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善の連帯1000万

私は「法戦」が昔から苦手で、嫌いでした。

女子部時代、初めて法戦の活動家大会に行くと皆が決意発表で
F100だの200だの個人目標をぶちあげるのです。どういう事?って思いました。
そんなに出来る訳ないじゃんと。
会合が一旦終わると、このあと各スクールで集まってくださいと声がかかり、
同年齢でグループになり、リーダー役の子が小中高校の卒業アルバムや名簿を持っていました。
みんなで手分けして知っている外部をピックアップしていくと、100~200人出てくるのです。
それを3-4人が1グループになって、土日に家庭訪問するローラー作戦。
本人が不在でも親御さんや家の人に票を頼みます。
自分が直接知らない同級生でも、一緒について行って「よろしくお願いします」といえばF1と数える。
こうしてひとり100以上のFを稼ぐんだと知りました。
なんかちょっと、ズルじゃない?と思いながらも、スクールのメンバーで票を頼みに行きました。
また、20歳以下の投票権のない人達のスクールもあり、そちらは選挙違反にならないということで
(20年前の話です、最近の事は不勉強でわかりません)結構きわどい事もやってました。

選挙になるとやたら忙しくなるのもイヤでした。1週間前ともなれば毎日拠点闘争。
女子部で内確のため家庭訪問、そのあと地区拠点に散って四者に報告。
選挙当日は完全に拘束。 朝6時の出陣から、午後8時の開票まで何度も拠点に出入り。
厳しい部員さんの連れ出しや投票確認の電話・それがすんだら御題目を上げて当選を祈念。
私たちの地域では、朝6時から投票が終わる夜8時まで御題目を切らせてはいけないという決まりがあって
婦人部だったり女子部だったり、誰かしら拠点で御題目をあげていました。
活動家の頃、この1日拘束が苦痛でなりませんでした。

そんな法戦嫌いの私が一度だけいまだかつてない闘いwをやったのが、2004年の参議院選挙です。
この法戦は組織内で「善の連帯1000万」というスローガンが掲げられ、比例区1000万票獲得を
目指した選挙でした。

この年の春先の同中で、登壇した婦人幹部から発せられた言葉が「善の連帯1000万」でした。
満面の笑みで、高いテンションで「善の連帯1000万」について語っており
その内容は、1000万(票)が出来れば、国内に於いて広宣流布が出来たも同然という話でした。
広宣流布は必ず出来る、1000万(票)を達成した後の景色はそれは素晴らしく、善い世の中に
なるでしょうと語ったのです。
(余談・この婦人幹部の登壇って北朝鮮の国営放送ニュースを読む御婦人とイメージかぶりますw)

ちなみになんで()つきで書いてるかと言うと、同中で「票」は言わなかったからです。
発言はあくまでも「善の連帯1000万」だったんです。
各幹部登壇後にでてきた池田老人もスピーチの中で「1000万、やろう!青年部!」と拳を前に突き出す
ポーズを見せました。
「ハイッ」と手を上げてこたえる会場内青年部一同の映像も。
私は最初、折伏戦でもはじまるのかなぁ?と思ってたんですが、これが選挙で1000万”票”の
獲得目標だと知ったのは、翌日の会合上だったと思います。
あえて「1000万票」と言わなかったのは、同中でおおっぴらに選挙運動の話はマズイからだったのか。
それとも1000万票とれなかった時の「逃げ」のためだったのか。 
後者だったんですけどね、結果。

私はそれまで一度も法戦を頑張ろうなんて思ったことは無かったけど、この時だけは別でした。
1000万票取れれば「広宣流布ができたも同然」このフレーズが私の心をがっつり掴んだのです。
当時、公明党に票を投じる人=学会理解者と組織内で捉えられていました(今もでしょうか?)
1000万人の学会理解者が居る社会、それは素晴らしい社会に違いない!
広宣流布ができたあとの景色を・良くなった世の中を見てみたいと素直に思いました。

法戦の活動自体は嫌いだったけど、公明の候補が勝てばそれは素直にうれしかった。
候補は自分たちと同じく日蓮仏法をベースに、国を良くしようとしている人たちで、私たち同志の代表だと
思っていました。 だからイヤイヤでも応援し・F取りもしていたのです。
また、友人にFを頼む事・選挙支援運動は「折伏の一環」という考え方もありました。
法戦で功徳が出ると思った事はなく、あくまでも学会理解者を増やす闘いだと捉えてました。

前年の衆院選が873万票。1000万票にするにはあと130万票ほど。
青年部が本気を出せば取れない票数ではないと、発破かけられ、これだけの数を各部が完遂すれば
1000万に到達するという具体的な目標もおりてきました。
もう、1000万発言同中以降の会合では毎回「1000万」の連呼。
必ず出来る、絶対出来る、いまの青年部だからこそ師匠が「1000万票やろう」とおっしゃって下さった。
師匠の期待にお応えできる弟子は私たちしかいない!
いまこそ金字塔を打ち立てる時! なんやかんや。 とにかくこの時期の幹部指導は無駄にアツかった。
毎回そうやってあおられていると不思議な事に「出来そう・出来るんじゃないか」と思う私が居ました。

