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2017年 感謝

2017年も、拙ブログをご覧いただきありがとうございました。

相変わらずのマイペースな更新に加え、
今年は5月に(いい意味で)すべてがどうでもよくなるという経験をしw
またまた更新が遅れがちでした。
にもかかわらず、見に来てくださった・読んでくださった皆様、ありがとうございますv

(※この記事のひとつ下に、12月25日更新「ニュー・アース第三章(9)」あります。)

さて、前回予告通り2017年に読んで面白かった本を紹介します。
全部スピリチュアル系で怪しくてすいませんw

けど、物事の見方・自分を取り巻く環境の捉え方・視点や心持については
そこらの自己啓発本なんかより、ずーっと勉強になると私自身は思っております。

ひとつめは、以前記事でもすこし触れましたこちら。


いわゆるチャネリング本ですが(怪しいなw)、内容に度肝を抜かれました。
チャネリングについてはwiki参照

私はこういった類の事柄を一切受け入れないタイプでしたし、まず疑ってかかるほうでした。
昨年、バシャールの本を読み、その流れでこちらの本を知って読むに至り。
wikiにも書いてある通りですが、チャネリングの源流(?)を作ったともいえる
最初の出版物です。

単純にチャネリングで降りてきた内容のみにとどまらず、チャネラー
(ジェーン・ロバーツさんという女性)と、その内容を記録していたご主人、
周辺人物やチャネリング時の状況、時代背景のことも含め詳細に書かれてあるので、
本が分厚いのはそのせいもあります。
私は途中から、チャネリング部分(セス=宇宙存在が語っているところ)だけを読んでましたw

何に一番感銘を受けたかといえば、セスの語りの内容に一念三千・因果具時と思しき解釈が
出てきたところ。
1972年のアメリカで、仏教がどのくらい浸透していたか定かじゃないですが、
ジェーン・ロバーツさんはもともとローマ・カトリックの教えの影響を受けていたとのことで
仏教徒ではないのです。 なので彼女の素養から出てきた内容や言葉ではなさそう。
だったらどうしてこんなことを知ってる?! 語れるの?
やっぱり宇宙存在・・人知の及ばぬ高次の存在はいるってこと?あるってことじゃないの? と、
私はとてもワクワクしたというか・・興奮したんですねw
「カルマ(前世の業)は無いし、それを理由に帰依をあおる宗教はろくでもない(要旨)」と言いきった
個所もあって、この本がもっと早く日本に入ってきておれば、カルト宗教が蔓延しなくて
すんだんじゃないの~!?と、思ったりもしたくらいです。
(ちなみに日本に入ってきたのは1999年・・遅すぎます)
ちょっと脱線しますが、日本人が過去の罪障消滅だのカルマからの解脱だのという
カルト宗教のうたい文句に騙されやすかったのって
「敗戦国の負い目」が過剰にあったせいなのかなあ?とも。 時代背景も重ねてそう感じます。

すべての可能性が、過去現在未来も含めてすべてが「(いま)ここ」に存在している。
たとえば3つの選択肢があったとして、3つともの結果・状態は同時に存在する。
仮に今選んだのは1つだと認識していてもほかの2つも同時に存在するのだーという事柄が
書かれている個所を読み(「確率的偶然の体系、人類、神々」章 p424~あたり)
私は目からウロコが落ちました。
(前半部分に長々書かれている時間と空間と物質の関係性について読んだ後だから
 すんなり腑に落ちた、ともいえるのですが)
その時頭の中に浮かんだのは、時間軸があみだくじのように上下縦横につらなっている画でした。
まさにそれが、一念三千・因果具時の世界・私的解釈とリンクしたんです。

私の人生の中で、いくつか「あの時あっちを選んでおればーなんとかしとけば」
という事柄が以前あって、大学進学と・結婚前の恋愛のことです。
どちらも自分に情熱が足りなかったということなんですがw あの時こうしておけば・・って思いが
常にではありませんが、時々頭をもたげることが、それまでにあったのです。
けど、どの結果・状態も同時同列に存在しているーという事にちょっと驚いた&嬉しくなりました。
嬉しいって言うと、おかしいけどw
たとえば・・憧れていた志望校に受かっていた、という結果もちゃんとあって、私はたまたまそれを
(観測者として)見れなかっただけで・その状態も実は同時にあった・ある(?表現が難しい・・)
ということに、どこか希望を感じたというか。
合格で笑ってる自分ー不合格で泣いてる自分ー補欠合格で青白くなってる自分、
全部同時に存在していた(いる)。
あの時笑えなかった・泣いた自分「しか」いないって思ってたけど、なんと笑ってた自分も存在するのか!
そのアナザーストーリー(?)見たかったわ!って思うけど、そこに悔恨を抱くのでなく、
「全部の原因結果が存在している」ことにフォーカスすれば、可能性が無限大だとわかると思います。
「これしかない」「これしかなかった」って自分が勝手に制限するから・決めつけるから、
拗ねたり悔しいままなんですよ、きっと。
行きすぎると、それで人生を不意にしたり、晩年を汚す人も多いですよね・・ただの思い込みに
囚われて。 不幸なことです。

