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非活決意 その後(10)

私の折伏の親でもある母と、実家の信仰背景と考察。

母の実家は貧乏人の子だくさんを地で行く暮らしでした。
おまけにもともと祖父は体が丈夫な方では無く、戦前に大病を患い。
藁をもつかむ思いで、仕事仲間にすすめられた法華経の信仰をすることになり入信。
もともと信仰していた浄土宗からの改宗です。
このとき母は生まれておらず、誕生後に入信した2世です。
家族全員入信(入会)しています。
戦後すぐ一家離散の危機に直面。
幼いきょうだいは子供の居ない親戚、跡継ぎのいない家にそれぞれ預けられ
そのまま養子になる予定だったとのこと。
この時代そういったことは珍しくなかったようです。
しかし祖父の商売に支援者が現れ、一家はふたたび一緒に暮らせるように。
この頃、長兄(母の兄)は既に中卒で社会人となっており、創価学会の活動に参加。
戸田先生の時代です。
詳細が解らないのですが、お寺に所属することと創価入会がイコールになったのは
おそらく戦後だろうと思います。
母実家に於いて、創価色が濃くなりだしたのは長兄が何かのきっかけで青年部の活動に
参加したのが契機ではないかと推察。

昭和30年代初め、長兄が祖父の商売を引き継いだところで貧困状態が一転。
高校進学をあきらめていたところ、経済状態が良くなったことで母は進学が叶いました。
家も建てなおしたそうです。
この経験を「功徳だ」と受け止めた事が、母一家の信心の原点なのだと思われます。

冷静に考えると、時代背景的に戦後復興の上げ潮時期であったことは間違いなく。
父方の祖父は事業をしていましたが、この頃に財を成したと聞いています。
事業規模やバックグラウンドが全く違うので単純比較は乱暴ですが、母方実家の経済好転とは
レベルの違うものでした。
創価の信仰をもたず・浄土真宗+神道を信仰していても、桁違いに儲けていた人がいる事実を
考えれば、創価で語られる「信仰の功徳」というものが実に観念的なものであるということが
解る気がします。
本人が思ってもみないラッキーを「功徳だ」と受け止めるか否か、それだけの問題。
此の時代に於いて言えば、経済振興はちょっと頑張れば誰人にも起こりうるラッキーだったのでは
ないでしょうか。 
所謂「いい時代」だったのでしょう。

母の夢のような実家暮らしは長く続きませんでした。
高校在学中、長兄が結婚しお嫁さんも同居する事になったため、小姑はいらないと
卒業後すぐ家を出て行くよう命じられます。
他のきょうだいも自活しており、母も就職をし先に家を出たきょうだいを頼って共同生活。
その後、きょうだいが結婚すると一人暮らしを開始。
給与も少ない中、自活をし学会活動で交通費や書籍と出費がかさんで大変だったこと・
新しい洋服や靴を買う事もままならなかったこと。
実家のすぐ傍で暮らしていたようですが、長兄の代となり気楽に帰れる実家ではなくなった為
寂しく辛い思いをしたと語っていました。
堅い企業に勤務し・実家が裕福な父と出会い結婚したことで、経済的不安はなくなり専業主婦に。
その事を(経済状況が良くなったという意味において)母は「功徳」で、
「女子部時代に積んだ福運のお陰」だと、私に繰り返し語りました。
「あなたも経済的にしっかりしたところに嫁ぎたかったら、女子部の活動を頑張りなさい」
と言い聞かされたものです。
ちなみに、両親の出会いは母が父を折伏しようと街で声をかけた(所謂逆ナン?)こと。
父は当時既に、取引先の偉い人から無理やり寺に連れて行かれ御本尊様をもたされていましたが、
それが何なのか解っておらず、母に相談したことが縁となったのでした。 
出会いからすると、私がうまれてこれたのも創価のお陰の様になってしまうので嫌な感じですがw
それはもう問題じゃないと思うようにしています。

母は折伏成果もかなり上げており、独身時代だけで20以上。
現状、此の当時の折伏相手と交流が続いているのはたったの2人で、うち1人は脱会しています。
殆どの折伏相手と連絡が途絶えている、これが何を物語っているのか。
母は居住地域(県)を変えたことが一度もありません。生まれ故郷でずっと暮らしています。
これは結婚後、婦人部に上がってからの母の本流成果にもいえることなのですが
後のケアが殆どと言ってよいほど出来ていないのです。
折伏相手は「一世」なわけだから、冷静な判断でカルトだと気が付き、フェードアウトされた部分も
多いにあると思います。
が、母の折伏を私がこの数十年見ている限り強く感じることは、結局は「数」それだけなんです。

