非活決意 その後(21)

私が長らく信じてきたものが「エセ一神教」だったと気がついたのは、つい最近でした。

エセとつけたのは、日蓮大聖人は「創造主」ではないからです。
キリスト教で神とは「The Creator」
そのような概念は日蓮仏法にありませんよね。
神様とは創造主=万物・この世界と人類をつくった、と定義づけられています。
この世界を作りだした偉大なる主・祖として絶対的崇敬を受けている。
けれど、日蓮大聖人は「人間」でありながら「末法の御本仏」(あくまで正宗と創価解釈)と
されています。 
神様では無いけれど、絶対的存在であり絶対的正義という概念で私は捉えてきましたし、
多くの創価脳も同じくだと思います。
「世界で唯一絶対正しい」ゆえに、排他的になってしまうところが一神教をなぞっています。
なので「エセ一神教」と呼ばせて頂きます。

生まれ落ちて以降、母親による英才教育で「これだけが唯一絶対的に正しい」と教わったのは
(創価版)日蓮大聖人の教え。
その日蓮大聖人とは「末法の御本仏」であり、世界にたった一人・唯一無二の末法の救世主だと
事あるごとに叩き込まれてきました。
(一世の人は別として)ある意味、学会二世三世・創価内では「福子」と呼ばれる、母体に居る時から
創価に入会する事が決められていた人達というのは、ユダヤ人にも似た「選民(思想)」だと
思います。
選民についてwikiの説明によると
「特定の集団(民族、宗教の信者)が、神や血統などの独自性に着目して選ばれた
特別な存在となる(と信じられる)こと。またはそうして選ばれたと標榜している集団である」

とあります。
学会員は自分たちを「地涌の菩薩」だと教わり、存在意義の様に受け止める。
自分たち学会員は(日蓮大聖人の仏法と巡り合えた人は)釈迦と久遠の昔に法華経を広める事を約束し、
今生にうまれてきたのだと。
だから法を語り広めていく使命がある。 さぁ折伏!新聞推進だ!云々・・とけしかけられていく訳です。
また現在の創価は、日蓮大聖人の承認もないのに「日蓮大聖人直結」などと謳ってますが
これも選民思想の一端でしょう。
ユダヤの人に申し訳ないので、創価の人がもつ選民意識とは「創価版改悪選民思想」とでも言った方が
いいかもしれません。

キリストやアラーの神を信じる人々が、神の言葉に沿うように
創価の人もまた日蓮大聖人の言葉・教義に沿って物事の全てを解釈しようとします。
時に池田老人の言葉に沿う人も居るでしょう。 
そうやって物事の判断基準を、エセ一神教に委ねてきた私。
前記事に書いた、2013年4月に私が考えた「震災がおこった原因」が
”日蓮大聖人の教えを正しく広めようともせず、教義を狡猾に利用して拡大してきた創価のせいだ”
としたのは、私が創価が巨悪団体と気がついていても
まだエセ一神教=創価版改悪選民思想を信じていたからに他ならないのです。

本題に戻る前に、時系列の中で書き漏れていた内容がありましたので記載します。

2013年2月に新しい支部婦の家庭訪問を受けた後
「どうして私は創価を捨てても、日蓮大聖人の教えは絶対だと考え、個人信仰を続けるのか」を
自分なりに考えてみました。
そのさいハッキリ自覚したのが「私は御本尊様に生かされてきた」という経験(思いこみ)でした。
これが私の40年以上にわたる信仰の柱であり・選民意識であり・誇大妄想でした。
そのことを以前に実事求是(5) の後半部で書いています。
要約すると私はそれまでの人生において3度、生きるか死ぬかの状況に陥りました。
母体に居た頃の流産危機・生後数カ月で大病・2000年におこったある出来事です。
私は不思議にもこうして命拾いをし、3度生かされた。
それは何故なのか? 選民思想に陥っていた私は「法を広めるために違いない」そう思っていた。
無力な私ではあるけれど、仏法を語り広めていくために生かされたのだと、思いこんでいたのです。
そしてこの「思いこみ」こそが長い間、私の生きる理由でもありました。

創価を否定しても、脱会を決意しても、
私の中で揺らがなかった御本尊様への絶対心の正体とは=創価版改悪選民思想でした。
その絶対心を木端微塵に打ち砕いたのが、東北で被災した友人Aさんとの再会です。

再会前、2013年4月は長子と次子が新環境に進んだ時期でもありました。
幸いにも子供達が新環境にすぐ馴染んだことや、この年度は難関だった次子のプレ入園を
周囲から「入れたなんてスゴイね」と言われるたび誇らしい気持ちになっていました。
それもこれも”御本尊様のおかげだ。私は護られている”と思っていました。
冷静に考えれば、(一応面接試験はあったものの)長子もプレから入園~卒園しており、
プレに兄弟枠は無いのですが長子を通わせた実績(?)が次子入園に大きく寄与している事は
間違いないでしょう。 
普通に考えて当たり前のことでも、大げさに捉え「御本尊様のおかげ」とする思考回路。
ここも創価と決別を意識したところで、実は創価脳と殆ど変わっていませんでした。
そしてFBでずっと再会を願っていた友人Aさんと繋がることが出来たのも「御本尊様のおかげ」。
3月に悪いこと続きでへしゃげていた思いが、4月になって盛り返した。
Aさんが生きていたことまで「御本尊様のおかげに違いない」そう私は思っていました。