ひとつの結果状態の先にはまだ、枝葉の選択肢が連なっている。
そこで笑っている自分も怒っている自分も、悩んでいる自分も同時に存在する。
実はすべてがつながっていて、どれを自分が「見ているか」という話ーって思えば、
過去を「ああしておけば、こうしておけば・・」なんていつまでも思い煩うことが
まったく不要なことだったなと、合点がいったのです。

また「現実に檻を立てているのは自分の思考」であって、本当は自由なのだ、それを知らないだけだ・・
という示唆にも感銘を受け。
自分は人生(という物語)の実は観測者であって、見たいもの(ストーリー)を見ている・
見たい状態を見ようとすれば見れるんだ・・と、教わったといいましょうか。
(余談:バシャールの本にも、そのような示唆はいくつかあります。波動をあげる、
鏡は先に笑わない・・など)
今まで単純にそれを知らなかっただけ。
これからは、見たいものを見ればいいんだ!ってことに希望もわいてきて。
(逆にいえば、見たくないものは見なければいいー選べるってこと)

私が好きな曲に「その目が見たから世界は生まれた」という詞があって、
それまで何気なく(意味を考えず)聞き流していたけど、セスブック読了後に聴いてはっとさせられ
「この事かな?」と思うようになりました。 真相はわかりませんがw

二つ目は、絶版のこちら。


私的に今年一番面白かった本です。
著者のヴァジム・ゼランド氏はロシアのもと量子物理学者です。
「振り子の法則」とあるように、人生を何者か・大きな力に振り回されないための指南本です。

出てくる用語が難解というか、よくわからないところもあるんですが
私がこの本から得た一番の収穫は「過剰ポテンシャル」と「重要度を下げる」についてでした。
もう、思い当るところがありまくりで。
文字どおりなのですが・・「過剰なポテンシャル」は、いい結果をうまないよ?ってお話。
たとえばすごい力んで何かに挑戦すると失敗しやすいってこと、多いですよね。
逆にリラックスしているほうがうまくいったり、頑張っていない時のほうがよい結果が出たり。

で、創価脳あるあるになってしまいますがw 常に「リラックス」とは無縁でしたよね。
過剰なポテンシャルがあってナンボな世界だったし、むしろそこに極まれり(?)の、
やるぞー!やる気だせー!気合いだー! 圧がすごいw
祈る、という行為ひとつとっても、背筋を伸ばして・腹から声出せみたいなw
”諸天を揺るがすような祈り!”とかって、血管切れそうな題目あげてた婦人部の皆様w
まあお元気でなによりです(微笑)。
最近のことはわからないけれど、私が子供時代も・大人になってからもどのようなシーンでも
「張り詰めたような緊張感」をもつことが是とされていた・・気がします。
程よい緊張感ではなくて、ビシッ!とした状態。北朝鮮的な?w
しかしその「緊張感」からくる「力み」が、成功やよい結果を遠ざけている・・という
嘘のような本当の話。

非常~につまらないことかもしれませんが、実例を書きます。
この「過剰ポテンシャル」という概念を学んですぐ、争奪戦のライブチケットの先行予約が
続きました。
以前の私なら「絶対当ててやる~!!」と意気込んだし、神社でも願をかけたでしょうw
また、発売日はいつ?などの情報を逐一チェックしたと思います。
そして予約が開始されたら初日の開始時間すぐにネットにつなぎエントリーをし、
当落結果発表の日はスマホを握りしめて「まだか?まだか?」と結果を気にしたことでしょう。
その行動を、一切やめてみました。
振り回されないことにしたんです。
予約開始の翌日くらいにエントリーした後は、一切情報に触れず、極力興味をむけず。
申し込んだこともなんなら忘れたくらいのノリでw
当たったらラッキー、あたらなかったらご縁がなかったって事だよねーとeasyに構えて。
そもそも、ライブが見れなくたって死にませんしねw 
「重要度を下げる」という事柄も出てくるのですが、まさにそれで、
一喜一憂しすぎないように・・エックハルト流にいえば「エゴに振り回されないように」
ふるまってみました。
この方法で、行きたかった全公演のチケット当選をGETし、驚いた次第です。
ええ、もちろんたまたまかもしれませんw 
知人には家族や友人のアカウントを使ったり・先行申し込みの手段をいくつか駆使して
複数申し込みをしたのに1つも当たらなかった、リセールさえかすらなかった、という話も
あったほど争奪戦だったにもかかわらず。
以前の私なら、同じく複数アカウントやら、GETするためならばあの手この手と
使ったでしょうが、そんなことをしなくても狙った公演すべて入手できてしまいました。 

