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勝手な妄想

2014年2月。
入園準備や学校行事、もろもろで慌ただしくしていた頃、母から電話がありました。
「最近どうしてるの?」
母からこんな連絡が来る事は、実は大変珍しいのです。
いつも活動優先の母が、こちらの近況を気にかけるなんて殆どありません。
正月帰省のあと、一度メールのやり取りがあっただけで約一ヶ月ぶりでしたが
「ちょっとバタバタしていて、こっちから連絡できなくてごめんね」
と私が詫びると、母は「そうだったの」と言いましたが、何かこちらの様子を伺っているような・
勘ぐっているような雰囲気。
「そっちに何か変わった事あったの?」と私が尋ねると
「いや何もないわよ。それよりも、大丈夫なの?」と母から逆質問が。
何が言いたいのだろう?と思いながら「別に大丈夫だけど、何か心配事でもあった?」と返し。
母はいやいや・・と言いながら、何かを言いだしたいけれど躊躇している風で。

もしかして、オレオレ詐欺的な被害に母があったのではないか?!
私の名前をかたった悪人からお金を巻き上げられるような、そんな犯罪にあったのではないか?
(だいたい息子あてが多いですが、新手の詐欺で娘バージョンか?と勘繰りました)
私はそう直感し「詐欺の電話とかあったの?」と尋ねました。
母は「そんなの無いわよ。そういう事じゃないのよ。あなた自身が大丈夫なのか聞いてるの!」と。
一体、私のなにの心配をしているのだろうか。
まさか今更、婦人部の活動についてるの?とか聞きたいわけじゃないだろうに・・と思いながら、
「具体的に何?」と尋ねました。
するとタイミングよく(?)、電話口のむこうで母の携帯が鳴り響いているのが聞こえ。
「また電話するから」と、一方的に電話は切れました。
私の頭の中は??? だらけでしたが、よからぬ空気は感じました。

コールバックはなく、数日経過。突然、母から現金書留が届きました。
ああ、これは次子の入園祝いに違いない。私は勝手にそう思い、開封したところ
裸のままで現金10万円が出てきました。
これまで、実家からの出産祝や入園・入学祝はいつも熨斗袋で貰っていました。
なのにどうして今回は裸現金なのか。 ただごとではないと、母に電話。
「あれって入園祝いよね?」と私が尋ねると、母は否定。
じゃあ何?と聞いたところ「あなたのためにお金を送った」と言うのです。
私は結婚後、一度も実家に援助をお願いするような事態に陥ったことはありません。
やっぱりオレオレ詐欺的な電話でも、実家にかかっていたんじゃないのか?!と、私は母を
問いただしましたが、
「そうじゃないわよ。あなた、旦那さんにお小遣いをもらってないんでしょ?
 だから財務ができなかったのよね。新聞を止めたのだって、そうなんでしょ?
 送ったお金は新聞代として用立てて欲しい。
 なんとしてでも、新聞だけはとり続けて頂戴。あなたの為、あなたの家庭のために言ってるの」と。
ガーン・・。
私は驚愕を通り越して、凹んでいました。まったくの想定外です。
なんと、創価への布施を辞めた理由について、そんな風に思われていたのか・・と。
私の主張は、なにひとつ母に届いていなかった。
母は「家計の中で自由になるお金が無いから、財務や新聞を止めたのだ」と勝手な妄想で
決めつけたかったようなのです。

その場に座り込んでしまったほど落胆は大きく、頭痛もしてきましたが気を取り直し
「どうしてそんな妄想が浮かぶの? 私は好きにさせてもらってるよ。
 主人に対して失礼だから、そんな風にお金に困ってるとか思うのはやめてよね。
 完全なるお母さんの誤解だよ。
 新聞なんて、とらなくていいんだよ。前にも理由は言ったよね?
 財務だって、私は必要ないと思うからしなかっただけ。
 お金が無いからなんて、そんな理由なわけないじゃん!」
話しているうちにだんだん怒りがこみあげてき、最後の1行はキレ気味にまくしたてました。

