瓦解の兆し

2015年のGW、姪っ子の海外挙式に参加。行先はハワイでした。
現地集合し、初日の夜は兄の招待で母・兄一家・姉夫妻・私達家族で食事会を。
そうかしこまったものではなく、生バンド演奏つきオープンエアのレストランで。
周囲がガヤガヤしていたこともあり、兄一家の面々とさほど会話せずとも場が持ち、
私は正直助かりました。
兄に対し、私はずっと複雑な気持ちを抱いており、苦手意識があります。
(同時に、兄の家族に対しても、親しみが持てません・・面識が少なすぎる事もあります)
同じ家で育ちながらも、きょうだいと思えない。まるで他人のよう。
子供時代の記憶をたどっても、楽しかった思い出が殆どありません、残念ながら。
兄が進学で家を出て以降、接点ほとんどなし。
いい大人になって初めてガッツリ喧嘩になったのが、創価がらみの話(父の葬儀方式を巡り
父方おばも加わって、揉めました)。
当時は救いようのない創価脳だった私も、いまやすっかり覚醒。
あの頃の私は本当にバカだった、まちがっていた、申し訳ない、という思いがありながらも
これといって謝ったことはありません(現在進行形)。
この時も、謝る様なタイミングも雰囲気もなく、スルー。
かといって、兄が冷たく接してくるようなことでもなく。
お互いに(内心は量れませんが)大人の対応・態度です。

父の一周忌で会った時にはまだ中高生だった兄の子供達、すっかり成長しており。
これまで、母は事あるごとに「信心がないから~云々」と、兄一家を案じていました。
いつか痛い目をみる、泣いてからでは遅い・・そのような事を繰り返し兄に伝えていました。
兄の結婚後、分所帯での本流を母はずっと願ってきました。兄も、奥さんもそれを受け入れず・
奥さんは母の攻撃(?)でうつ病になったこともあり、以降、兄嫁と母が直接連絡をとりあう事は
していません。
当然のことながら、信心や御本尊がなくても、兄一家は現状安泰であることが伝わってきました。
翌2日目の結婚式で、姪っ子のお相手一家や親族、友人の参加者とご一緒しましたが、
皆が笑顔の素晴らしい挙式&パーティで、非常に良い気に満ちていました。
そして創価信仰の有無と人生の幸福は、全く関係ない・比例しないことを今さらですが
ひしひしと感じたのです。
それでも母は、「自分が長年信心してきたおかげで、孫末代まで幸せになれたのだ」と
思っているのだろうか・・?
たしか2年前、姉の挙式の際もそんなこと言ってたよな・・。
挙式はチャペル式でしたが、母は何も文句を呟く事はなく。
孫の初めての結婚式で、さすがに母もそれなりに思う処あり・感動していたようです。

3日目、観光で民族文化のテーマパーク(Polynesia Culture Center)へ
母・姉夫妻・私たち一家で出向き。
到着するとガイドが迎えてくれ、日本人の青年・お嬢さんたちです。
日本人留学生とのことで、きびきびと誘導し、現地スタッフと流暢な英会話を。
同センターは自然豊かな場所にあり、中心市街からはかなり離れたところにあります。
そんな場所で日本人(ガイドさん)に会えるのは、なんだかとてもホッとするのです。
観光客の大半も欧米の方で、日本人はマイノリティーゆえ。
私達を担当してくれた留学生男子は、快活で「さわやか」を絵にかいたような人物、とても親切でした。
母は「学会青年部にも、あんな子がいてくれたら。スカウトしたいわ」と言っていましたw
翌4日め、朝食をみんなで食べたのですが、
昨日ガイドをしてくれた日本人留学生が素晴らしかった・・と母が感想を述べたところ、
姉の旦那さんが
「彼らは、モルモン教徒なんですよ」と教えてくれました。
母、悲鳴に近い声で「エエ~っ?!」
そのテーマパークは、モルモン教系大学(ブリガム ヤング大学ハワイ校)の付帯施設。
中で働いているスタッフは留学生(同大の学生)が中心。
「奨学金をテーマパークの労働奉仕で返しているんですよ。みんな、真面目ですね。
親の脛かじって、バイトばかりで遊んでる大学生より、貴重な経験・修養している。
就職でも有利かもしれませんね」と。
姉の旦那さんはただ、知識を披露してくれただけですが、母は絶句していました。
絶句の理由は、よくわかりませんが、おそらく「青年部にスカウトしたい程、素敵な青年」が
(創価でいう)外道信仰系大学の学生さんだった・・もしかしたら信者かも・・ということに
ショックを受けたのかもしれません。
(創価でいう)低い教えを信じている”にもかかわらず”人となりは素晴らしい・・なんて
こんなの、ものすごい偏見だと思いますが、これは年寄り創価脳にありがちな独善排他主義。
池田老人がどれだけグローバルwに、世界の識者と宗教・人種を超えて語らおうとも、
「日蓮仏法を信じる自分たちが一番すごい」という、古参会員における折伏大行進時代の
刷り込みは、そう簡単に消せやしません。
表には出さずとも、心の奥底では他宗教の信者を「見下す」ことが、デフォルトになっている。
高齢信者にありがちなことのように感じています(私の周囲の人間だけかもしれませんが・・)。

