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人間が変わる方法

2015年夏前、以前書いた(この記事)出来事がありました。
さすがの母も、信頼していた人物の「本性」を知りショックを受けた&高齢独居に
急激に不安を覚えた様子でした。

ご婦人が帰らない・ここに住ませてと自宅に居座ったとき、母は初めて危険を感じたと。
連絡を受け姉夫妻が実家へ急行。家族に連絡して迎えに来てもらいましょう、とご婦人を促しても
「自分は天涯孤独だ」と涙し(演技?)、その場を動こうとせず。
根気強く身辺状況を聞きだすも、矛盾点もあり、完全に怪しいと思った姉夫妻。
別室でどうしようか?と相談している隙にご婦人自ら家を出て行き、姉夫妻は念のためにと
警察へ届けようとしましたが、母がやめてくれと懇願した為、保留。
翌日、ホームセキュリティに加入したりと母の不安を払拭すべく、姉は実にこまごまと動いてくれました。
遠方に住む私は、こうした現実的な手立てをうつには役不足ゆえ、姉夫妻が近くに住んでいて
母の力になってくれ、本当に感謝しています。

もし私が覚醒していない状態で、同じ出来事があったら・・と想像すると、恐ろしいものが
あります。
私がまだアンチじゃなかった当時、母はどんなことでも私に真っ先に連絡してくるのが常。
母自身がアンチの姉を遠ざけていた部分があった為です。
私に連絡が入ったところで、遠方住みゆえお手上げ。姉に繋ぐより他なかったと思いますし、
学会員とのトラブルともなれば・・相手の「仏性」を信じる覚醒前の・創価脳の私は、
姉にSOSを求める事を、躊躇したかもしれません。
危機を察せず、母を説得し「かわいそうだから一晩泊めてあげたら?」くらい、言ったかもしれません。
(「危機」とは・・以前の記事に書きましたが、母と1週間の湯治旅行へ出かける際に
「携帯電話を置いて来い」というようなご婦人です。その意図は最後まで解りませんでしたが、
何を企てられるかわかったものではありません。したがって、泊めるなんてやめたほうが
無難です・・) 
しかし私がアンチになり&姉が再婚して以降、母は自然と姉を頼るようになりました。
また、姉が新聞購読を開始したのも、当時非常に大きくプラス作用となっており。
これに関しては一般人の感覚をもつ姉の「しなやかさ」に、敬意を表します。
もと創価脳の私はアレルギー・反発が強いため、いまさら聖教新聞なんて御免だし、
タダでも入れてもらいたくありませんw 
ばっさりあっさり割り切るには、もう少し時間がかかりそうです。

諸々落ち着いた頃、
「いっそ、老人マンションにでも入ったほうが良かった?」と、弱気に呟いたという母。
老健はいくつかありますが、母が入るにはハードル高く(要介護度ナシ)
近隣にめぼしい物件が無く、老人マンションに入居するなら地域を遠く離れるしかありません。
母はこれまでの人間関係・つながりを大事にしたい故、実家付近に居たいと強く願っており、
知らない人ばかりの遠方へ行くのは気が進まないとのこと。
姉が福祉関係の仕事をしている友人に相談したところ、デイサービスを提案され。
独居老人の多くの方が利用しており、家族がスタッフと連携することで、双方安心を得られる・
近隣のお付き合いやセキュリティ強化も大事だが、見守りの目は、数多くあったほうが尚良い。
また、いずれ老健入所することになったとして、あらかじめ集団生活に慣れていたほうが
本人も楽ですよとのアドバイスが。
実は、前年のオペ退院時、病院のソーシャルワーカーからもデイサービス通所をすすめられて
いました。
母の病は生活習慣にも多々問題が見出された為、通所をすれば自分本位の暮らしよりは、
様々規則正しくなり・栄養も管理されていいですよと。
しかし母は「曜日や時間を限定・拘束される事がイヤだ」という理由で断りました。
その内実はといえば、学会活動の足かせになる(会合や、付随する活動に出られない)のは
困るというもの。
また、通所といえば80越えの高齢者中心だろう・自分はまだ70代後半なのだから早すぎる。
学会員は一生現役、足腰立たなくなるまでは何がなんでも現場に出なければならない!との
思いも強かった様子でした。

