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幸福王女(2)

以前、鬼教官と呼ばれていた幹部の話を書きましたが、
鬼教官は一人ではありませんでした。
本部の違う友人のところにも鬼教官がおり、友人はOLになってから結婚までの約10年間
ずっと鬼教官(部長→本部長)から恋愛に横やりを入れられ続けていました。
おそらく、自分の後継者に育てようと友人に目をかけていたのでしょうが、目をつけられた方は
たまったものではありません。

友人には高校時代から交際している彼氏がおり、結婚を考えていました。
鬼教官から事あるごとに「仏道修行の邪魔だから」別れるよういわれ、白蓮の話を5年連続(上限年齢まで)
もってこられたが、断り続けていました。
何度も選挙の遊説メンバーに選ばれ、役職役割も次々持って来る。
友人は気が優しくはっきりNOと言えず引き受けていたら、副部長になった頃遂に彼氏と会う時間が
なくなっていました。
彼は大のアンチ創価で、女子部の活動なんてやめてしまえばいいと常に言っていたようです。
しかし友人は女子部になったばかりのころに先輩から言われた言葉
「女子部のうちにしっかり福運貯金をしておかないと、結婚後不幸になる」を信じ切っていて、
とりあえず彼と結婚するまでは、やれるだけやろうと決めていたのです。
彼女の多忙さを見かねた彼から別れるか・結婚前提で同棲するかを迫られ、彼女は同棲を選びました。
既に交際10年で、両家の親も公認だったので反対もなかったのです。

もちろん鬼教官はおかんむりです。
友人は1年後に結婚する予定で、それまで活動はきちんとやる。
両家親の了解もとれているのだから、本部長に同棲をとやかく言われる筋合いではないと説明しました。
(実家の近くに家を借りたので、地域は同じ)
鬼教官は「じゃあ分所帯で御本尊様を頂かなきゃね」と持ちかけます。
彼氏から、創価を家に持ち込むのは止めて欲しいと言われていた友人は「考えさせて欲しい」と返事。
鬼教官は友人相手じゃ埒があかないと思ったのか、強硬手段で直接彼女の両親を説得し分所帯での本流を
決めたのです。
彼女の両親は薄い活動家で、娘の信心にもうるさい方でなく、結婚相手を絶対折伏しなさいとも
言っていませんでした。
そこを鬼教官が支部幹部(壮年婦人)も巻きこんで分所帯の話を進め、嫌とは言えない雰囲気に。
分所帯でも本流ができればそれは支部の「成果1」となるから壮婦も必死です。
四方がっちり押さえこまれた手前、NOと言えず、友人はハメられたと怒りながらも御本尊様を
お受けしました。が、狭い部屋で・しかもアンチ創価な彼の手前、ご安置は出来ません。
彼に御本尊様を受けたことは内緒で、彼女はクローゼットに御本尊様を巻いたまま隠していました。
鬼教官は彼女に会うたび「今度、一緒にお題目を上げたいから家に行ってもいい?」と聞いてくる。
ご安置はしていない、でもその事を言えないので
「彼が創価の人を家に入れるなとうるさいので無理です」と断り続けていました。
鬼教官が次に迫ったのは彼の折伏ですが、完遂はできませんでした。
友人は兼任で地区リーダーのいない地域もみていましたが、そちらで活動家を掘り起こす事は
できませんでした。
結婚式の日取りが決まったので、鬼教官に報告をしO月で女子部の活動を終えたいと話したところ
鬼教官は「申し訳ないけど、おめでとうとは言ってあげられない。
(相手を折伏出来なかった事に対し)信心の無い結婚なんて、きっと長続きしないわよ。
それにあなたは人材を育てずに女子部を去る。闘い切らず、組織に御恩返しもできないまま結婚すると
どうなるか。婦人部で泣きを見る目になるのよ」と、罰論を口にしたというのです。
また、御本尊様をご安置していないことも鬼教官はお見通しで
「一日も早くご安置しないと大変なことになる。泣いてからじゃ遅いんだよ?」と諭したとの事。
友人は悔しかったと、泣きながらこの話をしてくれました。
自分なりに、時に彼と喧嘩をしつつも10年頑張って来たのに、結婚おめでとうと言ってもらえなかった事が
特にショックだったようです。
当時の私は部長をやっていて、件の鬼教官とも軽く面識がありました。
いかにもカタブツっぽい、きつい雰囲気の女性で”あの人ならいかにも言いそうだわ~”と思いながら
「酷い事言うよね~」と友人に同情しました。
ただ、当時の私は「後継を育てず嫁に行く」ことに対しては「小言いわれても仕方ないかもね」と
思っていました。
「後継を育てる」当時の女子部でこれは命題だったからです。
今思えば、どうでもいいことなんですけどね。