食後、主人と子供達は海へ行き、私は姉夫妻&母と買い物ツアーへ参加。
ショッピングセンターで姉夫妻と別行動し、母と二人でお茶した際、私が軽口で
「ハワイ留学なんて、よっぽどお金がないと出来ないものだって思ってたけど、
いろんな(奨学制度)手段があるんだね。うちの子たちも、そうさせようかな~?」というと
母が「やめてちょうだいよ!邪宗なんて・・」と、拒絶反応を起こしていました。
(注:同大学への留学については、必ずしも入信や改宗が必要なわけではありませんが、
 奨学金を受ける場合は、信徒であるほうがスムーズだとの事)
「留学生の奨学金、原資はテーマパークの入場料だけでは賄えないよね。
それはやっぱり、教団の信者さんからの寄付も込みなんじゃないかな~?
あんた達(創価)と一緒じゃん、寄付集めて。ただ、まったく使い道が違うよね。
無駄にあちこちにハコモノ作るより、学生さんを助けてるんだから、(モルモン教は)
社会貢献してるわ~。
さすがは慈善事業に熱心なキリスト教系だよね」と、あてつけのように言ってみました。
母は「学会だって、(学生支援)やってると思うわよ・・」と言い淀み。
先ほど調べたところ、確かに各種やっている様子ですが、「半額支給」が大半だったことが
気になりました。
3ケタ財務をX回以上やってる家の子供・または孫は全額無償!くらい、やってくれても
いいと思うのですがw

その後、買い物ツアーからホテルへ戻る車中で母が
「今回、会館に行く時間はないのかしら?」と、一言。
現地にある、学会の会館へ行きたい・・という意味でした。
翌5日めは私たち一家がオプショナルツアー参加で、早朝から別行動ときまっており。
6日目は帰国日で、昼前に空港へ向かうため会館に行く暇はありません。
「姉夫妻にたのむか、一人でタクシーで行くしかないんじゃない?」と私が言うと
「あの二人(姉夫妻)に一緒に行ってくれなんて言えないよ・・」と母。
じゃあ一人で行ったら?コンシェルジュにタクシー呼んでもらって、往復ってお願いしたら?と
やや突き放す感じで答えると母は「考えてみる」と。
「べつに、無理に行かなくてもいいでしょ?
会員は、海外いったら絶対会館訪問しなきゃいけないって決まりがあるわけでもない。
初めてならまだしも、前(2012年)も行ったとこじゃん?」と私が返すと
母は「うーん・・」と唸っていました。迷っていたようです。

現地集合・解散で帰国便も別々だったため、最終日(5日め)の夕飯は姉夫妻&母と
一緒に食べる約束をしていました。
翌5日夕方、さて母はどうしたのだろう?と思いながらレストランへ。
今日はどこ行ってたの?と尋ねると、姉夫妻と共にレンタカーで観光名所を巡っていたと
解りました。
食事を終え、母に「会館どうした?」と尋ねました。
母「今回は諦めた。また今度、来ればいいかなって思ってね」と。
私は内心「ほぉ~・・」と思っていました。
2年前、姉の挙式で海外某地へ出かけた際、母はタクシーをチャーターして一人で現地会館へ
向かいました(この記事)。
意地でも、海外で会館詣でをしないと気が済まなかった母が、変わったじゃん・・!と。
ハワイの会館は事前アポが不要になったらしく、予約していたわけじゃなかったので
どうでもよくなったのも、スルーした理由の一つにあるかもしれませんが。
それにしても、従来の母であれば強引にでも・無理くり会館詣でを実行したはずです。
私たち家族や姉夫妻を巻き込めなくとも、一人でも行こうと思えば行けたはずなのです。
それが、このときは「行かない」という選択をした母。
どこか、気落ちしているようにも見えましたが、会館へ同行しようとしない私を責めるような
言葉は、ひとこともありませでした。

