非活決意 その後(13)

私の母は思い込みが強く、騙されやすい人だと思います。
それに気づいたのは結婚して親元を離れて以降のことです。

同志がすすめてくれたからと、色んな物品を紹介で買わされてみたり
マルチに誘われ、結構な金額を投資した事もありました。
そういった事柄(マルチやネットワークビジネス)が創価内部で禁止されている事は、
私よりよく知っているはずなのにもかかわらず。

マルチで散財したのは1回では無く2回あり、どちらも誘って来たのは同じ人です。
私の同窓女子の母親でもある学会員(幹部ではありません)。
そして、こういった事は父には全くの秘密でした。

マルチの1度目は私が小学生の頃の話で、私が成人してから「騙されちゃってね」
と思い出話のように語られて知りました。
2度目は私が嫁いだ後で、そのときは「始めてみたのよ」と報告されました。
某国企業が最新技術を結集して作った製品を、日本においてメンバー制で流通させるというもの。
上位リーダーになり・口座が増えればお金が入る仕組みは、ねずみ講そのもの。
パンフレットに書いてあることはもっともらしく立派でしたが、怪しさ満載に思え。
絶対に騙されている、最初に払ったお金は帰って来ないにせよ諦めて
次の出資は絶対してはいけないよ?と忠告したのですが
「お金は出すから、あなたの名義だけ貸してくれない?」と頼んできたのです。
断りましたが、それから1年ほど経過して見知らぬ会社から分厚い封筒が私あてに届きました。
”会則変更に伴う改訂約款” と書いてあって、これは何なのかと母に電話を入れたところ
「急にシステムが変わって大損させられた」と嘆き。
断ったにもかかわらず、私の名前を勝手に使って口座を作っていたのです。
それで私の家に封書が届いたというわけです。
いわんこっちゃない!と呆れました。

母は言い訳がましく
「@さん(婦人部)だけの勧めなら断ったけど、△さん(壮年幹部)がやってたのよ。
 △さん、絶対まちがいないって言ってたのに・・」と。 
こりゃだめだ、と思いました。

こんな目に遭えば活動に行くのが嫌になりそうなものですが
(私なら、絶対やめます。騙された自分が悪かろうが、儲け話を持ちかけてきた奴の顔なんて
 見たくない)
母は、それとこれとは別と考えられるタイプなのか? @さんや△さんへの恨みつらみを
延々口にするようなことはありませんでした。 そこが不思議でなりません。

△さんは4桁財務をしていると噂の方でした。
自営業者で「功徳で毎年右肩上がりで業績が上がっている」と話していたこともありました。
娘さんが居て、女子部世代でしたが一度も会合に参加せず。
家庭訪問に行っても会えず、△さんは会合で私に会うたび
「娘が活動しなくてすまないねぇ、君に会うと本当に申し訳なくなるよ」と声をかけてきました。
私は内心、そこまで責任感じてもらわなくても・・と思いつつ、いえいえと返事。
のちに娘さんと学生時代に仲良しだったというメンバーが引っ越しで私の地域に来ました。
ぜひ彼女にアポイントとって欲しい・女子部としての接触では無く、旧知の友として。
そして気持ちを聞いてきてもらいたいとお願いしました。
メンバーは同窓会で彼女に会い、話した内容を報告してくれましたが驚いたことに
彼女が学会活動に一切出ないその理由
「親が女子部の活動なんてするなと言っている。
 女子部の活動なんてしていたら婚期を逃すからやらなくてもいいと言われている」だったのです。
私は耳を疑いましたし、怒りを覚えました。
△さんは私に「申し訳ない」と言いながら、内心は女子部を小馬鹿にしていたんだなぁと。
△さんの奥さんはつりあい人事で支部幹部でしたが、結婚を機に入信したと聞きました。
女子部蔑視の壮年部w そんな人間が幹部をやっているということも腹立たしかった。
今思えば、女子部の活動が婚期を逃すと言うのは正論なので、娘をそうしたくないという
△さんの考えは理解できますが、当時は怒り心頭でした。 
なんなの?と。馬鹿にすんなよと。
そんな△さんへのマイナスイメージが先行していたため、母から儲け話の黒幕が△さんだったと
聞かされた際は、怒り心頭でした。
今度会ったらどんなイヤミを言ってやろうか?
打ちのめしてやりたい(当然暴力では無く言葉で、ですよ)と考えた物です。

