非活決意 その後(34)

2013年7月初め
出向いた神社は、地域で有名な大きな神社。私はそのときがはじめての訪問でした。
社務所へ向かい、御祈祷をお願いしたいと話すと「用紙に記入してください」との指示。
願意の項目にマルをつけ、初穂料を納めるのですがどの項目にマルをしたらいいか迷いました。
各種あるけれど、私のケースがどこにあてはまるのか解らなかったのです。
「不思議な現象を何とか止めたい・死神退治」これが何に該当するのか。
除霊なる項目は(当然ながら)ありませんでした。
暫く固まっていると受付の方から声をかけられたので、こういったケースは?と相談。
「家内安全」でよいとのことでした。
平日で中途半端な時期のせいもあってか、その時御祈祷を受けたのは私一人。
神殿へ進み、御祈祷を受けている間は無心でした。

組織による電磁波攻撃を疑った時、
その理由を「組織に引き戻すための脅迫」と考えました。
”毎朝こんな嫌な思いをしたくないなら大人しく組織についてこい・反抗心を起こすな”という様な。
自分や子供が見た霊的?なものでさえ「攻撃・脅し」のひとつだと感じました。
けれどそんな脅迫に絶対に屈したくない、屈してなるものか!という思いが
私を神社へ向かわせたのだと思います。
苦しい状態を何とかしたいからって、そこを自宅仏壇(御本尊)の前にひれ伏して
「すいませんでした」とは絶対ならない。なりたくない。 
そうなったらおしまいだ。何が何でも私は負けない、退治してやる、という強い意志です。

たまたまおかしな現象が連続して起こり、ママ友の「お祓い」という助言から神社に行きましたが
きっとそれが神社でなくても、他宗の寺院でもキリスト教会でも、全然よかったんじゃないかと
今となってはそう思います。
「帰依する」という姿勢とは少し違うのですが、自分の中にイヤイヤながらも確実に居座り居直っている
インチキ宗教を追い出すためにも「呼び水(誘い水)」が必要だったのです。
私は面倒くさい性格で、なんにつけ形式を重んじるところがあります。
全然別の宗派(ただしインチキ新興宗教でなく・トラディショナルな)に自ら足を運ぶ態度を示す事で
区切りをつけたような形。
これは完全な独り相撲です。
自分の内側に巣食う・自身の誇大妄想が作り上げたモンスターとの闘いだったと、今になって思います。

御祈祷の後、御札と記念品入りの紙袋を頂戴し。
車に戻ってハッとしました。御札もらったけど、これをどうしよう?と。
子供達の宮参り・七五三などの御札は主人が管理してくれていました。
妊娠当時、安産祈願の御守や御札が義両親から届いた際、創価脳だった私がそれを靴箱に
おいた事件があったのですが、それ以降主人は家の中に御札を持ちこまないよう配慮してくれて
いたのです。
車のトランクに入れておき、帰省時などに神社へ納めていたようです。
主人に脱会意志は伝えましたが、宗派を変えるとかそういった類の話題は一切したこともなく、
車のトランクにある御札を(覚醒後に)「家に入れていいよ」と伝えた事もありません。
と言うより、御札のことなんて眼中にありませんでした。
私が突然御札を持ち帰り、室内に配置したらどう受け止められてしまうのか?と不安になりました。
”今まで御札を家に入れてくれるな!という態度できたのに、自分さえよければいいのか?”との
悪印象を与えてしまう事を懸念したのです。 自業自得なのですが。
その時にふと”今だったら、お曼荼羅を巻けるかもしれない”こう思いました。
前々回の記事に書いたのですが、幻聴が偽本尊のせいではないか?との疑いをもった際、
私はお曼荼羅を巻かない(巻けない)かわりに、仏壇に布をかけて覆ったのです。
死神に出てくるなと封じ込めたつもりでしたが、本当なら巻いてしまうのが一番だと頭の片隅では
そう思っていました。
しかしこのとき、まだ曼荼羅が怖くて巻く事が出来ませんでした。
「偽本尊め!(忌まわしい)」と思っていたのに、触れることすらできなかったのです。
これも、子供時代からの刷り込みの影響です。
お曼荼羅は受けた人の生命と一緒だから、ご安置していたものを巻くなんて生命を巻くのと同じ。
よろしくない事(現証)が出るだのなんだの、曼荼羅の扱いに関しては悉く脅されてきました。
自宅ご安置のご本尊様は、私の名前ではなく主人の名前で受けた物。だから主人に何かあったら困る・・
そんな不安を抱いていたのです。 その曼荼羅がカラーコピーであろうとも、です。
摩訶不思議な法力なんてなく・誇大妄想だったのだと自分のなかで結論が出ても、自分の中で
明確にスイッチを切ることが出来なかったというか。
しかし、神社にて御祈祷を自分の意志で受けられたことで、私は気持ちを強く持っていました。
乗り越えた・・という感覚。
いわば御祈祷は「通過儀礼」で、創価では罪とされる「神社での御祈祷」をクリアしたことで
私はもう仏罰なんて恐れていませんよと、自分と・自身の内側に巣食うモンスターに対し
宣言したかったのかもしれません。いま思えばですが。