2012年秋に私が覚醒してから、2年と半年あまり経過していたこの頃。
創価脳の非常識を指摘し・ただすたび衝突を繰り返し、絶望的な気持ちにさせられた事は
数知れず。
先の地方選挙で母から「功徳ありきで支援活動やってるわけじゃない」発言があり、
理解に苦しんでいた私も、この旅行終わりで微妙な変化を(やっと)感じ取りました。
母の中で、頑なだったモノが、緩んできたんじゃないか・・?と。

(続きます)
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心慌意乱

2015年4月。
姉と電話連絡のさい、
「新聞の人(配達員)から、選挙(統一地方選)頼まれた」と迷惑そうに打ち明けられました。
やっぱり来たかw F依頼。 
この一年ほど前から、姉は聖教新聞を購読。私が母と決裂したのを見かねての行動でした。
この記事に書いています)
半年ほど集金で対面のやりとりがあったらしく、配達員(?)とは面識が出来ていた。
ある日、犬の散歩で外出の際、声をかけられ振り返ったらその配達員だった
(=配達員も犬を飼っている)。
以降、遭遇しても会釈だけで話さないよう心掛けてきたが、F依頼のときは待ち伏せをされ、
会釈スルーしたら「ちょっと待って!」と、追いかけてきたのだと。
姉からすれば、やはり気分のいいものではなく、うっすら恐怖を感じた様子でした。
以降、散歩の時間やルートを変更した・旦那さんがいける時はお願いしている。
前年12月の衆議院選挙の時は口頭で頼まれはしなかったが、党のチラシは入っていた。
正月すぎには変なカード(おそらく、新年GG会で配布される和歌のカードでしょう)も入っていた。
「これって何なの?ターゲットにされてるの?」と姉。
「隙あらばって思ってるよ。だから、ハッキリ断っといたほうがいいよ。
強い態度でこられたら、学会員はたいてい引っ込むから。大事なのは事実と正論言うことだよ」と
アドバイス。
「正論って何?」と姉。
「母に請われて新聞とってるだけで、自分は創価に一切関心がない。会員の自覚も全くない。
政党は、他を支援している。頼まれても考えを変える事はありません。
聖教新聞社では、特定政党の票取りも配達員の仕事としてさせているんですか?
こちらはいち顧客、あなたは従事者ですよね?
職制の上で、これは過ぎた行動だと思いますが、あなたはどうお考えですか?
今後はやめてくださいね、って言えばいいよ」と伝えました。
姉は「あんた、怖いよw」と笑っていましたが、「そのくらい言わないとわからないもんかね?」と。
私は「わかってないよ、あのひとたち。学会員はみな兄弟くらいに思ってっから、ずうずうしいよ。
新聞とってくれてるんだから大丈夫!とか、勝手な希望的観測のみで動いてるし」と返答。
こんなことを言えるのは、私自身がかつてはそうだったから。まさに経験者は語る、です。
自分たちに「いいように」しか、考えられない脳になっていました。
たとえば家庭訪問へ行って、一度も会合に出てくることはなくても「行けたら行きます」という返事を
いつもくれる・家庭訪問を拒まない会員さんがいれば「きっといつも都合が合わないだけなんだ」
「祈って出てこれるようにしてあげよう!」と、なっていました。
相手が、内心イヤイヤで・波風立てたくないから平静を装って大人の対応をしていたとしても、
そんな風に察しはしません。
反対に、剣もほろろに言い返されれば「毒鼓の縁だ」と解釈し・全く無視されたにしても
「いつか必ず、わかってくれるときが来る」と祈りだすw
(集団)ストーカーだとか、よくいわれますが、相手の状況気持ちよりまず「我が先」「我よし」が
創価脳ゆえ。
”自他共の幸福”を掲げているわりに、実が伴わないのは、この精神性のなせる技です。

