折伏(1)

自他共の幸福を叶えるため、私も仏法対話・折伏をがんばっていた時代があります。
選挙支援や財務や新聞啓蒙に対しては、不満をもって挑んでましたが
対話や折伏に関しては「なんでやらなきゃいけないの?」と思った事は、一回もなかったです。
日蓮大聖人が「我もいたし 人をも教化候へ」と仰っている。この行動に間違いは無いと
思えたからです。 

女子部なりたての頃、仏法対話に対して幹部はこう話していました
「なにも難しい事がわからなくても、とにかくこの信心は素晴らしいという事を語って行くことが
大事です。
それが仏種仏縁となっていくからです。
仮にあなたの対話が実らなくても、時を経てその種が芽を出し花開く時が必ず来る。
あなたが植えた種が、他の誰か(学会員)によって養分を与えられ花開くことがあるのです。
とにかく種を植えて行くことが大事です。 
たとえ自分の対話が実らなくても、そこにもちゃんと功徳があります」と。
このときタイミングよく(悪く?)私に「仏種仏縁」はあるのだ!と信じ込ませてしまう出来事が起こります。
高校時代のクラスメートで、隣家が創価の拠点になっており題目がうるさいんだよねという女子が
いました。
毎日ナンミョーってあんなもんで幸せになれたら苦労しない、と、彼女は同窓会の席で言いました。
私は当時大学生で、学会活動は何もしていなかったけれど、創価の悪口を言われて腹立たしく思い
彼女に「そんなこと言ってたら、あなたも絶対信心することになるよ」と言いました。
毒鼓の縁の話をしたのです。
彼女は「そんな馬鹿な。絶対やんないよ!」と否定しました。
そんな彼女が、男子部と結婚し入会したとの情報が耳に入ったのです。
うわっ、すごい! 本当に「仏種仏縁」はあるんだと私は確信を持ってしまいました。
こんな不思議な偶然が、その後幾つかあって、それも御本尊様への絶対感をぬぐえない因でした。

日々活動もあるなか、外部の友人と約束をとりつけ遊ぶときが絶好の対話チャンス。
待ち合わせ場所に向かう道すがら、今日はどう語って行こうかなどと考えるのが当たり前になっていました。
単純に友人との久々の時間・会話を楽しもうという姿勢はそこになく、完全に下心をもって臨んでいました。
でも当時はそのこと(仏法対話)が、自他ともどもの幸せに繋がることだと信じ切っていたから。
自分はいいことをしているという意識のみだったんです。
外部を組織に引き込み、労働力と金銭を供出させ、組織や池田老人の手駒になんて当然思っていないし・
組織の黒い思惑なんて知る由もなく・全く気づいていない時代でした。

友人と会う時はいつもどこか気負っていたし、限られた時間の中で相手の中に一瞬の「隙」を見出そうと
必死でした。
「隙」とは、愚痴や悩み事・心の闇などのネガティブです。
そういった話題をちらっとでも相手が出してきたら、食らいついていました。
御書にはこう書いてあるー学会ではこう教えているーと、どんどん相手の領域に攻め込みます。

私は20代初めの折伏で痛い目を見て、もう二度と折伏なんてしないと思ったにもかかわらず
のちに折伏をした友人がいるのですが(次の記事に書きたいと思います)
この友人も創価でいう「毒鼓の縁」か、最初は激しく抵抗し、信心の話するならもう会わないと
絶縁されたこともあったくらいなのです。
その友人は(抵抗当時)いいました
「祥蘭もだけど、学会の人は全員、他人の不幸は蜜の味と思ってる。
心配してるなんて嘘で、他人の不幸につけこんで入会させようとしてるだけだ」と。
なんてこと言うの! と私は怒りました。
あなたのためを思って言ってるんじゃん。なんでわかんないの?と訴え、悲しく腹立たしくもありました。
当時は深く考えませんでしたが、あとあと思い返せば、友人が指摘した傾向は多分にあったと思います。
全く悩みの無い・自慢話しかしないような友人には時間を割いてまで会いませんでした。
そういった友人とは、私の考える仏法対話にならなかったからです。 そんな人は少なかったですが。
悩みのある人を選んで会っていたといっても間違いでは無く、それを「他人の不幸につけ込む」と
受け取られても仕方なかったと、今は解ります。

OL世代、大なり小なり、みんな悩みがありました。 
悩みをうんうんと根気強く聞いた上で、仏法対話に持ち込むのは常套手段。
「励まされた、ありがとう」って言ってくれた友人もいて、私はそんな友人に
「いま一瞬、励まされて勇気が出たというだけでは勿体無い。そんなものは消えるんだよ。
自分の心の中に、常に消えない勇気を持つことが信心なんだよ。だから一緒にやろう。祈っていこうよ」って
言ってました。
そのたびに友人たちは困~った顔していました。

いま思えば困った顔されて当たり前です。
友人たちは問題の解決を望んではいても、その方法に「創価の学会活動・信心」を選ぶほど、現実離れして
いなかった。地に足ついていたんです。
私に悩みを話してくれたのは、聞いてもらうだけでちょっと心が軽くなれば・客観的な意見を聞けたら
解決の糸口が見つかるかもと、思っていただけなんだと今は解ります。
だけど当時の私は、そうとは捉えなかった。 
友人が悩みを私に話すという事は、根本の解決を望んでいるんだと思いこみます。
創価で習った「元本の無明を晴らすには、この信心しかないんだ・語る時が来ているんだ」と、使命感に
燃えていました。

私は(何度も書きますが)生まれてこのかた全ての問題解決を「御本尊様へのご祈念と学会活動」でせよと
親から教え込まれてきた人間で、全くそのことに疑問を持たずに生きて来れた。
ある意味、幸せでした。 
御本尊様に祈念して出した全ての結果は良くても悪くても「御仏智」なのだと教わり、
それで納得していました。
しかしよくよく考えたら「現実逃避」だったって事を、つい最近まで認められませんでした。
自分なりに努力して・ご祈念もして、その結果が”よくても悪くても「御仏智」”だというのなら、
それが創価の信心でなくても良かったのです。 どこかの神頼みでもよかったんじゃないか。
けれど、御本尊様への「絶対心(感)」があると、そうはなりません。
誰よりも何よりも至高の存在は御本尊様をおいて他ない。神頼みと一緒にスンナとなっていたのです。
いま思えば、自分が外部のみんなと「育ちが違う」ことを自覚せずに生きていられたことが
不思議でなりません。
そんな私がどれだけ自分に起こった功徳を語っても、外部から「眉唾ものだな」と思われたって当然でした。

覚醒前までの私にとって仏法対話と折伏は「善い行い」だと信じて疑わないものでした。
池田老人賛美には馴染めなくとも、宗門攻撃がどう考えても整合性のとれない事でそこに違和感が
おおいにあっても、日蓮仏法で「善の連帯」を作る事・人々を幸福にしてゆく事、創価はそれをやっている
団体だから素晴らしいんだと思いこんでいました。
だから昨年、組織の実態「巨大搾取機構」に気がついた時は、腸煮えくり返る思いでしたし、
酷く落胆したし、これほどまでになく恨みました(現在進行形)。
”善の連帯”なんて耳当たりの良い言葉で「入会」勧誘を促し、それを成し遂げた会員は宿命転換が出来る・
大功徳が出るなどと「アメ」までぶら下げ、単に人の良心につけこんで、新たなるカネと労働力を貪ろうと
してきた。今現在もしている。
こんな事が許されていいんだろうか。
私はこのことを許せないし、黙って見過ごしたく無いから、こうしてブログを書いています。 

スポンサーサイト