脳の過覚醒から凪へ

前回記事の終わりで紹介しましたこちらの本。
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それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも? [ 大嶋信頼 ]
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まず、私がこの本を手にした切っ掛けを。
昨年1月、義実家の諸問題から、精神的ショックを受けた私は過呼吸になりました。
症状が落ち着いたのが4月後半だったんですが(「ニュー・アース」のおかげです・後述)
渦中、疑問に思っていた事があり。
過呼吸が出るのが、必ずといっていいほど夜。私一人の「リラックス時」だったことです。
日中さまざま用事をしたり・家族や友人と居る時、車の運転中や買い物中は、絶対にない。 
本来、一番リラックスするというか「ほっとできる時間」のはずなのに、調子が悪くなる。
私は心療内科ではなく、漢方薬局で処方と指導をうけていたので、
そちらでも相談したのですが「リラックス時に症状が出る人は多い」という回答でw
「気にするな」ってそれだけで、腑に落ちないわーって、モヤっとしていました。
昨年夏に、本当にふと
「そういえば偽本尊を怖がってた時期、一人時間になったら吐き気やめまいで辛かった」
この記事の最初に書いてます
「女子部時代にも、男子部の馬鹿幹部に説教されたショックで会合に行けなくなった時、
 (この記事に書いてます) 夜の7-10時(会合時間帯)になると息苦しく動悸がするから、
家にいたくなくて、しばらく毎日のように退社後遊びに行ってたわ!」
と、過去にも「リラックス時の不定愁訴」があったと思いだしたのです。
これは絶対になんかある!因果関係あるはず!と、初めて調べるに至り。
ぐぐった時に見つけたのが本書のレビュー。
早速読んでみたら、私が感じた疑問の答えが書いてあって「やっぱり!」。
そして、「ニュー・アース」に出会う前の私が感じていた生きづらさや、
悩んでいた・壁にぶちあたっていた事の謎ときが見事なまでにされており、
鳥肌&驚愕したのです。

本書はタイトル通り、トラウマによって巻き起こる脳・心身メカニズムをわかりやすく・
多数の興味深い症例を紹介&克服方法についても書かれています。
実際に読んでもらうのが一番ですし、多岐にわたる内容を此処で説明するのは無理です。
ごく一部分を紹介しているという前提をふまえていただき、記事をお読みください。

トラウマとは「記憶にない恐怖」を指すんだそうです。

そして「トラウマ」が引き起こしている状態が
「脳の過覚醒」とあります。
この、「脳の過覚醒」が実に様々な症状・状態を引き起こしている。
そしてこれ「自分で引き起こしている(自分で止められる)」という事を、
よっぽどのことでもないと自分じゃ気付けないのが厄介です。

この本を読んで私が思い当たったのは
「創価脳(元・現役)も、大半がトラウマによって
 ”脳の過覚醒”をおこしているのではないか?」

ということでした。

以下内容は、私の勝手な解釈で、本書を「創価脳」向けに読みといてみたものです。
超長文になりました、読みづらいと思います、すみません。

トラウマの原因は、主に幼少期「死」に直面するような恐怖感を体験したことにあり
(長時間一人ぼっち・夜間留守番させられた・ よその家に預けられた、
親の大喧嘩や暴力を見た、大きな音・大声等も、 乳幼児にとっては死に直面するような恐怖に
値するそうです・・これって、福子がどれか1つは経験していそうな事ですよね)
(注:子供時代に限らず、成人後でも衝撃的な出来事からトラウマ化する事があります。
 本書の、帰還した日本兵の話を参照)
「衝撃が大きすぎて記憶を脳が処理しきれなかったため、
 いつまでも恐怖だけが残り続けている
状態を指します。
つまり、そのときの恐怖は既に「過去の出来事」なのに、脳内で処理されなかったが為に
ずーっと「いま」恐怖と対峙しているような状態が継続しているということです。

(脳のメカニズム等、詳細は本書参照)

