2017年 ご挨拶

本年もよろしくお願いいたします。

すでにご報告した通りですが、2016年内に内容証明を発送+地元会館への連絡を通じ
脱会手続きを完了しました。
細かい話は、後日書かせていただきます。

今年のお正月も自宅で迎え、初詣は氏神様と一の宮神社へ出向きました。
帰省は2泊3日と短めの中、
初めて、自分の産土神社へ行くことが出来ました。

このブログを読む大半の御方が、創価家庭に育った人という前提のもと
「産土神」を説明しますが、自分が生まれた時に住んでいた土地を護っている
氏神様のことです。
私は福子ですから、お宮参りなんて当然していないわけで(汗)、
実家方面の神社についても全く知識なく・まず足を踏み入れたことがありませんでした。
昨年友人から「産土神参りもすると良い」と聞かされ、興味を持ち、調べたのです。
神社の名前を知って驚きました。単なる偶然ですが、私の現姓(苗字)と
同じ名前の神社だったからです。
なにか不思議な御縁を感じ。
参詣し、生まれてから今日まで生かして頂いたお礼を述べてきました。
それほど大きな神社ではありませんが、歴史は古く、多くの参拝客でにぎわい
地域の方々に崇敬を受けている様子がよく解りました。
そして子供たちのお宮参りも、実際の(居住地の)氏神様ではなく、主人の氏神様で
してもらったので、改めて先日、子供たちを連れて産土神へ参詣に行きました。
(注・絶対そうしなければならない、というものではありません。単に気の問題です)
今年は遠方に在る父方の親戚筋の神社へも、正式参詣する予定でおります。

さて、話は変わりますが、前回の記事に対して1件の質問コメントがありました。
非公開希望のコメントには返事をしないというのがマイルールですが、
この質問(疑問)は、多くの人が立ち止まっている個所かもしれないと感じたので
こちらで回答いたします。

その方は親御さんが強固な創価脳でお悩みとのことで、御自身の脱会を許してもらえないし
親御さんが組織を信じ切っていることがもう耐えられない。他人事だなんて放置はできない。
親と縁を切ってまで脱会する気はないし、親をほっとけない。
親と同時に脱会出来たら一番いいが、どうしたらいいのか?ということでした。
年代が書いていなかったのですが、たぶん成人した方だとおもいますのでその前提で
お答えします。

脱会については、してもしなくても、あまり変わらないと思います。
気の問題というか、地域の学会員が来るからうざいっていうのであれば
「脱会の意思がある。絶対訪問禁止・来たら弁護士に相談しちゃいますよ」くらい言いましょう。
あくまでも事務的に対応。まちがっても愛想なんてふりまかないでくださいw いい顔したら
つけあがることは、皆さんも知ってのとおりです。
訪問はスルーしているが、チラシを入れられて気持ち悪いとかむかつく、というのであれば
それは他のチラシ同様「ただの紙片」ですから、感情をはさまずにゴミ箱へ捨てましょう。
「創価関連のもの」って思うからわだかまるんです、多分。 
気持ち悪がったり・ムカついてる感情はあなた自身ではなくエゴですから、惑わされないでください。
暫くその感情を観察してみればいいのです、決して感情にとらわれないように気を付けてください。
これでひとまず平穏は保たれるはずです。
で、学会員のことはきれいさっぱり「忘れて」ください。
また来るかも、いやだなとか、意識するから来る(引き寄せる)んです。これは本当です。
そして脱会を本気でしたいのであれば、なにも親の許可はいりません。
気の向いた時に本部に内容証明を送りましょう。
親と同時に脱会するつもりなら、その時がやってくるのをただ待つしかないと思います。
親に働きかけることは何もしなくていいと思うし、あなたはあなたを生きていれば
自然とその時が来るかと思います。

こちらから逆質問をしたいのですが、
親御さんが脱会すればあなたの機嫌は直るのでしょうか?
親御さんが自分の思う通りになれば、あなたは幸せなんでしょうか?

その逆を、親御さんがあなたに望んでいる現実についてどう感じますか?
(=活動家として頑張ってほしいと思われている)
其処に矛盾が生じてくることに、気がつきませんか?
「創価がまちがってて悪だから、こっちが正しいから親に気付いてほしいだけだ!」
っていうのも、その逆を親御さんが望んでいる現実について考えてみてください。
互いの利害が一致しない以上、どこまでいっても平行線ですw
高次から見て、物事に良いも悪いもないのです。
そこを知っておけば、思考の背景が各自違うことが理解できていれば、
誰かを自分と同じ考えにさせようなんて、高慢な発想にはなりません。

私もそうだったからわかるのですが、私たち学会2,3,4世で
一瞬でもまじめに学会活動に取り組んだり、学会員として信仰活動してきた人間のほとんどは
そうすることで「親の機嫌を取ってきた」経緯がある。
その自覚は誰人にもあると思います。
(中には、親はたいしてやってなかった未活だったけど、家に女子部や男子部が訪ねてきて、
 自ら活動家になったってパターンの方もいるかもしれませんが)
たぶん親から勤行や信心のイロハを教わった人たちは、「それで親の機嫌を取ってきた」んです。
少なくとも、そうする(活動)ことで親が上機嫌になることはあっても、
不機嫌になることはなかったはずです。
(注:親子関係を夫婦間におきかえてもらっても、いいとおもいます)

