非活決意 その後(6)

1月も半ばを過ぎた頃、携帯に見慣れないメアドでメールが届きました。
「はじめまして」の書き出しで、知らない幹部でした。
メールの内容は「財務の書類を渡したい」とのこと。

申込用紙にサインした時は「これが最後」と、納金の意志はありました(1口ですが)。
だがしかし、福運貯金支部婦のおかげで組織の黒い魂胆に気が付き、このとき既に3ヶ月が経過。
その期間にすっかり覚醒し、創価にびた一文やるものか!との決意を固めていた私は
納金をしない気で居ました。
申し込んだけど、気が変わったから振り込まない。事故扱いになってしまえ!と思っていたのです。
此の当時の私は、一年前の自分を思い出して「人間、変わるものだなぁ」と感慨深くなっていましたw
一年前(2011年度財務時)の私は、財務を1口に減らすことで家庭の経済基盤が崩れるか否か
「実験」をしようとしていた。
つまりその当時はまだ、半信半疑。
「財務をしないことで我が家の経済が減少傾向になるかも?」という懸念を抱いていたのです。
組織で幹部および会員が口々に語る、創価の財務にまつわる「不思議な法力」をまだ半分は信じて
いたんです。
それが一年経過し・完全に覚醒してしまうと
「財務をしないから家庭の経済基盤が崩れるなんてありえない」という揺らぐことのない結論に達し。
目が覚めて、本当に良かったと思いました。
もともと財務への意識は薄く、多額をした事もありません。
が、創価のために1円だって出したくない私にしてみたら、1口1万円も目眩のする額です。 
道で落とした方がまだ諦めがつく。 
だまし取られる事に比べれば紛失なんて大したことない。
そう、完全に創価に「脅し騙し取られていた」んです。私にとっての財務というものは。
結婚後は「家庭の経済基盤が崩れますよ?」って脅されていたから、しぶしぶ払っていただけ。
そこには真心なんて、ひとかけらもなかった。

訪問日程が決まり、数日後に幹部がやってきました。
保険外交員みたいな雰囲気の方でした。
きちんとしているけど、垢ぬけないと言うか前時代な雰囲気は、同中に登壇する婦人幹部を
彷彿とさせ。
幹部は、この地域の活動家がいろいろとあって殆ど居なくなってしまった事・家庭の事情だったり、
信心はあるけど活動にいまは出て来られないという状況で・・と説明。
その中に、あの福運貯金の支部婦の名前も含まれていました。
地区婦がワークに転じて昼間動けない・しらゆり長が非活宣言したことは知っていましたが
まさか福運貯金まで身動き取れない状況になっていたとは!
財務の書類一式を配布する人も居ないって、ある意味すごい状況だなと思いました。
すっかり地域崩壊してるじゃんwと。
書類を手渡された際「地域が新体制になるので(新任者が)改めて家庭訪問に来ると思います」と。
この幹部は間をつなぐために来ているだけ。
まともに私の考え(非活を貫くこと)を話しても、うやむやにされるかもしれない。
新体制とやらが整ったら、その幹部にきっちり伝えようと考え、書類をおとなしく受け取り終了。
そして封筒ごとゴミ箱に捨てました。
微妙な記念品も振込用紙も、もう私には用無し。なんのうしろめたさも感じませんでした。

2月になり、再び見慣れぬメアドでメールが入り、家庭訪問のアポイント。
福運貯金の支部婦が引っ越したとのことで、新任者が来たのです。
派遣の支部婦で50代前半。居住地域(町名)を聞いて驚きました。隣町とか言うレベルじゃない
やや距離のある場所から来ていました。
私が女子部時代にバリ活だったことを、統監カードを見て知った様子で
「(未活が長いけど)どうしちゃったの?お仕事しているわけじゃないんですよね?
 大きな使命がある人だと思うけどー」といわれ。
大きな使命ってなんなんだよ・・と思いながら、この際だからはっきりしておこうと思い
「信心はあるが、創価の活動はいっさいするつもりがないんです」と話し。
新任者は、えっ!?と大声をあげ「どうして?理由は?」と尋ねてきました。
怖いものを見るような目をして尋ねてくる新任者。 創価の活動を一切拒否するなんて罰当たりな!
と思ったのでしょうか・・。
私はあくまでも日蓮大聖人の弟子だと思っている。創価の活動は御書にかいてないことが大半。
だからやらなくてもいいし、私には組織は必要ない。組織に頼らない信仰をして行くつもりだと
話しました。
新任者は困った顔で
「体験がないわけじゃないんでしょ?だったら初心に戻る時期なんじゃないですか?」
と言うのです。
”ハァ?私の話ちゃんと聞いてなかったのかよ!”と内心腹立たしく思いながらも
「御本尊様に護って頂いた体験はいくらでもあります。でもそれは創価の活動のおかげではないから」
と返答。
少しのあいだ、ああいえばこういう状態で押し問答が続きました。
すると新任者が
「とても残念です。体験があるのに、組織につけないなんて・・」と言い
自分は辛い幼少期をすごしたが信心があったから・学会があったからここまでこれたと、身の上話を
涙ながらに始めました。
今現在も、主人が早期退職勧告に遭っていて云々・・でも使命のある場所に行かせてくださいと
夫婦揃って100万遍唱題に挑戦していると。
此の話を聞いている時の私の心境は「だから何?」でした。
同情なんてするわけがない。 ご主人がそのような目に遭った事をこの人は「宿業」と捉えているのか。
自分がパートに出て家計を助けるのが普通じゃないのか?
創価の役職にしがみついていれば、生活が好転するとでも考えてるの?
そんなおまじない生活、50代にもなって”普通じゃない”と解らないってどんだけ・・。
私の頭の中にはそんな言葉がぐるぐる渦巻いてましたが、相手に言う事はなく。
「とにかく私には創価の活動は必要ないし、もう会合に出る気もありませんし、何も応援できません。
 組織と関わりたくないんです」と伝えました。
新任者は困惑した表情で「そう、残念です。じゃあ、家庭訪問なんかも遠慮してほしいって感じ?」
と聞くので「そうですね」と返答。
「わかりました、じゃあ地域の担当者にもそう伝えておきますね」と。
私はそこで「財務も、もうするつもりがありませんので。財務部員から外しておいてください」と
言いました。
新任者は「そんな事言わないで下さいよー」と、勘弁してほしいといわんばかりでしたが、
最後は「お忙しい中、ありがとうございました」と帰って行きました。

