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ネガキャン(2)

創価の幼稚な宗門ネガティブキャンペーンに私がつきあえなかった理由は大きく2つあります。

ひとつめは「大聖人の教えに反している」と感じたからです。
大聖人の精神と言えば「大慈悲」で、折伏行も慈悲の行動です。
それは創価の教学で教わったことです。
創価では日顕氏が「反逆者」という扱いで、私も当時はソースが創価発行物・幹部から聞く話しかなかった為、
この情報を真に受けていました。
反逆者だからといって、徹底攻撃していくことが・会った事も話した事もない相手を恨み、撲滅を祈念して
いくことが、本当に正しい仏法者の姿だろうか?
百歩譲って、自分が直接の被害をこうむったというのならわかりますが、
だとしても「撲滅」という、存在を無にしてしまえという発想ではなく相手の「改心」を願う事が
仏法者のふるまいとしてふさわしいのじゃないかと考えたのです。
こう書くと、「宗門が破門したせいで寺や御山に行けなくなったから学会員は被害者だ」と言う人もいるかも
しれないけど、それなら創価を脱会して宗門に行けば済む簡単な話なのです。
とにかく「昨日の友は今日の敵」とばかりに、てのひら返して総攻撃の狂乱は、慈悲とは真逆の姿勢と私には
思えました。

ふたつめは「着地点(おとしどころ)がわからない」と思った事。
喧嘩をするにしても、着地点がないとエンドレスです。相手にどうしてもらいたいのか?
怒りをぶつけるだけぶつけたらすっきりするのか・謝罪が欲しいのか・謝罪じゃ足りないから目の前から
居なくなってもらいたいのか。
組織のネガキャンはそこが見えないと思っていました。
これについては母や伯母に当時聞いたのですが、二人は「日顕氏に出て行ってもらい、御山を返してもらう」
と答えました。あくまでも組織側の答えでは無く、個人の見解です。
10年ほど前に、圏幹部をしている女子部の友人にも同じ質問をしてみたところ、彼女もしばらく考えた後
「猛省を促す。謝罪してもらう」という個人的な答えで、組織から着地点を聞いた事はそういえば無いと
言っていました。
話し合いは決裂しており、組織は20年間ずーっと宗門の悪をあげつらい、戒壇の大御本尊様まで否定しました。
こうなってくるとほんと、着地点なんてないのですね。
おそらく現在、組織側のほうがネガキャンに辟易している気がします。でも、会員の手前やめられない。
会員の中には未だに「御山を返してもらう」をご祈念に入れている人がいます。
その数は少なくないでしょう。
いくら創価が「謗法の山」とか、桜の木を日顕氏がぜんぶ切ってしまって、荒れ果てた枯れ山になっただとか、
(これも若干嘘があり、桜の木は存在していて地元で有名な「桜名所」になっていると、覚醒後に
 ネットの情報で知りました。近年撮影の、富士山をバックにした桜景色の非常に綺麗な写真も上がっていて
 組織の嘘は罪深いなと思いました)
戒壇の大御本尊様が偽作らしいとかアナウンスしても、会員の御山を求める心はまだ消えておらず
諦めていないのです。
若い人は知りませんが、正本堂建立にあたって特別財務をした年代の人達の執着心は強固だと思います。
私の母、伯母がまさにその年代です。
友人のお父さんは、学会本部に「いったい何をしているんだ、早く御山を買い戻せ」と電話したというほどでw
(「御山を返せ・買い戻せ」については発想が根本から間違っています。私もそのことは解っていますが
 あえてここでは会員の言葉通り記載します。別の機会にこの件についても書くつもりです)
この層は団塊世代ちょい上で、まだまだ元気で現役活動家も多く、法戦においても大切な実動部隊。
そんな層のニーズを全く無視するわけにもいかず、いい加減終わりにしたいけど、ダラダラと続けているように
私には見えます。

組織はいつも「対話で解決」っていうのに、交渉決裂(?)したからと、態度豹変し敵にまわす事も
私には納得のいかない事でした。
どんな人間にも仏性があるというのなら、日顕氏にだって・その他学会の敵となってる人物(山崎氏や
乙骨氏矢野氏などなど)にだって、あるはず。
その仏性をないものとした理由は、ただ「池田老人の敵」だったからでしょう。
組織では「大聖人の精神に反する(のは宗門のほう)」との主張を展開していたけれど、無理があります。
御書を「一部分だけ」ひっぱってきて、日顕宗撲滅は「宗祖のご遺命」と主張し
会員を煽っていた。
(ちなみに一部分だけひっぱってきて都合よく使っていることに気付いたのは、覚醒後です)
日顕宗撲滅は、現場が勝手にやっていたことではなく、大本営(学会本部)の運営方針に従ったまで。
当時はまだまだお元気でしたから、これは池田老人の肝入りネガキャンだったと
いってもいいと思います。
当時そんなことをやらなきゃいけなかった最大の理由は、(仮想)敵がいるほうが組織内部に疑惑の目や
不満の矛先が向けられなくて済むからだったんじゃないかと、私は思います。
会員に絶対知られてはならない「不実」を目立たせないためにも、必要以上に派手に敵を攻撃しなきゃ
ならなかったんでしょう。
この不実に関しては、覚醒後に矢野氏の著書を読んで深く納得しました。
組織における宗門ネガキャンは、いまの中国政府とやりかたがまるで同じです。

長々と書きましたが、私がネガキャンにつきあわなくても組織に居られた理由は、
組織の活動は多岐にわたっていて、こればっかりやってたわけじゃなかったからです。
それこそ「今後は撲滅運動しかやりません」と方針決めされたら、私はその時点で脱会したと思います。
伯母からは時折「わがままな信心」と窘められたことありましたが、私は活動をランク付けして
好きな事は積極的にやるけど、嫌な事はなるべくやらない方向で居ました。
具体的に言えば、仏法対話や折伏・後輩の育成や未活女子部の掘り起こし・御書学習・唱題は好きでした。
新聞啓蒙と選挙と財務は感心できなかったのでほどほどにしかしませんでした。
ネガキャンも池田老人賛美も、内心馬鹿だなとかくだらないと思っても、そのことを口に出さず大人しくしていれば
誰からもお咎めありません。 一緒になってやらなくても何も言われないのです。
けど口に出してしまったらさいご指導の嵐で、完全に危険人物としてマークされたでしょう。
女子部はモラトリアム集団なので、こんなわがまま信心(活動)でも通ったのです。
自分の好きな事しか頑張らないこのスタイルが逆に仇になって
いつもいいところに気が付いていたのに、覚醒するのに時間がかかってしまったのは、そのせいです。

最後にことわっておきますが、私は宗門びいきではなく、お寺さんに戻る気もないです。
宗門をかばっているような表現になってるところもありますが、そういうわけではなく
あくまでも創価の活動現場に居た当時、見聞きした事実・異常性を書いただけですのであしからず。
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