トラウマをもっている人の脳は、普通の人(トラウマなし)とは違い、
安静時ほどストレスホルモンが急上昇して、身体症状が出る(←私の不定愁訴はまさにこれ。
日常多忙な時は元気で、休みになると体調を崩すタイプも、同じかと思いますし、
これが更に酷くなると、パニック障害やうつ病になってしまうようです)。
リラックス時ほど緊張が高まるようになっている、これは普通の人と逆なんだそうです。
安静時になると「恐怖」を思い出してしまう!ヤバイ!と、回避のスイッチが入る。
トラウマ恐怖を思い出さないために、不快な体験を思い浮かべる。
そうすることでストレスホルモンが下がるという、なんとも皮肉なメカニズムで
”ストレスホルモンを下げるために、不快なストレス刺激を四六時中自分にかけ続けている”
との事。
つまり休むことなく「ずぅーっと」頭の中はビジー・興奮状態。
それも、ほぼネガティブなこと(=そのほうが、ストレスホルモンが下がるから)。
不愉快でおもしろくないこと。外部他者・社会への攻撃や反感。自己卑下。
未来への漠然とした不安、過去にあった嫌なシーン(フラッシュバック)、不満などなど。 
(これ、ぜーんぶ「いまここ」にないことです。そして見事に「エゴ」の好物ばかり!)
脳が、トラウマとなっている不安や恐怖を思い出したくないがため、
静寂や凪の状態に耐えられないから、嫌なことを思いだしたり・怒ってみたり・
考えたりするという、驚くべき状態が起こっているのです。
つまり、過覚醒の脳は「凪」(安静状態)を知らないというか・知っていても排除しているのです。

創価がどうこう、の問題以前で
不安や暗い考えばっかり浮かぶ、むしゃくしゃする、悪いニュースに反応しやすい、
(不幸・不穏なニュースをピックアップして読むことが多い)、
くよくよ過去をひきずりがちだとか、ネガティブ思考だって人は
「元から持った性格の問題」ではなくて、「トラウマ恐怖回避」の為そうなってる場合も
あるってことです。

たとえば創価の矛盾に気付いた人で、時間が経ってもその問題から離れられず、
何かとわだかまり続けることも、「脳の過覚醒」状態ではないかと。
今現在の私が、創価系ブログを拝見すると「ある種の興奮状態」
感じることがあります。 まあ、怒ってる内容だから当然といえば当然ですが@興奮。 
この「怒りを持ち続ける」状態も、トラウマ恐怖を回避するシステムなのだとありました
(これも非常に興味深かったです・・詳しくは本書参照)。
ブログを書くときって「他にやることが無い時間」 つまり余暇で、リラックスタイムですよね。
わざわざ、自分の自由な時間を使って「不愉快で面白くない創価問題」に向き合い
「わだかまり」続けている=それはストレスホルモンを下げるための行動ではないか?
何もブログを書いている人だけではありません、それを偶然目にするとかではなく、
「わざわざ読みに行っている人(読者)」も、同じメカニズムにハマってるんじゃないかな~?と、
これは私の経験上の所感です。
(注:自分の楽しみとして、ウッキウキしながら笑顔で書いてる&読んでる人は例外ですw)

また、活動家時代において、脳の「凪」状態はなかった気がするのです。
子供時代からのことを丁寧に思い返してみると、
私の場合、常に「不安」を大なり小なり持っていました(だから信仰から離れなかった)。
不安なんてどこにもない、脳の「凪」状態や「安静」を、
全く知らなかったとも言えます。

四六時中、暗い事ばかり考えてたわけではないにしても、「宿業」という「原罪」を抱え、
自分は信仰や創価から離れてはいけない。 離れたらろくなことにならない・・と
自分が自分を見張っているような精神状態・緊張感は、確かにずーっとありました。
そんな風に意識が働いている間は、リラックスなんて無いも同然。
リラックスって、頭の中をからっぽ・クリアにして緩むことなんですが、
私は長らく、少なくとも「ニュー・アース」に出会うまで「そんな風になってはダメだ」と
思っていました。 
リラックスとは、横になったり・ソファに寝そべったり、体勢(身体)を楽にすることであって、
頭の中まで何も考えないで「休む」だなんて、思いもしなかったw
それこそが「脳の過覚醒」で、考えるのをやめたら怖い事が起こる・・というような
自覚のない強迫観念・トラウマがそうさせていたのかもしれません。

