2015年 感謝

今年も、拙ブログをご覧いただきありがとうございました。

更新頻度を上げるのが年頭の目標だったのですが、振り返るとさほど進んでおらず(汗)
年の瀬も押し迫り、慌ててこの記事の下に
「創価脳な親との関係」カテゴリの新記事をUPしました。

先の記事にも少し書きましたが、2015年は創価脳の母に明らかな変化がありました。
現在の母は、やんわりと非活の道を歩んでいます。自らすすんで、です。
これは昨年の暮れには考えられなかった事態で、私も大変驚きつつ、喜んでいます。
まだ、脱会への道のりには距離があるという感じですが、時間薬が効力を発揮することを
静かに見守っている。そんな現況です。
どうしてそこに至ったのか、早く書きたくて気だけは急いているのですがw
要因をひとつ書くと、「集団的自衛権」を巡る創価の対応と・熱心(?)な会員との
攻防を見聞きしたことにあります。
これは、私には物凄く意外&想定外なことでした。
その話を早く書けるように、来年の更新頻度をあげるべく・
内容を簡潔にまとめるべく(←実はここが難題で一番手間取っておりますが)頑張ります。

閑話休題
今年、私が最も感銘を受けた、大前研一さんの言葉を紹介します。

人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
もっとも無意味なのは、「決意を新たにする」ことだ。


これぞ、創価脳や仏罰恐怖症からの脱却にぴったりの方法論だと、感嘆しました。
(いや、そんなつもりで紡いだ言葉ではないとは思いますがw)

1番目の時間配分を変えるというのは、創価関連に割いている時間を
まったく別のことがらに費やすといった意味で捉えられると思います。
ごん行唱題に費やしていたその時間を、読書の時間に充てるとか・30分長く朝寝するでも
いいですしw
会合に出ず、別のことを始める。仕事でも習い事でも、ウォーキングでもなんでもいいと思う。
時間を、自分の好きに計画的に使う。これは洗脳を解いていくための第一歩です。

2番目の住む場所を変える。これは様々状況があり簡単ではないかもしれませんが、
組織から足抜けしたい時には一番最適な方法だと思います。
広義でとれば、一切活動に出なくなることも「住む場所を変える」に等しいかもしれません。
自分の生きる大事な場所は、学会世間ではなく他のフィールドにある、と捉え
ごく普通の生活を取り戻し「居場所」を変えることは、呪縛からの解放に有効です。

3番目のつきあう人を変える。
創価同志から離れ、外部と積極的につながり触れ合っていくことは、
偏狭特殊な世界観・価値観を打ち破るためにも肝要です。

そして一番刺さるフレーズが、「もっとも無意味なのは決意を新たにすること」w
創価では「決意」という言葉を好んで使います。常套句です。
あらゆる機会を使ってとにもかくにも、会員に「決意」させようとします。
それは主に会合席上であったり、幹部との語らいや指導中であったりと様々ですが、
あくまでも「創価信仰」というフィールド内においての決意であり、決意との言葉を使いながら
その実は、お飾り師匠&組織への忠誠を誓うものなのです。
それは「もっとも無意味な事」・・w その通りだ!と感心した次第です。

総じて人間、環境と生活習慣を変えないことには、変われないという事なのだと思います。

覚醒から3年経過した私の2015年は、後半に思いもよらない出来事がありました。
そのせいで、ある計画が完全に白紙となり、少なからずショックをうけました。
当初は落ち込み、どう気持ちを切り替えたらいいのかわからず、悩んでいましたが
ふとしたときに、あれ?これって角度を変えて考えれば、最終的には私の思い通りの方向へ
進んでる・・?こうなればいいのに、と願ってきた事に近付いてる!と気付いて、驚きました。
抽象的なかきかたで、なんのことだかさっぱり伝わらない文章ですみません。
創価脳のままであれば、私はこの出来事を悲観で捉えたし、それこそ「仏罰だ」と思ったかも
知れない。
その原因を信仰の中身に探ろうとしただろうし、問題解決の策として題目をあげたり・
場合によっては活動に復帰したりしたかもしれませんw 
そんなこと、ひとつも、なんの意味もなさないのに。
そういった思考習慣から完全に抜け出して、落ち着いて、多角的にものごとを見られるように
なったことが3年目の大きな収穫です。
そして、組織で言う仏罰なんて、やっぱりありません。