新任者が帰ってすぐ、長子のお迎えのため車で向かいました。
運転中にふと思い出したのが、私がバリ活で地区リーダーをしていた時、
厳しいと評判の部員さんに家庭訪問にいき、やっと会えたと思ったら
「創価は親が勝手に入ってるだけで、自分は大嫌いだ。
 女子部活動だってやる気ないし、あなたの手紙も一回も読んだこと無い。全部捨てている。
 もう2度と来ないで欲しい」と追い返されたこと。
意地悪そうな美人でした。
私より少し年上だったのですが、それはもうはっきりと、敵意すら感じるほどの強い物言いでした。
あのとき私、どう思ったんだっけ。
すごく悔しくて悲しくて先輩に指導を受けたんだった。
先輩は
「そうやって、あなたに悪態をつくことであなた自身の”業”を部員さんがとってくれたんだから、
 感謝して。いつか必ず気がつく時がくる。
 不行菩薩の振る舞いで、部員さんの幸せを祈念していこう」そんな風に励まされた。
後年、この部員さんは結婚したのですが、1年足らずで離婚し実家に戻ってきました。
私はそれを知った時「罰があたったんだな」と思ったのです。
学会を悪く言った罰があたったんだよ、と。
そんな風に考えていた事について、ぞっとしました・・。 自分自身のことではあるけれど。
それ(離婚)とこれ(創価を誹謗)は全く関係性のないこと。離婚の理由だって何なのか解らない。
それなのに、私は「罰」と結びつけて考えることを当たり前としていた。
つくづくも馬鹿だったなと思いましたし、その部員さんに対し一瞬でもそんな風に思ってしまった事・
たびたびの手紙や家庭訪問で不愉快にさせていた事を「申し訳ない」と思いました。
その立場になってみないと、解らないことってありますね。

新任者がどう思ったのかは知り様のないことですが、女子部時代の私のように
「相手が自分の(宿)業を取ってくれたんだ」なんて納得していないことを願いたいと思いました。
自分が現実に直面している問題と・創価の活動現場でおきた事柄をこじつけのように結び付けて
考えることが、活動家の世界ではままあります。
現実が動かないのに、活動の現場で何かがあると、現実問題までも好転するような錯覚を起して
しまう。 
そのせいで「現実問題」が手遅れになることが、周囲のバリ活や創価脳を見ていて
多々あるような気がしてなりません。
しかしそれを「宿業」という言葉で納得しようとし、現実的な手段を講じる事をせずに
さらに活動に没頭する事になるのです。 (世間ではそれを「現実逃避」と呼ぶのですが)
でも活動家の間は絶対にそのことに気がつかないから恐ろしいし、目も当てられないのです。
「なにの兵法よりも法華経」 この御書の一節に、現代解釈はないと私は思っています。
これは鎌倉時代の四条金吾殿に対してだから、そう書かれた一文なのだと私は解釈しています。
歴史を勉強しはじめて解ったことですが鎌倉仏教の興隆=戦国時代だからこそ、だったのです。
長くなるので別の機会に説明します。
現代の日本国民にリアルな「戦」は無いのです。 
何かを戦になぞらえることはありますが、それは現実的には戦ではありません。
仕事だったり交渉だったり試験だったり試合だったり対人関係だったりするのでしょう。
しかし、四条金吾殿の場合はまともな「戦」なのです。
刀剣を持って「命」を取るような戦、殺し合いです。
現代の日本に住む一般人にそんな命をとりあうような戦の機会はないでしょう。 
なんでもかんでも「戦い」「闘い」と煽られ続けて、創価の信仰と抱き合わせにされる人生。
一般現代人は「戦」になぞらえた現実問題に真正面から向きあい乗り越えている。
信仰の名の下に紐付きにされる、わけのわからない「活動」無くしても、挑み乗り越えている。
そんなものなくても、乗り越えられるのです。
それが解るようになったときが、覚醒のときなのだと思います。

(7)に続きます。

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