創価脳における、「記憶にないトラウマ」となるような因子について考えると、
仏罰なんかその代表例ですし、返す返すも幼少期から「恐怖と罪悪感」をこれでもか!と
いうほど刷り込まれる教義だったな・・と思うのです。
もちろん脅しばかりではありません。脅しばっかりなら、子供は信じませんからw
「何でも願いが叶う」「願いとして叶わざる」「無限の可能性」などの夢も見せてくれました。
その反対側、の話。 いわゆる、アメとムチ。
「忘恩の輩」「恩知らずは餓鬼畜生にも劣る」「魔」の存在、
「仏敵を責め抜かなければ無間地獄」
「悩乱するもの頭七分に破る」「三災七難・無間大城」
 ・・どんだけ出てくるんだよw
アメよりムチのほうが多かったんじゃないかってくらい。もう、強迫観念ハンパなし。
わだかまりのない・ニュートラルな心理状態など、活動家時代にありませんでした。
そんなもの持っていたら「闘い」モードになりませんから、絶対にそうならないシステムでも
敷かれてたんじゃないかとw
実際、直接的では無くとも常に闘いを要求され「脅されっぱなし」でしたよね。
爺様の指導にも「間断なき仏と魔の闘い」なんて言葉がありましたが、
一瞬も気を緩めることのできない・闘うべき仮想敵をいくつも周囲にはべらせた、
「常在戦場」が創価脳のデフォルトであることは周知のとおりです。
→ちょっと噛み砕いて書くと、「友人に対話しなきゃ」「票をお願いしなきゃ」「会合行かなきゃ」
「新聞推進しなきゃ」「活動家増やさなきゃ」「もっとお題目上げなきゃ」・・etc 
それをやらなかったらどうなるのか?「魔に食い破られる!」「生活に障る」云々。
行動動機の背景にあったものが突き詰めれば、「トラウマ恐怖」だったということであり、
そんな環境を「常在戦場」と呼んでもいいと私は思います。 

創価脳もアンチ創価脳も、攻撃的になりやすいのは、
上記した環境下におかれていた(いる) せいで「脳の過覚醒がデフォルト」だからでは?
トラウマ(仏罰)恐怖を回避するための、脳がずーっと興奮状態。
不愉快なのに(創価)問題から離れられない、情報収集しないと落ち着かない、
せっかく創価から離れられたのに、ずっと監視していないと気が済まない。
何かをやり玉に挙げることで「安心」を得ている、無意識に。
それらはトラウマ恐怖と向き合わないための、無意識の行動なのです(たぶん)。

「仏罰なんて怖くないから、自分にはトラウマ関係ない!」って方もいるかもしれませんね。
なにもトラウマの原因は、仏罰だけでは無いのです。
他にもいろーんなトラウマがあって
「親から見捨てられる恐怖」「嫌われる恐怖」「死の恐怖」「居場所を失う恐怖」「殺される恐怖」
「孤独の恐怖」 「貧困の恐怖」 
家庭環境や人生経験で千差万別、人それぞれ異なります。
創価と直接関係のない「トラウマ」が、恐怖回避の為に創価問題を使ってストレスホルモンを
下げているという、可能性もあるのです。

そして、脳の過覚醒を止める方法についてですが、ざっくり書くと
「トラウマとなっている恐怖に浸ってみる」事で
方法について詳しくは本書を読んでください。
(一部レビューに方法そのまま書いてありますが・・説明不十分かと思いますので、本書参照を
推奨します)
トラウマだと思っているそれが「恐怖じゃない」って気付いたら
脳の過覚醒がおさまって「凪」へ移行するとあります。

「凪」とは文字通り、風にそよぐような・心地よい状態です。
頭の中が平穏で、楽~な状態。
何の不安もなく、心底リラックスできている状態。
私思うに、
「恐怖は”いまここ”にない」って感じて認めている、
「恐怖」は自分の思考が作り出した幻想だと理解していること