この会話の数日後、パン教室へ行きました。
終わりがけに先生が「少しお時間いただけるかしら?本当はこんな事、したくないんだけど・・」と
その場にいた生徒に向かって、友人の旦那さんがこんど市議に立候補することになった。
生徒さんによろしくお願いしますって、伝えて欲しいって友人からいわれたから・・と、
小さなチラシ(顔写真入り)を広げ見せたのち
「教室のドアを出たら、もう忘れてくださいね」というので、その場にいた皆で爆笑。
(注:当然、公明党候補ではありません)
友人の旦那さんだからどうしてもお願い!応援して!というわけでもなく、「申し訳ない」と
大変恐縮しながらの依頼だった事に、私はカルチャーショックを受けましたw
なんというか・・これがきっと投票依頼における「普通」なのだろうなぁと。
組織に居たころは、学会員が候補者の名を外部他人に語る事は「仏事」。
相手に対しても「良いことしてる」「福運授けてあげてる」が大前提、断られたらどうしよう・
嫌がられそうだな~、という気遅れはあっても「恐縮」なんてものは皆無でした・・
いや、それは私や周囲の学会員だけのことで、中には相手に恐縮しつつF活動をやっている
学会員も、いるのかもしれませんが。
残念ながら、私はそんな奇特な方にお会いしたことはありません。
前回記事の後半で、病床のおばが電話でF取りを開始した・・と書きましたが、
やはり特定政党支援活動が「宗教行為」「功徳の積まれる行動」と、どこにも明示がなくとも
会員全員暗黙の了解となっていることは、この組織の大きな欺瞞だと思います。
支援活動のモチベーションが自身の「願掛け」なんて、どう考えても異常だということに、
ひとつも気付けないのが、洗脳の深刻な恐ろしさでしょう。
そして、その「異常」を、教義上のどこにも明記していないくせに
あくまでかも「学会活動の一環」として、選挙支援運動を旗振って会員に「させている」
大本営の狡猾さも、問題だと思います。
繰り返しで、同じことなんべんも書くなといわれそうですがw このからくりに一日も早く
多くの方に気付いてもらいたいと願います。
信仰と、選挙支援は全くの別問題であり、いやならやる必要は全くありません。
そのことで咎められたり・排除されるような組織なら、もうそれは「宗教」ではありません。
現在、夏の参院選が前倒しになるのではないか?との噂もあり、組織は内がため&外部交流の
方針を打ち出していると思われます。
嫌なのに、組織・周囲に合わせる必要なんてありません。
投票権・選択の自由は憲法で保障されているものです。 なにも、組織のいいなりになる理由は
ないのです。
もし、疑問を持ちながら・不安を抱えながら、いやいや組織に携わっている人がいるなら
携わらない勇気を持ってほしい。 F報告なんて、嘘言っても罰なんか当たりませんから。

この出来事の少し後に、姉のところへ「小学校時代の同級生」と名乗る、婦人幹部の訪問も
ありました。 しかし姉は全く相手を覚えておらず。
相手は「こうして再会できたのは仏縁があるってことだから、お茶飲み友達にでも
なりましょう!」とノリノリだったが、きっぱり断ったとのこと。
後日実家に帰り、卒業アルバムを見るも相手らしき人は載っていなかった。
旧知の友人に「旧姓OOさんって知ってる?」と尋ねたところ、卒業を迎えるまでもなく、途中で
市外に転出した人物だったということがわかり、あれからもう40年近くがたっている。
どうして私(姉)が、今現在(実家の近辺ではない)この地域に住んでいると解ったのか?
心底怖くなった・・と話してくれました。
私の見立てでは、姉の住んでいる街に嫁いで引っ越した同年代の活動家が数名いて、
同郷同志の婦人部で話しているうちに行き当たった・・という感じだろうなぁ、と。
もしかしたらそれが、私の知っているメンバーかもしれず。
祥蘭のお姉さんだ!と、ばれたのかもしれず(未確認ですが・・)。
新聞ひとつ、とったところで影響なんかないと軽く考えていたらしき姉ですが、あの手この手で
接触を試みようとしてくる面々に恐怖を感じたようです。
一般人の定期購読ならば、さすがにこんな事態にはならないと思いますが、
何十年も非活の3世の購読ともなれば、これは発心!千載一遇のチャンス!逃すものか!と
色めきだったのでしょう・・。
これも、冷静な状況判断や現状認知ができない・「我が先」「我よし」の、創価脳ならではな
脊髄反応だと感じます。

