スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

欺瞞作戦

2014年2月。
母との通話後、私は姉に連絡を入れました。
「財産を残さない(可能性がある)」と言われた事に対し、まさかそんなはずはないだろう・・と
思いながらも、不安で早めに耳に入れておこうと思ったのです。

父が逝去するまで、実家にどんな資産があるかなど私は殆ど知りませんでした。
父の死後、相続の時に初めて解ったようなもので。
また、そういった資産を母が「盾」にとって、信仰継承を迫るといった事は想定外でもありました。

経緯を話すと姉が激怒しました。
2012年の暮れ、姉に覚醒した・いずれ脱会するつもりだ、と宣言した際、
「お母さんにはその事は言わない方がいいよ」とアドバイスがありました。
それ以降に姉と話した際、母に新聞部数を減らすように話し成功・自分は創価の活動は
やらないと宣言した・・と伝えました。
このときも「なるべく母を刺激しない方がいいんじゃないか」とやんわり釘を刺されていました。

姉は「私たち(=兄含む)の懸念はそこだった」と話し。
つまり、姉も兄も母が信仰継承がない子らには財産分与しない・寄付すると言いだすのでは
ないか?と薄々予期していたというのです。
たとえ私一人に残すということであっても(自分たちに分与なくとも)寄付されるよりはマシだと
考えていた・一番最悪のパターンが子供達に残さず、一切を寄付するという事。
今回の件で本当に最悪のパターンに転ぶかもしれない、余計なことしてくれたと怒られました。
姉の発する言葉が想定外で、私は驚いて
「いつからそんな風に思ってたの?」と聞いたところ、それは父方親戚の懸念でもある、との回答。
父逝去後、相続手続きの際に親戚が姉に漏らしていたようです。
母が相続した不動産の隣接一帯、父方親戚の不動産があります。
父方親戚は誰ひとりとして売却せず維持しており、それが一族暗黙の了解でもあるらしく。
”母が勝手な事をしないよう、もし手放すような事態になったらまず自分たち(父方親族)に
声をかけて欲しい。
よそに渡るくらいなら自分たちが買う”と言われていると、初めて聞かされ改めて驚きました。

少し話がそれますが、一般の方々にとっての「創価」へのイメージはろくでも無いことだらけですが
ことお金に関しては、非常に悪いイメージを持たれていると感じます。
以前も書きましたが、父の葬儀の際、父方親族(全員一般)が香典を受付には出さずに
すべて姉に託していました。
つまり、父方親族は「香典を受付の学会員に渡したら、家族に渡らない。学会にもって行かれる」
と思っていた。
母にも私にも託さない。なぜなら創価脳だ(った)から。
信用のおける、アンチ創価の姉に渡したほうが安全だと考えたということです。
「財産を創価に寄付されるのでは・・」という不安を感じていたのも、無理のないことです。

きょうだいの中で私一人でも、活動熱心ではなくとも創価に反旗を翻さず、穏便にマツリゴトを
とり行う者がいれば財産は寄付されること無く、守られるだろう・・だから私には静かにしておいて
欲しかったんだ、と。
姉は「私はそんなこと思って無かったし、そうなったら止めるつもりだったけど」と前置きつつ、
もし私が財産の一切を相続するような遺言書を母が残したならば、兄は私を相手取り
訴訟するつもりもあるようだ、と聞かされました。 これが精神的にかなり堪えました。

私は自分が不動産を相続する事になるだろうなんて考えた事は、ただの一度も無かったのです。
単純にお墓と仏壇はアンチ創価の兄姉じゃ無理だから、私が引き継ぐんだろうな・・と
思っていましたが、不動産とそれらがひも付きになっているなんて発想がなかったですし
(単純に、財産はきょうだいで均等に3分割するものだと考えていました)
母がそれを言いだすまで、まったくあずかり知らぬ事でした。

姉の発言は、まるで私がスケープゴートだったかのように聞こえ、ショックを受けました。
それと、私がほとんど接する機会のない兄まで、そんな風に思っていたのか・・と。
兄とは父葬儀の際にかなり揉めて、怨まれているだろうな・・とは重々感じていました。
ただ、この時に初めて、そんな単純なものではない。 
それ以前の問題で私はずっと兄に良く思われてはおらず、憎らしい対象だったのだと気付き
ゾッとしたのです。
創価脳のまんまでいても怨まれただろうし・覚醒してはみたものの母に矛盾を突きつけたら
「財産残さないわよ」と脅しをかけられ、そのことでまた兄姉から余計な事しやがって!と厄介扱い。
きょうだい間における自分の立ち位置も、幼少期からの洗脳がなければ・洗脳に罹ってなければ
全然違ったものになったんだろうな・・と考えると、なんともやりきれない思いがしました。

「とにかく創価がらみでお母さんを刺激するようなことは一切慎みなさい。
穏便に物事収まるように考えて行動してくれなきゃ困るのよ。
親戚にまで心配厄介かけるようなことになったら、あんた責任がとれるの?無理でしょ?
今後はおとなしくしておいて。お母さんのことは、私に任せて」と姉は言いました。

同じ家に生まれ育ったにもかかわらず、兄姉と私はまるで他人。
覚醒後、姉に母の事で相談をもちかけたときにも絶対格差を感じましたが、この出来事でまたも
私は打ちのめされた思いでした。