だと捉えています。

で、大嶋先生提唱の方法と同じ効果がある(と私は思った)のが、
エックハルト氏が提唱している「思考を止める」です。

「脳の過覚醒」該当者は、「思考を止める」ことが出来ないタイプ。
「考えるのをやめるなんて、馬鹿になってしまう・騙されるかもしれない・損するかも」などの
「いまここ」にない不安や恐怖や懸念が浮かぶとか、抵抗感があるというなら
過覚醒の傾向があります。
あと、教学が大好きで自分を作り上げてきた・ここまでやってこれたんだ!
というような、勉強大好き(頭でっかち)思考優先タイプも、陥りやすいのではないかと。
理論武装大好きなタイプも要注意でしょうねw 
余談ですが、アンチ創価まわりでよく使われる「思考停止」って言葉に過剰反応し、
「今まで騙されてきたのは、自分が余りにも考えなさすぎて、信じ切ってしまったせいだ!
 これからはどんなことも、仔細に沢山考えるぞ!」なんて決意して、更なる脳の過覚醒に
繋げてしまった人もいるかもしれません(=過去の私)。
以前も書いたんですが、それ「思考停止」じゃなくて「思考奪取状態」でした。
創価脳アプリが搭載された思考自体は、まったく停止なんてしておらず
この記事「変化をもたらすためのツール」章に書きました)。
むしろフルスロットルで「広布拡大」について考えていたはずですw
考えてどうにかなったものではなく、ただ思考のしすぎで「閃き」に従えなかった・
違和感を無視していただけなのです。

思考を止めて「凪」を知れば、実はもっと早く創価の矛盾に気付けたかもしれないw
この件は長くなるので後日「ニュー・アース」記事の中で触れます。

私は昨年4月に「ニュー・アース」を読み、だまされたと思って日常的に思考を止めてみたり
「~と、エゴが申しております」と付け加えることをやってみて、劇的に気分よく暮らせるように
なりました。 
思考を止める習慣によって、「凪」状態を、生まれて初めてレベルで知ることができたのです。
思考を止めるをやってみたことで、前述のとおり、それまで悩まされていた過呼吸が
いつの間にか出なくなりました。
「いまここ」になんの問題もなく、頭の中の騒がしい声は全部「エゴ」で、幻想なんだ・・って
解ったら、気持ちがとても楽になる。
要はトラウマも同じことで、
その記憶にない恐怖も「いまここ」には無いものです。
過去に脳が処理しきれなかった・得体のしれない「不安」
それって=「幻想」です。

幻想なんて嘘だ!不安も恐怖も恨みつらみも事実だ!って、拘って離れられない人は、
過去にとらわれすぎで「いま」にない人でしょう。
「ニュー・アース」第五章「過去にこだわる」を読み、自分の状態を理解するといいと思います。
 
過覚醒の脳は、ずっとフル回転であれやこれや、忙しく働いて問題を探し創り出します。
エックハルト風に言うなら「エゴにとりつかれている」状態です。
「思考を止め」て「いまここ」を意識してみれば、頭の中に静寂が訪れるはずです。
だって、思考フルスロットルの中身は大半が「いま」にないことばかり。
自分がこの目で見たわけじゃない憶測、この目で見た”過去”、妄想の未来、その他もろもろ。 
創価問題にせよ、自分を不安や憂鬱で嫌な気分にさせている問題の大半は
全部「もう終わったこと」または「まだ起きてないこと」ですよね。
冷静に思考を見つめてみれば、「いま」何を思い悩む必要があるんだろう? と、なるはずです。
「終わったこと(過去)」「まだ起きてないこと(未来)」に、ワクワクしたり・楽しかったな~♪など
単純に良き思い出に浸るのは、まだ精神衛生上よいことですが、
過去と未来に嫌な思いをさせられる(正しくは、自分がやっている)のは、何の得にもなりません。
精神衛生上、もっともよろしくないことです。
繰り返しですが、「いまここ」にないことは全部幻想です。
つまり創価問題(あなたが問題だと感じて腹を立てたり・ゆゆしき事態だと思ってる事・
自分以外の他人のこと・過去の恨みつらみ)も、ぜーんぶ幻想です。
幻想に向かって、文句を言い続けたり、やり場のない怒りをくすぶらせたり、機嫌悪くなっている。
いわば自作自演です。
そのことに「気付き」、忌々しいと感じてるその思考を、止めるだけでいいのです。