ただ、私がバリだった頃(20年前)を思い返すと、70代で昼夜問わず会合にガンガン
出てくる人など、いなかった記憶が・・。まして末端役職者なんて皆無でした。
しかし現状、60代70代のしらゆり長もザラにいると耳にします。
会館運営も青年部では数がいなさすぎてらちがあかず、中高年の人材グループが
請け負っている、組織の現実です。
こんな実態を「少子化」という言葉のみで片付けるのは、かなり乱暴なことであり。
本来なら、隠居でもいい年代の人たちに「無理強い」しなければ、組織が成り立たないほど
弱体化している。
時代はとっくに変わっているというのに、前時代のアナログな組織運営を継続する裏には
働きアリ(=従順な高齢者会員)がいる間は、「一生青春」「一生現役」「師匠と共に!」と、
なんだかんだ煽り・死ぬまで絞り上げてやる・・ってな魂胆が、私には見えるのですが。
組織は、高齢者におとなしく家や老健施設にひっこまれては困るのでしょう。
若者がいない今、票集め他の働き手・頼りは高齢者ゆえ。
現状、大本営の中枢にいる人たちは、組織の未来など全く頭になく、本人達の生存中の
禄・利益しか考えていない。
自分たちがさんざんしゃぶりつくした後の組織の事なんか知らね。破たんしたって関係ないし
どうでもいい。
池田老人の大看板で、儲けられる間はがっぽり稼がせてもらうぜ!その程度だと思われます。 

話を元に戻します。
以前は拒んでいた母も、今回はよほど精神的に参ったのか、観念した様子で通所を承諾。
週に数回、参加する事になりました。
おさらいですが、年末の挨拶に書きました大前健一氏のことば

人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。


今になって思えばですが、母において通所は上記1番と3番に該当。
想定外に大きな効力があったと思います。
私達が狙ってそう仕向けたわけではなく、ごく自然な流れではありましたが
結果的に、この生活の変化は大きく非活路線シフトに寄与したといえます。

また、改めて感じた事ですが、学会組織はセーフティネットにはなりえない、という現実。
組織が「セーフティネット」として機能するかどうかは、
本人および家族がバリ活であるか否かにかかっている。
親子ともども、バリ活でなければ、全く意味をなしません。
昔はバリだった私でさえ、実家のご近所学会員の顔と名前は解っても連絡先までは知らない。
ましてその方々も高齢者であり、母より先に逝かれる事だってある。
となると、母より若年層の地区婦やしらゆり長が「セーフティネット」の一端となりますが
遠方に住む私は顔も名前も全くわからない・どなたか存じ上げないのです。
また、若年層の役職者はわりと早く変わってしまうため(人事や転居で)流動的で
あてにならないのが実際です。
母に何事かあっても、地域の学会員から私達家族に連絡が「迅速に」くることは、期待できない。
(「それがいやなら活動家になれ!」と言われても、断りますw)
「学会と繋がっていれば一人暮らしでも平気」母は昔、そんな風に言っていましたし、
私も以前は「その意見、一理ある」と思っていました。 
ただ、以前記事に書きましたが、現実に実家地域で孤独死された壮年部の方がおられ、
発見したのは在宅介護サービスのスタッフだったのです。
その方はむかし役職者でしたが、体調を崩されて以降は会合参加をしておらず、
近年新聞もとっていませんでした。
また、これも以前記事にしましたが、孤独死を避けたいと学会に入会した母の友人(独居)も
母が知らない間に亡くなっていました。
組織をセーフティネットとして機能させるためには、会合に出続け・新聞をとり続けるという
「アクティブ」で在ることが条件となる。
それを果たしてセーフティネットと呼べるのか?! 
アクティブでいられなくなった時こそ、気付くべき存在が必要なのに、意味ないじゃん・・と。
信仰上のつながりは、組織への忠誠心が担保となっている故、アウトサイダーには冷酷です。
それも仕方がありません、学会は慈善団体では無い。
宗教団体の名を借りた「企業」ですから、金や忠誠を差し出さないものにはシビアなのです。

