Xデイ

池田老人が「後進に託す」と、会員の前から姿を隠したのが2010年5月だそうです。
既に4年が経過するわけですが、後進に託すといいながら、主たる指導や随筆はすべて
池田老人の筆によるものだとされています。
皆さんご存じのとおり、創価学会には初代牧口氏、二代目戸田氏という「師匠」がおり
三代目が池田老人です。
その後ろに、「師匠」は続かない事がほぼ確定しています。
「永遠の指導者」が三代に限定されてしまっているからです。
池田氏の後ろに続いた会長の北条氏も・秋谷氏も「永遠の指導者」にはなり得ません。
また現役会長である原田氏もなれないに決まっています。
北条氏、秋谷氏(会長)だって会合で指導を行っていたのだから、指導集(書籍)が出版されても
おかしくないはずですが、そんなものは聞いたことがありません。
どこかにあるのかもしれませんが、女子部で部長をやっていた私ですらその存在を知らないほど。
池田老人が生き続けている限り、どんなに傑出した会長がでてこようとも「弟子」の立場に
他ならない・だから池田老人以外の指導など、紙面や本にはならない、という事なのでしょうか。
しかしこのような状況にあっては、池田老人を失った創価学会が求心力を失うことは
自明の理です。
「後継を育てる」と言いながら、全く育たない。出る杭はかたっぱしから打ちのめしているのか?!
姿を隠しても影響力は表出し続けたまま。
自分が全くひっこんでしまう事を良しとしない池田老人の並々ならぬ独裁・自己顕示欲のあらわれなのか。
もしくは池田老人を商標・表看板にしないとビッグビジネスは成り立たないという、拝金主義のみで
宗教企業を運営する首脳陣の戦略なのか。
いずれにせよ、池田老人没後は衰退の一途をたどるしかないと世間の見立てどおり、私も同じ考えです。

そんな創価の現状を、母がどう思っているのか?
池田老人が次々と随筆だのメッセージだの、発信するわりに一切姿を見せない現状について
「どう思う?」と私は尋ねました。

「御高齢なのだから、長時間の指導なんてお疲れになるだろうし、出て来れないのよ」
母は推測からそう答えました。
しかし、母のきょうだいには池田老人と同い年の者がおります。
当時(2013年8月時点)自ら車を運転し、同時中継を見に出かけるほどの元気さでした。
定年の無い職業だった為、70代半ばで大病を患うまで仕事もしていました。
個人差があるとはいえ、あれだけの量を執筆できる人が一切おもてに姿を見せない事の
おかしさについて、考え及ばないのはおかしい。
そして”これはネットの情報だけど”と前置いた上で
「脳梗塞で倒れ、後遺症があって、とてもじゃないけど会員の前に出て来れるような状態じゃない」
という噂があるよ?と話しました。
母は「なにを馬鹿な事いってるのよ、じゃああの原稿、誰が書いてるって言うの?
いい加減なこと言うんじゃないわよ」と反論。
ゴーストライターの存在を話すと母は「そんなことあるわけないじゃない!嘘よ」と全否定。
じゃあ逆に聞くけど、池田先生が全ての原稿を書いているという確実な証拠はどこにあるの?と
質問してみました。
”池田名誉会長からのメッセージ”とか”池田大作著”というクレジットが全てを担保するものかと。
母は「そんな事いいだしたら、全ての作家がゴーストライターを使っていてもおかしくないって話に
なってくるじゃない!」と。
確かにそうなのです。これはこの人が作りました・書きましたと、発行元がいうのならそれを
信じるより他ない。性善説です。
しかし、なにも池田老人だけではなく、ゴーストライターを使っている人物・分野は数多くあります。
記憶に新しいところでいえば、例のサムラゴウチ氏と新垣氏。
また、シンガーソングライターがアイデアだけを出し、共同作業者に大部分書いてもらった曲や詩を
「作詞作曲」と、自身の作品として世に出す事もあると聞いた事があります。
全てはお金で解決されることで表には出ない話です。
また、母に小説人間革命が「創作」であることもこの時話してみました。
例えば池田老人が初めて参加した会合席上で戸田先生に会い、即興詩を詠んだというのも作り話であり
あくまでも「小説」のなかに生きる山本青年という架空人物の物語だという、一部で有名な話です。
ちなみに私は、この事実を覚醒するまでまったく知りませんでした。
多くの学会員同様、小説人間革命は池田老人の自伝なのだ・崇高な使命に生き抜き、師匠と組織を
命がけで護ってゆこうとした、いち庶民であった・若き日の池田老人が、自己の可能性を
妙法で大きく切り開いた感動実話だと信じて疑わなかったのです。
なので、覚醒後にネットでソースを示しながら紹介されているものを読んだ時は、呆れ果てました。
(昭和32年10月18日発行の聖教新聞紙上にて、池田老人本人が入信当時の事を語っていますが
 「教学部長から折伏を受けた」と言っています。そしてその会合に戸田先生はいなかった事を
 当時の会場提供者の娘さんが証言しています。 ご存じない方はぐぐってみてください)
おいおい・・白蓮時代に全巻読破しろだとか、生命に刻み込むために繰り返し10回は読めだとか、
あれは一体なんだったんだよ!?と。
作り話を心肝に染めさせて、何を目指して生きろと? 暴挙以外のナニモノでもないと憤りを感じました。
しかし母の反応は「そんな無茶くちゃな事、誰が言ってるの?」と。
そして「でもここ数年間、大白蓮華に草創期の会員の証言が連載されているじゃないの?
人間革命にはとりあげられなかったドラマ。地方指導での先生の振る舞いなど事細かに書いてあるわよ。
あれが嘘なわけないじゃない」とw
いや、だから、大白蓮華は洗脳図書じゃんか・・と言いたいところを抑え
「その証言者にあなたやきょうだい(幹部)の知り合いでも登場したわけ?いないでしょ?」と質問。
母は「それは・・」と言い淀み。
一人くらい居たっておかしくないはずだよね、あなたの実家だって草創だし、きょうだいは幹部なのに。
タテヨコ広い繋がりを持っているのだから、そんな話あってもおかしくないのに。
そう私が尋ねると、母は「今度きょうだいに聞いてみるわ!」と。
あれからもう一年が経過しますが、その件に関しての回答はありません。というか母も忘れ去ってると
思いますw