私がしつこくこの事を書くのは、結局わだかまりは「自分いじめ」だからなのです。
(この件に関しても「ニュー・アース」記事の中で書いて行きたいと思います。) 
心当たりの方は”思考を止める・「いまここ」に問題は無い確認” 是非やってみてください。
早ければ2~3週間で効果を感じられると思います。

次に「他人軸」の原因もトラウマによる脳の過覚醒にあるというお話。

本書によれば、キャパオーバーな・トラウマ化するような恐怖を感じると、
意識が真っ白に飛んで、自分を抜けだし相手に憑依するというのです(解離状態)。
自分が酷い目にあっていることを受け止めきれず、耐えられないから
脳が意識をとばして「他人事」のようにその状況を「客観視」する。
たとえば子供が親に怒られている時、恐怖で意識が解離して親に入り込む(憑依する)から、
怒っている親の気持ちが手に取るように解ってしまう(そして自分の気持ちは感じにくい)。
なので、子供の頃にそのような目にあった人は映像でそのシーンを記憶している事が多い。
自分が親から暴言や暴力を受けているそのシーンを俯瞰で見ている・まるで自分が主人公の
映画のごとく、映像で覚えているのだと。
私、ここを読んで鳥肌が立ちました。
実際に、私も子供時代の辛い体験が俯瞰の映像記憶で残っているからです。
この傾向にある人は、相手(他人)になり変わることで、自分のトラウマ恐怖を回避しています。
相手の気持ちを想像していれば、自分の中にある“恐怖”に注目しないでいられるから。

依存的な人間関係に陥った場合、悪意の相手の言いなりになる傾向があるとのこと。
自分の意志や意識の介在しないところで、相手に憑依し勝手に先回りで「相手に良かれ」と
行動するため、ふと気付いたとき「あれっ?私、なんでこんな事してるんだろう?!」となる。
そこに「自分(の意識・気持ち)」が介在していないことを自覚していない。
やりたくてやっているわけではないため、達成感は当然薄く、不条理な思いをしたり、
なんでこんな目に遭わなきゃいけない?私ばっかり損な役回り・・と不満・不審が募る。
また、「相手から見た自分」が全ての評価基準になるため、常に反応を気にして動くことになる。
「自分がどうしたいか」よりも「相手の反応」が優位になっている。
まさに「他人軸」です。 
なにも虐待や暴力というような強い経験じゃなくても、
「教義教条」と「罰論」で長期にわたって精神的に抑圧されてきた福子が
他人軸に陥りがちなのは、やはり仏罰その他のトラウマ起因ではないか・・?と感じました。
大人になった今でも「親が怖い」という人が、創価脳には結構多いですしね。
過去の私も含め、女子部時代の同志がダメンズ相手に不毛に尽くしすぎるとかw
自分の事なんてそっちのけで、折伏の相手にひたむきにアプローチするとか、
他人に利用されやすかった事などなど・・が思い出されます。
純真な青年部がそうしていたのは、なにも福運がほしかったんじゃなくて
相手のことを考えたり祈ってる間、「自分の中の恐怖」に向き合わなくて済むからだったのか?!
と、今となっては感じてしまうのです。

何が自分をそう(過覚醒に)させているのか・根底にあるトラウマ恐怖を探ってみる場合、
探しだすとあれもこれもと出てきて、最初は不安になってしまうかもしれませんが、
そんな時は「思考を止める」「いまここ」を強く意識することをお勧めしたいです。