今回のことにしたって、仮に母が近所の学会関係者にSOSを求めたところで、
相手(居座ったご婦人)も学会員だとわかれば、オオゴトにしてはならない・穏便に済ませよう、
不祥事でイケダ先生を悲しませてはならない!との意識発動で、なし崩し的にされ
「問題解決」にはきっと至らなかったと思います。
基本的に、個人間の諸問題に組織(幹部)は介入しない、という事になっていますし。
組織は介入しないけど、公明党議員なら介入してくれちゃう事もあったりしますがw@蛇足。
↑これがあるから、地方選は絶対一議席もおとしてはならぬ!と皆必死なんですよね・・。
庶民が中心の学会員ですから、実は国政なんかより、身近な問題を解決してくれちゃう
地方議員のほうがよっぽど頼りにできると解っているのです。
国政は勝ったらセンセーが喜ぶから通しておこう・・だいいち政治経済の事なんか
本当はたいしてキョーミないし・・自分には直接関係ない。
身近な民事問題解決してくれる地方議員のほうが大事だわって、それが現場の実際感覚かと、
これは私個人の意見です。

通所開始から暫く経った頃、母に連絡し「慣れた?」と尋ねてみました。
すぐ仲の良いメンバーが出来て、楽しく通っている。
様々メニューがあり(ジムでのエクササイズや、手芸や習字などカルチャーセンターばりです)
飽きないし、ランチも栄養バランス整っているし、ここに通うことにして良かった・・と、喜んでいました。
タイムスケジュールを聞けば、学校のように朝~夕方までなので、会合に出るのは必然的に
夜中心となり。
通所を最優先とし、朝昼の会合があったら欠席していると聞き、私は非常に驚きました。
そこまで思いきれるなんて、これまでの母なら考えられなかったよ!
1回の会合も、のがしてはならない。福運が減ってしまう!という考えの母でしたから。
こりゃ素晴らしい変化だ!と感嘆しました。

今振り返って思えばですが、母は2014年の術後より
体力・気力の衰えが急速にきた感じがあります。
年齢等考慮すれば、それはごく当たり前の現象です。
手術前は「私は信心してるから大丈夫!いつまでも元気で若いのだ!」という
思い込みのみで、悪い状態をマスクしてきた・気付かないふりをしてきたのでしょう。
現実を見ようとせず、衰えを感じてもそれを認めるのが嫌で、無視していたといえます。
それが、2014年暮れにおじが急逝・2015年初頭におばが手術闘病という流れがあり
ふと不安になったところで、高齢独居の隙につけ込むようなこのたびの事件があって
母は母なりに、自分の来し方や置かれている状況について、さまざま考えたのかもしれず。

創価脳が、長らくその「洗脳」に気付けない理由は、思考習慣そのものに原因があります。
ブログに何度も繰り返して書いてきましたが、基本はポリアンナ症候群です。
目の前におこった出来事や顛末を、自動的に教義や組織でささやかれる事に沿った内容に、
自分自身で変換していきます。
1*困難や難問題がおこる・・魔が競っている!いまこそ信心だ!と思いこむ
2*よい事が起こる・・功徳だ、ラッキー!信心のおかげ!と思いこむ
たいてい上記1と2のループとなるバイオリズムは、世間一般でいえば
「運気(好運/不運)」「浮き沈み」と呼ばれるもので、どんな人でも経験していることですが、
そんな山あり谷ありの流れを「この教えが絶対正しい!やっぱり正しかった!」と
自分で自分を追い込み・思いこむよう仕向ける思考習慣を、活動において・福子であれば
日常生活において、組織集団の中で徹底的に叩き込まれるのです。
誰もが同じ人生は辿らないわけで、人生の早い段階でその思考習慣に「待った」をかける
事案に出くわし、軌道修正(覚醒・脱会)できる人もいますが、幸か不幸か全く疑問をさしはさむ
余地もなく、死ぬまでポリアンナ症候群のまま生きる人もいる。
私の母もまちがいなく後者のタイプでしたが、この1年ほどのあいだに次々おこった事柄で
遅まきながらやっと「待った」が、少しばかりかかったのかもしれず。
その上で、組織に「心身に無理をしてまで」しがみつくのはやめよう・
信仰における難~功徳ループ前提で暮らすのはやめにしよう・
もっと現実的かつ具体的な手立てでもって、自分の生活の質を向上させる事を優先させたい・・
そういった心の動きが、あったのかもしれないな?と。
本人に直接確認したわけではないのですが、私はそのように分析しています。

(続きます)
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