひとり占めしようとか、そういった類の事では無く
これは父方親族への面子を保つための防衛策だと、私は理解しました。
だけれども、そんなことを知らない母は文字通りぬかよろこびをしている。
学会員は騙されやすい。実際、母は何度も騙されてきている、内外ともに。
実の娘にまで騙されるとは、なんだか憐れだな・・と感じ、
(綺麗事をいって良い子ぶるわけではないですが)
親に対してでも、実を取るためには虚も仕掛ける、そんな姉にさびしい思いがこの時は
したのです。

そしてふと、姉が「リスク」をどう考えているのか?ということに思い及び。
上手くいなすつもりではあるだろうけど、学会員は一筋縄ではいかないw
きっと母が会合席上、あのアンチの長女が新聞購読!と発表したら、地域は色めきだつ。
次は本流とけしかけることは目に見えており、母ひとりで大変なら助太刀いたす・・と
婦人部がわさわさ、出てくる事も想定内。 なんだったら姉の居住地の学会員にも連携をとるはず。
(それでなくても、新聞集金や配達員等、さまざまなコンタクトを地元の学会員が試みる)
統監カードも長らく実家地域におかれたままだけど、この際だと居住地に移されちゃうかも?!
そんな流れを妄想しw大丈夫か?知らないぞ~・・と、意地悪く思った私。
というのも、姉の行動を「抜け駆け」のように当時は感じたからです。
一声かけてくれれば、元バリ活の経験上アドバイスもしたのに・・と、少し残念に感じていました。

2014年4月、次子が幼稚園に入園。
この年の春休みは旅行があったり、入園式が早い日程だったこともあり実家帰省なし。
GWも長子の学校は暦通りな上、行事もあったので帰省する予定は特に立てず。
それを実家に連絡する事もしませんでした。
が、母からGWの帰省を打診され事情を説明しても「次子だけでも帰省できないの?」と
食い下がるように請われました(この記事にも書いています)
普段、それほど孫に会いたいと言う事のない母が、次子だけでもいいから実家に寄こせだなんて
おかしい。ありえない。 何かたくらみがあるのではないか?
2月に叱責を受けて以来の電話を姉に入れたのが、この時です。
最初の電話は用件のみで手短に済ませましたが、GWに実家に顔を出した姉から
報告の電話が来た際、私は姉に新聞購読のことを尋ねました。
「お母さんから聞いてびっくりしたんだけど、よく取る気になったね」と。
姉は、前々から購読して欲しいと母に頼まれていたのであって、突然ふってわいた話でもない・
自分が言いだした訳じゃない。話の流れで購読を了承したとの返答。
私は母から”姉自らの申し出”と聞いていたので、おや~?と思いながらもそこは敢えて突っ込まず。
「お母さんすっごく喜んでたよ。でも、一回気を許すと学会員はしつこいよ~。
自分がそうだったから言えるんだけどさ。そこは大丈夫なの?」と姉に尋ねました。
その時点で姉は無問題だ、と答え。
「学会員との接触を避けたいなら、料金は銀行引き落としにするのが無難だよ」とアドバイスをし
電話を切りました。
しかし、残念なことに私の予言(?)どおりになってしまいます、後に記します。

母から贈呈で新聞を入れさせてくれ(無料だから)と言われても、姉は固辞し続けていた。
それがこのタイミングで購読了承するというのは、やっぱり「ご機嫌とり」。
現在の私は黒歴史を経たからこその、「学会アレルギー」が出ています。
自分でお金を払ってSPを購読するなんて考えられないし、どんな理由があるにせよ
まっぴらごめんです。
また、実際今年に入り、新居に母が贈呈で入れてこようとしたのですが断りました。
無料でもいらない。毎日ポストに入れられるなんて耐えられないw 
こんな感覚になっているので、アンチの姉が理由ありといえ新聞購読するという事について
当時は理解に苦しみました。
この出来事から少し経過し、姉に「新聞読んでるの?」と尋ねてみたところ首を横に振って
「開けたことも無い」と言いました(=つまりそのまま捨てている)。
それをどうこう言えた立場ではないのですが、私はこの姉(外部)の「割り切りっぷり」が
未だ不思議で、私の理解を超えています。
私には、どうしたって絶対に割り切れないw 
黒歴史ありの私と・一般感覚の姉の間に、確実に超えられない壁があるのだと感じています。

