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非活決意 その後(11)

絶対的信仰を心身に刻印されるトリガーは偶然の合致と思いこみの産物=「功徳」と、
もうひとつはこれまた同パターンの「罰」でしょう。
その「功徳と罰」の経験が鮮烈であればあるほど、絶対心は強靭なものとなります。

私の母における「罰」の現証を、以前も幾つか書いたのですが、最近ふと思い出しました。
もっとも強烈な例が母の親戚にあるのです。
母のいとこにあたる女性(現在60代後半)の半生です。

いとこの女性は女子部で頑張っていましたが、恋人から結婚の条件として創価の信仰を
やめるようにいわれ、御本尊様を破った(不敬をした)そうです。
(昭和40年代のことで、宗門の御本尊様です)
結婚相手は堅気ではない人です。

そのいとこが、流産を繰り返した事を母は「不敬した罰だ」と言っていました。
母は「人間になれない状態で流れてしまう」と表現しており、
この話を聞いた当時の私は20代で、妊娠出産に関する知識も乏しく、
ただ「得体のしれない恐ろしい事象(妊娠に至らない)」=罰なんだ、と受け止めていました。
また、母の認識も上に同じだったと思います。
しかし、私自身が妊娠出産を経験する過程で「不育症」なる症例がある事を知りました。
医学である程度解明されていることであり、この症例を乗り越えて出産に至っている方も少なく
ありません。 多くは先天性のものだそうです。
昭和40~50年頃は現在のような情報化社会でもなく、また母の無知も大きく災いして
「不敬した罰」などと、わけのわからないこじつけをしたのだと思います。
これは今度、母にあったら話して聞かせる予定です。 
罰なんかでは無い・不育症だったんじゃないのかと。
ちなみに、そのいとこは流産の後にお子さんに恵まれ、その子は立派に成人しています。

話はそれますが、私が婦人部になりたて当時、会合で顔を合わせていたメンバーの一人が
不妊治療中でした。 彼女はご主人から折伏を受けた一世で、40代手前ということもあって
焦りもあったようです。
治療をしている事をカミングアウトしており、体調に不安があることを時折会合で話していました。
自分たちが子供を授かれないのは業なんじゃないか、と発言したことがあり
「そんな事無いよ」と皆でフォローしました。そこには地区婦人部長以下しかおらず
厳しい事を言う人は誰も居ませんでした。
彼女が「業」という言葉を自身の境遇にあてはめ、不安を感じていることに対し、この時はなんとも
思いませんでした。
「業」という概念が私にとっては日常茶飯事すぎてなんとも思わなかったのです。おかしな話ですが。
いま思えば、そんなこと(業)でただでさえ苦しい気持ちに、更に重荷を背負っていたのではないかと
彼女が不憫になります。
結果、彼女は治療で授かることができないと医師から宣告を受けて諦めたそうです。
そして非活になっています。
ご主人は活動家ですが、奥さんについてはそっとしておいてほしいと話している・・と
近所の商店の奥さん(ワーク婦人部)から数年前に聞きました。
私の友人(外部)にも、治療の末に諦めざるをえなかった人がいます。
友人の体質的なことが処置段階でわかり諦めたのですが、こういった事柄を「業」や「宿命」
または「罰」と絡めて語る事は、非常にナンセンスだと私は思うのです。
創価に於いては、その「業」「宿命」「罰」をえさに学会活動に励ませようとしているだけだから。
そんなこと(学会活動)で克服なんてできません。
なんにでもあてはまることですが、問題に直面した時、現実的な手立てに勝るものなんてないと
私は思います。

話を元に戻します。

十数年経過のち、いとこはご主人と離婚。原因は相手の浮気でした。
しかしその後、浮気相手と別れた主人が戻ってきて復縁。
夫婦で始めた商売が当たり、メディアで紹介されるほどになりました。
羨ましいほどの豊かな生活をしていましたが、それから十余年後、ある日こつぜんと姿を消しました。
ご主人が多額の借金を背負っていたらしく、商売先や自宅が差し押さえられたのです。
そして夫婦ともども、行方不明です(現在進行形)。
まるでジェットコースターのような、浮き沈みの激しい人生。
周囲でもこれほど激動の人生を送っている人の話は聞いたことがありません。
母はこのようないとこの人生を「全ては御本尊様を不敬した罰」によるものだ、と言っています。
このいとこの件をたびたび話の引き合いに出すのです。 まるで言い聞かせるかのように。
私も覚醒前までは、このような不幸な目にあうのは退転・不敬した罰に違いないと思っていました。
ただ、このご主人が堅気では無かった(反社会的勢力の傍に常にあった)事を含めて考えれば
「さもありなん」だと最近思うようになりました。
不敬した罰がどうとかいう以前の問題で、単純に置かれている環境が悪すぎたのだと思うのです。
しかしこう言えば
「そんな事は無い、御本尊様を不敬しなければ・信心を貫けばこんな目に遭わなかった!」と
母は言いだすと思うのですが、だったら私は突っ込みたい。
「なぜ女子部で真面目に頑張っていた人が、そのような相手と巡り合ってしまったのか?」と。

そう問えば
「活動家には魔が競う」「魔に食い破られたから(本人の責任)だ」とでもいうのでしょうか?
もう、こうなると結局は全てが「本人の判断と運次第」
信仰云々とは関係ない次元の話。
信仰とは「心がけ」 それだけでいいじゃん。
それ以上のものなんか何もない。
功徳やら不思議な法力がそこにあるようなウマい話でたらしこむな、と私は思うのです。
不思議な法力があると仮定するならば
「信仰をしていれば判断を誤らないんじゃなかったっけ?」と私は聞きたい。
いとこには御仏智がなぜ働かなかったのか?と。
一瞬のすきをつけ狙われた、とでもいうのでしょうか。