来年も、ブログを書き続けますので、時々のぞいていただければ幸いです。

みなさん、よいお年を迎えてください。

スポンサーサイト

布石

母の友人Xさんについて、姉が不信感をおぼえたのは2014年春のこと。
この時期、私は母・姉と連絡を取り合っていません。
例の「学会活動で功徳もらえるなんてオカルト」発言で、母から「今後の付き合いを考える」
といわれ・姉からは「あんたはおとなしくしてて」と叱られ、静かにしていた頃でした。
姉が実家を訪ねようと母に連絡を取ったが音信不通。
実家を訪ね、合鍵で家に入ると不在で携帯電話がおきっぱなしになっており。
事件に巻き込まれでもしたのかと、不安になった姉が隣家の住人に何か聞いていませんか?と
尋ねたところ、「1週間程度の湯治にでかけると聞いた」とのこと。
その連絡を、姉も私も母から受けておらず。それまで、母が連絡なしに数日間家を空けることは
一度もありませんでした。
警察に届けるにはまだ早いと、とりあえず戻ってくるのを待つことにした姉。
無事帰宅した母を問い詰めたところ、湯治に誘ってくれ一緒に出かけたのはXさんで、
携帯電話は置いていくようアドバイスがあった。湯治場は山奥にあり、電波が届かないことと・
携帯があると俗世が気になってのんびりできないから・・という理由でした。
姉はそのアドバイスに、不自然さを感じたといいます
(携帯持参したって、電波が届かないなら持っていこうがいかまいが同じこと)。
結局その真意(携帯を家に置いてこいというアドバイス)は今もってわかりませんが、
高齢者が家族に連絡のつかない状態で、1週間も家を空けるというのは尋常ではありません。
姉と私に前もって連絡を入れなかったのは、母の独断で、湯治に行くなんて言ったら心配かけると
思った。というものでした。
湯治に行こうと思うほど、母の体調が思わしくなかったということで、この出来事が契機となって
姉の強い勧めでセカンドオピニオン受診~新たな疾患発覚~先の手術へと繋がりました。

Xさんに不信感を持った姉は、母にあれこれ素性を聞きだした。
「マルチや、契約ごとや、借金を申し込まれたりはしていないか?」と尋ねたところ
母は「そんなことは一切ない。だいたい、Xさんはうちなんかよりはるかにお金持ちなんだから
そんな心配はいらない」と答えたとのこと。
私がかなり前に聞いた話も、Xさんはお子さんがおらず、ご主人が遺した賃貸物件の収入で
優雅に暮らしている独居老人・・とのことでした。
ただ、家をみたわけでもなければ・Xさんが話していることの「伝え聞き」なので実際のところは
わかりませんでした。
その後、母の入院時に見舞いに訪れたXさんが、付き添っていた姉を私だと思いこんで
話しかけてきたとのこと。
(遠方からご苦労様です、お子さんは誰が面倒を見ているんですか?など)
姉は、それは妹でもう帰った。自分は姉だと答えたところ、Xさんの表情が引きつった。
母に向かって「娘さんが二人もいるなんて、私初耳よ!」と。
母はばつの悪そうな顔をしていたが、「言ってなかったけど実はね・・この子は近隣に住んでるの」と
答えたのだと。
その時のXさんの表情が、なんともいえず、姉には「おかしい」と映ったといいます。
まるで姉が近くにいたら「まずい」というような、感じだったと。
母がXさんに姉の存在を話していなかった、というのは、直接理由を聞いたわけではありませんが
おそらく姉が筋金入りのアンチ創価で、長らく母と反目しあっていた時期もあったため、
敢えて話題にしなかった・ならなかったのだと推察します。
Xさんは近隣同志でも旧い仲でもないため、母が話さない限り姉の存在など知る由ありません。

この時点で私の感想は「要警戒」というものでした。姉の不安も、とてもよく理解できました。
もし、私がこのとき覚醒していなければ
「同志なんだし、大丈夫だよ。そんな疑ってかかっちゃだめだよ?」と、姉に言ったと思います。
同志だ、というだけで簡単に「いい人だ」「悪い人なわけない」と、安易に信用してしまう。
Xさんに対し、母もそのように心を許していたのでしょう。