当時、姉が新聞購読をした事に関して、しっくりいかないものを感じつつも
これは母と姉の問題であり、私は部外者である。とこの時に決めました。
そして財産についても、姉が一切を相続するような流れになっても私は異論ない。
実質、距離的に母の傍にいるのは姉であり、独居になって以降は何かと気にかけてくれている。
亡き父の墓を守ってくれているのも姉なのだから。姉が相続して当然だと考えました。
兄も、私に対しては心中穏やかでないだろうが、姉に遺すということであれば異論ないだろう。

私は自分の心に嘘をついてまで、おとなしい学会三世で居る事は耐えられない。
言いたい事はいうし、押しつけられることはもってのほか。
私が2012年の夏に覚醒してからこの頃までずっと、ジレンマに感じてきた事は、
兄姉には無い母との特殊な関係性であり。
家族の中で唯一、信仰という繋がりある母と私。
私が覚醒してしまったことで、母を精神的にひとりぼっちにしてしまう
(こちらにそんなつもりはなくても、母が頑なになり孤立を選ぶ)事が何よりも問題だと感じ、
とどめを刺すようなことは、言わないよう・しないよう心掛け。
なんとか母も覚醒し・創価離れ出来ないものか・・と、手探りで語りかけ、願って来た日々でした。

姉には悪いけれどすすんで「身代わり」になってくれるなら、どうぞどうぞと席を譲りたい。
そんな風にこのとき割り切りました。
すると、不思議と肩の力が抜け、これ以降母の創価脳問題に対しても
必要以上に感情的にならず、冷静に対応できるようになったのです。
ある意味、姉に創価脳問題をシェアすることができたから、気が楽になったといえるかも
しれません。 

(続きます)


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欺瞞作戦

2014年2月。
母との通話後、私は姉に連絡を入れました。
「財産を残さない(可能性がある)」と言われた事に対し、まさかそんなはずはないだろう・・と
思いながらも、不安で早めに耳に入れておこうと思ったのです。

父が逝去するまで、実家にどんな資産があるかなど私は殆ど知りませんでした。
父の死後、相続の時に初めて解ったようなもので。
また、そういった資産を母が「盾」にとって、信仰継承を迫るといった事は想定外でもありました。

経緯を話すと姉が激怒しました。
2012年の暮れ、姉に覚醒した・いずれ脱会するつもりだ、と宣言した際、
「お母さんにはその事は言わない方がいいよ」とアドバイスがありました。
それ以降に姉と話した際、母に新聞部数を減らすように話し成功・自分は創価の活動は
やらないと宣言した・・と伝えました。
このときも「なるべく母を刺激しない方がいいんじゃないか」とやんわり釘を刺されていました。

姉は「私たち(=兄含む)の懸念はそこだった」と話し。
つまり、姉も兄も母が信仰継承がない子らには財産分与しない・寄付すると言いだすのでは
ないか?と薄々予期していたというのです。
たとえ私一人に残すということであっても(自分たちに分与なくとも)寄付されるよりはマシだと
考えていた・一番最悪のパターンが子供達に残さず、一切を寄付するという事。
今回の件で本当に最悪のパターンに転ぶかもしれない、余計なことしてくれたと怒られました。
姉の発する言葉が想定外で、私は驚いて
「いつからそんな風に思ってたの?」と聞いたところ、それは父方親戚の懸念でもある、との回答。
父逝去後、相続手続きの際に親戚が姉に漏らしていたようです。
母が相続した不動産の隣接一帯、父方親戚の不動産があります。
父方親戚は誰ひとりとして売却せず維持しており、それが一族暗黙の了解でもあるらしく。
”母が勝手な事をしないよう、もし手放すような事態になったらまず自分たち(父方親族)に
声をかけて欲しい。
よそに渡るくらいなら自分たちが買う”と言われていると、初めて聞かされ改めて驚きました。

少し話がそれますが、一般の方々にとっての「創価」へのイメージはろくでも無いことだらけですが
ことお金に関しては、非常に悪いイメージを持たれていると感じます。
以前も書きましたが、父の葬儀の際、父方親族(全員一般)が香典を受付には出さずに
すべて姉に託していました。
つまり、父方親族は「香典を受付の学会員に渡したら、家族に渡らない。学会にもって行かれる」
と思っていた。
母にも私にも託さない。なぜなら創価脳だ(った)から。
信用のおける、アンチ創価の姉に渡したほうが安全だと考えたということです。
「財産を創価に寄付されるのでは・・」という不安を感じていたのも、無理のないことです。

