非活決意 その後(4)

年始の帰省時、実家の自分の部屋に久々に入ってみました。
物置き状態になっていますが、たんすの中に結婚で家を出る際に置いて行った
私の洋服があったのです。
それらの殆どが、かさばるスーツ。しかも今の生活で、ほぼ出番のないものばかり。
女子部時代に買った物が大半です。

白蓮をしていた当時、任務に就く日(制服を持って行く)であってもスーツで会館へ行くよう
指示されていました。
もっともらしい理由があったんだけど忘れてしまいました。
白蓮は制服ではなくスーツで任務に就く機会も多くありました。大きな会合でOO長など
お偉い方が来るときは水さし係(登壇者にコップに入ったお水を持って行く)だったり・
会合前後にお茶くみをする事もあり、必ずスーツ(またはワンピース)着用。
そんな場面が多くて、毎回同じものというわけにもいかないし
(そう思っていたのは私だけです・・同じものを着る班員もいました。
 そんな班員の大半は3桁財務をし、後年幹部になっていきました)
当時給与の大半をスーツに費やしてたと言っても過言でなく。
時代はバブル後期、派手な色の安物スーツは巷にあふれていたけど、そういったものは会合の席に
着て行けません。
当時好んで着ていた、お嬢さんブランドのスーツは1着10万円前後のものでした。 
活動で多忙すぎて遊びにも旅行にも行けないストレスを、買い物で解消していた面もあります。
値段が値段だけに捨てられず置きっぱなしになっていたのです。
もしかしたら、将来子供の園・学校行事で着るかも?と思って保管していましたが、
約20年が経過した今、そんな昔のスーツ恥ずかしくて着て行なくて結局新たに買い直すはめに。
もう、全部捨ててもいいやと思い、今回帰省時にたんすを開けるとすっからかんでした。
驚いて母に尋ねると「どうせ要らないんだろうと思ってね。OOちゃん(親戚)に全部送って
あげたよ。福運だって、とーっても喜んでたから。良かったね」と。

OOちゃんとは、母方おば(幹部)の息子のお嫁さん(同居中)。年齢は私より1つ下。
彼女はバリ活、現在も婦人部で幹部をしており、会合でスーツを着る機会があるとのこと。
今思えばですが、女子部や婦人部の役職者に会合席上でスーツ着用を義務付けるのは
末端会員(役職なし)に対するイメージ戦略w だったんでしょうね。
幹部に登用される人=きちんとしている、的な。
戸田先生時代は「スーツを着ている人=人材」という言葉があり、ホワイトカラーは
優先的に幹部登用されたと聞きますし。
「馬子にも衣装」を組織を上げてやってただけのような気がします。
余談ですが池田老人の嫁ファッションが常々胡散臭いと私は思っていましたw
皇室を彷彿とさせるところとか・・確実に意識はしていたと思うのです。
そこが、なんだかなぁ?と。

おば宅は、年間3桁の財務を家族一丸となって続けています。
母から言わせると「私はあんなに(生活を切り詰めてまで財務を)やれない」というほど、
大人に関しては切り詰められる限り切り詰めた生活、OOちゃんは洋服を殆ど買うことがありません。
ほぼ、もらいもので済ませているとのこと。
絶対着ることの無い、捨てるところだった洋服、もらってくれる人あって喜んでもらえたのは
素直に良かった。
ただ、それが創価に毎年3桁のカネを貢ぐために倹約している主婦のもとに行くというのは・・。
財務やめたら、スーツなんてすぐ買えるでしょうよ?って気持ち。
親戚の20年前のお古をもらったことを「福運」だなんて、健気すぎるよ。
そこは、「みじめ」だと自覚して欲しい。
そして本当に福運があるのだったら、財務していたって自分で買える境涯なはず。
そのことに、なんで気がつかないまま、生活を切り詰めてまで財務をするのだろう?20年近くも。
倹約したお金を、何に使おうと個人の自由で、それが本当に喜びなのだったら、誰にも文句は
いえないのかもしれないが、私から見れば愚行にしか見えません。
創価に1円もくれてやるもんか!と思っている私の洋服が、まわりまわって組織を助けたのか?
と思うと、若干腹立たしくもなりました。

母は「今後もいらない服あったらOOちゃんに送ってあげてね」と。
到底そんな気になれません。
買うお金あるじゃん! 財務しなければ余裕で買えるじゃん!
それを創価に貢いで私のお下がりで済ますって間違ってるよ・・と思ったのです。

