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違和感の連続(1)

結婚後、地元を遠く離れて暮らすことになりました。友人も身寄りもない土地です。
母は「日本全国、どこにでも同志がいるから大丈夫よ」と励ましてくれました。
私もすぐ組織につくつもりだったので、さほど不安なく新しい土地へ引っ越しました。

婦人部がどんな活動をしているかなんて全く知りませんでしたが、この時点の私は婦人部でも
活動を頑張る気でいました。
引っ越し後、片付けが済みひとつきもすると私は家にいることに飽きました。
統監カードが回るのが遅かったようで、婦人部は家に来ないし、でも新聞は早々と入ってましたw
母が数カ月分を贈呈で入れてくれたので、集金が来る事も無い。
暇を持て余す私を見かねた夫が「働いてみたら?」というので、ダメもとで面接を受けたところ
地元の企業に契約社員で採用され、2ヶ月目にして兼業主婦デビューしました。
職場に私と同じく結婚でこの土地に来た人がいて、年齢も近く、好きな物も似ておりすぐ意気投合。
彼女は好奇心旺盛で素敵な人、さまざま良い影響・刺激を受けました。
仕事の傍ら主婦業を楽しみ・休日はご主人とあちこちおでかけし、暮らしや人生を楽しんでいる雰囲気が
伝わってきました。 
私はそういった主婦像・夫婦像を知らなかったので(実家の両親は不仲でしたし・・)
とても新鮮で、彼女を新生活のお手本にさせてもらおうと思いました。
お互い主人の土曜出勤が重なる事も多く、そんな時は街を案内してもらったり、
買い物に行ったりランチにお茶と、話もつきなくて楽しく過ごし。
学会活動をしないことへの罪悪感は少しあったけど、組織の人がこないから活動のしようがない、
こればっかりは仕方無いと思っていました。

引っ越しから4ヶ月ほど経過したころ、やっと婦人部が家庭訪問に来ました。
支部婦人部長としらゆり長。第一印象は「地味だな・・」でした。
早速週明けから昼間の会合に来て欲しいと言うので、私は仕事をしていると話しました。
「えっ、お仕事してるの?」2人は驚いていました。
なぜに、そんなに驚くのか意味がわかりません。
じゃあワーク(婦人部)を紹介した方がいいわね、近々きてもらいますと言って帰って行きました。
後日、ワークの幹部が家庭訪問にやってきました。
第一印象は「絶対、女子部時代に幹部してただろうな」で、これは大正解。
会うなり、私の女子部時代の役職と、白蓮をやっていたか、委員長が誰だったか、などなど聞いてきます。
そして「年齢の割に部長どまりって、どういう事?」と聞いてきたのですw
鋭い質問だなと思いつつ、数年間活動をさぼっていた時期があると説明すると「なるほどね~」といわれ。
私への質問が終わると、自己紹介を始め女子部時代の役職やら、自営業者だと教えてくれました。
こっちこそ「なるほどねぇ~」でした。
そこはかとなく、威圧感があって、えらそうだったからですw
この方が後に地区婦人部長になりました。 いま思えばですが、こちらで出会った婦人部のなかでは
一番話が解る人だったかもしれません。
ワークの会合日程をもらい、最初だから会場もわからないだろうし、連れてってあげるわといわれ
約束しました。
車で迎えに来てもらうと同乗者がおり、優しそうな50代とおぼしきご婦人でした。
この方は地域で商店を経営しておられ、私が今も普通に話せる組織のおばさまです。
地元の会館で行われた会合は活気もなく、特に印象に残るようなものではなかったです。

後日、圏単位の婦人部の会合が夜にあり参加。
この県のえらい婦人幹部を招いているということで、後で紹介するからと最前列に座らされました。
えらい幹部の話は、自分が経済界のセミナー(企業の社長が集まる)に特別に招かれており
「学会婦人部の意見をビジネスの参考に取り入れたい」と求められている、と語ってました。
地元の有名企業の会長からもらったというお礼状を見せながら。
池田先生の智恵を、社会が求めている。聖教新聞を読んでいる財界・経済人がどれほど多いか云々。
おなじような話を、半年くらい前に地元地域でも聞いていました。
壮年幹部が毎回「日経新聞を読むより聖教新聞を読むほうがいいと、どこそこの会社のエライ人が
言っている。一般紙は暗いニュースで溢れているが、学会は明るい。いいニュースしか載って無い
(池田老人が顕彰受けた系ニュースの事を指す)、元気と知恵がわいてくる」云々。
だからこんな素晴らしい新聞を一般の人たちにも読んでもらいましょう、聖教啓蒙の話でした。
当時、母がいってました「それが一体なんなの?」とw
「あの幹部、新聞の話しかしないわよね。信心や御書の話が出来ない人が幹部なんておかしいわ」と。
私も違和感を覚えていたので、壮年幹部が単純にネタ切れで他にしゃべることがないのかと思ってました。
が、土地が変わっても”経済界が創価や池田老人に注目し高評価している”という話がされているのを
知り、へぇー・・って感じでした。
それを耳にしても「だから創価ってすごいんだ!世の中も認めてる!誇りだ!(嬉)」なんてことは
思いませんでした。
いま思えば、そういった打ちだしが大本営からあったって事なんでしょうね。
下々の会員に自信を持たせるために、社会から創価が認められているという風潮にしようとしたんでしょう。
そして聖教啓蒙の嵐が吹き荒れ始めたって感じでしょうかw
この後くらいから、電車内の中吊広告(週刊誌の)から創価バッシングがピタリと消えた気がします。
私が20代でバリ活やってた頃、毎週のようにひどい見出しが躍っていたのにです。
莫大な資金力を使って情報をコントロールし始めた時期だったんでしょう。