きょうだいの中で私一人でも、活動熱心ではなくとも創価に反旗を翻さず、穏便にマツリゴトを
とり行う者がいれば財産は寄付されること無く、守られるだろう・・だから私には静かにしておいて
欲しかったんだ、と。
姉は「私はそんなこと思って無かったし、そうなったら止めるつもりだったけど」と前置きつつ、
もし私が財産の一切を相続するような遺言書を母が残したならば、兄は私を相手取り
訴訟するつもりもあるようだ、と聞かされました。 これが精神的にかなり堪えました。

私は自分が不動産を相続する事になるだろうなんて考えた事は、ただの一度も無かったのです。
単純にお墓と仏壇はアンチ創価の兄姉じゃ無理だから、私が引き継ぐんだろうな・・と
思っていましたが、不動産とそれらがひも付きになっているなんて発想がなかったですし
(単純に、財産はきょうだいで均等に3分割するものだと考えていました)
母がそれを言いだすまで、まったくあずかり知らぬ事でした。

姉の発言は、まるで私がスケープゴートだったかのように聞こえ、ショックを受けました。
それと、私がほとんど接する機会のない兄まで、そんな風に思っていたのか・・と。
兄とは父葬儀の際にかなり揉めて、怨まれているだろうな・・とは重々感じていました。
ただ、この時に初めて、そんな単純なものではない。 
それ以前の問題で私はずっと兄に良く思われてはおらず、憎らしい対象だったのだと気付き
ゾッとしたのです。
創価脳のまんまでいても怨まれただろうし・覚醒してはみたものの母に矛盾を突きつけたら
「財産残さないわよ」と脅しをかけられ、そのことでまた兄姉から余計な事しやがって!と厄介扱い。
きょうだい間における自分の立ち位置も、幼少期からの洗脳がなければ・洗脳に罹ってなければ
全然違ったものになったんだろうな・・と考えると、なんともやりきれない思いがしました。

「とにかく創価がらみでお母さんを刺激するようなことは一切慎みなさい。
穏便に物事収まるように考えて行動してくれなきゃ困るのよ。
親戚にまで心配厄介かけるようなことになったら、あんた責任がとれるの?無理でしょ?
今後はおとなしくしておいて。お母さんのことは、私に任せて」と姉は言いました。

同じ家に生まれ育ったにもかかわらず、兄姉と私はまるで他人。
覚醒後、姉に母の事で相談をもちかけたときにも絶対格差を感じましたが、この出来事でまたも
私は打ちのめされた思いでした。

そして、姉(と兄)が母に対し創価問題スルー・沈黙を貫くのは
(若い頃は喧嘩まがいなやりとりをしていましたが、父逝去後は右から左へ受け流しています)
母に対して無関心なのだ、と私は思っていました。
しかしそれは見当違いだった。
あくまでも自分たちの利益を失わないための沈黙だったんだ・・と解り、なんともいえない気持ちに
なりました。
兄姉があまりにも、クールだなぁ、と。
家族である母がカルトに毒されていても、つついたら利益を損ねる。ならばそっとしておこう。
こんなかたちの「障らぬ神に祟りなし」もあったんだな。
それが大人のやり方であることは十分理解できますが、さすが外部(感覚)の人達は違うな・・と。
きょうだいでありながらも、絶対的な差異をここへきて改めて痛感したのです。

母が常識外れのオカルトを信じていたって、決して止めたりしない。
馬鹿なことやってるんだよ?なんてわざわざ・いちいち指摘しない。
無関係の・あかの他人になら無責任に言えるのかもしれません、しかし母は利害関係にある。
利益を守るためなら余計なことは言わない。これが姉(と兄)の現実なんだな、と。

以前、姉に母が創価脳のままでいる事は家族にとって忌々しき問題ではないか?と
尋ねた事がありました。
しかし姉は、母が創価脳でいることは個人的には嫌だけど、どうにかしたいとは思ってない・
「ひとりの人として受け止める。家族だからどんなに(創価信仰のせいで)残念でも縁は切れない。
だからそこはうまくつきあっていくしかないんじゃない?」と言いました。
この記事です
このやりとりを受け、創価問題は母と私のみに横たわっているのだと私は受け止めました。
そこからは近視眼的に・これは2人だけの問題と捉え、
創価脳の非常識を改めてもらいたいと願いながら、私は自分の考えを母に突きつけてきました。
そのことが結果的に、兄姉や私も含め・一家の利益を脅かす事になろうとは・・。
私が浅はかだったのですが、まさかこんな事態になるなんてと、茫然自失でした。

