スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

非活決意 その後(15)

2012年秋に組織の矛盾に気が付き覚醒が始まり、一番最初に心が折れたのは
折伏した彼女や・仏法対話や選挙支援にたいしイヤミもいわず、笑顔で常に協力的であった
外部の友人の顔を思い浮かべた時でした。
私は、とんでもないことをしでかしてしまった。
当時いくらマインドコントロール下だったとはいえ、無礼の数々を働き・非常識が過ぎた。
今ごろ「真実に気がついた、ごめんなさい」と謝罪したところで「なにをいまさら・・」と、
あきれ顔され・離れて行かれても、仕方のないこと。
とくに、入会までしてしまった彼女からは、激怒・罵倒され、絶交もありうる。
どんなにひどい言葉をぶつけられようとも、交流を断絶されようとも、私はこの件について筋を通したい。
なによりも「創価」という団体に属し、額に関係なくお金をむしり取られ、票をもむしりとられて
いることが「大まちがいで、悪への加担になる」という事実を、彼女に伝える義務が私にはある。
誘い招き入れた私が気付いた真実を、黙ったまま友達でい続けるなんて無理。
私は逃げてはいけない、と考えました。

私が婦人部から非活であることを、彼女は知っています。
彼女も私が結婚した後年に結婚しましたが、ワークであることを理由に婦人部の活動に不参加。
私は「新聞、選挙、財務さえ断らなければ煩く言われる事は無いから」と彼女にアドバイスしており、
彼女もそれを守って(?)いたようです。
日常的にSNSで近況を知っていましたが、信仰についての話題は互いになにもなく。
記憶に新しいところでは、2010年の財務時期に彼女の地域のしらゆり長から
「納金連絡が無い。事故扱いになるから、彼女と何がなんでも連絡を取りたい」と言われた事。
この一件以来、創価がらみの話をお互いにすることは無かったのです。

実は、お正月にも会うチャンスはありましたが、私のなかで信仰をどうするか方向性が
定まりきっていなかったので見送りました。
あやふやなままで彼女に謝罪したところで
「じゃあ今まで”正しい”とあなたが主張してきた事はなんだったのか?」と問われた時、
明確に答えられない自分で会うことは無責任だと思い、再会の機会を見送りました。

私は、創価の活動は一切しないし、この巨悪企業の経済活動のひとつのギアから外れることを決めた。
けれど、それ(学会活動)と「信仰」はベツモノ。
繰り返しになりますが、正月当時の私は日蓮大聖人の教え(創価版の)と御本尊様への信は
絶対であるとし、心は揺らいでいませんでした。 
学会の本尊を拝まない代わり、東の壁へ向かっての遥拝ごん行を継続し、日々の国家安泰と
身の回り・友人の安全を祈念していました。
そして3月、祈念していくなかで「御本尊様(お曼荼羅)は不要」論に自分なりに辿りついていました。
一時期は、身延山で販売されているという、日蓮大聖人真筆御本尊様のレプリカ(印刷)を購入しようかと
真剣に見当していました。 でもそれも、なんか違うな・・と思い。
何かが違うって思うという事は、結局は私の「気」の問題。
何もかもが疑わしい・宗教をかさにきたビジネスのように思え、そんなところから買う御本尊様では
私の心は満たされることは絶対に無い。
だったらもう、無理にお曼荼羅を自宅におまつりしなくたってかまわないとの考えに至りました。
私の中で「個人信仰」という選択肢が固まり、そこで彼女に会う覚悟も決まりました。

実家に帰省してから彼女に連絡を取りました。
「会って話したいことがある」と伝えると、彼女は
「丁度良かった。こちらも近々に話したいことがあったから」と言うので、もしや?と思いながら
「驚かせてごめんね、実は創価を脱会しようと思ってて」と伝えると
彼女は「本当に?」信じられないという言葉とともに「実は私も同じことを考えてた」と言いました。
数日後に会うことが出来、彼女の婦人部以降の葛藤を聞くことができました。

