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独善的臨終観

2013年夏の帰省後より、私はブログ記事を更新し続けました。
以前も書きましたが、このブログの前身となるものを保存してあったので
その内容をコピペし、予約投稿。
7月の参議院選挙にて、学会員の異常ともいえる一票への執着に触れ・迷惑被り
怒りが頂点に達し→続く帰省で母が創価の未来について「割れる」と予測・そうなったら
組織にはつかないとの展望を知ったことで、内心ガッツポーズ→そう言いながらも、創価なる組織への
母の並々ならぬ執着心・そこが生活の中心の場となっている事で形成されたメンタリティに、
改めて愕然とする。
感情の上げ下げがまるでジェットコースターのように、喜怒哀楽混濁な精神状態におかれ
えも言われぬストレスがたまっていたのです。
結局諸悪の根源は創価。組織への怒りも常にあり、ストレスをブログにぶつけていたところも
多いにあると思います。

普段離れたところで生活し、たまにしか母と過ごさなくなった昨今。帰省中の数日間というのは
良くも悪くも濃厚な日々です。
自宅に戻るといっきに平穏な日常に戻り、その振り幅の大きさに気持ちがおいつかないのかw
MCが解けて以降の実家帰省は、楽しい出来事ばかりとはいかず
創価起因のストレスを感じるようになりました。

こういった事柄(創価の家族問題)を理解し耳を傾けてくれる存在が、身の周りにない。
事実関係も私の気持ちも、理解ができるのはおそらく、同じく元活動家だったが創価の矛盾に
気付き・覚醒した人しかいないだろう。
ブログ記事を更新し続けると、8月下旬あたりから拍手が1日10件前後つくようになりました。
少なくとも、10人の方が「読んだよ」と伝えてくれたことに私は感激したのです。
インターネットがあってよかった、と思いました。
自身の周辺社会では終わらない・もっと広い世間で、自分と思いを同じくする人の存在を
確認できる。
ブログはひとりごとのようでいて、公開している以上は誰かがそれを見ていて、
万にひとりでも共感してくれる人がいたら、私は救われるのだと気付き、喜びを感じました。
それがリアルな人間関係・繋がりじゃ無かったとしてもです。
これはとてもありがたい、と思いました。

自分の周辺社会・人間関係に、自信が抱える創価の問題をなんのてらいもなく話せて・
周囲もそれを受け止めてくれるという恵まれた環境にある人は、きっと少数だと思います。
創価問題においては人知れず悩み、孤独を感じる方が大多数ではないでしょうか。
リアルな人間関係・親子関係に創価が絡んでいれば、そこで反対意見や脱会意志、
組織や教義に対する疑問etcをぶつけたところで「争い」「面倒事」になるのが関の山。
インターネットという場所が本音を自由に吐きだせる唯一の場所となるのも無理はないと
思います。 
私も当初は自分の信仰歴やどこで間違ったのかを検証すべく、非公開でブログを始めたのですが
公開に切り替えたのは、私の様な活動家だった人間で創価を否定する事に罪悪感を覚えたり・
仏罰に怖れおののいてしまう人に、拙い経験ですが参考になれば・少し勇気を出して・安心して
もらえれば・・という思いでした。
初めにやっていたブログはコメントを受け付けず、アクセス数のみ把握できるものでした。
なので誰かが見ていることはわかっても、どう受け止められているかまでは解りませんでした。
このブログに移って「拍手」にコメント機能がついている事に気付いたのは10月。
開設から2ヶ月も気付きませんでした(お恥ずかしい&コメント下さった方すみません)。
実は、コメント欄を設けるつもりは当初無かったのです。
理由は幾つかのアンチブログ(更新停止したもの)が、ひどい荒らしコメントに手を焼いていた痕跡を
見ていたからでした。 厄介事に巻き込まれるのは嫌だ、と思っていました。
しかし、拍手から送って頂いたコメントを読み、私は認識を変えました。
環境・経験は違えど私と同じく創価に疑問や怒りを覚え・家族や友人との関係に心を痛め・悩む
一人一人の真摯な声がそこにありました。
悩んでいるのは私一人ではなかった、組織がおかしい・疑問に思っているのも私一人ではなかった。
こんなに沢山の人が同じことに問題を感じ、それぞれの立場で善処しようと考えている。
それがリアルな繋がりでなくたって・知り合いじゃなくたって、「とても心強い」と思えたのです。
そしてこの声を私一人が読ませて頂くのでは勿体無い。ぜひとも、この思いをシェアしたい。
沢山の方に読んで頂きたい、そしてまた勇気を持ち・仏罰etcへの怖れをなくす人が増えれば・・と
コメント欄を設けることにしました。

