ペテン的思考習慣

昨年の広布部員申込の話です。

2013年9月
休日の午後、たまたま私一人で在宅中にインターホンが鳴りました。
宅配便が届く予定もなく、もしや・・と思いながらドアモニターを確認すると、50-60代とおぼしき
見知らぬメガネの壮年2人が立っていました。
即「あ、学会壮年部」と思いました。
応答はせず留守を装いながらモニターを見続けていましたが、インターホンを4-5回鳴らして
粘っているその時間は結構長く感じました。
メモ等入れず立ち去りましたが、久しぶりじゃん!一体何?と不気味に思いました。
私とこの地域の壮年部の関わりは皆無に等しく、支部長はおろか地区部長の名前も顔も知りません。
私がこちらに来た当時の地区部長は癌で亡くなったと聞いており、その後新任者がいると思いますが
会った事が無かったのです。
主人と学会壮年部の接触も、ここ10年近くありません。
引っ越してきた当初の家庭訪問に応対した程度でした。
まだ数年間は夫あての地区部長のメモや手紙が入っている事もありましたが、気付けばそれもなくなり。
明らかに壮年部と判る人たちの訪問も、ここ数年ありませんでした。
翌平日、遅い帰宅をしたところドアモニターの録画があったので(注・この年の初夏に防犯対策として
ドアホンを留守録画機能のあるものにしました)見てみると、昨日の壮年2人組が映っていました。
2日連続の来訪?!必死だな。
自治会の人であればアポなし訪問はありえませんし、私は地域のお世話役の顔・名前は知っています。
これはますます壮年部に違いない。ずっと来なかったくせに2日連続とはおだやかでないと思い、
次に来た時はドアホン越しで応対しようと決め。
主人の帰宅を待ち伏せて直接モノ申されるよりは、私が話すのが筋だと思ったからです。

数日後の夜、2人組はやってきました。
応対に出るとやはり壮年部で「ご主人にお会いしたい」とのこと。
「用件なら私がお伺いします、何でしょうか」と尋ねると、「広布部員の申込なんですが」というのです。
思わず「ええっ?!」と声を挙げました。
広布部員の申込集めって婦人部の仕事(?)じゃないの?
これまで一回たりとも、壮年部が回ってきたことなんてありません。異常事態だ、と思い
「支部婦のOOさんから聞いてませんか?もう一切やる気が無いので今後申込はしませんからと
伝えてあるんですが」と答えると
「そうでしたか、ご主人も同じ意見なんですか?」と尋ねてきたのです。
ハァ~!?今更何を言ってやがる・・と思いながら
「意見もなにも。主人は財務なんか知らないんですよ。
ずっと私が勝手に申し込んで納金してきただけです。
主人入会はしてますが、形だけですから。私が(財務を)やらないということは、主人も同じです。
主人の意見うんぬんなんてありませんよ。私の意見が全てです」と返答。
壮年2人は、ゴニョゴニョとなにか話しあったあと「わかりました」と帰って行きました。

このやりとりに私は「茶番」的なものを感じ怒り心頭でした。
主人に信心があるわけないって、知ってるよねあんたたち(=壮年部)?
一回も会合に出た事も無ければ、役職もない。顔だって知らないだろ。
だのに何故「広布部員を断ったのは奥さんで、本人はやりたいかもしれない」と希望的観測(?)を
もてたのか。 おかしいだろうが。
私がこの地域で婦人部に違和感を覚え、役職を断った際にバリ活婦人部たちは
「新入会のご主人の理解がないから、祥蘭は活動に消極的である」という勝手な憶測をしていた。
いわば主人を、私を活動から遠ざける「悪者」としていた。
だのにだのに、金集めの時期になって二口分断られたら今度は「本当はご主人にはその気があるかも
しれないのに、奥さんが邪魔している」という憶測? ふざけんじゃねぇ!
いったいどこまで、自分たちに都合のいい思考回路になっているのか。
信じられない、と思ったのです。

当時は上記の事を、どんだけ金集めに必死なんだよ?!
奥さんの婦人部がダメなら旦那の壮年部で・・とか馬鹿?などと思っていたんですが、
一年経過した今冷静に考えると、これは特別必死な(どうにかして1口でも獲得したい)
行動ではなかった、と思うようになりました。
おそらく極単純に、担当者間の引き継ぎが全く機能していない故のお尋ねだったんだと
思います。
以前も書きましたが、私の地域で2012年末の選挙の際、しらゆり長が突然非活になりました。
地区婦はそれ以前から諸事情で現場から離れており、例の福運貯金支部婦が中心で動いていました。
2013年に入り支部婦も交代。しらゆり長と地区婦も古い人が再任になったり新任になったりと、
ゴタゴタ続きだったのです。
役職者が活動家のまま綺麗に次代へ引き渡すのであれば、申し送りなどもきちんと出来、
たとえ新任者でもおおかたの部員の状況把握が出来るかと思いますが、突然ドロップアウトすれば
引き継ぎなどない。
まして壮年部など、ここ数年間まったく我が家とコンタクトをとっていない。
壮年部サイドにとっての主要情報源は婦人部で、地域の担当者から「厳しい」と様子を聞いて
これまでは何も行動を起こさなかったのだと推察します。
さらに想像ですが、壮年部の体制が新しくなって、ちょっとやる気のある人に変わったのかもしれません。
故に新任者が訪問して一軒一軒確かめに行こう、という状態にこの地域もなっていたのだと
合点がいきました。

