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不都合な現実

2015年2月下旬
転居を控え、不要品を処分するため買い取り業者に来てもらいました。
まともに値段をつけてくれた家具もありましたが、仏壇は引き取り不可。
母が嫁入り道具に買ってくれた、無駄に場所をとる仏壇。決して安いものではありません。
引き取れない理由は「特定宗派だから」とのことで、ショックでした。
通常、仏壇も引き取り(買い取り)は行っているが、私のは創価系(?)某仏具屋製。
(それとわかる装飾?が入っていました)ニーズが非常に少ないゆえ、引き取れないと。
これって創価系書籍が古本屋で値段がつかないのと、同じ理屈なんだろうなぁと
納得してはみましたが、「ご供養に等しい」とばかり、高い仏壇を購入することが
ある種組織ではステータスだったよな・・と思い返すと、これって霊感商法といっしょじゃん!
と、腹立たしく思え。
有難がって大枚はたいて買ったところで、資産価値ゼロ。
一般世間では二束三文のガラクタ・・という部分が、霊感商法の壺や印鑑を連想させw
後日、他社に相談したところ、仏壇を行政のごみセンターへ運んでくれるというので
(料金は別途発生)お願いすることに。
自分で壊してゴミとして出す、という選択肢は、我が家の場合はありませんでした。
台座が重すぎて、自分たちで運び出すことは難しかったのです。
母になんの相談もしなかったのは、多少罪悪感ありましたが、同じく嫁入りの際に買ってもらった
家電も、調子が悪くなっていたのでこの機に処分買い替えという流れであり。
それ(家電処分)と同じだ・・と考える事にしました。

3月に入り、さらにあわただしく過ごしていた折、姉から電話がありました。
幹部のおばが、2月から癌手術のため入院。お見舞いに行ったという内容でした。
えっ?聞いてないよ!私は驚き。
いつ頃から入院?と尋ねると、私が義父のお見舞いで帰省した時期と被っていました。
義父のお見舞いへ実家の母と一緒に行きましたし、私と子供達は実家で1泊させてもらった・・
にもかかわらず、母はおばの件は一切口にしなかったのです。
なんで・・?と不可解でしたが、姉も入院を知らされたのは2月下旬。
母はもちろん早くから知っていたが、おば自身が病気にとてもショックを受けており、
無事に手術が済むまでは、誰にも知らせないでほしいと口止めしていた・・と聞きました。
幸い転移はなかったものの、大部分を切除したため、消耗激しい様子。
「人が変わったみたいになっちゃって。お見舞いありがとうって涙ぐんでたよ」と姉談。
信じられないね・・鉄人と呼ばれていたあのおばさんがねぇ・・と、話し合い。
母のきょうだいの中でも、とりわけ健康で無事故だったおば。
倹約に努め何十年と3ケタ財務を欠かさず、池田老人わが命・学会わが命なおば。
常に強気な発言と態度で、自分が学会正義を証明してみせる!との気概に満ちていたおば。
親戚の中で一番、活動熱心なおばでも、やはり老齢期になると病気の一つも患うんだよね・・。
そりゃ道理だよね・・と、思った私。
そしてふと、義父が不整脈で緊急入院したと母に伝えた過日を思い出しました。

あのとき、私は義父が命にかかわるような状態に見舞われたことを、母に言うのを躊躇した。
その理由は「あんたが信心をおろそかにしているから(その罰)だ!」と、創価脳な思考回路で
決めつけてくるのではないか?と思ったからだった。
不測の事態・悪事災難が起これば必ず「信心が歪んでいたから・信心がたるんでいたから」
と、信仰怠慢と結び付ける・・こんなバカな話ってない。
活動家に同じことが起こったら「魔が競っている」「今こそ宿命転換の時!」ってなんじゃそりゃ?!
けれど、母は私が懸念していたような事は何も言わなかった。
その理由をじっくり考えてみたことはなかったが、母にそれを言わせないだけの「不都合な現実」
(=学会ひとすじで生きてきた幹部のおばが、癌で入院手術するという事態)が
母サイドにも、あったからだったのか・・と、合点がいったのです。
つまり、信心していようがしていまいが、病に倒れる時がある(あたりまえのことですが)。
「学会中傷誹謗したから」「信心しないから」「題目上げてないから」「活動サボってるから」
このどれにもあてはまらない、優等生ともいえるような学会員(幹部)のおばでさえ癌になる。
老い先短い状態まで、たゆまず信仰に励んだ人(おば)でも、宿業は出る。
おじに至っては(2014年末)急死している。
おじの息子(ひとりっこ)は学会活動さぼっているから「あんたが信心をおろそかにしたから!」と
創価脳の誰かが、言おうと思えばいえるかもしれないが
おばの息子に至っては、青年部から壮年部に至るまでバリ活。創価班だったし広宣部だったし。
その奥さんだって、女子部時代からバリ活で今も役職者。 
”子供が・身内が信心をおろそかにしたから、親族が病に倒れる”・・という、創価独特の理屈は、
どう考えてもオカルトな言いがかりだってこと、母も今回で理解してくれたんだろうか?!
いや、そんな物分かり良くないか・・。
あの、強固な創価脳をもつ母が、そんなに簡単に「創価仏法の万能性」に対し懐疑的になるとは
この当時はまだ、およそ考えられなかったのです。
母は創価仏法の万能性については、微塵も疑ってはいない。
おばの病についても、「冬は必ず春となる」くらいに考えているはず。
ただ、創価仏法について否定的な人に対し、今この急場に罰論を持ち出し・あてはめることが
「場違い」で「不謹慎」だという、常識的な判断ができるようになったんだな、きっと。
それは前進だし、いいことじゃん!と思うにとどまっていました。