また、それが全て本人の「宿業」だったという片付け方もあるかもしれません。
そのまま信心を保っていれば宿業転換できたのに残念だねと。
私はそのような片付け方に対しても、覚醒してしまった今は納得がいきません。

業という話で、身内で語り継がれているエピソード。
母方が浄土宗から改宗し入会に至った事を前回書きました。
創価では浄土宗の業を「男が立たない」としていたそうで、男性が早死にすると言うのです。
母方祖父は50代で病気で亡くなりました。もっとも、30代で大病を患っており40代で亡くなると
言われていたところ、50代まで生きられたのは「功徳」で、宿命転換できたと身内の見解です。
男きょうだいで50代で突然死をした人も居ました。幹部をしていましたが、このおじが亡くなった時も
「浄土宗の業がでた」と母方身内は結論づけ。
おばの主人も60代目前で亡くなり、うちの父も60代後半の急死でしたがこれらも母方身内に
いわせると「浄土宗の業」だそうです。
また、長兄は80代ですが近年認知症になりました。
家を継いだ人がそうなったということでやはりこれも「浄土宗の業」だと母は言うのです。
法華経信仰を始めてすでに半世紀以上、それでもまだ浄土宗の罪業は消滅されていないというのですw
いつになったらその業がなくなるんでしょうか。
単純に男性陣が早く亡くなっているのは(祖父を除き)、創価信仰によるストレスのせいじゃないの?と
最近の私は思っています。

いい時は信仰のお陰。 悪い時は本人の自己責任もしくは(宿)業。 なんじゃそりゃ?!
この現実をいまもって活動家の方々は、どう捉えるのでしょうか?

「偶然の合致と思いこみの産物」 
これまでに信仰で得たと感じていた功徳について、私の場合は殆どがそれだと判明しました。
また「罰」だと思っていた事に対しても同じく・・または、根本から方法が間違っていたとか・
以前も書きましたが素行不良であったり、心がけが悪くてそうなってしまったという事柄。
なにも御本尊様が下した「結果」では無いのです。
そして「学会活動をさぼった」からでも「創価を裏切った」からでもありません。
現実的な原因究明なくして、それを摩訶不思議な法力に絡めて考える事は問題を複雑にしたり
曖昧にもします。 そしてまた同じ不幸を「繰り返す」恐れもあるのです。
これは、もし今迷っている方・悩んでいる方がいらしたら、自身の経験・思い当たる節を
ぜひ紙に書きだすなりして確認・検証してもらいたい。
そこにあなた自身の努力や機転や行動は無かったのでしょうか。すべてがタナボタだったんでしょうか。
また、周囲からもたらされた恩恵であるなら、それはもともとあなたがもっていた環境によるものでは
ないでしょうか。
そんなの何も無くて、本当に思いもかけない幸福を「学会活動+唱題」のみで掴んだという人が
いるのなら、私はその人に言いたい「ものすごく運がいいんですね」と。

母という人も、元々たいへん思いこみが激しい人です。
つまらない例ですが・・父方実家の菩提寺(浄土真宗)は山号に「妙」の字がつきます。
母は私に「あのお寺さんは、もともと日蓮宗だったけど浄土真宗に鞍替えしたに違いない」と
私が高校生の頃から言っていました。
そんなことあるわけないじゃんw どうしてそう思うの?と尋ねると
①鶴丸の紋がついた寺院幕・家具がある 
②お厨子のとなりに、墨染の衣をきた僧侶の絵画(掛け軸)がある(日蓮の絵だと思う)
③寺の山号に「妙」が入ってるから というのです。
鶴丸=日蓮正宗。 墨染の衣=日蓮および日蓮正宗の僧侶がきているもの。 
戦時中に弾圧を受けて、仕方なく浄土真宗になったけど日蓮を捨てきれないんじゃない?という母の見立て。
私はこの説を「そんな訳はない」と一蹴しましたが、詳しく調べた事はありませんでした。
覚醒の1年くらい前にふと、ネット中にこの事を思い出したので調べてみました。
すると、鶴丸の紋は日野家=親鸞上人の実家の家紋だと言う事が解りました。
そして墨染の衣を身に付けた親鸞上人の絵画は、多数描かれている。
決して墨染の衣=日蓮正宗の専売特許ではないということが判明したのです。
また「妙」を山号にしている寺院は、ものすごい数あって、宗派はばらばらです。
もう、笑ってしまいました。お母さんあなたって、なんて思いこみが激しいの!と。
この結果を伝えたところ母は、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしました。
いつか、寺の住職に尋ねてやろうと思っていたが、それ以前に父が急逝してしまい
(父方田舎へ行く機会がなくなったので)確かめようもなかったが、聞いてたら大恥をかくところだったと。
無知って恐ろしい。
そして思いこみは、もっともっと恐ろしい。

母は天然ボケなところもあり、そこは可愛らしさでもありますが、概ね騙されやすいのだと思います。
そして戦後間もなくの時代から創価イデオロギーどっぷりで生きてきた。
ほんとうの「母」という人格が、創価イデオロギーに覆い隠されてしまっている。
それは「人間らしさ」を失ってしまった状態です。

母が「どうしてこんなに残念な人」なのか。
その理由・原因は、半世紀以上にわたる創価のプロパガンダにあると私は結論します。

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