彼女のご主人の実家はごく一般的な宗教観(仏教+神道)をもつ家庭です。
彼女が創価の信仰をしていることについて、ご主人は可もなく不可もなく、彼女個人がする事ならと
何も言わずでした。
後々知ったのですが、ご主人の両親には創価のことを一切話さなかったそうです。
義実家が遠く、新婚当時の家に来た事もなかったそうで、仏壇を見られる心配がなかったのと・
彼女のご両親は神道のみ信仰しており、それが実家の宗教だ、と説明するにとどめたそうです。
「創価を出すと揉めごとになると思う」とご主人のアドバイスに従ったとのことでした。
ご主人がそう言うほど、創価は一般的にマイナスイメージがあるって事でしょう。

結婚後の彼女は公団に入居しました。
そちらの組織は高齢者が多く、かなり濃密な人間関係。距離なしで辟易したとの事。
彼女は専門職についており多忙。結婚していきなりワークだった為、活躍は最初から期待されておらず。

ある日、しらゆり長から生協(宅配)をやっていることを咎められてドンビキしたと。
「生協は共産党系の企業だから、悪に加担することになる。悪を肥やすような事をしてはならない・
 生協購買はやめてほしい」といわれたのだそうです。
私は彼女に聞くまで生協=共産党系なんて知らなかったのでビックリでした。
生協宅配はとても便利で、彼女のように帰宅時間が日によって違い・スーパーでの買い物もままならないと
いう多忙な主婦には、なくてはならないサービス。
そこを、信教の事情(?って事に、組織ではなっているようです)で利用を制限されるなんて。
彼女は、あいた口がふさがらなかったといいます。
その場では「考えます」と言って追い返したが、便利なので結局利用は止めませんでした。
選挙の時期になり、しらゆり長が婦人幹部を連れて家庭訪問にやってきました。
そこでも生協の話が出、まだ購買しているというと
「票を頼まれても絶対入れちゃだめよ」と念をおされたとのこと。
だけど、生協の宅配担当者が票を頼んでくるような事はありませんでした。
偏見にみちみちたオバサン集団という印象をもち、他のこと(以前書いた、財務の入金確認の件も
含みます)もいろいろ重なって、彼女は婦人部が大嫌いになったと言っていました。
こうなっても、当然のことだと思います。

また、プライバシーが守られないことにも非常に嫌な思いをしたとの事。
彼女の子供が通う保育園の1年上に、偶然同じ住宅に住む活動家のワークも子供を通わせており。
彼女は保育園ママさんの誰人にも、自分が学会員だと言う事を話していませんでした。
だのに勝手に、1年上の先輩ワーク婦人部がバラしていたというのです。
理由は婦人部総会の結集。
「OOさん(彼女)も学会員なんだよ」と、誘い文句に使われたとの事。
先輩ワークは、創価であることに誇りを持っている厄介なタイプでカミングアウトも平気。
保育園ママのあいだでも、陰で噂されていたとのこと。
彼女は特に熱心な活動もしていないにもかかわらず、さも熱心な仲間のように語られた事が腹立たしく・
自分が誰にも話していなかった事を勝手にカミングアウトされ、非常に迷惑だったと話していました。
これも、リアルタイムで私に言えずに居た。「言ったら絶対、説教されると思っていたから」と。
私はこの言葉を聞いた時、彼女にどれほど不愉快な思いをさせたのかと、後悔でいっぱいになりました。

この当時の彼女は財務も新聞も断り、家庭訪問も不要と組織の人にハッキリ伝えていました。
もともとご主人が未入会で「厳しい」と言ってあるので、しつこくされることもなかったそうです。
家を購入する予定があり、引っ越す際に会員カードを新居住地にまわされたくないと考えていた。
組織の人に内緒で引っ越したにしても、紹介者の私に連絡が行く可能性が大。
どうしたものか?と悩んでいたところに、私が電話を入れて脱会の意向を伝えたので
「以心伝心かと思った」と喜んでいました。

私が彼女と再会するにあたって、いちばん不安だったのは、
「あなたが信じて間違いないと言っていたから入会したのに、どうして脱会するなんて言えるの?
 自分にすすめてきたときの熱意あれはいったい何だったの?」と詰め寄られる事でした。
それに対するアンサーを日々考えていたのです。
「当時は本当にそれが正しいと信じて疑わないマインドコントロール下にあったから」としか、言い様が
ない。
こんな答えで彼女にキレられたとしてもそれは仕方ないし、呆れられても、罵倒されても、馬鹿にされても
どんなに厳しい言葉&態度も、私は黙って受けとめるしか無いと思っていました。