母は、私がお金に困っていると思った理由のひとつに子供の教育費が掛かっている事を挙げ、
周囲のママ友に流され出費がかさみ、御供養(w)がおろそかになっているのではないか・・と
思ったと言いました。
また、偶々なのですが帰省の直前に車に修理個所を作ってしまいました。
年末でディーラーからも年明け対応と言われ、代車は出来るとのことでしたが、慣れない車種での
長距離運転は気が進まず・さほど大きなダメージでもないしとそのままで帰省。
母はそれを見て「車の修理も後回しにするほど、経済的に困っている」と思ったのだと。
どこまでも勝手で・失礼な思い込みで暴走してしまうんだなぁ・・と、呆れ。
正月帰省中、そのような感情をもっていることをおくびにも出さなかった母。
なんで今頃なの?帰省中にいくらでも話す時間あったでしょ?と、疑問に思ったので聞きました。
母曰く「だんなさんも同伴しているのに、そんなこと切りだせない。
あんたの事だから、頭にきたらすぐ荷物をまとめて帰るとも言いだしかねないでしょ」と、
主人や子供の手前、気を使っていたと言いました。

教育費はまにあってます・車の傷はただの偶然です。と母の疑惑を全否定。
「だいたいお金に困ってたら、高速&燃料費もかかるのに帰省なんてしないでしょ?
 それに子供達や私たちを見ていれば解るじゃない?ちゃんとしてたと思うけど?
 あなたにそんな風に思われるの、まったくの心外だわ」と反論。
しかし母は
「新聞を取らなくなったら、家庭経済がたちゆかなくなるのよ。
 何回もそれは口をすっぱくして言ったよね?
 現証がでてるのに気付いてないんでしょう。財務を出来なくなったのだって、新聞をやめたからよ。
 とにかくそのお金で、新聞とりなさい」と、言うのです。
あくまでも、自説(ほぼ妄想)をゴリ押し。こっちの話なんて、聞いちゃいません。

イライラした私は遂に言いました
「そういうのオカルトっていうんだよ。なんで新聞とらなかったら経済まわらなくなるのよw
 んな訳ないじゃん。ただの迷信だよ。
 組織ではどーしても新聞とらせなきゃいけないから、言ってるだけじゃん!
 たとえばこうだよ。”赤●(某党機関紙)とらなかったらお金に困るようになるよ!”
 こう聞いたら、あなたどう思うの?」
因みに、私が母に向かって「創価が推奨している活動にまつわる”功徳”はオカルトだ」との
旨をはっきり言ったのは、このときが初めてです。

母は「あんたがそこまで堕落しきってるとは思わなかった」と涙声になり
「●旗とは全然ちがうじゃないの。新聞は、大聖人様からのお手紙なのよ。
 それを一緒にするなんて世も末だね」と言いだし。
聖教が池田老人からの手紙、という表現は創価まわりで常套句ですが、いつから大聖人の手紙に?!
信者様(=母)とは、なんとありがたい存在か。
組織が言ってない事まで勝手に作りだして、崇め、お金をつぎ込むのだから。
宗教団体は濡れ手に粟の商売、どんなに教義の矛盾があろうが・一般世間その他の
バッシングがあろうが、やめられないのも、わからなくありません・・。

そして母曰く、10万円という金額には根拠(?)があって
新聞購読2-3年分にあたり、まじめにその期間信仰に励めば、必ずや家庭経済は好転すると・
財務が出来る経済状況にまで回復するという自説をぶち上げました(呆)。
(注:上記はあくまでも母の説であり、組織が言っている訳ではありません)
「んな馬鹿な・・」と答えましたし、母が勝手に主人が仕事でリストラに遇ったんではないか?とか、
給与が下がったんじゃないか、ボーナスが出なかったんじゃないか、と悪い憶測ばかりしていた事にも
どうしたらそんな妄想が浮かぶのだろう?と、不思議でなりませんでした。
現実そのようなことは一切ありません。
この時はまだ母に言いませんでしたが、新居の購入契約も整い仕様装備品の検討に入った頃であり、
母の憶測とはかけ離れた状況が我が家にありました。
随分と、主人を馬鹿にしてくれたものだな・・と思い腹立たしく。
ふと思い出しましたが、私が婦人部になりたての頃ワークだったことで
「早くお仕事、やめられるようになるといいわね!」と、まるで主人の稼ぎが少なく・専業主婦に
なれないのね・・と上から目線で婦人幹部に言われたことがありましたが、
がちがち創価脳の婦人部と言うものは、他人の懐事情を随分低く見積もるのがお好きなようです・・。
それすらも創価脳の至極勝手な「妄想」じゃんと、呆れてしまいます。
そうでもしないと、信仰だけに専心し励む自分たちの優位性が示せない為
「言ったもの勝ち」なのでしょうが。

