非活決意 その後(24)

「親を信仰がらみで悲しませたくない」
これは学会2,3,4世の多くの方々がもつ共通意識だと思います。

自身は覚醒したが、高齢の親を今更奈落に突き落とすことは出来ないからそのことは言えない・
親を悲しませたくないから、創価決別意志は内密にしておく。
親をみとった後に脱会したいと考えている・・そんなコメントも沢山の方から頂戴しました。

私も「母親を信仰がらみで悲しませたくない」という創価脳意識で40年以上生きてきた人間です。
そして、母が喜んで・安心してくれるから、幼少期の私は素直に仏壇の前に座ってお題目をあげたし、
会合にも行ったのです。
青年部でバリ活だった当時も、夜の会合に出られない母のぶんまで私が一家の福運を積むんだ!という
思いがひそかにありました。
(注:アンチな父は存命中、母に対し夜の会合参加を禁止していた故です)
子供時代から何に秀でるでもなく、成績も振るわない私がほんとうに唯一(実家のきょうだいの中で)
一番になれたのが信心でした。
母は勉強なんてさほど出来なくていい、何よりも信心第一であってほしい。
大聖人と御本尊様は絶対だと確信している事が何より肝心との教育方針(?と呼んでいいのか疑問ですが)。
アンチの父は母の方針と真逆でした。 ←こっちが普通だと今では理解できます。
片信心の機能不全家庭に育った私にとっては、信心強情で在ることが自分をたもつための手段でした。
そうしないと母親から認められず・愛されないからです。
でも、そう意識してやっていたわけではありません。完全に無意識の行動でした。
兄や姉は創価なんて馬鹿にしてました。そして父親のいうことはよく聞いていたと思います。
随分大人になってから、姉が語っていたことですが
「お父さんは正しい努力をきちんと認めて、その過程を見守り叱咤激励してくれる人だった。
 だから勉強その他を頑張れた。結果を誉めてくれるから、さらに頑張ろうと思えた。
 けど、お母さんはそんな正しい努力は二の次。とにかく信心のごり押しだったから苦手だった」と。
この話を聞いた時、同じ家に育ちながら目線と感じ方が全く違う事に驚いてしまいました。
「正しい努力」 そういえば私は、してこなかったな・・と思い当たり愕然としたのです。
いつもいつも、お題目をあげたらなんとかなる。御本尊様は決して悪い様にはしないんだから、
そんな思いこみありきで生きてきたからです。

創価脳の親にも、いろんなタイプがいると思います。
うちの母は「勉強なんて出来なくてもいいから、とにかく信心を!」という人でしたが、
友人の母(創価脳)は「池田先生にお応えする人材になるためには強情な信心+優秀な成績を!」と
ハードルを上げる人でした。
どっちもどっちな気がしますが、私のような「信心さえしてればいい」で育った学会2、3、4世は
見通し甘めの・地に足のつかない人生を送る傾向にあると思います。
覚醒したときに「しまった!!!」と、取り返しのつかない事が多すぎるパターンです。
何につけ、じっくり考え抜いて結論を出さない。すべては御仏智と、自分にいいように解釈しながら
世の中を渡って行こうとする。 
学会活動さえしてれば功徳も福運もつくんだから大丈夫さ!という堕落性楽観主義に陥って
現業をおろそか・もしくは程々にし、学会活動や仏法対話という行動に「逃避」するのです。
前にも書いたのですが、高校受験の前日にうちの母は「5時間唱題しなさい」と私に言いました。
5時間お題目を上げて行けば、必ず試験問題は勉強したところが出るんだからとw
そして私は真に受けて5時間唱題していきましたし、大学受験の前日も2時間半(1万遍)やって
挑みました。 結果、滑り止め校にしか受かりませんでした。
それでも「きっと私はこの(第一志望では無い)学校へ行く”使命”があるんだ」と受け止めましたw
その滑り止め校には自分が一番学びたいと思っていた学科・専攻はありませんでした。
だのに「使命がある」で片付けたのです。
そして入学後に「しまった」と思いましたが、なんとかなるさ・ケセラセラ・だって私には御本尊様が
ついてるから~とバイトと遊びに明け暮れ、就職でふたたび泣きを見るのですが
(希望していた業界に全敗)、親戚のコネで新卒内定をもらいそれを「功徳だ」と思っていました。
断っておきますが、創価脳のすべてが私のような堕落思考だと言っている訳ではありません。
中には高みを目指して激しく努力され、希望を叶えている方も大勢いらっしゃいます。
そういった方々は「池田先生のお役に立てる人材に」型で育った2,3,4世でしょう。
それで私が何を言いたいかと言えば、どっち型で育っても「組織の思うつぼ」ということです。
現業をおろそかにしても、組織に尽くし抜く人。これは下働きの労働力として現場では重宝です。
盲信者なので、功徳が出るといえば理由理屈抜きでガンガン票集め・連れ出し・なんでもやるのです。
努力の上で社会的地位を得た人。広告塔になります。こんなに素晴らしい人材が育つ組織!と。
「師弟」があるからこそ、こんなに立派な後継が育つのだ!と宣伝になる。
本人がのちに非活になろうともおかまいなしで「組織の実績」として語られます。
2:6:2の法則どおり、優秀な・広告塔になりそうな人材は2割あればいい。
優秀な人達ばかりでも困るから。結局、泥臭い仕事は「活動で功徳が出る」と信じて疑わない
下働きの6+2割が請け負わないと組織は成り立たない。 
その6+2割がいなけりゃ選挙に勝てませんw
どうしてこうもうまく出来ているのかと、全く誉められたもんじゃないけど感心します。

