死について(2)

創価の人達の死生観は時に残酷で、デリカシーもなく、
外部や一般社会にはまったく受け入れがたいものだと、覚醒後に気付きました。

バリ活時代、組織の方が何名か亡くなられました。
壮年部が多かったですが皆さん50~60代で、がんで亡くなられていました。
うち、がんであることを公表したひとは1人だけで、他の方は「そういえば最近会合で見ないな?」と
思ったら、お葬式に呼ばれ「末期がんだった」と知るというパターンでした。
当時はなんとも思って無かったので意識しませんでしたが、どうも役職が上になればなるほど、がんであることを
隠すみたいですね。
それはメンバーに動揺を与えてはいけないと思うからなのでしょう。
がんで亡くなる、現代では珍しい事ではなく、死因の1位です。
それでも創価の人達にとっては「常日頃から福運を積んでいる」だけに、病死はネガティブな事のようです。
余談ですが、元気で会合に参加していた80代のおばあちゃんが急に姿を見せなくなり、
「足腰が弱くなってきたから」とその家族は説明していましたが、実は痴呆になったからで
その後、施設で亡くなられました。お見舞いの一つも行けなかったと、地元組織の人たちが残念がると
やはり痴呆になったなんて公表しづらかった、と家族の方は言っていたそうです。

今思いましたが、上記事情って池田老人とも繋がってますよね。
一切姿を見せなくても活動家が誰も何も言わないのは、自分たちがネガティブな事象を日常的に隠すように
大本営も同じくだとしたら、ショックで確かめたくないとの思いが沈黙に繋がっているんじゃないかと
邪推します。
(余談ですが、この件について現役活動家の母にたずねたところ
「先生は後事をすべて弟子に託されたんだから、中途半端に出て行ったら張り切っている弟子の顔を
潰してしまうので静かにされている」という答えが返ってきました。
新聞紙上の近影や、学園を車で訪れている、アフリカのメンバーが来た時は車の中から激励した等の
エピソードから「お元気でいる」と確信しているそうです)

淡々・粛々と人の死を弔う。そこで終わればいいのに、創価の人はそれでは済まない。
そこに美談エピソードや、ポジティブ要素を求めます。
たとえば、親御さんの死にふれて未活だった家族が「弔いがしたい」とごん行をするようになったとか・
分所帯で御本尊様をお受けするなどのエピソードがあると「あの人は死でもって子供を折伏した!」と
言うのです。 これは美談です。
葬儀にご近所の外部が多数参列すると「学会理解の輪が広がった」といいます。
外部の人がうっかりつられて唱題に加わるとそれも「折伏」と言う事もあります。
皆さんはただ、常識をわきまえてご近所づきあいの一環で参列されたのだと思いますが。

これも私が青年部だったときに未来部が交通事故で亡くなるという痛ましく悲しい事がありました。
そちらのお母さんは婦人部で頑張っている方でしたが、大変ショックをうけられて暫く活動に出てきませんでした。
ある日、その一家が引っ越しをすることになったと婦人部づてに聞きました。
思い出の詰まった住まい・町にいることが辛くなったんだろうか、と私が推察していると、婦人部は
「(お子さんが亡くなったことで)補償や保険金が沢山入ったみたいで、新築を買ったのよ。
 やっぱり学会員だから、福運よね~」と。
たとえそれが現実だったにしても、こんな言い方アリなの?と私はドン引きしました。
最愛の我が子が亡くなっても、思いがけないお金が入ったから「福運」と捉える。
これこそ「創価の常識は世間の非常識」じゃないでしょうか。

私の父も、数年前に不慮の事故がきっかけで救急搬送、数日後に亡くなったのです。
このときもいろいろなことがありました。
父の突然すぎる死を受け入れられず、茫然としていた私に対して
母方の親戚(バリ活)は言いました。
「きっとお父さんは(組織の活動に反対していたので)お母さんに思う存分学会活動をさせてあげたくて
 早くに逝ってくれたんだよ」と。
私は、そんなものなのか?!と思ったけれど、何も返事ができませんでした(ちなみに覚醒前です)。

親戚がまったく同じ事を、姉にも別の場面で言っていた事をつい最近知りました。
組織アンチでお父さん子の姉は「ふざけんな!その言葉を取り消して謝れ」と、つっかかっていったそうです。
それがまことに普通の「人間らしい」反応だと思います。
学会活動の邪魔だったから逝ったと片付けられるなんて、ありえないことです。
覚醒後のいま、これを思い出すと私は怒りを通り越して涙がでてきます。そんなわけないだろう、と。