トラウマの人の過覚醒の脳はものすごい能力を発揮している。
なぜなら、想像したことが、どんどん現実になってしまうのだから。
でも、残念なことに、トラウマの人は「自分がこの現象を創り出している!」という自覚が無い。
自分が作り出している現象なのに「自分は不幸な星の下で生まれ、もがき苦しみ続けて
生きるしかない」と心のどこかで思っている。
いつも、次から次へと襲ってくる不幸な出来事に対処し続けなければならず、
常に「先のこと!先のこと!」を考えてこれから起こりうる不幸に備えていなければならない。
(p218抜粋)


ここを読んだ時、まさに「思考の現実化」だと感じました。
人間の脳にはどんな思考をも現実にする能力が備わっている、ということです。
だから、何度も書いてますが、普段何を考えてる・どんな観念で居るかってすごく重要で
怖いことでもあるんです。
「難を乗り越えるための信心」なんて思ってたら、その通り難が来るんですw 
これリアルですよね・・「宿業出させてください」なんて、絶対祈っちゃダメでしょう。
そんなもん(宿業)、最初っからないのにw 無実の罪をかぶってるようなもので・
自ら不幸を作りだしているようなもんなのです。
「闘わせてください」と祈れ、とかいう指導もありましたよね・・全く、ろくでもなかったなとw

また、考えようによっては、もと創価脳は「信じ込む」特性をうまく使うことが出来れば
ポジティブな願望も現実化しやすい、と言えると思うのです←朗報w
なので、自信を持ちましょう!と私は言いたい。
そのためには、前回もちらっと書きましたが、観念を入れ変えること。
わくわくやポジティブを「でも」「だって」「どうせ」「以前こうだったああだった」で
打ち消さないための、徹底したネガティブクリーニング&「いまここ」を意識することが
大事になってきます。 これは、いずれ別カテで書いていきます。

で、「こんなトラウマ植えつけたのは組織(または創価脳な親)じゃねえか!
許すまじムキー!」って、一瞬怒ったり、爺様の写真にラクガキ&踏み絵するなどw
その他ストレス解消するのは大いに賛成だけれども、
怒り恨みつらみ状態を「長々と引きずらない」でくださいね、くれぐれも。
それ、過覚醒です(=エゴに取りつかれた状態です)。
怒り自体は、決して悪いことではないのです。そのことによって自分の腹の底の思いや願いに
気付ける事もあるからです。
ただ、それを「くすぶらせて長々と持ち続ける」のは、エゴに燃料をやっているようなもの。
(まあ、引きずるのは個人の自由だしw それが生きがいというなら止めません)
また、「トラウマをもっている私」というレッテルを自分に貼り付けて、それに浸らないでください。
自分を不幸のヒーロー・ヒロインに仕立て上げないでください。それはエゴの仕業と気付きましょう。
新しいエゴの創出のために、この本を紹介したわけじゃないのです。
あくまでも「あなたのイライラ・くよくよの原因、脳の過覚醒だから。それ、自分で止められるよ!」
という、希望的アドバイスのために私は本書を紹介したくなったのです。

「いま」にないことで、自分の気分を害することほど、馬鹿げた・アホらしい事はありません。
(それを教えてくれるのが「ニュー・アース」です。)

本書は「どうしてそうなったのか」「自分に何がおきているのか」謎ときをしてくれるので、
理由が解るだけでも安心できるすごい本です。
以前にも書きましたが、私は「過去」にものすごく執着する人間でした。(この記事
その原因も、本書で「トラウマのせいだったんだな」って気付いたら、更に楽になれた。
「ニュー・アース」と通ずるところも多々あって、私は非常に唸らされました。 

過去をくよくよ悩んだり・あれが悪かったこれがよくなかった・あいつのせいこいつのせい!
ムキー!!! ってなった時は、気付きましょう。
「あ、脳が過覚醒してるな」
「いま自分、思考フルスロットルだな」
「はい、休憩~!」って。
お茶でも飲んでゆっくり、思考を止めて過覚醒から凪へ行きましょう。
それだけでも、かなりあなたの生活の質は向上すると思います。
全ては自分次第です。



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Category: Notice&Replace