時系列無視で書きますが、この数ヵ月後、母から電話がありました。
内容は、来週から海外旅行に行く予定だったが、相手の都合が悪くなってしまった。
高額キャンセル料のかかる時期にきているため、代理をたててでも行きたいが誰も都合がつかない。
あんた一緒に行かない?というものでした。
平日も含まれ、私がその旅行にいくとなれば実家方面の空港へと向かう必要もあり、
なんだかんだで1週間まるまる家を空けるような話です。
当然、子供達や家のこともあるため行けないよと断りました。
母は参ったわ~という感じで、もうキャンセル料を払うしかないねぇ・・と呟きました。
私は、ドタキャンなんて相手が悪いところもあるんだから、相手に多少大目に負担してもらえないの?と
言ったところ母は「そんなわけにいかない」と。
なんとなく「もしかしてその相手ってXさん?」と尋ねると、母はそうだと答え、他をもう少しあたって
みるからと電話を切りました。
ふと、3年ほど前にも全く同じことがあったのを思いだしたのです。
当時の私は園児&幼児のいる身。行けるはずないじゃんと簡単に断って、詳細を確認する
こともなく(一緒に行く予定だった相手が誰なのかも知らず)終わったのですが。
これって、もしや?
すぐ母に電話を入れ、数年前にも同じことがあったけど、あの時どうしたの?と確認。
結局だれも見つからず、キャンセル料を支払った。その旅行は近場(中国)だったので
たいした金額ではなかったが、今回は違う(高額だ)から困ってるんだよね、と。
「それってさ、相手は誰だった?」と尋ねると「Xさんよ」と母。 嫌な予感。
旅行の誘い、予約手配したのもXさんで、母はXさんに言われるままの代金を現金で支払い。
直前キャンセルのため、高額なキャンセル料との差額(1割程度の戻し)を受け取ったとの事。
それってちゃんと書面とか確認してる?と尋ねると「していない」と母。
これは・・と思った私は
「じゃあさ、私行けるようになんとかするから。旅行会社にパスポート番号の連絡も
しないとだね、私から直接する。Xさんに旅行会社の電話番号と担当者名聞いて」と伝え。
母が連絡をしたところ、Xさんは身内の不幸のため対応ができない。
今回はキャンセルでと、強行してきたのです。
姉にこの件を伝え、姉と共に「キャンセル書面をXさんに出してもらってくれ」と母に言いました。
旅行の予約じたいあったのか、そもそも疑わしいから、と添え。
しかし母は「そこまでしなくても・・」と消極的。
二度同じことがあっても、母はXさんを詰めたくはない様子。
今後Xさんとの付き合いはよく考えたほうが良い。旅行に誘われても二度と応じてはいけない、と
念を押し。
母も少し思うところがあったようで、了承してくれました。

長くなるので割愛しますが、他にもいくつかの不審な事があったのち、
決定的ともいえる出来事が。
Xさんが、突然実家を訪問。それまで、外でしか会ったことがなかったのにです。
母は招き入れ、夕飯をごちそう。深夜まで居座るXさんに、そろそろバスや電車もなくなる時間、
(自宅に)帰ったら?と促したところ
「住むところがなくなった。お願い、ここで同居させて」と、泣きついてきたのです。
これで母は、やっとXさんの本質に気付き。
姉夫妻が対応し、Xさんとの縁は切れました。
その後、母は自身の学会ネットワークwを使って他市に住むXさんの素情を調べ。
実際に組織の一員であり、副役職のあるご婦人でした。
昔、資産家だったというのは本当のことでしたが、近年は状況が違ったようです。
母が組織の人間から迷惑を被った・・という経験は、これが初めてではありません。
過去、マルチ商法をもちかけられ、損をしたこともあります。
その頃の母はまだ50代。「先生の思いにそむくような事をした者は必ず罰を受ける」と
「人を憎んで創価信仰に疑いは一切持たず」でした。
しかし、老齢期ともいえる今となって、この記事で書いた近隣同志の現実と共に、
Xさんとの事の顛末は、強固な創価脳をもつ母に変化をもたらす布石となりました。

海千山千、組織の中にもいろーんな人間がいることは解っていますし、組織内部に限らず
広く一般社会だって同じ。
とりわけ母が、まれに組織内で悪人というか残念な人に出会っているだけだ!と言われたら、
そうなのかもしれません。
そんな人にばかり出くわすのは、母の業だ!というような決めつけをしてくる創価脳も
いるかもしれませんが、私は全くそうは思わないので、いちいち取り合いませんw