後日母に連絡を取った際、おばの病状について尋ねました。
継続的な治療が必要で、医師は厳しい見通しを伝えてきたようだ・・との話。
「こんな時ほど、逆境に強い私達(学会員)だけど、
どうしちゃったのって思うほど、姉が気弱になってる。
あんな姉さんを見たことがないから、家族もだけれど、私も戸惑ってるのよ」と、母はたいそう
心配している様子でした。
「そりゃあ、70代後半までなにごともなく来た人だから。ショックが大きいんじゃない?
あなただって、そうだったじゃん」と、2014年夏に母が手術を受けたときのことを引き合いに出すと
母は「そんなことない。私は絶対良くなる!って、大確信だったわよ」と言い返されw
おいおい・・手術前日、生きて帰れるだろうか?不安だ、っておろおろしてたし、
オペが終わった後、涙ぐんでたじゃん!
幸い術後経過が良かった母は、まさに「のど元過ぎれば熱さ忘れる」状態。
都合の悪いことは、みーんな忘れちゃうんだな・・と呆れましたが、この時はあえて触れず。

3月下旬、新居へ引っ越しをしました。
仏壇は処分できたが、本尊とおまもり御本尊をどうするか。
脱会をここで決断しきれなかった私は、物置へ保管。
引っ越し先では絶対に神棚をまつると決めていたので、新居の中に入れることを
避けました。
前々からこの引っ越しを機に脱会したいと願ってきたのですが、母のタイミングを見て躊躇。
おじの他界に続き、おばの病。
もし今私が脱会したことがわかれば、すべての災厄の因をそこへ結び付けるのではないか?
との懸念です。
そして”娘が脱会するなんて、私(=母)の信心がどこかおかしいからだ・・”などと思い詰めた果てに、
無茶な財務や広布基金をやってみたり・せっかく1部に減らした新聞を再びばかみたいに
多部数とったり・遮二無二折伏に奔走する等「暴走」を招くのではないか・・との心配でした。
特にこの時、やや時期尚早ではないか、と考え。
私自身、すっかり地域の学会員の接触もなくなり・組織への金銭提供もなく・ほぼ非学会員な日常を
送れていました。 この記事にも書きましたが、統監の移動についても誰に伝えたらよいかわからず・
あえて伏魔殿wな学会施設に近寄ることもないだろうと、スルーしてみる事にしました。
もうすぐ1年になりますが、未だ統監は実家地域に戻っていません。
所在不明で脱会扱いにしてくれたのか・またはなんのメンテもされず放置状態なのか
定かではありませんが、現状当地で暮らす上で創価によるストレスは何一つありません。
いずれケジメはつけるつもりですが、現状はいつでもよしと思えています。
まだ、創価の人間関係が薄くともあった旧住所地に居た頃は、一日も早く脱会!と
焦っていたのですが・・私もゲンキンなものです。

このあと、一旦退院したおばが、猛烈に題目をあげ・病床から電話で地方選挙の
F取りをしている・・というメールが母から届きました。
おばの急激な浮上のきっかけは、池田老人からの「御伝言」だったそうです。
一般会員の面前に姿を見せることはなくても・機関紙に魂の抜けた人形みたいな棒立ち写真しか
載らなくても、御伝言はきちゃうんだね・・へぇ~。
師匠を求める弟子というものはなんと健気か。
師匠にお答えする!と燃えてはいるが単純に利用されているだけの、おばが不憫になりました。
けど、きっかけはどうあれ「病に負けないぞ!頑張るぞ!」という、希望を持てたのは、悪いことでは
ないと思います。
ただ、なんでそれが特定政党支援の「F取り」という行動に繋がるのかは、
もはや私にはさっぱり理解ができません。

(続きます)

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