子供時代、家にたまにやってくる御陽気なご婦人が居ました。
母が折伏した人です。
ものすごい大声で玄関前で挨拶をし、断りも無くずかずかと家に入ってくるのです。
幼心に「この人かわってるなぁ」と思って見ていました。姉など本気で嫌っていて、
そのご婦人が現れると奥の部屋に隠れていたほどです。
いま思えばですが、その方は知的障害者でした。
自分で判断して入会したと言えるのかどうか、謎です。
それが本当に相手のためを思った「折伏行」だったんでしょうか?
誰でも良かったんじゃないのかと思ってしまいます。
このご婦人はある時期を境にぱたっと来なくなりました。
それは同市内で実家が新築をし引っ越した時期とかぶるのですが、おそらく母はご婦人に
新住所を教えなかったのでは?と思いました。
後日確認したところ、家の前で騒いでいたご婦人を父が怒鳴りつけたという出来事があったそうで
以来、来なくなったとの事でした。
その後、相手は引っ越しをしてしまい行方知れずだと母は言い、あくまでも相手から離れて行った・
自分は面倒を最後まで見るつもりだったと言っていましたが、疑わしいです。

ここ10年の間にも、母は何世帯か折伏をしています。
私の結婚後(父存命時)、母が折伏のために毎日出歩き、遅くまで帰ってこない事で
父が怒って大げんかになり、仲裁に入った事がありました。
私は、母がなぜにそんなに必死なのか意味が解らず。
当時はまだマインドコントロール下にいた私ですが、母の折伏姿勢は理解ができないと思っていました。
相手の方は、子供に恵まれず・つれあいに先立たれた独居老人。
母は「ご安置しやすい・家族の反対が無い」という理由で相手をターゲットにしていたよう。
そんな理由で?と、心底呆れたのです。
それって、相手を救ってあげたいとか幸せにしてあげたいって出発点じゃないじゃん、もはや。
「本流し易そうな人だから」って、それって折伏行?
しかも、相手は一人暮らしが寂しい、という悩みがある程度(?)で
健康状態も良好、経済的にも不自由のない人。そこそこお友達もいて、立派に自活している方でした。
全ての人に法華経をたもたせてあげるのが、折伏の大前提(という事に創価ではなっています)。
しかしだからといって、母のやらんとしている事が「とにかく本流できたもの勝ち」のように思え
酷く違和感で。
母は期限を切っていて、組織のいわゆる「記念日」に照準を合わせていました。
そのため、期限まで時間が無いと、焦って毎日会う約束をとりつけ半ばストーカー的に相手をおとそうと
していたのです。
私は、母に「相手の気持ちを全く無視している!それは違う気がする」と意見しました。
すると母は「そんなことはない。相手は揺れている。迷ってる。だからこっちが腹を決めて
一念を決めて挑まないと決まる物も決まらなくなる。そのための期限設定なんだ」と反論。
私「そうじゃないでしょ?あなたがそう考えてたとしても、相手にも時機ってもんがあるんだよ。
あなたの話聞いてると、あくまでも組織に利するようにとしか聞こえない。相手の都合なんか
全然考えてないと思う。成果上げたいってそれだじゃん」と言い返し。
それに対し母は
「いいじゃないの。私たちを闘わせてくれるために・会員に宿命転換させてあげようって・
 頑張れるようにと、組織が(期日を)設定しているの。
 相手の時機も、こっちが決めて やるくらいじゃないと、折伏なんかできないんだよ」と。
こんな言い草、全く納得できなかった。
母には言わなかったけど、私は思ったんです
「結局、組織から誉められたいだけじゃん(呆)」。
その方への本流は実りましたが、後日ささいなことから喧嘩をしてしまい、今は交流がありません。
組織にもついておらず、おそらく相手は脱会を決意しているでしょう。
母の折伏は、このようなケースが結構あるのです。