今の居住地域の婦人部員は、そろいもそろって前時代の服。
重たそうな肩パット入りウールのコート・厚ぼったいダウンジャケット。
たぶん、買えるお金はあっても、ずっと新しい服なんて買ってないのでしょう。
髪型ひとつをみても。髪につやもなく、どこのサロンで切っているか知らないけど、あまりにも
かまわなさすぎじゃないのか?と、見ていて気の毒になることもありました。
こっちにきて、イイ感じだなーとか、小奇麗だな、との印象を受けた婦人部が
ただの一人もいないというのが、福運のなさを表しているように思えてならないのです。
(ファッションに極端に興味のない・身なりに全くかまわない人たちの集まりなだけかも
 しれませんが・・全ての地域の婦人部がそうだとは言いません。)

これは最近わかった事ですが、少なくともおばは福運や豊かさを求めて3桁を続けている
わけじゃない様です。
功徳欲しさではなく、それが生きる目的や気持ちの張り(?)になっているようです。
意地もあるのかもしれません。
自分の暮らしを切り詰めても多額の財務が出来る人は、功徳欲しさというよりはプライドだったり
達成感がほしくてやっているのかもしれませんね。
そんな事よりもっと、有意義なことがらがあると思うのですが・・。
人ってほんと、何にハマるかわからないものですね。 それだけに恐ろしさを感じます。
おばは長男夫妻と同居しており、年金をもらっています。長男は勤め人・OOちゃんは専業主婦。
父の葬儀の頃はそう聞いていましたが、実は2年ほど前に長男がリストラされて
現在は幾つかの仕事をかけもち。OOちゃんは昼間~夜の学会活動に支障が出ないようにと
チェーン店で深夜アルバイトをしていると聞きました。子育て中なのにです。
OOちゃんが倒れないかと、私は心配です。
そんな生活になっていても、今年も3桁をやるとおばは言っているそうです。
私の母はこの話を聞いて、おばの盲目・猪突猛進っぷりもいい加減にしないと、息子と嫁に
愛想を尽かされるのではないかと心配していました。
もともと財務に意識の低い母なので、そういった(まともな)感想をもったのだと思います。
私も、長男とOOちゃんの心中やいかに?と考えてしまいます。
葬儀で会った際、長男は聞く耳を全く持たない私の兄の隣に座って、笑顔&大声で仏法対話を
ぶちかましていましたが。 兄は薄笑いでいなしていました。
なんてKYなんだろう、兄がアンチだって知ってるくせに・・と冷や汗ものでした。
OOちゃんの本意はわかりません。
こんな一家なので、無理してでも3桁を完遂するのでしょう。目眩がします。
家族全員が同じ目標に向かって頑張れているうちは問題なさげだけど、誰かが覚醒した時
いっきに家庭崩壊に向かいそうな気がして、ひやひやします。

お正月帰省から自宅に戻ったあと、届いた年賀状を眺めていました。
毎年居住地域の婦人部の方からも届いていました。しかしながら私は一度も送ったことが
ありません。
毎回「栄光躍進の年」「青年OOの年」みたいな、11月に発表される創価学会の翌年のスローガンが
印刷してあります。
これって、内部用に作ってるのか・内部・外部どっちにも同じものを送ってるのか?
よくわかりませんが「御苦労さま」と思ってました。
しかし、2013年は異変?が。 例の、気の弱いしらゆり長(前年の衆院選で非活に転じた)
からの年賀状はありませんでした。
もらっても返すわけじゃなく・楽しみにしていたわけでもありませんが(失礼ですいません)、
彼女のかなり強い「意志」を感じました。はっきりと組織との決別を感じたんです。
と同時に、心に浮かんだのは「創価が嫌いになったと同時に、信仰(日蓮大聖人や御本尊様への)も
イヤになってしまったのだろうか?」という思い。
当時、たくさんの脱会決意者または脱会者のブログを読んで、殆どすべてに共通していたのが
脱会を機に御本尊様や日蓮大聖人への「信」もきれいさっぱりと折り合いをつけること。
私はこの当時まだ「絶対心」「特別感~選民意識」に固執していました。
なので、創価を離れると同時に御本尊様や日蓮大聖人を思いきってしまう人たちに対して
「勿体無い」という感想を抱いたのです。
それとこれとはベツモノじゃん・・一緒にしないでほしいと、勝手ながら思っていたわけです。
個人信仰という在り方も、あってもいいはずなのに。
どこかの団体や寺院に「所属」しないと、信仰にならないというのはおかしい。心の問題じゃん、と
思っていました。 この考えは今も同じです。

