スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

偏向評価

2014年8月。
実家帰省中、2日連続で3件の訃報が入ってきました。
1件は一般人のご近所さんで、残り2件は学会同志です。
こんなに重なるなんて・・と母も私も驚いてしまいましたが、母はいそいそと支度をして
連日、お通夜や葬儀に参列。
亡くなられたお三方とも私も知っている人ではありましたが、帰省中の急な出来事で
喪服の用意もなく、参列はせず子供たちと留守番していました。

学会同志に関しては、どちらも80~90歳とご高齢。施設や病院で亡くなられました。
うちお一人は、施設入所は内密にされており、葬儀の際に公に。
認知症で凶暴性が出たそうで、家族も手をつけられず一年ほど前に入所。
友人知人はおろか、家族も思い出せない状態だったとのこと。
「聞こえが悪いから、(組織の人たちには)隠してたみたいね」と母。
故人は草創期よりの功労者で、地元組織で有名な方でした。
にもかかわらず、「聞こえが悪いから隠された」まま、施設で亡くなられるという現実。
(故人に対し、以下のように考えるのは甚だ不謹慎ではありますが、学会教学目線で鑑みるに)
おそらく自身の思いに任せない「不穏」に翻弄された、最期の一年だったのではないか?
私は母の語りを聞きながら、”どうしてそこを疑問に思わないの?”と内心首をかしげていました。
長年まじめに信心・活動に取り組んできた功労者が、家族にさじを投げられ施設で亡くなるという
現証について「おかしい」とは思わないのか?
認知症で凶暴性が出るという「不穏」は、周囲もつらいけれど本人がいちばん辛いはず。
そのような晩年を迎えたことを「何故?」と不思議には思わないのか?
そして母自身が「聞こえが悪いから隠してたみたいね」と発言しているということは、
長年信心をしてきたというのに、そのような最期であっては「聞こえが悪い」と頭で理解できている・
長年信心してきたわりに、不合理な最期であったと「認識」している、にもかかわらず
なぜそれを「おかしい」と思わないのか??
そんな考えが巡りましたが、あえてこの時点で突きつける事はせず、耳を傾けるだけに留め。

一般人のご近所さんは、私と兄の同級生のお母様。癌で亡くなられました。
同級生といっても、小中学校が同じだったそれだけで、兄・私もそこのお子さんと仲良しでは
ありませんし、進学先も違うため、ほとんど接点はありません。
しかし、母親同志はそうではありませんでした。
仮に亡くなられた方をAさんとしますが、母とAさんは反目しあう仲でした。
(母からの伝え聞きなので、どこまで正確な情報なのかは判りませんが)母曰くAさんは
「うちをライバル視していた・目の敵にしていた」と。
兄と同じ私立中学を受験したものの、Aさんの息子は不合格。そこから因縁をつけられるように
なった。
出張が多く不在がちな父のことを「不倫相手がいて家に帰ってこない」と近所に吹聴され・
私が小学校時代いじめに遭っていた事を「どんくさい子だからいじめられて当然」などと
ご近所の奥様方に話していた等。
私の知らなかったエピソードがざくざくと出てきて、驚きました。
私の同級生であるAさんの娘は優秀で、高校は進学校。スポーツでも大きな大会で優勝したり
華やかなエピソードに事欠かず、近所でも鼻高々だったようです。
私がレベルの低い地元高校に進学した際、Aさんが「勝った」と発言していたそうで。
ただ、Aさんの娘は大学進学が叶いませんでした。
父親の転職に伴う経済的理由からで、某地方銀行に就職。
私は地元の冴えない大学へ進学しましたが、それはAさんにとって腹立たしかった様子。
「二流三流大学になんて無理やりやって、親の見栄だけよね。かわいそうに」などと
ご近所さんに話していたそうです。 俗に言う「負け惜しみ」でしょう。
Aさんの娘は20代半ばで職場結婚。その事も「銀行員と結婚できた。行き遅れずに済んだ」と
自慢しており。
30を過ぎても未婚の姉&私のことを「行かず後家(古い言葉ですがw)」と言っていたなどなど。
当然のごとくAさんは学会批判もしており、母が直接Aさんへ選挙の際に票を頼みに行く事は
ありませんでしたが、近隣同志がお願いに行くと、すげなく断られ、公明批判を正面切って
ぶっていたとのこと。 
Aさんのアンチ創価な姿勢についても、いけすかない感情を抱いていたようですが、
母的にはなによりも、子供を引き合いに出し比較する物言いが一番許せなかったようです。
そんな母の気持ちは、私も母親のはしくれとして数多のママさんとかかわってきている為、
重々理解できます。
わが子と他人の子を比べ第三者にああだこうだとマウンティングする事については、
非常に無粋で恥ずかしい行為であると、身近なところで人間模様を見るにつけ感じてきました。
そんな経験があるからこそ、母の気持ちはわからなくありません。

数年前にAさんの娘が、離婚して実家に戻ってきました。
そのような噂はあっという間に広まる町内です。
母はそれを聞いて「法華誹謗の罰あたりだ」と思っていた、と言いました。
Aさんのご主人は大手企業からいつの間にか転職し、以降も職を転々としていたそうで
それを世間に隠していた(しかし娘が進学しなかったことでバレた)。
口を開けば人の悪口ばかりで、周囲もだんだんとAさんを見限っていった。
ここ数年は姿を見せる事も少なくなっており、ご近所づきあいも減っていた。
きっと諸々の自信喪失から、Aさんはひきこもっていたに違いない。
「さびしい人生・晩年だよねぇ。それで最期は癌で亡くなっちゃうんだからさ・・。
やっぱりね、法華経の行者(=母のこと)を貶めたりすると、厳然と罰が下るってことよ!」と
母がもっともらしく語るのを、私は半ばあきれて聞いていました。

