被害者意識の底にあったもの

前回、一切その内容に触れませんでしたが「とある出来事」とは
義母さんの金銭トラブルでした。
家族にとって全く寝耳に水の出来事であり、昨年末の時点では子供達の協力で
なんとか解決へ・・という状況でした。
しかし、今年に入って新事実が発覚し、私は義母さんの人間性を疑い・酷く恨みました。
この「とある出来事」裏テーマは「遅れてきた嫁姑問題」です。
結婚して十数年、嫁姑問題なんて無関係と思えるくらい”表面上は”良好な関係を保って
きました。
遠方に住んでいる点も大きく関係しているかもしれませんが(しょっちゅう「会う」事はない)、
そこは本当の理由ではなく、実際のところ「思考のくせ」で、私はあらゆるマイナス感情を
抑圧してきただけだったと、この出来事を通じ、理解したのです。

金銭トラブルの内容は、投資詐欺(義母さんは被害者)です。
昨年秋、私はその穴埋めとは知らず、義母さんにまとまった額のお金を貸したのです。
(補足:このお金は私が自宅で某教室を開くための準備資金でした)
不動産取引に絡んで必要になった・・という話でしたが、実際は義母さんが投資詐欺と知らずに
友人を勧誘してしまい、その友人に対する損失補てんに充てたようです。
私だけでなく主人・他のきょうだい・配偶者にも借入し・それ以前に所有不動産担保の借金が
あった様子で、金策尽き所有不動産が差押にあい、発覚。

義母さんは親から継いだ権利収入を得ており、常々羽振りのいい人でした。
(補足:この権利収入も、既に人手に渡っていました)
けして威圧的ではないのですが「お金にものを云わせる」傾向があり、
すべて義母さんを通してから事を進める・・という暗黙のルールが家族内にありました。
ぶっちゃけて言えば、子供たち全員、義母さんを(金銭的に)アテにしていたという事です。
旅行に行く・何か値の張るものを購入する・などなど、義母さんに伝えれば「こうしたほうがいい」
「こっちで手配してあげる」など、意見はするけどお金も出すという感じ。
(補足:この状況は昨年、金銭トラブルが発覚する直前まで継続していました。
 つまりお金に困っているそぶりは一切見せなかったのです。まさに青天の霹靂でした・・)
私はその「お金にものを云わせる傾向」が、実のところ苦痛でした。
良い時もあるにはあったのですが、自分の好きにしようとしていた計画などを
(主人がうっかり義母に話し)変更を余儀なくされるといったことが、多々あったのです。
そしてどういうわけか、覚醒以前はさほど気に留めていなかったのに、覚醒後はそれが
異様に癪に障るようになったのです。
離れていながら、常に存在を感じ、支配されているような気分になることもあり。
主人にすれば、義母さんになんでも報告連絡相談するのは「日常茶飯事」で「あたりまえ」。
私からしてみれば信じられないことで(私は、実家母へほとんど何も相談しません故)、
「私達家族」のことに、どうしてそこまで干渉されなきゃならないの? 
私達だけで決めたり・好きにすればいいことじゃない・・。
遠方に住んでるんだから、ほっといてよ! という思いが、実際はありました。
けれどそういった気持ちや感情を、義母さんに対して出した事は全く無く。
(主人に対しては話したことも・喧嘩したこともあります・・全てのケースではないですが)
その理由は「創価脳にもかかわらず、家族として温かく受け入れてくださった」という負い目
そして「創価脳な嫁(だった)なのに、なにかと良くしてくださっている」という恐縮
また「当たり障りなく変わらず接してくださり、義父母のおかげで覚醒できた」という恩義
本音はすっぽり覆い隠し、常にものわかりのいい、従順な嫁像を演じていたんだ・・と
「とある出来事」を通じて気付きました。 
裏を返せば、「演じていた」なんて、まったく自覚なく無意識で、気付いてませんでした。
また、義弟のお嫁さんの一人が義母さんに意見し・時にバトルしていたのを知っていましたが
当時は「なんて事を・・波風たてなきゃいいのに」と、穏便に済まさないなんてバカだな・・と
思っていました。 実は自分が一番自分を馬鹿にしてきたのだと、のちのち気付くのです。