また、必死で折伏アタックをかけていた別の人物に対し、母は物品を贈ったり何かと親切にしていました。
ところが、その人が別の学会員からも同じく折伏を受けており、その人からもあれこれ恩恵を
受けている事を知るや否や「人をばかにしている!」と、相手を切り捨てました。
折伏の親は一人なのだ。 どっちから入ろうかな~なんて、入会をエサに時間を稼ぎながら
利益供与(そんな大げさなものじゃないけど)を受けているなんて許されない!と。
このときも、母の怒りの方向が私にはよくわかりませんでした。
折伏精神って一体なんなんだろう。この人にとっての折伏って???と、首をかしげたんです。
私が、組織の活動に必死な母を見ていて、ずっと違和感だったのがこの「成果主義」。
なんでもすごく頑張るし結果も出すけど、そこには慈悲がない。
相手を心から幸せにしてあげたいという思いを感じないのです、残念ながら。
やったらおしまいで、実際の話、面倒を見れていない。
とにかくこの日までにとか、この数字にしたいとか、そんなことばっかりに必死になっているように
見えるのです。
創価の世界で結果を出し、誉めたたえられることに最上の喜びを感じている。
質より量です。中身は誉められたものではない。
それでも創価の世界(現場)では、数を上げたもの勝ち。これが現実です。
真心だの何だの言うわりに、中身は伴わない。 それで良しとしてきた根本は何なのか?
結局大本営が欲しいのは「金と権力(のために無償奉仕してくれる手駒)」だからです。
中身なんかどうだっていい。 それが正体でしょう。
現役活動家の方は全力で否定するかもしれませんが、よく考えてみてください。
あなたの周りにも、このような話は幾つか転がっているはずです。
慣れ合いの空気で有耶無耶にされているでしょう。
真に人心の通う宗教団体であればこのような「中身はどうでもいい・成果主義」が許されるはずは
ありません。 
そんな会員には、お咎めがあってしかるべきなのです。 だけどそんな事はほぼありません。 
どんな無茶苦茶な折伏・新聞推進・度を越していると思われる選挙の連れ出しや投票の要請は
「見て見ぬふり」されている。
選挙に関しては、末端組織幹部がそれを煽り・自ら率先してやっている例が数多くある。
こんなものが「人間主義の行動と哲学」なわけありません。
また「一部の心無い人間のせいで創価全体を悪く言われて迷惑。自分は違う(キリッ!」
タイプの方もいますが、それは詭弁というものじゃないでしょうか。

話を元に戻します。

母がこうなってしまった背景に、生い立ちが関係していると分析。
母はいつも、誰かに誉められたい・認められたいと思う気持ちが人一倍強い人なのだと
気がついたのは最近のことです。
社会(=仕事)にそれを見いだせればよかったが、母は女子部の活動に必死になるあまり
条件重視の転職を何度もしていたようで長続きせず。
給与の大半を交通費に費やし、大ブロックを廻り、折伏できそうな人がいると聞けば
飛んで行ったとも聞きました。
現代ほど娯楽のない時代とはいえ、自活の上、稼ぎの大半を創価の活動につぎ込んでいたのでは
他の事柄に目を向ける余裕も全くなかった青春時代なのだと思います。
というより、創価の活動が「娯楽」がわりだったのかもしれない。
組織の活動に「やりがい」を見出し、虜になってしまったんでしょう。
また結婚後も、実家からそう遠くない地域に住み、幹部となったきょうだいたちの「目」もあった。
父とは信仰をめぐり喧嘩が絶えず、それがますます母を創価の世界へ向かわせてしまった。
創価が掲げる「一家和楽」なる、家族全員が洗脳されなければ実現不可能なスローガンを
自身の命題としてしまったことも不幸のはじまりでした。

母がそうなってしまったことは「かわいそうだ」としか言いようがありません。
愛情溢れる家庭生活・子供時代を経験しないまま、青年期に突入し創価を心のよりどころとする生活。
自己実現が何なのかハッキリわからないまま、創価の活動=生活の中心となってしまい
創価の世界で自己実現を求めようとしてきた。 現在進行形で。
こう考えれば、子育ての姿勢がおかしかったことも納得です。
そして私も(結婚までは)、母と同じ道をたどったのだと解りました。

人生、もっとほかのことに充足感を求める事も出来れば・自己肯定感を高めることだって出来る。
なにも創価の組織じゃなくたって。というか、これほど愚かな事もないように思え。

これは自己責任で、組織が悪いわけじゃないという人もいるかもしれません。
だけど、母のような人を明らかに「利用」しているのが、創価という組織だと思います。
数さえ上げれば無責任に誉めたたえ、ちやほやと扱う。
少々後始末がわるくても、組織に直接迷惑かける問題じゃなければスルー。
ループになりますがその理由は、大本営にとって必要なのは「金と権力(保持のための手駒)」
この2つさえ手中にできれば末端現場で起きている細かい件はどうでもいいのでしょう。

生きる目的が解らないまま、宗教の教えに深く入り込む。
その宗教が「他人を幸福にする勧誘活動こそあなたがこの世に生まれてきた使命」だなんて
刷り込むと、崇高な目的に生きる私!と、その人は勘違いする。
そして意のままにどす黒い団体に搾取され続ける。 
こんな恐ろしいことが、日本のあちこちそこかしこで、数十年間に渡り行われている現実。
宗教法人法になぜメスを入れないのでしょうか?
課税対象にするだけでもかなり風向きは変わると思います。
そうされないがためにも結党し、微妙な数であっても議席を「死守」しようとしている宗教団体。
百害あって一利なしとはこのことです。

(11)に続きます。
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