ただ、創価がずっと訴えてきていた「(創価)仏法の万能性」については、嘘だ。ということを
実例を通して、私の意見として述べたいだけです。
お題目を何千何万とあげるだけで、人の本質なんてそうは変わらないです。
票を頼むことで悪業がとれることもないでしょうし、
誰かを組織に引き込むことで自分の幸福レベルが1UPすることも、まずありえません。
また役職がつくことで境涯が上がるとかいうのも、おとぎ話でしかなく。
今夏、実家帰省のさい手つかずだった、私が使っていた部屋の収納を整理した際に
出てきたノートがあります。女子部時代に、幹部指導を書きとめていたものです。
その中に書かれた一文に「なるほどなぁ」と思い。
”人間革命=宿命転換は、一番最後に性質(性根)が変わる” こう書いてありました。
生活環境や社会的地位や見た目などの「外側」は(放っておいても)変わっていくけれど、
一個人の本質的な部分は、最後に変わるということ。
「人間革命」の、一番最後って時間軸で一体いつを指すのでしょうか?
メモを必死でとっていた当時は、そんなこと考えもしませんでした。
今考えれば一番最後とは「臨終」まさに死ぬときではないのか。
変われない変わらない、そんなことはあたりまえ、
死ぬ間際まで学会活動に奔走し、「人間革命」に励めって事か・・。
これって最高の逃げ口上だな、組織の中にどんな悪人が含まれていたとしたって
「性根は死ぬまで変わんないよ、死ぬまでずっと人間革命の途上だよ」って話だもんな・・
前にも似たようなことを書いた気がしますが、これは全く良く出来たロジックだと思うのです。
「宿命」や「一凶」や「宿業」という名の、猛烈な自己否定からはじまる物語の終わりは
誰人にも平等に訪れる「死」のとき。
だったら私は、自己否定と一生格闘しながらの「人間革命生活」なんてしたくないw
そんなことよりは、自己肯定で自分の人生をよりよく、愛着あるものとして生きていきたい。
「その一生を、広布に尽くすことこそが最高の幸せ」・・こんな言葉を、組織にいたころよく耳に
しました。池田老人の文章にも、ありがちなフレーズです。
そう思える人は、それでいいのかもしれない。
ただ、そうとは思えない人に、それを押しつけることは愚の骨頂だという事を、弁えてほしい。
私はそう思います。

(続きます)

統監問題

2014年夏の帰省中、休暇に入った主人が合流しました。
新居購入の話はまだ母にしておらず、この時に主人から母へ報告。
母は寝耳に水といった感じで驚いていました。
主人が転勤もある仕事のため、遠隔地での定住は母にとって想定外だった様子。
私たちがいずれ地元に戻ってくるとの淡い期待も抱いていたようで、それが打ち砕かれ
ショックをうけたようでした。
「(主人の)ご両親は了承済みなの?」と尋ねられ、そこは早々にクリアできている、と話したところ
「ふーん」と、面白くなさそうな反応。
自分は後から知らされた・蚊帳の外だったのが母としては気に入らないようでした。

私にとって、母へ新居購入の報告をしたことは軽いジャブでした。
本題はこのあと告げるつもりでしたが、母の反応が予想以上に芳しくないものだったので
(良かったねおめでとう、というような言葉は無く、拗ねているように思え)
本題を切りだすのは後日にすることに。