昨年末の時点では、私は義母さんに対し擁護の目を向けていました。
というのも、実家の母も(被害額は義母さんのそれには全く及びませんが)
幾度もマルチ商法に騙された事があり。高齢者において、こういった案件にひっかかる事は
決して珍しくないのかもしれない・・と考えたのです。
被害の大きさはショックでしたし、私が直接話を聞ける状況にはなく
(主人が家族会議の為に帰省。義母さん心神耗弱状態のため、被害の詳細までは語らず)
謎な部分が山ほどあり、義弟のお嫁さん方と連絡をとりあいつつも、憶測ばかりが飛び交い
精神的に疲れました。
けれど年も押し迫った頃、きょうだいが力を合わせ・弁護士さんにお願いも出来、
なんとか解決を見る事が出来そうだと解った時は心底ほっとし。
(補足:義父さんが心臓病&軽度認知症のため昨秋に老健入居しており、心身面の影響考慮し
 この件を義父さんには知らせていません)
自分の計画(教室開講を2016年初夏にしようと考えていました)は白紙になりショックだったけど、
この一件で義母さんによる「お金にものをいわせた支配」「過干渉」は終わるだろう・
また、毎年恒例(半強制的で実は疑問に思っていた)の大晦日~元旦にかけての義実家帰省も、
不動産売却に伴って無くなるだろう・・と、期せずして「私の思い通りの方向」へ進んでいる!と
感じたのです。
しかし↑実はこの2点は、「自分軸」さえ私が持っていれば、こんな大袈裟な事件がなくとも
さくっと解決できた話なのです。
心理学まわりではよく「思考が現実化する」との説を見聞きするのですが、
まさに、これってその事だったんだなorz と気付いたのは、つい最近の事です・・。
2015年末はなにひとつ「問題化」する事もなく、波乱はあったけど静かに終わった、と思って
いました。

が、年明けて2016年1月。 義母さんの話に大きな嘘が2点あることが解りました。
書くと長くなるので詳細省きますが、ひとつは私の信用問題に関わる事でした。
その件で私は義母さんの人間性を疑いましたし、ショックでならず。
電話で問い詰めたのですが、しらばっくれ、謝罪はありませんでした。
もうひとつは、主人と義弟ひとりが連帯保証人になっている借入があることが判明。
しかし二人とも、覚えが無いというのです。
弁護士から内容証明が届き発覚したのですが、書面に不思議な点がいくつかあり。
主人が義母さんに確認したところ「こちらで処理している話だから、任せてくれたらいい。
なにも心配いらない」と話したとのこと。
そして主人も義弟も、義母さんに任せる方針で自分たちはなにもしない・・というのです。
私はここで「問題化」するのです。
義母さんになんか任せておいていいわけないじゃない!! 大変なことになったらどうするの?
殊更ネガティブな、トリガースイッチが入った瞬間。過呼吸を発症したのは、この頃です。
そして(主人義弟に頼まれてないのに勝手に)弁護士に相談・ネットで調べたりし、
主人と義弟にその結果を話しましたが、2人とも「義母さんに伝えておく」というだけorz
なんで!? 自分たち(私を含む)で問題解決しようとしない? 
イライラ・ざわざわ・辛い気持が募っていたところ、2月に入り今度は訴状が届いたのです
→つまり義母さんは、なんの手も打っていなかった様子でした。
この訴状を見た時点で、私の中でぷつんと糸が切れたようになり。
主人を「そらみたことか!」的に責めたのですが、そんなことでは何も解決しない(当然)。
どうして私がこれだけやってあげ・忠告したのに、主人も義弟も無視したの?
こんなに真剣に心配してる私よりも、義母さんを信用したの?
そんな人たちの為に、なんで私がこんなに悩まなきゃならない?とえんえんと考えていた時、
ふとひらめきが。
「これって、私が悩まなくてもいい問題じゃないの?」と。
そう気付いたら、なんだか急にすべてがばかばかしくなり、一切その問題に関わらないと決め、
私は無視を決め込むことにしました。 問題を手放したわけです。
(そしてこの件は難なく解決。裁判で保証人無効が認められ、相手が訴訟を取り下げました)

そうはしたものの、義母さんへ憎悪の念が止まらず、日々苦しんでいました。 
主人にそういった気持ちをぶつけたこともありますが、主人は落ち着いて
「祥蘭の気持はわかる。だからもう無理しなくていいし、付き合わなくていい。
だれにも母の気持ちや、なぜそうしてしまったかなんて解けない。本人にしかわからないこと。
考えても仕方ないことなんだから、もう悩まないでくれ」と答え。
正論なんですが、それじゃ私の気持はおさまらないんだよ!!と、負のスパイラルに巻かれ。
悲しみ悔しさ苛立ち・・様々な感情が混濁し、途中で解らなくなってきて。
心理学に答えを求めてみよう、と思ったのは、そんな自分の苦しさの正体を
知りたくなったからです。
冷静に状況をみれば、私達の生活に実害はひとつもない。普通に日常生活は出来ている。
困っている事といえば「自分の気持ちがおさまらない」そこだけでした。
要は感情論で「被害者意識がおさまらない・ネガティブな感情に囚われすぎる」。

心理学の手法で「被害者意識」の底に在るものを見て行きました。

義母さんに、ひどいことされた!(=信用問題にかかわる事)
裏切られた! 信じられない! 
どうして私が、こんな目にあわなきゃならない? こんな気持ちに苛まれないといけないの?

