機能不全家庭

私が育った家庭は「機能不全家庭」だった。
ものごころついた時から両親は不仲。
その原因は、創価学会だった。

母は学会2世で親戚縁者もすべて創価学会員。
父は一般的な日本人の宗教観(神仏習合)の家庭に育った人だった。

そんなふたりが結婚して、うまくいくわけもない。

なにかといえば学会、信心、とうるさく「これが一番正しい」と譲らない母に対して
父は常に正論でたたみかけ、挑んでいた。
喧嘩が絶えない。喧嘩原因の9割は、創価だったと言ってもまちがいない。

そんな両親のもと3人の子供が育ったが、私だけなぜか母のいうことを聞く子供で
あとの2人は父と考えを同じくしていた。
私は母を罵倒する父や2人のきょうだいが嫌いでたまらなかった。
そして2人のきょうだいは、なにかといえば信心が足りないだの・ちゃんと信心しないからだと
口を開けば「信心」で片付けようとする母と・それに同意する私を馬鹿にしていた。
まさに、家の中が右と左両極にわかれていた。

おかげで私は、家族や家庭に対して良いイメージをもてないまま育った。

私が素直に母のいうことを聞いて信心が出来たのには理由がある。
私は子供のころから、他のきょうだいと比較してなにをやってもだめな子供だった。
勉強も運動も出来ない。誉められるような事がひとつもない。
習い事も長続きせず、成績もふるわず、父からいつも叱責されていた。
ほかのきょうだいは勉強・運動も出来、良い成果を上げているのに。
父から比較されることがとても辛かったし、居場所が無い気がしていた。
それが母は、そんな出来の悪い私でも誉めてくれる。
あなたは御題目しっかりあげている、ちゃんと少年部員会にも出席している、偉いじゃないの!
勉強や運動ができなくたって、信心さえしっかりしてれば大丈夫だからと励ましてくれた。
そんな母が大好きだったし、誉められたくて信心(と、創価の組織で呼ばれる行動)を
してきたのだと、今になって思う。

小学校低学年のころから「願えば叶わない事は無い」と、現世利益の甘い考えを叩き込まれた。
こんなベースが、三つ子の魂100まで状態で、40年近く自分の心眼をふさいできたのだと思う。
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