帰宅するとすぐ仏間に入り、仏壇の布をとっぱらってお曼荼羅を巻きました。
そのときは非常に穏やかな気持ちで、曼荼羅に対し「今までありがとう」と言葉が出ました。
擬人化していますが「お曼荼羅に罪は無い」そう思ったのです。
このお曼荼羅を金儲けのツールとして利用している団体が悪いだけ。
組織から授与された際に入っていた細長い紙封筒を残しておいたので入れ、お守り御本尊と共に
布袋に入れて仏壇に仕舞い扉を閉めました。
とてもすがすがしい気分でした。

そして夜、帰宅した主人に「今日、御祈祷に行って来た」と伝え。
電磁波攻撃云々のことは伏せ、最近寝覚めが良くなかったりで・・と話したところ
「(ここ数週間)うなされてたね」と言うのでビックリしました。
この時に初めて知らされましたが、覚醒直後の2012年9-10月頃にも、私は就寝中
よくうなされていたらしいのです。
その頃は、長めの寝言もしゃべっており、常に誰かを責める物言いをしていたと。
「どうして教えてくれなかったの?」と、残念な気持ちになり主人につっかかると、
子供の進路のことで神経が高ぶってるんだろうなと思っていたから、敢えてそっとしておいたんだと。
けれど、この6-7月は特に思い当たる節がなく、姉の海外挙式で何かあったのではないか?
と気にしていたとの事でした。
姉の挙式のことを、私はさらっと報告しただけでした。
帰国直後は主人も出張が重なったりと多忙で、ゆっくり話している暇もなかったのです。
ただ、あまり積極的に挙式旅行の内容を話したがらなかったのは事実で、ビデオも見せていませんでした。
さすが主人だ、鋭いなと思い。
頂いてきた御札は車に置いていたのですが「家の中に置こうと思うんだけど?」と相談すると
「置いても大丈夫?」と逆に聞かれました。
妊娠当時の事件のさい、私は「御札やお守りが苦手」と主人に伝えていたからです。
もう大丈夫、と答えると「好きにしたら」と言ってくれたので、夜でしたが即、車に取りに行きました。
そしてリビングに御札を置き、寝室で就寝。
気持ちが高ぶってなかなか寝付けませんでしたが、気付いたら朝で、なんの夢も見ず・死神のつぶやきも
ありません。
私ってなんて単純なのだろう、と苦笑しながらも、憑き物がとれたような感覚がありました。
それ以降、死神の声はしなくなりました。 
おかしな現象も今日現在までありません。

この出来事からほどなく、2013年夏の参議院選挙がありました。
以前にも書きましたが、この選挙について地域の学会員からのコンタクトは一切ありませんでした。
年の初めに支部婦が新任者に変わった際、家庭訪問時に一切の活動はしないし・関わりたくないと
伝えていました。(この記事)
それ以降ぴたーっと家庭訪問は止まりました。不在時に来ていたのかもしれませんが、メモや日程表が
入っている事は無く、メールも全く無かったのです。
選挙の1週間前くらいに、もしかしたら電話なり訪問なり、あるかもしれないと思っていました。
その時はハッキリと「自分で考えて投票する」と伝えようと心づもりしていたのですが、誰も来ないw
メールでの当日報告依頼もない。
支部婦わかってんじゃん、ありがたいわ。くらいの感覚でした。