会合終わりでえらい婦人幹部のところに連れて行かれ、最近婦人部になったOOさんです、OO県から
引っ越して来ました、女子部で部長でしたと、同行した幹部が紹介してくれました。
私は女子部時代からネイルサロンに通っており、結婚後もサロンで爪を綺麗にしてもらっていました。
最近では普通の事ですが、当時主婦の間では一般的ではなかったかもしれません。
えらい婦人幹部は、私に向かって
「もう婦人部なんだから、その爪はどうかと思う。弁えないとね、つつましくね」と注意したのです。
えっ? 意味が解りませんでした。
なぜに婦人部になったら「つつましく」ネイルをやめないといけないの。
婦人部になった途端、贅沢は敵。生活を切り詰めてでも財務しろという事?
私はもともと、財務に思い入れが無いのでそんな発想はみじんもないし、サロンに行くお金は自分で稼いだ
お金。どう使おうと私の勝手じゃん!と、この押しつけがましい発言に違和感を覚えました。

この地域の周囲の婦人部を見渡すと、本当に皆さん「つつましい」いえ、ハッキリ言うと
「所帯やつれした」雰囲気でした。 これは地域差がある事なのだと思います。
私の実家方面は、派手さはなくとも身なりは普通にきちんとしたご婦人が多かったです。
しかしこちらは、首周りの伸びたよれったTシャツとか、毛玉のできた洋服を平気で着て家庭訪問に
やってきたりするので、「えっ?」と思う事が多々ありました。
昭和で時代が止まっているような雰囲気の方が多いのです、同年代でも。
地価物価は実家方面より高く、一般住民の方々は皆さん小奇麗・豊かな雰囲気です。
一般住民の方たちと、組織メンバーのギャップが大きいところも私には不思議でならず。
実家方面は、一般住民も婦人部も同じような雰囲気でした。
私は子育てをするまで、カジュアルな服装を殆どしたことが無く、当時は仕事もしていたので
休日でも綺麗めの服装をしていました(決して派手ではありません)。
しかし、こちらの会合で小奇麗にしていると悪目立ちするようで、本部長から
「独身気分が抜けてない、地に足がついてない証拠」と言われた事もありました。
周囲に合わせろと暗に言いたかったのかもしれないけど、私がそちら側に歩み寄るだなんて
あり得ないと思っていました。

毎回、幹部に会うたび「お仕事やめて活動に専念すればいいのに」と言われる事に、イラっときていました。
”なぜに私の生き方を認めようとしない?”と思っていました。
契約社員でしたが、やりがいのある仕事だったし、会社に仲良しの友達ができたこと・働きやすい職場
だったので私は仕事を辞めようなんて全く考えませんでした。
極めつけは支部婦人部長で、家庭訪問にやってきて
「お仕事大変ね。私も結婚当時は、主人の給料が少なかったから、働いていたのよ。
 でもね、御本尊様に”信心一本でいきたい”とご祈念して思いきって仕事を辞めて、婦人部の活動に
 専念したら、主人の給料が上がったの!
 あなたも早く、お仕事辞められるように祈っていこうね」と言った事。
私は薄笑いしてしまいました。
何故に、うちの主人が薄給で私が働いていると思いこんでいるんだろう、このオバサンは?と。
まるで私が、働きたくないけどやむをえず働いていて、大好きな学会活動が出来ない・・ような物言いで
うちの主人に失礼だろう。主人に謝れ!と内心思いました。
その後も会うたびに「いつお仕事やめられそう?」と聞いてき、
私が「やめるつもりないです。子供が出来たら考えるかもしれません」と話すと
「じゃあ、早くお子さん作りなさいよ! 旦那さんにお願いして・・云々」となる。
なぜに子作りまで組織の人に指示されなきゃならないんだろ?
子作りに関しては、私は自然に任せるつもりでしたが
「いつまでに何人欲しいって、ちゃんと御本尊様にご祈念していったほうがいいわよ!」などという
婦人幹部もいて、呆れました。
こういったデリカシーの無い会話、私は嫌いでした。

なぜに、学会活動に生活のすべての照準をあわせなきゃいけないの?
婦人部の人たちと話すたび、そんな疑問が浮かび、いつも首をかしげていました。
婦人部とは元来、そういうものなのかもしれませんが、私にしてみれば「聞いてないよ!」です。

おばさま方とのやりとりに疑問を感じ、私は女子部時代の同志で兼業主婦の子に電話で愚痴を言いました。
彼女は地元の隣市に嫁いでいましたが、そちらの組織では「早く仕事を辞めて婦人部の活動一本に
しなさい」というような誘いは、全く無いとの事でした。
こっちは活動家が多いからかもしれない、祥蘭とこは大変だねって言われて、地域差なのかと納得するしか
ありませんでした。

女子部時代の学会活動は、余暇を利用してすればよいものでした。
でも、婦人部は違います。余暇なんて基本ないんですね。知りませんでした。
同じ創価という組織にありながらも、ここまで感覚が違うものだとは知らず、違和感の連続でした。
婦人部員の押しつけがましさに閉口しつつも、それでも私はまだこのとき、出来る範囲で活動を
頑張るつもりでした。 
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