私が何か悪い事したっていうの? 
私、ずっといい子にしてきたじゃん! 我慢してきたじゃん! ←はっ!と気付き。

どうして我慢をしてきたんだろう? 誰にも頼まれていなければ、強いられたわけでもない。
私が勝手に(無意識に)そうしていただけ。

それは、義母さんに優しくしてもらってたから。
創価脳な嫁なのに、文句も言われず、いじめられることもなく、良くしてくださったから・・。
(→”創価脳な嫁は、もれなくいじめられる”という、思い込みをもっていた自分に気付く)

私は、創価脳なのに(→創価脳という勝手な負い目に気付く)良くしてくださった義母さんに
感謝していた。
覚醒できたことだって、あたたかく見守ってくださってたからだと(勝手に)恩義を感じていた。

だからこそ、悔しい。
私は恩義を感じてたからこそ、意に介さないことだって我慢してきたし、
いい子にしてきたんじゃん!だのに裏切られたから悔しいんだ・・。
 ←エエッ?!と気付く。

「恩義を感じた相手には、自分の本心をも押し殺して我慢・追従しなきゃいけない」って
誰が決めたの?!
その意味不明なルールの元って何よ?

うわーっ・・まさか・・。
「忘恩の輩」とか「恩知らずは餓鬼畜生にも劣る」って戒め?
これ創価時代の刷り込みじゃん!!!


ガーン・・orz

底に眠るものを見つけたら、別角度(盲点)も見ていくのですが
「恩義を感じている相手・対象が自分を裏切る」可能性について、考えたこともなかった・・と
思いあたり。
「恩義を感じた相手の絶対神聖化」
「恩義ある相手には、意に介さない事があっても絶対服従」
 
↑これ、どう考えても創価脳じゃん!と。
池田老人命の会員の皆さまも、このパターンでしょうきっと。

我慢なんて、無用だった。
私が勝手に恐縮・負い目感じて、そうしていただけ。
もし、本音で義母さんと接していたなら、私はここまでネガティブな感情に振り回されずに
済んだかもしれない・・出来事の受け止め方も、変わったのではないか?
と、気付いたのです。
そもそも、借金だって鉄の意志で断ればよかった。
(義弟嫁のうち一人=義母と時にバトルしていた子は、義母さんの借入を断っていました。
 みごとな「自分軸」の持ち主だと思います・・)
憶測だけど、義母さんが私の信用問題に関わる事で裏工作(?)しようとしたのだって、
私が「絶対服従」の様相を見せていたからかもしれない。
”祥蘭なら怒らないだろう・・”的に、軽く見られていたか。でも、これも元はといえば自分だ。
それ以外のことだって、気に入らなければはっきり断ったり・自分の意見を正直に述べて
ディスカッションすればよかったんだ。 なにも「負い目・恐縮・恩義」なんて感じずに。
自分が”被害者ヅラ”していることの裏にあったものが、はっきりと見えたのです。

この”被害者意識”の大本が「他人軸」による思考性だということです。
怒りに触発され、「本音の部分」が出てきたら、私はずいぶんと自分に嘘をついてきたことが
わかりました。
(これって、創価がただの集金ブラック企業だったと気付いた時と全く同じなんですよね・・)

自分の本心を覆い隠し、感情に蓋をしてきたものに気が付いた。
それが創価時代の刷り込みによる「思考のくせ」だったと知り、唖然としました。
そして、これは徹底的に自分の「問題」と感じる事・感じてきた事を洗い直してみる
必要があると痛感したのです。

そして、被害者意識の底にあったもの「負い目・恩義・それは創価時代の刷り込み」を知ると、
さーっと波が引くように、昂ぶっていた怒り・ネガティブな感情が静まって行きました。
自分でも非常~に不思議な・これまでにない感覚でしたが、これが「答えは自分の中にある」
という事なんだと、理解しています。
怒りの底にあったものがわかったことで「腑に落ちる」という感じでしょうか・・。
このあたりの話は、また別の機会に書きます。

きっと、もと創価脳の方・学会2、3、4世は、自分に嘘をつき・欺く事がうまい(?)はずです。
そのような洗脳を生まれながらにして家庭内・組織で受けているからで、
心を病む「他人軸」な人が多いのも、其処に原因があるのだと私はみています。

この「他人軸」と「自分軸」についても、いずれもっと詳しく書きたいと思います。

次回は私を長年悩ませてきたテーマ「過去への執着」についてです。

スポンサーサイト
Category: Notice&Replace