親の機嫌を取ってきた私たちは、活動をやめたり脱会(決意)することで、
もう親の機嫌を取るのをやめました。 いわば自立、親離れです。
大人ならば、そこで終われるはずなんです。 自分は一人の人格者として、活動を拒絶した。
信じるに値しないって思って離れた。 それでいいんですよ、それだけで。

ここでさらに「親にも創価をやめさせたい」っていうのは、実は子供のわがままですw
大人になりきれてない、子供の側からの「駄々っ子」です。
「私もいい子にして従ってきたんだから、お母さんお父さんも応えてよ!」っていうアレです。
気付いてください。 私も長らくそれをやってました!(お恥ずかしい)。

そして親もりっぱな大人であり、一人の人格者として創価を信じています。
それがどんなに子供の側から見て間違いで・くだらなくて、腹立たしい事であったってw
親はそれを、人生をかけて信じている。
嫌だったら、少しずつでも離れて行っているはずです。嫌じゃないからついて行ってる。
一寸は楽しいのかもしれないし、心の支えかもしれないし、功徳を感じてるのかもしれない。
御近所づきあいの一環もあるかもしれないし、親子とはいえ自分以外の他人の心の中なんて
はかりようがありません。 
盲目状態で目覚めないのには、それなりに理由も条件もあるのです。
かつての自分たち(活動家からアンチへ転じた、離れた)と同じように、です。
だから、そんな「他人ごと」にわだかまるだけ時間の無駄です。
そんなこと考えていらつく暇があったら、自分の機嫌を取ってください、全力で。
好きな飲み物をのむもよし・おやつをたべるもよし・マッサージに行くもよし・好きな音楽を聴き
リラックスするのも・DVDを見たり・好きなマンガを思いっきり読むもよし。
好きな場所へ行ってのんびりぼーっと過ごすとか、欲しかった物をひとつ買うとか、
出来る範囲で、なんでもいいので気分を「上機嫌」に変えましょう。
嫌な気分を引きずるのも良くないし、我慢するのも良くないから「気分転換」してください。

親が創価脳である現実は、文字通り「親」のものです。
あなた自身とは関係がありません。
(このあたりのことは「ニュー・アース」を読めば簡単に理解できると思います)
あなたが親の「現実」を気にするから、それが自分の世界に入ってきて、うっとおしい事になって
いるだけです。 
(親とか他人だけではなく、創価組織そのものも、あなたとは関係がありません。
 創価の「現実」を気にするから~以下、上記と同文)
そしてそれをさせているのは(繰り返しですが)エゴの仕業です。
エゴは問題を作り出したいし、わだかまりたいし、悩みたいんです。
自分が幸いな人であるという事実をそう簡単に認めさせようとはしませんw
エゴとは、そういうもんなんです。 だからみんな、問題でないことを問題にし・悩みにし・
不平不満を抱えて最終的には宗教にハマるんですw
詳しくはこれから先「ニュー・アース」の続章で書いていきますが、上記エゴの動きの基本を
覚えておいたらいいと思います。

自分以外の人に、自分のご機嫌取りを求めるのはやめましょう。
今更親や他人に、自分の機嫌を取らせようなんて、思わないほうが賢明です。
相手に求めてるうちは、安定感もないし、幸せをいつまでも探し続けることになります。
「親の脱会が自分の幸せ」なんて、幸福に条件をつけているのは、エゴの仕業です。
他人のことはほっといて、自分が「いま」安らぎを感じられることに全力を傾ければいいんです。
自分の機嫌は自分でとるのが一番です。

「ニュー・アース」にも書かれているのですが

エゴには他者が必要なのだが、しかし深いところで他者を憎み恐れているという
ジレンマがある。(中略)
あなたのなかのエゴが強ければ強い程、人生でぶつかる問題は誰か他人のせいだと
思うはずだ。
それに、きっとまわりの人たちに生き難い思いをさせているだろう。
もちろんあなたはそれに気付けない。いつも苦しめられているのは自分なのだ。
(p246抜粋)


「他人に嫌な思いをさせられている、人生を狂わされている」と思っている人は
自分の人生を生きていない・・我慢ばかりして、勝手にネガティブな思い込みで見通しを
悪くして、自分が自分をつかまえていない(「いま」にない)状態で、
他人の動向ばかりを気にして・自分がどうしたいかよりは、他人の反応ばかりを憂慮している・・
まさに、エゴに振り回されているパターンだと思います(それが、以前の私でした)。
ここが解ったら、すべては独り相撲だった!ってことに気づいて、脱力するし笑えますよ。
そして自分が自分に優しくなれれば、しっかり自分をつかまえて「いま」に在れるようになれたら、
目の前の現実も優しい・穏やかなものになっていきます。

今年も「ニュー・アース」を通して、私の経験や思った事を交えながら
わだかまらない生き方をお伝えして行けたらと思っています。

皆様にとりましても、自分史上最高に面白い2017年になりますようにv


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