本題とは、統監問題です。
引っ越しを機に、実家のある地域に戻してもらうつもりで、それを母に伝えるつもりでいました。
学会活動をする気は全くない。
なにひとつ協力もしたくないし、一切関わりあいを持ちたくない。
新居住地で「学会員」の顔見知りは無用、絶対につながりたくない。
学会なんて関係なしの、ごく一般人の顔で暮らしたい(・・その先には脱会も見据えている)。
そのためにも、統監は実家送りにするのが一番だと考え。
母がそれを簡単にOKするとは毛頭思っていませんでしたが、絶対事前に話しておかねば・・
と、思った事情があります。
これは書きもれた話ですが、2013年夏~秋頃の出来事。
母と電話でのやりとり中、こんなことを言われました。
それは地元地域の、役職を持つ或るご婦人のエピソード。
協議会だか何か会合の席で、突然地区婦が
「OOさん、娘さんの統監カードが戻ってきたけど、どうかしたの?」とご婦人に尋ねたそうです。
ご婦人はなにも知らなかったようで、まさに青天の霹靂。
「本当に?」と言った後、みるみる顔色が悪くなり、その場で気を失って倒れたというのです。
公衆の面前(他の学会同志・ご近所さんがいる前)で、あずかり知らぬ事を尋ねられたのも
相当ショックであったと察します。
これが創価世間の現実で、信心深い親であればあるほど・洗脳がゆき届いた親であるほど、
「子へ信心の継承」が、出来ていないことは恥・悪であると強く深く思い込まされているのです。
子が組織に反旗を翻すような事は、一般社会に置き換えれば「わが子重大犯罪を犯した」に
等しいほどの、衝撃と破壊力があるといっても、大げさではないように思います。

周囲は「娘さんが離婚したのではないか?」「脱会か?」と噂していたが、
実際は昔からアンチの娘さんが、学会とのかかわりを断つべく、引っ越し先を地域に教えずに
転居してしまったため、カードが実家地域送りになった
(その経緯を、ご婦人は娘さんから全く聞かされていなかった)とのこと。
母は
「OOさんが、不憫でかわいそうでならなかった。しばらく寝込んでいたもの。
離婚?脱会?だなんて、周囲に勝手な噂もたてられてさ・・。
こんなの、最大の親不幸だよ!組織で、信心のことで親に恥をかかせるなんて。
あんた、私を同じ目に遭わせないでよ!」と釘を刺してきたのです。

上記発言を聞いた時、なんと身勝手な・・と怒りで体が震えました。
個人の「信教の自由」と言う、基本的人権はまるっと無視。
人権よりも尊ぶべきものは、組織内での親のメンツ。んな馬鹿な話ってあるか?!
ただ、当時の私はまだ最後の一線(学会活動の功徳否定・オカルトだ、と母に言う)を
越えていませんでした。 
なので敢えて応戦はせず、ただ黙って返事はしなかったと記憶しています。
こんな経緯もあり、ご婦人の二の舞にならないよう、
母に統監を戻す旨をあらかじめ話しておきたかったのです。

時系列無視で書きますが、今春に転居しましたが統監はさわらずそのまま「放置」。
つまり前居住地で止まっています。
というのも、私は前地域の現役職者をまったく知らないため、知らせようがありませんでした。
組織との決別を思い立って約3年のあいだに、地域役職者はどんどん変わっていった。
新聞財務を止め、選挙の当日確認でクレームを入れたらまったく誰も家庭訪問にこなくなりw  
時々届いていたメールもこなくなり(届いた瞬間消してましたし、アドレス帳に登録もせず)
誰に伝えていいものか、わからなかったのです。
以前の記事に何度か書いた、唯一アンチに転じてからも交流していた
近くの商店(学会員一家が経営)も、気付いたらいつのまにか廃業しており。
引っ越し直前に見に行ったところ、お子さん夫婦が別の業態で商売を始めていました。
その方々が活動家なのかどうかも解らないですし、「君子危うきには近寄らず」で、
態々こちらから地域学会員にコンタクトをとる必要もないと考えました。
また、地元会館に行くというテもありますが、残念ながら前住居から少し離れたところにあり
これもわざわざ、創価脳な面々と対峙するために車を出すのは時間と資源の無駄と考えましたw
なにかあれば、実家に連絡がいくだろう。
そうなれば母が新居住所を伝えるかもしれないけれど、そのときはそのとき。
家庭訪問にいらしたら、完膚なきまでに事実を伝え、お帰りいただこう・・そう思っていました。

しかし、引っ越しから半年以上経過したいまだ実家に連絡は入っていません。
前居住地は、活動家じたい少なかったですし、役職者はころころ変わるし・・で
積極的に統監を見直さない風土だったのでは?と思います。
また、統監を見直し洗いなおす目的と言えば選挙しかありません。
いまの居住地方は、(国政)選挙で公明党の候補者が立つことはなく、
支援するのは自民候補であることが多いのです。
そんな事情もあり、統監管理がおざなりなのかもしれない・・と推察しています。
選挙で実票としてあがらない、直接確認のとれない厳しい会員なんて、いてもいなくても同じ。
我が家の統監も、そんな「厳しい会員」フォルダに振り分けられ、忘れ去られているのかもw

