功徳体験

「願えば(御本尊様に祈念すれば)なんでも叶うんだよ」母にそう教えられた小学生の私。
なんでもかんでも、祈っていた。

要領も悪く、どんくさい私はいじめのターゲットになったこともあった。
あからさまないじめというよりは、仲良しを装って実は足蹴にするというタチの悪いもの。

ある時、いじめのリーダー格の女子に大手スーパーへ一緒に行こうと誘いだされた。
私以外の、リーダーの取り巻きも数人参加。
衣類売り場で、ちょっと今から靴下をとってくるからあんた見張り番してと。
つまり万引きの見張り役(店員がこないか・みてないか)を頼まれた。
悪いことだとわかっても、断れなかった。
目の前でいとも簡単に靴下を盗んだリーダーと取り巻き。 このときは見つからなかった。
スーパーを出て、ちょろいもんだよと得意げな彼女たち。
絶対言うなよ、と口止めをされた。
心暗かったが、誰にもこの事はしゃべらなかった。

後日、リーダー格が「次は別のお店でやるから。今度は私が見張り役やるからあんたが取ってきな」
と、万引きを強要された。
ちょうどその日、私は午後から親戚宅へ行くことになっており、親と一緒に出かけるから無理だと断った。
するとリーダー格が「じゃあ来週のO曜日は絶対明けといて。その日にしよう」と。
いやな約束をとりつけられてしまった。
ここで、まともな育ちのお子さんだったら親や先生に相談するのだろう。
私はそれをせず、御本尊様にご祈念することにした。
”どうしても行きたく(やりたく)ありません。なんとかしてください”と。
御題目を上げながら、涙がでるくらい必死に祈念したのを覚えている。

予期せぬ事態がおこった。
リーダー格の子の住む家(公営住宅)が火事になり、約束どころではなくなった。
その子は家庭環境が複雑で、焼け出されたあと親が蒸発し福祉施設に入ったので
地域や学校に戻ってくることは無かった。

イヤな約束は反故となり、取り巻き連中もリーダー不在となったら
「普通の子」に戻っていった。

この体験で私は「祈りとして叶わざるなし」という確信を掴んでしまった。
幸か不幸か。

実際のところ、本当に偶然だっただけで、願いが叶ったのかどうかわからない。と現在は思う。

だけど純粋な小学生時代の私にとって、この体験は絶大な確信・説得力をもつものになった。

こんな偶然ともいえる運の悪戯が、その後も何度かあり、そのたびに私は「信」を深めて行った。
ただしこれは「御本尊様への深い信」であって、決して「組織」に対してのものではない。

でも、大人になると(女子部にあがると)「組織」がそこに巧妙に入り込んでくるから厄介な話となっていく。

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