非活決意 その後(16)

”自分が覚醒したこと・脱会決意したことを誰かに聞いて欲しい”
こんな思いがわき上がった覚醒以降。
入会はしているものの感覚的にほぼ外部な主人と姉に話したのち、
私が折伏本流をした学会一世の友人に話す事が出来ました(←前回の記事です)。

もともと無関心(?)な主人はともかく、信仰を巡り大ゲンカをした姉にさくっと受け入れてもらい・
一世の友人にも、寛容な心で私の脱会決意を受け止めてもらうことができました。
自分が思うほど、辛い扱いを受けなかったことに私は安堵していました。
「創価がおかしい」とほんの少しでも疑問を持ったことのある人になら、私の考えは受け入れて
もらえるんじゃないかと、楽観視したのです。

2013年春の帰省中、もうひとり旧友と会う約束がありました。
彼女は学会3世で、女子部時代バリ活の、幼馴染です。
結婚相手がアンチ創価で、婦人部の活動に一切出ていません。
財務はおろか、新聞もとっていませんし、自宅に御本尊様もありません。
家庭訪問されては困るとの理由で、統監カードも実家から移していないほどの徹底ぶりです。
彼女とはプライベートでも仲良しで、独身時代には共通の友人(外部)を含め旅行や遊びにも
よく出かけていました。
お互いの結婚式にも出席しましたし、遠く離れて住んでいてもSNSで近況は知っている。
帰省の際に時間があえば会って食事をする仲でした。
互いに婦人部から未活ということは知っていて、以降まったく信仰に関する話題なんてすることが
ありませんでした。
子育ての話題の中で、彼女が宮参りや七五三に行った(義実家主導で、氏神様で行った)と
さらっと話していた事もあり、私の中では「彼女は覚醒直前の状態」と思っていました。
実家の両親を悲しませたくないから、籍だけは残しているけど、創価のことを疎ましく思っているのでは?と。
確認した事はなかったですが、師弟観有りとも見受けられませんでした。
彼女と池田老人の話をしたことが、一度もなかったからです。
池田老人大好きっ子の知人も多数おりますが、彼女らは学会話題になると二言目には「先生」ですから。

この再会はいつものように「時間があったらランチでも行こうよ」と誘い、実現しました。
彼女も久しぶりに会って、会わなかった間にあった様々な出来事の報告会くらいに考えて
やってきたと思います。 
私も、特に「告白するぞ」と気負っていたわけでは無かったのですが、
彼女と会う数日前に件の一世の彼女と会って、思ってもみない好感触で・友情を確かめることができた
(創価を脱会すると話したが、友情が壊れなかった)
その高揚感で、調子に乗っていたかもしれません。
私は軽い気持ちで言いました「昨年の(衆議院)選挙、初めて公明以外に入れたわ」と。
彼女は「はっ?」と、眉をしかめました。
一瞬にして空気が変わり、彼女は困惑した表情で「いま何て言った?嘘だよね?」と
まじめな顔で言いました。
この反応で、私はまずいことを彼女に言ってしまった、と思い。
とりつくろわず「いや、嘘じゃないよ」と答えると、彼女は茫然とした表情でした。
そして「なんで?どうして?」と質問が。
私は逆に質問「あなたは、おかしいと思わない?どうして特定の政党を支援することが仏道修行に
なるのか。 それに、選挙権は国民に与えられた権利なんだから、宗教上の理由では無く
自分の意志で投票すべきじゃない?」
彼女は「でも、(投票すれば)功徳あるし。公明党以外に信用できる政党なんて無いでしょう。」と答え、
これを聞いた私はとんだ”思い違い”をしていたと解りました。
一切の活動に出なくても・御本尊様が自宅になくても・嫁ぎ先や世間体の前で非創価を
装っていても、徹底して創価を排除して暮らしているようでも、
創価のやっていることにひとつも疑問を持たない人が居る。
平常、信心があるように見えなくても、学会二・三世における精神的呪縛はとても根が深いことを
此処で改めて知ったような思いでした。 私も前はそのひとりでした。