2013年5月。ゴールデンウィークにAさんに会うため帰省しました。
8年ぶりに会った彼女の、会わなかった間にあった様々な出来事を聞きました。

彼女がまず私に「連絡できなくてごめん」と謝ってくれたのは、自身のおかれている環境が
震災より前に変化していたことでした(苗字が変わった件)。
水臭い、どうして言ってくれなかったの?と聞きましたが、彼女なりに思う所があった様子で
理由を聞いて納得しました。
私が喪中ハガキを送った2009年の暮れ、すでに彼女は嫁ぎ先を離れていました。
ハガキは後日受け取って私の父の死を知ったが、自身の状況が落ち着かず連絡できなかったとの事。
嫁ぎ先を離れ、彼女はそこからさほど遠くない沿岸の町で暮らし2011年の2月に再婚。
その矢先に震災に見舞われました。
当日の彼女はアルバイト先に居たとの事。
お子さんの通う学校から電話があり、体調不良のため早退させたいとの連絡。
彼女は夕方までの仕事をお昼過ぎで切り上げたそうです。
お子さんの早退が無ければ、彼女自身どうなっていたかわからず、お子さんと一緒に避難することも
出来なかったとのこと。
お子さんを迎えに行き、自宅でゆっくりしていた時に地震が起きた。
すぐ御主人から連絡がきて、小学校が避難場所に指定されているので行くよう指示があった。
お子さんが腹痛を訴えて早退した事を伝えると、薬やホッカイロ、毛布などもっていくように
言われたそうです。 彼女はそれらをバッグに詰め、お子さんがしんどそうだったので車で学校へ
向かおうと車に乗り込もうとしたところ、通りがかった見知らぬ人から
「すごく渋滞してきてるから車はやめたほうが」と聞かされ、自転車で学校へ。
向かう道で本当に渋滞になっていたそうで、この忠告を聞いていなかったらお子さんともども
助からなかったと思うと話していました。 まさに奇跡の連続だったのです。 
途中、同じ小学校にお子さんが通うママさんと遭遇。そのママさんは保育園に預けている下のお子さんを
迎えに行ってから小学校に行くと話したとの事。
「後で(学校で)会おう」と言葉を交わしたのが最後になったと聞きました。
学校に到着して10分後に波が押し寄せてき、屋上へ避難。
私が報道番組で見たものより、さらに壮絶な状況を彼女は見ています(子供の目を塞いだと言っていました)
そこから約4日間、学校で過ごし。
救援物資も届かず、学校に残っていたわずかな食物を子供に与え、大人たちは殆ど何も食べず。
彼女は荷物の中にキャンデーを入れていたのですが、誰かにあげると他にもあげないわけにいかない。
しかしそれほど数が無いと、お子さんを毛布に潜らせひそかにキャンデーを与えていた話。
5日めになって、他の場所で避難していた御主人が小学校まで徒歩数時間かかって迎えに来た事。
御主人と合流し、学校に残らずに出ていくことになったとき、お子さんの友達で親とはぐれた
(親御さんが学校に来なかった)子供に泣かれたが、それを悲しいと思わず煩わしかった自分が
恐ろしかった事。
「道徳心ある日本人」と報道があったが、そうでない現実を数々見聞き経験したこと。
多くの友人、知人を亡くしたこと。 そして彼女の前夫(お子さんの父親)も亡くなっていたこと。
ここに書くことが憚られるような事柄も含め、彼女は淡々と話してくれました。

彼女の話を聞いて、私が自身のもっていた選民思想=思いこみに気がついた件は
実事求是(6)にも書いたとおりです。
実事ーに書かなかったことで補足しますが、
「いい人も悪い人も関係なく死ぬ時は死ぬんだよ、いっぺんにだよ?それってどうしてだと思う?」
彼女からこんな問いがありました。
この時、これは私が若いころ仏法対話をしてきたからこその問いなんだろうなと思いました。
仏法の教えに照らすとどういうことなのか、彼女は聞きたかったんだと思う。
だけど、それに対して何も答えることができませんでした。
これがifの話だったら、何とでも答えたと思います。 因果律云々・・。
しかし現実に沢山の人の死をいちどきに経験した人に向かって、私ごときが何も言う事はできませんでした。
バリ活創価脳だったら何と答えるでしょうか・・。
今の私では、それも予想がつきません。 
いくら(創価でいう)日蓮大聖人の教えに即したとしたって、当事者の立場できいたとき、
不謹慎な答えしか出て来ないだろうと思います。
そう思うだけ、私もだいぶ普通の人の感覚が解るようになってきたのかもしれません。

彼女の壮絶な体験、九死に一生を得た人のリアルは、私の思いこみをひどくつまらないものに
感じさせるのに十分な破壊力がありました。

今思えばですが、流産しかかっても助かる命は沢山あります。
生後数ケ月で原因不明の大病にかかりましたが、あれから40年余り、おそらくその病気には
名前が付いているでしょうし、私思うに突発性発疹だったんじゃないか?と。
念のため調べたところ、それらしき事実がでてきました。(1988年まで突発性発疹の原因となる
ウイルスがわかって無かったそうです)
2000年の出来事に関しても、周囲におなじ目に遭った人は一人もいませんが、ネットで調べると
世間に同じ経験をした人は結構いることが解りました。
私のもっていた絶対感と3つの経験も、広角で見ればそれほど大げさな物じゃなかった。
これも創価脳の視野の狭さが災いしていたと、今だから言えます。

実事求是では、さらっと端折ってしまいましたが、私は絶対感と改悪選民思想を打ち砕かれた後も
すっきりとそこから抜け出せたわけではありません。 
しばらくのあいだ、苦悩がありました。

(22)に続きます。

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