非活決意 その後(31)

姉との会話でひととき癒された私ですが、すぐには乗り越えられない壁に気が付きました。
姉が話してくれたエピソードは素晴らしい。
どんなに自分が不遇で悲しい生い立ちをしてたって、過去に綺麗に見切りをつけ、他人に愛情を配る。
そうある事が周囲も自分も幸いだと、私も思います。

けど、なにか釈然としない思いがこみあげてくる。
やはり姉と私とでは決定的な違いがあります。
前回も書いたとおり、私にはMC下にあった「黒歴史」があるのです。
創価に心を囚われていた履歴がある。まっさらな姉とは違います。
多くの覚醒した2世3世が実感する事だと思いますが、生まれながらにして叩き込まれた
統制された考え方や物事の捉え方・視点は、そう簡単に変わるものではありません。
MCによって長きにわたり心は矯正されていました。
福子になればなるほど、原型が何だったのかもわからないくらい、綺麗に型にはめあげられて
しまっている。
自我が構築される前に特定の考え方を叩き込まれる、教義による強迫観念もセットで。
これが創価のやりくちです。
親はそれを「子に善かれ」と思ってやっていた確信犯です。
そして組織側はいいように手玉にとるための・手っ取り早い恒久的な労働力+金蔓確保のために
「未来部育成」などと称して幼少期からコマに取り込もうとしてきたのでしょう。
この時点でもう、人を人とも思っていません。単なる組織に利する為のコマとしか考えていない。
繰り返しこのブログで書いてきたことですが、生後数か月~判断力のない年齢のうちに
親の一存で宗教団体に入会させるなんてことは、法整備でもして辞めさせるべきでしょう。
このことで一体どれだけ多くの人が悩んでいるか。家族問題に発展しているのか。
組織側は、のちのち問題に発展したところで知ったこっちゃありません。 
”それは家族の問題ですから不介入、各自で解決して下さい”が常套句で
中には「しっかり信心指導できなかった親の責任。
そんなしょうもないことで組織に迷惑かけないでください」という大幹部もいるらしくw
宗教なんて、子供に押しつけるべきではない。
特に日本のように多様な文化を認め・個人の信教の自由を法律で認め明文化している処において
年端の行かない子供を、限定的価値観を植え付けるような団体に属させ・活動を強いることは
ナンセンスであり、ある種反社会的なことだと私は思います。

また、姉が「信仰の絆のせいで親子の絆も危うい」という私の訴え(?)を「それが解らない」と
いったことも、黒歴史をもたない姉ならではだと納得。
姉はまっさらな人だから、しなやかに創価問題と折り合うことができるんだ。
私は違うから、そう簡単に折り合う事はできない・・と。

姉と母は、創価信仰を核とした不仲な関係が継続していました。
デフォルトが「不仲」だった。
姉はその自覚をもちながらも、母との関係修復のために信仰をするという思考は持たなかった。
それは創価を肌感覚で「おかしい・受け入れ難い」と思ったからなのでしょうし、
創価信仰に盲目な母親に態々すりよる必要はないとの判断だったんでしょう。
父との良好な関係(信仰など間にはさまらない、普通の親子関係)が姉にあったことも
背景として大きかったと思います。
母と反目しあっていた期間の姉の心中は、私では計り知れないものがあります。
いくら父と良好だったからといえ、母との関係が普通でない事は尋常でないストレスだったと思うのです。
しかし、様々な人との出会い・経験・助言で姉はその不可解な思いに綺麗に折り合いをつけ
ある意味感情を捨てることで「不仲」から「ニュートラルな仲」へと前進した。
これは創価履歴のない姉だから出来ることなのだ、と私は思いました。

