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2015年 御挨拶

遅れ馳せながら、2015年も宜しくお願いいたします。

年末にいただいたコメントのお返事が出来ていない体たらく、申し訳ありません。
(今週末に書かせていただきます)

今年のお正月も、帰省ついでに主人の氏神様へ初詣に行ってきました。
私が義実家の初詣に参加するようになって、三度目です。
子供達もしっかりとお作法を覚え一人で出来るようになり、健康面や習い事の上達をお祈りしたと
それぞれ話してくれました。

そして居住地に戻って、私一人で地域の神社に初詣。
以前記事にも書きました、2013年夏に御祈祷(お祓い)を受けた神社です。
その際に頂いたお札を返していない事が気になっており、出向きました。
お返しし、新たに御祈祷を頂こうと社務所の方に尋ねたのですが
(社務所の方が、前回が災厄祓いの御祈祷だったことをふまえて)
「今日されてもいいですが、2月に節分行事(大祭)がありますよ」とご紹介頂きました。
無知でお恥ずかしい限りですが、節分とは年の災厄をはらうというまつりごとなんですね。
有名神社で豆まきをおこなう芸能人の映像をワイドショーで見る機会はありましたが、
なぜ・どういった目的でそれが神社で行われているのか考えた事もありませんでした。

決して押しつけがましさはなく、こちらのニーズ(?)に沿った案内をして下さった、
この社務所の方とのやりとりにおいて私は感心したのです。
なんというかとても「心」の通ったやりとり、私にはそう感じられました。
神社で行われる節分行事とは一体どんなものなのか、参加してみたいという興味もあり
新たな御祈祷は2月3日にお願いする事にしました。

創価脳だった頃、こういった神社・寺院の厄除け行事的なものを「邪宗の金儲け」なんて口汚く
罵っていました。
つくづくも、馬鹿で無知だった、創価活動家時代の自分。
ひとつひとつの行事を誠実に・粛々・連綿と、長きにわたって続けて来られている神社・寺院。
ただ人々の咎をはらうため、心の平穏・人々の平和を願い行われている。
参加は誰でも自由。真に開かれた宗教とは、こうあるべきでしょう。

私が2月に参加するつもりの大祭、祈祷料は「一口千円」
祈祷料はその人の思いなので、何口でも構わないとのこと。
けっして一口一万円からなんて法外なことは言わないのです。
金額で人生が変わる、3桁に挑戦!なんて下品なことも仰らない。
そして、こういった神事は「選挙があるから」なんて理由で延期・中止になったりしませんw
やっぱり創価は宗教では無かったんだなぁ・・と、しみじみ思うのです。
「こじらせ系自己啓発セミナー(ボッタクリ)」とでも呼べば恰好がつくでしょうかw

さて、正月は実家にも帰省。
多くのブロガーさんが話題にされていました、箱根駅伝。
復路の中継を実家で母と一緒に見ました。
こういった場面でも、脳内花畑パワーは全開なんだなぁ・・と、ある意味感心してしまったのですが
私の母は、刻々と過ぎて行くレースの中間報告のたび「創大はO位に上がってるでしょ?」
と、順位がヒトケタ台に上がっている事を期待していたのです。
結果は皆さんご存じのとおりで、序盤から終盤まで、最下位を這う展開。
やっとの思いで初の出場権を掴んだルーキー校。
はじめの第一歩・記念出場といっても過言でない。
はなから最下位に沈んでいたとしたって「出場できたことがラッキー、足がかり」くらいに捉えるのが
妥当ではないか。
これは特段創大に限らず、どこの大学であっても、同じ事だと思うのです。
私は何度も「順位上がってるでしょ?」と確認する母のことが、滑稽でならずw
思わず聞いたのです「なんで(順位が上がっていると)そう思うの?」と。
すると母は自信満々に
「だって創大なのよ。日本全国の同志が祈りを送ってんのよ!負けるわけがないでしょ!」と答えました。

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
(無駄に草生やしてすみません)

はい出ました、ミラクル発言。

やっとの思いで出場を掴んだルーキー校(実力は到底他大に及ばず)であっても
「日本全国の同志が祈りを送る」と、順位を上げて行く・走者のタイムが速くなると信じているwww

めでたすぎるよ、お母さん。
いくらなんでも、そんなことはありえない。

冷静に、状況を説明してやりました。
やっとの思いで掴んだ一枠なんだ・他大と比べて(大学駅伝における)歴史もないし
スキル・ノウハウ的な蓄積もない(おそらく)。
本当に冷静に。たとえば自分の出身大(創価ではない)が箱根駅伝に初出場したとしよう。
私だったら思います「出場できただけでも万歳だよ。よくがんばったね」と。
順位結果なんて関係ない。その場所へ辿りつけただけでも凄い事だよ。
ここからちょっとずつでも上がってこ!と。
おそらく普通の人(誇大妄想や選民思想を持たない人)も、おおむね上記の感想をもつのでは
ないでしょうか。
一般常識的に考えて、最後の一枠をやっとこ掴んだ学校に過度の期待をよせるなんてしないでしょう。

けど母は違ったのです。
日本全国の学会同志がお題目を送り応援しているのだから、最下位はないだろう。
ミラクルは起こる!(なんだったら初出場・初優勝もありうる)と思っていた。
実力云々なんて関係ない。祈りの力が不可能を可能にするんだ! そう思っている風でした。

途中から皆で外出したため、生中継を最後まで見ることは出来ず。
夜半帰宅してテレビのニュース番組をはしごしながら、創価大がそれほど扱われていない事について
母は不満げでした。
「全国同志が見ているのに、もうちょっと映してくれなきゃ苦情くるわよ!」とw
まるで自分たちが世界の中心・・とまでいわずとも、決してマイノリティだとは思っていない。
世間に確実に影響を与える層なのだ、という自信確信は、先の選挙結果からきているものなのか?
駅伝のことなんて何もわからない・知らない。だのに創価だからという理由だけでミラクルが起こる!と
そこまで思いこんでしまえる、この心理状態って一体なんなのだろう・・。
統合失調症ってこんなかんじ?
などと、新年から深く考えさせられました。

もちろん学会員のすべてが母と同じ考えを持っているとは言いません。
それはさすがにないと思いますw
私の母が、ちょっと行きすぎた誇大妄想の持ち主だという事と、
その誇大妄想を際限なく膨張暴走させてしまうのが、創価のトンデモ教義なのだと認識しています。

時系列で書いている記事は、2013年11月頃まで今来ています。
そこからもう一年あまりが経過し現在、上記のとおり母は創価脳のままですorz
記事にしていない14ヶ月ほどの間、母と様々話をしてきました。
その過程で、一撃を与えられたかに思えたやりとりもありました。
が、上記のとおり、母は覚醒とは程遠い状態に有り、いまだ創価というフィールドに居続け
そこから出ようとも・動こうともしていません。

これはもう、結論に近いことかもしれませんが、私は母の精神疾患を疑っています。
覚醒させる云々の問題以前に、「病」なのだとすれば、別のアプローチが必要なのではないか。
そう考えるに至った、2015年1月現在です。

早く記事が現在に追いつくように、更新頻度をあげる・・今年の目標にしますw

2015年、健やかな善き一年としていきましょう。

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