けど、覚醒前(未活だったけど)の私は、「その言葉を取り消して謝れ」とは全く思わなかった。
父の死に対して、組織に都合のいい理由をつけられたにもかかわらず、明確な怒りは湧かなかったのです。
ここがマインドコントロールの怖さだと思います。

父は入会はしていましたが、折伏大行進時代の無茶な状況下の事で、組織アンチでした。
宗門と蜜月の頃は寺や御山に足を運んでいましたが、学会の会館や会合に行った事は
一度もなかったのです。
父はとくに池田老人を嫌っており、宗教団体の政治参画はおかしいといつも言っていました。
父の言っていた事は正しかったのに、一切聞く耳を持たなかった私は大馬鹿だったと今更ながら悔やまれます。

葬儀は母と創価の親戚ごり押しで学会(友人)葬でした。 
一部親族からは反対意見もでましたが、未活でも御本尊様を信じていた私は母に加担しました。
(いま思えば、父はどう弔って欲しかったのだろうかと、とても心が痛みます)
学会葬は何度も参加していましたが、父のようなアンチの学会葬は初めての経験でした。
組織からは「名誉OO長」の任命額と池田老人のメッセージが届きました。
戒名がもらえない代わりに、学会から名誉役職がもらえるのです。意味不明です。
母に「お父さん、理解者でもなかったのに。こんなものくれるんだね」と言うと
「これはお父さんにもらったんじゃない、私の信心で頂けたの!」と嬉しそうに言うので
それってありなの?と思いながら、モヤモヤしていました。
儀典長(僧侶のかわりに導師をする創価幹部)が、あいさつでシナリオ通りに
「故人の生前の強情な信心云々」と読み上げた時も、心がモヤモヤしました。
父がアンチで、壮年部の家庭訪問に一切応対しなかったことなどなど、組織の人はみーんな知ってたのに。
せめて少しシナリオを書き変える等の配慮はできなかったのかと、思いましたが誰にも言えませんでした。
当時の私はまだ仏罰を強く強く信じていたから、自分の心に湧いてくる否定的な思いをおさえこむ傾向に
ありました。

父の死後、突然の死の意味をずっと考えていました。
創価では「すべてのことには意味がある」と教えられていたので、突然の父の死は私に対して
どんなメッセージだったのか、何の意味があるのか考えていたのです。
信心反対の親が亡くなった際、最後に学会理解して逝ったなどの美談エピソードが会合上で語られて
いました。うちもそうなるのかな?と青年部時代、ぼんやりと思っていました。
しかし父は意識不明で亡くなりました。アンチのまま逝ったと思います。
美談エピソードどころか、学会葬に反対したきょうだい2人vs母の肩をもった私は大喧嘩になりました。
父方の伯母(学会葬に反対)とも私は激しく言い争いました。
誰も喪主の母には言えなかったので、私に学会葬を考え直し、家族葬など宗教色のないセレモニーにするよう
仲介役を頼んできたのですが、私が断固拒否したからです。
マインドコントロールに罹った人に仲介を頼むのは無理があると思うのです(言い訳)。
元々仲良くなかったけれど、きょうだいから絶縁宣言まで飛び出したことに、当時まだ創価脳の私でも
さすがに落ち込んだし、こんな状況の何処にも「ポジティブ」要素は見つけ出せませんでした。 
(余談ですが、姉とは昨年和解しております)
当時の私は覚醒前で未活動でしたから、父の死は「自分が信心(活動)をおろそかにしたせい(罰)」とも
考えました。
だけど、自分の居住地域の婦人部がアレすぎてとてもじゃないけれど、父のお弔いにと活動に戻る気には
全くなれませんでした。

覚醒後は「意味なんかいらないんだ」と思うようになりました。
結局この「すべてのことには意味がある」も創価のマインドコントロールのひとつの手法で
どんな些細な事でも、全部を信心へと向けるための・執着心を煽るためのものだったと解ったから。

そして学会員が同志の「突然の・早すぎる死」に対していいエピソードや意味をやたらに欲しがるのは、
常に学会活動で功徳と福運を積んでいるという建前上、死に対しての「ポジティブ」要素が
絶対に必要だからなのでしょう。タダでは死んでません的な。

究極の理想の師匠・永遠の指導者のエンディングは、どのようなものになるんでしょうね。
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Category: 覚醒の伏線