Aさんが人として、かなり残念だったことは認めるにしても。
同志の「聞こえの悪い最期」については、なんの評価もしないくせに、
一般人のAさんの晩年についてだけ「法華誹謗の罰」と断罪するって、どういう事よ?!
そう思った私は
「どうして”さびしい人生だよね”なんて決めつける事が出来るの?Aさんのこと、四六時中
見張ってたわけじゃないよね?
あなたの知らないところで、楽しいこともたくさんあったんじゃないのかな?
わかんないよ、他人の実生活なんて。そんな風に決めつけるのはおかしいよ」と、たしなめました。
即、母は
「四六時中みてなくたって、わかるわよ!いつ見かけても不景気な顔しちゃっててさ。
何一つおもしろくない、つまらない。そんな気持ちが全身からあふれてたよ。
それに、ご近所でAさんを”好きだ”っていう人、いい噂、聞いたことがないもの!」と
「さびしい人生」の確たる裏付けとはいえない事柄を、得意げに言い返してきました。
「いやいや・・そういうことじゃなくってさ?
誰に言わずとも趣味が充実していたのかもしれないし、なにはなくとも、家族仲が良いことで
お幸せだったかもしれないじゃない?
だいたいね、ソトヅラが悪い人って、家族の中では善人だったりするし。いい家庭築いてる事
多かったりするよ?」と、あくまでも私の経験則ですが言ってみました。
母は承服しかねる、といった感じで
「そうかもしれないけど、子育ては失敗だったんじゃない?離婚して戻ってきて云々・・」と。
再婚こそしたけど、うちの姉だって離婚歴あるじゃん!
どうしてここまで自分を棚にあげられるのか?さっぱり理解不能だ・・と思いながら
「何も結婚生活をずっと続けることだけが、幸せとは限らないよ。
”仮面夫婦”ってことだってあるんだし。あなただってそうだったじゃん?」と毒を吐いてみました。
痛いところを突かれた母は、たじろいでいましたが
”アンチ創価のAさんがさびしい晩年をおくったことは、周囲の人たちも認めるところなのだ”
という一点については譲りませんでした。
これぞ、創価脳特有の至極勝手な思い込みの強さであり、現実さえもねじ曲げてしまう
創価脳マジックと言えるのではないか・・と、感じ。
”言った者勝ち”とでもいいますか。
この手法で思い出すのは十数年前、本部幹部会で青年男子部長が声高に・
口唇の端に白い唾をためながら(・・自分で書きながら気色悪っ!)
「仏敵」との裁判勝利を叫んでいた、あのシーンですw
実際のところ、負けたり取り下げた裁判も多くあるというのに、そんな事はおくびにも出さず
「勝利!勝利!」と喧伝していた。
自分のことは棚に上げて、他者の非をあげつらう・・これは昔から組織の常套手段でした。
このメンタリティが創価の屋台骨を支えているといっても、過言ではないと思うほどです。
常に、創価の敵が幸せであったり・勝ち組であっては困る。
自分たちの「絶対正義」の、整合性がとれなくなりますから。

私はなるべく穏やかに母に言いました
「物事の見方って、人によって全然違うもんだし、本人にしかわからない事だって絶対あるよ。
コインの裏表みたいなものじゃん?
あなたは非学会員の人生について、そんな風に悪く言うけれども、
非学会員が、学会員の人生について”さびしいツマンナイ晩年だった”って、言うことだって
絶対ありうるんだから。
けど本人にしか知り得ない、幸福な時間はきっと、長い人生の中で誰にでもあると思うよ。
それは信心の有無に関係なく、存在するんだよ」と。
私はこの時、平等観を訴えたかったのです。
何か(=学会)を信じている者は優れ、特権階級のように荘厳されるけれど
それを信じない人は、その幸運にはありつけない・・
こんなおとぎ話は存在しないよ・陳腐な選民意識にとらわれず、物事の一面を見るだけではなく
もっと広角で考えようよ・・と。
しかし母は
「いや、絶対Aさんは幸福な晩年ではなかった。それは火を見るより明らかだ!」と
やっぱり、譲りませんでした。
この母の、強固な思い込みコダワリは、単純に創価脳だから・・という理由のみではないと思います。
自分に敵対してきた相手に、長年積み重なった忸怩たる感情が、そのように言わせている面も
あるのでしょう。
母は「法華経の行者」である自分は無敵なのだ・敵対してくる者は全員滅びるのだ・・という妄想を
強く持っています。 それは長年にわたる、学会指導の賜物。

では、その敵対する相手が「学会同志」だったら、同じく法華経の行者だったら、
母はここまで故人である相手を貶める評価をするのだろうか?
この当時、上記クエスチョンは頭の片隅にもありませんでしたが
(学会同志のことなら、悪く言うわけないだろう・・という思い込みが無意識にありました)
後日、「学会同志ではあるが自身の敵」である、とある人物の死の報にふれ
母の選民意識が、独善以外の何物でもないことがハッキリします。
そしてそれを突きつけたことで、母に明らかな変化がおこります(←今まさにここ)。
その話を早く書きたいのですが、なかなか更新が追いつかなくてすみません。

(続きます)
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。