でも、実事求是で書いたとおり、私にとっての御本尊様(お曼荼羅)も日蓮大聖人の教えも
2013年11月現在は、執着心・絶対心を失い、信仰の対象ではなくなりました。
また、信仰=絶対心だとも現在は考えていません。 前はそう思っていました。何が何でも抗えず
従うべきものだと考えていました。 けど今は、そうとは考えません。
現在思索・勉強の途中でこれといった結論は出ていませんが、信仰とは世相と常識に照らし、鑑みた上で
社会規範を逸脱しないもの(教義、活動)であることが肝要だと思っています。
非常識になっている時点で用いるべきではないというか。これは日本人ならではの考えかたかも
しれませんが。

創価については、言うまでもないですが用いるべきではないと私は考えています。

気の弱いしらゆり長に関して、悪いイメージは無く。
用件だけを伝えに来る感じで事務的。 外で会っても会釈してさっとすれ違うだけで
足止めしたり、無駄に個人情報を聞き出そうとしたり、親しくもないのに親しげに接してくる事が
一切ないところに好感がもてましたw
30代前半で婦人部なりたてだったこともあり、彼女は婦人部とは言え一般常識を弁えた方だったのかも
しれません。
「創価学会員」という縛りだけで、他人の心に土足で踏み込もうとするオバサンがたとは違って。
そんな彼女だからこそ、非活宣言できたのかなぁと。
どこかで会うことがあったら、これまでになくにこやかに会釈を返そう、そう思いました。

この時期、遥拝ごん行&唱題をリビングの白い壁に向かってしていました。
偽本尊という言葉を聞いて以来、嫌悪感があり向かえなくなったお仏壇は放置状態で。
出産後、日々お題目をあげるという習慣が薄れていました。と同時に、私は日常的に
「具体的お願い事」もしなくなっていました。
女子部時代は、一事が万事、ご祈念対象だった。どんな小さな事柄であっても。
けれど結婚後の生活ではその必要がありませんでした。漠然と一家の安泰をご祈念する程度で。
しかしこの頃は、私は「ポリアンナ症候群」という言葉を知って懐疑的になっていた。
もう一度、なにか具体的な事をご祈念してみよう。叶うか・叶わないか、実験のつもりでした。
とてもくだらないことで思い付いたのは、とあるブランドが限定販売したダウンコートを
入手することでしたw
前年秋に既に予約完売で、キャンセル待ちしましたが結局手に入らず。
オークションを見ても中々出品されない。
どうしても欲しかったので、2月までに欲しいとご祈念を始めました。 
結果、入手できませんでした。
しかし、この時期にうっかりと忘れていた長子の入学準備のためのとある件について
もしかしたら間に合わないかも?というピンチがあり、先方にも「無理かもしれません」と
言われていたにもかかわらず、2日前に間に合うというラッキーなことがありました。
「やっぱり御本尊様はすごい。護られた」 この時の私はそう思ったのです。
今思えば、単なる偶然でしょう、という感じです。

けれど、完全なる個人信仰(どこの団体にも所属せず、押しつけの活動は行わない)において
偶然のラッキーであってもそれを「功徳だ」と思う事は、私は悪い事じゃないと思います。
自分の・何物にも縛られない「自由な心」がそう感じたのなら。
それが組織や団体の営利に絡む事が無く、自分の心や行動まで縛られ・操り人形のように
動かされる「原動力」とならないのであれば、何の問題もないからです。
これを「功徳を頂いた→さぁまた活動に励まなきゃ(票集め・新規会員獲得・財務・新聞推進)」
このサイクルに嵌められていくのが大問題なのです。
現実、創価の活動はこの図式です。 
偶然のラッキーを餌・御褒美だと思い込まされて縛り上げられ・搾取されているだけです。
創価の悪いところは「自由な心・思考・行動」を完全に奪うことです。
それも「師弟」とかいう嘘みたいな理屈で。
「師弟」になびかない、博愛主義者には「恒久平和の実現」「仏国土」「世界人類平和」という
ユートピアで。
「師弟」になびかない、私のようなげんきんな人間には「功徳」「福運」「三世永遠の幸福」という
甘い餌で。

欲しかったものが手に入らなかったけれど、2月のなかばには全く執着がなくなっていました。
自分にとって本当に必要なものじゃ無かったから手に入らなかったのだ、と解釈。
当時はこの解釈を「御本尊様が下した結果」と思っていました。
しかし今は、そうではない。私自身の心が諦める結論を出せたのだと考えます。
この気付きに至れたのは、もう少し先のことです。

(5)に続きます。
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