「新聞をとる気はないから、このお金は送り返します」と伝えました。
すると母は怒りだし
「こんなに親が子を思って言っている事をふみにじって、御本尊を裏切って学会を馬鹿にして、
 ただで済むと思ったら大間違いよ!
 あんたは忘れたの?ずっとこれまでの人生、御本尊様に助けられ、護られてきたんじゃないの。
 それがちょっと安定してきたからって、 辛く苦しい時に組織に助けてもらった恩を忘れて、
 また泣くことになっていいの?
 私には、あんたが泣いてる未来の姿がもう見えてるよ」と言うのです。

これは一体、どうしたものか。
困惑という言葉がぴったりあてはまる状況です。

このときの私に、かけらでも御本尊に対する依存心や畏怖の念、仏罰をおそれる感覚が
残っておれば、母の言葉に対し若干なびいたかもしれません。
しかし既にそのような心理状態から脱していた為、母の言葉は異星人からの伝言並に
不可解なものとしか受け取れなくなっており。
対話うんぬん以前の問題で、こうなるともう言語が通じない感じ。

母の言う、辛く苦しい時期組織に助けてもらった恩云々は、私の独身時代のリストラ~転職や
ちょっとした事件に巻き込まれたこと等です。
当時私もガチガチの創価脳でしたし選民でしたから、それらを乗り越え・軽い被害で済んだ事は
御本尊様のお陰だと信じて疑いませんでした。
また、学会活動に励んだお陰で転重軽受できたんだと思っていました。
母は間近でそれらを見ており、我が子の経験を通じ「この信心は間違いない」と確信を深めた、
創価でいういわゆる「体験」としている思われます。
選民思想の共通認識がある間は、私も母と同じ評価を持っていられました。
が、共通認識からはずれてしまった身からすれば、そのような数々の「功徳体験」も
リストラは当然の結果で、転職は自分の実力(相応のところにしか入れなかったという意味で)
事件に関しても、ただ運が良かったという評価です。
これが「信心していなかったらどうなったか・・」なんて実は誰にもわからない。
信心していなかったら<もっと悪い事態になっていた>と、創価脳はよく言います。
でも、それは単なる妄想では無いでしょうか?
もっと良くなっていた可能性だって、ゼロでは無いし、予想外の展開もあり得る。
誰しも断定で言い切れない事だと、今は思います。

ずるずるだらだら、長期にわたって書いているため、意外に思われそうですが
私が母に向かってハッキリと「創価信仰・活動による功徳なんてない実は無い。インチキだ」
といった趣旨を話したことは、この2014年2月まで一回もありません。
これよりちょうど一年前に、母に向かって非活宣言をしました。
その際「創価の活動は、日蓮の御書に書いていない事ばかりだからやらなくてもいい」と言い、
だから私はやらないよ、というスタンスのみで押し通してきました。

信仰功徳を全否定するということは、イコール日蓮仏法をも否定する事に繋がる・・と思い
母にそれをいうのはあまりにも「酷」だ、との判断から、その本丸には敢えて触れずに
この日まできたのです。

けどこの時、限界が来たように思いました。
私と母の共通認識であり、幼子時代から親子の絆として存在していた「選民思想」。
もうとっくに、私がそれから醒めてしまった事を伝えたほうがいいんじゃないか。
それは親子の断絶に繋がるかもしれず、私はそれを恐れ敢えて母に突きつけずに来たけれど、
此処へ来て(やっと)、私は本当の事を言うべきだ。
それを言って壊れるような親子関係であれば、最初から「親子関係」などなかったものと
諦めるより他ないと、私は腹を括ったのです。

(続きます)
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