しかし無情にも?再会を果たす間もなく△さんは逝去しました。
闘病している事を公表しておらず、とつぜんの葬儀連絡で母も大変驚いたと報告してくれました。
そして、葬儀の後に「実は△さんから持ちかけられた儲け話で損をして・・」というような
話をする方がいたとのこと。
声を掛けられていたのは、多人数に上るという事でしょう。
その方は母と同じくで、生前の△さんを直接責めることはしなかったそうですが
このような死を迎えたことに「結果が出たのかも」と、自身を納得させるかのような発言をしたのだと。
まるで不祥事を「信心で収めた」というような。
仏法は道理、悪いことしたからそうなった・・ような解釈で収めたように私は感じました。 
それでその方が心から納得できているのかは解りませんが、こんな場面にまで創価ロジックが
力を発揮していることに、呆れるやら・感心するやらでした。
本来ならば、組織本丸に報告なりあげて、処分されるべき事案でしょうが、
末端会員の高齢者たちは”いい人”すぎてそんな事しなかったと思われます。
「組織に迷惑をかけてはいけない」と、飲み込んだんじゃないでしょうか。

このような話は、氷山の一角。
この話は創価本丸が悪いわけではないですが、庶民のコミュニティに「幹部」など上下関係を
つけた上に、幹部=境涯が高い人みたいな扱いにしてしまうことも、確実に問題の因となっていると
私は思います。
池田老人は、幹部にこそ厳しく!などと、秋谷会長相手に衆人環視でイジメ・かわいがりを
やってましたが(同時中継で) 末端現場であのような事は誰も出来ない。
池田老人以外は誰もモノ申せない状態になっているのです。末端現場で幹部が頭を低くするような事は
殆どないと言っていいと思います。
幹部が自身の立場を利用して小遣い稼ぎ・・というような事は、珍しくない事のようです。

頼まれたら断らない母は、書籍も出ますよと言われたら全て予約購入。
開けたことも無い本が本棚に入りきらず押し入れにあります。
民音絡みのチケットも頼まれたらまず断りません。
新聞も一人暮らしなのに複数部入っていたし(現在は減らしましたが)
それら全て、イヤイヤではなく「喜んで」引受けているのです。
それが出来る境涯(経済状態)にあることに満足しているように見えます。

借金があるわけじゃないし、それを優先するあまり暮らしが立ちいかなくなって
身内や他人に迷惑をかける状態でも無かったので、傍で見ながらやきもきしつつも
覚醒前の私はこう割切るようにしていました「活動とそれにまつわる全ては母の趣味」
趣味の出費で本人の懐範囲でのことならだれも文句は言えないと。
外部友人の母親も、韓流スターにハマって高級車が買えるほどの金額を一年で使うと
聞いた事があり、極端かもしれませんが、それよりはマシかと思うようにしていたのです。

だが、数年前に「母はおかしい 正さねば」と考えを改めました。
学会関係に使うお金は惜しまないのに、孫に使うお金を出し渋ったことがきっかけです。
父の生存中、嫁ぎ先に対して恥ずかしくないように何かと気遣ってくれていました。
母はそのような考えはなく、孫の誕生日も覚えていない有様。 なんと子供(兄姉私)の誕生日も
覚えていません。
父の生存中、子供の誕生日のお祝いが欠かさず届いていましたが、亡くなった後は届かず。
4歳の誕生日、長子は届くのを楽しみに待っていたので、寂しく思った様子でした。
忘れてたのかもねと、母に連絡を取ったところ
「それはお父さんが勝手にしていたことなの、私はしたことないのよ」と。
孫は一人じゃないから、 全員に同じことをしていたら大変よね(だからやらない)と母曰く。
なにも高価な物をねだってる訳じゃなくて、気持ちの問題。
新聞を5部も6部も取り続ける事が出来てるんだから簡単なことでしょうと私がとがめると
母「それとこれとを一緒にしてはいけません!」と怒り出したのです。
他にもそのようなことが重なり
この件については根気よく話し「常識的なおばあちゃん」になって欲しいとお願いをしました。
母も理解してくれ、以降改善されましたが、家族より組織(での見栄)が大事なのかと
嘆かわしく思ったのです。
いいカモにされているだけなのに・・と。