また、嬉しいことに2015年、特に夏以降から母の変節がすさまじく進み、
現在、統監が地元に戻る可能性について伝えてありますが、「致し方なし」との回答を得ています。
早くその辺りのことを書きたいのですが、この一年半あまり驚くほどいろいろな出来事があり、
それらの積み重ねで「2015年12月の現状」にたどりついたということを、個人的な証拠(?)として
このブログに記録しておきたいので、もう少しお時間をいただきたいと思います。
もったいぶっているようですみません。

話を元に戻します。

主人が友人親子と父子だけのキャンプへ出かけたため、つかの間ひとりの時間が出来、
姉の誘いで二人で食事に行きました。
姉より、「母の人間関係で心配がある。Xさんを知っているか?」と尋ねられ。
Xさんとは、数年前からときどき名前を聞く、近隣市に住む学会同志の高齢女性です。
私はこの当時、まだ直接お会いした事はありませんでした。
母はXさんと趣味サークルで知り合い、当初Xさんを折伏しようと近づいたが、よくよく話すと
彼女も実は学会員だった。
話があうので、一緒にいて気楽だ・・と、時折観劇や食事に出かけている様子。
ただ、同じ所属(圏本部)ではないので、同じ会合に出たり・F活動に一緒に出かける等の
組織がらみの接点は無いとのこと。
私が知っている情報はその程度で、姉にさらっと話をしましたが
「あんた、学会ネットワークでもっとしっかり情報収集してくれない?」と言うのです。
学会ネットワークてw 
地元を離れて久しい私が、近隣市に住む学会婦人部の素情なんて探りようがありません。
そう伝えると、姉は「どうも怪しいのよね、Xさんって」と訝しげで。
この、Xさんの存在も、母が急速な変節を迎える要素のひとつになりました。
次回記します。

(続きます)

偏向評価

2014年8月。
実家帰省中、2日連続で3件の訃報が入ってきました。
1件は一般人のご近所さんで、残り2件は学会同志です。
こんなに重なるなんて・・と母も私も驚いてしまいましたが、母はいそいそと支度をして
連日、お通夜や葬儀に参列。
亡くなられたお三方とも私も知っている人ではありましたが、帰省中の急な出来事で
喪服の用意もなく、参列はせず子供たちと留守番していました。

学会同志に関しては、どちらも80~90歳とご高齢。施設や病院で亡くなられました。
うちお一人は、施設入所は内密にされており、葬儀の際に公に。
認知症で凶暴性が出たそうで、家族も手をつけられず一年ほど前に入所。
友人知人はおろか、家族も思い出せない状態だったとのこと。
「聞こえが悪いから、(組織の人たちには)隠してたみたいね」と母。
故人は草創期よりの功労者で、地元組織で有名な方でした。
にもかかわらず、「聞こえが悪いから隠された」まま、施設で亡くなられるという現実。
(故人に対し、以下のように考えるのは甚だ不謹慎ではありますが、学会教学目線で鑑みるに)
おそらく自身の思いに任せない「不穏」に翻弄された、最期の一年だったのではないか?
私は母の語りを聞きながら、”どうしてそこを疑問に思わないの?”と内心首をかしげていました。
長年まじめに信心・活動に取り組んできた功労者が、家族にさじを投げられ施設で亡くなるという
現証について「おかしい」とは思わないのか?
認知症で凶暴性が出るという「不穏」は、周囲もつらいけれど本人がいちばん辛いはず。
そのような晩年を迎えたことを「何故?」と不思議には思わないのか?
そして母自身が「聞こえが悪いから隠してたみたいね」と発言しているということは、
長年信心をしてきたというのに、そのような最期であっては「聞こえが悪い」と頭で理解できている・
長年信心してきたわりに、不合理な最期であったと「認識」している、にもかかわらず
なぜそれを「おかしい」と思わないのか??
そんな考えが巡りましたが、あえてこの時点で突きつける事はせず、耳を傾けるだけに留め。