2015年春の統一地方選、実家方面は「大勝利」でした。
しかしそれまでの安泰路線ではなく、史上まれにみる厳しい様相だったとのこと。
実際頼みにいく中でこれまでなら「はいはい」と優しい返事をしてくれた人物が、公明党に対し
手厳しい意見を述べてくるなどの、これまでにない「逆風」があったと、後日教えてくれました。
「でも、私は(逆風を)なんとも思ってない。(近隣同志への)義理を果たしただけだからさ」と、
しれっという母。
頭の中が?でいっぱいになる私。
「いやいや、だったら最初っからやらなきゃいいんじゃん・・自分は関係ない、って
言いたいのかもしれないけどさ。頼まれたほうからしたら、そんな風には思わないわけよ?」
と返すと
母は「こんな機会(選挙)でもなければ、会いに行けない旧友もいるってことなのよ!
(F取りで久しぶりの知人を訪問することを)”お元気確認”って、組織ではいってるんだけど。
私はそのつもりなの。
そりゃ(支援候補が)当選してくれるにこしたことはないけど、実は結果はどうでもよくてね。
年寄りなんて、みんな寂しいもんなの。用事が何であれ、会いに行けば絶対喜んでくれるんだよ」と。
この地方選において、母が私の小学生時代の習い事の先生宅へも出向き、先生がお亡くなりに
なっていた事がわかった・・というエピソードもありました。先生のご家族が対応されたのですが。
そのことについても、何十年もホッタラカシで亡くなったことすら知らなかった人間が、
選挙の依頼にいってそれ(逝去)を知るなんて、ものすごく非常識だ・・と私がたしなめると
「それでもご家族は、態々足を運んでくださってありがとうございましたって丁重に言ってくれた!」
と、自身の行動を正当化し、逆切れしていました。

「選挙支援で功徳がいただける」が、一般常識からは乖離している事であり・そんなものを
真面目に信じていたら笑いものになる・・という空気を、母がどこかで感じ取ったのか?!
とにかく、この地方選より「功徳が欲しくてやってるんじゃないよ」とアピールするように。
以前も書いたと思いますが、母は2013年あたりから報道バラエティ・政治や社会情勢を扱う
番組を、好んで録画して見るようになりました。
普段ニュース(NHKや、報道ステーション等)は一切見ない母ですが、
「時事ネタを何も知らないで政党支援してるなんておかしいよ!」と、私が指摘して以来、
報道バラエティだけはチェックするようになったのです。
(余談ですが、父亡き後は一般新聞も購読を止めてしまいました。
もっとも、購読中も一般紙なんて読まない、聖教新聞ですべてを知った気になっている、
世相に非常に疎い母でした)
番組を視聴することが「世間一般常識」を知るきっかけとなり、
「功徳がほしくてやってるんじゃない」アピールに繋がったのかな・・?と、今思えばですが。

かといって、様々な(学会)活動を止めるわけでもないという・・。これは、どうしたことだろう?
当時の私は、理解が出来ず、首をかしげていました。

(再び)今になって思えばですが、
2014年下半期あたりから、様々な出来事が重なりゆく中で
母の内面で急速に「創価学会」の実際について改めて考えてみるという意識が開き・高まり、
長年の認識との巨大なズレに気が付いたのが、この頃だったのではないか?と。
母も、相当戸惑っていたのだと思います。

(続きます)