だけど、彼女は聡明で冷静でした。 
私が脱会を決意するに至った理由に真摯に耳を傾け、ところどころ同感してくれました。
決して攻撃的にならず、フラットに接してくれ(現在もです)本当に感謝にたえません。
そして「今だからいうけど」と本音を語ってくれたのです。

「祥蘭の言ってくれる事に励まされたし、この信心はすごいっていうのも伝わってきた。
 だけど正直ついていけないこともあったし、絶対にわかりあえない部分あるなって常々思ってた」と。

彼女としては、御本尊様へ祈念することについては一点の曇りもなく、信じようと思えたそう。
だけれども、特定の政党を応援することや、消息不明じいさんのろれつのまわらないスピーチを
見るために、決まった日時に開館に足を運ばされ・いかなかったら出席率に関わるのにと
組織の人から咎められることは、全く理解できなかったといいます。
頼まれたから仕方なく投票にも出向いたし、誘われるから仕方なく同中にも出かけていたけれど
組織で言う「自発能動」で、自分からすすんで他人に票を頼んだり・同中に行こうと思った事は
一度もなかった。しぶしぶだったと。
そりゃあそうだよね、って思いました。
彼女はじゅうぶん分別の付く大人になってからの入会だったし。
学会活動のひとつひとつ、アホらしくて出来ないとか・いったい何のために?と思う事が、
山ほどあったって不思議じゃありません。
実に冷静に学会組織と学会員を観察し、活動内容についても「納得できるか・できないか」で
分けて考えていた様です。
そして「盲信することが怖かった、拒絶感があった」とも言い、入会後も引き続きネットで
アンチ情報を見ていた事・池田老人に心酔しきっている人達を軽蔑していたこと・
組織の一員となった後も、あくまでも自分は「良いところだけを学ぶ」ようにしていた、と
語ってくれました。
そこは一世ならではの柔軟さだと感じました。

彼女は私に対して「一緒(の時期)に気付いてよかったじゃんね」と笑顔で言ってくれました。
私はそれを聞き、彼女の朗らかな表情を見て、いろんな感情が混ざり合い、泣きました。

このときにおいて覚醒しないままの私であれば、彼女が引っ越しを機に統監カードをまわされたくない・
脱会したいなんて言い出したら、友情なんてないも同然の扱いをしたと思います。
組織を離れて行く人に対しては「忘恩の輩」と切って捨てたでしょう。
そんな態度の、どこが人道主義なんだろう?!
覚醒してしまうと、覚醒前の凝りかたまった思考をもっていた自分に対して訳がわからなくなる。
自分自身のことなのに、どうしてそんな思考回路していたの?!と、理解ができないのです。
ハリボテの私に借り物の魂が入っていたような、そんな印象さえあります。

ちなみに、彼女は脱会に関して「罰論」に縛られる事が一切ありませんでした。
一世で、大人になってからの入会であり、紹介者の私も「罰が出る」様な刷り込みはしなかったので
被害がなかったのでしょう。そこにも安心しました。
彼女にとって、脱会を考えた時の大きなネックはやはり「私」という紹介者の存在で、
「絶交も覚悟していた」とのこと。
結果、同時期に同じことを考えていたので万事休すでしたが、私が未覚醒だったら・・と考えると
大事な友人でさえも「裏切り者め」と切り捨てていたであろう・・と、恐ろしいです。
そうならなかったことは幸いでした。

後日、彼女は手続きを踏んで(本部へ御本尊様+内容証明送付)脱会をしました。
何らかあれば、紹介者の私のところに連絡がくるだろうと思っていたのですが、
彼女の地域の学会員からの連絡は、まだ一度もありません。
彼女が一世だったから、あっさりしたものなのでしょうか。
二世、三世ともなれば実家に連絡がいくとのお話を経験者の方から伺いました。
組織に入会する事や脱会する事も、個人情報・個人の秘密として扱われるべきはずなのに
プライバシーなんて全くありません。 この時代にあって、非常識極まりないと思います。
親子間を揉めさせてでも、なんとしてでも組織にとどまらせたい。逃がすもんか、って感じでしょうね。
金づると票は手放したくないって事のあらわれでしょう。


(16)に続きます。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。