何が問題かって、母が「自らすすんで喜んで」やっているのが問題。
何が母をそうさせてしまうのか?
創価の世界にしか生きる場所をみつけられなかったことが災いしているのだと思います。
本来なら基本にたちかえり「家族の中の母」として、家庭生活での幸せを見いだせれば
良かったのに。
買い物依存症の方のブログを拝見した際、
「自分は買い物という行為も、購入した品物にも興味は無かった。
 それよりもショップで店員からにこやかに迎えられ、気持ちよく対応してもらえることが
 重要だった」と書いてあり、私の母もこれに近いのかもなと思ったのです。
つまり創価の世界でお金を使うと、新聞・民音や書籍担当から感謝される。
衆人環視(協議会の席上)などで取りまとめが行われるため、周りの人間にも自分が創価へ
「投資」を行った事が知れ、優越感を感じる。
おまけにこれらの行為は創価では「ご供養に等しい」とされているため、功徳がつまれると
母は思いこんでいる。
選挙応援(全国交流)で高い交通費を払って遠方に行く事も同じくで、会合席上で活動報告ネタになる。
創価と直接の関係が無くても、同志である学会員からもちかけられる物品セールスや儲け話に
簡単にのっかることも、結局は「周囲からよく思われたい」意識なのではないかと思ったのです。
金銭が絡む事ばかり上げましたが、折伏本流も組織の人間から称えられる事柄。
母が躍起になって折伏に取り組んでいるのは、使命感というよりも
組織の人間から「誉められたい」意識が強い。
母の全ての行動はこの「組織内で誉められたい症候群」といっても過言ではない気がして。
なんだか、これほど組織側に都合のいい人間もいないように思えます。
まさに思うつぼというか。

父亡き後の実家に母はひとりぼっちです。
古くからの住宅街に住み、親しく顔を合わせるメンバーの大半が昔なじみの学会員。
外部の友人もいますが、創価に協力的か肯定的か・否かで母は態度を変えています。
また、趣味サークルや行政が運営している老人サークルへ参加しては新たな対話相手を探していますが
最初はいいのだけど、信仰を持ちだした途端、けんか別れする事も多く。
いい加減に何故そうなるのか、常識というものに気がついて欲しいと思いますが、
母にとっての「仏法対話」「折伏行」は、疑うべくもなく「功徳を積む因」なので
誰に嫌われようが・離れて行かれようが、そんな事はへっちゃらで関係ないという思考回路です。

私はそんな部分も「怖い」と感じています。
人に嫌われたら悲しいとか、無いのです。
創価批判をする人間についてはすべてが「仏敵」であって、攻撃対象。 
相手を罵倒しまくる事はあっても、相手の態度から何かを学ぶということはしません。
「教主釈尊の出世の本懐は人の振る舞い」
「どんな人にも仏性がある」
これは創価で教わったことですが、反逆者や批判的な人間には仏性なんて無いのだとばかり
罵倒し攻撃している。
池田老人煽動のもと、盲目会員は「師匠の敵 創価の敵は許さない 師匠の仇は弟子が討つ」
などと勘違いも甚だしい・およそ仏の教えをたもつものとは思えない使命感に燃えている。 
それが自身の人間としての伸びしろを無にし、偏狭な小我に貶めている事を気づいていないのです。
自分の頭で考えず「師匠の言う事は全て正しい」「学会は絶対正しい」
狡猾なマインドコントロールにより、こんな思いこみのみで、生きているからそうなるのでしょう。

マイナスな出来事やそのことに起因する負の感情を、うまく自身の糧へ昇華していくことが
よりよく生きて行くには必要不可欠であり、多くの「心がけある」一般常識人は
このように対処していると思います。
そこに神や仏の教えはなくとも、出来る人もいるんです。そんな人が世の中の大半です。
盲目な人はそこに早く気がつくべきです。 

ここまで身内(母)の事を悪く書いておきながら、いうのもなんですが、私は母が好きです。
そこは誤解なきようお願いいたします。
母に対し、残念な思いをするようになったのは、私がバリ活でなくなり、創価に対して懐疑的に
なって以降のこと。
それまでは大信頼を寄せていました。
子供時代、優しい母がいなければ私は本当にどうなっていたかわかりません。
厳しい両親・優秀なきょうだい・落ちこぼれの私にフォロー無し、だったら引きこもりになったり、
自暴自棄になり人生どうなっていたかわからないと思います。
信仰の絆ありきで、母が優しく接してくれていたのか・・と思うと、やりきれない気持ちになることも
ありましたが
そうではなかったことにしたいから、母に対し地道に覚醒を促す対話を続けている現在です。

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私信:シルバニア様へのコメントを公開しています。 ご覧ください。

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次回は特定秘密保護法案成立についての私の感想です。

そのあと(14)に続きます。
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