不都合な現実

2015年2月下旬
転居を控え、不要品を処分するため買い取り業者に来てもらいました。
まともに値段をつけてくれた家具もありましたが、仏壇は引き取り不可。
母が嫁入り道具に買ってくれた、無駄に場所をとる仏壇。決して安いものではありません。
引き取れない理由は「特定宗派だから」とのことで、ショックでした。
通常、仏壇も引き取り(買い取り)は行っているが、私のは創価系(?)某仏具屋製。
(それとわかる装飾?が入っていました)ニーズが非常に少ないゆえ、引き取れないと。
これって創価系書籍が古本屋で値段がつかないのと、同じ理屈なんだろうなぁと
納得してはみましたが、「ご供養に等しい」とばかり、高い仏壇を購入することが
ある種組織ではステータスだったよな・・と思い返すと、これって霊感商法といっしょじゃん!
と、腹立たしく思え。
有難がって大枚はたいて買ったところで、資産価値ゼロ。
一般世間では二束三文のガラクタ・・という部分が、霊感商法の壺や印鑑を連想させw
後日、他社に相談したところ、仏壇を行政のごみセンターへ運んでくれるというので
(料金は別途発生)お願いすることに。
自分で壊してゴミとして出す、という選択肢は、我が家の場合はありませんでした。
台座が重すぎて、自分たちで運び出すことは難しかったのです。
母になんの相談もしなかったのは、多少罪悪感ありましたが、同じく嫁入りの際に買ってもらった
家電も、調子が悪くなっていたのでこの機に処分買い替えという流れであり。
それ(家電処分)と同じだ・・と考える事にしました。

3月に入り、さらにあわただしく過ごしていた折、姉から電話がありました。
幹部のおばが、2月から癌手術のため入院。お見舞いに行ったという内容でした。
えっ?聞いてないよ!私は驚き。
いつ頃から入院?と尋ねると、私が義父のお見舞いで帰省した時期と被っていました。
義父のお見舞いへ実家の母と一緒に行きましたし、私と子供達は実家で1泊させてもらった・・
にもかかわらず、母はおばの件は一切口にしなかったのです。
なんで・・?と不可解でしたが、姉も入院を知らされたのは2月下旬。
母はもちろん早くから知っていたが、おば自身が病気にとてもショックを受けており、
無事に手術が済むまでは、誰にも知らせないでほしいと口止めしていた・・と聞きました。
幸い転移はなかったものの、大部分を切除したため、消耗激しい様子。
「人が変わったみたいになっちゃって。お見舞いありがとうって涙ぐんでたよ」と姉談。
信じられないね・・鉄人と呼ばれていたあのおばさんがねぇ・・と、話し合い。
母のきょうだいの中でも、とりわけ健康で無事故だったおば。
倹約に努め何十年と3ケタ財務を欠かさず、池田老人わが命・学会わが命なおば。
常に強気な発言と態度で、自分が学会正義を証明してみせる!との気概に満ちていたおば。
親戚の中で一番、活動熱心なおばでも、やはり老齢期になると病気の一つも患うんだよね・・。
そりゃ道理だよね・・と、思った私。
そしてふと、義父が不整脈で緊急入院したと母に伝えた過日を思い出しました。

あのとき、私は義父が命にかかわるような状態に見舞われたことを、母に言うのを躊躇した。
その理由は「あんたが信心をおろそかにしているから(その罰)だ!」と、創価脳な思考回路で
決めつけてくるのではないか?と思ったからだった。
不測の事態・悪事災難が起これば必ず「信心が歪んでいたから・信心がたるんでいたから」
と、信仰怠慢と結び付ける・・こんなバカな話ってない。
活動家に同じことが起こったら「魔が競っている」「今こそ宿命転換の時!」ってなんじゃそりゃ?!
けれど、母は私が懸念していたような事は何も言わなかった。
その理由をじっくり考えてみたことはなかったが、母にそれを言わせないだけの「不都合な現実」
(=学会ひとすじで生きてきた幹部のおばが、癌で入院手術するという事態)が
母サイドにも、あったからだったのか・・と、合点がいったのです。
つまり、信心していようがしていまいが、病に倒れる時がある(あたりまえのことですが)。
「学会中傷誹謗したから」「信心しないから」「題目上げてないから」「活動サボってるから」
このどれにもあてはまらない、優等生ともいえるような学会員(幹部)のおばでさえ癌になる。
老い先短い状態まで、たゆまず信仰に励んだ人(おば)でも、宿業は出る。
おじに至っては(2014年末)急死している。
おじの息子(ひとりっこ)は学会活動さぼっているから「あんたが信心をおろそかにしたから!」と
創価脳の誰かが、言おうと思えばいえるかもしれないが
おばの息子に至っては、青年部から壮年部に至るまでバリ活。創価班だったし広宣部だったし。
その奥さんだって、女子部時代からバリ活で今も役職者。 
”子供が・身内が信心をおろそかにしたから、親族が病に倒れる”・・という、創価独特の理屈は、
どう考えてもオカルトな言いがかりだってこと、母も今回で理解してくれたんだろうか?!
いや、そんな物分かり良くないか・・。
あの、強固な創価脳をもつ母が、そんなに簡単に「創価仏法の万能性」に対し懐疑的になるとは
この当時はまだ、およそ考えられなかったのです。
母は創価仏法の万能性については、微塵も疑ってはいない。
おばの病についても、「冬は必ず春となる」くらいに考えているはず。
ただ、創価仏法について否定的な人に対し、今この急場に罰論を持ち出し・あてはめることが
「場違い」で「不謹慎」だという、常識的な判断ができるようになったんだな、きっと。
それは前進だし、いいことじゃん!と思うにとどまっていました。