そして自分が40代になって覚醒した今つよく思う事は
「親が子供にカルト信仰を押しつけるような事は絶対にあってはならない」ということです。
これは法整備してほしいと、本気で思います。
信教の自由を法律で認めてしまってる以上、踏み込めないとか、そんな次元の話ではもう無いでしょう。
これだけ社会が成熟した現代で、親の一存で子供(赤子)を勝手に特定宗教団体に入会させ・
うまれおちてから徹底的な家庭教育におけるプロパガンダで、特定組織に利する人間となるよう仕込まれる。
こんなもの狂っているに決まっているのです。
そして「狂っている」ことに自分で気がついてしまった子供は、いい大人の年齢になっても苦悩します。
無用なトラブルを家族間でひきおこすし、ろくなもんじゃありません。
そういえば先日、気になるニュースをネットで拾い読みしました。
「高3女子神隠し」の衝撃背景
この不思議な事件、印象に残っていましたがまさか原因が親の信仰押し付け(創価ではありませんが)
だなんて、想像もつきませんでした。 しかし、さもありなんです。
これは氷山の一角で、おそらくこのような話は表になっていないだけで枚挙にいとまがなさそうです。
私のいとこにも、学生時代に創価幹部の親と喧嘩して家出をした人が実際おります。
そして家出中にキリスト教の洗礼を受けました。
しばらく親子断絶していましたが、結婚し孫が生まれた事が契機で行き来が復活しました。
私は創価脳当時、このいとこの行動が全く理解できず「馬鹿なの?」と思っていました。
芸術肌の人なので若いなりに見聞も広く、創価に対しおかしいと思う所が山ほどあったんだろうと
今は理解ができます。
ちなみにいとこも3人きょうだいで、末っ子が現在もバリ活ですが、上の2人は大卒&大学中退の
アンチなのです。
そしてバリ活末っ子は50代目前でリストラされ大変です。
これは偶々かもしれませんが、やっぱり「功徳信心」を信じ追い続け、必死になって車輪を回す
ハツカネズミは6+2割の人間なのだと思わざるをえません。
しつこいようですが、みんながみんなそうだとは言いません。でも、これは現実の一端です。