しかし、私は母と創価信仰を核として良好な関係を保って来た人間です。
私は無意識のうちに、創価信仰を母と共有する事で繋がっていられる絶対の安心感を持っていた。
子供時代から母に・青年部からは組織にMCされ、創価が絶対正義と思い生きてきた。
そんな私が創価の矛盾に気付いてしまったことで
デフォルトが「良好」だったところ、信仰を否定する事で母と「不仲」に転落する。
なんとも皮肉な話で、不条理なものを感じました。
私が姉を真似したところで、同じことはおこらない。
いったん履歴をもった私が創価を「間違いだった」とひっくり返すことは
まだそこを楽園と信じている母にとれば「裏切り」となるから。
私だけがニュートラルになろうとしたって、母にとって「裏切り者」にはかわりない。
姉と私の決定的な違いはそこにあるのです。
また、自分がバリ活でMC履歴があるからこそ、
創価のMC下における「裏切り者」への処遇の冷たさについても理解していました。
親子間であっても、脱会改宗した子供と縁切りをした親戚もいるくらい身近な話であり。
それがどれだけ「異様」で「おかしい」事なのかを、母に解ってもらいたいのに・・という
忸怩たる思いも生まれていました。

いったい信仰とは何なのか。
それを否定したとたん「裏切り者」の烙印を押されてしまう。
一神教には、その傾向が強い様子です。
各個人の心の問題であるならば、その人が信じるに足りないと離れて行くことについて
「裏切り者」だなんて他人(身内でも)が意見できるものだろうか?
信仰が、個人と信仰対象(神仏)との「契約」なのだとすれば、両者間で完結すべき話であって。
そこに誰人も異議・反論をさしはさむ事なんて出来ないはずなのです。
しかし創価にかかると、こんな自由はまず許されない。
それがいかにおかしい事なのかも、MC下にいる人間(=実家の母)には理解ができません。

余談ですが、神道には「入信」やら「入会」なるものは特にないそうです。
神社は開かれた場所で、どんな人でも受け入れる。
心の安らか平らか、その人の心が求めた時にお参りすればよく、これが宗教の本来あるべき
姿なのではないかと思います。

姉との会話で、母に創価信仰で家族が(というより私が)どれだけ迷惑したかわかってんのか!
と突きつけることはすっかり諦めていました。
姉からも強く言われたこと「今更、寝た子をおこしてどうするのか」と。
母が精神的におかしくなったら結局困るのは子供である私たちなんだよ?と。 
とりわけ、実家に近いところに住む姉の負担が増えてしまう事は目に見えています。
私が感情的になって、無責任な結果を招く事はやっぱり出来ない・・そう思い。
これは私と母だけの問題でなく、家族の問題ではないか?そう思ってはみたものの、
やっぱり創価脳だった私と・未だ創価脳の母と2人だけの問題だったのだと「ふりだし」に
逆戻り。深く落胆しました。

そして、創価の黒歴史・MC履歴を持たない姉が私にないものを幾つも持っている事を
今更ながらはっきりと見た思いで、私は打ちのめされていました。

私は父の愛情を、父存命中にまっすぐ感じとることが出来ませんでした。
以前にも書いたとおりですが、創価信仰に異を唱え反対する父は家族でありながら
「信仰の敵」であり「魔」だと私は捉えていたからです。
父を「この仏法のすごさが解らない人」と見下し、色眼鏡で見てきました。
そんな事を思っていた私は、父に対し知らずのうちに態度でも示していたと思います。
ただ、覚醒したいま思えばですが、父は創価信仰の一点に対してだけは厳しい姿勢を私にも
みせてきましたが、「娘」への愛情は注いでくれていました。
ただ、私が創価のMCによって、父とのあいだに壁を作り、まっすぐ受け止められる状態に
ありませんでした。
そのことに対して、どうしようもないやるせなさと深い悲しみが再び襲いかかって来たのです。
どうして父が生きている時に覚醒できなかったのか、自分・・と。

