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宿業

私が再び組織の活動に戻ったきっかけは、職場のリストラでした。
業績不振に伴い自分の所属していた部門がなくなり、他の社員は配置換え・関連会社へ出向と
次々決めて行くのですが、私だけ受け入れ先が決まらずに退職。

この職場は、活動家時代に「祈って(学会活動に)動いて勝ち取った(と思いこんでいた)」転職先でも
ありました。
そんな職場をリストラされたとあって、かなり思う所がありました。
そこへ母が追い打ちをかけます「それみたことか」と。
落ち込む娘へ親が言うような言葉じゃないと思うんですがw 本当の話です。
「学会活動をおろそかにしたから、こんな事になるんだよ?前から言ってたとおりになったでしょう」と。
私は反論できませんでした。
自分のそれまでの人生において、小さな挫折は数多くありましたが、それらと比較にならないほど
初めて味わった大きな挫折だったと思います。
既に20代後半になっていた私は、焦っていました。
周囲はどんどん結婚し、家庭を築いたり、婚約を決めた友人も何人も居ました。
仕事が順調な友達も、相応のポジションを得ている。
自分だけ何も無くなってしまったように感じられ、ひどくみじめで自信喪失しました。
こんな結果になったのは母の言った通り「活動をさぼったから、功徳が失われた、罰があたったのだ」と
私は考えました。
幼少期から刷り込まれた「功徳」というアメと「罰論」というムチは、窮地に立った時にこそ威力を発揮します。
弱みにつけ込まれているようなものですが、物の考え方の全てを「信心」を中心に教えられて育つと
解決法はこれしかなくなってしまうのです。

罰論のムチに打たれ、心を入れ変えたように毎日一万遍唱題をし、再就職先を探し面接を受ける。
母はすぐにでも組織の活動に戻るよう言いましたが、無職になって女子部の活動に戻ったなんて
プライドが許さなかったから、再就職が決まるまでは活動に出ないと決めていました。
組織では、無職のメンバーに対し風当たりがきつかった。仕事があってこそ社会人として一人前。
当時フリーターも敬遠されており、正社員しか認めないような空気がありました。
面接を受けても連敗中、かつての女子部同志が家庭訪問に来てくれました。
水の信心を続けていた彼女は圏幹部になっており、私は素直に現状を話しました。
彼女は「それみたことか」とは言わず、「絶対に大丈夫。就職勝ち取っていこう。私も祈ってるから」と
励ましてくれました。
弱っていた心に、彼女の言葉は嬉しくて、早く採用をもらえるよう頑張ろうと決意。
数週間後、好条件の会社から採用されました。(しかし入社してみると、若干ブラック企業でした)
「御本尊様はやっぱりすごい」 と、私は薄れつつあった確信を取り戻し、
これまでさぼった分の罪滅ぼしをすべく、活動を再開しました。
久しぶりに戻った現場では、日顕宗撲滅が影を潜めたかわりに「池田老人神格化」がメインテーマに
なっていました。
師弟観のない私は大いに困惑しながらも、年齢を重ねたぶん狡猾になって、ある意味「自分の幸福のためだけ」に
割り切って活動に勤しみました。 後日書きます。

覚醒後、これら自分の信心歴を振り返ってシンプルな疑問が浮かんだのですが
「どうして私だけが、信心で困難を乗り越えなければならないのか、考えなかったんだろうか?」という
事でした。
周囲の友人たちは、信心などしなくても(勿論、言わないだけで困難や悩みもあったのでしょうが)
順調に自分の人生を歩んでいっている。 信心以外の方法でも乗り切れるということでしょう。
なんで私だけ?とは考えず、すぐに”組織の活動をしていなかったから下り坂がやってきた”と思ったのか。
それは母親からの刷り込みもありますが、「三世の生命」における過去世の宿業を信じていたからでした。
何の障害も困難も無く進んで行く人は、宿業がまだ出ていないだけ(これから先に出る可能性がある)・
もしくは前世で善根を積んできた人。 私が今こんな目に遭っているのは、過去世の宿業が出たから。
私は当時この「宿業・因縁」も強く信じていました。
前世なんて(霊的能力もないですし)確かめようもないけど、どれだけ考えても答えの出ない苦悩に対して
「宿業」という名前が与えられたら、それで納得できるから楽だった(?)のかもしれません。
勿論、それを「宿業」と受け流すだけではなく現世で「転換」していけることが、日蓮大聖人の仏法・信心の
醍醐味と捉えていました。
その宿命(宿業)転換の方法として、もっとも早道と組織で教えられたのは「折伏行」で、
友人に仏法を語り入会へと導いて行く事・御本尊様を御受けしてもらうことでした。
創価ではそこに「具体的な数値目標」を求められました。四者でいつまでにO世帯というふうに。
何故に、数値目標が必要なのか。当時は深く考えませんでしたが、今はこれこそがおかしいと思います。
数合わせに必死な現場は、なんでもいいから出来ないか(折伏数をあげられないか)と
自活して家を出ている学会2・3世(自覚なし)の分所帯を行うなど、苦し紛れの策をとっていました。
私の母も、期限に拘りすぎて折伏相手を怒らせてしまう(どうしてそんなに急かすのか・大切な事だから
ゆっくり考えたいのにといわれる)事が何度もあり、そのたびに愚痴を言っていますが、馬鹿だと思います。
「池田先生のために必ず結果を出そう」と、そんな言葉もよく聞かれました。
既に友の幸福のためではなく、組織の偉い人を喜ばせるため(?)になっているんだから、本末転倒です。
そんなこともわからなくなって「先生のために」それが活動の目的になってしまっていること自体
私は恐ろしい事だと思うのです。

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