また、学会が過去を消そうとしている。都合の悪い過去の指導を抹殺している話を母にしてみました。
人間革命が改訂版となり、記載が削られている事もそうですが、戸田城聖全集が絶版になった事を
話すと、母は「ええっ?!」と絶句。
そして「それはいただけないわね」と、初めてまともな感想を口にしました。
戸田時代を少なからず知り、その指導に親しんできた母としてはショックだったのでしょう。

「新聞に載ってる写真もさ、おかしいじゃん。蝋人形みたいだよねいつも」と、私が池田老人近影の
話題に触れ
「もうね、死んでたって驚かない。それを隠してたといわれても、私は”やっぱりね”って感想しか
出て来ないわ」と母に言いました。
母は「そんな・・」とあきれ果てた様に、次の言葉が見つからないという感じで沈黙。
私は、これまで話したことが伏線ですと前置いて
「お母さんにこんなこと言うの可哀相だけど、学会は宗教ビジネスなんだよ。金集めのためだけに
ごくわずかな上層部が、大勢いる会員を動かしてる。それだけなんだよ。
池田先生は大看板。アイドル商法と一緒。
もうね、基本の信心だけしてればいいの。学会にまつわる活動は信心じゃないからやらなくていい。
時間もお金も無駄にしてほしくないんだよ」と言いました。

これに対し母は
「ビジネスって、言ってる意味がわからない。でも、昔と変わってしまったんだなって思う所はあるよ。
大きくなりすぎて、手に負えないところまできちゃっているんだなと、感じる部分はある」と
初めて本音ともいえる学会観を口にしたのです。
この頃、ネット上で創価内部では熾烈な後継者争いが起きているとの噂を目にしていました。
「そんな話もあるよ、結局は信心じゃなくて”莫大なお金と権力”
皆、のどから手が出るくらい欲しいんだよ?考えられないよね。私たちの見てる世界と上層部は
違うんだよ」と言ってみました。
母は「それについては解らないけど、池田先生が亡くなった後の学会が分裂することは予測できる」
と言ったのです。
現役活動家の母の口から、このような言葉が飛び出した事は私にとってかなりの衝撃でした。
「戸田先生が亡くなったときもね、学会は割れる・空中分解するって噂がされていた。
なかなか次期会長が決まらなくて。でも、私は絶対に池田青年室長が次期会長になると思ってた。
彗星のように現れるっていうんだけど、時代の申し子のような人が、必ず弟子から現れると
聞いていたしね。
だから、池田先生の次もそんな人が現れるんだろうと思ってたんだけど、どうも無さそうだなって。
自分の感覚だけでそう思うんだけどね」と。
私が冗談めかしで「(池田老人の)息子や嫁を後継者にって路線もあるみたいだよ?」と言うと
母「それはないでしょ、だれも納得しない」と。
世襲に関しては”ありえない”との認識があると解りました。

「じゃあさ、先生が亡くなったあと学会が割れたら、あなたはどうするの?宗門にいくわけ?」と質問。
母は「そうなったら、どこにもつかない(所属しない)」と答えました。
個人信仰って事?と尋ねると「そうなるわね」と。

この回答を聞き、私は興奮しました。ものすごい手ごたえを感じました。
池田老人亡きあとの創価学会は「割れる」と母は考えている。
そして割れてしまった創価学会には、所属しないと言っている。

これは事実上の「Xデーがきたら脱会」ですよね?と私は認識。

序で書いた
私と母のあいだで、不用意に感情を荒立てず・やや合意の下で創価を辞められるであろうタイミングが
「池田老人Xデー」なのです、いまのところ。

は、このような事情でした。

さっさとXデー来やがれ!と、不謹慎ではありますがその日を心待ちにするようになったのです。

(続きます)
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