現在、どんな風に部員状況を管理しているか知りませんが、私が女子部当時は名簿に○や×を
つけていました。
女子部員だけでなく、高等部・中等部・少女部まで含んだ名簿です。
◎は活動家。○は会合に出てくる活動家予備軍。
△はやや厳しい。×は家庭訪問にいってはいけない、超厳しいお宅。
そのように評価をし具体的内容(親未入会、厳しい等々)は口頭で伝えていました。
普段の家庭訪問に×宅へ行くことはまずなかったですが、選挙となると「婦女一体」で家庭訪問へ出かけ
投票をお願いしていた事をいま思い出しました・・。
あの名簿は、信心活動のためと言うよりは、選挙ツールだったんだって事を実感します。
余談ですが、地元の×宅には猛犬を飼っている(いた)お宅があり、門扉の中にいる巨大な犬に
大げさに吠えられ、犬が苦手な私は家庭訪問がものすごく憂鬱だった事を思い出しましたw
普段は行かないのに、選挙時期だけは別。猛犬に吠えられようが・家の人に「何しに来たんだ!」と
怒鳴られようが、会いに行く。 
これを「信心だ」「法戦だ」「正義の闘いだ」と、信仰行為として全国の会員に定着させた池田創価の
中央権力・政治力への執着は、そらおそろしいモノがあります。

やっぱり、選挙支援を信心の一つ・信仰の一環として会員が行うことについてはぜひ考えなおして
もらいたい。
ひとりひとりが「選挙とは何か」を自分の頭でいまいちどよく考え、臨んでもらいたいと強く願います。

話が脱線しましたのでもとに戻します。
2013年の財務についてのお尋ねは婦人部からのメールと、壮年部の家庭訪問のみ。
両方とも断った形で、実家に連絡されるのでは?と身構えていましたが、それもありませんでした。
この年の2月、新任支部婦に強く念を押した甲斐があったと言えるかと思います。
そして2014年は壮婦ともに何の音沙汰もなく、大変静かなものです。
私の経験上ですが、支部以上の幹部に釘をさしておくのが効果的なのかもしれません。
地区婦、しらゆり長ではいつドロップアウトするかわかりませんし、上記した通り引き継ぎがなければ
いちから説明のやりなおしになってしまいます。 
覚醒してしまったあと、創価脳な幹部と話をするのは煩わしい事ではありますが、支部婦クラスに
「対面で」正面切って非活宣言をすれば、よほどのことでもない限りは静かになると思います。
感情的にならずあくまでも事務的になさることが肝要です。 どなたかの参考になればと思います。

2013年10月。次子の入園テストがありました。
長子も通った園であり、次子もプレに通わせていた為、有利ではありました。
が、出願倍率が長子の時より上がっていたのでどうなることかと緊張と不安で臨んだテスト。
長子の時とはテスト内容や面接の設問も大きく変わっており、戸惑ったものの
無事に合格を頂き安堵したのです。

長子の入園テスト(2009年)の際、私は組織にうっすらと疑問を感じてはいても未だ覚醒しておらず、
日蓮仏法への絶対信を寄せていました。
そのため、テスト前日~合否発表の日まで出来る時だけ1~2時間のお題目をあげました。
合格した時は「御本尊様のおかげだ!」と思っていましたし、感謝もしていました。
その数週間後、体調が絶不調となった時は(幼稚園は創価とは異なる宗教系なので)
「邪宗の幼稚園なんかに入れたから、御本尊様がお怒りになったのか・・」と凹みました。
覚醒して2年が経過した今、2009年当時を思い出すと、どんだけ矛盾してたの?!と
自分に対し、呆れます。
御本尊様に「邪宗の幼稚園に入らせて下さい」と祈念して合格をもらったくせに、
御本尊様が「邪宗の幼稚園に入園することで罰を下して体調が悪くなった」と考えていたわけですから。
都合よく振り回されていた事(自らぶれまくっていたこと)に全く気付かなかったし、
当時の私はこのふたつの自分の発想を「おかしい、矛盾している」とは全く考えませんでした。
体調不良は妊娠によるつわりだったと直後に解るのですが、そのときお腹にいた次子の
入園テストのさい(2013年)私はすっかり覚醒して、御本尊様は巻いてしまって、テスト前日~発表まで
特に祈念することもなく過ごしていたのです。
不安はあったけれど、「なるようにしかならない」と思っていたし、万が一不合格だった場合に
どう次の手を打つか考え、出来る限りの準備もしておきました。
そうすることで自分を安心させ、子供にプレッシャーをかけたり動揺を与えないよう、ドンと構えて
余裕を見せるように心がけていました。
これが「一般社会人の物事に臨む感覚」 なのだと思う次第です。