繰り返し書いていることですが、創価問題は1000人いれば1000通り。
ネットに書かれた真実の声や経験を読む事を、やみくもに誰かの経験をなぞるために
するのではなく、あくまでも自分の問題と向き合うヒントに。
また、ただただ不安なときの安心材料に・どこにも言えない思いを吐き出すよりどころに。
私のブログのコメント欄は、そんな思いで開かせてもらっています。
智恵を持ちよる事は可能だし、そこから大なり小なり何かを得て
各々が自分にとっての最適な方法なり・道なりを考えたり、歩み出すことはできると思います。
また、身バレしないようにだけ気をつけてもらえれば、思いを綴った長いコメントもOKです。
現在も非公開で多くの方がコメントを寄せてくださっています。
私は非公開コメントにお返事はしませんが、ありがたく拝見しております。
書き込んで下さる方が、どこかに気持ちを吐き出すだけでも楽になるというのであれば・・という
思いで読ませてもらっています。
どうしても返事が必要な場合は、恐れ入りますが公開コメントで書き込みをお願いします。

ちょうどブログ一周年ということもあり、いつかコメント欄の事を書きたいと思っていたので
この場を借りてみました。
話がそれましたので、元に戻します。

2013年9月初め。財務の件でメールが地区婦から届きました。
申込用紙に署名をしてもらいたいので、いつがいいですか?という例年通りのお伺いです。
私は呆れてしまいました。おいおい、新任の支部婦は何をしているのかと。
年の初め頃、財務の納金を打診された私は「今後やるつもりは無い。財務部員から外してほしい」
と伝えました。(この記事に書いています)
にもかかわらず、しれっと今年も季節がやってきましたよ!的なメールが送られてきた事に
軽く怒りを覚えました。が、もしかしたら伝わっていないのかもしれない、と思い直し
至って事務的に「今後一切納金する意思がありませんので連絡無用です」と返信。
翌日「了解しました」とだけ返信が届きました。
やれやれ、と思っていたのですが後日再び催促がやってくるのです。その件は次回書きます。

地区婦からの返信が届いて数日後、実家の母から着信が入ったのです。
一瞬、いやな予感がしました。財務を完全に断った事をまた実家に電話されたのではないか、と。
しかし選挙の投票確認の件で釘をさしてある。まさか同じ轍をふむほど、そこまで馬鹿じゃないだろう。
もしあったとしたら、今度こそ許さない。訴訟でも何でもおこしてやる。
そんなことまで考えながらコールバックすると、母の声が沈んでいました。
私に弔電をうつようにというので、誰か亡くなられたの?と尋ねました。
親戚が急逝したのだろうか?と思ったのですが違い、実家の御近所にある喫茶店のマスターでした。