そんな鬼教官の名前を数年前、意外な人から聞くことになりました。実家の母からの電話でした。
「OOさんって、あなた知りあい?どんな人だったか教えてくれない?」
聞き覚えのある苗字。誰だったかなーと思いつつ「その人がどうかしたの?」と尋ねると
母方のおばが他県にいるのですが、お見合いを世話して欲しいと私の地元幹部から話が来て
(注:おばも元々、私の地元に住んで幹部をしていました。主人のリタイヤで他県へ移住)
OOさんの写真と釣り書がまわってき、母のきょうだいが相手となる男性(男子部)をみつくろうとの
ことでした。
写真と釣り書だけではわからない「人となり」を知りたいと私にお尋ねが来たわけです。
あ、OOさんってあの鬼教官だ! 思いだした私はビックリしました。
友人も私も結婚し地元を去った後の、鬼教官のその後なんて知る由もなかったけど
40代を過ぎてもまだ独身だったんだ・・という驚き。
そして組織内でお見合いを希望しているという現実を、なんとなく不憫に思いました。
友人から聞かされた話から、鬼教官にいいイメージが全く無かった私ですが、お見合いの邪魔になっては
いけないのでマイナスな事は一切言わず
「女子部時代、浮いた噂一つ聞かなかった。大変まじめで信心強情な幹部だった」と母に伝えました。
そして必ず続報を教えてほしいと母に念を押しましたw

鬼教官は見合い相手の希望を
「特になし。年上でも年下でも可。できるだけ田舎の人がいい」と言っていたようです。
ストライクゾーンが広すぎるのもかえって困るとおばは話していたようですが、後日、相手を見つけ
お見合いが実現。
特急に乗って3時間かかる田舎町へ鬼教官は自ら出向きました。
おばが(地元へ)男性を連れて行きましょうか?とお伺いを立てたのですが、鬼教官本人が
「自分が生活する事になるかもしれない町を見ておきたい」と出向いたとの事、本気度の高さが伺えます。
結果、お見合いは不成立。
鬼教官はお見合い後
「私は使命のある場所に行けると思っている。相手のお返事を待ちます」と、自分の意見を
はっきり言わなかったそうで(完全に相手に委ねた)
それを重たいと感じたか・どうか定かじゃありませんが、相手の男性は
「自分には勿体無い人、こんな田舎まで嫁に来てもらうのは申し訳が無い」と断ったとの事でした。

鬼教官自身がいまどき珍しいほど真面目で、不器用な人だったのも災いしたのかもしれません。
人の恋愛や結婚に、横やりを入れ、女子部で闘いきらないと婦人部で罰当たるよとか言っていた人が
40を過ぎても一人身で
(それは本人が望んだ結果、そうなったのでしょうが)
「使命のある場所に行けると思っている」と、相手にゆだねるお見合いをしている現実。
彼女も「師匠の理想の広布」を成し遂げるために青春を捧げた一人だったんでしょう。
自分の事なんかそっちのけで師匠のために同志のためにと走り抜いて来て、気づけば40代。
謙虚に「使命のある場所に行けると思っている」というよりは
もはや、自分の頭で考えられなく(考えるのが怖い)なっているんじゃないのかなと感じます。
だから相手に丸投げするんでしょう。
それが相手にきちんと向き合っていない・相手に対して失礼なことであると気が付きもしないで。