一般人のご近所さんは、私と兄の同級生のお母様。癌で亡くなられました。
同級生といっても、小中学校が同じだったそれだけで、兄・私もそこのお子さんと仲良しでは
ありませんし、進学先も違うため、ほとんど接点はありません。
しかし、母親同志はそうではありませんでした。
仮に亡くなられた方をAさんとしますが、母とAさんは反目しあう仲でした。
(母からの伝え聞きなので、どこまで正確な情報なのかは判りませんが)母曰くAさんは
「うちをライバル視していた・目の敵にしていた」と。
兄と同じ私立中学を受験したものの、Aさんの息子は不合格。そこから因縁をつけられるように
なった。
出張が多く不在がちな父のことを「不倫相手がいて家に帰ってこない」と近所に吹聴され・
私が小学校時代いじめに遭っていた事を「どんくさい子だからいじめられて当然」などと
ご近所の奥様方に話していた等。
私の知らなかったエピソードがざくざくと出てきて、驚きました。
私の同級生であるAさんの娘は優秀で、高校は進学校。スポーツでも大きな大会で優勝したり
華やかなエピソードに事欠かず、近所でも鼻高々だったようです。
私がレベルの低い地元高校に進学した際、Aさんが「勝った」と発言していたそうで。
ただ、Aさんの娘は大学進学が叶いませんでした。
父親の転職に伴う経済的理由からで、某地方銀行に就職。
私は地元の冴えない大学へ進学しましたが、それはAさんにとって腹立たしかった様子。
「二流三流大学になんて無理やりやって、親の見栄だけよね。かわいそうに」などと
ご近所さんに話していたそうです。 俗に言う「負け惜しみ」でしょう。
Aさんの娘は20代半ばで職場結婚。その事も「銀行員と結婚できた。行き遅れずに済んだ」と
自慢しており。
30を過ぎても未婚の姉&私のことを「行かず後家(古い言葉ですがw)」と言っていたなどなど。
当然のごとくAさんは学会批判もしており、母が直接Aさんへ選挙の際に票を頼みに行く事は
ありませんでしたが、近隣同志がお願いに行くと、すげなく断られ、公明批判を正面切って
ぶっていたとのこと。 
Aさんのアンチ創価な姿勢についても、いけすかない感情を抱いていたようですが、
母的にはなによりも、子供を引き合いに出し比較する物言いが一番許せなかったようです。
そんな母の気持ちは、私も母親のはしくれとして数多のママさんとかかわってきている為、
重々理解できます。
わが子と他人の子を比べ第三者にああだこうだとマウンティングする事については、
非常に無粋で恥ずかしい行為であると、身近なところで人間模様を見るにつけ感じてきました。
そんな経験があるからこそ、母の気持ちはわからなくありません。

数年前にAさんの娘が、離婚して実家に戻ってきました。
そのような噂はあっという間に広まる町内です。
母はそれを聞いて「法華誹謗の罰あたりだ」と思っていた、と言いました。
Aさんのご主人は大手企業からいつの間にか転職し、以降も職を転々としていたそうで
それを世間に隠していた(しかし娘が進学しなかったことでバレた)。
口を開けば人の悪口ばかりで、周囲もだんだんとAさんを見限っていった。
ここ数年は姿を見せる事も少なくなっており、ご近所づきあいも減っていた。
きっと諸々の自信喪失から、Aさんはひきこもっていたに違いない。
「さびしい人生・晩年だよねぇ。それで最期は癌で亡くなっちゃうんだからさ・・。
やっぱりね、法華経の行者(=母のこと)を貶めたりすると、厳然と罰が下るってことよ!」と
母がもっともらしく語るのを、私は半ばあきれて聞いていました。