そして母との間に創価信仰がなければ、母から「裏切り者」扱いを受けることに関しての
不条理な・言葉にしがたい寂寥感。
これも以前書きましたが、私と子供のあいだに信仰の絆なんてものはありませんし、それが当然です。
そんなものなくても私たちは親子だし、無償の愛をおしみなく・私が与えられるものならば
子供達にいくらでもあげたいと思っています。
何か特定の物事を子供達に押しつけようとは考えませんし、ましてやそのことで子供を「格付け」
するようなこともありませんし、それはあってはならないと考えます。
しかし私の母は確実に、創価信仰をもつ私と・そうでないきょうだいへの待遇に差をつけていました。
(注:全ての創価脳の親がそうだというわけではありません。あくまで私の実家においてです)
こんなこと、あっていいわけないのです。
そして私自身、母が自分に良くしてくれていることに優越感をもって生きてきたことは間違いなく。
しかし創価信仰を否定すれば、母から「裏切り者」扱いを受け、これまでの関係性も崩れる。
関係性を崩してしまう事が、日蓮仏法をも否定する覚醒に至った私にとって脅威でしたが、
6月の挙式旅行のもろもろから脅威とまで思わなくなりました。
が、私のこれまでって一体なんだったんだろう?と
アイデンティティ喪失の、またしても同じループに落ち込んでしまいました。

誰にもこんな思い、理解できないだろう・・相談するところもありません。
主人に話す事もしませんでした。理由は主人も姉と同じく、MCにかかったことのない
まっさらな履歴の人だから。話したところで、困惑されるだけだろうとすっかり諦めていました。

いかんともしがたい思い・問題を抱えても、家族の日常は何も変わらずに進んで行きます。
2児の母親である私は、悩んで寝込んでいる暇なんてありません。
平日朝が来れば5時起きでお弁当と朝食を作り、夜子供達を寝かしつけるまでほとんど毎日
会社勤めとは違うけど「きまった役割」があり、それを粛々とこなします。
立ち止まっている暇はありません。これは2012年9月に覚醒したときも同じくでした。
そんな家族中心の毎日があるから、ショックを受けても寝込んでいる暇なんてなかったのです。
しかし無理が祟ったのでしょうか、私は姉との会話の数日後から毎朝、知らない男の声で
目覚めるようになりました。
「死ねばいいのに」「なんで生きてるの?」「生きてても意味ないでしょう」
目覚ましのアラームが鳴る30分前くらいから、こんな言葉が繰り返し聞こえ、悲しくて
苦しくて自然と涙が出てきます。
(ちなみに主人が言っていたわけではありません。横を見たら静かに寝てましたので)
心がどんよりとし「本当だ・・私なんて生きてる価値ないよね」そう思えてくるのです。
2-3日そんなことが続き、ネットで思わず「鬱」で調べました。
諸症状にあるような不眠や食欲減退はあてはまらないし、身体のどこかがだるいとかいう事も
ない。至って身体は健康。日中~夜はごく普通に活動的に過ごせる。
ただどういうわけか、明け方起きる前に「死ねばいいのに」という言葉がコダマし
悲しい気持ちで目が覚めてしまう。
一週間目には、目が覚めた時点で即おきあがってリビングへ移動してみることにしました。
まだ早いから・・と寝床でまどろんでいるとずっと「死ねばいいのに」が頭の中で渦巻いて
しまうからです。
再び幻聴というキーワードで調べてみたところ「統合失調症」や「PTSD」と書いてありました。
まさか・・と思いながらも、PTSDはあるかもしれないと自覚。

日常は何も変わらない。問題なく過ぎて行っているのです。
誰にも話せない悩みがあるとすれば、創価問題しかない。

幻聴が聞こえ出して10日くらいした頃、私は起きぬけその「死ねばいいのに」の声に
猛烈な怒りをおぼえ「うるさい!お前の言うとおりになんてなるもんか!」と泣きながら叫びました。
主人が驚いて起き「どうしたの?」と言うので「怖い夢を見た」と説明。
その場をとりなしましたが、私はハッキリとした猛烈な怒りを覚えていました。
負けてたまるか。
私は幻聴に屈したりしない。
思い通りになんてなるかよ、絶対死なないからな。

今になって思う事なのですが、私の創価に対する覚醒の進度・深度は「怒り」がキーワードみたいです。
腹立たしい・怒りを感じた所から、マインドコントロールがどんどん崩れていく。
おかしいぞおかしいぞ・・と思いながらも
「不信は堕地獄 功徳が無くなる 積み上げてきた福運が水の泡」と無理くりに抑え込んできたモノが
怒りとして爆発して、初めて全てを理解する。そんな感じなのだと思います。

(32)に続きます。
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