それから暫くの間、私はどうすればいいのか・・と逡巡していました。
姉の忠告を守って今後一切、創価批判は言わずにやりすごすのが賢明か。
私自身のスタンスはもう母には伝わった。オカルト信仰功徳を否定している事も告白できた。
だったらそれでもういいのではないか。
私は出来れば、母にも創価という団体のおかしさを理解してもらいたいし、オカルト信仰は
止めてもらいたい。非常識な思考回路も、できれば改めてもらいたい。
日蓮仏法を信じる事まで止めて欲しいとは思っていない。信仰対象を否定はしたくない。
信教の自由が認められている国なのだし・・私が母の心の選択の自由を阻む権利なんてない。
ただ、創価という組織への帰依だけはハッキリ「おかしい」から、そこだけ解ってもらいたいのに・・。
もんもんと考える日が続きました。
それ以降多忙で実家や姉と連絡をとることもなく。
春休みを迎え、義実家のメンバーと海外旅行へ。
旅行中に母からスマホへ不在着信がありましたが、コールバックでは無くメールで
「通話料が高くなってしまうので、何か用ならメールで送ってください」と送信。
返信には、50代の母方いとこが急逝したとあり。
「春休みだから葬儀に来れるかと思い連絡したけど、海外にいるのなら無理だね。
(私の主人名義で)お香典を出しておきます」と。

50代前半のいとこは、男子部で一時期頑張っていた役職者。
彼が持っている「体験」はかなりミラクルで(というか、今思えば本人の努力と元々の能力の高さ
なのですが・・)親戚内でもヒーローでした。
仕事を省みず活動ばかりというタイプではなく、仕事も人一倍頑張っており。
壮年部になってから活動はほどほどだったようですが、毎年家族の写真入り年賀状が届き
元気そうだなと思っていました。 それが、まさかの急逝。
いとこの父親(=母の兄でバリ活でした)も60代で急逝しています。
何があったのだろう?と思いながら、帰国後すぐ母に電話。
いとこの死因が当初解らなかったそうで、事件性があるのではないかと調べられたこと・
結局は急性疾患による死因だと診断が出たのですが、一部親族から「自殺では無いか?」という
声も出ていた・・と聞かされました。
亡き伯父(いとこの父)の死もショックだったが、その息子までこんなに早く逝ってしまうなんて・・と
嘆く母は
「やっぱり一家の宿業が断ち切れていないんだねって、みんな(=母方きょうだい)で話した」
と言いだしました。
母方が改宗前、真言宗を信じていたから「男が立たない(早死にする)」という、例の因縁話です。
思わず私の中でスイッチ入りそうになる瞬間、”なーに馬鹿な事言ってんだよ!また始まったか”
と言いたいところを、ぐっと抑え。
矛先を変えるべく「奥さんも大変だけど、おばちゃん(いとこの母)が心配だね」と言ってみました。
子を先に亡くすというのは、精神的にかなり堪えると聞きます。
主人亡きあと長男が頼りだった面もあるのではないか・・と感じ、そのように言ったのですが
母は「OOさん(いとこの母)、信心おろそかになってたみたいだよ。こんな事になってしまって
猛省してるんじゃないの・・」と、あろうことに小姑根性で批判めいたことを呟いたのです。
遺族に対して、そのようなこと(信心おろそかにしてたから云々)普通思うか?! ありえない。
さすがに私は我慢がきかず「それは関係ないでしょう?」と返しました。
母は「でも本当のことだから」と、ぼそっと言いました。
一瞬息をのんで、こんな非常識をスルーして良いものか?
これってやっぱ説教したほうがいいんじゃないのか?と、思った私でしたが
母が突然「そういえばさ、凄い事があったのよ!」と話題を変えました。
え?凄い事って?と聞き返すと母は嬉しそうに
「やっと祈りが通じてねぇ。 OO(=私の姉)がね、聖教新聞をとってくれるっていうのよ!」
と言いました。

へぇ。
ほぉ~・・そういう展開できたか。

姉の繰り出した欺瞞作戦に、私は複雑な気持ちになりました。

(続きます)