同じ親から生まれても、私のように母親のいうことをまるまる信じ切って育った人間もおれば・
兄姉のように「おかしい」と幼いころに見切りをつけ、とりあわずに育つ人間もいる。
そこにどんな差があるのかは、まだ解析の途中です。 
そして私は創価信仰を母から教わり、受け継いだという意識がとても強くありました。
この信仰が、万人に受け入れられるものではない事も理解していた。だからこそこの信仰を「理解できる」
選民としての私が信仰を捨てたり・否定するようなことはあってはならない、と思っていた。
母娘の「信頼関係」は、(創価)信仰ありきのものだと認識し、それが当然となっていました。
けれども、自身が母親となった時、子供に創価信仰をごり押ししようとは考えなかった。
そこには「私一人の子供じゃないから」という”遠慮”がありました。
主人の家の名を継ぐ子供達にたいし、私の家系の信仰をつないでいくのはちょっと違うんじゃないか?
という思い。 主人はかたちだけの入会だから、創価=主人の信仰でも無かったし。
これがもし、主人が入会後にバリ活に転じていたら? 私は今も覚醒していなかったかもしれませんね。
子供達にもごん行指導していたと思いますし、なんでも御本尊様にお願いしなさい!と英才教育したと
思います・・そうならなくて、本当に良かったです。
子供と接していて感じることは、子供って本当に、スポンジのように吸収力が高いということです。
親の言う事は正しいと信じています。 だからこそ、疑問質問を投げかけられた時の回答には気をつけないと
いけません。
それと、見ていないようで本当に良く・ちゃんと親の表情や顔色も見ているのです。
つい先日のことですが、帰宅途中の車内で助手席に座っていた長子が私に突然言いました
「ママも、泣きたいときは口笛を吹くといいよ!」と。
私は第一声「は?」とマヌケな返答をしてしまいました。いったいどうしたの?と聞くと、
学校の図書室で読んだ童話の中にそのようなクダリがあったそうです。
「いいこと教えてくれてありがとうね」と答えましたが、ハッとしました。
私、そんなに辛い(泣きそうな)表情にみえたのかな?と。
確かにその日はちょっとした悪い出来事の原因を考えていました。
いまだ創価脳が抜けていなくてイヤになるのですがw 悪いことがあると「出来事の意味」について
考え込んでしまう癖があります。 それが信仰に背いたからだとか、そんな風に思う訳ではありません。
ただ「何故?」と考えることに囚われる傾向がまだあります。納得できる理由を探すのです。
考えたところで正答なんて出ませんし、解らないのがオチなのに。
けど、創価脳だった40年あまり「すべてのことには意味がある」こんな呪縛思考で生きてきたので
考え方の癖が抜けないのだと思います。

そして子供時代の私も、やはり母親の顔色を見て・気を使っていたこと思いだしました。
母=創価や信仰、大聖人様、御本尊様は切っても切り離せない存在。
御書の話や、過去の功徳体験を語る母親は常にいきいきと水を得た魚の様でした。
しかしひとたび父と信仰がらみで喧嘩になると、母は厳しい表情になった。
そんな母を見るのは悲しかったし、母を困らせる父が憎く、敵対心が生まれた。
お題目あげなさい・新聞読みなさいという母に悪態をつく兄姉のことも嫌いだった。
悪態をつかれたあとの母は、怒りながらもどこか悲しそうで、私はお母さんを悲しませないぞと
一緒にごん行をしお題目もあげ、兄姉が読まない中学生新聞や高校新報を私が読んで
母に内容を教えてあげた。 そして喜んでくれる母の顔を見るのが好きだった。
父が不在時、リビングで母と信心や御書の話をしている時は母を独占できた。
兄姉は近寄りもしない。 それは私にとって優越感をおぼえる時間でもありました。
信仰という共通話題があるからこそ、何時間でも話していられました。
だけど後になって思えば、母から私の学校生活や友人関係、将来の夢や目標について
聞いてくれた事も無ければ・私から積極的かつ事細かに話した事も無かったなと。
ビックリするくらい、母は子供達のパーソナルな話題について「無関心」でした。
それはむかしも現在も変わりません。
あるのは「子供達に信心があるか・ないか」 本当にそこだけと言っても、過言では無いくらいです。

それほどに創価信仰ひとすじの母親を「裏切る」
私は親不孝なのだろうか? と暫くのあいだ、悩んでいました。

(25)に続きます。
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