10年くらい前の池田老人の女子部への指導(随筆だったかも?)に、
「女性の本当の幸せは40代で決まる。40代からが勝負。
若い時代、目の前にある刹那的な幸福に飛びついたり・見た目だけの華やかさに惑わされて
(信心や活動をおろそかにして)は断じてならない」という趣旨の内容がありました。
当時の私は”じゃあ40代の幸せって何?どういうことを指してるの?”と疑問に思ってました。
抽象的な事ばかりで具体的な事は一切書いてくれませんからね、池田老人はw

いま40代になって、当時の同志を思い返すと、組織に対して忠誠を尽くした人に限って皆独身です。
それぞれ、仕事だけは「御宮遣い」でしっかり務めた為、経済力はありますが
そこが仇になって(?)財務でスッテンテンになった親の老後の面倒を一人で見てる人もいます。
組織に対してテキトーな姿勢だったり・ドロップアウトした人のほうが普通に家庭を築いています。
いや、べつに家庭を築く事だけが幸せだとは言いません。結婚したって艱難辛苦の場合もありますw
独身でもいきいきと、好きな事して、自由で楽しんでて羨ましい。そんな外部の友人がいます。
そんな40代だったら、20代30代を組織に尽くした甲斐あったじゃん!って思える。
でも、私から見た元女子部で婦人部へ勇退した彼女たちは概ね元気がありません。
申し訳ないけど、幸せそうにも・盤石な幸福境涯を築いたようにも見えないのです。
もう達観しているというか諦めの境地で、人生のクロージングを始めたかに見える人もいます。

そして外部の友人で40代独身だけど生き生きしてる人は、思い返すと20代も30代も元気で
楽しそうでした。
我慢したから今がある、みたいなことではないんですよね、きっと。
勿論、仕事のためにスキルアップで資格取得したとか、陰の努力もちゃんとあっての今なのですが
「現実に・地に足のついた努力」は、人を裏切らないんだと見ていて思います。

その年代にしかできない楽しい事・華やかな事ってたくさんあります。
20代には20代の、30代には30代の。
40代では遅い(おなじこと今やったら痛い)ということが山ほど。
この20-40代の20年間って、女性にとって非常に大事な時期だと思うのです。
ドロップアウト経験のある俗な女子部だった私でさえ「もっとああすれば・これやっとけばよかった」と
後悔があります。 
今からでも間に合う事もあるけど、間に合わない事のほうが多いです。

池田老人の「理想の広布」が、この20年間でどれだけ進んだのか・実現したのか。
私は創価が謳う「広宣流布」のために活動を頑張ってきたわけではなく、俗だけど自分の幸せのために
やっていました。
ただ、自分の行動(対話や折伏)が僅かであってもその一助になるのかな?と思っていました。
今は覚醒して、広宣流布というコトバじたいがカネと票集めの表向きスローガンにすぎなかったと知ったので
本気出さなくてそこだけは良かった、と思ったりしています。

世界平和と広宣流布と、永遠の指導者のため真剣にこの20年間をささげた幸福王女が
事実に気がついてしまった時の衝撃は、私では量れないものがあります。
果たしてこの20年間で、広布は進んだのでしょうか。後継は続々育っているのでしょうか。
現役会長を72歳のじいさんがつとめてるっていう時点で、終わってますよね。
私が青年部で頑張っていた当時、池田老人は「この青年部の中から未来の会長が出るんだ」的な事を
話していましたが、創価も年功序列でじいさんがのさばっているのです。
まったく青年創価学会なんて実現されてません。
善の連帯1000万(票)は、実現されるどころか、減る一方で1000万に近づいたことがありません。

こんな現状を、彼女らがどう見ているのか。
元気のなさは、半分覚醒しているからでしょうか?
「創価王国の、幸福王女」とは、ぜんぶがおとぎ話の世界だったと、彼女らはもう薄々感づいて
いるのでしょうか?
いずれ確認してみるつもりです。 

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