この結果を手にして思い出したのが、青年部時代、某バンドの解散ライブチケットが欲しくて
5時間唱題したり、なんやかんや頑張ったのにダメだったことでしたw
この際だからとダフ屋から買うつもりでいたら、ライブ当日と社内旅行がまるかぶりで
結局まったく見に行くチャンスを失ったという。
どんだけ過剰ポテンシャルで挑んでダメだったかを、思い知らされるかたち。
他にもこのような些細な例が山ほどあるんですが、割愛しますw

「執着」「執念」が、よい結果を生むとは限らない。手放しなさい・・っていうのは
エックハルト氏の教えの中にもありますが、「重要度を下げる」とは
同じ意味なのではないか、と。

シリーズで4冊ほど出ており全部読みましたが、私的に物事の見方・接し方に役に立ったのは
この1冊だけでした。 
普通に手に入らないので、興味のある方は図書館で借りるか古本屋さんで探してみてください。

最後はこちら。


以前記事でも紹介したとおりですが「愚痴を言わずにプレゼンスを招く」
この言葉を聴いて以降、私の人生観がまたひとつ・大きく変わりましたv
いい意味ですべてがどうでもよくなってしまって・・以来、本を読まなくなりましたw

それまで(今年の春先まで)、願望実現のための秘策?!を、スピ系の本に
求めていた面がありまして(探究心から、セスの本やゼランド本を読んだともいえます)
それが、どーでもよくなってしまいました。
「願いはすべてかなっている、すでにかなっていた」ことに
気づいてしまったといいましょうか・・。
文章にするには、もう少し思索と時間が必要なのですが。
来年の宿題にしておきますw

@@@@@@@@@@@@@@@@@


前回も書いたことなんですが、人生に「拗ね」はいらないんだなぁ・
「拗ね」てたら、ろくなことないんだなぁーってことも、上記3冊から学んだことでした。
ゼランドの本にも繰り返しそのような事柄が出てきまして
(「拗ね」というフレーズはでてこないけど、
「世界」に対して自分のスタンスをどのように見せたらいいか、が書いてあります。
めちゃーくちゃ、私にはそれが面白かった!)
とどのつまりどうあればいいかっていえば、「プレゼンスにある」事につながるんです。

どんな事柄も、「物事は物事」としてシンプルに接することです。

不安な時は
「まだ何も起こっていない」ことを認識すること。

起こってもいない不幸や不運や最悪の結果など、想像&妄想力を爆発させないことですw

これいちばん大事。

そして”ある意味”、自分のことだけ考えていれば大丈夫です。

2017年は驚くほど、私は自分の思いのままに毎日を過ごしました。
行きたかったライブチケット全当選にとどまらず、ハワイにも行けたしv
大したことじゃなくても・自慢みたいになるので詳細は控えますが、
ふさわしい時に、ふさわしい事がやってくるという経験をいくつもしました。

振り返って一番の驚きは、家族全員一回も病院のお世話にならなかったことです・・!
みんなすこぶる健康でした。
こんな年、結婚して十余年、今までなかったw
特に、神経質で緊張すると体調を崩しやすい長子が、ずっと絶好調でした。
母親の私が精神的にゆったりしていたというか、緩んでいたのが影響したのかなと
感じています。

別に、大金はたいてどっかのスピリチュアルマスターwのセミナーに出なくても、
ヒーリング受けたりしなくても、パワースポット廻らなくても、何かに必死にならなくても、
自分が「ただプレゼンスにある」だけでいいんです。
何度か「ニュー・アース」記事でも書いてますが「落ち着く」、ってことです。
(ちなみに私はエックハルト氏のDVDは、上記に紹介した1つしか持っていません。
 他の動画はYouTubeで拝見してます)

自分がエゴに気づき・惑わされず穏やかでいること・わだかまらないでいることが、
自然と良い状態を生み、それが自分を取り巻く世界に伝搬していくというのは本当だと、
より実感できた2017年でした。

またもえらく長文になってしまいましたが
一人でも悩める方が、少しでも気持ちを楽にするきっかけを
これからも伝えられたら幸いです。
2018年も相変わらずのペースだと思いますがw よろしくお願いします。

良いお年を迎えてください。ありがとうございました。

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