後日母に連絡を取った際、おばの病状について尋ねました。
継続的な治療が必要で、医師は厳しい見通しを伝えてきたようだ・・との話。
「こんな時ほど、逆境に強い私達(学会員)だけど、
どうしちゃったのって思うほど、姉が気弱になってる。
あんな姉さんを見たことがないから、家族もだけれど、私も戸惑ってるのよ」と、母はたいそう
心配している様子でした。
「そりゃあ、70代後半までなにごともなく来た人だから。ショックが大きいんじゃない?
あなただって、そうだったじゃん」と、2014年夏に母が手術を受けたときのことを引き合いに出すと
母は「そんなことない。私は絶対良くなる!って、大確信だったわよ」と言い返されw
おいおい・・手術前日、生きて帰れるだろうか?不安だ、っておろおろしてたし、
オペが終わった後、涙ぐんでたじゃん!
幸い術後経過が良かった母は、まさに「のど元過ぎれば熱さ忘れる」状態。
都合の悪いことは、みーんな忘れちゃうんだな・・と呆れましたが、この時はあえて触れず。

3月下旬、新居へ引っ越しをしました。
仏壇は処分できたが、本尊とおまもり御本尊をどうするか。
脱会をここで決断しきれなかった私は、物置へ保管。
引っ越し先では絶対に神棚をまつると決めていたので、新居の中に入れることを
避けました。
前々からこの引っ越しを機に脱会したいと願ってきたのですが、母のタイミングを見て躊躇。
おじの他界に続き、おばの病。
もし今私が脱会したことがわかれば、すべての災厄の因をそこへ結び付けるのではないか?
との懸念です。
そして”娘が脱会するなんて、私(=母)の信心がどこかおかしいからだ・・”などと思い詰めた果てに、
無茶な財務や広布基金をやってみたり・せっかく1部に減らした新聞を再びばかみたいに
多部数とったり・遮二無二折伏に奔走する等「暴走」を招くのではないか・・との心配でした。
特にこの時、やや時期尚早ではないか、と考え。
私自身、すっかり地域の学会員の接触もなくなり・組織への金銭提供もなく・ほぼ非学会員な日常を
送れていました。 この記事にも書きましたが、統監の移動についても誰に伝えたらよいかわからず・
あえて伏魔殿wな学会施設に近寄ることもないだろうと、スルーしてみる事にしました。
もうすぐ1年になりますが、未だ統監は実家地域に戻っていません。
所在不明で脱会扱いにしてくれたのか・またはなんのメンテもされず放置状態なのか
定かではありませんが、現状当地で暮らす上で創価によるストレスは何一つありません。
いずれケジメはつけるつもりですが、現状はいつでもよしと思えています。
まだ、創価の人間関係が薄くともあった旧住所地に居た頃は、一日も早く脱会!と
焦っていたのですが・・私もゲンキンなものです。

このあと、一旦退院したおばが、猛烈に題目をあげ・病床から電話で地方選挙の
F取りをしている・・というメールが母から届きました。
おばの急激な浮上のきっかけは、池田老人からの「御伝言」だったそうです。
一般会員の面前に姿を見せることはなくても・機関紙に魂の抜けた人形みたいな棒立ち写真しか
載らなくても、御伝言はきちゃうんだね・・へぇ~。
師匠を求める弟子というものはなんと健気か。
師匠にお答えする!と燃えてはいるが単純に利用されているだけの、おばが不憫になりました。
けど、きっかけはどうあれ「病に負けないぞ!頑張るぞ!」という、希望を持てたのは、悪いことでは
ないと思います。
ただ、なんでそれが特定政党支援の「F取り」という行動に繋がるのかは、
もはや私にはさっぱり理解ができません。

(続きます)