マスターは外部の方です。
以前記事に書きましたが、私が幼少期、母は学会活動の帰りに毎日のようにこの喫茶店へ寄り、
新たな下種先を探していました。付き合いは40年ほどになります。
母はたびたび聖教新聞を推進し、取ってもらっていました。
折伏も何度も試みたようですが、さすがに客商売でうまくかわされていたようです。
私も幼少期からお世話になっており、学生時代はほんの短期間ですがアルバイトをさせてもらった
事もありました。
お店はご夫婦で切り盛りされていましたが、近年奥さんの体調が芳しくなく臨時休業も増え、
そろそろ店じまいしようかな?と話している・・と母から伝え聞いていました。
マスターであるご主人は健康そのものと聞いていたので、どうして?!と私もショックを受け。
このときは「死因は心筋梗塞」とだけ聞かされました。
前月帰省の際、喫茶店の前を通りがかったときお店は営業中。
気になりつつも店に入らなかった事を後悔しながら、弔電をうち心で冥福をお祈りしました。

数日後、母に電話を入れました。
ご家族が気を落としていないだろうか、先月帰省したとき店に行けばよかった・・など私の気持ちを
一方的に話しました。
母は遺族から聞いたという、亡くなった際のエピソードを話しました。
マスターの死に目には誰も会えなかったという話でした。
奥さんの他、同居の家族が数人いるのですが、その日は全員外出し一番最後に帰宅したのが
マスターだったこと。
帰宅したマスターに気付いた奥さんと家族がリビングに集まり、少し話をした後
マスターは録画した番組を見てから寝る、と一人リビングに残って皆はそれぞれ部屋で就寝。
翌朝、ソファに横になっていたマスターは既に亡くなっていたという話でした。
何気ない会話でも、最後に出来たのだから良かったと思うべきだと私は捉え
「ショックだったろうけど、でも最後に穏やかに話ができたのなら、良かったんじゃないかな」と述べると
母は「どこがいいのよ?」と吐き捨てるように言うのです。
私はエ?!でした。
「マスターがかわいそうじゃない。家族の誰かが早く気付けば助かった命かもしれないのに。
 みんな寝てしまって気付かなかったっていうんだから、薄情よ。
 運が無かったわよね。あの家族は私がどれだけ折伏しても聞き入れなかった。
 こういう形で結果が出るのよ」と。
今この言葉を思い出しても身の毛がよだつのですが、私は瞬間湯沸かし器並みに怒り心頭でした。
「何を言ってんの?!本気でそんな事思ってんの?おかしすぎるよ」と
母を怒鳴りつけました。
ありえない。人の死をそんな風に言うなんておかしすぎる。
母は「私は悔しいのよ。あんないい人(マスター)を、こんなかたちで亡くすなんて悔しいでしょ」
「信心さえ保てれば、こんな死に方しなくてすんだのよ」と。
もう、返す言葉がないくらい、重篤患者だな母は・・と思いながら
「その言葉さ、そっくりそのまま、世間の人たちがうちに対して思ってたらどうなの?」と言いました。
母「どういう意味よ?」
私「うちだって、お父さんの死に目には辛うじて会えたけど最後の言葉なんて誰も聞けてないじゃん。
救急に運ばれてICUに入ってそのまま逝ったんだよ?
あなたは信心してればとか、信心してないからとか簡単に言うけど、じゃあうちはどうなる訳?
”可哀相に、家族があれだけ信心してても結局そんな亡くなり方か”って言われてるかもしれないんだよ。
自分を棚にあげて人の死を、家庭をとやかく言うなんて冒涜以外の何物でもないんだよ。
ちょっとは気付けば?」
かなり強く母を責める物言いをしました。

しかしこんな私の言葉にひるむ母ではありません。
「何がいいたいの?お父さんは家族の皆に看取られて幸せな死だったじゃないの!
 死相も綺麗だった。同じにしてもらっちゃあ困るわね」

・・・・・・・・・orz
ひざから崩れ落ちたい気持ちでその言葉を聞いていました。ダメだ、この人・・と。
どこまでも選民思想に司られているから、こんな反応しか出てこないのだろうか。

母の、あまりの独善的な臨終観に、私は創価の選民思想という病巣の深さを思い知りました。

(続きます)
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