もし私が創価脳のままだったら、幼稚園受験なんて考えなかったと思います・・が、そのような機会が
仮にあったとしたら、自分が毎日何時間も仏壇の前に座って唱題するのはもちろんの事、
年端の行かない子供に対して「御本尊様に受かりますようにってお祈りなさい」と
仏壇の前に行かせて唱題を強要したかもしれませんw
また、活動家だったなら”子供の合格を賭けて闘う”などと、具体的に新聞推進○部や本流や
対話数を掲げ、必死にあさっての方向で行動していたと思います。 
それらの行動とひきかえに合格が勝ち取れる訳が無いことは、今はよく解っています。
しかし創価脳のままならば一生このことを理解することは出来なかったと思います。
そうして闘っても結果が「不合格」だったときは「不合格だった事には意味がある。別の幼稚園へ行く
使命があったんだ」と思いこもうとしたでしょうし・
「合格」だったときは「やっぱりこの信心はすごい。私はまたひとつ確信を得る事が出来た」と、
選民思想をますますゆるぎないものにしていったと想像できます。

特定信仰に司られた生き方は、自己実現の可能性を低くする面もあるのではないかと感じます。
自分の望む結果が得られなかった時、
「御本尊様に祈り切ってだした結果だから」と都合よく受け入れる事と、「妥協」はニアリーイコールと
いえるのではないか。 少なくとも、私の幼少期~青年部時代はそうでした。
「祈り切って出した結果」
この言葉を免罪符のように使って、敗因を突き詰めて考えようとはしませんでした。
結果だけを受け止めて、中身については蓋をする。これは全く思考停止と同じでした。
あくまで私の場合の話であり、全ての学会員が同じだとは言いません。ただ、このような考え方をもつ
創価脳は大量に存在していると、ネット周辺を見ていても思うわけです。

以前書いた、2004年の1000万票獲得を目指した選挙戦の際にも、敗因の追及は行われず
さっさと次の活動方針を流して「なかったこと」にしてしまった件に触れました。
徹底追及しない・突き詰めて考えさせない。これもマインドコントロール手法に他ならないのです。
もしそこで、「なんでダメだったか?」などと各地末端組織で総括をやりだせば、最終的に
「願いとして叶わざるなし」が完全崩壊します。
だから深くつきつめて考えさせない。なかったことにするのです。
私はこのペテン的思考習慣を子供時代から親に刷り込まれた事について、大変怨んでいます。
なにも思考停止は、創価内部のできごとだけではない。
自分の人生の諸問題に対しても、なにかにつけ活動・信仰態度を絡め、天秤にかけるというバカげた事を
させられ続けてきたのです。 
そしてダメだったときは「お題目が足りなかった」「この結果にも意味がある」「他に使命の場所がある」
などと都合のいい理由をつける。 
こうすることで絶対に「学会活動の効用」「信仰の効用」について疑わせない。
うまくいったときは「御本尊様のおかげ」「学会活動で福運つく」・・今書いていても、しらけた気分になります。
覚醒してしまって、組織から完全に離れたところで暮らしている状況ありきだから↑こう言えますが、
組織の中にいて少し「おかしい」と思いながらも、仏罰に怯えながら過ごしていたならこんな考えには
至れないと思います。
ループになりますが、思考停止習慣が身についた人たちの集合体=地域組織が「限界コミュニティ」な訳です。
同じ思考停止習慣をもつ者同士で、物事に対しての評価をしあうのが座談会や幹部指導会でしょう。
また会合を離れたところであっても、学会員同志での会話も同じ事が言えると思います。
組織内では「激励」という言葉がよく使われていますが、励ましのようでその実態は「引きとめ」です。
組織から離れるな、先生から離れるな、離れて幸せはない。
おまじないに時間をかける事を推奨するようなコミュニティに属している人と・そのような事柄に囚われずに
自分の時間を自己実現のために使える人と、差が歴然なのは至極あたりまえです。
けれど限界コミュニティにどっぷりハマりこんでしまうとそんな簡単なことにすら気付けない。
どんなに活動を頑張ろうとも自己実現できないのは「宿命転換できていないから」「祈りがたりないから」
「この試練は、御本尊様が自分にお題目をあげさせてくださっているんだ、ありがたい」
バリ活のこんな言葉も、その人の自由なので私がなにか言える立場ではありませんが、自己の可能性を
逆に狭めることになっているのに気付けないのは、愚というより他ない・・と思う次第です。

ただ、どんなに思考停止習慣を怨んだところでもう今更私の過去・時間は巻き戻せません。
だから絶対に、私の子供達に同じ轍は踏ませないと誓っています。
子供達を不幸にしたくない、説明のつかない生き辛さを感じさせたくありません。

時系列で書いているため、今回はまるまる私自身の回顧録になってしまいました。
次回は母のエピソードです。

(続きます)
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