Aさんが人として、かなり残念だったことは認めるにしても。
同志の「聞こえの悪い最期」については、なんの評価もしないくせに、
一般人のAさんの晩年についてだけ「法華誹謗の罰」と断罪するって、どういう事よ?!
そう思った私は
「どうして”さびしい人生だよね”なんて決めつける事が出来るの?Aさんのこと、四六時中
見張ってたわけじゃないよね?
あなたの知らないところで、楽しいこともたくさんあったんじゃないのかな?
わかんないよ、他人の実生活なんて。そんな風に決めつけるのはおかしいよ」と、たしなめました。
即、母は
「四六時中みてなくたって、わかるわよ!いつ見かけても不景気な顔しちゃっててさ。
何一つおもしろくない、つまらない。そんな気持ちが全身からあふれてたよ。
それに、ご近所でAさんを”好きだ”っていう人、いい噂、聞いたことがないもの!」と
「さびしい人生」の確たる裏付けとはいえない事柄を、得意げに言い返してきました。
「いやいや・・そういうことじゃなくってさ?
誰に言わずとも趣味が充実していたのかもしれないし、なにはなくとも、家族仲が良いことで
お幸せだったかもしれないじゃない?
だいたいね、ソトヅラが悪い人って、家族の中では善人だったりするし。いい家庭築いてる事
多かったりするよ?」と、あくまでも私の経験則ですが言ってみました。
母は承服しかねる、といった感じで
「そうかもしれないけど、子育ては失敗だったんじゃない?離婚して戻ってきて云々・・」と。
再婚こそしたけど、うちの姉だって離婚歴あるじゃん!
どうしてここまで自分を棚にあげられるのか?さっぱり理解不能だ・・と思いながら
「何も結婚生活をずっと続けることだけが、幸せとは限らないよ。
”仮面夫婦”ってことだってあるんだし。あなただってそうだったじゃん?」と毒を吐いてみました。
痛いところを突かれた母は、たじろいでいましたが
”アンチ創価のAさんがさびしい晩年をおくったことは、周囲の人たちも認めるところなのだ”
という一点については譲りませんでした。
これぞ、創価脳特有の至極勝手な思い込みの強さであり、現実さえもねじ曲げてしまう
創価脳マジックと言えるのではないか・・と、感じ。
”言った者勝ち”とでもいいますか。
この手法で思い出すのは十数年前、本部幹部会で青年男子部長が声高に・
口唇の端に白い唾をためながら(・・自分で書きながら気色悪っ!)
「仏敵」との裁判勝利を叫んでいた、あのシーンですw
実際のところ、負けたり取り下げた裁判も多くあるというのに、そんな事はおくびにも出さず
「勝利!勝利!」と喧伝していた。
自分のことは棚に上げて、他者の非をあげつらう・・これは昔から組織の常套手段でした。
このメンタリティが創価の屋台骨を支えているといっても、過言ではないと思うほどです。
常に、創価の敵が幸せであったり・勝ち組であっては困る。
自分たちの「絶対正義」の、整合性がとれなくなりますから。

私はなるべく穏やかに母に言いました
「物事の見方って、人によって全然違うもんだし、本人にしかわからない事だって絶対あるよ。
コインの裏表みたいなものじゃん?
あなたは非学会員の人生について、そんな風に悪く言うけれども、
非学会員が、学会員の人生について”さびしいツマンナイ晩年だった”って、言うことだって
絶対ありうるんだから。
けど本人にしか知り得ない、幸福な時間はきっと、長い人生の中で誰にでもあると思うよ。
それは信心の有無に関係なく、存在するんだよ」と。
私はこの時、平等観を訴えたかったのです。
何か(=学会)を信じている者は優れ、特権階級のように荘厳されるけれど
それを信じない人は、その幸運にはありつけない・・
こんなおとぎ話は存在しないよ・陳腐な選民意識にとらわれず、物事の一面を見るだけではなく
もっと広角で考えようよ・・と。
しかし母は
「いや、絶対Aさんは幸福な晩年ではなかった。それは火を見るより明らかだ!」と
やっぱり、譲りませんでした。
この母の、強固な思い込みコダワリは、単純に創価脳だから・・という理由のみではないと思います。
自分に敵対してきた相手に、長年積み重なった忸怩たる感情が、そのように言わせている面も
あるのでしょう。
母は「法華経の行者」である自分は無敵なのだ・敵対してくる者は全員滅びるのだ・・という妄想を
強く持っています。 それは長年にわたる、学会指導の賜物。

では、その敵対する相手が「学会同志」だったら、同じく法華経の行者だったら、
母はここまで故人である相手を貶める評価をするのだろうか?
この当時、上記クエスチョンは頭の片隅にもありませんでしたが
(学会同志のことなら、悪く言うわけないだろう・・という思い込みが無意識にありました)
後日、「学会同志ではあるが自身の敵」である、とある人物の死の報にふれ
母の選民意識が、独善以外の何物でもないことがハッキリします。
そしてそれを突きつけたことで、母に明らかな変化がおこります(←今まさにここ)。
その話を早く書きたいのですが、なかなか更新が追いつかなくてすみません。

(続きます)