2015年 感謝

今年も、拙ブログをご覧いただきありがとうございました。

更新頻度を上げるのが年頭の目標だったのですが、振り返るとさほど進んでおらず(汗)
年の瀬も押し迫り、慌ててこの記事の下に
「創価脳な親との関係」カテゴリの新記事をUPしました。

先の記事にも少し書きましたが、2015年は創価脳の母に明らかな変化がありました。
現在の母は、やんわりと非活の道を歩んでいます。自らすすんで、です。
これは昨年の暮れには考えられなかった事態で、私も大変驚きつつ、喜んでいます。
まだ、脱会への道のりには距離があるという感じですが、時間薬が効力を発揮することを
静かに見守っている。そんな現況です。
どうしてそこに至ったのか、早く書きたくて気だけは急いているのですがw
要因をひとつ書くと、「集団的自衛権」を巡る創価の対応と・熱心(?)な会員との
攻防を見聞きしたことにあります。
これは、私には物凄く意外&想定外なことでした。
その話を早く書けるように、来年の更新頻度をあげるべく・
内容を簡潔にまとめるべく(←実はここが難題で一番手間取っておりますが)頑張ります。

閑話休題
今年、私が最も感銘を受けた、大前研一さんの言葉を紹介します。

人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
もっとも無意味なのは、「決意を新たにする」ことだ。


これぞ、創価脳や仏罰恐怖症からの脱却にぴったりの方法論だと、感嘆しました。
(いや、そんなつもりで紡いだ言葉ではないとは思いますがw)

1番目の時間配分を変えるというのは、創価関連に割いている時間を
まったく別のことがらに費やすといった意味で捉えられると思います。
ごん行唱題に費やしていたその時間を、読書の時間に充てるとか・30分長く朝寝するでも
いいですしw
会合に出ず、別のことを始める。仕事でも習い事でも、ウォーキングでもなんでもいいと思う。
時間を、自分の好きに計画的に使う。これは洗脳を解いていくための第一歩です。

2番目の住む場所を変える。これは様々状況があり簡単ではないかもしれませんが、
組織から足抜けしたい時には一番最適な方法だと思います。
広義でとれば、一切活動に出なくなることも「住む場所を変える」に等しいかもしれません。
自分の生きる大事な場所は、学会世間ではなく他のフィールドにある、と捉え
ごく普通の生活を取り戻し「居場所」を変えることは、呪縛からの解放に有効です。

3番目のつきあう人を変える。
創価同志から離れ、外部と積極的につながり触れ合っていくことは、
偏狭特殊な世界観・価値観を打ち破るためにも肝要です。

そして一番刺さるフレーズが、「もっとも無意味なのは決意を新たにすること」w
創価では「決意」という言葉を好んで使います。常套句です。
あらゆる機会を使ってとにもかくにも、会員に「決意」させようとします。
それは主に会合席上であったり、幹部との語らいや指導中であったりと様々ですが、
あくまでも「創価信仰」というフィールド内においての決意であり、決意との言葉を使いながら
その実は、お飾り師匠&組織への忠誠を誓うものなのです。
それは「もっとも無意味な事」・・w その通りだ!と感心した次第です。

総じて人間、環境と生活習慣を変えないことには、変われないという事なのだと思います。

覚醒から3年経過した私の2015年は、後半に思いもよらない出来事がありました。
そのせいで、ある計画が完全に白紙となり、少なからずショックをうけました。
当初は落ち込み、どう気持ちを切り替えたらいいのかわからず、悩んでいましたが
ふとしたときに、あれ?これって角度を変えて考えれば、最終的には私の思い通りの方向へ
進んでる・・?こうなればいいのに、と願ってきた事に近付いてる!と気付いて、驚きました。
抽象的なかきかたで、なんのことだかさっぱり伝わらない文章ですみません。
創価脳のままであれば、私はこの出来事を悲観で捉えたし、それこそ「仏罰だ」と思ったかも
知れない。
その原因を信仰の中身に探ろうとしただろうし、問題解決の策として題目をあげたり・
場合によっては活動に復帰したりしたかもしれませんw 
そんなこと、ひとつも、なんの意味もなさないのに。
そういった思考習慣から完全に抜け出して、落ち着いて、多角的にものごとを見られるように
なったことが3年目の大きな収穫です。
そして、組織で言う仏罰なんて、やっぱりありません。

来年も、ブログを書き続けますので、時々のぞいていただければ幸いです。

みなさん、よいお年を迎えてください。

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