私は、彼女が自宅に御本尊様をおまつりしなくても平気だという一点で、御本尊様への信も
たいしてないもの・創価もスルー対象なんだと勝手に思い込んでいました。
曼荼羅への執着心が、私はたいへん強かったけど、彼女は物体としての本尊への執着は無いのでしょう。
ただ、信心・・というか、創価に対する怖れ・呪縛は確実にあったのです。
彼女は選挙に関して一貫して公明党に票を投じ続けているそうです。
他の政党の事どれだけ知ってる?公約や理念を知ったうえで、他党は信用できない公明党しか無いって
思ってんの?と詰めると、彼女は「そこまで勉強はしてないけど・・」と困った顔になりました。
そして私が創価に対し批判的になっている事を「心配だ」と言い、
「あなたは女子部の頃、あんなに頑張ってたじゃない。私は随分と励まされたんだよ?」と言うのです。
過去の栄光(?)を持ちだされても・・と思いながら
「でもあなたは、現状全然活動してないじゃん?
 家に御本尊様もご安置してないでしょ。(活動や唱題を)やんなくても全然平気なんでしょ?
 それでも創価は大切な存在なの?」と尋ねてみました。
彼女は「それはー・・」と、言い淀みながらも、
「いつも心ではお題目を唱えてる。それに、私はちゃんと(活動を)やってないから罰も受けてる」
と言いました。
彼女が非活の罰だと考えているのは、お子さんの持病の事でした。
実は私も、覚醒前は彼女がSNSで綴るお子さんの闘病の話を読むにつけ「宿業ではないのか?」と
失礼乍感じていました。 創価脳だから、こういった考え方がスタンダードだったのです。
彼女は結婚にあたり、分所帯で御本尊様を頂くように周囲から圧力をかけられたのですが、
ご安置が無理という理由で頑なに拒否しました。
「受けて、とりあえず実家に置いてもらえば?
 あなたの名前で受ければ必ず、嫁ぎ先にご安置できるようになるから」
こんな囁きもあったけれど、それが自身のプレッシャーになることが嫌だと断ったのです。
お子さんが病弱で生まれた事を、彼女は上記のことが原因だと考え、あちこちの病院を廻っても
これといった結果が得られない現状を「非活の罰」と捉えているのです。
私は「そんなの、学会活動しないからとか(お子さんの病とは)全然関係ないよ」と言いました。
彼女は「そこまで言い切れるってすごいね」と妙に感心しながらも
「学会批判なんかしたら不幸になる。これまで築き上げてきたものが崩れてしまってもいいの?
 ”建設は死闘 破壊は一瞬”だよ?」と、池田老人の呪縛フレーズを口にしました。
私よりも先に完全非活を貫いている彼女から、そんな言葉を聞くことになろうとは、驚きでした。

この当時の私は「創価」という巨悪企業に騙されるのはまっぴらごめんだ・創価が標榜する学会活動に
功徳なんてものは無いのだ(ただし、御本尊様にご祈念することには功徳がある)という考えを
もっていました。
彼女にもそのことを力説しました。
しかし彼女は私の話が理解できないと言いました。
「創価を離れて信心が成り立つとは思えない」というのがその理由です。
今思えば、彼女は完璧な非活でありながらも未覚醒なので、こんな考え方があって当然でした。
かつての私と同じなのです。 信仰=学会活動という大間違いを「大正解」として教え込まれてきた。
その刷り込みで40年近くも生きてきたのだから。いきなり理解できなくても無理ありません。
このとき彼女に問いただすことはしませんでしたが、おそらく彼女の中には無意識のうちに
「創価」という団体自体に神がかり的な力でもあって、それを貶めるような・反抗するような考えを
もったり・言葉に出すことは「畏れ多い」という考えがあったのだと思います。オカルトです。
無意識のうちに、このオカルトに墜ちている創価脳はかなり多いと思います。