そして、姉(と兄)が母に対し創価問題スルー・沈黙を貫くのは
(若い頃は喧嘩まがいなやりとりをしていましたが、父逝去後は右から左へ受け流しています)
母に対して無関心なのだ、と私は思っていました。
しかしそれは見当違いだった。
あくまでも自分たちの利益を失わないための沈黙だったんだ・・と解り、なんともいえない気持ちに
なりました。
兄姉があまりにも、クールだなぁ、と。
家族である母がカルトに毒されていても、つついたら利益を損ねる。ならばそっとしておこう。
こんなかたちの「障らぬ神に祟りなし」もあったんだな。
それが大人のやり方であることは十分理解できますが、さすが外部(感覚)の人達は違うな・・と。
きょうだいでありながらも、絶対的な差異をここへきて改めて痛感したのです。

母が常識外れのオカルトを信じていたって、決して止めたりしない。
馬鹿なことやってるんだよ?なんてわざわざ・いちいち指摘しない。
無関係の・あかの他人になら無責任に言えるのかもしれません、しかし母は利害関係にある。
利益を守るためなら余計なことは言わない。これが姉(と兄)の現実なんだな、と。

以前、姉に母が創価脳のままでいる事は家族にとって忌々しき問題ではないか?と
尋ねた事がありました。
しかし姉は、母が創価脳でいることは個人的には嫌だけど、どうにかしたいとは思ってない・
「ひとりの人として受け止める。家族だからどんなに(創価信仰のせいで)残念でも縁は切れない。
だからそこはうまくつきあっていくしかないんじゃない?」と言いました。
この記事です
このやりとりを受け、創価問題は母と私のみに横たわっているのだと私は受け止めました。
そこからは近視眼的に・これは2人だけの問題と捉え、
創価脳の非常識を改めてもらいたいと願いながら、私は自分の考えを母に突きつけてきました。
そのことが結果的に、兄姉や私も含め・一家の利益を脅かす事になろうとは・・。
私が浅はかだったのですが、まさかこんな事態になるなんてと、茫然自失でした。

それから暫くの間、私はどうすればいいのか・・と逡巡していました。
姉の忠告を守って今後一切、創価批判は言わずにやりすごすのが賢明か。
私自身のスタンスはもう母には伝わった。オカルト信仰功徳を否定している事も告白できた。
だったらそれでもういいのではないか。
私は出来れば、母にも創価という団体のおかしさを理解してもらいたいし、オカルト信仰は
止めてもらいたい。非常識な思考回路も、できれば改めてもらいたい。
日蓮仏法を信じる事まで止めて欲しいとは思っていない。信仰対象を否定はしたくない。
信教の自由が認められている国なのだし・・私が母の心の選択の自由を阻む権利なんてない。
ただ、創価という組織への帰依だけはハッキリ「おかしい」から、そこだけ解ってもらいたいのに・・。
もんもんと考える日が続きました。
それ以降多忙で実家や姉と連絡をとることもなく。
春休みを迎え、義実家のメンバーと海外旅行へ。
旅行中に母からスマホへ不在着信がありましたが、コールバックでは無くメールで
「通話料が高くなってしまうので、何か用ならメールで送ってください」と送信。
返信には、50代の母方いとこが急逝したとあり。
「春休みだから葬儀に来れるかと思い連絡したけど、海外にいるのなら無理だね。
(私の主人名義で)お香典を出しておきます」と。

50代前半のいとこは、男子部で一時期頑張っていた役職者。
彼が持っている「体験」はかなりミラクルで(というか、今思えば本人の努力と元々の能力の高さ
なのですが・・)親戚内でもヒーローでした。
仕事を省みず活動ばかりというタイプではなく、仕事も人一倍頑張っており。
壮年部になってから活動はほどほどだったようですが、毎年家族の写真入り年賀状が届き
元気そうだなと思っていました。 それが、まさかの急逝。
いとこの父親(=母の兄でバリ活でした)も60代で急逝しています。
何があったのだろう?と思いながら、帰国後すぐ母に電話。
いとこの死因が当初解らなかったそうで、事件性があるのではないかと調べられたこと・
結局は急性疾患による死因だと診断が出たのですが、一部親族から「自殺では無いか?」という
声も出ていた・・と聞かされました。
亡き伯父(いとこの父)の死もショックだったが、その息子までこんなに早く逝ってしまうなんて・・と
嘆く母は
「やっぱり一家の宿業が断ち切れていないんだねって、みんな(=母方きょうだい)で話した」
と言いだしました。
母方が改宗前、真言宗を信じていたから「男が立たない(早死にする)」という、例の因縁話です。
思わず私の中でスイッチ入りそうになる瞬間、”なーに馬鹿な事言ってんだよ!また始まったか”
と言いたいところを、ぐっと抑え。
矛先を変えるべく「奥さんも大変だけど、おばちゃん(いとこの母)が心配だね」と言ってみました。
子を先に亡くすというのは、精神的にかなり堪えると聞きます。
主人亡きあと長男が頼りだった面もあるのではないか・・と感じ、そのように言ったのですが
母は「OOさん(いとこの母)、信心おろそかになってたみたいだよ。こんな事になってしまって
猛省してるんじゃないの・・」と、あろうことに小姑根性で批判めいたことを呟いたのです。
遺族に対して、そのようなこと(信心おろそかにしてたから云々)普通思うか?! ありえない。
さすがに私は我慢がきかず「それは関係ないでしょう?」と返しました。
母は「でも本当のことだから」と、ぼそっと言いました。
一瞬息をのんで、こんな非常識をスルーして良いものか?
これってやっぱ説教したほうがいいんじゃないのか?と、思った私でしたが
母が突然「そういえばさ、凄い事があったのよ!」と話題を変えました。
え?凄い事って?と聞き返すと母は嬉しそうに
「やっと祈りが通じてねぇ。 OO(=私の姉)がね、聖教新聞をとってくれるっていうのよ!」
と言いました。

へぇ。
ほぉ~・・そういう展開できたか。

姉の繰り出した欺瞞作戦に、私は複雑な気持ちになりました。

(続きます)


スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。