この法戦をいまだかつてない闘いにしようと決めた理由はもうひとつあって、私は2004年の秋に結婚が
きまっており、この法戦を最後に女子部を卒業する事になっていました。
女子部時代の総仕上げの闘いにしようと思ったのです。
なので、いつになく頑張りました。個人のFや連れ出しの目標は勿論の事、部長をしていたので
内確の%を上げる事に拘りました。
部のなかに「行ってはいけないお宅」が数件あって、女子部のいる家でしたが、家庭訪問しました。
そこで初めて未活の女子部と合う事が出来、当日連れ出し確約・実行。
人間やればできるとその時思いましたw
部のメンバーもそれぞれ頑張っていました。お陰で部の目標数値は完遂。内確もふだん6-7割のところ
初めて9割に乗せ、足りない分は外部の期日前連れ出しでカバーできました。
そうやって頑張っていたのですが、この選挙に限って前日に四者幹部の緊急招集会合がありました。
県単位でみれば、目標数値は軽くクリアしたが、全体でみた時にあと一歩が足りない。どうかみなさん
現場に帰ってお願いして下さい。あともう一歩の闘いをお願いしますとお達しがありました。
私は、あと一歩っていうくらいだから950万票くらいはイケてるのかな?すくなくとも900万は越えてるよねと
勝手にそう予測していました。

そして当日。862万票で、1000万票には大幅に足りないどころか、前年の選挙の投票数を
11万票も下回っていました。
「あと一歩が足りない」っていうから、900万票はあるんだろうとおもっていたら、全然です。
私はこの結果に、ひどく落胆したのです。
え?どういう事なの? テレビの開票速報を朝までずっと見ていました。信じられなくて。
選挙の翌日には会館で勝利大会が行われます。
幹部の口からはどんないいわけが飛び出すんだろうと思いながら出向きましたが、あっけらかんと
「大変な戦いご苦労様でした」と池田老人のメッセージが読み上げられた後は「公明大勝利」と言い、
最後まで1000万という言葉は出ず「次の闘いはOOです。がんばってまいりましょう」で終了。
1000万票獲得を目指していた事は、既になかったことにされていました。
私はこの事にも大きく落胆しました。そして、創価を疑いました。
いったいなんだったのよ?1000万って。あんだけ煽っといて、出来るって言っといて。
出来なかったら、出来なかったで「残念でしたがー」的なコトバがあったっていいじゃないか。
もう、な~んもなし。 
1000万票?え?だれがそんなこと言ってたの?って空気。
まるで裏切られたような気分になったのです。
自分として闘いに悔いは無かったけれど、騙されたような気分で、なんとも後味悪く女子部を卒業しました。

2004年当時の記憶があいまいだったので、検索で得票数や候補の当選順位を調べていた中、
俵孝太郎氏が2004年当時に書いたコラムの記事を見つけました。
「フセインにしても金正日にしても、敗色歴然でも勝った勝ったというクセがある。それが独裁者の体質だ」
と池田老人を揶揄する一文があり、なるほど全くその通りと思いました。

公明党は平和と福祉の党っていうけど。
この夏の選挙直前、母に「子宮頚がんワクチンが問題になっている件は組織でどう説明してる?」と
突っ込んだところ、問題になっている事じたい知りませんでした。
ほんとうに、びっくりするくらい活動家はマイナスな・ネガティブな話を知りません。
組織からいいことしか聞かされてないからです。
厚労省が「積極的におすすめはしません」なんて文書を公式に出す事態になってる事も知らない。
そしてこのことを、公明党の子宮頚がん予防サイトには一言も記載していない。
そういったマイナスな事柄はしれっと「なかったこと」にして、IPS細胞の研究助成費を増やしたのは
公明党だ!山中教授も感謝してるなんて活動家は言う。

都合の悪い事を無かったことにする団体や政党が、世界や人類の平和を標榜するのは
無理があります。
過ち誤りを認める姿勢の無い団体や政党を、一般社会は信用しません。
なにが善の連帯1000万だったのかと、今は笑えますが、当時は真剣だったから笑えません。
比例区1000万票で広宣流布を成し遂げたのも同然、という解釈じたいもよくわかりません。
なぜ自分が当時それを信じてしまったのかも謎です。 頭が悪かったって事にしておきます。 
結局、池田老人が欲しかったのは強大な権力にほかならず、強欲じいさんにふりまわされただけだったのかと
思うと、私は今も悔しくてなりません。
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