彼女も私も、子供を実家に頼んで出てきていたのであらかじめ解散時間を決めていました。
話は互いに一方通行でしたが、最後は笑顔で「じゃあまたね」とお別れ。
私は帰りの電車の中で、私が折伏した一世の彼女に対して想定していた問答集
(女子部時代に頑張っていたのに、なぜ創価批判なんて出来るの?的な事)が、一世の彼女には
全くあてはまらないもので・逆に同じ境遇の、学会3世の元バリ活の友人に当てはまってしまった事に
苦笑しました。
私の思考回路が、いかに創価脳であるかを思い知らされたからです。
一世の友人は、私の過去の栄光など意に介さず、過去を全否定するような言葉にも異を唱えず
問題にもせずに、私の結論を受け入れてくれました。
しかし、学会3世の友人は、完全非活にも拘らず私の考えは受け入れがたいと言ったのです。

この経験で、マインドコントロールという言葉が急激に現実味と真実味を増して感じられるように
なったのです。
覚醒後にさまざまなアンチ系ブログやサイトを見る中で「マインドコントロール」という言葉があっても、
さほどしっくりきていませんでした。
しかし、三世の彼女との会話といい・お正月の地元のバリ活ちゃんとのメールのやりとりといい・
この後に話をした居住地域の婦人部員といい、反応が面白いほどに全く同じなのです。
絶対にこちらの意見を受け入れようとはしないのです。 ただひたすら、学会正義を押し通そうとします。
そして二言三言目には「創価批判なんてしたら・創価を離れたら不幸になる」です。
しかし彼女らは全員、気付いていないと思います。 実際に創価を離れて不幸になった人間が
身近にいるわけでもないのに、刷り込みとイメージだけでそんな言葉が口をついて出ている事を。
すべては「創価のウケウリ」であることを。
見事なまでに刷り込まれているのです。 そこには自分の考えや経験なんてありません。

ここでひとつ訂正したいことがあります。
創価脳の恋人や婚約者を持つ外部の方へ、障らぬ神に祟りなしだと書きました。
学会2、3世についてはこのとおりです。 ちょっとやそっとじゃ、どうにもならないです。
まったくの外部の方が2世3世のマインドコントロールを解くのは、容易ではないのです。
親の教育で生まれながらにして、叩き込まれている。
それは生きる基盤であり、パソコンで言えばOSです。
本人がクラッシュするなりし、完全に心を入れ変えるよりほかないんです。
だから壊れた時に傍にいてあげられるだけの心の準備をして、笑顔で静かに横にいてあげて下さい。

ただ、学会一世に関しては、外部の方の働きかけ・覚醒へ向けての対話も有用だと思います。
生まれながらにして持っている基盤では無く、データが後から入ったという点で言えば
上書きが可能だからです。
恋人や婚約者や配偶者が一世の方は、望みがあると思います。頑張ってください。

それと、覚醒した人が非覚醒の創価脳のマインドコントロールを解くのは、簡単ではないけれど
出来ないことではないと私は思います。 
その理由は、経験があるから。 自分も未覚醒だった頃があるから、気持ちも立場も解る。
何故に相手が覚醒に至れないのかも分析できると思います。
100人いれば100通り、1000人いれば1000通りの信仰があることも、元創価脳なら
わかりますよね。
私が母に覚醒を促すじわじわとした対話を続けるのも、自分が気付けたのだから解るはずだ、という
思いあってのことです。
目を覚まさせることが、高齢者にとって必ずしも幸せだとは限らないと思う事も多々ありますが、
うちの場合、母はこのままだと家族愛を知らない寂しいおばあさんで一生を終えることになります。
本人もそのことに気付いていますが、創価の道に邁進することで一家和楽が達成できるのだと
半世紀以上やっていてもそうならないのに、そのことに気付かない、悲しい人なのです。
私は、そんな悲しい人のまま母に人生を終えてほしくない。 だから話を続けています。

(17)に続きます。

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