そして選挙当日。
子供達が楽しみにしていた海水浴へ日帰りで出かける事になっており。
お天気も良く、朝、投票所に立ち寄って投票を済ませてから出発しました。
勿論、公明党に票を投じることは無く。
政見放送も時間のある時は見るようにし・自分で考えて候補者や政党を選び、一票を投じました。
それが日本国民ひとりひとりに与えられた当然の「権利」だから、誰を選ぼうと私の自由は
保証されているのです。
「師弟共戦絶対勝利のため」に一票を投じるのも、まぁ自由と言えますがw
それが本当に個人の意志ならば、それも尊重されてしかるべきなのかもしれません。
ですが、特定宗教団体のいち会員(不良会員であっても)だからと言って
絶対にこの政党候補者に一票を投じなくては「ならない」という義務なんてありません。
ましてや、「投票行きました」と組織に連絡をしなければいけないという義務もありません。
創価学会の会則に「入会した以上は必ず公明党を支援する。投票する。投票したら連絡する」なんて
あったらとんでもない事だしw 当然ですがそんなこと書かれていません。
けどそれは「建前」に過ぎません。
末端現場は、治外法権です。

この記事に書いたとおりですが、実家の母から電話連絡がきました。

私は姉の挙式旅行から帰国後、母に一切連絡を取っていませんでした。
また、母からの連絡もありませんでした。
この状況下において、久方ぶりの母からの連絡が選挙当日確認であり・怒声だったのです。

私がどんなに残念な気持ちになったか、覚醒者の皆様にならわかっていただけると思います。

この出来事で、私はとてつもない憤りを感じました。
なんなんだよ、創価って!!!と。
通過儀礼を経てモンスターを退治した私に、もう怖れはありません。
記事に書いたとおりですが、私は地域の学会員に怒りのメールを送りました。
なぜに私を飛び越えて、実家に連絡するのか?と。
選挙前に一切メールも何もしてこなかったくせに
(投票依頼を受けませんでしたし・投票に行ったら連絡くださいと頼まれてもいません)
どうして当日になって投票確認で実家に電話を入れるような迷惑行為をしたのか。
家庭訪問してくれるな・関わりたくないという私の意志を尊重したのは理解するが、だからといって
実家に連絡をするのは「非常識」だと、そんな基本的な事も解らなかったのか?
誰がやったのか名前も教えて欲しい、ということも書き添えました。
本人に会って直接、問いただしてやる。そこまで私は怒っていました。
すぐに平謝りの返信があり「誰が連絡したかは私では解りかねるが、謝罪する。
今後一切このようなことがないようにするので」勘弁して下さいという内容でした。
逃げやがったな・・と思いましたが、再度母に連絡を取り
「電話してきた人はだれなのか、苗字を教えて欲しい」と伝えました。
母は何か危険を感じとったのでしょうか
「(電話が来た際)忙しかったし、慌てていたので覚えてない」と教えてくれずでした。
私は直接本人に、この行動がいかにおかしくてルール違反なのか言って聞かせたいと伝え
着信履歴で電話番号残ってるでしょ?教えてよと言いました。
こちらの正当性(?)を100%アピールしながら、詰めたのです。
母は履歴は消したと(おそらく嘘でしょう)言い
「名前も本当に覚えていない。今度からはちゃんと確認するから」と
組織員を庇って幕引きになりました。
事を大きくされたくなかったのでしょう。組織において選挙はデリケートな問題ですからw

これが宗教団体のやることか? 
会員として籍を置いている以上黙認しなきゃいけないなんてそんな決まりもない。
もう我慢ならない。こんなのおかしい。黙っていられない。
このおかしさ・事実を広く世の中に周知したい。
選挙における非常識な当日確認がきっかけで、私はブログを再開したのです。

(35)に続きます。
次回で「非活決意 その後」(完)とします。
スポンサーサイト